テニスL練習編「Emulation Battle」  投稿者:とーる
 放課後の体育館。
 外はテニス大会の練習で盛り上がっている。
 そんなときに体育館などに誰かいるわけもないのだが……。

 ばしっ!
 だんっ! とんとんとん……。

 バレーボールのコートで、黙々と一人でサーブの練習をしている少年がいた。
 一本お下げの栗毛が汗を吸ってじっとりと重くなっている。
 黒Tシャツも、白のスウェットのズボンも汗でぐっしょりとぬれている。
 膝に手を置き、肩で息をつく。
 呼吸を整えて、かごにしまってあるバレーボールを手にする。
 じっとネットの向こうを見据えて、構える。
 トスアップ。
 高々と投げ上げたボールに向かって、4歩の踏み込みからジャンプ!

 ばしっ!

 綺麗なフォームのジャンプサーブは、ネットぎりぎりの高さからコート隅をめがけ
て飛ぶ。
 ラインいっぱいのところに落ちる、サービスエース狙いの必殺サーブである。
 決まった。
 そう思っていたその瞬間、

 ばしっ!!

 誰かが素早く落下地点へ走り込む。
 ブリーチした茶色の髪がふわりとゆれる。
 そしてジャンプサーブはやや小柄な少年の手で的確にレシーブされた。
 敵陣でふわりと浮き上がるボール。
 そこ目掛けて走り込んでくるのは、緋色の髪の少女である。

「ひぃのぉたぁまぁ〜っ、すぱぁぁぁぁぁぁぁぁいくぅぅぅぅっ!!」

 2アタックでうなりをあげて飛ぶスパイクは、とーるの足元にばしっと決まった。

「……テニスの練習はどうしたんですか、城下くんに、新城さん?」

 よもやこんな時期のこんなところに誰かが来ると思っていなかったとーるは、やや
あきれ気味の三白眼で自分のジャンプサーブからリターンエースを奪ったバレー部の
同輩……城下和樹と新城沙織を見た。

「それはこっちの台詞。とーるくんこそ、テニスの練習しないで何やってるのこんな
ところで?」
「レミィちゃん探してたよ。ダブルスなのにパートナーと別行動してどうするのさ?」

 沙織と和樹に口々に言われて、とーるは一瞬たじろいだ。
 だが、

「コンビネーションに関しては、この後に練習しますよ。それに、私は今、テニスに
向かっての練習をしていたんです」
「「テニスの練習?」」

 バレーボールのコートで、バレーの練習をしていて何を言っているのだろうか。
 口には出さなかったものの、沙織も和樹も同じ疑問を頭に浮かべていたに違いない。
 いぶかしげな二人の表情を見ながら、とーるは再び、籠からバレーボールを一つ取
り出した。
 どうするのかと沙織たちが思っていると、とーるはおもむろにボールをつかんだま
まかけだし、バレーコート脇にあるバスケットボールのゴールに向かって跳躍した。
 ふわりと浮かぶとーるは、そのままボールを持った右手を風車のように1回転させ
て、ゴールリングに上から叩き込んだ。ウインドミル、と呼ばれる3on3(ストリー
トバスケ)で見られるダンクシュートである。
 とーるはボールを叩き込んだ右手でそのままゴールリングを掴むと、勢いを殺して
から静かにコートに降り立つ。
 今のとーるのパフォーマンスを見て、沙織は思い浮かぶことがあった。

「あ、なるほど」
「なるほどって、どうしたの?」

 首をかしげる和樹に、沙織が一つうなずいて見せる。

「ファントムサーブの練習ね」

 ファントム。
 『亡霊』と呼ばれるとーるのサーブは、本来バレーボールのジャンプサーブを応用
したものである。打点を高くし、ジャンプの時の全身のばねを使ってスパイク並みの
パワーとスピードを発揮するジャンプサーブを改良し、サーブを打つ腕を尋常ではな
いスピードで下から振り回すことで、サーブの打点を読ませることなく球筋をコント
ロールする。魔球、というよりはフェイント技の一種と考えたほうがいいだろう。
 なお、とーるがこのサーブを編み出したのは、沙織の言葉がヒントになったのだが
それはここでは割愛させていただく。

