Lメモ未来編「FAKE and BLACKS」……結 投稿者:XY−MEN





 満月が注ぐ月光は、平等ではない。
 それは日光と同じく、大きく高いものに多く降り注ぎ、その陰にあるもの
は、それを享受しない。

 試立Leaf学園は、月光の恩恵をたっぷりと受け、闇の中にその姿を
堂々と晒している。
 朽ち、崩れても、それは威風堂々とそびえ立ち、我ここにありと主張している。
 殊に、今日この夜……月の満ちたるこの夜は、そうであるように見えた。

 その校庭に、一つの人影がある。
 中肉中背、背広、そしてアフロを頭に戴いたその人物は、足立である。

 元試立Leaf学園教頭・足立は、彼がかつて勤めた学舎の校庭で、一人
笑みを浮かべていた。恍惚の笑みを。

「ついに私の……いや、我々の悲願が叶う時が来たのだ…………」

 彼の瞳は、月光を白で返す校庭に向けられている。
 その校庭の土には、複雑な文様が刻まれていた。
 円、線、そして文字らしきもの。
 それらが複雑に絡みあったそれは、見る者に、人の持つ原始の畏怖のような
感情を起こさせる。
 その全長は、おおよそ20m掛ける20mと言うところか。
 まともに人間の手作業でこれを描いたとしたら、それはかなりの重作業であろう。
 その、要して言えば巨大な魔法陣を視界の全てに入れ、足立は歓喜の叫びを上げる。

「そう、悲願!悲願だ! 私は5年待ったのだ!
 その悲願が、今遂に成る!……黒虫共をパワーソースとして!
 今こそ、魔界の門の開く刻!」

 月に向けて叫び、足立は腹の底から上ってくる哄笑を爆発させた。
 月下に響く鈍い哄笑。
 六芒星の角の位置に置かれた水晶が、それにあわせて不気味に光っている。
 だが、その哄笑の響きを切り裂く旋律が、流れてくる。

 その旋律は、月の光の輝きに似ている。
 ささやかで繊細に流れつつ、ぴんときりたつような強い美しさを持っている。
 そしてなにより、ささやかに悲しげな色を含む。
 人の心さらう口笛の音。

 足立は、哄笑を止めていた。

「何だ、これは……!」

 呆としていたその面を、苛立たしげに歪め、辺りを見回しす。
 美しい音色が止み、その足立に、その問いに、口笛の主が応えた。

「悪しき者に捧げる挽歌ですよ……あなたで23人目かな?」

「なんだと……?」

 足立は、声の主の方向へと振り向いた。
 声の主は、再び旋律を再開させる。
 ただし、今度は口笛ではない。
 口笛よりも、ずっと重い。
 弾かれた弦が、同じメロディを、より重く、より情熱的に奏ではじる。
 足立は見た。
 背にした月から光を受け、その魂(こころ)のままにメロディを紡ぎ出す
青年の姿を。

 SS不敗流、そして『L.E.A.F』、水野響。

「バカな? あの囲みを破るなど…………」

 かつてリズエルと呼ばれた校舎三階、その更に上の屋上に彼はいた。
 ギターをかき鳴らし、その美しき旋律を、彼の学舎たるこのLeaf学園に
聴かせようとしているかのように。
 刻まれるのはビート。悲しみのビート。
 ひび割れ、今にも崩れ落ちそうなこの死したる校舎に、そして眼下の敵に
捧げるビート。
 十五夜の満月の下、その最期と共に渡す調べ。

