クロス・ジェンダーズ!(前編) 投稿者:XY−MEN


 試立Leaf学園の、とある放課。
 所々で生徒達が立ち止まって、お喋りを繰り広げている廊下。
 楽しげでかしましい雰囲気の中、昂河晶はその廊下を歩いていた。
 次の授業のため、教室移動をしなければならないのだ。
 小脇にはその教材を抱えている。

「さて、早く藤田達を追いかけなきゃな……」

 晶は浩之たちが先に教室移動をする中、一人だけ残ってノートを取っていて
遅れたのだ。その原因は、授業中についついぼんやりと考え事をしていた事にある。

『全く、今更考え込む事でもないだろうになぁ……』

 彼、昂河晶は女性である。
 と、書くと矛盾してるように見えるが、さりとて間違っている訳でもない。
 自分を男性と見なして男性として生きてきたし、男性としての精神性や思考を持って
いる(と、本人は思っている)人間が昂河晶なのだ。だから晶は、自分の事を「彼女」
なんて呼ばれては困る。例え体が女性のものであっても、だ。

 だから今日も、たまたまさっきの昼放課、橋本とか言う先輩に「へい、彼女ぉ」なん
て時代がかったセリフで声を掛けられてしまったせいで、今の授業の間中、何だか色々
と考え込む事になってしまったのだ。晶も、自分と言う人間の微妙な立ち位置について
疑問を持たない訳でもないのだから。
 確かに今日は、いつもの学ランを訳あってクリーニングに出さざるを得なくて私服
での登校であったのだが、じゃあ、自分は学ランじゃなければ女に見えるのだろうか?
女の体をしてるのはそうだけど…………などと思う。更に、今日に限って思考が長引いた
のは、神岸あかりのせいもある。

『あの人は、誰にでも声を掛けるみたいだから……』

 などと苦笑しながら言うあかりを見ていたら、何となく自分と比較してしまったのだ。
 神岸あかり、女の子。幼なじみの浩之を「浩之ちゃん」と呼んでいつもべったりと側
にくっついていて、時々浩之の分まで弁当を作ってきたりする女の子。浩之がその弁当を
食べていると、とても幸せそうにそれを見ている。今の髪型だって、浩之に気に入って
欲しくて前のおさげ髪から変えたのよ……なんて志保が言っていた。
 晶と同じ、女性の体を持った人間……のはずだ。

『僕って一体何なんだろう……?』

 悩んだと言う程では無いけれど、そんな気持ちになってしまって、さっきの一時間は
ずっとぼんやり考え込んでしまった。そんな自分に苦笑する。

『全くほんとに……今更考える必要はないじゃないか。
 僕は僕。昂河晶。男としてこれまで生きてきて、これからもきっとそうだ。
 ましてや、神岸さんがどうであるかなんて何の問題でもないさ』

 晶は、自分の中のもやもやを吹っ切るように自分に言い聞かせた。

 と、そこで、彼はふと我に返った。
 相変わらずの喧噪。だが、その中に違う物が混じっているように思えた。
 思えただけでなくて、後方から悲鳴が上がってるようだ。それもかなり近くから。
 はて?と思って振り返った時、晶の目の前は何かで塞がれていた。そして、それと
ほぼ同時に、その何かは晶の体に強烈に衝突した。

「うわっ?!」

 首だけ振り返ったままの状態で、晶は前方に跳ね飛ばされた。
 首の付け根のあたりで「ぐきっ」と言う鈍い音を聞きつつ。

「うくく……こりゃ、むちうちになったかも……」

 首を押さえ、膝を付いて立ち上がる。
 それから、自分にぶつかったものは何者なのか?と言う方向に思考が行く。
 あれは……大きな人影だったのだろうか?
 それを確認しようと改めて振り返った。
 衝撃が、晶の全身を駆けめぐった。