「テニスに応用できることはこの間確信しましたから、精度と威力の向上を狙うため
の反復練習です。基本が大事と言うのは、新城さんから教わったことですよ」

 機械ではない、人としての可能性。
 スペックに縛られない、人としての限界。
 怠らない努力こそが、それを無限大に引き出すカギになる。
 この学校に転校してから、さまざまな人にとーるはそれを教わった。
 かく言う新城沙織も、とーるにそれを教えた……沙織自身にその自覚はないのだが
……一人である。
 ところが、

「それはそれ、これはこれだよ、とーるくん」

 とーるの恩人たる沙織は、腰に手を当てて口を尖らせるようにして文句をいう。

「バレー部の部員として、バレーを大事に思ってくれるのはうれしいけど、だからっ
ていって友達をないがしろにしちゃいけないと思う。団体競技においては、チームワ
ークが大事なんだからね」
「やっぱね、男だったら女の子を待たせちゃいけないと思うんだ」

 意味深な笑みを浮かべつつ、沙織の肩に手をかけながら和樹がそんなことを言う。
 次の瞬間に、調子に乗るんじゃない、と沙織に力いっぱい手をつねられているのを
見て、とーるは苦笑を浮かべる。

「わかりました。では、そのご意見に従うことにしますよ。ここを片付けたらテニス
コートに向かいます」
「よろしい」

 右手の甲に息を吹きかけている和樹を横目で見てくすくすと笑いながら、鷹揚に沙
織はうなずいて見せた。
 コート中に散らばっているバレーボールを片付けているとーるを見ながら、沙織が
ポツリとつぶやいた。

「距離を置いちゃうのはとーるくんの悪いくせだよね……」
「え? 何かいった沙織ちゃん?」
「ううん、なんでもない。ほらほら、私たちも手伝おう」
「えーっ? あいつが散らかしたのに、なんで僕が」
「細かいこといわないの。男の子でしょ?」
「へいへーい」

 ぶつくさと文句を言う和樹を押さえつけて、沙織もボールを片付け始める。
 放課後は、まだまだこれからだ。



「Yes!!」
「やるなぁっ、じゃあ、これはっ!?」
「OK!! まだおいつく、ヨッ!!」
「あわわわっ」

 テニスコートでは白のテニスルックの宮内レミィと、学校指定の体操着姿のルーテ
ィが激しいラリーを繰り広げていた。
 一般男子生徒並みの身長と抜群のプロポーション……は余り関係ないが……を持つ
レミィは、リーチの長さの分、他の女性選手に比べて有効稼動範囲のアドバンテージ
があった。
 加えて、弓道においての「動くもののほうが狙いやすい」という彼女の特性は、動
体視力の高さと判断力・勘の鋭さを表している。
 現に、ラリーの相手を務めているルーティが右に左にと縦横無尽に走りまわるのに
比べて、レミィは必要最小限の踏み込みでショットに追いついている。
 ルーティの狙い済ましたライン際へのスマッシュも、まるで苦にならないかのよう
に飛び込み、強烈なリターンエースを狙う。
 狙われるルーティにしてみればたまったものではない。飛びついて見たものの、7
才児の身長では届くはずもなかった。
 すばべしゃっ。
 顔面から着地するルーティ。頑丈に作られている機械の体も、さすがに擬似痛覚回
路が悲鳴を上げる。

「あうううっ」
「ちょっとルーティちゃん、ダイジョーブ!?」
「へっ、へへっ、へいき〜☆」

 ピヨピヨ状態でよろよろしながら平気といわれても、説得力は微塵もない。
 レミィは慌ててルーティに駆け寄った。

「ごめんネ。そこまでがんばらなくてもいいヨ、ルーティちゃん」
「やるからには本気でやらないとぉ、あいてにしつれいだし〜ぃ」
「……休憩にしようネ」

 苦笑しつつルーティの手を取って、レミィはコート脇のベンチに向かった。

「お疲れ様でした、レミィさん。ルーティ、大丈夫ですか?」

 ベンチではマールがふかふかのタオルを持って待っていた。西山英志・柏木楓組の
練習がコートの都合でまだ始まっていないので、マールは練習のパートナーを務めて
いるルーティに付き合ってここにいた。

