Musician's Lメモ 2nd track "Fire beat"(1) 投稿者:とーる


 太陽が西に傾き始めた頃。
 黄昏が丘の芝生の上で、一人の少年が丘の下を見据えながら考え込んでいた。

「いいのかこれで? このままでいいのか? もっと激しい自己主張が必要なんじゃ
ないのか?」

 だからといってアフロになればいいってもんでもないと思うがそういう考えは幸い
なことに彼の思考からは発生しなかったようだ。
 自己主張と引き換えの諸刃の剣。
 そこまでしようとは思わない。

「緒方先生、大丈夫なんだろうか……って、人のことを心配している場合じゃない!」

 じゃじゃじゃじゃーん♪

「運命? そう、運命だろうが宿命だろうが……」

 じゃじゃじゃじゃーん♪

「乗り越えていかなければ、そうしなければあの二人に追いつくどころか……」

 じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん♪

「いつまでたっても綾香に……」

 じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん♪

「アピールするどころか……」

 ずじゃじゃじゃん、ずじゃじゃじゃじゃん♪

「ずーっと背景のまま……」

 ずじゃじゃじゃん、じゃん、じゃーん♪

「って、うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ぜいぜいぜい、と肩で息をつくガンマルの背後で、ミニキーボードをノートパソコ
ンにつないでいた水野響と、すっかり愛用するようになった改造ZO-3を構えるとーる
は、最後のフレーズを弾ききった。

 じゃじゃじゃじゃーん♪

 ベートーベン作曲の余りに有名な交響曲「運命」の一節であった。

「人の悩みを勝手に運命なんかにするんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 背景化が運命にならないように、がんばってねガンマルさん。
 なお、ここまでの話は本編とまったく関係がないのであしからず。



「怒られてしまいましたね」
「はいです〜」

 苦笑しながら校舎への道を歩くのは、とーると響であった。
 黄昏が丘なら人は滅多にこない。
 本当は音楽室などで練習したかったのだが、音楽系のクラブが占有しているため、
例えSS使いといえど勝手に使えるわけではない。
 仕方なく黄昏が丘にいったのだが、実際にたそがれている人間にBGMは必要なかっ
たらしい。

「今日はクラシックのアレンジに挑戦してみようと思っていたのですが……」
「明日までにアレンジまとめておきます〜」

 こと、音楽に関しては響の行動力は常人をはるかに超える。
 きっと、頭の中に汲めども尽きぬ音楽の泉が沸いているに違いない。
 やるといったら本当にやる。しかも、容赦なくハイレベルを要求してくる。おかげ
でとーるのギターも短期間で長足の進歩をとげていた。

「でもぉ……」
「どうしました?」
「足りないんです〜」
「足りない?」

 響には珍しく、きゅっと眉を寄せて不機嫌そうな顔でぽつりと言う。
 そんな言葉を聞いてとーるは首をかしげた。

「何が足りないんですか?」
「音です〜」
「音、ですか? 水野君のシーケンスパターンはかなり高度で重厚なものですから、
足りないとは思えないんですが」
「打ち込みだけじゃ足りないんです〜」

 現状では、響が楽曲のベーシックパターンをシーケンサー(シンセサイザーの曲デ
ータを管理する機材、ここからMIDIの機材へ演奏パターンを発信する)に入力して、
ギター(ストリングス)のフレーズをとーるが受け持ち、それ以外の遊びの部分(メ
インメロディに対する裏メロディや、展開の間のフィルインなど)を響が演奏する、
という形態だ。
 そもそも二人でやっている演奏も、響のアレンジでかなり完成度は高いのだが、そ
れでもまだ何か足りないという。
 外見に似つかわしくない完全主義者ぶりを見て、とーるは内心驚嘆しつつ、前方を
指差した。

「はう?」
「とりあえず、お茶にして、ゆっくり考えましょう」
「はいです〜☆」

 とーると響は、学園図書館の憩いの場、カフェテリアに歩きついていた。



 力強く、それでいてどことなく物悲しい旋律。
 そんなピアノの音色が、音楽室に響いていた。
 演奏者をじっと見つめて、彼らしい、と私は思った。
 本来、彼はこう言う繊細な感性の持ち主なのだろう。
 気づいている人は少ない。
 みんなに知ってほしいと思う反面、私だけの秘密にしてしまいたい。
 そんな矛盾を胸に秘めながら、私は音に陶酔する。
 最後の音を静かに弾き終え、彼は静かに息をついた。
 私はなにも言わずに短く拍手する。
 目を細めながら、ほんの少しだけ照れたような、そんな微妙な表情を浮かべながら、
 彼は私に答えるように右手を上げた。

