ROSES──薔薇リアン’s、今ここに立つ! 投稿者:XY−MEN


 闇。暗き闇。
 人が恐れ、また他人(ひと)が恐れるが故にまた、人が好むもの。
 その闇に身を潜め、その身の安堵を図りつつ、その意をいつか果たさんと
画策する者は、何時の世、如何なる場所にも必ずいる。
 そう、ここLeaf学園にもまた……。

 闇。暗き闇。
 その闇を微かに払うのは、燭台に灯された火だ。
 その明かりが、辛うじてその部屋に在るいくつかの人影を判別させている。

「全員揃ったようだな……。
 では始めよう…………薔薇リアン’s、第55回定例会議を……」

 宣言したのはLED。
 薔薇リアン’sの主、LED。

 彼らは薔薇リアン’s。
 闇より出る深紅の薔薇……。
 彼らにもまた、果たさんとする彼らの意がある。


「さて、今回の議題だが……かねてよりの計画である、”薔薇リアン’s補完計画”に
 ついて……ホノオノ、名無し、ギャラの三名に、それぞれ被験者の候補を挙げて
 貰う。 それぞれ、準備は整っているであろうな?」

 テロルが鷹揚とした口調で切り出す。
 名指された三人は、ただ無言で頷いた。

「それでは……この名無しからまず被験者候補を挙げさせて頂きます」

 カシャ。
 まばゆい光が闇を裂き、前方に投影される。
 スライド写真だ。
 そこに投影された人物は……

「ゆき……。
 エルクゥ同盟の一人、リネット・エース。
 あまり知られておらぬ事ですが、実はショタであります」

 カシャ。
 カシャ。
 次々とスライドが切り替わり、妖しい手つきや表情のゆきが映し出される。
 確かに、そこからは薔薇の素養を見て取れるように思われた。
 幾人か、それに頷く者がいるようだ。
 だが、それ以上ではない。
 名無しは一つ嘆息をしてから元の場に戻る。

「うむ……では次に、ホノオノが推す者は?」

「はっ……お兄さまたちの期待に必ずや添う者です」

 意気も高らか、ホノオノはその面に自信をたっぷりのぞかせて言った。
 カシャ。
 映し出されたのは……

「SS不敗流、水野響……」

 可愛らしくはにかむ少年……そう、少年の姿が映し出される。
 ホノオノが、ニヤリと笑ったようだ。

「おお、お稚児……」
「お稚児とは……ああ……」

 LEDとテロルから感嘆の溜息が漏れる。
 黒いフードの下、おそらくは、その頬を朱に染めていることであろう。

 カシャ。
 カシャ。
 スライドが変わる。
 言うなれば、「はぅ〜」とか、「あぅ〜」とか、「もじもじ……」という所の響が
 映し出されていく。
 その度に、一堂から溜息が漏れた。

「お兄さま方にもお分かりでしょう。
 この者こそ、麗しき薔薇の蕾……。
 いずれ大輪の薔薇を咲かせるであろう、希なる薔薇の器。
 我ら薔薇リアン’sに加わるべくして生まれたと言って過言ではありますまい……」

「うむ…………」

 深く頷くLED。
 その様は、明らかに酔いにあるそれであった。
 そして、それはテロルや名無しも同じ。
 ホノオノは、やはりニヤリと笑ったようだった。
 その笑みは、確信の笑み。
 カシャ。
 カシャ。
 ……………………。

 スライドの光が途切れ、響の姿が消えて幾ばくか……その余韻が消える。
 ややあって、テロルが口を開いた。

「ふむ、では最後にギャラはどうか?」

「はっ、私が推しますのは……」

 カシャ。
 再び光が投影される。

「夢幻来夢でございます」

 ほぅ……と、誰とも知れぬ声が漏れる。
 映し出されたのは、銀髪の美少女……のように見える男だった。

「容姿は見ての通り、眉目秀麗……微かにかぐわしい薔薇の香りを感じます。
 新参者でございますが、それ故に事は運びやすいかと」

 カシャ。
 カシャ。
 カシャ。
 次々に、様々な表情をした来夢が映し出される。
 だが、そのほとんどは、粗野粗暴のそれであった。
 最初の感嘆もどこへやら、一堂は落胆の溜息をついた。
 しかし、最期に映し出されたスライド。
 その来夢は……優しく微笑を浮かべていた。
 緩やかに緩められた目元。
 長いまつげが……細く通った鼻筋が……小さく開いた唇が……そして微かに
朱の乗った頬が……その全てが一体となり、見る者を陶然とさせる……そんな
表情だった。

