クロス・ジェンダーズ!(中編) 投稿者:XY−MEN


 さて、翌日の朝。
 カラっと青く晴れ渡った空の下、いつもの通りの登校風景が広がっている。
 が、その中に、微かなざわめきが立っている。

「な、なぁ……何か心なしか周りがざわめいているんやけど……」

「うん、それはね……”夢子ちゃん”がとても可愛いからよ」

「なっ…………そ、その夢子ちゃんてのはやっぱりやめんか? なぁ……?」

 何だかばつの悪そうな顔をしているのは来夢……いや、今は「幻 夢子」だ。
 元の名前では色々と不都合が出るのではないか?と言う事で、偽名を使う事に
なったのである。ただし、その実効性については未知数だが。
 で、あかりが「可愛い」と評した夢子の格好は…………

「しっかしあかり、お前ってこんなフェミニンなサマードレスなんか持ってたんだな。
 俺、着てるとこ見たことないぞ?」

「うん……これ、実はお母さんが買ってきた服なんだ。
 それでね、ほら……これってちょっと可愛らしすぎるでしょ?……だから、ちょっと
着るのに気が引けちゃって………………」

「そ、そんなんを俺に着せたっちゅーのか?」

「ああ、ほら、俺じゃなくて「あたし」でしょ、夢子ちゃん。
 言葉遣いも、ちゃんと女の子らしく!」

「……そ、そんなんをあ、あたしに着せたって……言うのん…………?」

「そうそう」

 満足そうに頷くあかり。

「それでね、だってほら、出来るだけ女の子らしく見えた方がいいでしょ?
 だから、私の持ってる中で一番それらしいのをって…………」

「うう……お……あ、あたし、何だか泣きそうやわ…………」

 薄いピンクのサマードレス。着る人によっては壊滅的に似合わない服なのであるが、
ほっそりした体をしている来夢……夢子には非常によく似合っている。柔らかく風に
なびくドレスから、白く細い腕、足がすらり伸びて、とても涼やかで可愛らしい。

 わざわざこんな服を用意したと言うのは、昨日ユウヤが帰りがけに「夢子ちゃんって
随分男っぽい格好してるのねぇ……」なんて発言をしたせいだ。何気ない一言であった
が、一同の危機感を煽るには十分であり、必死でユウヤを撒いた(この際、商店街の人波
に多大な被害を及ぼしたようだが、背に腹は代えられまい)後の相談の結果、こういう
運びとなった。なお、その際にあかりによって一応言葉遣いなども指南されたが、所詮
付け焼刃なのは見てのとおりである。

 しかし、全く良く似合うものだ。非の打ち所もない程に。
 そんじょそこらの女の子が着た所で、夢子のそれには到底及ぶまい。
 ましてや自分が着たら、きっと全然似合わないだろうな──何しろ、生まれてこの方
女の子の服なんて着たことが無いんだから…………晶は、さっきから黙り込んだまま、
そんな事をぼんやりと考えていた。

『…………何を考えているんだ、僕は。馬鹿馬鹿しい』

 今更自分が女の子の服を着て、どうすると言うんだ?
 似合いもしないし着こなし方も分からない。
 いや、そもそもそんな事は気持ち悪いじゃないか。僕は男だ。
 でも、それでいて、夢子を見ていると、何となく変な気分がするのは何なんだ?
 もしかして僕の中には、「女としての昂河晶」への願望があったりするのだろうか?

 晶は、試しにあかりと自分を置き換えて想像してみた。
 学ランを着込んだ黒髪の短髪の少年が、サマードレスのショートヘアの少女に変身する。
 あかりみたいに、「えへへ〜」と人懐こい笑顔の自分。
 幼なじみを「○○ちゃ〜ん」とか呼んでいる自分。
 健気にお弁当を作り、幼なじみに食べさせてうっとりする自分。
 目つきも意地も悪い幼なじみに、「お前犬チックだな」とか言われた挙げ句、「お手」
とか「あご」とか言われて困ってしまう自分。
 etcetc…………