「ワタシは平気ヨ」

 ニコニコとマールに返事をしながら、レミィは泥で汚れたルーティの顔をタオルで
丁寧に拭いている。

「すみませんレミィさん。ほら、ルーティもそのぐらい自分で……」
「いいのいいの。ワタシのせいなんだし、気にしないでネ、マールちゃん」

 どうやらとーるとルーティの一件以来、レミィはこのHM3姉妹がいたくお気に入り
になってしまったようだ。パートナーとの練習で忙しいティーナとはまだ面識がない
が、そのうちマールに紹介してもらおうと思っているらしい。
 マールとルーティもまんざらではないらしく、新しく知り合いになったレミィお姉
さんによくなついているようである。
 レミィがルーティの顔をぴかぴかにした頃、栗毛の一本お下げの少年がテニスコー
トに現れた。

「Too later! どこにいってたのトール!?」
「すみません。サーブの練習を体育館で……」
「練習だったらテニスコートでやればいいのに、Why?」
「個人練習で混み合っているコートをつぶすわけにもいかないじゃないですか」
「テニスコートは練習する人みんなのものだヨ。遠慮しちゃだめネ」

 剣幕で怒鳴りたてられているわけではないのだが、なにかひどく悪いことをしたよ
うな気になって、現れた少年……とーるはレミィから視線をそらして頭をかいている。
 ため息を一つつくと、苦笑とも言えない中途半端な表情でレミィはとーるにテニス
ボールを手渡した。

「それじゃ、特訓の成果、ワタシに見せてくれる?」
「……わかりました」

 ベンチに座っているマールにタオルを手渡すと、レミィはコートに戻っていく。
 とーるもスウェットの上着を脱ぎ、白のTシャツ姿になってコートに入る。
 手に持ったボールをコートにつきつつ、とーるはエンドラインに立ち、反対側のレ
ミィを見据える。
 ゆっくりと振りかぶり、トスアップ。

「……はぁっ!!」

 呼気一括。ゆったりと大きなモーションから、とーるのサーブがレミィに向かって
飛ぶ。
 数日前からは見違えるほどの鋭いサーブに、レミィはうれしそうに目を丸く見開い
た。

「Nice serv!! だけど、返せるっ!」
「あの加速! 嘘みたいな反応速度だよ。すごいよね、レミィお姉ちゃんは」

 さっきまで相手をしていたからこそ言えるせりふだろう。ベンチの上でルーティが
マールにうれしくてたまらないと言う風情で声をかける。
 だが、

「……」

 にこにことしているルーティに対して、マールはさっきまでのはにかんだような笑
みが消え、真摯な面差しでコートを見つめていた。
 声をかけてもつついても反応しないマールに、初めは少しだけいらだったルーティ
だったが、一つ思い至ることがあり、ぽん、と一つ手を打つとベンチに座るマールの
背後に回り込み、両手をそっとマールの肩に置いて目を閉じた。

「……connect……negosiation……accept……」

 数秒の後、目を閉じたルーティの電子脳に明確な視覚情報が飛び込んでくる。
 それも、正面、とーるのアップ、レミィのアップ、鳥瞰図など多種多様な映像が複
数並べられているのだ。
 ルーティが「見ている」のは自分の体が持つCCDカメラの情報ではない。
 マールが自分のセンサーだけではなく、通信機能として持っている来栖川グループ
所有の監視衛星の映像情報などをとり込み、並列処理している情報をもらっているの
だ。
 リンケージプログラム、「RAID-Gig」。
 プロトマルティーナ、戦略型生体コンピュータのとーると、HMの体を持ち稀代のク
ラッカーとして功名悪名ともに名高いそーしゅの合作である、自立型人工知能の並列
制御プログラム。それが、「RAID-Gig」だ。
 通常、HMに搭載されているAI(人工知能)はさほど高度な自立思考を司ってはいない。
本来の処理能力では、人間に近い擬似人格を持つに至ることは無いのだが、来栖川の
HM、とりわけ、このLeaf学園に集まっているHMは、あの「奇跡のHM」と呼ばれたHMX-12
マルチやHMX-13 セリオを筆頭にした、「規格外のHM」ばかりである。
 単純思考の整合を取るのは難しくは無い。ホストを一つ決めて、そこからの司令を
並列処理させるだけのことだからだ。
 だが、AIが擬似人格を持つほどの複雑思考型コンピュータ同士が完全並列処理を行
おうとしたら、間に仲介役としての超超演算型コンピュータを置くか、どちらか片方
のAIを凍結して外部接続のサブコンピュータとするしかない。つまり、AI同士の完全
同調は偶発的な因子が介在しない限り成功する可能性はきわめて低いといえる。
 それを可能にしたのが、この「RAID-Gig」なのだ。
 原理は極めて単純である。AIは、自分の演算思考結果を「暗号の殻」でカプセル化
する。「RAID-Gig」は、この「思考パケット」の認証、暗号解読、再パケット構成、
受発信を管理し、パケットの分配、排除を一手に引きうけるのだ。
 このプログラムによって、HMはAIプログラムに干渉することなく、HM同士で高速に
データを交換したり、複数のHMが行動を同調させたり、単一の問題に対して複数のHM
が同時に思考処理を行ったりすることができるようになったのだ。
 余談が長くなった。
 つまり現在、ルーティは、このプログラム「RAID-Gig」を使って、マールの思考演
算結果を共有しているのだ。
 電脳空間に、擬似的に自分を投影する。AIとしてのルーティは、本来の設計どおり
の、16才の女性の姿をしていた。躍動的な肢体はほの白く光り、引き締まった体の
ラインだけを見せていた。
 ルーティが仮想的に自分を投射したことにより、マールもその姿を電脳空間に現し
た。
 トーガのような白くてすその長いワンピースを着たマールも、本来の設計年齢であ
る16才程度の少女の姿をしていた。ルーティとは対照的な、慎み深くおとなしい姿
である。

