テニスLエントリー 「騎士と狩人(後編)」  投稿者:とーる
「んもぉっ! むっかつくなぁ! 手加減なんかしないんだから。ギッタンギッタン
のケチョンケチョンにしてやるぅぅぅぅぅっっ!!!」
「……どうやってテニスでギッタンギッタンにするつもりかしら……」

 ブルマに学校指定の体操服に着替えたルーティが、20面以上あるテニスコートの
一番端っこで腕を組みながら立っている。頭から湯気が出そうなほど怒りをため込ん
でいるような面持ちのルーティの傍らで、マールはこめかみに手を当てて首を振って
いた。

「それにしても、練習もたけなわという感じね。ふだんはテニス部ぐらいしか使って
ないのに」

 マールが見渡すと、ルーティがこのコートを押さえられたことが信じられないぐら
いの人だかりができている。
 まぁ、あっちを見れば誠治・梓組と橋本・芹香組のラリーが続き、向こうを見れば
悠・綾香組とティー・葵組が戦術の相談をし合い、その奥では西山と風見が血みどろ
のボレーを続けているわきで美加香と楓が話しこんでいる……。
 こんな状況だったらギャラリーが無限増殖していっても仕方のないことだろう。
 その人ごみを掻き分けて、ルーティの待ち人が現れた。

「待たせたね」
「……そのわりに、着替えてもいないじゃない。一体なにやってたのよ?」
「それなりに準備をしてきたからさ。じゃ、始めようか」

 そういうと、とーるは学ランの上着を脱ぎ、黒のTシャツの袖を肩まで捲り上げた。
 下は学ランのズボンにローカットの黒のバッシュ。
 おおよそ、真剣勝負の格好とは思えない。
 ルーティの怒りがゲージMAXまでたまっているのは、ラケットを握る右手が小刻みに
震えているのを見れば一目瞭然だ。

「着替えてくるなら今のうちだよ」
「いや、これでいい。着替えなくても別にかまわない」
「……!」

 がつっ!
 ルーティが土のグラウンドを踵で蹴る。
 そんなしぐさに苦笑しつつ、とーるはさらに言い募る。

「ああ、そうだ。テニスに関してはルーティのほうがよく知っているようだから、サ
ーブはルーティからお願いするよ。私が打ってもきっと入らないだろうから」
「……ラブゲームで終わらせる。後悔するなっ!!」

 鼻息も荒くぷいっと半回転。コートの端に向かうルーティの背中にシニカルな笑み
を投げかけて、とーるも自分のコートの端に立つ。

「それじゃ、ワタシがジャッジ、するネ。5セットまでやることもないから、3セッ
トマッチ。Ok?」
「いいわよっ」
「はい」
「それじゃ、Let's game!!」

 コート真ん中のネット際にある審判用の高椅子にレミィが座る。
 ルーティのトスアップ。
 そして、小さな体のばねを目いっぱい使った、オーバーハンドのサーブ!

「はあぁっ!!」

 コートの対角線をめがけたラインいっぱいのサーブである。とーるは微動だにでき
ない。

「15−0」

 続いてルーティのサーブ。今度はとーるも打った方向めがけて目線が走る。
 が、やはり足は動かない。

「30−0」

 3たびルーティのサーブ。さすがに今度のサーブにはとーるも反応してボールに駆
け寄る。
 が、2歩寄ったところで足が止まる。
 ルーティのサーブはフォルトになることなくとーるのコートに突き刺さった。

「40−0。マッチポイント」

 間髪いれずにルーティのサーブ。
 とーるも反応する。
 ボールに駆け寄る。左足で踏み込み、ラケットを振る!

 ぶんっ!

 力いっぱい空振り。
 ライン際いっぱいに入ったボールは、転々と転がり金網に引っかかって止まった。

「ゲームセット、ウォンバイ、ルーティ」

 あまりに一方的な試合だった。ラブゲーム、である。

「ふんっ! 口ほどにもないわねっ!!」
「……」

 コートを入れ代わるすれ違いざまにルーティがあかんべーをしながら履き捨てるが、
とーるは表情を変えることなく通りすぎた。
 次のゲームはとーるのサーブからである。
 とーるのトスアップ。

「……ふんっ!」

 力いっぱい打ったオーバーハンドのサーブはまっすぐに、

 がっしゃんっ!