「ぶつかる出会いはデスティニー!
 愛の伝道師エルクゥユウヤ、愛しきあなたのラブゲッチュっ!!」

 ……晶は、元来穏やかな彼にしては珍しく、「あっ!」と叫び声を上げていた。

 エルクゥユウヤ…………ジン・ジャザムvsDセリオや西山英志の暴走等々と並び恐れ
られている、この学園に於ける”災害”のうちの一つが彼の目の前にいたのだった。

 柳川教諭の顔、柳川教諭の肉体……よりいくらか筋肉質に見える肉体、そして、
今や明らかに絶滅に向かいつつあるピンクハウス系のフリフリ付きの衣装。
 晶も、この、背反事象がこの世の理を曲げて強引に結合したような物体が猛威を
振るっている様を、遠巻きになら見たことがある。彼はそれを見たとき、別の意味で
「男」と「女」と言う物の定義の差について考えを巡らせたものだ。
 もっとも、その事についてきやつの意見を伺ってみたいとは、露ほども思わなかったが。

 ともかく、そのエルクゥユウヤが自分の目の前にいる。
 あまりに予想しなかった事に、晶は呆然と立ちすくんだ。
 その晶の元に、エルクゥユウヤはやたらと小粋なステップで近寄ると、言った。

「さぁダーリン、うちとラブラブするっちゃ☆」

 ……晶の中に、久しぶりに戦慄が走った。
 それは、あの柳川教諭と同じ声で、かの有名アニメのヒロインと同じ口調が喋られた
と言う事ももちろんあった。だが、重要なのはもう一つ。

「だ、だーりん…………?」

 思わず知らず、その単語を復唱する。
 「ダーリン」と言えば、「ハニー」と対となる単語であり、相思相愛のカップルの
うちの女性が、相手の男性を呼ぶときに使うものであったと思う。

『この場合、僕が”ダーリン”であるわけで……あ、僕は今は男として認識されて
いるんだ……喜ぶべきか悲しむべきか…………』

 いや、そんな事はこの際どうでもよくて。

「なぜ…………?」

 至極当然の質問が口から出た。
 それに対し、そも当然そうに、ユウヤは満面の笑みで返した。

「あらやだぁ! さっき言ったデショ?
 ぶつかる出会いはデスティニー! 今日からアナタは愛人(アイレン)ヨ☆」

「そ、それだけ……?」

「恋のきっかけは一瞬で十分☆ エルクゥユウヤ☆」

 ……晶は、目の前が真っ暗になると言う感覚を知った。
 そうか、それは目眩の事だったんだね。新しい発見だ、一つ勉強になった。
 ……ついつい現実逃避をしたのも束の間、何とか残った気力で現状を打開する
方法を探ろうと己を立ち直らせた。晶は見掛けよりも精神力が強いのだ。

「だ、だめだよそんなのは!
 人を愛すると言うことはね、えーとそう、互いのことを時間を掛けて知り、
お互いに許しあい、それから……うん、ゆっくりと育む物なんだから……だから、
こんないきなりじゃ駄目なんだよ!」

 必死に説得を試みる。
 論理に破綻はないはずだし、嘘を言ってる訳でもない。だと言うのに、なぜこんな
に空々しいんだろうか……と、晶は額に大粒の汗を浮かべながら思う。だから、次に
その空々しさを指摘されるのを恐れて次の言葉を探す。だが、

「だってぇ……ユウヤは危険な恋をしたいお・と・し・ご・ろなのっ☆」

 ……晶は、絶望を感じた。
 たった一言でこうまで絶望出来るっていうのは、きっと、同じ言葉を使っているにも
関わらず、意志疎通が不可能であると悟ったからなんだな……と、冷たい汗をかき
ながら思う。そして、その絶望を喚起させる所の本人は、更に恐ろしいことをさらっと
言ってのけた。

「ね、だからダーリン☆
 ユウヤの一夏の危険な体験☆の相手になってね☆
 そう、今すぐにでもっ!! 例えば体育倉庫なんかでっ!!」

 ……晶は、ここに至って確実で性急な貞操の危機をひしひしと感じた。
 本来なら男として(これも妙なシチュエーションではあるが)貞操の危機を感じる
場面であるが、相手が”これ”である以上、男でも女でも変わらないだろう。
 ユウヤがぐいと腕を引く……のみならず、その腕を絡ませてきた。
 がっちりとした筋肉質な腕だ。とても。
 漢の腕。漢の腕。漢の腕。漢の毛。
 晶は、背筋にビクビク来た生理的悪寒に、思わず「うおお!」とか奇声を上げたい
ような衝動に駆られつつ、必死で腕を振りほどいた。