 彼女はわかっていない。
 自分が秘めているものの正体を。
 自分が何を抑えつけているのかを。
 自分の中に潜む、凶暴なものを。
 だから彼女には聴かせていない。
 秘めたものにくれてやる、『餌』としての『音』は。
 彼女には聴かせたくない。知られたくない。
 だから、彼女には聴かせないのだ……。

 そして、彼は再びピアノに向かう。
 彼女にいらぬ心配をさせないために。
 彼の中にあるものを手なずけるために。



「ドラム?」
「はいです〜」

 響がキーボードを叩くとダンダンッ、というスネアの音が響く。
 それに呼応するようにとーるがZO-3の1弦(一番低い音の出る太い弦)を爪弾くと
ドンドンッ、というバスドラムの音が聞こえてきた。
 顔を見合わせるとどちらからともなく一つうなずきあう。

「ハァイ! 練習はそのぐらいにしてネ。ここは音楽室じゃなくて cafetelia なん
だから」
「あぁ、宮内さんすみません」
「NonNon! 私のことは『レミィ』って呼んでっていったでしょ、トール?」
「あぁ、えっと、その、すみません」

 左手に持ったトレイの上にジャンボパフェとアイスコーヒーを載せたまま、器用に
右手を腰に当て、宮内レミィはしょうがないなぁ、という面持ちで苦笑を浮かべる。
 同学年で同じ風紀委員会に所属するレミィととーるは良き友人同士であるが、とー
る生来の生真面目さでレミィのことを「宮内さん」と呼ぶ。稀有な存在である。
 レミィのほうはあの手この手でとーるに「レミィ」と呼ばせようとしたが、どうに
も直らない。いいかげんあきらめるか、と思いきや、これがなかなかあきらめきれな
いらしく、先ほどのような会話が未だに交わされるのだ。
 そんなお約束のような挨拶が交わされると、レミィは手馴れた手つきでジャンボパ
フェを響の、アイスコーヒーをとーるの目の前に置いた。

「わーい、いただきます〜」
「……あぁ、ダメですよそんなに慌てちゃ。頭が『キーン』ってなりますから」
「もうなってます〜あう〜」

 顔をしかめる響の目の前で苦笑するとーる。まるっきり小学生と保護者なのだがこ
れが高校1年と2年というのだから世の中は広い。
 一時期はとーるロリコン説がまことしやかに流れたのだが、響に引きずられるよう
にゲリラ的な音楽活動(思いつくたびにその場で演奏を始めてしまう)を続けていく
うちに、この凸凹コンビも学内で認知されていったらしく、このツーショットも珍し
がられることはなくなった。
 珍妙なのは未だに変わらないが。
 しばらくパフェと格闘していた響が、おもむろに口を開いたのはそれから10数分
後のことだった。

「ドラムがほしいです〜」
「ドラムですか……」
「絶対ほしいです〜」
「うーん、そうはいっても、心当たりがないんですよねぇ」
「絶対ぜったいほしいんです〜!」

 ただのだだっ子のようだが、響の要求は的を外してはいない。確かに、ドラムマシ
ンへの打ち込みでは表現できないフレーズというものはある。バンドの形式を取るな
ら、ドラマーは必要だ。
 だが、その肝心のドラマーが見当たらない。
 全校生徒のデータベースを検索してみたが(注:これは風紀委員としては越権行為
です)「ドラムを叩く」という技能・趣味を持つものは見つからない。
 とーるにしてみてもお手上げなのだ。
 どうしたものかと思案していると、響の背後でにこにこしているポニーテールが一
人。

「あの、宮内さん、どうかしましたか?」
「Drummer、心当たりあるヨ」
「「え!?」」

 よもやこんなところから手がかりが転がってくるとは思っていなかったとーると響
は、がんっと同時に立ちあがってレミィに詰め寄った。
 ……ただ、上背の差で響はレミィの胸ぐらいまでもなかったのだが。
 混ぜて混ぜて、とぴょんぴょん飛びあがる響を尻目に、とーるは改めてレミィに問
いかけた。