「うぷっ…………」

 違う。何だか物凄く違うよ。
 晶は何だか、泣き笑いみたいな顔になっていた。

 ……そんな具合の晶の顔は、かなり憂鬱に見えたらしい。
 浩之がそっと側に寄ると、耳打ちをしてきた。

「なに仏頂面下げてるんだよ、彼女と一緒の楽しい登校時間……だろ?」

「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたんだ」

 まさか、ちょっと自分が女の子している姿を想像してました、なんて言えない。

「……いつ奴が現れるか分からないんだから、気を付けなきゃ…………」

 と、浩之が言いかけた時、

「…………エルクゥユウヤ☆………………」

 少し離れた位置から、その呪いの声は聞こえた。

「奴かっ?」

「浩之ちゃん、右後ろ…………」

 慎重にそっと何気ないふりで右後方をちらりと見ると、なるほど、奴がいる。
 個性豊かなLeaf学園生徒群の中にあって、なお目立つ。……と言うより、他の連中
が避けて通っているのであった。奴が通る所通る所、人垣が自ずと二つに割れて行く。
 その様は、あたかもモーゼの十戒の如く鮮やかだ。
 ある意味、威風堂々と言う言葉が似合う。

「なぁ、お前ら……ちゃんとカップルらしくしないと不味いんじゃねーの?」

「か、カップルらしくって…………」

 浩之が、今度は晶と夢子に聞こえるように耳打ちしてくる。

「うん、そうだよね。昂河君と夢子ちゃん、何だかあんまりそれらしく見えないもん。
 ちゃんとしなきゃダメだよ」

 あかりまでそんなことを言いだした。
 いや、確かに正論だ。全く正論だ。
 ここでカップルらしく見せなければ、わざわざ女装までさせた意味は無い。
 でもしかし、正論だからこそ小憎い。

「そんなんまでせなあかんゆーのか…………」

 隣で夢子が途方に暮れている。晶は晶で途方に暮れてる。

「あたりめーだろに。ユウヤに疑われたいのか? ほら」

 しょぼくれた二人は、それでもカップルでなければならない宿命なのだ。

「早く…………」

 あかりも急かす。
 二人は、しょうがなく顔を見合わせた。

「や、やるか…………?」

 果たして、腕を組むにあたって、こんな言葉で誘った男がこれまでにいただろうか?
 少なくとも、晶は知らない。

「しょうがないよね…………こうする以外に他ないんだから……ね」

 で、もちろんその答えにこんな事を言った相手も、やっぱり聞いたことがない。

『考えてみれば、こんな風に”女の子”と手をつなぐのも、人生初めての経験である
気がする…………』

 そう考えると、晶は、ある意味少しもの悲しい気がしないでもなかった。
 初体験ってのは、もう少し甘酸っぱいか、ほろ苦い響きの言葉だと思っていた。

「あ……は……ははははは」

「はははははは………………」

 二人は顔を見合わせたまま乾いた声でひとしきり笑って、それから突然、馬鹿みたい
にがっちりと腕を組んだ。

「はは……なんでやろ…………何だかあたし、笑いが止まらんわ。
 心の中は、人生への疑問と空しさでいっぱいやのに…………はは……」

「あははは…………お互い運が無かったよね……はは……」

 腕を組んで、お互いに笑い合う二人。

「ま、まぁ……これでそれっぽくは見えるよな……はは……」

「う、うん……きっといいカップルに見えるよ…………あはは……」

 その二人を見守って、乾いた談笑を交わす浩之とあかり。

 事情の分からない傍目から見ただけならば、きっと、爽やかな二組のカップルの
楽しげに会話を交わしながらの登校風景と映り、羨望と嫉妬を喚起させる光景に
相違あるまい。実際、観察者たるエルクゥユウヤなど、その様を見守りつつ、ハンカチ
の端を噛んで引っ張って、古典的表現で悔しがっている。

 そんなこんなで……エルクゥユウヤにじっと見守られ、乾いた笑みを浮かべながら
女の男である夢子と腕を組みながら登校した晶は、教室に辿り着く頃にはげんなりと
くたびれ切っていた。
 おかげで、人混みの中からじっとその様子を見ていた吉田由紀の事など、全く気が
付かなかったのである。
             ・
             ・
             ・
             ・
             ・
 そして、その日の昼放課。お弁当タイムである。
 と、来れば、やはりこの状況で打たれる手は一つであろう。
 青い空、白い雲。それを頭の上いっぱいに望むことが出来る校舎の屋上。

「はい、あーん」

「あーん……もぐもぐ…………美味しいよ、夢子ちゃん」

 これ。カップルの基本はやはりこれであろう。
 晶は、疲れた微笑を浮かべつつ、唐揚げを頬張った。
 目の下に隈でも出来ているんじゃないかと思う。
 疲労はピークに達している。主に精神面で。
 一方、それを食べさせた側の夢子の顔に浮かぶのは、疲労の色だけではないようだ。

