クロス・ジェンダーズ!(後編) 投稿者:XY−MEN


 その頃……吉田由紀は、早々に自分の昼食を済ませ、生徒会室にいた。
 この時間の生徒会室は、誰もいない。生徒会というのは基本的に放課後に活動を
始めるものだから、それも当たり前の事だ。
 由紀は、資料を作成しなければならないから……と言う名目で、一人生徒会室に
入った。だが、本当は、今日は何となく一人でいたい気分だったのだ。

「昂河君、彼女いたんだ………………」

 2時間目の放課のことを思い出す。
 綺麗な、可愛い女の子だった。
 自分よりもずっと…………

『あんな可愛い彼女がいたなんて……知らなかった。
 私、バカみたい…………どうして昂河君をテニス大会に誘ったりしたんだろ』

 ほんのちょっとした思いつきだった。変身願望みたいな。
 ちょっと気になる男の子。それを誘ってテニス大会に出てみたら、どうなるだろう?
 本当に、ただそれだけだった。深い考えが無かった。
 それが、彼女のいる人だったなんて……。
 そんなことも知らずに誘って、それが終わってからしばらくして気付くなんて。

「会わせる顔なんて……ないな……」

 由紀は、呟きながら壁にもたれた。
 頭を上げると、天井が真っ白だった。それをぼんやりと見つめる。

『私……昂河君の事好きだったのかな……?』

 良く分からない。
 今はそれ以上考えたくないし……と、由紀は思った。

 静かだ。
 生徒会室なんて、殆どの生徒にとって縁がないから、昼休みでも通りかかる人が少ない。
 その静けさの中で、由紀はしばらくぼんやりとしていた。

 が、突然、ぼぅん……と変な音が、部屋の中で鳴り始めた。
 驚いて視線を水平に戻し、周りを見渡す。
 と、部屋の隅に、奇妙な人の大きさもある光の玉のようなものが現れ始めている。

「なに?!」

 口でそう言いながらも、由紀は素早く大きな本棚の陰に身を隠す。
 それから、そぉっと顔半分だけ本棚の陰から出して、様子をうかがった。
 さっきの光の玉は、輝きをだんだん弱める代わりにシルエットをはっきりさせつつあった。
 三つの人影。真ん中に立った一人が、後の二人の首根っこを捕まえているみたいだ。
 その姿がはっきりしたとき、由紀は声を上げそうになった。



「び、びっくりした……なんや、何がおきたん?!」

「あれ……? ここは……ひょっとして、生徒会室……?」

 晶と夢子は、狼狽して辺りを見回した。
 一瞬前と景色が違う。時間でも飛んだような錯覚を感じた。

「ざっつらーいと☆ ご名答よ☆」

「ざっつらいと……じゃないっ! いきなり何するんや!」

「て・れ・ぽー・とよ♪」

「そーゆーコトやないっ!!」

 夢子が喚いた。



「な、何がどうなってるのかしら…………?」

 本棚の陰に隠れながら、由紀は呟いた。
 何でいきなり昂河が……それと彼女が現れるんだろう。
 しかも、何でエルクゥユウヤまで?
 全然分からない。
 ただ、取り敢えず…………しばらくは様子を見よう。出て行きづらいし……。
 そう思った。



