男子寮L 『眠れぬ夜の……』 投稿者:山浦


――朝だ――
 部屋の真ん中で、微動だにすらできず、ただ、ひたすらに朝を待つ。
――朝はまだか――
 一瞬でも気を抜けば、自分が自分でなくなってしまう。それが、はっきりと分かるほど
彼は追いつめられていた。
――朝――
「……いつまでそんなことをしている?」
――――朝は――――
「どこまで耐えることが出来ると思っている?」
――――朝はまだか!!


 男子寮L
  『眠れぬ夜の…………』


「だ、だめだ、こんな事……」
 金縛りのように硬直した体をなんとか反らそうと努めながら、たくたくはつぶやく。
「だから、それは貴方が望んでいる事なのだよ。宿主」
「黙りなさい! 私はれっきとした人間で、人間にはモラルも理性も有るのです!!」
 おさげ……彼に寄生した異世界の生命体……に向かってたくたくは叫ぶ。が、その言葉
を信じることは、彼自身にも出来なかった。
「モラルや理性などと言うものは人間が短期的に作り出した幻想にすぎない。貴方の中の
”常識”すら、十数年前にはどうだったかな? そんなモノに貴方はしがみつくのかな?」
 お下げが、諭すような口調で追いつめる。前に出した手が僅かに下がる。くじけつつあ
るたくたくの意志を示すように。
「し、しかし…………」
「ほら、望んでいないのなら手を戻せばいいだろうに? …………貴方は望んでいるのだ
よ」
 くるり、とおさげがその手に巻き付く。それ以上の力は……おさげの重さ以外の力は掛
かっていなかった。にもかかわらず、たくたくの手はまるで何かの力に導かれるように、
ゆっくりと下に降り。

 ぽよよん

「あぅ……柔らかいぃぃぃぃぃぃぃ」
 ベッドの上ですうすうと眠る隼魔樹のたわわな胸に降り立った。そのあたたかく、柔ら
かい感触を、思わず堪能してしまうたくたくであった。
「ああ、触ってしまいましたね、宿主」
「お前がそそのかしたのでしょうが!!」
「その通りです。貴方に罪などは有りません。それよりも…………」
 少しばかり物騒な波動で、おさげはたくたくに囁く。
「な、なんですか、いったい?」
「……少しばかり指を動かしても罪にはなりませんよ」
「そ、そうかな…………」
「そうですとも、貴方は被害者なんですから。少しばかりの役得はあってもよいでしょう」
「…………そうだよなぁ……」
 魅入られいる。
 それはたくたくも分かっていた。しかし、お下げのささやきはあまりに巧妙であり、眼
下に広がる魔樹のバストは抗いがたいほど、魅力的だった。
 ふにふに
「はにゃあああああああああああああ。やわらかいいいいいいいいいいい!」
 僅かに指を動かすだけで”それ”は甘美な感覚を返しながらふるふると震える。にもか
かわらず、触れる力を抜くと見事な弾力で元の形に戻る。
「たくたく、あまり大声を出すと起きてしまいます」
 おさげの声に我に返るたくたく。
「ああ、そうでした……ってそんな問題じゃ無いでしょう!?」
「そうですね、もはや貴方の意志でこんな事をしてしまったのですから…………」
「…………うぐ……しかし…………」
「いいんですよ、責めている訳ではありませんし。発覚さえしなければ何の問題もおこり
えません」
「……そうかな」
「そうですとも。それよりも、もっと強く感触を味わいたいとは思いませんか?」
「そんな!?」
「もうすこしだけ強く指を動かしてみようと言うだけのことですよ。大丈夫、なにも変わ
りはしません」
 言っていることの意味は分かっていた。おさげの”提案”に従うほど深みにはまって行
くことも。それでも、たくたくは…………。
「ああああああああああああああああああっ! 吉井さん! 吉井さんっ!! や、やわ
れけええええええええええええええええええっ!!」
 苦悩しながらも、指は動かし続けている。そのたびにバストは思う様に形を変え、甘美
な弾力を返しつづける。と、唯一やや堅い感触を返す頂点が、だんだんと張りを増す。
「……あふぅ」
 眠っている筈の魔樹の口から艶やかな声が漏れる。それが、たくたくの最後の理性を吹
き飛ばした。
「うあああああああああああああっ!!」
 思わず叫び声を上げながら、本能に赴くままたくたくは魔樹の上にのしかかり…………。
「そうです。やってしまいなさい。相手もそれを望んでいるのです。そうでなくては、こ
んな誘うような躯をしている筈がありません」
「そうか、そうだよなぁ? そうだよな…………」
「「「「なにやっとるか貴様ぁ!!」」」」
 駆けつけた男子寮生の攻撃を受けて沈んだ。


