「えっと、じゃ、今日はここまでかな?」 L学で国語教師を務める澤倉美咲は、そう言って教壇の上の教科書を閉じた。 きーんこーんかーんこーん。 ちょうどタイミング良く、四限終了のチャイムが鳴る。 このチャイム終了後のお決まりな風景、何か思い当たることはないだろうか? そう、お昼の食糧確保戦争勃発の時なのである。 一部の生徒達は既に教室前方の扉に意識を集中させ、臨戦状態で待機している。 「起立、礼、着席」 「っしゃ! 今日こそカツサンドゲットだぜ!!」 「いや! ツナサンドだね!」 「待てぃ! 定番どこの王者カレーパンを忘れてもらっては困るな!」 その日の当番の号令が聞こえるや否や、鬼の如き瞬発力で出口を目指す生徒達。 「・・・あれ?」 美咲が深々と頭を下げ、次に頭を上げた頃には教室には最早誰もいなかった。 Lメモ 「昼争常景」 (はぁ・・・私の授業なんてみんな・・・) 美咲がとぼとぼと廊下を歩いていると、後ろから声がかかる。 「あ、美咲さん 美咲さん♪」 「あ、由綺ちゃん」 「お昼ご飯、冬弥君達と食べるんですけど、一緒にどうかなと思って」 「あ、ご一緒させて貰おうかな?」 「みんな喜びますよ」 こうやって、楽しい昼休みはすべての悩みを吹き飛ばし始まる。 ――所変わって購買部 「カツサンドはイヤぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」 一人、また一人とカツサンド購入者は、昼に顔出す月へと飛ばされていく。 「葵ちゃん! いけぇ!!」 「浩之、楽だね。 僕たち」 「だな、カツサンドさえ買わなきゃ、「十戒」の様に人混みが割れていくからな。 あ、おばちゃん カレーパン!」 「あいよ」 注文をする浩之、慣れたことのように注文を受け、商品を投げ渡すおばちゃん。 「サンキュウ って、おばちゃん! これ カツサンド!」 「浩之!」 雅史の声が鈍い衝撃を伴って浩之に届く、 (なんだよ・・・何を驚いた顔で俺を逆さまに見てるんだよ、雅史・・・逆さま?) 「カツサンドなんてーーーーーー!!!!!!」 (ああ・・・そうか・・・雅史が逆さまなんじゃなくて俺が・・・) 浩之が理解したときには既に遅く、雅史の声を供に月へと旅立っていた。 購買部前が、弱肉強食の熾烈な争いを繰り広げ、たった一人の女子が阿鼻叫喚の地獄絵 図を描いている横で、購買を目的とはしない集団があった。 「今日こそは・・・今日こそは止めるぞ! 我等、生徒指導部の名に賭けて!!」 『オオォォォーーーーーー!!!!!!』 ディルクセンの呼びかけに、彼の僕たるモノ達が雄叫びを上げる。 「真藤!」 「はい!」 ディルクセンの言葉に、傍らの若者が応える。 「首尾は!?」 「はい! 囮にカツサンド百と数個を落とし穴の上に配備! さらに、その下には愛らしい愛玩 動物を配置しました! さしもの標的もその愛らしさに戦意喪失する事は必然!」 真藤の声を聞き、ディルクセンが満足そうにうなずく、 「今日と言う日を、我等の勝利の記念日とするのだ! 行くぞ!!」 『オオォォォォーーーーー!!!!!!!』 二度目の鬨の声、はっきりと近所迷惑であろうが、その声に隠れるように…… しかし、しっかりと皆には聞こえる声で真藤が言葉を発する。 「ただし・・・他の一般民を巻き込むことをおそれて離れたところに設置しました」 徐々に、そう、ゆっくりと波が引いて行くかのように鬨の声は小さくなり…… シーーーーーン…… 静まり返る。 その静まりかえった中をただ一人、美也がカツサンドを配ってくる。 「一人でも多く! 罠にたどり着いてくれ! 健闘を祈る!!」 ディルクセンが涙を流しながらカツサンドを握りしめ、演説を締める。 ――職員室 「美咲さん、お昼休み前の授業ってどうですか?」 由綺が小さな弁当箱を広げながら尋ねる。 「う〜ん・・・なんて言うか・・・殺気立ってるって言うのかな・・・」 「あ〜、わかりますよ。 俺の授業の時も、あいつら『スタートが命!』だの言って飛び出そうとするんですよ」 いつの間にか寄ってきた耕一が、由綺と美咲の話に加わる。 美咲は、口の中に放り込んだウインナーが喉に落ちるのを確認し、 「耕一先生はそう言うときどうするんですか?」 美咲の問いに、耕一は得意げな表情を浮かべ、 「取り押さえます」 短く、明るく答えた。 「流石は耕一先生ですね。 俺なんて、もう諦めちゃってますよ」 と、これは冬弥。 