「だ、だ、ダメなんだよ、ぼ、僕は…………」

「僕は……? なにかしらぁ?」

 飛び退き、息を切らせ口ごもりつつ、再び打開策を探して懸命に頭を働かせる。
 取る事が可能な行動は多くない。
 過去、エルクゥユウヤを見た時の分析から……
 案1:逃げる。シミュレート結果:逃げられそうにない。
 案2:戦う。シミュレート結果:勝てそうにない。
 まずこの二つは間違い無かった。
 案3:誰かの力を借りる。
 晶は素早く周りを見渡した。助力してくれそうな人は……いない。いない。
 助けてくれる人どころか、人っ子一人いなかった。
 どうやら、皆危険を察知して早々に退避したらしい。
 流石はLeaf学園の生徒だけの事はある。見事な危機回避能力だ。

 そして案4……悲しむべき事に、既にほとんどラストアイデア。

「ぼ、僕にはその……こ、恋人がいるんだ……」

 躊躇いながらも、その言葉を口に出す。
 晶は、この案を使う以外の道が無かった。
 本来、晶は嘘を付くのは好まない。
 しかし、止むを得ない時には嘘を付くのも辞さない。
 それは例えば、嘘を付くことで物事が円滑に進む時とか、人が傷つかずに済む時
とか、自分の身が危ないときとかである。
 今回は、きっとその全てだ、そうに違いない……と、晶は壮絶なまでの気迫で、
己に納得させる事にした。

『そうだ、吉田さんがいい。
 彼女ならきっと、事情を察して合わせてくれる。
 テニスで一緒に組んだし、説得力も出る。うん、これなら!』

 そう思って、やっと何とか光明が見えかけた。
 が、そんな淡い希望などは、バイク型戦艦に踏み潰されるモビルスーツの如く、
次の一言であっさりと壊滅させられた。

「ふーん、そうなの。
 でも、恋人のいない所で浮気ってのも、ア・ブ・ナ・イ経験かもっ☆
 さぁ、邪魔な恋人が現れる前に、二人の桃源郷へと急いで急いでGO☆」

 ……晶は、思わず自分のキャラを忘れて劇画調の顔で、「ぬかったァァァァッッ!!」
とか叫びたいと思った。
 こうなると最早逃げ道はない。それどころか、自ら最期の時を近づけてしまった。
 せめて手近に知り合いの女の子の一人でもいれば、ひょっとしたら何とかなるかも
知れなかったが、前述の通り、この廊下にある人影は二人だけ。晶とユウヤのみ。

「と、言うわけでダーリン☆ 覚悟を決めるっちゃ☆」

 じりじりと両腕を挙げて晶に近付くユウヤ。
 その様は、嫌が応にもデンジャラスな未来予想図を想起させる。

『なんてことだ……僕は、ここまでなのか……』

 そう絶望の言葉を胸中で呟いて、全てを諦めて、これから訪れる大いなる悲しみに
耐えられる自分であろう──と思ったその時、晶の瞳の端に、人影が一つ映った。

「?!」

 素早くその人影を確認する。腰の辺りで長い髪を束ねた女の子。
 晶の脳裏に、ピンと何かが走る。

『まだ希望の灯は消えていないっ!』

 晶は、間髪入れずにに駆け出していた。
 自分の出来る全速力。あの子の所まででいい、ユウヤよりなるべく早く走るんだ!