 裏手の金網に突き刺さった。

「フォルト!」

 レミィの宣言にうなずき、とーる、2回目のトスアップ。

「……ふんっ!」

 今度も力いっぱい打つ。そして、

 ばさぁっ!

「ダブルフォルト! 0−15」

 今度はネットに絡んでルーティ側のコートには入らなかった。
 ダブルフォルトでルーティのポイントである。

「……あんた、テニスやったことないの!?」
「ありませんよ。言いませんでしたか?」

 次のサーブもダブルフォルト。カウントが0−30になったところでルーティが半
ばあきれるように腰に手を当てながらとーるに訊ねた。
 簡潔な答えがとーるから返る。

「さっき付け焼刃っていってたけど」
「付け焼刃って問題でもないみたい、ですね……」

 このゲームを見て唖然としているのはゆかりと夏樹である。
 それはそうだろう。
 頼りにしなければならない実働部隊のメンバーが、まったく頼りにならないと思い
知らされれば、誰だってあきれもするだろう。闇雲に怒り出さないだけ、ゆかりたち
は大人だった。

「0−40! ……ちょっとトール? What happen? ダイジョーブ?」
「ダメですねぇ、まだ」

 肩をすくめるとーるに非難のまなざしを向けながらレミィは片手で早くサーブしろ
と促す。
 言われるまでもなく、ボールの感触を確かめるように握りなおすと、マッチポイン
トのトスアップ。

「……はぁっ!」

 コートの対角線、一番深いところをめがけてとーるのサーブが飛ぶ。
 球の速度は速い。だが、ルーティの脚力なら十分に追いつける速さだ。
 しかも、

 ぱすっ! てんてんてんてん……。

「……フォルト! トールっ! 次もフォルトだとこのゲームもルーティちゃんの勝
ちヨ!?」

 このサーブもネットに引っかかってフォルトだ。見かねてレミィも声をかけるが、
とーるは涼しい顔を崩さない。
 一つ大きく息を吸って、トスアップ。

「……はぁっ!!」

 しゅぱんっ!
 今度は対角線ではなく、真正面へのサーブ。
 ルーティは前に突っ込んでくるが、

 ぱすっ! てんてんてんてん……。

「……ダブルフォルト! ゲームセット! ウォンバイ、ルーティ!」

 あまりに一方的な展開である。
 完全なラブゲームでゲームカウントは2−0でルーティリード。
 次のゲームでルーティが勝てば勝敗は決する。

「……あんた、こんなに使えないとは思わなかったわ。これで勝ったとしても、あた
し、あんたとは絶対に組まない。組んでも優勝できるはずないもの!」

 履き捨てるルーティ。ちょっとは期待していたのに、足りないどころか期待を裏切
られてしまったのだ。元々の毛嫌いもあいまって見るのも汚らわしい、という風情だ。
 だが、

「ふぅ。テニスは難しいですね。ボールをラケットでコントロールするのは、手足で
コントロールするのとはまた違った技術が必要です」
「……なにいってんのよ、あんた?」
「奥が深い、といっているんですよ」

 にこやかにそういうとーるから、寄るのもおぞましいといわんばかりに顔をそむけ、
再度コートチェンジ。
 そして、ルーティのトスアップ。

「はぁっ!!」

 ライン際いっぱいを狙ったルーティのサーブである。1ゲーム目はまったく手も足
も出なかった。
 今度もいいところにボールが飛ぶ。球速は先ほどよりも増しているように思える。
 これは絶対に取れない。
 ゆかりも夏樹もレミィもマールもそう思った。
 次の瞬間。

 とーるの姿がかき消えた。
 刹那の間合いから、とーるはコートの一番遠いところに現れ、レシーブ!