「そんなことはどうでもいいから……じゃ、早速熱いベーゼを☆」

 夢子の言葉など完全に無視して、ユウヤがあっさりとにこやかにそう言う。

「何故っ?!」

「そんなアホなッ?!」

「アホじゃないの☆
 さぁさぁ、そのために出血大サービスで人気の無い場所にテレポートさせて
上げたんだから☆ 早く見せてくれないと☆」

 それとなく、噂好きの女子高生っぽい動作と共に強請るユウヤ。
 その不気味な動きを見つつも、晶と夢子は、非常に危険な状態が迫っていると
肌で感じた。

「し、しないったら! 言ったろ? 人前ではしないって!」

「だからぁ、ちゃんと人のいない場所でしょ☆」

「き、君がいる!」

「いないと思って☆」

「む、無理言わないでくれよ!」



『な、何の事を話しているのかしら…………?』

 さっきから陰に隠れて話を聞いているが、由紀には事情がさっぱり分からない。
 どうやら昂河の様子から見て、状況が切羽詰まっているらしいことは伺えるが……。

『と、取り敢えず、もうちょっと見守ってみよう…………』




 と、そこで、ユウヤの周りの空気が変わった。

「してくれないのぉ? ユウヤ、そろそろ我慢の限界だなぁ☆
 めんどくさいから略奪愛に変えちゃおうかしらぁ☆」

「なっ……?」

「そうねぇ…………それもいいかも☆
 そうなると…………女の子の方は………………」

 ユウヤの目がぎらりと光る。
 それに捉えられた夢子の方は、びくっとする。

「ちょ、ちょっと! それは待ってくれ! ね、ねぇ、夢子ちゃん!?」

「そ、そうや、それはちょっと…………」

「じゃあキスして見せてくれるぅ?」

「そ、それは………………」

「ちょっと………………」

 どちらにする訳にもいかない。
 晶も夢子も、返答に窮して黙りこむ。
 と、それに業を煮やしたように、ユウヤが突然行動を起こした。

「えーい☆ めんどくさいからこうしちゃえ!」

 ユウヤは、夢子の背中を思いっきり突き飛ばした。晶の方へ。

「うわっ? とっとっと?!」

「えっ?!」

 夢子がつんのめるようにして晶にぶつかってきて、晶は何とかそれを受け止める。
 気付いた時には…………夢子は晶の腕の中にいて、晶の腕の中には夢子がいた。
 夢子が顔を上げると、息が掛かるほど近くに晶の顔があり、晶が見下ろすと、晶を
見上げた夢子の顔が、息が掛かるほど近くにあった。

「さぁ、するならさっさとしちゃってね〜☆」

 ユウヤは、さも楽しげにそう言った。



『あああああっ…………!?』

 由紀は、心の中で叫んでいた。
 ごくりと唾を飲む。
 目には、昂河とその彼女……夢子と言うらしい……がひしと抱き合っている光景が
映っている。それを、じいっと凝視しつづける。
 何だか胸がきゅんとする感じがする。
 これは切ないからなのか、ただの野次馬根性だからなのか、良く分からないけれど、
とにかくドキドキする。
 どうしても目を反らせない。



 夢子の瞳が晶を見つめている。
 突然に突き飛ばされて、晶の腕に抱かれて、びっくりしている。
 そのせいで息が少し荒くなっている。
 白い肌の頬が、微かに紅潮している。

 晶も、突然の事で驚いて、動悸が激しくなっている。
 息もまた、そうだ。
 だけど、お互いの距離が近すぎて、ちょっと息が詰まるような感じだ。
 いや、息が詰まる理由はそうじゃなくて。

『やっぱり、綺麗だ…………』

 どうやったって、それを否定できない。
 こうやって近くで見ると、一層そう思う。
 産毛さえ解る距離だから、逆にもっと綺麗に見える。
 しっとりした肌の美しさも、常に潤んでいるように見える碧色の瞳の澄み方も。

『肩が細い………………』

 こうして抱いてみると分かる。
 抱きしめたら壊れてしまいそうだ。
 なんて繊細に出来ているんだろう。


 さぁキスを…………

 さぁキスを…………


 夢子の向こうから、そんな声がする。
 キスをする……?僕が……?この子と……?

『この子と…………?』

 いや、この子じゃない。男じゃないか。
 キスなんて出来ない。僕だって男じゃないか。
 でも、気付いてみると、何の抵抗もなくその肩を抱いている自分がいる。
 考えてみれば、彼が夢子になった時も、大して抵抗感を感じなかった気がする。
 ひょっとしたら、やってみれば何の抵抗もなくキスだって出来るんじゃないか?

『なぜだ? 彼が女の子にしか見えないから……?』

 そうかも知れない。

『それとも、僕が本当は女だから…………?』

 そうかも知れない。

 分からない。

 結局自分は何なんだろう? オトコノコ? オンナノコ?

 晶は、その答えを求めるように、少しずつ夢子の顔に自分のそれを近づけていた。

 ばんっ!