「ねぇ晶、おいしい〜?」

 夢子が訪ねてくる。
 演技をする気力もないのか、やたらと棒読みなセリフで。ただし、ちょっぴりだけ
怨嗟を振りかけたような口調だ。

「あはは〜、おいしいってさっきも言った〜」

 晶もまた、演技をする気力はない。微笑み……と言うにはどうも皮肉げな歪ませ方で、
笑みを浮かべるのが精一杯だ。

『そりゃ美味しいよな…………神岸さんが作ったんだし』

 そう思いながら、差し出されたタコウィンナーを口に入れ、無心で咀嚼する。
 ……味が分からない。いや、味の事に気を回している余裕がない。

「エルクゥユウヤ☆
 あらぁ、随分とつまらなそうに食べるのねぇ。
 本当は美味しくないんじゃないのかしらぁ?」

 背後からずい現れたユウヤが、意地悪な顔でそんなことを言う。
 登校後も、ずっとこの調子で、授業の時も放課の時も、何処へ行こうが戻ろうが、
付いてきたり湧いてきたりするから油断も隙もあったものではない。
 いい加減疲弊もしようと言うものだ。

 ああ、青い空って意地悪だ。一体僕が何をした?
 爽やかな風の馬鹿。今日に限ってそんな風を吹かせるのは、何かの嫌がらせか?
 ……そんな風に、自然と八つ当たりの気持ちが出てくるほど、晶と夢子の様子と
緑燃える六月の爽やかな背景の間には、どうしようもなく縁がない今日だ。
 いざという時のために、側で同じく弁当を食らってる浩之とあかりも、声を掛け
づらそうな様子だ。

 夢子の方を見てみれば……どうやら、疲弊だけでは済んでないようだ。
 こめかみに蒼白く血管が浮き出ている。

『ああ、そろそろ限界かも知れないなぁ…………』

 晶は、はははーと笑顔をひきつらせながら思った。
 何しろ、晶の方もそろそろ限界である。




 2時間目の放課、晶は吉田由紀に、ばったりと廊下で出会った。
 当然の事ながら、その時、隣には夢子がいた。
 のみならず、腕すら組んでいて、一応彼らとしては、恋人同士、楽しくいちゃつき
ながらの語らい……と言うシチュエーションを演出していたのだ。
 両者とも演技が達者とは言えなかったから、やたらとわざとらしかったが。

「あ……よ、吉田さん…………」

 この状況で由紀と顔を突き合わせる事を予測してなかった晶は、その顔を見たときに
何を言っていいやら分からなくなって、口ごもった。
 更に当然の事ながら、自分の背後にはユウヤがいた訳で、事情を説明する事も出来ない。

 いや、事情を説明する事が出来たとして、何をどのように言ったら良かったやら。
 例えば、

「ご、誤解しないで吉田さん!」

なんて言ったなら、それはそれで誤解させてしまうような気がする。これではまるで、
浮気の疑惑を掛けられた男が、慌てて釈明してるみたいじゃないか。
 いや、そもそも、自分の中であの吉田由紀と言う女の子をどう扱っていいのか、
どうにも微妙な部分があるような気がする。

『恋人じゃあない。けれど、ただの女友達と言うにはちょっと違う気もする……』

 そんなような迷いがその時に色々とよぎって、晶は次に何を言うべきか迷ってしまった。
 とても致命的であったと言わざるを得まい。
 それこそ、この態度は不味い。まるで負い目があるかのようじゃないか。
 案の定、由紀はそれをそう言うものと受け取ったらしい。

「え……えーとね…………」

と、晶と夢子の顔の間で2,3度視線を往復させると、

「ご、ごめんなさい昂河君…………」

と、酷く悲しげな表情をして、晶がぱくぱくと口を無意味に上下させている間に、

「さ、さようならっ!」

と、非常に解釈に困る言葉を残し、有無を言わさぬ迅速さでその場を立ち去ってしまった。
 後には、残されて困る晶がぽつり。隣にリアクションに困った夢子もぽつり。

「い、いや、さよならって………………」

 その言葉が、傍らにいる夢子の存在ゆえに出たと言う事は間違いあるまい。
 しかし、それに込められた意味と言うのが難しい。
 ひょっとして、あの子は僕に気があったのだろうか?
 その可能性はあると思うのだが、そうだと確信は出来ない。
 そうでなく、傍らの夢子の事を、夢幻来夢だと看破したのだろうか?
 その可能性もあるが、これも確信出来ない。

 仮に前者だとすると、これは……どうしたらいいのだろう?
 誤解は解けばいいけれど、その後それだけでは済まない。
 やっぱり、男としてそれなりにけじめを付けなければいけないだろうか?

