Lメモ私的エピソード「存在」 投稿者:とーる
 YF-19と長岡志保はまだ口論を続けていた。
「いいじゃないの! 当人がそうだって言ってるんだから真実の一端は担っているは
ずでしょ!?」
「裏づけもできないネタを情報特捜部の名義で公開するなっていっているんだっ!!」
「予測がつかないわけじゃないわよっ! あたしだって志保ちゃんニュースのための
ネットワークがあるんだからね! 生徒会の連中ほどディープじゃないけど!」
「……どんなんだよそりゃ……第一だな、今回のネタには抜本的な矛盾がある」
「何よそれはっ!?」
「いいか、あの転校生、あいつは2年生に編入されている。基本的にうちの学校に飛
び級は存在しない。だからあいつの年齢は17歳ということになる」
「そんなこと、確認されなくたってわかってるわよっ」
「来栖川の長瀬主任はいいとして、赤十字美加香は1年生だ。今、誕生日が来てても
16歳ということになるな」
「あったりまえじゃないのっ! あの娘はあたしの1つ下……あ」
「やっと気づいたか。自分より年上の子供を産むことは不可能だ。特異点を経由して
未来からやってくるでもない限り、それは決してありえない」
「だとしたらあいつが嘘を吹聴してるってわけ?」
「いや、そうとも思えない……それに、あれほど狼狽している美加香も珍しい……ま
だ、ひと波瀾ありそうだな……」
「ほら、やっぱりニュースになるじゃないのっ! そうと決まれば取材よ取材っ!!」



 お昼過ぎ。
 図書室のカフェテリアは午後の授業が始まれば一時的に店じまいになる。
 その、誰もいないはずの店内の一角で、しゅんと肩を落とす女とその前でじっと座
って黙り込む男。
 このカップル(カップルいうなっ!(ごめすっ)<男からのツッコミ)……二人連れ
はさっきから互いに一言も言葉を交わさない。
 あまりの重苦しい雰囲気に、店を閉めるとも授業をサボるなとも言えないまま、川
越たけるとグレースタイプセリオ(通称、電芹)、それに昼のピークに顔を出してい
た宮内レミィは、何もできずにカウンターの裏で顔をつき合せていた。

「……どうしたのかな、美加香ちゃんと風見君?」
「よくはわかりませんが、美加香さんがあれほどうろたえている姿を私は見たことが
ありません」
「うーん、注文取りたいけど割り込んで行けないネ。これじゃウェイトレス失格よ」

 たける達3人が言うとおり、ここで授業にも出ずにじっとしていたのは風見ひなた
と赤十字美加香であった。
 生来あまり気の長いほうではない風見が、じっと腕を組んで美加香を見据えてもう
すでに数10分。
 いいかげんどうしてくれようかと思いつつ、この雰囲気では動くに動けない。不毛
な根競べが続く。
 普段開けっぴろげで裏表のない性格なだけに、こういう風に押し黙られるとどう扱
っていいのかわからない。
 息詰まる沈黙が全身を縛る。
 この状態からよく5分12秒も堪えたものだ。

「おい」
「……」
「こら」
「……」
「あのな」
「……」

 沈黙を守る美加香を見て、風見はひとつため息を重ねた。

「あいつ、貴様のことを『母さん』と呼んでいたな? 貴様のことを母と認識すると
いうことは、貴様の実の子供か、または……」
「……研究者時代の、私の作品……」

 初めて美加香が口を開いた。
 声音から一切の表情を感じ取れない、合成音声のような美加香の口調。
 それが感情を押し殺した結果であることは、風見にもわかりすぎるぐらいわかった。

「よもや、こんな形で再会するとは思いもしなかった」
「ではあれも、紫音や四季と同じ、強化人間だというのか?」

『塔』と呼ばれる組織がある。
 それがいかなる物なのか、一般には知られていない。
 かろうじてわかっていることといえば、この学園には出身者が多数存在する、とい
うことぐらいだろうか。
 風見の口から出た『紫音』『四季』は『塔』で開発された戦闘用強化人間の形式名
称である。その戦闘力は人間をはるかに凌駕し、体力・魔力いずれの面でも人間を圧
倒する。
 ではとーるもやはり『塔』の出身なのだろうか?

