VSアフロL「世はすべて事もなし」 投稿者:とーる
「えーと、とーるくん?」
 昼休み。
 職員棟への渡り廊下で声をかけられて、とーるが振り返ると、

「はぁい」
「緒方先生?」

 片手を挙げてそこに立っていたのは、緒方理奈その人であった。
 彼女が一生徒にこれだけ気安く声をかけるのにはわけがある。

 どうやら、この学園では柏木千鶴の料理以上にタブーとされているもの。
 すなわち……

 アフロ。

 禁断のアイテムに手を出してまででも出番がほしい、目立ちたい。
 芸能界という、特殊な環境がそうさせているのか、彼女を狩りたてるものが何かは
当人以外には窺い知れない。
 だが、理奈はパンドラの箱を空けてしまった。
 それがはたして彼女に何をもたらすのかは未だにわからないのだが。

「ちょっと、いいかな?」
「休み時間の間で良ければお付き合いしますが」
「十分。じゃ、屋上に行こう」

 理奈に促されて、とーるは屋上に昇った。
 天気は快晴。風が気持ちいい。
 とーると理奈の髪が、風に揺られている。

「綺麗な髪よねぇ」
「……は?」
「とーるくんの髪よ。男なのにその髪質、うらやましい

 とーるの髪は腰までの長さを持つ栗毛だが、別に染めているわけではない。髪の色
素自体が薄いのだ。

「あまり意識したことはありませんけど」
「やっぱり不思議よねぇ」

 しばらくはぐるぐるととーるの周りを歩き回って眺めていただけだったが、やがて
理奈は一本お下げにしてあるとーるの髪を手にとって感触を確かめ始めた。

「あ、あの、緒方先生?」
「うーん、本当に不思議だわ。なんで、アフロになるのにこんなに綺麗なのかしら」
「……は?」

 眉を寄せて、とーるは思わず背後にいる理奈に怪訝そうな顔を向けてしまう。
 やがて、深深とため息をつくと、

「あのー、別に必ずしもアフロでありつづけるわけではないんですが」
「そう、そこなのよ問題は!」
「あうっ!」

 突如こぶしを振りかざす理奈。
 髪を握られたままのとーるは頭皮の痛みに堪えつつ理奈に問い掛けた。

「問題って、なんですか?」
「アフロ同盟で唯一、カツラを使わない同盟構成員。それがあなたよね」

 理奈の指摘どおりである。
 アフロ同盟の「アフロ」はヅラ、すなわちアフロのカツラなのだ。
 本来着脱自由のアフロヅラだが、なぜか本当に取り外しが効くのはアフロマスター
のTasと紅一点の月島瑠璃子だけで、構成員のデコイとYinのヅラは……少なくとも彼
らの自由意志で取り外しは出来なくなっている。Tasに言わせると、

「HAHAHAHAHA!! デコイサンとYinサンはアフロに好かれているのデース!」

 ……こーいうコメントを公式発表するからアフロがどんどん得体の知れないものだ
と思われるんですよTasさん。

 閑話休題。

 一番の新参者であるとーるが、なぜ同盟に参加したのか? その理由はただ一つ。

 とーるは地毛でアフロになれる。

 これである。
 肉弾戦のために戦闘モードを発動させ、肉体を強化すると、神経伝達速度や筋力増
強のために生体電流を増幅する。そのとき、必要以上に増幅された電流は帯電し、体
表に蓄積される。普通は設置している足から地面に向かって放電されるのだが、まれ
に放電されずに髪に蓄積されることがある。
 瞬間的に数万ボルトの電力を蓄えるとーるの髪は、文字通りの電髪、すなわち「ア
フロ」になるのだ。
 この事実を目ざとく見つけたTasが、有無を言わさずスカウトして、今のアフロ同盟
のとーるがある。

 話が大分横道にそれた。
 理奈はその事実を知ってから、どうしても知りたいことがあったのだ。

「とーるくん、正直に教えてくれるかな?」
「は、あの、何、で、す……?」

 聞き返そうと思ったとーるは、理奈の眼力に気おされて言葉を飲み込んだ。
 自分の思いを貫こうとする強靭な意志。
 そこまで彼女が追い詰められているとするならば、それはそれでまた物悲しいもの
もあるが。
 とにかく、理奈は本気だった。真剣だった。真剣と書いてマジと読むぐらい気合が
こもっていた。