 突然胸の辺りを強く叩かれて、晶は上半身をのけ反らせた。
 その衝撃で、はっと我に返る。
 晶は夢子に突き放されたのだ。

「悪いな昂河………………流石にそれは出来んわ…………」

 それまでと打って変わって、低い声だ。
 夢子……いや、既に来夢……は、俯いて拳を握って震わせている。

「あらぁ、やっぱり偽物だったのね☆ とうとう化けの皮が剥がれたわぁ」

 嬉々として言うユウヤに、来夢は、血管の1,2本は切れたような様子で叫んだ。
 ここまで口調を抑えていただけに、堰を切ったようにだ。

「ああそうや! 俺は昂河の彼女なんかじゃあらへん!
 俺は夢幻来夢! 男やっ!
 お前が昂河に言い寄ったりするから、たまたま成り行きで彼女のフリなんぞ
させられとったんや! とんでもない迷惑やったで!
 どうや、これだけ聞けば満足か? 満足か? ええっ?!」



『ええっ?!』

 やっぱり本棚の陰で事の成り行きを見守りつつ、由紀は口を半開きにした。
 なに? あれは彼女じゃなくて偽物で、しかも男だった?
 と言うことは…………………………
 少し頭が混乱している。ちょっと時間が掛かってから、答えが出た。
 昂河君に彼女はいなかったってこと?!

『ええっとええっと………………と言うことは?』



 大ピンチである。
 晶は、某か方法は無いかと探ったが、どうやら今度こそ思い当たらなかった。

「俺、いい加減もうぶっち切れたで!
 後で昂河もぶん殴るが、その前にお前をやってやるから覚悟しろや!」

「あら、威勢のいい事ね☆
 ダーリン、すぐ片づくから待っててね☆」

 来夢はユウヤとやりあうつもりらしい。
 だが、勝てまい。二人掛かりでも勝てまい。
 この化け物にまともに対抗出来るのと言ったら、強力な魔法少女ぐらいしか
思いつかない。少なくとも、尋常な方法では勝てない。
 解決方法が、無い。

『今度こそ、本当にだれも通りかからないだろうしな………………』

 晶がそう思った時、

「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」

突然、思いもしない所から、誰かが飛び出してきた。
 それは、驚いたことに、吉田由紀だった。



 心臓が口から飛び出そうだ。
 由紀は、バクバクと心臓が鳴るのを感じながらも、何とか三人の前に立った。
 三人の視線が集まる。

「あら、なぁにあなたは?☆」

 ユウヤに声を掛けられ、由紀はちょっと怯む。
 流石に相手が相手だ。
 だが。

『負けちゃだめよ。昂河君を助けなきゃ!』

 勇気を振り絞り、由紀は言う。

「私は生徒会執行部の吉田由紀です。
 エルクゥユウヤ、昂河君に手を出すのは止めてもらいます!」

「生徒会か何か知らんが、危ないで!
 余計な真似はしないで下がっときや!」

「彼の言うことを聞いておいた方がいいわよぉ☆
 生徒会だろうと何だろうと、うちとダーリンの間を邪魔するのなら、容赦しないっちゃ☆」

 来夢とユウヤが言う。
 が、ぎゅっと自分の手を握り、由紀は引かない。

「私が昂河君に手を出すのをやめろと言うのは、別に生徒会だからじゃないです」

「へぇ? それじゃあ何かしら☆」

「吉田さん……?」

 ユウヤが、来夢が、そして昂河が見ている。
 由紀は、一瞬だけ昂河の方へ視線を送った。

『そうよ、昂河君を助けるにはこれしかないわ。
 どうやら、ユウヤは、昂河君に彼女がいたら手を出さないんだから。
 だったら………………』

 心臓が、さっきよりももっともっと激しく打っている。
 顔が、耳たぶまで熱くなってる。

「そ、それは…………」

「それは?」

「私が…………昂河君の…………こ、こ、こいび…………」

 言っちゃえ。
 言っちゃえば、昂河君を助けられるんだから!
 言っちゃえば……言っちゃったら………………どうしよう。
 昂河君、どんな顔をするんだろう。
 びっくりした顔? 怪訝そうな顔? それとも……微笑んでくれる?
 ああ、いけない…………そんな事を考えたら、言えなくなっちゃうよ。
 だから……今はもう、何も考えずに……言っちゃおう!

