今日、七年ほど前に引っ越したお姉さんから電話があった。 『結婚したんだ〜』 と言う彼女の声はとても浮かれていた。 なんでも、昔のアルバムを見ていて、懐かしく思って電話してくれたそうだ。 七年も会っていない彼女の声は、僕の記憶の中の声よりも綺麗に聞こえた。 Lメモ 「未来に送る覚え書き」 『今日、ある人から電話がかかってきた。 とにかく驚いた、懐かしさから声がどもったほどだった。 そして、その人が「結婚したんだ」と言ったときの気持ちを、これを読んでい る僕は覚えているだろうか? 覚えていない、と言うことはそれだけのことだっ たのだろうと思い、書き記すことはしない。』 其処まで書いて一旦筆を休める。 何故、今これを書き記すのかの再確認、それを終わらせると再び筆を進める。 『自分に語るというのはおかしなものだけど、今、これをしておかないと後悔す ると思った。ただの自己満足だ。』 何を自分に言い訳をしているのだろう、そう思いながら文字を埋めていく。 『今、好きな人がいる。 その人に、そう伝えることのなんと難しいことか…… すべてが過ぎたとき、その人にそう伝えることのなんと簡単なことか、今日、 知ることが出来た。でも、楽しい想い出の途中のことはポンポン出てくるが、そ の人と初めて逢ったとき、どう思ったのかがなかなか思い出せなかった。だから、 今記しておこうと思う。』 ここまで書いて、何か自分がとても恥ずかしいことをしているような気になっ てきた。 いや、実際に恥ずかしいことをしているのだろうが……しかし、ここまで書い たのだから、と言い聞かせる。 『彼女に初めて逢ったとき、大して関心を抱かなかったというのが正直なところ だ。これを読みながら、一目惚れだったとか何とか言っているかもしれないが、 美化である。間違えないよう。 彼女と偶々教室が一緒になった、その偶然さえ、その時の僕は幸運と思わなか った。教室という、一つの部屋の中にいる、大多数の自分以外の一人、その程度 の認識だった。 彼女を大多数の一人、と言う認識から、名前を覚えるきっかけになったのは、 神凪遼刃、オカルト研究会の友達の一人と出会ったときだろう。 彼も、彼女に好意を抱いていた。同じ教室の級友であり、同じクラブと言うこ とで、彼の行動はよく目の端に入れていた。そして、気がついたのである、彼女 という存在に』 一息つく、生来のめんどくさがりが出てきた様にも思える。 しかし、今日の一本の電話を思い出すと、また書かなければいけないと思い出 す。 『神凪さんと一緒に見える彼女は、可愛かった。ただ、Leaf学園という場におい て、それは群を抜いていると言うものではなく、目立つか目立たないかで言うと、 おそらく、彼女の気性も手伝って、目立たない方に分類されるだろう。何故、彼 女を好きになったのか? それは……』 其処まで書いて、少し……ホントに少しだけ、唸る…… 『何故だろう? 今の僕ですらもうわからなくなっている。ただ、今はまだこじつけることは出 来る。 彼女の表情を、意識して沢山見たからだ。 知人の行動に自然と意識が行く中で拾っていった彼女の表情、それをいつしか 僕は集めるようになっていた。』 ………ストーカーじみた自分の行動に、ふと筆が止まってしまう。めげてしま いそうな自分を叱咤し、なんとか気力で持ち直す。 『そのうち、彼女をもっと側で見ていたい。と思うようになり、神凪さんと一緒 に彼女の周りにいることが多くなった。自然と、彼女の周りへととけ込んでいけ たのは、幸運だったと思う。 そして、彼女と神凪さんと一緒にいる時間が増えると、もう一人の姿が見えて きた。OLHさんという先輩だ。今のところ、僕を含める三人が、多く彼女の周 りにいる。ただ、彼女と二人で居ると言うことに固執しなければ、今の状況は、 とても好ましいと思う。 いつも本音でぶつかってくるOLHさん、 さり気なく彼女と一緒にいて、OLHさんが来ると一緒に騒ぐ神凪さん、 そして、その二人と一緒になって騒ぐ僕。 彼女はそんな僕達を、楽しげに眺めているときもあれば、困って逃げてしまう ときもある。 僕が彼女の立場なら、本気で怒りかねない状況だけど……やはり楽しいのだ。』 そこで、幾つか空行を作る。 『これは、恋とは違うのかも知れない。 居心地のいい空間にいるためにいて、その中心に彼女がいるための錯覚なのか も知れない。』 今しがた書いた行をじっと眺める。 「でも」 『でも、恋と知らずに過ぎる恋にだけはしたくない』 そう締めくくり、厳重に封をする。 『時が来たら開くべし』 そう表に書き記し、引き出しにしまい込む。 未来の僕は、この手紙をどう言った心境で読むのだろう? 子供だったと思うのだろうか? 精一杯、後悔しないようにしていたのだと思うだろうか? そう思って、自分の部屋を出て、階下の応接間へと向かう。 応接間には、和洋問わずお酒が数本並べられている。 僕は、そのうちの一本に手を掛け、グラスに注ぐ。未成年の飲酒は勿論禁じら れている、が、母親が飲んべえという性で、少しなら付き合わされたことがある。 今までは嫌々口にすることが多かったお酒を、今日は初めて自ら進んで口にする。 グラスを少し傾け、口中へと流し込み、味わう。 「……切なくて……嬉しいお酒の味……か……」 ドラマでやるようにグラスを揺らしてみる。 「お姉ちゃんとの想い出は、楽しいものばかりで泣けないや……」 グラスの残りを一気に煽る。 そうすると、今度は、まだ少ない彼女との想い出がよぎる。 「……もう一回こういう味のお酒を飲むのも悪くないなぁ……」 未来の自分が、あの手紙を読みながら、どう言った味のものを口にするのか、 何も口にせず素面で読むのか……想像してみると少しだけ笑えた。 素直に喜ばしいお酒が飲めるといいなぁ、などと思っていると母親が来た。 有無も言わさず、父親もたたき起こされてきて酒宴に変わり……翌日、一家揃っ て二日酔いの朝を迎えた。 了 00/11/23