 終曲が近付く。
 響が、より激しくビートを刻む中、風は起きた。

「秋山流忍法…………”風神”っ!」

 足立の背後から突如巻き起こった旋風が、校庭に描かれた魔法陣を掻き
消していく。

「く、しまったっ!」

 旋風は、響が刻んだ最後の音と共に止んだ。
 響は笑んで言う。

「驚いたですよ。まさか、魔族召還の魔法陣とはね。
 でも、召還なんてさせはしませんよ……私たちがいる限り」

 先刻の旋風が吹いた方向から、マナとたけるも姿を現す。

「あなたを必ず止めてみせる! 我々『L.E.A.F』が!」

 彼らは宣言する。
 彼らの宿命に基づき、彼らの敵に引導を渡すことを。

「L.E.A.Fの刃の煌めきに、怯えろよ悪しき者!」

 響は飛んだ。
 屋上から、そのフェンスを蹴って。
 地表に落下しつつ、雄叫びを上げた。

「開演ッ!(オープニングッ!)」

 それが合図となり、マナとたけるも左右に散る。
 足立は舌打ちをした。

「ちぃっ……だが、我には万を越える黒き先兵がある!
 勝てると思うな、小僧共!」

 足立はその右手を高々と揚げ、周囲に命を発する。

「出よ、黒虫共! こやつらを絶やせ!」

 だが、それに応えるべき彼の尖兵・黒虫群は、姿を見せない。
 黒の波は、一匹たりとも動かず、息を潜めたままだ。

「なんだ? どうしたというのだ、黒虫共!?」

「黒虫共は動かないさ。俺がいるからな」

しゃん!

 錫杖の音が鳴り響く。

「Yin?! アフロ同盟…………ッ!」

 闇の中から姿を現したのは、法衣にアフロの男。
 TaSを思い起こさせる黒のサングラスを掛け、後ろには、白き天使
アイラナを連れている。
 Yin……そう、元アフロ同盟……Yinだ。

「ますたぁほどじゃないが、俺だってアフロだ。
 能力(ちから)を引き出せば、黒虫を操れるんだぜ……」

 Yinは、ぐっとその錫杖を握りしめた。しゃん!と言う金属音を従えて。

「……アフロの年季じゃ、あんたなんかにゃ負けねぇ。
 だからッ!……黒虫は俺が抑えてみせる!」

「お、おのれぇっ!」

「よそ見していられるのかっ?!」

 足立に向けて、響が拳を突き出す。
 風を破り、顔面に向けて飛んできたそれを、足立は左右移動で軽く回避する。

「小僧共が! 甘く見るなぁっ!」

 かわしざま、肘を腹に入れる。
 吹き飛ぶ響。

「貴様ら如きがっ、束になったとてッ!」

 響が空中を飛びゆく間に、足立は右手を突き出す。
 そこに、高密度の魔力が集中して、紫の光球を象った。
 それを響に向けて放とうと言う瞬間、

「秋山流忍法っ、”火神”っ!」

 足立の右側方から、突如わき起こるように、業火が弾けて迫る。

「ちぃぃぃっ!」

 足立は素早くその右手を業火の方向へと向ける。
 紫の光球は、紫光を放つ壁に成り変わった。

 業火と紫光の壁との激突。
 闇空が赤と紫に染め上がり、星の瞬きを隠す。
 それも、ほとんど瞬間的な事だ。
 業火はあっと言う間に消え去る。

 それを放ったたけるは、その一撃のみで素早く後退した。
 足立は、それに気を取られ過ぎた。
 気付いたときには、左の手に届く距離に、響の侵入を許していたのだ。

「でやぁぁぁぁっ!」

「くっ!」

 響の蹴りが回り迫る。
 丸太を振り回すようなそれが、足立を狙う。
 足立の姿が、歪んだ。
 転移だ。
 歪みが消え、残った闇を、蹴りが空振る。
 そして、時を同じくして、その後方10mほどに足立が実体化をする。
 だが、そこには既にマナが詰めていた。
 転移後の場所に歪みが発生してから転移が終了するまで、約零コンマ3秒。
 マナは、正しく雷光の速度で駆けたのだ。
 転移直後の足立は、態勢を整える間もなく、隙だらけにそこにいた。

「雷蹴っ・七段撃ッッ!」

 瞬きの間に七撃。それが彼女の蹴りの速度だ。
 その七撃が、為すすべもない足立の体の各所に撃ち込まれる。
 撃ち込まれるのは、蹴りだけではない。電撃もだ。
 マナの臑の部分に仕込まれた「雷足甲」。触れた者に電磁を撃ち込むこの
装備が、蹴りと共に電流を流し込む。
 『L.E.A.F』に於ける観月マナの『雷蹴』の二つ名は、伊達でも比喩でも
ないのだ。

 強圧電流を全身に浴び、足立は紫電をその身から弾かせて全身をわななかせ
ながら吹き飛ぶ……が、驚くべき事に、倒れない。
 驚愕しつつも、四人は再び足立との距離を詰めようとする。
 だが、