「いきなり黙るから何事かと思ったよ、マール姉さん」
「私はびっくりしました。『入ってくる』ときはもうちょっとおとなしく入ってきて
ほしいわ」
「ごめんごめん」
「その姿になってもやることは変わらないの、ルーティ?」
「そーいう言い方はいやだなぁ」

 ひとしきり笑いあう姿は本当に仲のいい姉妹である。それがたとえ、同時に開発さ
れた系列機、と言うだけの関係だとしても、基本人格設定にあるプログラムの結果だ
としても、この二人は確かに「姉妹」なのだ。
 そんな、ちょっとした「会話」の間にも、小さなウインドウの形でとーるとレミィ
のラリーの様子がさまざまな角度から静止画、動画のデータとして保存されていく。
 無数のデータによって足の踏み場がなくなっていく空間を見て、ルーティが首をか
しげる。

「姉さん、これ、なにやってるの一体?」
「見たままです。情報収集と解析」
「なんのために?」
「とーるさんからの依頼なの。モーションサンプリングデータの解析を行うことで、
テニスプレイの結果を予測する。そのためのデータ収集よ」

 淡々とマールが言う間にもデータは増えていく。
 そして、レミィのネット際のボレーをとーるが後ろにそらしたところで、乱雑に散
らばっていたデータが一瞬のうちに渦を巻いて収斂し、瞬き数回の間にそれはマール
の手の中で光り輝く正六面体の結晶になった。
 擬似的に立体としてまとめられているそれは、サンプリングデータとして圧縮保存
される。

「……うーん……」

 データが綺麗にまとまるのを見てやっぱり姉さんはすごい、と感心しているルーテ
ィは、しばらくそのマールが眉根をひそめてうなっていることに気づかなかった。

「ど、どしたの?」

 心配げにルーティが訊ねると、マールはなんでもない、と笑顔を繕う。

「やはり、データが圧倒的に足りません。もっといろんな種類のサンプルがないと、
限定情報からの行動予測の精度は実用に耐えないわ」
「? ? ?」

 ルーティはマールの言葉が理解できずにいた。

「……頭脳労働と肉体労働の担当違いって、ここまで差があるのかな……なんかなっ
さけない、あたし」
「なにか言った?」
「ううん、なんにも」

 しゃがみ込んでずずーんと落ち込んでいる……理由はよくわからない……ルーティ
の背中をぽんぽんと叩くと、戻ります、とマールはいった。

「とーるさんに相談しないと」
「はいはい」
「……返事は一回よ、ルーティ」
「……はーい」

 擬似的な空間を構成していたデータがこの領域から退避されていく。
 マールとルーティは手をつなぎながら擬似投影体を同時に消去する。
 来栖川自慢の衛星通信ネットワークの特定領域から、マールが確保したスペースが
痕跡も残さず消えていく。

「「……removed user……」」

「あー、電脳空間は肩がこるよぉ」
「HMの体に、筋組織に疲労物質が蓄積することで起こる血行不良と同じ症状はありえ
ないわ」
「……ちょっとした冗談なのに」
「私もよ、ルーティ」