「違うよ。君たちよりもむしろ、私の側に近いだろうね」

 答えは美加香からではなく、別のところから返ってきた。
 カフェテリアの入り口に立っていたのは、茫洋とした風貌の中年の男性である。着
古したよれよれの白衣のポケットに左手を突っ込み、右の人差し指でずり落ちたメガ
ネを直している。
 その男の声を聞いて、美加香ははっと顔を上げた。

「長瀬……先生?」
「久しぶりだね、赤十字美加香君」

 ある意味、L学園では伝説とも呼べる人物の登場である。
 長瀬源五郎。
 さまざまな異能を生む来栖川家の『影』ともいえる長瀬家の男だ。ゆえあって、現
当主であり来栖川家筆頭執事の長瀬〜セバスチャン〜源四郎からは勘当されているが、
実の息子である。
 来栖川電工のHM開発室主任で、現在稼動試験続行中のHMX-12・マルチ、HMX-13・セ
リオの設計主任でもある。いわば、マルチたちの生みの親だ。
 美加香とは『マルチの娘たち』マルティーナの開発において共同研究を行っていた
関係で知り合った。天才的であり、ともすれば暴発しかねない美加香の頭脳に確固と
した指標を与えた人物でもある。
 存外だらしないこの格好を見ると、本当にそんな人物なのか強い疑問を覚えるのだ
が、そこはそれ、判断は読者にお任せしよう。
 閑話休題。
 長瀬は小脇に抱えた茶封筒から一束のレポートのコピーを取り出した。

「君には懐かしいものだろう」

 手渡されたレポートの表紙を見て、美加香は目を見開いた。

「『ロボットサーバントの人間的行動に関する考察』……これは、メイドロボ開発初
期の実験レポートですね」
「正確には思考実験による開発過程のレポートといえるがな」

 美加香の手の中にあるレポートの内容は、簡単に言えば『どうすればロボットは人
間に近い行動を取ることができるか?』というものである。機械と人間の相違、機械
を人間に近づけること、人間を機械に近づけること、様々な可能性と事例が挙げられ
ている。
 だが、このレポートはそうとう昔のものであって、現代の発展した技術ではお笑い
種にしかならないようなことしか挙げられていない。
 それがわかっていたからこそ、美加香はレポートの中身も見ないで紙の束をテーブ
ルの上に置いた。

「このレポートが、何か?」
「君らが……いや、美加香君、君が会った『とーる』という少年は、肉体を強化され
ていることは多分もうわかっているだろう。問題は、それを行ったのが誰か、という
ことだ」
「彼は、私のことを『母さん』と呼んでいました。私をそう呼ぶのは、マルティーナ
たちぐらいしかいません……」
「君が創ったんだ。あのお嬢さんたちが君を母と認識するのは間違いではない。むし
ろ当然のことだ。だが、『とーる』は君の作品ではない」

 最後の部分を強く、長瀬は断言した。
 とーるは、美加香の作品ではない。
 肩から力がすっと抜けるが、美加香は当然起こる問題の連鎖に首をかしげる。

「私たち……いえ、来栖川以外に人体の強化を行える組織があったということですか
?」
「ヒューマノイドモジュールの開発は、私たちだけの命題ではなかったんだよ。たま
たま表に出ている、私たちが関わっていた組織が来栖川だった、それだけのことさ」

 HMの技術が軍事転用されるのは表立っては違法だが、まったく行われていないわけ
ではない。むしろ、軍事産業の世界では当たり前に行われている。現段階で最新鋭の
コンピュータ、メカトロニクス、ヒューマンサイエンス、それらの結晶であるHMは、
人を救う神の手にも、人を殺す悪魔の手にもなり得るのだ。
 驚愕に目を見開く美加香に、追い討ちをかける声がさらに増える。

「5年前、HM開発プロジェクトの最重要機密データが来栖川のデータバンクからハッ
クされた。データの完全な漏洩は防がれたものの、中枢部分の研究レポートなどは流
出。犯人は見つからずじまい……そんなことがありましたね、長瀬主任?」
「……君も来たのか、緒方君」