「決まった……」

 LEDが呟く。
 一堂がLEDの次の言葉を待つ。
 確信に満ちた笑みを浮かべているホノオノ。
 だが、

「被験者は夢幻来夢……それで決定とする。
 以後の計画は、ギャラに任せる。よいな?」

「はっ!」

 ギャラが恭しく膝を付く。
 一方、ホノオノは憤りを露わにする。

「何故です、だい兄さま!
 このような無骨な男より、水野響の方がっ!」

「無骨なればこそ……薔薇に目覚めさせるのもまた一興なり」

「しかし!!」

「我が命に従えぬのか、ホノオノ?」

「お兄さまぁ、落ち着いて……」

「くっ……なればお兄様!
 せめてその夢幻来夢の参入、このホノオノにお任せ下さいっ!
 ギャラなどよりもうまくやって見せますっ!」

「ほう……?
 どうだギャラ? ホノオノに任せてみるか……?」

「お心のままに。
 ホノオノお兄様であれば、私などよりもうまくやるでありましょう」

「よかろう。
 では、第五十五回、薔薇リアン’s定例会議を終了する……」






 その日の昼放課、馬というかフーイナムなJJはときめいていた。
 彼の言うところの”メルヒェンな出会い”に、思う様ときめいていた。

『ああ……なんて素敵な妖精に出会えたんだろう……。』

 麗しき銀の髪をなびかせる少女。
 その少女が、木陰で一人、静かに柔らかな肢体を休めていた。
 JJは、うっとりと目を細めた。

『なんて……なんて美しいんだろう……。
 なんて……なんてメルヒェンな髪の色だろう……。
 オレは……オレは……』

 彼は思った。

『のっ、乗せてぇぇぇぇぇっっ!!』

 そして、すかさず意識はあちらの世界へと飛ぶ。

『彼女を乗せて駆け回ってみたい……メルヒェンに!
 美しい緑の森の中を、あの子を乗せて駆け抜けるんだ……メルヒェンに!
 駆け抜けながら、二人でお喋りして笑いあうんだ……メルヒェンに!
 ……そして二人は森の泉に辿り着く。
 水浴びしようと誘う彼女。 顔を赤らめてそっぽを向くオレ。
 ああ、なんて麗しい……メルヒェンメルヒェン……』

 そこでハッと我に返る。

『いや、これは決して浮気じゃありません、楓さん!
 メルヒェンであって浮気じゃない! ええ、メルヒェンですとも!』

 いきなり自己弁護に走るJJ。
 どうやら、その理論は常人には計り知れない次元で構築されているらしい。
 ……ともかくも、数秒後には自己弁護は終了した模様である。
 JJは、早速その少女の方へとかっぽかっぽと歩み寄った。

「お嬢さん、僕の背に乗って散歩を楽しみませんか?……メルヒェンに」

 剥いた……いや基、晒した歯をキラリと光らせつつ、JJは少女に語りかけた。
 一瞬「え?」と言う顔をする少女。
 その後、少女は立ち上がり、その手をJJに伸ばす。

『ああ、その白魚のような手でオレの頬を触り、微笑して言うんだ。
 『ええ、いいですよ、私を散歩に連れていって下さいな、素敵なお馬さん。』
 そして二人は緑の森へ行き、その泉でみ、み、水あ……』

 すっぱぁ〜んっ!