「貴様らぁ……調子に乗るなぁッ!」

 足立が両腕を開き、その魔力を解放させた。
 足立の周囲から始まった鳴動が、その外へと走った。
 そして、その鳴動が伝わったとき、四人は鞠の様に弾き飛ばされた。
 衝撃波だ。
 周囲に巡らせた膨大な魔力エネルギーを爆裂させ、外側へのみ指向性を持たせ
て解放する。つまり、足立を中心に全方位に衝撃波が走ったのだ。

 足立は、ようやくとばかりに満足げに嘲笑った。

「くくく……随分と手強い真似をしてくれるが、所詮ここまでだよ!
 私の力の前では、君らなどは!」

 足立は、再び衝撃波を撃つ構えに入る。
 四人は、一様にはっと息を呑んだ。

「みんなッ、こっちに集まるんだッ!」

 Yinが叫ぶ。
 その言葉のままに、響、マナ、たけるはYinの元へと駆けた。

「馬鹿めッ! 集まったのならばッ!」

 足立は、素早く構えを変え、両の手を正面に突き出す。
 両腕に集まった魔のエネルギーが球状に膨れ、硬球のそれからバスケットボール
のそれの大きさになり、足立の顔を隠さんばかりの大きさにまでなる。
 そして、発射。漆黒の闇を紫光が伸びる。

「南妙不可思議、天使力っ! 般若波羅蜜多、制御主人っ!!
 臨兵闘者皆陣烈在前……阿・意・螺・拿…………………盾ッッ!」

 Yinは迅速かつ正確に印を切り、詠唱を唱えた。
 その終了と共に、白天使アイラナが真っ白な光芒を放つ。
 光芒は、Yin達の前方に収束し、伸び来る紫光と激突した。

 エネルギー同士の激突が、学園の中心に灯火となって浮かび上がった。
 紫のエネルギー流が、怒濤のように流れ来る。
 Yinの白の光芒の盾は、スパークを上げながらそれを防ぎ続ける。
 ガタつく体を支えながら、Yinは励ます。

『大丈夫だ、頑張れアイラナっ!』

 アイラナもまた過剰なエネルギーの放出に耐えて、震えた。

『まだ、もう少しっ!』

 彼らが、途切れそうになる能力(ちから)振り絞ったとき、紫のエネルギー流は
その勢いを弱めた。
 しぼむようにそれが細くなっていき、そして流れは無くなった。

「馬鹿なっ……このッ!」

 足立が、その面に驚嘆と激怒の色を表す。
 それを見やって、ヘトヘトになった全身を持ち上げ、Yinはニヤリとした。

「へへ、俺とアイラナはさ、こう言うのは得意なんだよな…………。
 ……ところで、そんなに驚いていていいのかい?」

 足立は、はっとした。
 Yinの背後にはアイラナしかいない。
 残りの三人は、姿を消していた。
 慌てて敵の姿を探す。
 だが遅い。

「遅いよっ! 秋山流忍法……”雷神”っ!!」

 右に回り込んでいたたけるの両腕から電流が迸り、足立を捉えた。

「『雷足甲』、オーバーパワー解放ッ!」

 更に、左に回り込んでいたマナ。その左足の『雷足甲』からも、電磁の束が
足立へ伸びる。

「ぐぉぉぉうぁぁぁぁぁッッ!!」

 足立が全身をよじり、跳ねさせる。
 左右からの電磁流に挟み込まれ、足立は自由を失った。

「さぁ、行くわよたける! いいわねっ!?」

「はいっ、マナ先輩っ!」

 マナの合図と共に、二人は電流を発し続けつつ、走駆を始めた。
 足立の周囲を逆時計回りに、疾風の如く。
 そう、これは嵐だ。二者の風が渦巻く電磁の嵐。
 轟々と電磁を叫ばせて、嵐が吹き荒れる。
 その中心にいた足立は、次第に空へと押しやられていく。
 高くへと高くへと、電磁に苛まれる足立が、上っていく。

「出るな……『L.E.A.F』秘奥義!」

 響がニヤリと笑う。

「「雷電…………右螺拳ッッ!!(ライデン・ミギネジケンッッ!!)」」

 二人が美しく唱和した時、足立の体は嵐を抜けて空へと舞った。
 しばらく上空を目指して上昇して頂点に到達し、次に運動エネルギーをマイナス
に変え、地表に向けて再び加速した。
 そして、大地に激突し、揺さぶるように音を立てた。

