入寮L  『寮には伝統とか歓迎会とかいうモノが付き物でして……(いかりや長助風に)』 投稿者:山浦

「……ここかぁ……」
 大荷物を背負ったまま、その男は感慨深げに呟いた。
「ここが……これから俺が暮らす場所」
――Leaf学園男子寮――
 学園の特異性に比べると、その古びた全景は凡庸にすら映る。そのためか、多くのSS
使いがその組織、思想、さらには敵対関係を越えて共同生活する割に、ここを危険地帯
と認識するものは、Leaf学園内においても少ない。
 それゆえ、その実体を彼はまだ……何一つ知ってはいなかった。


入寮L
 『寮には伝統と歓迎会と言うモノが付き物でして……(いかりや長助風に)』


「んちゃーっす。本日付けで入寮になります山浦っすけどー……」
 玄関口。妙に閑散とした空気が漂う中、山浦の大声だけが響きわたる。人の気配は…
…まるでしない。
「だれかいませんか〜? …………っかしーな」
 自分が上げた声の反響が返ってくる。しかし、それ以外の音が戻ってくることはなか
った。やはり、中に人が居る気配はない。彼が今日寮に入ることはあらかじめ知らせて
ある。寮を上げて歓迎、なんて元より期待していないが、だからといってわざわざ寮を
空にしておくなんて事も考えにくい。
「なんかあったんかいな? ……ま、いいか」
 警戒心薄く、山浦は奥へと足を踏み入れる。
「えーっと、207号室、207号室……やっぱ二階の七号室なんだろな」
 当たり前の事を呟きながら、食堂の脇にある階段を上る。
―――ィィィィィィィ――――
「? なんだ?」
 その途中、妙な音が彼の鼓膜をふるわせた。小さい、しかも可聴域ぎりぎりの空気の
振動。物音とは決して思えない。機械音か何か……少なくとも、あまり心休まる音には
聞こえなかった。
「……食堂……の方からだな…………なにか起きたのか?」
 さすがに警戒しつつ、登りかけていた階段を再び下りる。耳を澄ませば、やはり確か
にその音は聞こえる。しかも、一歩食堂に近づく毎にその音はより大きく、そして鮮明
になってゆく。
 息を潜めてそぉっと食堂を覗く。学食と同型の大型テーブルとイス。それに小さいT
Vが上の方に鎮座している。さして広くない、質素な作りの部屋。はじには観葉植物が
緑色の葉を茂らせている。
 全然、何の異常もない風景だ。
「…………なにもない……か?」
 半ば以上期待を込めて、山浦は呟く。それでも、例の音は止んでいない。それどころ
か、明らかに食堂の奥……調理室……からその音は聞こえてくる。
「行く……か…………」
 じっとりと冷や汗で濡れた手を握り締め、山浦は奥へと進む。大雑把な性格の彼をし
て、足音一つ、物音一つ立てぬよう、床のきしみすら気にして歩く。決して大きくない
食堂が、無限に広くそして遠いように感じる。
「……ん〜…………ふふふん〜…………」
 と、急に異なる音域が耳を打つ。かすかに聞こえるだけだが、間違いなく女性の声だ。
おそらく、鼻歌でも唄っているのだろう。途切れ途切れに聞いたことのあるようなリズ
ムが流れてくる。
「ふふふふふふふん〜……今日は楽しい歓迎会〜。頑張ってお料理しましょ☆ミ
…………あ、大変! 溢れちゃうわっ!」
 かち、という音。同時に先ほどから聞こえた甲高い音も消える。
(……鍋の音かなんかだったか……)
 急に、些細なことでおびえた自分が恥ずかしくなった。相手は、当然のように歓迎を
してくれるのに、自分はなんと情けないことか。
(……手伝いに……いや、やめよう。歓迎してくれるんだ。それを素直に受けるのが礼
儀だな。俺は食堂は見なかった。調理室も見なかった。それでいい)
 そう考え直し、山浦は調理室に背を向ける。背後で何が起こっていても、それは向こ
うがタネ明かしするまでのお楽しみだ。


「…………さて、荷物上げないとな」
 なんとなく、さっぱりとした気分で荷物を持ち上げる。さっさと荷物を片づけて寮生
仲間に挨拶したい気分だった。
「えー、207は……ここか。同室は秋山登……先輩だな」
 部屋の確認をしつつ、山浦はドアを開ける。
――――ビィン――――
 その瞬間、張りつめた弦を弾いたような音が響く。
「しまった!?」
 秋山登は忍者である。留守中、部屋にブービートラップを仕掛けるくらい、当然起こ
りうる事態だった。自分の愚かさに気づいた瞬間、山浦は横っ飛びに廊下に飛び出し、
前回り受け身。そしてすぐに立ち上がる。それでも、身を守るのには十分かどうか……
……。
――――ガガッガーン!!
 それと同時に、吊り天井が大音響を上げて落下!
「へ?」
 ただし、敷きっぱなしの布団の上に。
「何だいったい? 何が起きた?」
 もちろん、布団が山浦の足下にあったはずはない。それどころか、入り口とはほど遠
い部屋の中心近くに、万年床と化して敷いてある。
「……なんなんだ?」
 訝しみつつ、山浦は部屋に脚を踏み入れる。
「もし寝てる時にこんなもんに誰かが引っかかったらタダじゃ……」
――かち――
 何かスイッチを踏んだ。そう思った瞬間。
――――どかーん!
 案の定、大爆発が起こった…………やはり布団の上で。
 爆発に驚いて一歩下がるとまた何か踏んだのか、床から突き出してきた槍が布団を貫
く。一歩横に足を踏めば、壁が開いて電ノコが襲いかかり、荷物を置けば高圧電流が布
団を焦がす…………。
「なんだこりゃ?」
 山浦は首を傾げ……ようやくこの部屋の主が何者か、思い出した。
――秋山登――
 通称、不死身のマゾ忍者。
「…………広いなぁ……世の中って…………」
 この時ばかりはしみじみと、本当にしみじみと山浦は呟いたのだった。