「へぶぅっ?!」

 強烈な平手を頬に食らい、JJの馬体はどてっ!と地面に転がる。

「な、な……?」

「ふざけるな、この馬っ! 誰がお嬢さんやねんっ!」

「─────!!」

 その瞬間、JJの全身をサンダーが走った。
 わなわなとその身を震わせるJJ。

「わいは夢幻来夢! お……」

 彼女……と思われていた彼、夢幻来夢がまくしたてようとした時、
JJは弾けるように駆け出していた。

「こんなのっ、こんなのメルヒェンじゃないっ!
 オレの……オレのメルヒェンを返せぇっ! うわぁぁぁ〜んっ!」

「あっ、こ、こら待てっ……」

 脱兎……いや、脱馬と化して、パカランッパカランッと逃げ去るJJ。
 来夢は追いかけるのも忘れて呆然とする。
 ……そして数秒後。

「なんやねーんっっ!!」

 取り戻した怒りに絶叫する。
 来夢は体をわなわなとわななかせた。

「あんな馬までわいを女扱いしおって…………!」

 馬とは関係ないような気がするが、ともかく腹を立てた。
 腹を立てたのだが、実はこの程度は来夢にとってよくあることで、
まだそこまで気にしていないかった。そう、まだこの時は。

「……ったく、なんやねん……」

 気を取り直し、ぶつくさと愚痴りながら歩き出す来夢。
 その足に、ガン!……いや、ぐにゅ!と当たる物があった。

「? なんや?」

 ふと足下を見たが、一見何も見あたらない。
 だが、よおくよおく目を凝らして見ると…………そこには…………

「うう………………………………?」

 一人の男が倒れていたのだった。
 顔に蹄鉄の後が付いている事から推測するに、どうやらさっきの場面で
密かにJJに蹴られていたらしい。

「お、おい、しっかりするんやっ!」

 来夢は、流石に慌ててその男を抱き起こす。
 一方の男は、何やら知らないが、深い感動の情ををその顔に表し始めていた。

「お…………おお……お……おまえ……おまえはオレが見えるのか……?」

「な、なんやねん一体? 当たり前やろ?」

 狼狽する来夢。
 だが、次の瞬間には更なる狼狽が待っていた。

「あ……あ……ありがとうっ! ありがとぉぉぉっ!!」

「うひゃっ?!」

 男は、いきなり涙ながらに抱きつくのだ…………顔に蹄鉄の後を付けた
男がである。
 来夢が狼狽して対処に困っていると、その男は満足したように体を離した。
 そして、涙ながらに語るのである。

「ううっ、気付いて貰えてよかった……良かった……ううっ」

「お、お前何や?…………気付いてもらえへんのか?」

「そうだっ! オレは何時だって背景扱いっ! だ〜れも気付いちゃくれないさっ!
 これまで幾度、ジンvsDセリオの決闘や西山英志の暴走その他etc……
 の草場の陰で人知れず死んでいたことかっ!
 ああ、もうこんな扱いいやだぁっ!」

 そう言って、男は泣き崩れた。
 これだけ!マークを多用しているにも関わらず、何故か密やかな風味を含む、
大和撫子を彷彿とさせる泣き方であった。
 流石に…………来夢はこの男が不憫になり、慰めてやろうかと思った。

「ま、まぁまぁ、それでもちゃんと今日は気付かれたやんか、な?」

 そう言ってやると、その男は…………何故かポッと顔を赤らめた。

「そ、そうだな……こんなオレでも気付いてくれる人はいるって事だな……はは」

「そ、そうや。人生悪いことばっかやあらへんから、な?」

 優しく微笑んでやると、男は更に頬を赤らめた。
 ……おかしい。来夢がその疑念を抱いた次の瞬間には、それは確信に変わっていた。

「そうだ……そうだよな!
 ああっ! 不肖ガンマル16歳! 生きていて良かった!
 同じ格闘好きの、こんな”可憐な少女”に顔を覚えてもらえるなんてっ!
 生きていてよかっ…………げぶぁっ!」

 …………来夢の正拳が、したたかにその男、ガンマルの鳩尾にめりこんでいた。

「おぱぁぁぁぁっ!」

「誰が”可憐な美少女”やねんっ!!」

 うめき声を上げるガンマルに、来夢は怒声を一つ浴びせて去るのだった。

「あ……あ……待ってくれ………頼むから……なんで怒ってるんだ?ねぇ……?」



「ねぇお兄様ぁ、一体、あんな乱暴な男をどうやって我々薔薇リアン’sに
引き込むと言うんですかぁ?
 ボク、殴られるのイヤですよぉ?」

 そう言ったのは名無しである。

「うふふ、大丈夫だよ…可愛い名無し……。
 僕には大兄さまから”あれ”の使用が許可されているのだよ。
 ……もっとも、これは水野響に使いたかったが……ぶつぶつ……」

 そして、そう言ったのはホノオノ。
 先ほどから校舎の陰で一部始終を見守っていたのである。

「”あれ”? あれっていうとあれですかお兄様ぁ?
 すごいです、それならきっとうまくいきますねぇ」

「水野響に使いたかったのに…………ぶつぶつ……」

「あの……………………」

「使いたかったのに…………ぶつぶつ……」

「……………………」

「ぶつぶつ………………」

「………………」

 ぺちっ!