冬弥は、由綺と同じ柄の、しかし、由綺の物よりも少しだけ大きな 弁当箱の蓋を開けている。 「お、冬弥先生は、愛妻弁当ですか?」 「あ、愛妻なんてそんなんじゃありません!」 顔を真っ赤にしながら否定する冬弥の横では、由綺が真っ赤な顔を伏せ気味にして卵焼 きをつついていたりする。 「そう言う耕一先生も大きなお弁当箱をお持ちですね?」 美咲が助け船を出す形で話題を変える、変え切れてないのが美咲らしいが、 「ええ、梓がね。 みんなの分を毎朝作ってくれるんですよ」 父親が、娘を誉めるときのような笑顔で耕一は答えた。 「あれ? 千鶴校長じゃないんですか?」 不用心な由綺の言葉は冬弥の掌によって押さえ込まれる。 耕一は慌てて辺りの様子を探る。 美咲は頭をかばうような形で椅子の上で身をかがめる……何か勘違いしているようだが 当然の行動と言えるかもしれない。 由綺が冬弥の顔を見る、冬弥が大きく横に首を振って、人差し指を口元に持ってきて息 を吹きかけるような動作をするのを見て、由綺が首を縦に振り、冬弥が由綺の唇の拘束を 解く。 そんな二人のやりとりを後目に、美咲がおそるおそる首を擡げ・・・溜息とも深呼吸と もつかない深い息を吐き落ち着きを取り戻した。 「梓ちゃんって、ホントにお料理が得意なんですね」 今までの怯えた様子を微塵も見せずに美咲が会話を始める。 「ええ、それだけが取り柄ですから」 耕一も父親の笑顔で返す。 「刻」という物は、ときに簡単に切り取られる物のようだ。 ――屋上 「どう言うことよ! 健やか先輩!!」 「どう言うことと言われても・・・見たとおり、葵ちゃんが活躍してますよ 太田さん」 屋上、香奈子の問いかけの言葉に、健やかはいつも通りのニコニコとした表情で応える。 「そんな事じゃない!! あの子が暴れてたら、私達の計画がおじゃんじゃない!! あの子は、生徒指導部が抑えるんじゃなかったの!?」 「抑えてくれてるじゃないか、葵ちゃんが押してるけど」 「アレは、やられてるって言うの! それに購入者も襲われてるじゃない!!」 「そこまでだ、暗躍生徒会!!」 バン!ババババーーーーン!! 校庭に盛大な音が響き、五色の煙が沸き立ち、その中に佇む――一つの人影、 「・・・盛大な登場の割に、寂しいわね・・・ジン先輩」 香奈子が口に出し、健やかが口に出さずに人影に憐憫の瞳を向ける。 「やかましい! 毎度毎度昼休みにおかしなまねしやがって!! おかげで、千鶴さんの弁当喰いそこねたじゃねぇか!! 礼を言うぞ!!」 「ちょっと待ちなさいよ! 私達まだ何もしてないわよ!! それと、そのお礼は本心からと受け取って置くわ!」 しばしの間、 「この騒ぎは!?」 「松原さんのいつもの暴走よ!」 「じゃ、俺が出てきた理由は!?」 「知ったこっちゃないわよ!!」 「実は、カツサンドと千鶴パン(カツサンドver)をすり替えたんですけどね。葵ちゃん が暴走しちゃって」 「って、あっさり暴露してんじゃないわよ!!」 「ばれてるみたいだし、失敗だからいいじゃないか」 「まだばれてない!!」 香奈子が、健やかの首を締め上げるが、健やか本人は何の痛痒も感じていないように笑 っている。 「頭痛してきた・・・が、やっぱりお前らの仕業か・・・」 「ちなみに、カツサンドはすべて生徒指導部に売ったんだよね 197個♪」 「えらく半端な数字だな・・・」 「当然よ! 健やか先輩と、右子、左子が買ったんだから」 そこで、ジンが辺りを見回す。 「そういや、Runeの奴は?」 「知らない、何処かで食べ物探してるんじゃない?」 「・・・・・やらなかったのか? カツサンド・・・」 「お金持ってないんだもん 彼」 「テメェにゃ、慈悲とか慈愛とか優しさとか言うのはないのか!?」 「私の慈悲、慈愛、優しさに愛情(はぁと)はすべて月島さんのモノよ!!」 即答、その隣では、解放された健やかが涙ながらに何度も頷いてたりする。 「そっちは全然足りないじゃない! さっきの爆発から見たら、五人で来るはずだったん じゃないの!?」 ジンが言葉に詰まる・・・ 「・・・・・・・んだよ・・・」 『え?』 香奈子と健やかが、お互いに顔を見合ってから、尋ね返す。 「風見を退けて! みんな、美味い弁当の取り合いしてんだよチクショウ!!!!」 涙を流すジン、その涙は、独り占めできた千鶴の弁当を食い損ねたためか、自分以外の 安全な弁当を食べることができるモノに対する嫉妬か……とにかく熱かった。 