 由紀が震える声で、最後まで言おうとしたとき…………その後ろでガラっと扉が開いた。

「えっ?!」

 振り返る一同。
 開け放たれた扉の先に立っていたのは、藤田浩之と神岸あかりだった。
 浩之は、ビンゴ!と言う顔をした。

「見つけたぜ!
 どうやら何とか間に合ってるみたいだな!」

「ふ、藤田! ま、間に合ってるけど…………でも!」

 でも、浩之が来たからってどうなるわけでもないじゃないか?
 状況は大して変わらないような……晶は口にこそ出さなかったが、そう思う。
 が、浩之はそれを見透かしたようににやっと笑った。

「心配すんな! もう大丈夫だ! 最後の手段に訴えたからな」

「最後の手段って…………?」

 晶の問いに答える代わりに、浩之はくるりと横を向いた。

「おい、約束通りだからな、後はしっかり頼むぜ!」

「まっかせて〜♪」

 浩之が声を掛けると、やたらとマイペースそうな女の子の声が、陰になって
見えない廊下の側から聞こえた。
 と、ばっと人影が一つ……いや二つ、飛び出てくる。

「じゃーん☆
 天呼ぶ地呼ぶヒトゲノム!
 変態倒せとボクを呼ぶ!
 魔法少女マジカルティーナ、変態倒しに参上です!」
 あ〜〜〜〜、このセリフも久しぶり☆
 そしてぇっ!」

「ああっ! いきなり有無を言わさず連れてこられてきっとロクな事が待ってない
だろうと思ってみればやっぱりこういう事ですか俺っ!?
 と言うか少しだけこういうシチュエーションも久しぶりで忌まわしくも懐かしかったり
なんかしたりっ! でもやっぱり嫌だぁぁぁっ!!」

 暴れるジン・ジャザムと、事も無げにその首根っこを掴んでいるマジカルティーナが、
扉の陰から現れる。
 あっけに取られる晶と来夢、そして由紀。
 それらを放っておいて、ティーナが高らかに名乗りを上げる。

「と言うワケでエルクゥユウヤ、今日も今日とてマジックナイト・ジンがあなたを退治
してくれるから、覚悟してね☆」

 不敵にそう言う17,8歳の体に魔法少女ルックのティーナ。
 宿敵の登場に対するエルクゥユウヤも、やはり不敵に微笑む。

「エルクゥユウヤ☆
 ふっふっふっ……よもやこのタイミングで現れるとは……恋のお邪魔虫さんめっ☆
 望む所よっ! 愛のパワーで滅殺してあげるわっ☆」

「てめぇら勝手に話を進めるなっ!
 俺の人権を少しは尊重しろ畜生!」

 喚くジン。
 ティーナはにっこり笑うと、その手を優しく握って開かせる。
 もう片手には、ちゃっかり例のマジックハンマーを持ってだ。

「まぁまぁジンさん、落ち着いてこのハンマーを…………」

「ああっ、よせっ! 俺にその忌まわしい鈍器を握らせるなっ!」

 抵抗するジンに無理矢理ハンマーを押しつけると、ティーナは満足そうに頷いた。
 そしておもむろに呪文を唱え始める。

「うん、よしっと。
 それじゃあさっそく、ぞんだーどぐーがべへりっと!」

「ああっ、なぜ俺は何も唱えてないのに我が意志に反して体は光り始めてるっ?!
 こ、これが宿命と書いてさだめと呼ぶ所の帰結なのかっ、俺ぇっ?!」

「あー、うるさいなぁ。
 熱血!必中!魂!閃き!……召!」

「いやだぁぁぁぁっ!!」

 ジンの叫びも空しく、その体はまばゆい光に包まれる。
 一瞬間の後、そこには美しい戦士の姿が現出していた。

 ショートヘアにツリ目の美少女。
 その体を覆うのはやや軽装の甲冑。
 その隙間からのぞく肢体は、力強くもしなやかで、そして女性的な優美なライン。
 巨大なハンマーを手にした最強の魔法少女の勇姿。
 その名もマジックナイト・ジン!