「あうっ?! な、何するんですかお兄様ぁ〜」

「黙らっしゃいっ!
 こう言うときは、合いの手を入れるなり突っ込むなりちゃんとするのですっ!
 僕は名無しをそんな子に育てた覚えはありませんよっ!」

「ご、ごめんなさいお兄様っ! ボ、ボク、頑張って立派な相方になりますっ!」

「ああっ、それでこそ僕のろー……いや、名無しっ!
 二人で頑張ってデビューしようねっ!」

「お兄様ぁっ!」

 ひしっと抱き合う二人。
 どうでもよいが、黒づくめの二人組が感極まって抱き合う姿と言うのは、尋常
でなく怪しい。

「お兄様っ、今こそボクはあなたの相方になります………………。
 ええ加減にせーいッ!!」

 ひゅばうっ……すぺちーんっ!
 空を引き裂いて名無しのツッコミがホノオノの後頭部を殴打する。
 ホノオノはもんどりうって倒れ込んだ。
 ぴくぴくと全身を痙攣させながら辛うじて言う。

「な、名無し……つ、ツッコミのインパクトの瞬間に…腰を入れちゃいけません……」

「ご、ごめんなさいお兄様っ!
 昔やっていた卓球のクセがつい……。
 ボク、手首の強さならメダリスト並なんですぅ」

 てへっ☆
 そんな擬音を伴って、名無しが微笑む。

「ろ、ろーずぅ…………」

「素晴らしいッ! 素晴らしいコンビネーションやっ!」

「えっ、あなたは……」

 そこに現れたるは、眼鏡とお下げのかの少女!

「ほ、保科さん…………?」

「あんたらの芸人魂、みせてもらった。
 ……今時見上げた芸人や。
 ツッコミのパワー・スピード・タイミング……いずれも一級品や!
 よって、私から免許皆伝の証として、このはりせんを上げるわ」

「いや、あの、まだ芸人じゃ…………」

「わぁ〜、嬉しいですっ! ありがたく頂きますっ!」

「精進せぇよ。あんたらがデビューするのを心待ちにさせてもらうわ」

 …………保科智子は、それだけ言うと満足げに立ち去っていった。
 呆然とするホノオノと、嬉しげな名無しがその場に立ちつくす。

「………………はっ、夢幻来夢はっ?」

 ホノオノが本来の任務を思い出したとき、
 キーンコーンカーンコーン…………
 昼放課は終わりを告げるのであった。




 さてさて、そして時間は飛んで放課後。

「お兄様ぁ、今度こそ成功させないといけませんねぇ」

 成功するもなにも、先ほどは漫才にかまけて何もしなかったため、「今度
こそやらないと」ではあるのだが。
 ともあれ、ホノオノと名無しは来夢を待ち伏せるのである。
 「リネット」から格闘部道場までの道のり……その間は、Leaf学園だけに
結構な長さがある。
 二人はその途中の茂みに潜み、来夢が通りかかるのを待っているのである。

「ああ。今度こそ成功させて、あのギャラめの鼻を明かして見せる……。
 ……それにしても…………」

「それにしても?何ですかぁ?」

「茂みに二人っきりって………………イ・ン・ビ☆」

「もぉ〜、お兄様ったらぁ〜っ」

 ひゅばっ、すぺこーん!
 再び、名無しの電光石火のツッコミがホノオノの後頭部を直撃する。

「ろ、ろーず……座り込んだ状態でも腰が入るの……?」

「ご、ごめんなさいお兄様…………反復練習の効果って偉大ですねぇ☆」

 てへっ☆
 再び名無しの天使の微笑み。フードのせいで見えないけど。

「素晴らしいッ! 素晴らしいコンビネーションやっ!」

「いやぁ、それほどでも…………って、む、む、夢幻来夢っ?!」

「な、なんだとぉっ?!」

「今時見上げた芸人魂や……って、なんや?わいがどうかしたんか?」

 驚愕するホノオノと名無し。
 どうやら、漫才をしている間に来夢の接近を許したらしい。
 ……と言うかその前に、関西弁を喋るからってこれでいいのか?
 ともかく、昏倒気味であったホノオノは素早く立ち上がる。