「君のその髪、アフロの状態と普通の状態を行ったり来たりできるその髪。その秘密
が知りたいの」
「え゛?」

 例えば今の理奈の髪に、アフロになるぐらい強力なパーマをかけたとしよう。
 ヘアアイロンなどで強引にストレートに戻したりしたら、髪は傷んでぼろぼろにな
ってしまうだろう。
 だが、ヅラで髪型のイメージを固定してしまうのは、アイドルとしては致命傷に近
いダメージになりかねない。
 アンビバレンツなのだ。
 ……そこ、笑ってるんじゃない。理奈は真剣なのだよ。
 ただ、彼女は一つ大事なことを忘れている。あるいは知らないのかもしれない。
 とーるは、強化人間である。しかも、新陳代謝は常人の数十倍のスピードで行われ
るのだ。
 そんな人間といっしょにできるはずがない、の、だが……。

「さぁ、きりきり吐いてもらうわよ。こっちも生活かかって必死なんだから」
「……え、あの……ですが……」
「デモもストもないの! とっとと秘密を明かしなさい!」
「ヅラじゃダメなんですか?」
「私の髪の量を考えてよ。ヅラじゃ収まりが悪すぎるの!」

 言われてふと考える。
 デコイさんとYinさん……もともと長髪じゃない。
 瑠璃子様……髪はあまり長くない。
 Tasさん……アフロ以外の髪形を知らない。
 アフロ同盟で長い髪を維持しているのはとーるだけ。
 降ろした髪をヅラに押し込むのは正直、見栄えが悪すぎる。

「……よもや、その髪をアフロにするつもりなんですか? やめておいたほうがいい
と思いますが……」
「あなたにできて私に出来ないと思うの?」
「そう言う問題ではないんですけど」
「だーかーらー、その問題をクリアにするためにあなたの秘密が必要なんだってば!」

 ここまで来ると頑固なんだかわがままなんだかよくわからない。
 わかることはただ一つ。
 説得は恐らく無駄だろうということ。
 とーるはため息を一つつくと、お下げを束ねている髪留めを外した。
 背中に広がるとーるの髪。

「緒方先生、心臓はお強いですか?」

 唐突なとーるの質問に、首を傾げつつも理奈は答える。

「ステージでコンサートやってるアイドルを捕まえて、そういう質問をする?」
「その答えを聞いて安心しました」

 しゅばんっ!!

 とーるの体表に紫電が走る。

 ちりちりちりちり……。

 電波ではないぞ。
 とーるの髪が毛先から縮れているのだ。

「では、お覚悟を」
「え? あの、ちょっと、なにっ!?」

 ばしゅーーーんっ!!!

 雲一つないその日。職員棟の屋上に落雷を見た生徒は多数いたという……。



「おい、貴様」
「はい? なんですか?」

 廊下を歩くとーるを、一つ先輩のきたみちもどるが呼びとめる。
 ごごごごご。
 きたみちの背後からそんな擬音が聞こえてきそうな、そんな雰囲気。
 エルクゥの血を隠そうともしないきたみちが湛えるのは、怒気だった。

「貴様……理奈姉ぇに……なにをしたああああああああああああああああっ!!??」
「やぶからぼうに抜刀しないでくださいっ!!」
「しかも、しかも、なんで貴様が理奈姉ぇをお姫様抱っこしてるんだああっ!!??」
「なりゆきなんですよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 戦闘モードを解除しないで、アフロ姿のまま、とーるは気を失った理奈を横抱きに
して保健室に向かっていた。
 気を失ってぐったりしている理奈の髪は……見事なぐらいにアフロだった……。

「飛天御剣流! 九頭竜閃!!!」
「問答無用ですかあああっ!!!」

 きたみちがもっと冷静に、怒りに任せずに奥義を繰り出していたら、とーるには到
底かわせなかっただろう。
 九連激を辛くもかわし、とーるはそのまま脱兎のごとく保健室へ向かった。

「まてぇぇぇっ!!!」
「あとで幾らでも殺されてあげますから見逃してくださいぃぃぃぃっ!!!」
「そんな理屈通るかああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 理奈を抱き上げたままでとーるはここから5秒フラットで保健室の扉を開いた。人
間、死ぬ気になれば限界を超えられるという証拠である。

「あら、とーるくん……って、理奈先生? どうしたのその髪?」

 保険医の相田響子は目を丸くして保健室の闖入者を眺めた。
 それはそうだろう。いきなりアフロが二人現れて驚かない人間がいるものか。

「すみません、とりあえずベッドを貸してください。あと、救急箱を用意しておいて
いただけますか?」
「理奈先生は寝かせておくとして……救急箱は何に使うの?」
「これから必要なんです」

 とーるが苦笑しつつそういったところに、肩で息をつきながらきたみちもどる登場。
 ……理奈をベッドに横たえて、ふと響子と目があうと、とーるは肩をすくめてきた
みちのほうに歩いていった。
 ぴしゃん、と保健室のドアがしまった後に、妙に響く爆裂音が聞こえたような気が
するが、響子はあえて気にしないことにした。
 怪我をした、といってこない限り、気に病んでも仕方ない。それがこの学園なのだ
から。