「世のため、人のため、薔薇の野望を砕くマジックナイト・ジン!!
 この日輪の輝きを恐れぬならば、かかってこい!!」

 ともかくもお約束の、力強い女声の叫び。
 勇壮にして優美。強さと美しさを兼ね備えた勇姿。
 唾をごくりと呑んだのは誰だろう。

 戦場は今ここにあり。
 真昼の生徒会室に、対峙するマジックナイト・ジンとエルクゥユウヤ。

「現れたなマジックナイト! 今日こそは…………」

 と、前口上に入るユウヤ。
 しかし、ジンはそんなものをこれっぽっちも聞いていなかった。
 むしろ、聞いたら引っ張り込まれそうで、聞きたくもなかったのかも知れないが。

「現れたくなかったッ!! 現れたくなどなかったんだっ!!
 畜生、毎度の事だがッ、俺はこの境遇を憎むッ!!」

「これまでの借りをかえ…………」

「あーッ! くそうっ! 何でよりによって俺がこういう役目をッ?!
 もうちょっとやりたがる奴の一人や二人いるだろうにっ!!
 なぜ俺がッ?! 答えろ因果律!!」

「積年の恨みを晴らす時が…………って聞けよ、ジン」

「うるせぇぇぇっ!!」

 ジンの一喝に、ユウヤも含めて一同がびくりとなる。
 ジンは、ほとんどヤケになってマジックハンマーを振り回した。

「ちくしょうめ!
 いいか手前ら! 女装だの女装だの女装だの女性化だのっ!!」

 ぶんっ!

 最上段に振りかぶったハンマーが、ユウヤの脳天目指して振り下ろされる…………
躊躇の二文字無しに。

「あ、こ、こら待てジン! まだ盛り上げシーンが終わって…………」

「お気軽にやってるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」

「ってうぎゃああああああっっっ!!!」

 エルクゥユウヤは、その一撃であっさりと光になって消えた。
 マジックナイト・ジンは、振り下ろした得物を引き上げる。
 それから、勝利の雄叫びの変わりに叫ぶ。

「まったくっ!
 お前達に分かるのかっ?! 自分がもう後戻り出来ないと分かったときの恐怖がっ!
 ふと気づいたら女言葉になっていた時の、自分が侵食されていく恐怖がっ!
 そう言うのもなしにお気軽に女になったり男になったりとかっ!
 そうなる前に、もっと自分って物を見なおせ!考え直せっ!!
 ちくしょう!ちくしょう!ちくしょ……あ、こら、引っ張るなぁっ!!」

 戦い終わり、再びティーナに首根っこをつかまれるジン。
 ティーナは、やっぱり暴れるジンのことにはお構い無しに、浩之に話し掛ける。

「はいはいごくろうさまジンさん♪
 で、藤田さん、ちゃんと約束は守ってね」

 にこにこ顔……いや、ほくほく顔と言う方がそれらしいか?……のティーナ。
 浩之は諦めたような顔で言った。

「……分かってるよ、一週間パフェ食い放題……な」

「やったぁ! ラッキィ!」

「それをっ! それをラッキーで済ませるのかっ!?
 てゆーか戦いの価値がパフェ分なのか俺ッ?!」

「そんじゃ、また今度に約束は果たしてもらうからねっ☆
 ばいばーい♪」

「もうちょっと俺の立場の向上をっ!!
 あーゆー異次元生物と戦わされる戦士の人間としての尊厳をっ!!
 てゆーか変身解くくらいさせろぉぉぉぉっ!!」

 ジンを引きずって去っていくティーナ。
 ジンの叫び声が遠くなっていくのを聞きながら、浩之が言う。

「昂河…………分かってるな?」

「分かってるよ…………その代金は僕持ちで………………」

 晶はため息をついた。
 ともかくも、一件落着したらしい。
 多分資金的にはかなりの痛手になるかと思うが……まぁ、仕方が無い。
 あのエルクゥユウヤに狙われて無事に済んだのだから。
 晶は、浩之に言った。