「……!? 嘘!? 返した!?」

 油断していたルーティは自分の後ろに浮いたボールを慌てて追いかけたが、とーる
のレシーブボールはふわりとラインぎりぎりのところに落ちてはねる。

「……」
「宮内さん」
「……」
「宮内さんっ」
「……Oh , Sorry. 0−15」

 インラインにより、とーるのポイント。

「……まぐれ当たりがうまく入ったみたいね」
「そうみたいですね」

 そう言われても不思議じゃない。
 とーるのレシーブには力がなく、とりあえず返した、というレベルのものだったか
らだ。
 事故よ事故。気にしててもしょうがないや。
 気を取りなおして、ルーティのトスアップ。

「はぁっ!!」

 インパクトの瞬間、再びとーるの姿がかき消える。
 ルーティのサーブ!
 次の瞬間、土煙と共に現れたとーるはツーハンドでラケットを握り締め、レシーブ。
 反対に振られたルーティだが、これを余裕を持ってリターン。
 バックハンドのとーるのレシーブは高く浮き上がる。
 かけ戻ったルーティは、ジャンプ一番これをはじき返した!

「いけえっ!」

 力のあるボレーショットは、とーるの脇を掠めて抜けた。

「15−15」

 ルーティのトスアップ。
 とーるのリターン。
 ルーティのリターン。
 とーるのネットプレイ。

「……だんだん、テニスの試合らしくなってきたじゃない」

 ゆかりの呟きどおり、スコアを重ねていくごとにとーるのリターンはまともなもの
になっていく。
 元々のルーティのショットがパワーショットであるせいか、とーるのリターンショ
ットもパワフルなものになっていく。

「デュース。マッチポイント、サーバー」

 1回目のデュース。
 ルーティのライン際のサーブに的確に反応すると、とーるは力いっぱい真正面へリ
ターン。
 だが、それは読んでいたルーティがネットに駆け寄り、小さな体を精一杯伸ばして
スマッシュ!

「もらったっ!」
「まだですよっ!!」

 ルーティのスマッシュに物凄いスピードで踏み込み、バックハンドで右側……ルー
ティの左側へ急角度のリターン!
 スマッシュで体勢を崩していたルーティはそれに反応し切れなかった。

「デュース。マッチポイント、レシーバー」

 レミィのコールに、だんだんと観客のほうが熱くなってくる。
 何せ、ようやくテニスの試合になってきたのだから。

「これだけプレイできるのになんで2ゲームもラブゲームで落としているんでしょう
?」

 ラリーを目で追いながら、夏樹が素朴な疑問を口にする。
 確かに、1ゲーム目のプレイとはレベルがまったく違う。
 手を抜いていたというわけでもないようだ。

「……学習、そう、学習です」

 マールが何かに気づいたかのようにつぶやいた。
 傍らに立っていたゆかりが聞き返す。

「学習?」
「ええ。とーるさん、テニスのデータはサテライトシステムでダウンロードしている
はずなんですが、生身の体ではデータをそのまま運動パターンとして登録することは
できません。だから、ルーティとの2ゲームで学習したんです。テニスの運動パター
ンと、戦術を」
「……うそ?」

 確かに、いわれてみれば2ゲームとも、とーるは自分のプレイを確かめるように動
き、走り、反応していたように思える。
 あれが、実践学習の結果だとするならば……?

「ということは、とーるくんはプレイすればするほど強くなる?」
「……さすがに、HMである私たちと違って、一朝一夕に学習結果が反映されるわけで
はないと思います。ですが、生身の体は機械と違って、スペックに縛られることはあ
りません……!」
「どうしたの、マールちゃん?」
「……だから? 他のSS使いの方々の『学習』『成長』に対して、スペックの壁が立
ちはだかるから、だからルーティでは勝てないって、そういったんですか……とーる
さんっ?」