「どうしたのぉ、ダーリン☆」

 ユウヤの声はまだ遠い。その隙に、晶は一気に女の子の元まで到達した。
 そのまま勢いを殺す余裕も無しに、その細い肩を掴む。

「…………っ?!」

 端正な容貌の少女だった。綺麗な鳶色の瞳を大きく開いて驚いている。
 しかし、その美しい容貌を認識する暇もなく、晶は素早く顔を寄せ、早口の小声で
彼女に言った。

「お願い! 僕に口裏合わせて恋人だと言うことにして!」

「なっ……?」

 素早くそうとだけ伝えると、さっと振り返る。

「ダぁ〜リン☆ 逃げられるなんて思わないことだっちゃ☆」

 ユウヤは、それより少し遅れて追いついたようだった。

『大丈夫だ、これなら聞かれなかった』

 そして女の子の方を伺う。
 突然の展開に驚いているようだ……しかし、これで状況も把握してくれたはずだ。

『後は…………彼女が優しい人であることを祈るだけだ……』

 あまり分のいい賭けではないが、これが最後の可能性である以上、仕方がない。
 ……晶は、そう覚悟を決めた。
 かなり無茶苦茶な行動だ……と言うことは、既に晶は気付いていない。
 悲しいかな、人間とは状況に流される生き物なのだ。
 
「い、いいかいユウヤ君、この子が僕の彼女だ!
 だから君とは付き合えない。わかったかい?」
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「……と、そんな事があったんだ……」

  さっきの放課の次の授業である。
 この授業は大教室でスライドを見せる……と言う物である。おかげで、上手く
すればこそこそと密談なども出来る。
 晶は、いつも通りに浩之達と固まり、先程の顛末を、疲れきった顔で語った。

「お前も運がわりーなぁ、あんなのに捕まるなんてよ。
 まぁ、犬に噛まれたと思って忘れろよ」

 と、浩之が肩を叩いてくる。L学園一の不幸者の彼にそんな事を言われるのも
ナンだなぁ……と思いつつ、しかし、晶はそれに関して指摘する気力は無かった。
 なぜならば……

「いや……それがね、まだ終わってないんだ……」

「終わってないって……上手く行かなかったってのか?
 でもお前、無事なんだろ?」

「ほら、あれ………………」

 晶は、黙って自分の背後、教室の後ろの扉を指さした。
 浩之は、ゆっくりと首をその方向へと向けてみた。途端、びくりと一瞬で首を戻す。

「お、おい! ありゃどういう事だよ?!」

 必要以上に小声で浩之が訊く。

「それが……ね、僕とその子がカップルだってのが怪しいって……だから、ちゃんと
確かめるまでは納得しないって……そう言うんだよ、藤田……」

 浩之が見たのは、僅かに開いた扉の向こうからピカリと光るユウヤの目であった。
 スライド上映をしている真っ暗な教室の外、腕を組んで仁王立ちするその異様な姿が
眩しい。目が眩むようだ。いや、むしろ目が潰れそう。
 どうやら、さっきからずっとあの調子で覗いているらしい。

「いや、確かめるってよ……なんで授業中に?」

「それは……その、つまり……」

「俺がその”女の子”だからや」

 と、そこで、晶の隣に座っていた女の子が、酷く機嫌の悪そうな声を上げた。
 そう言えば、さっき晶が教室に入ってきた時、一緒にこの子が入ってきたような……
と、浩之は思い出す。しかし、それ以来、この子はまるでそっぽを向いていたから、
その存在を忘れていた。
 その顔が、ようやくこちらを向く。

 美しい銀色のラインを束ねた髪。
 ぱっちりと開いた鳶色の瞳。過不足なく通った鼻梁。薄く、朱の乗った唇。
 繊細な微曲線を描く顎、細い首、細い肩、細い肢体。
 肌の色は淡雪のそれ。染みの一つも見当たりはしない。

 浩之は、思わずぐびりと喉を鳴らした。隣のあかりの剣呑な視線にも気付かず。

「き、君がその……?」

「そうや。まったく、こんなもんに付き合わされて迷惑なもんやで、俺も」

 酷く女らしくない粗野なイントネーションで、その子は言った。
 浩之の中に……そう、言うなれば義憤に近い感情が沸き起こった。
 我こそは全ての男児の代弁者なり、とばかりに。
 そうだ、この俺の今の感情は、男たる者の叫び!
 許しちゃおけぬ、こんな可愛い子なのだからこそ!!