「こんちゃーっす、どなたか……うーむ、ここにも居ねえな……」
 あらかた荷物を片づけてから、山浦は寮の探検に移っていた。そう、寮内は探検と呼
ぶに相応しい人外魔境だった。
 廊下を歩けば罠がそこかしかに設置されており、
 部屋を覗けば着ぐるみの山に潰されかけ、
 もしくは、魔界の生物に追いかけられ、
 時折、クラゲに似た謎の浮遊体が漂い、
 風呂場には、広大な腐海が広がっている。
 なにやら、巨大さゆえ薄められたLeaf学園の特異点が、このちいさな寮に凝集してい
るような気がした。というかここが特異点そのものだし。
 しかし、それだけ動き回ってなお、一人の人間とも会うことはなかった。まるで、意
図的にその姿をくらませたようだ。
「しゃあねーか。そろそろメシ時だし、食堂行けば誰かいるだろ」
 特に何も考えず食堂に足を向ける。はたして、予想通り食堂には三つ人の姿があった

「おぉ! 主役の登場か!」
 その一人、秋山登が待ちかねたように言う…………それは別にまったく問題ない。
「山浦っす。これからよろしくお願いします。……えーっと…………」
 困ったように秋山以外の二人を見る山浦。二人……柏木耕一とジン・ジャザム……二
人とも寮の人間ではなかった筈である。また、いちいち歓迎に来るほど親しくもない。
大体、歓迎なら秋山以外の寮生の姿がないと言うのも…………。
「寮のみんな、急用らしいのよ、だから寂しいから私が呼んだのよ」
 と、急に背後から声がした。シャギーかかった黒髪に優しげな、美しい顔立ち……Leaf
学園校長、柏木千鶴……。
「もう来てたのね。探しちゃったわよ〜」
 めっ、と子供のイタズラを叱るような口調で、柏木千鶴は微笑む。ひじょーに優しげ
な微笑みだ。が、対照的に、山浦の顔が蒼白になる。
「柏木校長。どうしたんスか……なんで、寮に…………」
 イヤな予感に胸躍らせつつ、山浦は尋ねる。答えは半ば以上分かっている。そして、
聞きたいとも思わない。しかしそれでも、尋ねずにはいられない。
「やーねー。あなたの歓迎会に決まってるじゃない。校長としては、当然のお仕事
よね。さ、たくさんお料理作ったから遠慮しないで食べてね☆ミ」
 そう言って、千鶴は調理室から皿に積まれた何か……料理と言うにはあまりに人外魔
境なブツ……を、テーブルに並べる。
「さ、歓迎会の始まりよ」
(…………やはり…………)
 謎の高周波音。誰一人いない寮……全ての謎が氷解した。
(……逃げやがったな、ど畜生……)
 この時ほど、人を恨んだことはない。そう、山浦は後に語った。しかし、その恨みを
以てしてもこの運命を逃れる術は存在しないわけで……。
「あ、あはははは〜。悪いっすよそんな……」
 とりあえず逃げ口上その一で逃げに転じようとする。背後から、ジンと耕一の応援の
声が聞こえた……ような気がした。
「いいのよ、遠慮しないで。生徒といえば子供も同然なんだから。人の好意は素直に受
けるものよ」
 後半、無性にプレッシャーを感じる声色で千鶴は言う。もちろん、顔は凍り付いたか
のようににこやかに笑っている。
「……えー、く、来栖川先輩に顔見せできません! 校長みたいな綺麗な女性の手料理
をいただくなんて」
 逃げ口上その弐。我ながらかなり苦しいと山浦も思う。
「ああそうそう、芹香さんからメッセージ貰っていたのよ(はあと)」