 マールの叫びに呼応するように、ルーティと反対側へとーるのボレーが決まる。

「デュース。マッチポイント、レシーバー」

 何度目かのデュース。
 一進一退を繰り返す。さっきの2ゲームの倍以上の時間が過ぎていく。
 モーターが熱い。バッテリーも熱い。いつになったらこのゲームが終わるんだろう?
 そんなことを考えるルーティのサーブの前に、とーるが声をかけた。

「赤炎光輝流……」
「えっ?」
「赤炎光輝流格闘術、木之行、木辰雷覇斬。ラケットなら、応用もきく。打ってみて
くれないか?」

 この後に及んで、とーるはルーティに「必殺技を放ってみろ」といっているのだ。
 戦闘全般の能力を持つルーティだが、格闘術に関しては赤十字美加香直伝の闘術、
「赤炎光輝流格闘術」を使いこなす。本来、これは魔法力を格闘術に転用する特殊な
闘術なのだが、魔力の宝庫レザムヘイムの力によって起動したルーティは、ロボット
の体でありながらこの闘術が使えるのだ。
 木辰雷覇斬は、電撃のブレードを発生させることで対象を感電させることのできる
技である。
 それを使えといっているのだ。
 怪訝に思うルーティだが、ちょっと考えて見て、ショットに電撃を乗せられるなら、
有効な技になると判断した。
 このショットを決めれば、ルーティの3ゲーム目の勝利。
 すなわち、ルーティの勝ちが決まる。
 ウイニングショットで魔球完成。
 悪くない。

「いいわよ。受けられるものなら、受けてみなさいっ!」

 ルーティが呼気を整える。
 しゅばんっ。
 ルーティの髪の毛が帯電して逆立ち、ラケットのガットに紫電が走る。

「食らえっ! 赤炎光輝流・木辰っ、雷覇斬んんんんんんんんんんんんんっ!!!」

 ルーティのスーパーショット!!
 紫電をまとったボールが、とーるのコートに襲い掛かる!!
 だが、

「臨兵闘者皆陣列在前! 九天応元雷声普化天尊!」

 かっと両の目を見開いた瞬間、束ねられていたとーるの髪が背中でばっと広がった!

「超弾道! 雷ぃぃぃぃぃ光ぅぅぅぅぅぅ斬んんんんんんんんんんんんんっ!!!」

 とーる渾身の力によるレシーブは、ルーティのサーブを捕らえ、ガットを突き破る
勢いで暴れているボールに強烈なトップスピンを与え、ルーティのコートに逆襲する!

「う、うそだっ!?」

 あの雷撃だったら、ラケットごと弾き飛ばすか、よしんば受けとめたとしても、電
撃のスタンダメージで動けなくなるはず……なのに!?
 呆然とするルーティは、次のデュースを落としてゲームセット。
 今度はとーるのサーブからゲームが始まる。

「ルーティ」
「な、なに?」

 さっきの一撃を完璧に返されて、茫然自失気味のルーティは、先ほどまでの怒りも
忘れて素直に返事を返した。

「もう、終わりにしないか?」

 唐突な提案である。
 一瞬何を言われたのか理解できなかったが、ルーティは首をブンブンと振ってそれ
を却下した。

「なんでよっ! 勝ってるのはこのあたしなのよ! なんでやめなきゃ」
「右脚部アクチュエーター稼働率42%、同左脚部37%、パニングバランサー稼働
率49%、バッテリー残量23%……もうまともに動けないだろう?」
「そんなっ……そんなことない! 動けるっ! まだあたしは闘えるっ!」
「……さっきまでの動きはできないぞ。半分の力しかないなら、私にだって勝機はあ
る」
「勝てないと決めつけるなってさっきいったはずだぁっ! あたしはまだ闘う!
闘って、勝つんだっ!!」