「終わったか……?」

 だが、それでも終わりではなかった。
 足立は、びくびくと体をひくつかせながら、体を起こしたのだ。

「ク……クク……貴様らは良くやったよ……全く……」

 へばりついたような笑みを、足立は浮かべる。

「見せたくはなかったのだがな……致し方有るまい……」

「いくらなんでも、その体では私たちには勝てないわっ!大人しく降伏しなさいっ!」

 マナの勧告に、足立は答える。

「この体では、な。……だが……これではどうかな……?」

 そう言った途端、足立の体が一つびくりと跳ね、それから力を失って前のめり
に倒れ込んだ。

「何……?」

 全員が、固唾を呑んでいた。
 足立の体から、紫の煙の様なものが立ち上っている。
 足立から離れた煙は、少しずつ形を整えていく。
 最初はゆっくりと、次第に早く。
 彼らが、それが人の形である事に気付いたときには、その実体化は終わっていた。

 それは、少年の姿だった。
 鋭く、危うげに人を脅かすような目つき。
 長く、煌めくような金髪。
 彼らは、その少年の姿に見覚えがあった。

「まさか……ベネディクト……?」

 誰と知らずにそう呟いていた。
 ベネディクト……嘗て、学園が健在であった五年前、ダーク十三使徒の下にいた
魔族、ベネディクト。
 それが五年の時を経て、彼らの前にいる。

「ククク……死んだと思っていたかい?
 誇り高き魔族・ベネディクトがそう簡単に死ぬと?」

 そう、ベネディクトは死んだはずだった。
 五年前の大戦の折りに、戦死したはずだ。
 ……少なくとも、記録上は死亡が確認されている。

「……確かに、死に掛けたよ。
 だが、死にはしなかった。大分弱ったけどね。
 体を魔力エネルギ体ーに変え、足立の体を乗っ取り、生き延びたのさ。
 足立の体で雌伏すること五年…………」

 ベネディクトは、薄笑いを浮かべた。

「まだ、力は完全には戻っていない。だから、この体に戻りたくなかった。
 が、そうも言ってられないな…………尤も」

 掌を広げ、それを見つめる。

「君らを始末するには十分だ。
 人間の体に捕らわれず、力を発揮できるからね……ふふふ……ははは……」

 ベネディクトは、声を上げて笑った。勝利を確信した笑い。
 だが、その場に笑う者はもう一人いた。
 腹を抱え、おかしくてたまらないと言うように、Yinが笑う。

「ははははは! ふはははははははっ!!」

 体全体を揺すって笑う。法衣も、錫杖も、アフロも揺れている。
 ベネディクトはその不愉快に、思わず顔を歪めた。

「貴様、何を笑うっ!?」

「だって……なぁ……? ふふふくくく………………。
 ベネディクト……あんた、何にも知らないんだな?…………くくくくく……」

「何だと……?」

 今度は怪訝に顔を歪め、ベネディクトが聞き返す。
 Yinは腹を突く笑いを収め、言った。

「ならさ、教えてやるよ。黒虫共っ、行けっ!」

 Yinのその号令と共に、校庭の隅に隠れていた黒虫群が、姿を現す。

「フン、馬鹿が! 黒虫などはこのアフロさえあれば…………」

 ベネディクトは、素早く足立の頭からアフロを剥ぎ取り、己の頭に被せる。
 しかし、

「何っ? ば、馬鹿な……何故黒虫達が言うことを聞かないっ?!
 黒虫共っ!下がれっ!」

 ベネディクトの命令など届いて無いかのように、黒虫達はベネディクトに殺到
する。

「馬鹿な……馬鹿な……何故っ?! うおああああっ!!??」

 見る間に、ベネディクトは黒の群れに飲まれていく。
 黒虫に取り付かれたベネディクト……いや、既に黒の塊にしか見えないそれに、
Yinは語った。

「ますたぁが黒虫を使った本当の目的ってのはさ、こういう事なんだよ。
 黒虫の本当の目的は、魔族との戦いにあったのさ。
 対魔族兵器……それが本当の黒虫の姿。
 当然、魔族の言うことなんて聞くようには出来ちゃいないよなぁ?」

