義母さん、風紀委員会は今日も元気です(後編)  投稿者:XY−MEN

──その女、広瀬ゆかりは悠然と構えていた。
夕日を背に背負い、遠くに砂煙と轟音をまき散らしつつ驀進を続ける
”それ”を臨みつつ。

「あの、委員長……本気ですか?」

 その辞書に「気後れ」の三文字を知らぬ男・ディルクセンも、”それ”の
前ではさすがに及び腰にならざるを得なかった。

「記録上……暴走した西山さんを止めることが出来た者、あるいは組織は……
 存在していないですよね」

”それ”の状況を監視し続けつつ、とーるもそう続ける。

「記録上ないからこそ、止めることに意義がある!…………と思わない?」

 ゆかりは人差し指を立て、にっと不敵な笑顔を浮かべた。

「そりゃ、そうかもしれないですけど……」

 そんなやりとりをしている間にも、”それ”……即ち暴走した西山英志は
クラブ棟の一部を大破させ、砂塵と共に巻き込まれた生徒を跳ね飛ばしつつ、
激進を続ける。
 はるか遠くであるにも関わらず、その「楓ぇぇぇ!」と言う叫びは否が応でも
耳に届く。
 その場……グラウンドの一角に集結した風紀委員一同は、思わず知らずに
身震いをしていた、だが、

「大丈夫よ」

ゆかりは、彼らの不安を払拭するようにニヤリと笑った。

「今回は切り札があるわ!」

「ほ〜、その切り札ってなんだ?」

 興味ありげに聞くXY−MEN。
 ゆかりは振り返ると、にっこりと女神のような微笑みを、その端正な容貌に
たたえつつ言った。

「あ・な・た☆」

「オレかぁぁぁぁっっ!!?」

 ……魅力的でこれっぽっちも悪意もなさそうな、だからこそもっとも残酷な笑顔。
 人が人ならここで吐血するのだろうが、XY−MENは必死にかろうじて
その一線は踏みとどまった……あるいは吐血していた方が気楽だったのかも
しれないが。
 踏みとどまると同時に食ってかかる。

「冗談じゃねぇっ!あんなんとやりあってたら残機がいくらあっても足りるかっ!
 つーか、どうせオレ一人特攻をかけろとかいうんだろっ?!そうに違いないっ!
 オレは降りるっ!」

 ざっと背中を向けて去ろうとするXY−MEN。
 だが、その背中にゆかりの声が掛かる。

「あら、そんな事言っていいのかしら〜?
 任務一つ放棄したから、500円減収ね、契約書の規定通りに」

 ぴたり、と止まるXY−MEN。
 それから、ゆっくりと向き直る。

「……そんなこと、書いてあったっけ?」

 額に大粒の汗が滲んでいる。
 ゆかりは、胸元のポケットから契約書のコピーを取り出すと、XY−MENの
鼻先に突きつけた。

「ほら、ここの4項目に書いてあるでしょ?」

「ホントだ…………」

「ちゃんと契約書、読みましょうよ……」

 呆然と契約書に見入るXY−MENを見て、とーるはなんだか頭を抱えたくなった。

「それとね、もう一つ……。
 今回西山君の暴走原因だけど……」

「なんだよ?」

「JJ君なんだって。……背中に柏木さんを乗せた」

 ぎんっ!
 突然、XY−MENの周りに漂う空気が変わった……ように思われた。
 少なくとも、彼のその目に宿る光の色が変わったのだけは間違いない。

「ほう……つまり……?」

「彼……西山君は、JJ君を追いかけているの…………
 その背中に柏木さんを乗せたままのね」

 遠く、西山の進行方向に目を凝らす。
 XY−MENの目に飛び込んできたのは、恐怖におののく馬面をぶんぶんと
振り回しながら死の激走を続けるJJの背に乗って、降りることすら出来ずに
困り果てている楓の姿だった。
 ゴゴゴゴゴ…………それは擬音だった……彼が背に負う擬音。