「こ、ここで会ったが百年目っ!
 夢幻来夢、お前を我が薔薇リアン’sの配下に入れてやるぞっ!」

「やるぞぉ〜」

「…………何なんやお前ら?」

 何なんやと言いたくなるのも無理はない。
 黒づくめローブを着た怪しい二人組が、茂みで漫才をやった挙げ句に、
訳の分からない組織の配下に入れてやるぞと来たものだ。

「なんやよく分からんが……要するにやるって事やな?」

 来夢の瞳がぎらりと好戦的に光る。

「ああっ、お兄様ぁ、この人怖い〜」

「お、怖じ気づくな名無しっ! 僕たちには”あれ”があるっ!」

「あ、あれですかぁ?」

「そうだっ、あの薔薇リアン’s最高奥義さえあればっ!」

「そ、そうですねお兄様っ!やりましょうっ!」

 おーっ!
 二人は二人して天向け拳を突き上げた。
 
 ……来夢は困った。
 何だか知らないが、この二人のノリに乗り遅れたようである……と。
 それが何とは無しに寂しいことのような気がしたが、実はそれはただの
勘違いである。騙されるな来夢。

「と、ともかく、やるんやな?
 だったらはよせいやっ!」

「あ、す、すいませぇん。……行くぞろーずっ!」

 苛立った来夢の声に促され、遂に薔薇リアン’s奥義が花開く!

「はいっ、お兄さまっ! バラバラバ〜ラ〜♪」

「バラランバ〜♪」

「ババラバラバラ〜♪」

「バラランバララ〜♪」

「な、何やお前らっ?!」

 来夢が狼狽する。
 ホノオノと名無しは、その両手に薔薇をかざしつつ怪しげな歌を歌い、
来夢の周りを踊り回っているのである。

「バラバラバ〜ラ〜♪」

「バラランバ〜♪」

「ババラバラバラ〜♪」

「バラランバララ〜♪」

 楽しげに踊り狂う二人。
 最初は両手にしかなかった薔薇が、両足、そして頭、ついには全身に咲き誇る。

『な、何やこの踊り……この歌……意識がもうろうと……もうろ…………』

 来夢の意識が無くなり、薔薇リアン’sの術中にはまったとき……

「バラバラバ〜ラ〜…………」

 来夢はその一言を残して倒れ伏していた。

「わぁっ、やりましたねお兄様ぁっ」

 快哉を叫ぶ名無し。
 ホノオノもニヤリと微笑む。

「うむ、これぞ薔薇リアン’s最終奥義・「薔薇の嵐」……。
 さぁ名無し、早く来夢を大兄さまの元へ連れていこう。
 効果は長くは保たないからね……ふふふふふ…………」


 さて、その頃…………。
 ガンマルは、漢一匹ただひっそりとばかりに、格闘部道場へと向かっていた。
 彼の仕事をこなすためである。
 ……そう、彼の仕事は背景職人。
 これまで数多くの名場面・迷場面・珍場面の背景を果たしてきた。

「フフッ、まさかオレの登場率が、実はあのジン・ジャザムより多いだなんて、
誰も知らないだろうさ…………」

 ニヒルに微笑む。
 いや、ただ単純に悲しんだだけではある。
 だって、誰も知らないんだモン。

「オレだってっ!オレだって主役になりたいんだよぉぉぉっ!
 人知れず背景なんてやなんだよぉぉぉぉぉっっ!!」

 ひとしきり叫んで、それから肩を落として溜息をついた。

「フッ、詮なき事だったな。
 諦めて大人になれ、大人になれよガンマル…………」

 自分に言い聞かせるように言った。
 だが、もう一人の彼が心の中で叫ぶ。それは欺瞞であると!