「ウグぉぉぉぉぉっっっ!」

 ベネディクトのその叫びと共に、黒の塊が四散した。
 例の衝撃波だ。
 黒の塊の下から、金髪の少年が飛び出る。
 ベネディクトは、そのまま片膝を付いて息を荒げた。

「はぁ……はぁ……なんだ、この消耗感は……?」

「だから対魔族用兵器って言っただろ?
 黒虫は魔族の体に取り付くと、その魔力を吸うのさ」

「馬鹿な……馬鹿な……このベネディクトがこんな所で……」

 呆然と呟くベネディクトの前に、響が立つ。
 その瞳が、上からベネディクトを貫くように見据えていた。

「ベネディクト……あなたは結局、最初から負けていたんですよ」

「なんだと……?」

「あなたが自分自身の力でなく、アフロに頼った時から。
 その上っ面の力だけを手に入れようとしたときから、あなたは負けていた!」

「ほざけっ! 貴様など今の力でも…………」

 ベネディクトは、よろよろと立ち上がった。
 そして、その手に残り少ない魔力を集中させる。

 響は、その仕草を見て、一度瞳を閉じて、それからカッと見開いた。

「引導を渡して上げます、ベネディクトっ!」

 右手を目の前に高く掲げる。

「私のこの手が瑠璃色に萌えるっ!」

 わななくその拳が、鮮やかな瑠璃色のオーラに覆われて燃える。

「瑠璃子に萌えろと轟き叫ぶっ!」

 全身を、瑠璃の波動に煌めかす。

「ばぁくれつっっ!」

 響は、全力で大地を蹴り、飛んだ……ベネディクトへ向けて。

「貴様などにぃぃぃぃっっ!」

 ベネディクトが、魔力エネルギーを放射する。
 その流れに向けて、瑠璃の拳を突き出した。

「るりぃぃぃぃぃぃフィンガァァァァァッッ!」

 魔力エネルギーの流れが、押し戻されていく。
 響の闘気が押し戻していく。

「そんな……そんなバカなぁぁぁぁぁっ!!」

 ベネディクトが叫んだ。
 響の拳が、その腹部を抉った。

「閉幕ッ!!(クローズィングッ!!)」

 そのキーワードと共に、拳に宿った闘気が爆裂する。
 ベネディクトは、その口腔から鮮血を溢れさせ、その体は跳ねて舞った。
 それに向けて、黒虫が次々と飛び寄る。
 あっという間に、ベネディクトの体は黒に覆われた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ…………!!」

 断末魔。
 その悲鳴が、か細く小さくなってゆく。
 貪るかのように、黒虫達はベネディクトを黒で埋め尽くす。
 程なく、黒虫達の”仕事”は終わった。
 黒虫達が、それぞれに散っていく。
 五年の時を越えて響達の目の前に甦った魔族、ベネディクト。
 彼は、その魔力を全て吸い尽くされ、塵と化して永遠に消えた。


「終わった、な……今度こそ」

「ええ……」

 全員が、誰にともなく呟き合う。

「あ、あれっ?! TaSさんのアフロが変だよっ?」

 たけるが、素っ頓狂な声を上げる。
 気を抜いていた三人は、驚いて身を固くした。

 TaSのアフロが、発光していた。
 白く、淡く、静かに優しい輝き。
 その輝きを、息を潜めて見つめる。
 すると、そこから光の粒が一つ、二つと離れ始めた。
 天へと昇っていく光の粒たち。
 それらが全て離れた後には、アフロは残っていなかった。

