Lメモ私的エピソード「母親」 投稿者:とーる
 マールさんからわざわざ学園内の詳細なデータをもらったのには、わけがある。
 どうしても会いたい人がいたからだ。
 夢にまで見た、どうしても会いたい人。
 その人は今、いつものように地獄に立ち向かっていた。



「か〜ざ〜みぃぃ〜、今日と言う今日はお前を叩き潰す!!」
「進歩のない人だ、無駄だとわかっている闘いに付き合うほど、今の僕は余裕がない。
手短にけりをつけます」

 木刀をかざし、殺気立つYOSSYFLAMEの目の前で、風見ひなたは静かに右半身の体勢
に構えを取る。
 二人の間の気流が渦を巻く。それほどの気迫をぶつけ合っているのだ。
 ……それより先に、彼らの周りには尋常じゃない熱気が立ちこめているんですけど
ね。
 ここはLeaf学園の学生食堂。定食に加えてパンやおにぎりなども購買部が販売して
いる。図書館のカフェテリアなどを利用する生徒もいるが、あそこはここ以上に競争
率が激しい。普段の生活がエネルギッシュなだけに、栄養補給も過激なことこの上な
い。
 人気のあるメニューは数に限りがある。
 この一点だけで生徒たちは死闘を繰り広げるのだ。
 事実、YOSSYFLAMEと風見以外にも、弁当の買い出しに奔走する八塚崇乃、人ごみに
流されてえぐえぐと泣いているマルチをかばうセリス、なぜか反転モードで重戦車の
ごとく進む初音とそれに付き従うワカメ涙のゆき、そこに事件がないかなければ作れ
ないかと虎視眈々と狙う長岡志保と城下和樹、来栖川綾香を間にはさむハイドラント
と悠朔の死闘、定番メニューの一つを目にしてバーサークしてそこここに必殺技を撒
き散らす松原葵、宿命と運命の大安売り、それはそれはとってもおもしろワンダーラ
ンドである。
 だが、いくらなんでも遠くに聞こえてくるロケットパンチらしき風切り音とサウザ
ンドミサイルらしき炸裂音まで描写していてはページがいくらあっても足りないので、
話を最初に戻す。

「ここでチンタラやってたら、昼飯にありつけないんだよ」
「カフェテリアにでも行けばいいじゃないですか? この間ご奉公してたでしょう」
「……身内だからってひいきしないのがたけるさんのいいところなんだ……」
「優遇してもらえる身分じゃないということか」

 痛いところをつく風見の言葉で、YOSSYの頭の中にぶつん、という何かがちぎれた
音が響く。

「先手必勝ぉぉぉぉぉぉうっ!!」

 一見無造作な踏み込みに見えるが、YOSSYの超機動力を以ってすると余人には見切
ることのできない神速の剣となる!
 だが、風見とて伊達や酔狂で紋章を継いだり妖魔狩りをしているわけではない。
 肩を狙う剣先を、引いた左足を軸にした円の動きでいなし、転ばせようと鋭いロー
キックを放つ。
 YOSSYは体勢を崩さずにそのまま駆け抜け、足払いを飛び越して風見の背後に着地
する。背中合わせ数センチという立ち位置になった。

「挨拶は終わりですか?」
「牽制しかしてない奴が何を言う」

 背後に立つ互いの敵に声を掛け合うと、今度は風見のほうからしかける。
 振り向き様に右の手刀で背後をなぎ払うが、YOSSYは瞬時に垂直に飛びあがり、自
由落下の勢いで木刀を振り下ろした。
 風見はとっさに飛びのいてそれをかわす。

「……美加香!!」
「は、はいっ!?」

 着地したところに定食の食券を握った赤十字美加香が立っているのは風見の計算だ
ろうか。とにかく、風見は自分の戦闘のパートナーである赤十字美加香の存在を確認
し、その首根っこをむんずとつかんだ。鬼畜拳、と呼ばれる風見独特の攻撃態勢であ
る。
 すでにあきらめの極地で、それでもさりげなくA定食の食券を上着のポケットにし
まいこんでいる美加香と目が合うと、ばつが悪そうにしてYOSSYは視線をそらし、さ
っき以上の気迫をこめて風見をにらみつけた。

「風見、女を盾にするどころか武器にする、その闘い方だけは絶対に許してやるわけ
にいかん!!」
「誰に許してもらうつもりもありません。これは……僕が選んだ拳です」

 涼しげな物言いでYOSSYの神経は逆撫でられる。
 自称他称ナンパ師のYOSSYとしては、風見の闘法だけは許すわけにはいかない。自
分が大事に想う相手をこのように扱う外道は、認めるわけにはいかないのだ。
 大上段に木刀を構え腰を落とす。
 超神速の踏み込みに備え、じりっとこちらも腰を落とす。