 ルーティの闘志は衰えていない。
 瞳はまだ力を失ってはいなかった。
 苦く笑うと、とーるは手の中のボールを見せつけるように右腕を前に突き出した。

「わかった。じゃあ、このサーブを見て、まだ闘う気があるというのなら最後までゲ
ームを行おう」
「さっきまでのへっぽこサーブ? だったら見るまでもないわ」

 せせら笑うルーティに、静かにとーるは告げた。

「完成形じゃない上にぶっつけ本番だ。見せる気はなかったけれど、特別だ。このサ
ーブの名前は『ファントム』」
「『ファントム』?」
「いくよ」

 そういうと、とーるは金網ぎりぎりまで力いっぱい後ろに下がる。
 何をするつもりだろう?
 ルーティがそう思った瞬間、とーるはあろうことか、肩から上手投げでボールをト
スアップした。野球のフライのキャッチ練習で、ボールを真上に投げ上げる、あれの
要領だ。
 普通のトスアップの数倍の高さまで浮き上がったボールを目で追うと、とーるは力
いっぱいダッシュして、ボールめがけて跳びあがった!

「なんですかあれは!?」
「バレーの、ジャンプ、サーブ?」

 夏樹にはなんだかよくわからなかったようだが、ゆかりはふと、とーるが無理矢理
ながらバレー部に入部させられていることを思い出した。
 高く投げ上げたボールにダッシュして打点の高いスパイクショットのようなサーブ
を打つ。
 バレーではよく見られるジャンプサーブだ。
 だが、それをテニスでやる人間は見たことがない。
 しかも、ダッシュの体勢のまま、とーるの右手のラケットは下を向いたままだ。

「そんな体勢で、どうやってサーブする……え!?」

 とーるがジャンプの頂点に達した瞬間、右手のラケットがいきなり消えうせた。
 しゅばんっ!!
 ものすごい音が響く。
 何が起こったのか理解できないまま、ルーティは次の瞬間、足元を掠めたボールが
高く高く跳ね上がっているのを見つけた。

「いつ打ったのよ、あのボール!?」

 慌てて追いかけるが、ボールはジャンプしたルーティの頭上を超え、コートの裏手
に落ちた。

「15−0」

 レミィのカウントで、呆然としていたルーティも我に返った。

「ちょっと、今のサーブはなに!?」

 自分に何が起こったのか俄かに理解できていないルーティに、とーるは噛んで含ん
で聞かせるようにゆっくりと告げる。

「あと3本は打つよ。このサーブは普通の倍以上の高さに打点を持ってくることで、
急角度の、返しにくいサーブになる」

 もう一度とーるが後ろに下がる。
 高々とトスアップ。
 そして、ジャンプから抜き手を見せないショットが鋭角にルーティのコートに突き
刺さる!
 今度はルーティの逆サイドでボールが高く跳ね上がる。
 ルーティは一歩も動けなかった。

「上から打ち下ろすボールは、ボールの自重と重力で加速する。非力な人間でも、速
く、重いショットを打つことができる」

 3度とーるが後ろに下がり、高いトスアップからサーブを放つ。
 足元で跳ね上がったボールにくらいつこうとジャンプするルーティだったが、その
脚力をもってしても、ボールには届かなかった。

「インパクトの瞬間が見えなければ、弾道も予測することはできない。見えないとこ
ろから襲い掛かるサーブ。だから『ファントム』なんだよ」
「……上に構えずにラケットを死角に置き、デタラメなほどの速さでラケットを振る
ことで、ショットの瞬間を悟らせずにサーブを打つ……嘘みたいだわ」
「……見えましたか、広瀬さん?」
「まぁね。私、女優だから」
「さいですか」

 普通、オーバーハンドサーブの予備動作なら、ラケットは上に構える。
 インパクトの瞬間はかなりの速さになるが、それまではタイミングを取る関係から
さほど早い挙動にはならない。その挙動から、弾道を予測することも不可能ではない。
『読み』の部分も多分に含まれるが。
 それを難しくするための苦肉の策が、とーるのサーブ『ファントム』だ。
 理屈を聞かされても、すぐにサーブを見切れるわけではない。
 ルーティは無言で、考えた。
 考えに考えた。どうすれば、あのサーブをリターンできるの!?