「なんだ、いったい…………?」

 しばらく呆然とする一行。
 その前に、何か白い物がちらつき始めた。

 光の粒とは逆に、天から地へと降りてくるもの。
 白く、ゆらゆらと降りてくるもの。

「これ…………雪……?」

「雪だよっ、雪っ! ねぇ、雪だよぉっ!」

 たけるがはしゃぐ。
 雪が、このLeaf学園校庭に、降りていた。

「へへっ、ますたぁめ…………こんなの……クサ過ぎるぜ……」

 Yinが、鼻の下を掻く。
 粉雪が、彼らの頭や肩に、優しく降り掛かっていた。

 響は、一つ大きく息を吸った。
 急に冷え込んできた空気が、肺に染みる。
 その感触を味わいながら、ふと呟いた。

「瑠璃子さん……やったよ……これでいい?」





 秋口にしては、やけに冷え込む朝だ。
 ほのかに白んだ世界が、目の前いっぱいに広がっている。。
 響達は、夜明けの鮮烈な空気を吸い込んで、吐いた。

「ますたぁはさ、知ってたんだ。
 いずれ魔族がこの地上を狙うこと。
 その時期が迫ってることをさ」

「それで、反乱を起こしたって言うの? 何のために?」

「いや、そこまでは良く分からない。
 ただ、あの黒虫がその為の物だってのは確かさ」

 Yinは、どっこらと、そこいらの大きな瓦礫に腰掛けた。
 朝の光の中で見ると、より一層そのアフロが目立つ。

「それで、魔族が地上を狙うって……どういうコトよ?」

「ん〜、俺も詳しくは分からんけど、どうも今年辺りが魔族の狙いなんだと。
 魔界と地上が一番近付くとかなんとかさ、そんな訳らしい。
 だから、ベネディクトも仲間を呼ぼうとしたんだろ」

「……こりゃ、大事ね……」

 マナが溜息をつく。
 が、たけるは対照的だ。

「ねぇねぇ、なんでYinさんは今でもアフロなの?ずっとアフロなの?いつまでアフロなの?」

 楽しそうにYinに尋ねる。
 Yinは、ちょっと苦笑したように笑った。

「いや……ほら、なんて言うか……あれだよあれ。
 俺ってアフロ同盟だしさ……やっぱこの方が落ち着くっていうか……。
 だから、これでいいんだよ、うん」

 そう答えて、アフロを引っ張ってみせる。
 マナが、そこに割って入った。

「ああもうこの子はっ! 話の腰を折るんじゃないわよっ!
 ……で、つまり、魔族が今年辺りに次々に召還とかされて、地上を支配する
とか言うのは分かったけど、その対抗手段は?」

「さぁねぇ。ますたぁは何か考えてたかもしれんけど、俺は知らないよ。
 ベネディクトが死んじまって、黒虫の繁殖方法も分からなくなったから、
黒虫も切り札にはならないしな」

 Yinは頭をかいた。アフロが邪魔で難儀そうだな、と響は思った。

「……当然、今度はどこで召還がされるとかも……」

「知るわけねぇよ」

「……でしょうね」

 マナは、もう一度溜息をついた。
 Yinは、「よっ」と一声上げて、立ち上がった。

「ほんじゃまぁ、他に聞くこととか無いのなら、俺達は行くぜ」

「行くって……どこへ行くんですか?」

 響の問いに、Yinはニっと笑って答えた。当たり前じゃないか、とばかりに。

「ますたぁが何をしようとしていたのか……それを突き止めるのさ。
 TaSの真実を見つけるのは、俺達アフロ同盟しかいないだろ?」

「そうか…………」

「じゃ、そう言うコトで。
 機会があったらまたな……」

「みなさん、また会いましょう」

 Yinが背中を向ける……と、ふと思い出したように振り返って、一言だけ言った。

「出来ればさ、魔族と戦わないで済めばいいよな。
 ……だって、魔族にだっていい子はいるしさ………………」

 しゃん、しゃん。
 錫杖の音を響かせて、Yinが去っていく。
 響達は、アイラナを従えたその頭の大きな後ろ姿を、しばらく見守っていた。


 Yin達を見送り終わって、マナは肩の力を抜いたようになる。

「ふぅ……じゃあ、私たちもとっとと帰りましょ」

「さんせーい! わたし、帰ったらおはぎとか食べたーい。
 あ、ようかんとかもいいな〜」

「あんたって子は……なんでそう陽気でいられるのよ?
 これから報告だの何だの、魔族が攻めて来るだのと色々あるっていうのに……」

 やたら滅多に明るいたけるの意見に、マナはげんなりしたように言う。

「いいじゃないですか、楽天的で……」

「何がいいってのよ?」

「そう言うのって、なんかいいじゃないですか?」

「そうそう、『ハートが刻むリズムにのって踊りながら行こう、どこまでも』
とか言うもんね☆」

「あんた、それじゃアフロじゃないの……」

 結局、マナはもう一度溜息をついた。



 ──時に緑葉帝78年。
 これは、誰も、誰一人もがが忘れ得ぬ、黒の歴史の一幕である。




                (新世界防衛部隊L.E.A.F 『FAKE and BLACKS』……終幕)