「この学校にドラムが叩ける人がいるんですか?」
「うーん……人なのかどうかはわからないんだけどネ……」
「この際、エルクゥだろうがHMだろうがかまわないです。交渉に行きますから教えて
ください。いったい、どなたなんですか?」



 夕方。
 風紀委員会の定例会が、今日に限ってほんの少し長引いた。

「ふん、定例会に顔も出さないとは。騎士といってもその程度のものか」

 視聴覚教室の最前列で、叩き上げの風紀委員、『絶対秩序主義』の3年生、ディル
クセンが毒づいている。
 この男、役職に縛られると「前線に出られない」という理由から人望や実績がある
にもかかわらず、委員会の中ではただの平委員を通している。1年生のときから、過
去の動乱、暗躍生徒会との一件、『草』の崩壊、全ての事件を最前線で見据えてきた。
 現委員長の広瀬ゆかりも、彼の経験と実績には敬意を表している。ただ、彼がその
『実績』をもたらすために強いた犠牲によって、評価は±0で安定してしまっている。

「宮内レミィも出てこないとは。やはり暗躍生徒会からは脱退させて、再教育の必要
があるようだな」
「……彼女がそんなことでどうにかなると思う?」

 憤懣やる方ないディルクセンの目の前で、教卓の前に立っていた広瀬ゆかりは苦笑
を浮かべながらたしなめた。

「兼部の人は可能な限り出席する、というのが定例会の決まり。レミィはカフェテリ
アのバイトの後に弓道部、とーるくんはバレー部の練習。彼らも忙しいのよ、いろい
ろとね」

 ゆかりはそういっているのだが、ディルクセンはまだ納得がいっていないらしい。

「私の情報によれば……バレー部は今日は朝連のみ、弓道部も今日は練習がないとの
ことだが?」
「あら、そうなの?」

 広瀬ゆかりに『草』の情報網があるように、ディルクセンにも独自の情報経路があ
る。何かと事件の多いLeaf学園では、その程度のことができないSS使いは生き残れな
い。トラブルの最前線にいる風紀委員ならなおさらだ。

「珍しい取り合わせねぇ……とーるくん、新城さんはあきらめたのかな?」
「それはないと思いますけど」

 あごに指を当てながらつぶやくゆかりに、背後から貞本夏樹がツッコミを入れる。

「なんにせよ、とーると宮内の再教育は決定だ。今度顔を見たら私が直々に……」

 とーるくんはともかくレミィにそれが可能かしら……?
 そんなことをふと思うゆかりだが、声には出さずにいた。
 職務に燃える風紀委員に水を差すようなまねをしても仕方ない。

「じゃ、ディルクセン先輩、とーるくん達を探すついでに校内巡回のほう、よろしく
お願いしますね」
「言葉の順序が逆だろう。巡回のついでに彼らを探す、というのが正しい」
「……おっしゃるとおりです」

 すました顔でうなずくゆかりに、ディルクセンは苦虫を150匹ぐらい一度に噛み潰
したような、苦渋に満ち溢れた表情を向ける。
 無言でそのまま部下の風紀委員を引き連れ、教室を出ていく後姿を目で追いながら、
ゆかりは小さくため息をついた。

「あー、疲れる。なんだって風紀委員会にあーいう先輩がいるのかしら」
「……風紀委員会だからだと思うんですけど」

 ツッコミを入れる夏樹の脳天に空手チョップで反撃をしてから、ゆかりはうーん、
と伸びをした。

「それじゃ、今日はこれで解散。次回の定例会は明後日、都合のつく人は出席してね。
みんな、お疲れ様」

 女優の笑みで解散を告げるゆかり。この笑顔のために風紀委員の激務を続けている、
という一般生徒も多数いるらしい。
 そして、教室には夏樹とゆかりの二人だけが残る。
 西日の差しこむ視聴覚教室で、ゆかりは手持ちのポーチから電子手帳を取り出した。