「つまり……楓ちゃんは西山に追いかけ回されていると……」

「そう、彼を止めないと、柏木さんはどうなるかしらね〜♪」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………擬音の大きさも量も増えたようだ。
 ゆかりは、あくまで彼に見えない角度で、うんうんと満足げに頷いたようだ。
 クローズアップ・XY−MEN’sフィスト。彼はその拳を深く握り込めた……
その決意の強さそのままに。

「……止める!止めてやる!西山英志っ!
 この命!楓ちゃんのためならばぁぁぁぁぁっっ!」

 彼は、ひとしきりその身を震わせると、雄叫びと共に発進した。大地を蹴って。

「ぬおおおおおぉぉぉおおおぉぉおおおおお〜〜〜ぉぉぉ〜〜っっっ!!!」

 その叫びの大きさと、巻き上げる砂煙の量ならば負けてはいない…………
その突進力もまた。
 彼は、定規で計ったかのように、一直線に目標物たる西山へと突進して行く。
 その姿を満足げに見ると、ゆかりはさっと居並ぶ委員達に向けて振り返った。

「よし、”タートルヘッド”の誘導に成功!
 オペレーション”タートル”始動よっ!
 総員準備に掛かれっ!」

「ふん、あんな犬男一人増えたからって、何がどうなるんだか?」

 ゆかりの指示に従って迅速に行動を起こす委員達の中、ディルクセンは一人、
そう呟いた。


 彼は……XY−MENは駆けた、乾ききった無情の大地を。
 既に獣化は済んでいる。振り上げと振り下げを全力で交互に行い続けるその四肢
は、銀色の体毛に包まれている。
 人言うところのワンちゃん……銀狼と化したXY−MENは、疾駆を続ける。
 無情の大地……だが、その上を駆ける彼は、決して今の自分の状況を無情とは
思わない。

「かぁぁぁえぇぇぇでぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁんっっっ!!」

 彼は、その視界に最愛の少女をはっきりと捉え、雄叫びを上げる。
 その叫びに気付いたのか、楓もまたこちらの方へ顔を向けた。
 激震を続ける馬上ゆえに、その表情は捉えきれない。だが、XY−MENは、
その犬の……じゃなく狼の面を笑みで歪めた。

『今助けるッッ!』

 その胸に愛ある限り、いかなる状況であろうとも、それを無情とは呼ばない!
……彼はそう信じた。

 空気を切り裂く音。
 その瞬間、XY−MENと楓とJJ(おそらく彼は気付かなかったろう……
汗と涙と涎とその他諸々の原因のおかげで)はすれ違う。
 そして、目標物─西山が正面に現れる。

「にぃぃぃぃしぃぃぃぃやぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「かぁぁぁぁえぇぇぇぇでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!」

コンマ1秒の後……二人は交錯した。


「”タートルヘッド”、目標と接触!」

 とーるが報告する。
 風紀委員一同は既にフォーメーションを組み、西山とXY−MENの接触
ポイントにかなり近づいていた。

「結果は?!………………いえ、いいわ、もう分かったから」

 ゆかりは、とーるに続きを言わせようとして止めた。
 接触ポイントでは、二人の交錯によって生じた局所的ソニックウェーブが
砂塵を起こし、その結果の判別を困難にしていたのだが……もう結果は分かった。
 砂煙の中から一匹の狼男が、潰れたカエルのようなポーズのまま、重力の
干渉を失ったかのように上空目指して飛んでいく。凧の足のようにひらひらと
頼りなさげになびく尻尾が、見方によってはプリティではあった。

「無情ね……」

 貞本夏樹がぽつりと漏らした。

「ほら見ろ……」

 ふん、と鼻を鳴らすディルクセン。

「それより、目標の状況は?!」

 XY−MENの事はあっさりと頭の中から消し、夏樹の言葉が聞こえた
様子もなく、ディルクセンの非難など知らん振りで、ゆかりはとーるに聞いた。
 ……所詮、鉄砲玉は鉄砲玉に過ぎない。それ以上の結果など最初から
期待していないのだ。