「…………で、言い訳はあるのか?」
 いつになく怒りを込めた口調でYOSSYがたくたくを見下ろす。軟派とかスケベとか
女の敵とか言われる彼だが、彼なりに美学というモノがある。少なくとも、『眠っている
女性にセクハラ』と言うのは彼の美学に反する、つーかどっちかというと狩りの対象に分
類される。
「だからおさげが魔樹さんにぷるぷるでおもわず行ったら泥沼にはまったというか何とい
うか……」
 いやもうさっぱり分からない。
「……いいから、落ち着いて話せ」
「えー、ですから…………男子寮に魔樹さんが居ることが問題では?」
 落ち着きを取り戻したたくたくが言う。とにかく、この場を何とかしなければならない。
「たしかに、私がやったことは性犯罪の部類に入りますが……」
「分かってるなら神妙にお縄に付けや」
 言葉の途中で山浦がそう遮った。ディベートの利かない単純体育会系はこれだから……。
「なんか言ったか?」
「いいえ、これっぽっちも。それよりも、です。このように男子寮に女性……少なくとも
外見は……が無防備な姿をさらすと言うこと自体、問題なのではないでしょうか?」
 たくたくの言葉に思わず魔樹の方を見る一同……等の魔樹はすやすやと眠っている…………。
「うーん、玲子さぁん…………むにゃむにゃ」
 そんな寝言を言いつつ、魔樹が寝返りをうつ。と、夏も近づいてきて薄着になった寝間
着の下の豊満な胸がぷるるん、と震え、元の形に戻る。
「…………(うお、震えてるよ!)(ぷるりんって……いかん、鼻血が)(しゃたーちゃ
んす!!)(瑞穂さんじゃこうは……いかんいかん……)(楓ちゃん楓ちゃん楓ちゃん楓
ちゃん!!)(レミィもアレくらい……ってなに考えてる俺!)(ほらーみんなだって…
…)(なんかプリン食いとうなったな〜)(巨乳なんざ気色悪いだけじゃい)(ふもっほ)
…………」
 思わず沈黙する一同。
「……とりあえず、場所を変えない?」
 沙留斗の提案に、ほぼ全員が頷いた……少しばかり前屈みになりながら。


「隼を女子寮に入れてやるってのはどうだ?」
 会議を食堂に移し、XY-MENがそう提案する。が、YOSSYは渋い顔をする。
「っても、『性格は男』って公言してるしダメだろ?」
「ブツも付いてるしな」
 下品に話を継いだのは山浦だ。すぐさま皆に殴られる。
「あんでてめえはそーいう事しかいわねーんだ!!」
「お前らだって思ってることだろ!」
「……ったく、このアホがぁ。まあええ、なら隼を一人部屋にすればすむんやないん?」
 悪態を付くついでに、夢幻来夢がそう提案する。
「だめだな。今、男子寮に空き部屋はない。どうしても誰かと相部屋になる」
 それを、今度はXY-MENが一蹴する。冷静を装っているが、もしも自分が同室になっ
たらと思うと尻尾を丸めて部屋の隅でガタガタ震えたい気分だったりもする。他の人間も
多かれ少なかれそうだ。自分の理性にそこまで自信を置くことはできない。
「なら、誰かとかわりゃすむ話じゃねえか。なんなら俺が変わってやってもいいぞ」
 しかし、そんな中、一人余裕たっぷりに山浦が言う。セクハラ柔道家らしからぬ態度に、
一同は訝しむ。
「おい……そんな事言ってお前…………」
「安心しろYOSSYFLAME。俺は下心なんぞ持ってねえぞ」
「…………山浦さん……貴方ってひとは…………」
 感涙するたくたく。だが、他の連中は胡散くさげにそれを眺めた。
「じゃあ、部屋交換な」
 うきうきとした声で山浦はたくたくを207号室にまで連れて行く。
「いや、ついてこなくてもいいですよ、子供じゃないんですし」
「まあまあ。そう言わず、な」
 204号室前。
 不死身のマゾ忍者として知られる秋山登。彼に対する通り一遍の知識は、たしかにたく
たくには有る。しかし、考えてみれば直接それに接触するのは初めてであった。知れず、
自らの手が汗ばんでいるのにたくたくは気づいた。
(と、言ってもとって食われる訳ではないんだ。恐れることはない……)
 覚悟を決めて開けたドア。その先は……闇。
――ガタガタ!
 音を立てて何かが崩れ落ちる。
「うぁ…………なんだ、ただのゴミか」
 不必要に怯える自分が急に馬鹿馬鹿しく思えた。いくら何でも自分の生活圏内に危険な
罠を仕掛ける人間はいない…………と、言うのがたくたくにとっての”常識だった。
 部屋の奥から聞こえてくる、秋山の緊張感を削ぐいびきもそう判断させるのに一役買っ
た。たくたくは、意図的に無造作な歩調で部屋の中へと足を踏み入れた。
「……少し汗くさいですね。それに生ゴミの臭いも…………やれやれ、山浦さんこれに辟
易しましたか…………」
――――カサカサ――――
 と、足下で何かが蠢いた。
「宿主、蟲です」
「そんなこと分かってます!」
 足下を駆け抜ける虫……多分ゴキブリ……は、音から判断すると、たくたくが知るどん
な虫よりも大きい。が、その程度でびびっていられるほどこの学園は甘くはない。
「少しばかり大きい虫くらいで驚くほど私は小心では…………」
 ぶつぶつ文句を言いながら、電気のスイッチを探して闇の中を歩く。
「……いえ、ですから蟲です」
 しかし、おさげはしつこくたくたくに呼びかける。
「何ですか!? いった…………」
 ぱち、と手に触れたスイッチを入れる。光が闇を駆逐して…………そして、207号室
の全貌が明らかに…………。
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 天井が、
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 壁が、
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 床が、
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 本棚が、
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 ベッドが、
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
――わきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃわきゃ――
 見渡す限りの全てのものが、蠢いていた。
「…………む……」
 そう、見たこともないほど巨大な、そして……見たこともないほど無数の…………。
「蟲ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 脱兎のごとく逃げる。
ぷちぷちぷちぷち
 逃げる途中で何か踏みつぶした気もするが…………。
「いやあああああああああああああああああ!!」
 たくたくは無視して逃げた。足に残るぷつっとした感触とか、ぬとぬとした体液のぬめ
りとか、その辺は出来るだけ無視しようと努めて。
「だから描写しないでえええええええええええええええ!!」
 走って、廊下に出て、また走って、蟲の体液に滑ってこけて、また走り出して…………
かなり錯乱しながら暴走をしながら走るたくたく。
「なんてことするんですかあなたわああああああああああああああああああっ!!」
「うるせええええええええええっ! 俺だって命はおしいわああああああああっ!!」
「そんなとこに人を送るんですかあああああああああああああっ!!」
「いいから代われえええええええええええええええええええええええええっ!!」