 もし後者だとすると、これはゆゆしき問題だ。
 前者以上に由紀の誤解を解かなければならないのは間違いない。よりによっては、
晶はオカマさん趣味の人と言う事になってしまう。しかも、由紀に看破出来ると言う
ことは、他の人間にもそれが出来ると言う事になり、晶がオカマさん好きの人間である
と言う認識が、より一層周囲に広まってしまう事になる。それは全力で避けなければ
ならない。

 しかし、困ったことには……どちらだとしても、今現在は解決の仕様が無いのである。




 まぁ、そんな事もあって、晶は3時間目辺りから悶々としているのである。
 そして、一方の夢子。こちらもまた…………




 三時間目の放課、夢子──来夢は、ばったりと柏木初音と出会った。

「あ? え、えっと………………夢幻君……?」

「ん? ああ〜、かしわ…………」

 呼ばれ、思わず反射的に返事をしてしまう夢子……来夢。
 それから、急速に青ざめた顔が、「しまった…………」と後悔を物語った。
 何しろ、今は来夢ではなく夢子なのだ。ピンクのサマードレスの女の子なのだ。
 挙げ句に隣には晶がいて、二人は明らかにカップルにしか見えない。

「嗚呼………………」

 晶は嘆いて頭を抱えた。
 来夢は同じポーズ、同じ表情のままで固まっている。
 沈黙の時間が2,3秒。

「あ、あのね…………わたし…………夢幻君がどんな趣味でも……友達だから」

 初音は、どう良く見ても無理矢理笑ったとしか思えない笑顔でそう言うと、

「じゃ、じゃあっ!」

と言って立ち去ろうとした。

「ま、待ってや柏木!」

 来夢が、それを強引に呼び止め、それに応えて初音はびくりと止まる。

 不幸中の幸いなのは、ユウヤがさっき「ちょっとお花摘みに☆」と言って場を離れた
事である。おかげで釈明する暇はあった。
 晶も交え、来夢は手早く説明を済ませる事が出来た。
 それはいい。
 しかし、その後の初音の言葉が来夢にもたらした影響を、晶は思わずにいられない。

「ご、ごめんね夢幻君。わたし、ついつい早とちりしちゃって……」

「あ……いや、そりゃ、こんな格好をしていれば勘違いもされるわな」

 この時の来夢は、誤解を解いた事で安心し、笑顔さえ見えたのだ。

「ううん、夢幻君に女装趣味がある訳ないって事ぐらい、考えれば分かるのに……」

「あはは、そりゃそうや、俺に女装趣味なんかあるわけ…………」

 だが、次の言葉で、来夢は少なからずショックを受けたようである。

「わたし、ちょっと気が動転していたみたい。
 ……きっと、夢幻君にその服似合っていたから、可愛くてビックリしたんだね」

『似合ってたから…………』
『可愛くてビックリ…………』

 照れ隠しのようにえへへと笑いながら言う初音。
 笑顔のまま固まった来夢。
 ああ、きっと今、彼の中では初音の言葉がリフレインを起こしている。
 晶は、思わず心の中でツっこんだ。
 フォローになってない! 全然フォローになってないよっ、それはっ!!

 そこで、4時間目のチャイムが鳴った。

「あっ、もう行かなきゃ。じゃあね夢幻君、がんばって」

 さっきのままの笑顔で止まっている来夢を後目に、笑顔で駆けていく初音。
 悪気はないのだ。悪気はない。あの柏木初音なのだから、それはない。
 ……と言うことは、本音であると言うことだ。
 来夢の胸中いかばかりか? 晶は……それを想像するのは疲れるので止めておいた。
 やがて人影の無くなった廊下で、来夢は一言呟いた。

「柏木…………俺…………そんなん言われてどないしたらいいんや…………」




「ええ加減にしてやっ!!」

 ついに、来夢──夢子が声を上げた。
 嗚呼、遂にぶっち切れた。無理もない。仕方ない。
 いずれはこうなるものだったんだ…………と、晶は、そう嘆息した。
 もう止める気力もない。こうなったら行き着くところに行くしかないだろう。