「あ、はい! 目標物はパワーを65%までダウン。
 しかし、依然進行は止まりません!」

「よし、オペレーション”タートル”、第二段階へ移行!
 ”タートルレッグ”射撃用意!」

 冷静に命令を下す。
 両翼に展開した委員達が、各々の手に持った銃器を構える。言うまでもなく、
その弾はゴム弾であったが。

「アハハッ、Hu〜〜ntingネ〜ッッ!」

 その中には、先程あっさりと復活したレミィの姿もある。
 嬉々としてその手に……いや、その脇に凶悪な大きさのバルカン砲を装備して。
 そう─彼女はその得物の凶悪さから、生徒達、そして同じ風紀委員達の間ですら
恐れられていた──その二つ名を、”金髪の悪魔・人喰い虎のバルカンレミィ”。

 西山が突進して来る……先程に比べれば多少その勢いを殺されて。

「目標、射撃開始地点まであと3……2……1……到達っ!」

「撃てぇぇぇぇっっ!!」

「Fire!!!!!!」

 とーるのその声と、ゆかりのその声と、レミィのその声はほぼ同時だった。
 直後に、嵐のような轟音が鳴り響く。
 風紀委員達の持つハンドガンが、ライフルが、そしてレミィのバルカン砲が
咆吼を上げる。
 ゴム弾による一斉射撃が、西山の体を撃つ、撃つ、撃つ。

 轟音の中、懸命にとーるが叫ぶ。

「目標、パワーレベル減少中!
 60─55─50─45─40─……なおも減少!」

「よしっ!第三段階、”タートルシェル”突撃っ!」

 おおおおおおお!!
 ゆかりの最後の指示と共に、”タートルシェル”つまり、幾重にもスクラムを
組んだ風紀委員達が、六方向から一斉に西山に殺到する。
 当初と比べると明らかにその勢いを失った西山は、その風紀委員の雪崩の中に
見る間に消えていった。

 オペレーション”タートル”とはこういう作戦だった。
 第一段階として、”タートルヘッド”が単独で先行し目標と接触、その勢いを
殺し、あわよくば止める。…言うまでもなく、”タートルヘッド”の役割の人間は、
その役割に命を賭す(比喩ではなく)覚悟が必要である……もしくは強要する。
 第二段階として、両翼に展開した”タートルレッグ”が勢いを殺された目標を
一斉射撃、さらに戦力を減退させる……もしくはそのまま撃滅する。
 第三段階として、”タートルシェル”が六方向から目標を包囲、突撃して確実に
殲滅する。
 ちなみに、広瀬ゆかり、とーる、ディルクセンらは”タートルテイル”に
位置して指揮を執る。
 広瀬ゆかりの発案したこの作戦は、”タートルヘッド”の貴重な犠牲の上に、
一部のスキもなく完了した………………

「やったぁっ!西山英志を止めたわっ!
 女優は勝つっ!」

 快哉を叫ぶゆかり。

「え、えーっと……いや俺も実は、上手くいくんじゃないかな〜っと
 内心思わないでもなかったんですよ、うん」

 卑屈になり下がるディルクセン。
だが、

「ま、まだですっ!」

………………否、完了はしていなかった。

「かぁぁぁぁえぇぇぇぇでぇぇぇっっ!!!」

「西山英志、再起動!」

 とーるが泣きそうな声で叫ぶ。
 彼らの見る前で、西山の上に小山のように覆い被さっていた委員達、
更には”タートルレッグ”の射撃部隊までもが、西山の起こした衝撃波で
一瞬で吹き飛んだ。
 残された”タートルテイル”の面々は、唖然とそれを見るだけだった。
 それを見た後で、お互いに顔を見合わせ……そして、