「うるさい、お前ら」
 そんな風に他の連中が来たときには、丁度たくたくが山浦の首をワイヤーでくくってい
る所だった。


「…………えーっと、どなたか代わってくれる人は…………」
 おずおすとたくたくは言う。が、誰も立候補しようとはしない。
「YOSSY一人部屋だろ? ベッド入れればもう一人くらい…………」
「それを言ったらみやびんなんか三人部屋一人で使ってるじゃねぇか」
「つるぺた番長なら問題無いと思うな」
「あんな気色悪いものがある部屋で寝られんわい」
…………会議は踊れどまるで進まず…………。
「来夢はどうよ?」
 なんとなくYOSSYは言う。
「…………ほほぅ、美少年とふたなりとは……。流石はYOSSY殿でござるのぅ。」
「な、なかなかマニアックな選択なんだな」
(…………夢幻来夢と隼の絡み…………)
 オタク縦横(寮生だったのか?)の一言に、思わずそのシーンを想像する一同。

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――絡み合う、二つの華奢な肉体――
 野生の獣のように引き締まったそれを、豊満な……そして魅惑的なふくらみを、お互い
の肉体に擦りつけあう。
…………細胞の一つまで、触れあおうとしているかのように…………。

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――――だだだだだだだだだだっ!
 鼻を押さえたり、前屈みになったりしながら全員が逃げるように駆け出した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 思わず叫び声を上げながら走り出す奴。

「せえええええええええええええええええええええっ!!」
 寮の大黒柱に打ち込み始めるやつ。

「しぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいねええええええっ!!」
 いきなり外道狩り始める奴。

「西山ぁ! 俺を殴れええええええええええええええええっ!!」
 ライバルに自らを殴らせる奴。

 その他いろいろいたが、めいめいが自分の頭に浮かんでしまった夢想を振り払うために
全力を尽くした。ええ、それはもう近所迷惑なほどに。


――1時間後――
 ようやく皆がいろんな意味で汗まみれ血塗れになって戻ってきた。全員心身共にずたぼ
ろになっているのは、やってきたことのハードさを物語っている。
「…………で、なんの話だっけ?」
「いっそ三人部屋に魔樹を入れるってのは…………」
「さ、3Pなんだな」
「ないすチョイスでござる、デコイ殿」

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――――だだだだだだだだだだだだだだだだっ!

――さらに一時間――

「ジェリーズに絡められる隼殿というのも萌えでござらぬか?」
「しょ、触手ものなんだな」

――――だだだだだだだだだだだだだだだだっ!


「…………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………もう空が明るいよ…………」
「なんの話だっけか?」
「たくたくが眠れないとかそんなんだったような…………」
 たくたくを除く全員が、顔を見合わせ頷きあう。皆、思うことは同じだ。
「たくたく、ちょっと頭出せ」
「…………? こうですか?」
「そうそう……よし、山浦絞めろ!」
「おう!」

 きゅうううううううううううううう

「よし、寝たな」
「ああ、寝た。完全に寝た」
「これで寝てないって人が居たら私が説得してあげましょう」
「じゃ、寝るか」
 やたらと爽やかな顔でXY-MENが言い、そして皆はその場に崩れ落ちた。


「あさああああああっ!! あさあああああああっ!! 早く起きてちゅるぺたおそうん
じゃああああああああああっ!!」
 そして、いつものように朝が来る。
「……ふぁ、おはよう、たくたく」
 そういって魔樹は胸を反らす。と、薄手のシャツから彼の豊かな胸が…………。
「助けて! 吉井さあああああああああああああああああああああああん!!」
                                ENDLESS・END