「えーっと、今日はこの後、あ、ドラマの撮りは明日に伸びたんだっけ。そうすると、
今日は本読みと、発声のセルフレッスンだけでOKっと」
「ゆっくりできそうですね」

 やや疲れた、というため息をつくゆかりに、心配げに眉根を寄せる夏樹が声をかけ
る。
 
「まぁねぇ。これで長瀬先生と耕一先生の宿題がなければね」
「柏木先生、意外と宿題好きなんですよね。授業の進みが遅い分を全部宿題にするの
は勘弁してほしいです」

 今晩はノートと教科書と格闘だ。と思うと気が重い。今度はゆかりと夏樹、二人そ
ろってため息をつく。

「宿題なんざ提出する日に誰かに見せてもらえばいいんだってばよ」

 その背後から、せせら笑うような男子生徒の声。

「「なんで風紀の定例に顔を出してるYOSSYFLAME!?」」
「……んだよぉ、広瀬も貞本もつれないねぇ。もう終わってんだからいいじゃないの」

 綺麗にハモった二ヶ所からのツッコミを片手でいなしつつ、YOSSYFLAMEはへらりと
口をへの字にゆがめている。
 そのシニカルな笑みがいい、という一般女子生徒の評判を知ってか知らずか、YOSSY
はずずいっと夏樹の目の前に歩み寄る。

「な、なんですか?」
「うーん、惜しい」
「……なにがです?」
「化粧栄えのしそうないい顔立ちなのに、地味なんだよなぁ。もうちょっとおしゃれ
してもいいんじゃない……」

 と、目を見開く夏樹の目の前にさらに踏み込もうとしたYOSSYは、にわかに背後に
殺気を感じて振り返ろうとした。
 が、

「あうあうあうあうあうあうっ、痛い痛いいてええええええええっ!?」

 振り返ることはできなかった。なぜなら、YOSSYの背後に回っていたゆかりが握っ
た両手の人差し指の第二関節で側頭部を抑えつけていたからだ。
 わかりやすく言いなおせば、ゆかりはYOSSYの隙をついて「ウメボシ」をしかけて
いたのだ。

「あーったく、TPOって言葉を知らないのあんた?」
「いててててっ、いい女見たら痛え、口説くのが痛え、お約束って痛え、もんだろう
がよぉぉぉぉぉっ!!」
「……力説するのか痛がるのかどっちかにしたら、よっしぃ〜?」
「……」

 調子に乗ってぐりぐりと拳を回しているゆかりは、ふと見るとさっきまで元気に騒
いでいたYOSSYが押し黙っているのに気づいた。
 ……やりすぎたかな?

「ちょっと、大丈夫?」

 自分からやっておいて大丈夫もなにもないものだが、ほんの少しだけ心配したよう
なそぶりでゆかりがYOSSYに声をかける。確かに、女の細腕でも、ウメボシは痛い。
 だが、YOSSYは痛がって黙っていたわけではなかった。

「……おい、広瀬」
「なによ、改まって?」
「お前、結構いいチチしてんなぁ」

 ウメボシ攻撃の最も効率のいいポジションを想像していただきたい。
 こめかみの位置は胸の前がベストだろう。
 ……結果として、ゆかりはYOSSYの頭を力いっぱい抱きかかえていたことになる。

「……!? あっ、あああああああああああっ!!!」
「ま、痛かったのは本当だからな。これで貸し借りなしだぜ」
「そーいう問題じゃなーいっ!!!」

 高校生にもなって教室の中で追いかけっこは止めなさい二人とも。
 どたばたと走りまわる……当たり前だがYOSSYは本気になってない……二人を夏樹
があきれて眺めている。
 ……風紀委員会の定例なら、あと二人ばかり人数が足りない。

「結局、顔も出さなかったのですね、宮内さんととーるさん。どうかしたのかしら?」

 議事録をまとめたノートをかばんにしまいながら、夏樹は嘆息する。
 定例会は、長引いたのではなく単純に来るはずだった人間を待って押しただけだっ
た。



 その日の夜。
 街灯だけの頼りない灯りの元、校門の前に数名の学園生徒が集まっていた。

「さすがに、誰もいないネ」
「クラブもとっくに終わっている時間ですから」

 キュロットに大き目のTシャツというラフな格好の宮内レミィが門越しに校舎をの
ぞきこんでいる。その傍らに立つとーるは、相変わらずの白学ラン上下姿にZO-3のソ
フトケースを肩から下げている。