「はねたボールを追うか、着弾点に走り込んではねる前にリターンするか……作戦は
決まったかい、ルーティ?」

 とーる自身から的確なヒントが出てきた。
 ルーティは一瞬むっとする。ヒントを出しても、返せやしないと思ってるんだ……!
 けれど、次の瞬間、もやっとした気分は霧散した。

「……さっき、悪いこといったよね。使えないとか、組んでも優勝できないとか」
「ルーティ?」
「……めん……」
「? よく聞こえないよ、ルーティ?」
「……ごめんなさいっていったの! あんたのサーブ、すごいよ。ワクワクする。だ
から……あたしは絶対に次はリターンして見せる!」

 自分との闘いで、とーるは成長した。してみせた。
 踏み台にされた? 違う違う。
 あたしが、あいつを強くしたんだ!
 アニキっていっておいて、これじゃ弟みたいじゃない。
 なんだか、ワクワクしてきた。
 もっともっと、強くなってほしい!!

「……いくよ、ルーティ」
「こぉいっ!!」

 とーるのトスアップ。高い高い、どこまでも高いトスアップ。
 マールが見上げる。
 夏樹が息を飲む。
 ゆかりが凝視する。
 レミィが拳を握り締める。
 とーるが走って……跳ぶ!

「はぁあっ!!」

 とーるのサーブ!
 ルーティはインパクトの音と共に猛然とコート裏の金網へ走りこんだ。
 そのまま、金網を片手と両足で器用に登る。

「……それでレシーブしようっていうのか!? 無茶苦茶な……」
「これでぇっ、きまりぃっ!」

 金網の上から、跳ね上がったボールをレシーブ……!?

「あ、あわっ!?」

 ぎりぎりまで伸ばしたラケットでなんとかボールは打ち返したものの、無理な体勢
からラケットを振ったおかげで、ルーティはバランスを崩した。
 落ちる!?

「ルーティっ!?」

 マールが真っ青になって叫ぶ。大事な妹の名を呼ぶ。
 あのまま落ちたら、規格より頑丈に作られているとはいえ無事には済まない。
 ルーティの手が金網から離れた瞬間、マールは目を伏せてしまった。

 そのとき、コートに一陣の風が吹き抜けた。

 ……刹那、がしゃんという何かがつぶれたような音が……。

 聞こえてはこなかった。
 恐る恐るマールが目を開けてみると、

「……無茶をする。着地できないならこんなまねはしないでくれないかな?」
「こうでもしないと、打ち返せなかったから」

 間一髪間に合ったのだろう。ルーティはとーるに抱きかかえられるようにして地面
に座り込んでいた。

「宮内さん、今の判定は?」

 ルーティを抱きかかえたままの体勢で、とーるが席の上のレミィに訊ねる。
 レミィはにこやかに宣言した。

「アウト! ウォンバイ、とーるっ!」

 ゲームカウント2−2。タイブレイク。
 勝率を5割に戻したところで、とーるが改めて訊ねる。

「さて、ルーティ、あと1ゲーム、どうする?」
「……ごめん、さすがにもう動けないよ。今ので無理しすぎちゃった」
「……そうか」

 精魂尽き果てたかのように目をつぶるルーティ。
 そんなルーティに、駆け寄ってきたレミィが声をかける。

「ルーティちゃん、獲物を見つけた hunter と、お姫様を見つけた knight 、手を組
んだら強くなれますか?」
「……それって、もしかして?」
「Yes! ワタシの獲物はツルギヤの温泉ネ!」
「なら、私はルーティの騎士ということになりますか……いいですね、それも」
「ははは、たのしみぃ……」

 ルーティの全身から力が抜ける。
 一瞬全員がぎくっとするが、寝息を立てるルーティを見て、周りの人間全員が苦笑
した。

「負けられなく、なりましたね」
「いいヨ。勝とう。この子のために。優勝が目標デス!」

 レミィととーるががっしりと握手する。
 風紀委員会、ダブルスチームの誕生である。



 1時間後、宮内レミィととーるのダブルスチームがエントリーされた。