「ああああああ〜っ!だから俺はいっただろうっ!
 やっぱりあんなの無理だったんだっ!やめておくべきだったんだっ!」

「そ、そんなこと言ってなかったでしょっ!
 あんただってさっきは「上手くいくかな〜?と思った」とか言ったクセにっ!」

「何時!誰がそんな事言ったって!?俺は知らん知らんっ!」

「ああ〜っ!誤魔化す気ね、意地汚いっ!」

「ふ、二人ともケンカしている場合じゃ……」

 唾を飛ばして口論する二人の横、震える声でとーるが呟いた。
掴み合っていた二人が、その声にはっとして振り向く。

「かぁぁぁえぇぇぇでぇぇぇ…………」

 そこに佇んでいたのは魔人。もしくは化け物。
 他になんと形容するべきか?ともかく、彼らの包囲網をあっさりと破った
この西山英志を他になんと呼ぶべきか、彼らに妙案はなかった。
 妙案の浮かぶ思考能力など既になかったが。

『ああ、もう終わりか……』

 ふと、とーるの脳裏にそんな思いがよぎる。

『義母さん、どうやらお別れみたいです。
 とーるは美加香義母さんと出会えて幸せでした。
 先立つ不幸をお許し下さい
                                    草々』

 涙を瞳に滲ませながら、メモリーに遺言なんかを書き残してみる。
 だが、遺言を書き終わってみても、まだとーるは生きているようだった。

『あれ?』

 知らず知らずに俯いていた顔を、起こしてみる。
 そこには……黒髪のおかっぱの少女──柏木楓の後ろ姿があった。
 とーるや、未だつかみ合っているゆかりとディルクセンの前、西山との間に
少女はいた。
 とーるも、ゆかりも、ディルクセンも、そして西山もその動きを止め、
楓に注目している。

 長い長い沈黙、静寂、そして少女は言った。

「英志さん……おいたしちゃ、めっ」

 こつんと西山の額を突く。

「うん……」

 西山が、その強面に笑顔を作る。
 そして……事態はあっさり収束した。

 破壊されたクラブ棟、かき乱されたグラウンド、跳ね飛ばされた風紀委員達……
それらに背をむけ、何事も無かったかのように帰路に就く西山と楓。
 ”タートルテイル”の一同は、呆然とそれを見送った。


 しばらくの呆然の後、我を取り戻したゆかりが拳を固めて言った言葉は……

「失敗しても負けないわっ!だって私は女優だもんっ!」

「あほかぁぁぁっっっ!
 大体だっ!あんな粗暴脳無し犬男が一人入ったからと言って、
 暴走した西山英志を止められるわけがないっ!
 あんなのタダの犬男で犬男だから犬男でしかなくてっ……ぐぶぅっ?!」

 ゆかりに猛然と抗議しようとしたディルクセンの脳天を、今ようやく地上に
舞い戻った……もとい、落下を終了した粗暴脳無し犬男ことXY−MENが、
天誅とばかりに撃つ。無論、彼には意識が無かったが。
XY−MENとディルクセンは、仲良く意識を無くし、仲良く隣同志で転がった。



──その男、とーるは一人、地面にめり込んで白目を剥いて気絶している
ディルクセン、想像も出来ない高空から落下し、五体を摩擦熱で焦がしつつも
生存しているXY−MEN、今回の失敗を毛ほども気にせず、既にリベンジに
燃えるゆかりをそれぞれ見やって嘆息しながら、「そう言えば、JJさんは
いったいどうしたんだろう?」と、やっと思いを巡らせていた。
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 そんなこんなで…………風紀委員会と言うのは私が思っていたよりもずっと
エキサイティングな場所だったんです、義母さん。……色々な意味で。
 あの事件の次の日も、XY−MENさんとディルクセン先輩は何事も無かった
ようにケンカしてましたし、あれほどの大失敗にも関わらず、なぜか広瀬委員長
への信頼感はみんな揺らいでません。
 ……人間って、タフなんですね。

 ともかくも、私は今も風紀委員会でエキサイティングな毎日を送っています。
……広瀬委員長やディルクセン先輩やXY−MENさんやレミィさんに囲まれ、
日々「何かが違う……」と思いながら。
 でもきっと、この風紀委員会での経験が、私にとって大切な物になってくれる
……と思います……思いたいです。

 そんなわけで 義母さん、風紀委員会は今日も元気です。


(終)