「あのさ……こんなの余計なお世話かもしれねーけどさ、君、可愛いんだから
もうちょっと言葉遣いを直した方がいいぜ?」

 自分の中の情動をなるべく押さえ、にこやかに言う。
 しかし、浩之のその言葉に、女の子は半眼の睨み付けで応える。
 浩之は、すこーし汗をかいた。

「いや、そりゃあ言葉遣いは人それぞれだけどさ……ちょっと勿体ないかなー
なんて思ってさ……せめて、「あたし」くらいにしておけば、男の側としても
大分親しみやすいかなーなんて…………」

 懸命の笑顔で続ける男の代弁者・浩之。
 彼の中で、己の情動と女の子のヤブ睨みとが葛藤を繰り広げている。
 負けるな俺、男として譲れぬ一線ってのが偶にはあるじゃないか。引き下がるな、俺。
 しかし、その美形の女の子は、今度は呆れたような顔になって、言った。

「俺が男でもか……?」

「え……………………?」

 呆然とする浩之の肩に、今度は晶が手を置いた。
 振り返って見た疲れた顔が、左右にゆっくり振られる。

「そうなんだよ藤田。彼は男なんだよ」

「何だとぉっ!?」

 思わず大声を出した浩之を、晶が慌てて止める。

「!! しっ、静かに! 妙な挙動はユウヤに疑われる!」

「あ、わ、わりぃ。しかし、本当に男…………?」

「夢幻来夢、一年男子。何か文句あるか?」

「い、いや…………その…………ない」

 唖然とした顔のままもごもごと返答してから何拍かして、

「男と女の違いってのは、結構分からねぇもんだなぁ…………」

と、ぼそっと呟いた。
 来夢はまた、フンとそっぽを向く。

『全く、そう言いたいのは僕の方だよ…………』

 晶は心の中で溜息を吐いた。
 よりにもよって、女性の体をしている男である自分と、パッと見女にしか見えない
男の組み合わせが恋人の振りをするなんて、滑稽で馬鹿馬鹿しくて涙が出そうだ。

「あの、それで……これからどうするの?」

 これまで聞き手に回っていたあかりが口を開いたので、晶はようやく気を取り直した。

「あ……う、うん。僕としては、ユウヤが諦めるまで、このまま夢幻君が恋人の振りを
続けてくれると嬉しいんだけど…………」

「じょーだんやないで。俺はそんなん御免や。とっとと降りる」

 相変わらずぶすっとした表情で、来夢がそう言う。
 浩之が、またボソっと呟いた。

「……よくこれでバレなかったな?」

「……チャイムに救われたんだよ。
 それはともかく……頼むよ、僕の貞操が掛かってる。
 人生の分岐点とさえ言っていい。君が協力してくれるか否かで全ては決まるんだ」

 晶は、本当に、心から、心の底から、頼み込んだ。
 そうだ、そうでなければ……僕はどうなってしまうんだ? あ、いや、想像したくない。

「そ、そんなんゆーたかてなぁ…………俺に女やれゆーんか?」

 一応、真剣さと誠実さと重大さは伝わったらしい。来夢は口ごもっている。
 そこへ、浩之が付け加える。

「それにな、あのエルクゥユウヤの事だ。
 もしお前が男だとバレたら、どういう事態が待っているか分かったもんじゃないぞ」

「どういう事態がて……な、なんやねん」

「ひょっとしたら、
 『か弱い乙女を騙すなんて! そんな人にはユウヤのめくるめくお仕置きっ☆』
…………なーんて事にもなりかねないぜ?」

 浩之が、声のトーンを低くしてそう言う。

「な、なんでやねん! 俺、ただの通りすがりで巻き込まれただけやのに……」

「あのエルクゥユウヤにそう言う理屈が通ると思うか?」

「う…………」

 来夢は狼狽している。
 彼には気の毒ではあるが、押し込むなら今である。レッツ押し込み。

「悪いと思ってるよ……だけど、もう遅いんだ。
 だから、ユウヤが諦めるまででいい。協力してくれないか?」

 最後の一押しである。晶は身を乗り出し、来夢の顔をじっと見つめた。
 来夢はしばらく黙ってから、はぁ……と情けなく息を吐き出した。

「……しゃあない。恋人の振りしたるわ。
 けどな!今回の事を許した訳やないで!
 そのうち借りは返してもらうからそう思えや!」

「ごめんね、今回の事が一息ついたら何か償いするから……」

 晶は苦笑しながらそう言った。