「あら、大声上げてはしたないったら☆」

 ユウヤは、おほほ、とおどけるようにそんな事を言う。
 と来れば、当然夢子の方はますますいきり立とうと言うもの。

「もう我慢できへん! これ以上耐えられんわ!」

「ちょ、ちょっと夢子ちゃん!」

「黙っといて! ここで決着付けたる!」

 慌ててあかりが制止しようとするが、夢子の方はもう、取り合いはしない。
 嗚呼、ここまでに至るのに、彼の中で色んな葛藤があったんだろうなぁ……と、
晶は何だか、今は同情したい気持ちだ。ちょっとシンパシーを感じる。
 と、言うより……晶も、もう何でもいいから終わっちゃえ……と言う投げやりな
気分になっていたのだった。行け行けごーごー。ちょっと自虐的な気分で応援する。

「結局、あんたは何したら満足なんや?!
 これ以上付きまとわれるのは迷惑やわっ!!」

「だからぁ、アナタ達が本当に恋人かどうか見極めたら☆」

「だからっ! どうしたら見極められるんやっ!」

「それはもう、じっくりと☆」

「待ってられへんっ! とっとと終わらせぇや!」

「せっかちさんねぇ☆
 ……ま、いいわ。そろそろ飽きて来たし、とっとと終わらせるのもいいかも☆」

 えっ?
 今なんと言った?
 終わらせるのもいいかも?と?
 晶は、思わずその言葉を反芻して、その意味を確かめた。

「ほ、ほんとうにっ?!」

 思わず叫んでしまう。
 ああ、ひょっとしたらこの悪夢を終わらせられるかも知れないと言うことなのか。
 晶は、そう思った。
 人間、暗闇の中にいて、突然光を浴びせられると目が眩むものである。

「ど、どうすればいいんや?」

 夢子の顔も明るくなる。
 今、晶も夢子も少しだけ有頂天になっている。
 次でオチが来る事も読めずに。
 ユウヤは、笑顔でこんな事を言った。

「うーんそうねぇ……二人がこの場で熱いベーゼを交わしてくれれば、認めてもいいかも☆」

「なっ?!」

「ええっ?!」

 ユウヤの提案に、思わず二人して声を上げる。
 ……考えてみれば、それはそうだ。まともな提案が出る訳は無かったのである。

「な、な、何を言うんだ! そんなこと出来るわけないじゃないか!」

「そ、そうや! 無茶苦茶言わんでや!」

 二人してあたふたする様子を楽しげに見てから、ユウヤが言葉を返す。

「なぁに言ってるのかしらぁ?
 愛する二人のこと、キスの一つや二つ出来ないわけないでしょ☆
 ……それとも、やっぱり急造カップルかしらぁ?」

 唇を意地悪げに歪め、ユウヤが言う。

「き、キスは………………するさ!
 で、でも……そう、そう言うのは人前でみだりにやるものじゃないからしないんだ!」

「そ、そうや! キスを人前でするなんで恥ずかしくて出来んわ!」

「今時のカップルなら、平気でするものじゃないのぉ?」

「しないっ! 今時のカップルがどうだか知らないが、僕と夢子はしないよ!」

 そう言えば、自分は昨今のカップルの傍若無人さを好きではなかったよなぁ……と、
晶は今の段で思い出す。まぁ、今はそんな事はどうでも良かったが。

「なんだ、つまらないわねぇ……」

 ユウヤがつまらなそうに言う。
 ああ、諦めたみたいだ……
 晶も夢子も、取り敢えず安心して一息ついた。
 が、そこへ、その油断につけ込むクリティカルな第二波が。

「じゃあ、人目に付かない所ならいいのね☆」

「ま、待ったぁぁぁ!」

 と、二人で叫んでみたものの、ユウヤの事だ、待ってくれる由もない。

「それじゃ、早速人気の無いところに行ってみましょうか☆」

 思い立ったが吉日とばかり、ユウヤはずいずいと晶と夢子に近寄る。
 そして、おもむろにむんずとその襟首を掴んだ。

「うわっ? な、何?」

「な、何すんのや?!」

「エルクゥ☆てれぽーと♪」

 狼狽する二人を意に介さず、ユウヤは嬉々とした口調でそうかけ声を掛ける。
 と、ぶぅんと空間が歪み、三人の体はあっさりと空間跳躍をする。
 唐突なその行動に取り残された浩之とあかりは、唖然としながらも焦った。

「ひ、浩之ちゃん!」

「ま、まじいぜ、こりゃ!」