「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「なんのっ、非道バリ……」

 YOSSYの踏み込みは風見に反撃を許さなかった。ならば、と風見は美加香を盾にす
る。非道バリア。鬼畜拳の基本とも言える防御技である。
 美加香の人並みはずれた頑丈さが、この絶対防御を可能とする。
 予測はしていたYOSSYは上段の太刀の防御をはずすように、真正面からの太刀を風
見と美加香のわずか数ミリ脇に振り下ろし、90度右に跳躍してその反動で一足飛び
に風見の胴を凪ごうとする。ここまでの攻撃がコンマ1秒以内に行われる。何とかし
てこれを受け止めようと風見が美加香を振り回そうとした刹那。

「飛燕剣、下段の跳ね刃ぁっ、うわああああっ!!!」

 風見とYOSSYの間に第3の闖入者が割り込み、YOSSYの木刀を下段から払いにかかっ
た、のだが……。

「……お前、素手で俺の間合いに割り込むなんて、何考えてやがる!?」

 語気も荒く、YOSSYが今自分でふっ飛ばした相手に向かって木刀を突きつける。1
対1の闘いに水を指されたのもあるが、必殺の剣に向かって何の策もなく突進するだ
けのこの相手に得体の知れない不安と怒りを禁じえなかったのだ。

「風見、お前の追っかけか?」
「僕は薔薇は大嫌いです」
「だとしたら、こいつ、なんだ?」

 こいつ、とYOSSYに言われた少年は、右の腕を真っ青に腫らしながらゆっくりと立
ちあがった。そこそこの上背で、背中までの栗色の一本おさげがやや乱れているが、
存外落ち着いた調子で風見の元に歩み寄ってくる。

「やっぱりお前目当てじゃないのか?」
「だとしたら全力で排除します」

 右腕をだらりとたらしながら、少年は風見の脇に立っていた美加香の目の前に立つ。

「お会いしたかったです、赤十字美加香さん」
「……え、あたし?」

 これまでの事態からよもや自分に話が振られているとは思っていなかった美加香は、
間抜けにも自分を指差しながら少年に尋ね返した。

「私は、2年生に編入いたしました『A-Toll』(えい・とーる)といいます。とーる、
とお呼びください」
「あぁ、はい、よろしく……」

 素直に頭を下げ返す美加香は、そのとき初めて向かいで同じように頭を下げている
少年……とーるの右腕が肘と手首の間で曲がっていることに気づいた。どう考えても、
折れている。

「ちょっと、その腕、折れてるじゃない!」
「あぁ、大丈夫です。すぐに治りますから」
「そう言う問題じゃなくて! ほら、見せてください!!」
「……心配していただけるんですか?」
「当たり前でしょ! 目の前に怪我人がいて心配しない人がどこにいるの!?」

 憤慨する美加香は、無理やりとーるの右手を取ろうとする。
 とーるは、痛みを感じているのかいないのか、熱に浮かされたような表情を浮かべ
て自由になる左手で美加香の手を取った。

「あ、こいつ……」

 風見が抗議しようとした言葉も聞こえないのか、とーるは美加香の瞳をじっと覗き
こみながらこう言った。

「心配して、くださるんですね。うれしいです、母さん」
「いいかげんにしなさい! おとなしく治療を……」

 うけなさい、と言おうと思った美加香の口がぽかんと開かれる。
 振り上げた手の下ろし先が見つからないまま、風見とYOSSYはぎしぎしときしむ首
を互いのほうに向ける。

「聞こえたか、風見?」
「ええ、聞きました」
「「おい」」

 風見とYOSSYが絶妙のタイミングでハモってとーるを呼ぶ。

「はい、なんでしょう?」
「誰が」
「誰の」
「「なんだって?」」

 尋ねるYOSSYと風見の顔を交互に見ると、とーるは得心がいったように一つ手を打
つ。

「一年生の風見ひなたさんと、二年生のYOSSYFLAMEさんですね? 初めまして、私は
……」
「挨拶はこの際どうでもいい! 質問に答えろ!!」

 YOSSYがキレかけて声を荒げると、きょとんとしつつもとーるが答える。

「そこにいらっしゃる赤十字美加香さんは、私の生みの親に当たります」
「生みの?」
「親?」
「そうなんですよ風見さん、YOSSYさん」

 にっこりと笑うとーるの目の前で、彼の言葉を理解するのに1秒の隙間が生じた。

「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」
「ってことは何か? 美加香さんはお前の母親だって言うのか!?」
「……父親は誰なんです?」