 ……さりげない口調が楓お姉ちゃんに影響されてるような気がするんだけどな、マ
ール姉さん。
 ルーティがそんなことを考えていると、1ゲーム終わって汗だくになっているとー
るとレミィがベンチに戻ってきた。

「お疲れ様です、とーるさん、レミィさん」

 顎の先からぽたぽたと汗をたらし、息も絶え絶えのとーるに対し、レミィのほうは
さほど息を切らすこともなく、にこにことしている。

「ま、まだ……行動予測が……追いつかない、です、ね……」
「とーるのスマッシュは素直だネ。もうちょっと相手を困らせるような厳しい攻撃を
しないと」

 テニスコートは戦場、と言い切った風見ひなたや西山英志は極端すぎるが、テニス
とは「いかに相手がいない敵陣にボールを落として返させないか」を競うスポーツで
ある。勝とうと思うなら、相手がいやがる攻撃を考えなければならない。
 そこまで厳しいコースをついたり、左右に大きくボレーを振って相手の体力を消耗
させる、という戦術が、とーるの中でまだ確立していないのだ。
 だから、試合巧者のレミィとの運動量にこれだけの差が生じる。
 半分本能でプレイしているレミィを相手にしてこんなになるのだ。これがハイドラ
ント・EDGE組やXY-MEN・レディY組、神凪遼刃・ルミラ組などの術数に長けるチーム
だとしたら、今のままでは長丁場のラリーをこなすことは不可能に近い。
 そのために、マールに頼んでデータサンプリングを行い、エミュレーションバトル
(演算戦)のプログラムを組み込むことで「読み」の要素を強化しよう、というのが
とーるの狙いなのだが……。

「……どうしました、マール?」

 タオルを受けとって長い髪をごしごしと拭きながら、さっきから複雑な表情を浮か
べているマールにとーるは声をかける。
 マールは真摯な面持ちでとーるに答える。

「やはり、現状のデータではエミュレーションの精度が低すぎます。予測のパワーマ
ージンを大きくとらないとならないんですが……」
「そうすると大本の演算結果が使い物にならない。難しいところですね」
「誰か、もっとパワーゲージの大きいプレイヤーのデータがあれば、もう少し補正が
効くはずなんですが」
「ふーむ」

 腕を組むとーるの背後で、ルーティはレミィと二人でとーるの長い髪を編み込んで
いた。
 ……二人で?

「やはり、彼女たちに協力をお願いして、彼のデータをとるしかないですね」
「……とーるさん自らモーションサンプリングするつもりですか!?」
「でなければ意味がないでしょう?」
「あの人を相手にして無傷ですむとは考えられません、危険です! それならまだ英
志お兄ちゃんに頼んだほうが」
「西山さんの巧みな攻めのデータも魅力的だけど、今回はパワーゲインの大きいデー
タのほうが優先度が高い。やはり、彼に協力を仰ぎますよ」

 データ解析を実際にやっているから、とーるが必要としているデータが何かという
のもよくわかっている。だから、マールはとーるの言葉にうなずくしかできなかった。

「そんなに心配しなくても、別に殺し合いをするわけじゃないですしね。大丈夫、危
ないことはしません」
「は、はい……」

 電脳空間の女神も、現実世界では7才の少女だ。
「妹」という存在を面映く感じつつ、とーるはマールの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
心配しなくてもいいよ、という想いを込めて。

「それにしても……」

 ため息一つで、とーるは振り返った。

「いつまで私の髪で遊んでいるつもりですか、宮内さん、ルーティ?」
「「えへへへへ」」

 とーる自慢の栗毛は普段の一本お下げでなく、左右2本のお下げに綺麗に編まれて
いた。

「これから編みこみにしようと思ってたのにぃ」
「そんなことしないでください、ルーティ。宮内さんもいっしょになってないで」
「Take it easy! 妹のすることぐらい大目に見るのがいいお兄さんだヨ」
「それなら、同級生のすることは?」
「大目に見るのがいい class mate ネ!」

 胸を張ってそこまではっきり言い切られると、とーるも怒る気がうせる。
 苦笑を浮かべるとーるの傍らで、レミィも、ルーティも、マールも笑みを浮かべて
いた。

 課題を残しつつ、とーるとレミィのダブルスの練習はまだ続くのであった。