「真っ暗です〜」

 怖いのかな? とふととーるが下を見ているとさにあらん、白いTシャツと青いデ
ニムのニッカポッカ姿の水野響は、愛用のポシェットを小脇に抱えて、わくわくとし
た表情で門の向こうを眺めていた。

「ですが、本当にいるんでしょうか、『お化けドラマー』なんて」
「cafetelia ではかなり有名な噂ヨ。『火のないところに煙は立たず』ネ」

 ドラマーを探していたとーると響にレミィが聞かせた情報とは、学園七不思議とも
言えるレベルの噂話であった。

 たまに、誰もいないはずの音楽室から、青い人魂とともにすさまじい勢いのドラム
の音が聞こえてくる。

 ……なんだか、嘘なんだかギャグなんだかよくわからない話なのだが、事の真相を
確かめようとした一般生徒の中には、人魂に襲われて火傷を負ったものもいるらしい。
 被害自体が片手で数えられる程度のものであり、SS使いの暴走に比べたら実害が少
ないことから風紀委員会では要解決案件としてのプライオリティは低く、ジャッジも
巡回班も警備保障も警戒以上の表立った動きはない。

「まぁ、一応、『お化け』ということなのでその道のエキスパートをお呼びしました
が……」
「僕は悪魔召還が本業なんだけどね、とーる君?」
「オカルト研の部室にたまたまいらっしゃったからですよ、神無月さん」

 拳銃型という奇異な形をしている情報端末、ガンプを右手で弄びながら、仏頂面を
隠そうともしないのは、オカルト研所属の1年生、神無月りーずである。
 レミィから『お化けドラマー』の話を聞いた後、「お化けと交渉するにはどうすれ
ばいいか」という命題を至極真面目に検証した結果、とーるとしてはやはりその道の
エキスパートに依頼するべきであろうという結論に達した。
 即座にオカルト研の部室に顔を出したとーるを迎えたのは、部長である来栖川芹香
と、たまたま部室に顔を出していたりーずであった。

「芹香君にいわれなければ、君に付き合うこともなかったんですよ」
「ですが、お話に興味を持たれたのも事実ですよね」
「ぐっ……」

 幽霊の正体見たり枯れ小花。
 昔からある有名な川柳である。
 学園内の事件は、どんなに荒唐無稽なことでも、大抵はSS使いの仕業である。
 それはわかってはいるが、やはり『超常現象の噂』はオカルト研としても無視する
わけにいかない問題である。
 最初は当の芹香自身が出向くといったのだが、長瀬〜セバスチャン〜源四郎の強固
な反対にあい、代理人としてりーずが赴いた、というのが事の成り行きである。

「ghost の気配、感じる?」
「別にこれといって怪しい気配はありませんね、レミィ君」
「やっぱり、入ってみないとわからないみたいネ!」

 レミィが好奇心丸出しの顔でりーずに訊ねるが、そっけない答えしか返ってこない。
 りーずにしてみればカフェテリアの有名人ではあるものの、今まで特に親しい付き
合いがあったわけでもないレミィにこれだけ馴れ馴れしく問いかけられても、それに
合わせる義理はない、というわけだ。
 ……正直、苦手ですね、このタイプの人は。
 りーずが内心そんなことを考えているとはつゆ知らず、レミィはりーずの頭の上か
ら校門の向こうを覗きこむ。
 同じようにとーるの肩越しに響も覗きこんでいる。もっとも、りーずの両肩に手を
置くレミィに対し、ロッククライミングの要領でとーるのお下げにつかまってよじ登
っているという違いはあったが。

「……痛いですよ、それはさすがに」
「えへへ〜」
「それじゃ、中に入りましょうか」

 ぶんっ、と首を振ってレミィとりーずに向き直り、とーるが二人を促す。
 ごきんっ。
 妙に鈍い打撃音がしたのだが、とーるは気にすることなく校門の電子ロックを解除
し始めた。

「あうぅぅ、痛いですぅ〜」
「気をつけないとだめネ。それに、ここだけの話だけど」
「あうぅ、なんですかぁ〜?」
「トールのおさげって、引っ張り方を間違えるといきなり大爆発してアフロになるん
だって!」
「はわわ〜」