「……じゃ、そう言うことで!」 香奈子と健やかが、回れ右して校舎へと戻ろうとするが・・・ 「遠慮するな! タイムアップまで遊ばせろ!!!」 狂喜と共にジンが動き、破砕音が響き出す。 「あっちでも、何か始まりましたね」 冬弥が、弁当箱をおき、窓から身を乗り出し状況を確認する。 音源には、未だに少し だけだが、色彩の残る煙の残っている。 (戦隊物の登場シーンみたいな煙が上がったみたいだな・・・いつも埋めてあるのかな?) 「冬弥君、危ないよ〜」 由綺が慌てて冬弥の服の袖を引く。 「ミサイルが飛んでるな。 ありゃ、ジン君だ。 あ〜あ〜、購買部前も巻き込んで・・・」 「という事は、相手はDセリオかな?」 耕一が顔を上げて冬弥に尋ねるが、冬弥が首を振る。 「一方的に飛ばしてると言うことは、相手は違うようですね」 「珍しいこともあるモンだな」 そう言って、また食事に専念する。 「へ、平静ですね」 「ミサイルごときじゃ、千鶴さんを止められないからな〜」 「は?」 「ここに飛んできたら、千鶴さんが今度は暴れる。いつものことでしょ?」 美咲がつまんでいた卵焼きをぽとりと床に落とし、慌ててティッシュでくるんで処理を する。この間に、耕一以外の人間は同じ事を思っていた。 (・・・・・何か違う・・・) ミサイルを脅威に思う者と、思わない者の差らしいが、確実に論点がずれている。 そんな冬弥が見つめていたずっと先・・・ (はぁ・・・はぁ・・・) 真藤が走っている。 あたりは硝煙の匂い、炎、えぐれた大地と戦場さながらの様相を帯びている。 予想外だったろう、敵は一人だと思っていた彼等からすれば・・・真藤からすれば思っ てもみない伏兵に襲われた心境だったろう。 (もうすぐ・・・もうすぐだ!!) 表情は非常に複雑だ…… 恐怖、達成感、悲壮感、安堵…… 相反するはずのモノまでも伺うことが出来る。 やがて真藤が足を止める。 辺りを見回す。 「――――――ッ!!」 真藤が声にならない悲鳴を上げる。 「ここなんだ! 俺はここに山とつんだはずなのに!!!」 真藤が手探りまでして確認をする。 しかし、其処には真藤を納得させるふくらみはなく、 かわりに、深く、大きな口を大きく開いた空洞があった。 間違いなく真藤が掘った穴である。 そして、彼は理解する……作戦の最大の穴と、己の最後を…… 「カツはいやーーーーーーーー!!!!!!!!!」 遠くから響いてきた声は、真藤を跳ね飛ばし、穴の底へと落ちていった。 「こんなにいっぱいカツサンドが!!! カツはいや! カツはいや! カツはいやーーーーー!!!!!!!!」 「落ち着け青いの! 俺だ! と言うか、俺が誰であろうが俺の食事を邪魔するんじゃねぇ!!!!!!!!!」 ピタリと葵の手が止む。 「Runeさん・・・」 瞳を潤ませ、Runeの名を呼び・・・鋭く踏み込む。 電光石火の如く放たれた正拳は鳩尾にヒット、よろめくRune。 「て、てめぇ・・・俺と認識した上で食事の邪魔しやがったな・・・ 一週間ぶりの食料吐き出しそうになっちまったじゃねぇか!!!!」 生と存在を賭けた勝負が、愛玩動物達をギャラリーとし幕を開けた。 (幸いにも潰されてはいないようである) ――職員室 「まぁ、分からないでもないんです・・・」 耕一がお茶をすすりながら呟く。 「俺達弁当組にとっては本当の理解は出来ないんでしょうけどね・・・」 「はぁ・・・」 由綺と、美咲が曖昧にうなずく。 「ああなってしまうのは毎回のことですから・・・」 耕一が遠くを見やるような目で…… しかし、実際はそう遠くない校庭に目を向ける。 「私達も寛大になるべきなんでしょうか・・・」 美咲が、悟ったような口調で校庭の一カ所のたまり場から一直線に伸びた惨状を見やる。 由綺は、校庭の惨状を為した女の子を我が事のように褒め称え、冬弥に咎められている。 生徒指導部今日も全滅・・・ **************************************** 後書きという名の言い訳 え〜……今回、シッポさんから書き出し部分を頂き、御題を貰って書いてみました(笑) というか、チャットでの「昼休みってさ〜」の様な会話で始まったんですけど(笑) 以上、多分良くあるであろう「L学での昼休み光景」でした(笑) 葵ちゃんが、まともに話してないな〜(汗) P.S 覚えている方々へ 別に遊びほうけているわけではなく、あちらの方もすすめております(笑) 00/01/12