「助かったよ、藤田」

「まぁな……」

 照れて鼻をかく浩之。
 それから、晶は由紀の方へと向く。
 その視線に気付いて、由紀は慌てて視線を右往左往させた。

「あっ…………あの…………」

 由紀が何かを言うその前に………………

「吉田さん………………」

「はっ、はい……?!」

「あの…………ありがとう」

そう言って、晶はにっこりと笑った。
 途端、由紀は真っ赤になる。

「あ、あのっ、朝は勘違いしてごめんなさい!
 それで、だから私、あの時昂河君を助けなきゃって思ってその…………」

 慌てて必死になって、何か喋ろうとする由紀。
 顔をまっ赤にしながら、恥ずかしそうにもじもじとしている。
 それを見ながらクスッと微笑んだ晶は、その時ふと気付いた。

『ああ、なんだ……。僕、この子のことを凄く可愛いと思ってるじゃないか』

 必死に自分を助けようとしてくれた由紀。
 それで、その後こんな風に照れてしまう由紀。

『可愛いや、吉田さんは…………』

 ホントに、素直にそう思う。

『もっと自分って物を見なおせ!考え直せっ!!』

 ジン・ジャザムはそう言ったが、今の晶には、もう必要無い。

『僕はやっぱりオトコノコだよ』

 そう、はっきりと認識した。
 自分は男の子だ。やっぱりそうだ。それがいい。
 まだ、放っておいたら照れ隠しに何か喋っていそうな由紀に、晶は言った。

「吉田さん」

「あ、う、うんっ?」

「もうそろそろ昼放課も終わりだよ。
 教室に戻ろう。一緒にね」

「あ…………う、うんっ」

 由紀は、真っ赤な顔のままで笑った。
 その笑顔を、とても可愛いな……と、晶は思った。
 もう一度にこっと笑って見せる。
 それから、さっきからぼぅっと突っ立っている来夢の方を見た。

「夢幻君、君は?」

「ん? あ、ああ…………俺はもうちょっとここに…………」

「そう。じゃあお先に。
 借りについてはいずれね…………」

「ああ……」

「じゃあ、行こう」

「おうよ。もう時間ないぜ?」

「ほんと、あと一分もないよ」

「走ろっか?」

「おう、ちょっと運動してくか!」

 駆け足で、晶達は生徒会室を後にしていく。

「ほら、吉田さんも急がなきゃ!」

 そう言いながら、晶は由紀の手を取っていた。




 後には、来夢一人が残った。
 辺りが静かになった。その中で来夢は一人、立ち尽くす。

 きーんこーんかーんこーん…………

 チャイムが鳴る。

『いいか手前ら! 女装だの女装だの女装だの女性化だのっ!!
 お気軽にやってるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!』

『そうなる前に、もっと自分って物を見なおせ!考え直せっ!!』

 ジンの言葉が頭の中で繰り返す。

 きーんこーんかーんこーん…………

 未だに神岸あかりのピンクのサマードレスを着たままの、夢子のままの来夢は、
チャイムの音に重ねるように、つぶやいた。

「でもな……ジンさん。あんた……かっこよかったで………………」

 チャイムが鳴り終わって静けさが戻った生徒会室で、夢子は一人、ほう……と
溜息をついた。


<おわり>

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 と、久しぶりにLを書き上げたXY−MENです。
 いかがなものでしたでしょうか? 個人的には、色々考えさせられる出来では
あります。今回のは総計50kを越えており、結構大きめなのですが、その割に
エピソードは多くないなーとか思わないでもないんですね。読んでいてダルく
なければいいのだけれど…………と少し心配ではあります。
 今回のに関しては、お話として、構造的な面白さ──ここで言う構造的ってのは、
ストーリー全般に関して主要キャラのキャラクター性が関わり合い、絡み合っている
と言う意味で──を追求したものを書いてみようと思って書いてみました。まぁ、
それに関しては割と満足です。話の筋にキャラが引っ張られないようにしようと
して大分苦労しましたけどね(笑)
 自己評価としては、まぁ、楽しんで頂けそうな出来に仕上がったなーと思って
います。ただ、自分の腕の不足も感じましたね。少し時間が経ってから見直したい
作品です。

 さて、では今回はここらで。
 次作で相見えるとしましょう。