 レミィのジョークをまともに信じて、響は目を見開いて驚いていた。次の瞬間には
「引っ張って見たいです〜」と思っているあたりが素直な心根の現れであろう。

「宮内さん、水野君、行きますよ」
「「はーいっ」」

 レミィと響を促すとーるの髪は、綺麗な一本お下げのままであった。



 校舎の中は非常灯の灯りで薄暗く、動くものの気配もない。
 本能的な恐怖を喚起する、そんな雰囲気が……

「わくわくします〜」
「ghost 本当にいるのカナ?」
「なんで僕がこんなことを」
「まぁまぁまぁ」

 ……この4人には通用しないらしい。
 気配を探るりーずを先頭に、響とレミィ、しんがりがとーるという隊列で、4人は
一路、音楽室を目指していた。
 なんだかんだいいながら、結構丹念に廊下の周りの気配を探っているりーずのつぶ
やきを、とーるがなだめながら暗闇を進んでいく。
 物音一つしない空間。
 なにもいないのか、はたまた立地条件のせいで感覚がバカになっているだけなのか、
先頭を行くりーずにも、そのほか3人にも特に何かがいるという気配は伝わってこな
い。
 そうこうしているうちに特別教室の集まるフロアに辿りついた。
 科学実験室や視聴覚教室のあるこのフロアのさらに奥、そこが音楽室である。

「さて、いよいよ問題のフロアですが……」

 何気なくつぶやくとーるの口を、それまでなにも言わなかったりーずが突然ふさぐ。

「しっ。黙って」

 その雰囲気を察し、とーるは口をつぐんで居住まいを正す。
 軽口を言い合っていた響とレミィも口を閉ざす。もっとも、顔にはこれから起こる
であろう異変にワクワクドキドキ、という表情がありありと浮かんでいたが。
 りーずは慎重に、気配を探りながら一歩一歩進んでいく。
 そして5歩目で立ち止まると、懐からおもむろに赤く輝く1粒の宝石を取り出した。

「wao! beautiful jewel ネ!」
「これは宝石ではありませんよ。世界にあまねく存在する四大精霊の力の一部を封じ
込めた、精霊石です」
「光ってます〜」
「他に光源はありませんね。ということは、これが光を発している?」

 とーるが指摘した通り、遠巻きに非常灯が見えて、外に月明かり、この程度の光で
精霊石が輝くはずがない。
 一つうなずいて、りーずは赤く輝く精霊石を音楽室のほうにかざした。

「赤い色の精霊石には炎の精霊の力が封じてあります。近くで何かが燃えているので
もない限り、こんな風に赤く光ったりはしません」

 続けて、りーずはまた懐から別の精霊石を取り出した。
 澄んだ青、金とも黄土色ともつかない黄色、やや青みがかった透明の石。3つの石
はいずれも光を発してはいない。

「水、大地、風の精霊石は反応を示していません。つまり、この先には……」
「何かが燃えているネ!」
「火事です〜」

 元気よく答えるレミィと響の顔を見てげんなりとしたりーずは、崩れ落ちそうにな
る膝に気合を込めなおして、冷淡さをあえて装うように声を押し殺してこういった。

「あの向こうには、火の精霊力を増幅する存在がある、または……いる」

 りーずの言葉で、とーるはそもそも何でこの時間に音楽室を目指しているのかを思
い出した。

「音楽室に現れる、火の玉を伴ったドラマー……噂だけというわけではなさそうです
ね」
「そんなに悠長な問題じゃないかもしれない」

 りーずが一歩踏み込んで、無造作に手の中の炎の精霊石を前のほう……音楽室の扉
目掛けて投げる。

 ばしっ。

 何かにぶつかったかのようにはね返り、精霊石はこなごなに砕け散った。

「この先に、かなり強力な結界があります。なのに、結界の向こう側の火の精霊力が
こちらに影響を及ぼしている。中にいるものは尋常じゃない力を持っていることの証
明です」
「尋常じゃない、力?」

 聞き返すとーるに、りーずは一つうなずいて一言だけ告げた。

「恐らく、あの向こうにいるのは、魔王級、または、それに順ずる力の持ち主です」

 とーるの背中に戦慄が走った。
 ……魔王相手に普通の交渉が成立するでしょうか……?
 ほんの数メートル先の扉を、重い鎖が縛り付けている、そんな幻影をとーるは見た
ような気がした。