「だからってどうしろって言うんだっ?!
 オレには主役を張れる出番なんて場面なんて……おおっ?!」

 その時彼の目に飛び込んできた光景は……。
 先刻の美少女にたかる、薔薇づくめの怪人二人!

「こ、これは………………」

 彼は、直感にビビンとくる何かを感じた。
 そうである!これだ!
 今こそ君がヒーローになる場面っ!

「うぉぉぉぉっ! 千ンンン載ィィィ一ィィィ遇ゥゥゥッ!!」

 彼は力の限りに駆けた。
 そうしなければ、すぐにでも大事な物は失われる。そう感じて。

『頼む! 逃げるな!逃げるなよオレの場面ッ!!』

 お前さん、あの子を助けるのはどーでもいいのかい?
 ともかく駆けて駆けて駆けて駆けた。
 そして、彼の能力を解放する。

「ンンンンンッ! はァァァァいけェェェェいかァァァァァァッッ!!」

 彼の算段はこうだ。
 背景化して奴らに忍び寄り、後ろから殴ろう。
 ……そんだけかい。

 とにかく、彼は一気に駆け、そして薔薇を体中にまとった怪人達の目の前に
接近した……のだが。

「ちょっとあんた達っ! うちの部員に何してるのよっ?!」

 薔薇の怪人二人、そしてガンマルはびくりとして、その声の方へ振り向く。
 そこには、スポーツバッグを手に提げた、来栖川綾香がいた。

「ちぃっ、く、来栖川綾香だとっ?!」

「あんた達……薔薇リアン’sね?
 まったく……久しぶりに見たと思ったら…………」

 綾香が剣呑な眼差しを向ける。
 それを向けられたホノオノ達も、急いで態勢を整えた。

「ちぃっ、だがこちらには最終奥義があるのだっ!
 やるぞ名無しっ!」

「OKです、お兄さまぁっ!」

「バラバラバ〜ラ〜♪」

「バラランバ〜♪」

「ババラバラバラ〜♪」

「バラランバララ〜♪」

「バラバラバ〜ラ〜♪」

「バラランバ〜♪」

「ババラバラバラ〜♪」

「バラランバララ〜♪」

「バラバラバ〜ラ〜♪」

「バラランバ〜♪」

「ババラバラバラ〜♪」

「バラランバララ〜♪」

「…………………………………………何よそれ?」

「な、何ぃっ?! 我らの「薔薇の嵐」が効かないっ?!」

「……ああっ、お兄さまっ! そう言えばこの人は女でしたっ!」

「な、なんとっ!? そうだった、何と言うことだ、忘れていたっ!」

 綾香の……こめかみの……筋が……ぴくりと……ぴくりと……浮き立った……。

「あんた達……年頃の女の子を捕まえて言う言葉がそれ……?」

 ギクゥとばかり、二人が縮み上がる。

「あ、あああ、いやいや、そのその……忘れていたのは女性に効果が無いという事で……」

「た、た、他意はないんですぅ……………………ダメ?」

「……ダメ」

「「ひぃぃぃぃっ!」」

 次の瞬間、綾香の体が宙に飛んだ。

「あんたたちなんてぇっ!」

 その体が、コマのように宙で軽やかに回転して……

「どっかぁぁっ!」

 その体の陰に隠れていた、カモシカの様に美しく鍛え上げられたおみ足が、
空を裂いて思い切り二人を蹴っ飛ばした。

「いっちゃいなさぁぁぁいっ!」

「「ひぎゃああああっっ!!」」

 二人は、星になった……少なくとも、ガンマルはそう思って、思わず合掌した。
 だが、合掌した所で、ふと思い出した。

「はっ?! お、オレの場面がぁぁぁっ!」

 そう叫んだ所で、背景化の効果が解かれた。

「きゃっ?! が、ガンマルっ!?
 あ、あんたいつからそこにいたのよっ?!」

「え……?あ、い、いや、さっきから……。
 いやっ、そんなことはどうでもいいじゃないかっ!
 その子は無事かっ?!」

 何となくバツが悪くて、素早く話題の転換を図るガンマルであった。

「あ、そうだったわね。
 ちょっと……ちょっと来夢、無事なの?」

 来夢の頬をぺしぺし叩く綾香。
 すると、ぱちぱちと瞬きをして、来夢が目を覚ました。

「ん……んん〜……なんや?」

「よ、よかった、よかったな君ぃ〜っ!」

 すかさずそれを抱き上げるガンマル。

「な、な、何やっ?」