 慌てふためくYOSSYをよそに風見が冷徹な声でとーるに尋ねる。
 言葉の裏に隠れる尖った気配を感じているのかいないのか、とーるはごくあっさり
と問いに答えた。

「共同開発者は来栖川の長瀬主任です」
~~~~~~~~~~~~~~
 あっけない解答を聞いて、美加香の顔がにわかにこわばる。とーるの正体に思うと
ころがあるらしい。
 が、答えを聞いた風見とYOSSY、それに……。

「うわぁっ!? ねぇねぇ今の本当? ってことは、あんたってば長瀬主任と美加香
ちゃんの子供ってことなのぉっ!?」
「やかましいぞ志保!」
「ヒロは黙ってなさい! 特ダネよ特ダネよ、久しぶりに大スクープの予感がするわ
よぉっ!?」
「あれれ、志保さんどうしたのかな? 何か騒いでるみたいだけど」
「なにか特ダネぇって騒いでるみたいだけど、何かあったのかな?」
「……なんかあったみたいだね。ごめんね沙織ちゃん、見てくるよ」
「うん、情報特捜部としては、放っておけないもんね。がんばってね、しろりんくん」
「ありがと」

 ……とまぁ、いろいろな人がこの騒ぎを聞きつけて寄ってきた。
 もっとも、関わりが薄い人間はこれ幸いと昼食を確保していたが。

「さて、では事情を……美加香?」
「……」
「おい、美加香!?」

 半分イッてる顔のとーるよりはこちらに聞いたほうがよかろうと、美加香に話を振
った風見は、さっきから茫然自失という面持ちで心ここにあらずの美加香を見て、今
の今まで握っていた首根っこから手を離して肩を揺さぶった。

「何を呆けている。きっぱりはっきりとっくりと説明してみせい!」
「は……はい……」
「……?」

 ここにきて、風見は美加香の顔が蒼白になっているのに気づく。首の締めすぎかと
一瞬思ったりもしたが、その程度でびくともするようでは美加香じゃない。何が彼女
をそうしているのだろうといぶかしむが、今すぐには聞き出せないだろう。
 そう思った風見は、ここに来た本来の目的を思い出しつつとーるに向き直った。

「いろいろ聞きたいことがあるが事情は複雑なようです。食事が終わってからゆっく
りお話を聞きましょうか、とーるさん」
「申し訳ありませんが、それはできないと思います」
「何?」

 声音と表情はにこやかだが、とーるの拒絶は明快だった。
 眉尻を持ち上げる風見だったが、次の言葉を聞いて緊張を解く。

「昼の休み時間はあと15分しか残っていません。それが終われば午後の授業があり
ます。お話は放課後ということにしていただけませんか?」
「授業なんざサボっちまえばいいじゃないか」
「授業を受けるのは学生の権利であって義務ではありません。私の権利をあなたは阻
害すると言うのですか、YOSSYさん?」
「う……」

 正論で返され、YOSSYは言葉を飲む。今時こんなことを言う学生がどこにいるのだろ
うか(笑)?
 ちらりと美加香の表情を見て、それが先ほどからこわばったままだと言うのを確認
すると、風見は一つため息をついた。

「わかりました。では放課後。そうですね、図書室のカフェテリアでどうでしょう?」
「かしこまりました。お伺いさせて頂きます」

 ふと、風見は目の前で深深とお辞儀するとーるを見て眉をひそめた。
 単純骨折だったとは言え、見てわかるほどにひしゃげていたとーるの右腕は、今や
腫れ一つなくきれいに治っていたのだ。
 では失礼します、と教室に戻るとーるの後姿を見送りながら、風見はつぶやくよう
に美加香にささやいた。

「大方の事情はわかったが、真実のところを聞きたい。貴様にはわかっているのだろ
う、あれの正体が?」

 言葉こそ厳しいものだが、ちらりと横目で見た風見の表情が怒りや侮蔑ではない、
もっと別の感情を表していることがわかった美加香は、それでも小さくうなずくこと
しかできなかった。

『長瀬主任、不倫発覚!? 相手はL学の1年生!?』

 この見出しの情報特捜部号外を廊下に張り出そうとしていた長岡志保を問答無用で
ぶん殴り倒して記事を全部回収したYF-19(シッポ)の行動は歴史の表には出ない事
実の一つであり、余談である(笑)

「あーのーなーっ!!」
「なによっ、あたしは真実を追究しようとしているだけじゃない!!」
「あんたのすることは時々洒落じゃすまないんだって自覚せんかいっ!!!」
「女のあたしを殴るって言うのぉ!?」
「困るような殴り方はしていないぞ」
「このぐらいじゃめげないわよぉ、待ってなさい特ダネ!!」
「……藤田やデコイの苦労がよくわかる気がするよ……」

(つづく……っておいっ!(笑))