呪術の基礎を為す思考の原理を分析すれば、以下の二点に要約される。 一つ、「類似は類似を生む、あるいは結果はその原因に似る」 一つ、「かつて互いに接触していたものはその後も空間を隔ててなお相互関係を保つ」 前者は類似の法則、後者は接触の法則と言えよう。 前者……類似の法則……より、術者は目的の事象の音声、現象、結果等の目的事象に類 似する事象を引き起こすことで事象そのものを引き起こしうると考える。これを称して類 感魔術、もしくは模倣魔術と呼ぶ。 ――――J・G・フレイザー著「金枝篇」より―――― テニス応援L はずせない約束 何事もやってみるものだ。そう、松原葵は思う。 例えば空手。既に体の一部となっているこれとて、やらなかった可能性がある。空手を 始めたからこそ、今の自分の生活がある。Leaf学園に通う自分がいる。 例えばエクストリーム。綾香にあこがれて始めたこの競技のお陰で、どれほどの人間と 出会うことが出来たであろうか。どれほどの感動に出会えることが出来ただろうか。 …………そしてテニス………… この競技を行うことが彼女に何をもたらすかは知れない。しかし、テニスというものを 知らなかった自分ではない、あたらしい自分がここにいる。そう、信じたい。 「う〜っす、松原いるか?」 突然上がった胴間声が葵の意識を覚醒させた。どうやら、少しまどろんでいたらしい。 「あ、山浦先輩。どうしたんです?」 慌てたように顔を上げる葵。視界の先には、意識が飛ぶ前に見た中庭の風景……気持ち いい芝の絨毯と暖かい日差し、爽やかな風、そしてT−star−reverseを始め 佐藤昌斗やYOSSY、ディアルトと言ったいつも通りの友人達……それと、柔道着が嫌 でも目に付く大男が白っぽいビニール袋を手に立っている。 「……なんですか? いったい」 葵の傍らのティーが念を押すように告げる。『尋ねる』とはどうあっても形容できない 口調だ。彼だけでない、多かれ少なかれ彼女を取り囲む男達は全員、非難の顔を山浦に向 けている。 「おう、お前がテニス大会にでてるって聞いたからな。激励と差し入れだ」 蛙の面になんとやら。繊細という形容を間違っても出来ないこの男に、場の空気を読め と言うのが無理な話なのだろうか。ともあれ、ビニール袋を見せながら、葵が腰掛けるす ぐ横にあぐらをかく。 続いて、ティー以下男連中が表情一つ変えずその周囲に立った。山浦を中心としたアン グルから見ると丁度、逆光になって目の辺りが翳ったりしている。 「第一購買部? なんですか? それ」 「『お呪い』だわな。効果は保証付きだぞ。なんせ来栖川先輩のお墨付きだからな。なん でも【るいなんちゃら魔法】だとか」 言いながら、山浦は軽く首を回し、肩を慣らす。 「そいつは後のお楽しみだ。取り合えずそこに寝ろ。マッサージしてや」 ごしゃ 「ああ! 大変です!! 山浦さんの頭にどこからともなく飛んできた魔導書がぁ!」 「喧嘩刀が!」 「音声魔術が!」 「倭刀が!」 「運命が!」 <主、乱暴に扱わないでください!> 「アフロガァ!」 ごごごごごごごごしゅ! 全員の得物を後頭部に叩き付けられ、昏倒する山浦。それにティーはすぐさま近寄る。 「……これは……」 「どうした、ティーさん!」 「致命傷です! すぐにもとど……治療をしないと!」 「分かった! 第一保健室だな!」 「はい! だ・い・い・ち・保健室です! 早く連れていきましょう!!」 「…………えーっと…………」 葵が呆然としている間に流れるように事態は終了していた。風のような早さで山浦の巨 体は搬出され、白々しい風だけがそこには流れたいた。 「……あ、そうだ差し入れ……」 とにかく、何かをしてみようと思ってみた。そうでないと何やら落ち着かない。そんな ことをしている間に行ってしまった連中も帰ってくるだろうとも思ったのもある。 第一購買部のマークが入ったビニール袋を開き、その中身をのぞき込む。 「…………これは…………」 まず、目に入ったのは一枚の紙。そしてその下にあるもの、それは…………第一購買部 特製カツ丼弁当、カツレツ、そして………… 「か……か…………カツサ…………」 …………それは、彼女の存在を排除する存在………… 「やれやれ、面倒かけやがって」 「いや、結構手際がよくなってきましたねえ。我々も」 「あまり嬉しく無いですね、それ」 ほぼ同時に、山浦の拉致を終えた面々が戻ってきた。それが、不幸を増長させた。つー か、犠牲者+6名。 「どうしました? 葵さ…………」 「カツは……カツはだめえええええええええええええええええええええええええええ!!」 ――べき、どか、ぐしゃ、ごき、ばき―― ――――戦い終わって日が暮れて―――― 『カツだけに勝つ!』 誰もいなくなった中庭には、諸悪の根元が書き記した、そんな書き置きがただ、むなしく風 に舞うのもみであった。