 そこに来たのはLeaf学園倫理社会教諭の緒方英二であった。
 妹の理奈とともに学園の教師であるのだが、彼がもともと『塔』の出身の魔術師で
あることを知るものは少ない。
 風見と美加香にとっては、美加香の『塔』脱走からマルティーナの開発まで、様々
なところで関わりのある存在である。
 英二は近くにいた長瀬に頭を下げ、風見を一瞥すると美加香と風見が座るテーブル
の隣に椅子を持ってきて座り込んだ。

「事実を知ってしまうと笑ってしまうぐらい、この学園には様々な機密が満ち溢れて
いる。木の葉を隠すなら森の中、とはよくいったものだ。君の娘であるマルティーナ
だって、来栖川の中ではトップシークレットの存在だ。そんなところにいまさら一人
ぐらい、軍事機密が紛れ込んだところで痛くも痒くもないだろう」
「……何がいいたいんですか?」
「話題の主の正式名称はK.o.E. A-Toll。ナイト・オブ・エレクトリック、西側で極秘
裏に開発されていた戦術型機動兵器制御用生体コンピュータのプロトタイプだ。……
君の娘のマールに一番近いといえるかな」

 一体どこからそのような情報を収集してくるのか。
 英二はいとも簡単にとーるの正体を暴き立ててしまった。
 だが、端的にそう言い切られても簡単に信じられるものではない。
 美加香はいぶかしむ顔を隠そうともせず、英二をにらみつけた。

「そんな話、信じられるわけが……」
「別に信じてくれなくてもかまわん。事実がどうであれ、それが大勢に影響するわけ
でもない、今のところはな」
「今の、ところ?」
「この学園は、聖域(サンクチュアリ)ではないということだ」

 そこまでいうと、カウンターの向こうで聞き耳を立てていたたけるたちを招き寄せ、
 英二はブレンドを頼んでじっと腕を組む。
 それ以上、何も言うことはないといわんばかりに押し黙ってしまった。
 英二を見やって嘆息しつつ、長瀬は同じ物をレミィに頼んで英二の向かいに腰を下
ろした。

「サーバントロボットとマンプラスの技術的融合。この命題の思考実験は」
「私と、長瀬先生で考察した最初の命題でした」
「その通り。どうやら、その研究データを元に、彼は開発されたらしい」
「ですが、あの程度の研究データでは、彼みたいな『人間らしい人間』は創れるはず
が……」
「どうやら、私たちの研究データをたたき台にして、何かオーバーテクノロジーを新
たなファクターとして加えたらしい。魔術的なものとも、オーパーツともいわれてい
るらしいが、詳しいことは知らん。なにせ、当の本人がその点に関して『記憶がない』
といっているからな」

 その瞳に一瞬だけ、研究者としての探究心が浮いたのを美加香は見逃さなかった。
 研究バカの長瀬先生らしい、とようやく美加香の口元が少しだけ緩んだ。

「ま、生まれて数年しか経っていないらしいが、一応の知識と17歳相当の肉体は持っ
ている。私を『父』と認識しているようだからな。仕方がないから私の義理の息子と
してここに通わせることにした。……何か不都合があったかな、美加香君?」

 そこで始めて美加香は理解した。なぜとーるが自分のことを『母』と呼んだのか。
 とーるは知っているのだ。自分が強化人間や魔道理論とメイドロボの融合体を創っ
た、『異端の科学者、異端の魔術師』であることを。
 因果応報とはよくいったものだ。
 自分は間違ったことはしていない。だが、それが正しいことなのか、と問われると、
自信はない。
 すべては自分のわがままからなのだ。美加香は心のどこかで自分を縛り付けていた
鎖を、改めて見せつけられていた。
 それでも、そんなことを考えるのは一瞬。
 誰にも、ひなたさんにだって、こんなこと、いえない。
 だから美加香は繕った。最大限の努力で、自分の中にあるものを押し隠して、笑顔
を繕った。

「偶然って、あるんですね」
「ところが偶然ともいえないんだな。どうやら、Leaf学園の存在と、自分たちの出自、
とーるの出自をデータバンクから照合して提示してしまった者がいる。マールだ」