「お、オレ心配したんだぞ〜。
 君が怪しげな怪人に連れ去られそうになっていて助けようとしたりとか!
 とにかく心配したんだぞ〜」

 実際に助けたのが綾香だという説明は省略したらしい。
 ともかく、ガンマルはまくしたてた。
 綾香は、その様子をじぃ〜っと面白そうに見て、それからにやっと笑った。

「そう……な〜るほどね……」

「な、何がな〜るほどだよっ? 何か文句あるのか綾香っ?!」

 ガンマルがびくりとして、言い返す。
 すると綾香は、もっとにやにやとして一言言うのであった。

「別にぃ? そのオトコのコとよろしくやってたらいいんじゃない?」

 そして、きびすを返してさっさと格闘部道場へと去っていった。

 ガンマルは、しばらく呆然として、それから来夢の顔を見て、言った。

「オトコ…………?」

 来夢が頷く。
 今度は、来夢の着ていた道着の中身を見る。
 一拍の後、

「何見とるねんボケェッ!」

「この嘘つきィィィィィッッッ!オレのロマンス返せぇぇぇっ!」

 二人の拳がクロスして、お互いの顔をえぐった。
 この後、二人の血みどろの決闘が始まったとか始まらなかったとか。



 さて、一方のホノオノと名無し。
 星になったかと思われたが、実は生きていたりする。
 命からがら薔薇リアン’sの秘密拠点に舞い戻っていたのだ。

「ほう……つまり……失敗したと言うのだな?」

 LEDの声は、いつもと同じに聞こえる。
 その事が、かえってホノオノには恐ろしく聞こえもするのだが。

「許し難し!
 この薔薇リアン’sの命運を握る作戦の失敗などとッ!」

 一方、怒りを露わにするのはテロルである。
 猛然と猛り、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。

「お、お許し下さいっ!次こそは必ずやっ!」

「か、必ずやぁっ!」

 ホノオノと名無しはひたすら平伏するばかりである。
 そこに、ギャラが口を挟んだ。

「まぁまぁお兄さま方……そう簡単に成功すると考えるのが甘いのでありましょう。
 ここはLeaf学園なのですから……」

「しかしな、ギャラ!」

「私も影ながら見ておりましたが、お二人とも頑張ってらっしゃいました。
 失敗したのは、お二人の責任ではないと思います」

「ううむ…………」

 ギャラの言葉に、思わず唸るテロル。

「ギャラ……お前は……」

 ホノオノは、このギャラの言葉に感激し、そして深く悔いていた。
 この男に対して敵意を持ってしまったことに。

『すまない。僕は何と情けない事をしていたのだろうかっ!
 これからは、手に手を取り合って、この薔薇リアン’sを盛り立てていこう、ギャラ!』

 ギャラは続ける。

「お二人とも、次こそはとおっしゃるのです。
 次に期待しては如何でしょうか?」

「ふむ……そうだな、そうしよう」

 テロルも、その怒りを鎮めた。
 二人は、思わず顔を上げて感激した。

「では、お二人とも、今度こそ頑張って下さいませ」

 そう言って、ギャラは二人の肩を、気持ち強めに叩いた。
 すると……

 バタッ

 名無しの懐から、何かが落ちた。
 それは、保科智子から受け取ったはりせんであった。

「おやぁ〜? これは何でしょう?」

 ギャラが、素早くそれを拾い上げる。

「ああっ、それはぁ〜」

「そ、それはぁっ!」

 名無しの声にテロルの声が被さる。

「それは智子さんのはりせんではないかっ!?
 き、き、貴様らぁ〜……このはりせんは免許皆伝の証っ!
 この私ですら持っていないと言うのに……どのような不正な手段で
手にいれたぁっ?!」

 二人を締め上げるテロル。

「お、お兄さま……くる……し……」

「ぎゃ、ギャラ……きさまという奴は…………」

「さてはて?」

 ギャラはそら惚けるのであった。
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
 薔薇リアン’s第一次補完計画……………………失敗。