「さて、どうするかね少年」
「すごいねぇこの髪」
「HAHAHAHAHA」

 ベッドで放心している理奈を見つつ、腕を組む緒方英二、おっかなびっくり理奈の
髪をつつく森川由綺、よくわからないがとりあえず笑っているTas、そして、

「なぁ、俺たち、明日の太陽拝めるのか?」
「そんなこと、オレにわかるわけないでしょーに」

 理奈のこの惨状を見て戦々恐々とするデコイとYin、その後ろには何を考えているの
か今一つ良くわからない状態でぼーっとしている月島瑠璃子がいた。
 そこそこ広いはずの保健室も、これだけの人数がいると手狭になる。
 さて、事の張本人であるとーるはというと、むすっとしているきたみちもどるの前
で、メタボロの体にバンソウコウを貼りつけていた。
 さすがに天翔鬼閃までは繰り出さなかったものの、飛天の剣の多重攻撃を食らって
無事でいられるはずもなく。

「で、どうするつもりだ、この状況?」

 きたみちに小突かれつつ、とーるはむくりと立ちあがった。
 よろよろと理奈のベッドに近づいていって、見事にちりちりになっている髪を手に
取った。

「私のように、一日で元通りというわけには行きませんが、2週間、それで元に戻し
ましょう」
「元に戻す?」
「ええ、元の綺麗な髪に戻しますよ」
「HAHAHA、今だって綺麗なアフロ……」
「飛龍閃!!」
「ぐはっ、Niceつっこみデース!」

 きたみちの腰から飛んだ似非逆刃刀をアフロにめり込ませながら、Tasはまだ笑って
いた。

「その代わり、スケジュールは厳しくなると思います。どうしますか? このままず
ーっとアフロで行きますか? 理奈先生?」

 とーるが確認すると理奈は、弱弱しいが確実に、ふるふると首を横に振った。

「では決まりですね。緒方先生、理奈先生のダンスのレッスンを倍にしてください」
「倍? それはずいぶんな量になるな」
「あと、向こう2週間の食事の献立を作っておきます。それで大丈夫です」
「髪を治すんならヘアメイクとかシャンプーとかに気を使うべきなんじゃないかな?」

 由綺の疑問にとーるは明快に答える。いいかげん、代謝加速で傷もふさがってきて
いるのでふだんどおりに会話が出来るようになりつつある。

「それにも当然気を使っていただきますが、一番のポイントは的確な栄養補給と新陳
代謝の活性化です。あと、ストレス解消、ですか」
「ストレス解消?」
「理奈先生も、SS使いのみんなから使ってもらえないというストレスからこんなこと
を考えたんだと思います。今度の一件で、みんなが理奈先生を再認識したはずですか
ら、一番のストレスも解消されたんじゃないでしょうか。それならば、髪も丈夫にな
りますよ」

 半信半疑の由綺に対して、英二は面白そうに笑いながら、

「いいね。今度の新曲は今までのイメージとは違った、ダンスポップを考えていたん
だ。レッスンを増やすことに関しては賛成だ。じゃ、明日までに今言ったものの資料
をそろえておいてくれるかな?」
「明日といわず、1時間いただければ」
「わかった、ではあとで打ち合わせしよう」

 と、とんとん拍子に話がまとまっていく姿を見て、Yinがつぶやいた。

「なんか、全部の話をまとめて後始末してるような気がするぞ、これは」

 いや、事実その通りなんだけどね。



 とーるの明言どおり、本当に理奈の髪は2週間で元通りの艶やかな美しさを取り戻
した。
 髪の健康には、良質のたんぱく質とそれを十分に行き通らせる活発な新陳代謝、加
えて髪にダメージを与えないようにストレスなどにも気を使うこと、この点が大事な
のである。

 2週間の猛特訓で、理奈は今までにないハードなダンスステップをマスター。次の
新曲は某ゲームメーカーとのタイアップでゲームセンターのダンスゲームやDJゲーム
に収録されることになるのだが、これは余談である。

 さて、問題のアフロ同盟だが……、

「顧問? いいわよ別に」
「ちょ、ちょっと理奈姉ぇ、本気か!?」
「うん、だって、この2週間楽しかったし」
「だからっていってさぁ」
「別にアフロになるってわけじゃないし、タマダンスもしないわよ。第一、こんな問
題児、誰かがつないでおかないと問題ばっかり起こして気が気じゃないわ」
「うーっ」

 きたみちの心配もよそに、理奈は同盟の顧問に就任。とーるやデコイやYinを便利に
こき使う毎日を送っているらしい。
 顧問を迎えて正式な団体に昇格したアフロ同盟が今後どうなるのかは、Tasのアフロ
ヅラだけが知っているのかもしれない。

                               (どっとはらい)