 長瀬は美加香の内心の葛藤に気づいたか否か。シニカルな笑みを浮かべたまま、話
を続けた。



「あれがあたしたちの兄さんんんんん!? うっそでしょぉっ!?」

 ルーティが腰に手を当ててオーバーアクション気味に憤慨している。
 それを目の前で見ながら、マールは困ったような弱い笑みを浮かべていた。
 傍らには相変わらずのほほんとしたティーナと、興味深げに耳を傾けている笛音、
笛音の隣にちゃっかりと座りこんでいるてぃーくん、反対側にはきたみち靜が座って
いた。
 お子様連合の本日の会合はなぜか高等部の中庭であった。靜と笛音とティーナがそ
れぞれの養い手を待つのに他の連中が付き合っているという形だ。

「嘘は言っていません。とーるさんは確かに、プロト・メイドロボ、プロト・マルテ
ィーナともいえる強化人間です。作ったのは長瀬主任でも美加香さんでもないですけ
ど、確かに設計思想としては私たちのプロトタイプに当たります」
「そんなことあるわけないじゃん。メイドロボを作れるのは来栖川だけだし」
「それは間違った認識よ。来栖川が一番なのはあってるけど、だからといってそこ以
外の組織がメイドロボを作れないとは限らない。とーるさんは、私たちの……私とル
ーティ、あなたの……コンセプトに準じて開発されたの」

 ルーティはまったく納得していなかったが、一つ思い至ったことがある。
 どうして、第一印象が最悪だったんだろう?
 どうして、あたしはあいつが嫌いなんだろう?

「……そっか、あいつ、『あたしと同じ』なんだ。だから気に食わなかったんだ……」

 自分が兵器として開発されたこと。ルーティはそれがコンプレックスになっている。
 美加香たちの愛情に包まってのびのびと育っている今はさほど気にしていないし、
むしろ兵器としての自分の能力をどうすればみんなのために使えるのか、どうすれば
マール姉さんとティーナを守ることができるのか、ということもおぼろげながらに考
え始めている。
 だが、初めて会った『とーる』を見て、なぜか強烈に『自分が機械である、自分が
兵器である』ことを自覚させられてしまった。一番見たくない自分を見せ付けられて
しまった。

「嫌いで当然、か……」
「ルーティ、それにティーナも聞いてね」

 マールが改まってルーティとティーナに声をかける。その真摯なまなざしに、ルー
ティは息を呑んだ。ティーナは相変わらずのほほんとしているが。

「とーるさんは、まだ答えを見つけていないの。自分が何で生まれてきたのか、自分
が何のために作り出されたのか、自分はこれからどうすればいいのか」
「そんなの、あたしたちだってわからないよ。なりはでかいのに子供といっしょじゃ
ない」
「知識レベルはそれなりにあるらしいけど、作られて3年ちょっとしか経ってないの。
マルチさんやセリオさん、電芹さんたちよりちょっと早く生まれたぐらいで、そんな
に差はないわ」
「3年であんなに大きくなるんだね。だったらボクも3年経ったらもっとムネがおっ
きくなるかな?」
「……3年経ったら胸の大きなボディを作ってもらいなさい。とにかく、とーるさん
は私たちのお兄さんなんだから、仲良くしなくちゃダメよ」

 マールはそういったものの、ルーティは納得いくはずもない。いきなりぽっと現れ
て兄さんも何もあったものじゃない。ティーナは笛音と胸の大きさで議論を始める始
末。
 盛大に深深と、マールはため息をついた。

「ねぇねぇ、あそこに歩いてるのがとーるさん? 確か栗毛の一本お下げのお兄さん
だよね?」

 てぃーくんが指差すほうを見ると、校舎の渡り廊下から図書館のカフェテリアに向
かって歩く人影があった。
 どこか思いつめたような表情で、歩を進めるのは、他ならぬとーるであった。

「足速いなぁ。もう見えなくなっちゃったよ」

 てぃーくんが向こうを覗きこむが、確かにとーるの姿は角を曲がって死角に入って
しまった。

「カフェテリアになにかあるのかな?」
「行ってみようよ!」
「うんそうだね、ボク、たけるおねーさんにチョコパフェ作ってもらう!」
「あーっ、笛音も食べるぅ!」
「……靜も、食べたいな……」

 わいのわいのと移動を開始する集団の後ろで、マールはもう一つため息をついた。



「美加香母さん……私が、あなたを助けます」

 どこか悲壮な表情で、とーるはカフェテリアのドアに手をかけた。

                       (つづく……ホントに(^_^;)?)