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*     セバスチャンに『せかいじゅのは』を取りに行かせました      *
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*                           せりか       *
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*  P.S                                *
*      ゾンビパウダーの方が良かったでしょうか?           *
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「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、来栖川せんぱいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 山浦は、メッセージカードを胸に抱き、漢泣きに哭いた。こんな励ましが心に響く…
…人間、ここまで追いつめられたりしたくないものである。
「さあさあ、お料理食べましょう。たくさん作ったからいくら食べてもいいわよ」
 現実逃避する山浦を、千鶴は死刑台に引きずり込む。そして、皿の上の人外魔境を目
の前にでん、と置く。もちろん、ジンや秋山、耕一も同様だ。
「さ、召し上がれ」
 皿の上には、緑と赤茶けた色彩が混沌の調和を持って蠢いていた。多分、緑が野菜で
赤茶が肉だろうと予想できるが、既に原型がない。しかも、なぜか動いているし。
さらには、さっきの高周波音もこの料理から聞こえたりする。これが新手の生物兵器と
言われても、誰一人として反対はしないだろう。つーか、そのまま生物兵器になりそう
な物体Xだ。
(…………喰えと? これを)
 戦えと言われても躊躇したくなるブツである。どんな味がするかとか以前に、果たし
て生命はあるか、とか精神崩壊の危険性は? とか物騒な方向に思考が行く。
「…………いただきます」
 一瞬の逡巡の後、耕一は料理に箸を伸ばす。それからジン、秋山も続く。しかも
食っている。
(……ゲテモノ喰いには自信があったんだが…………ジン先輩、秋山先輩、耕一先生。
あんたらすげえよっ!)
 などと他人面している訳にはいかない。食わなければ確実にして速やかなる死が待っ
ている。『頼むからもう殺せ』とかいう台詞が頭の中をよぎったりもするが、それでも、
山浦は意を決して箸を赤っぽいブツに伸ばすと……。
 ばぎゅ! ガリガリガリガリガリ…………
…………箸が、料理に襲われた。
 『肉』に箸が触れた瞬間、バネ仕掛けのように『肉』が飛び上がり、箸に巻き付き、
そして、強力な力で根本からブチ折った。しかも、その後も何物かが箸を削る破壊音が
続いたのだ……。
「な、ななななななななな!? なんだこりゃああああああああああっ!?」
「ダチョウの活け作り高原野菜添えよ。さすがに活きがいいわね」
「うむ! この舌に絡まる肉の感触はまさしくダチョウ! そしてこの……口の中に食
い込む多数の歯! 隠し味はツェツェバエのウジだな!? 100点だ! 満点をやろ
う!!」
 口の中を鮮血で満たしつつ、秋山が叫ぶ。その間からウジだかムカデだか、外骨格の
謎の生き物だかが見え隠れしているあたりがとってもすぷらった。
「あ、やっぱり分かる? この間読んだ本にあってね〜、試してみたの〜」
「…………ジャンか…………」
「危険なモノ読ますなよなぁ」
 ぶつくさ文句いいながらも、ジンと耕一も箸を進める。『料理に喰われる』という一
点を除けば、確かに喰った瞬間卒倒する味でも、危険すぎる副作用があるわけでもない。
鋼鉄と鬼の牙はただ黙々と物体Xを破砕し続けていた。
(…………ジン先輩、柏木先生……ジブン、あなた達の事ナメてました! こんなモン
食えるなんて他の誰にも出来ません!!)
 さて、不死身でも無ければ鬼でもサイボーグでもない彼はというと、粉砕した箸を持
ったまま硬直していた。このまま時間が過ぎればいい、とも思った。
「あら? 山浦君どうしたの? 箸が止まってるわよ」
 しかし世の中そんなに甘くない。
「……いや、箸が壊れたんで…………」
 どうにか逃げ口上を言おうと努力する山浦。つか、常人がこれを喰ったら死ぬ。確実
に死ぬ。
「あら、マナーなんて気にしないわよ。それより、残さず食べてくれた方が嬉しいわ」
 にっこり。笑いながら千鶴はプレッシャーをかけてくる。
(……つまり手づかみで食えと!?)
 戦慄しながら皿の上を見ると、相変わらず『肉』が箸の破片を貪り食っている。しか
も、それだけで満足しないのか、お互いに絡み合い、ぎちぎちと不気味な音を立てて破
砕しあっている。なんつーかこう、まさに共食いって感じだ。
 山浦は、”それ”と千鶴の顔を交互に見、向き直って深呼吸を一つ。
「…………くぅっ!!」
 覚悟を腹にため込んで。
(来栖川先輩! 俺が死んだら使い魔にでもしてくれ!!)
 一気に、皿の上のモノにかぶりついた!!


 さて、明けて翌日。
「ホンマすまんと思っとる」
「俺達も命が惜しいんだよ。分かるだろ?」
「今日は俺達で歓迎会やるからさ…………」
 先日逃げた連中が、そろって頭を下げる。妙に手際がいいのは馴れているからであろ
うか。まあ、その通りなんだから仕方ないが。
「…………」
 が、山浦は答えない。昨日、料理を腹に詰め込んで卒倒した後、彼は一言も発しては
いない。怒っている……訳でもない。そのどろりとした視線は、どちらかというとイっ
ちゃっていると言うか太田さんというか…………まあ、そんな感じだ。
「……聞こえてないんじゃないか?」
「そのようですね。どうします? 長瀬君でも呼んできましょうか?」
 なんの反応も無いのに業を煮やしたのか、ひそひそと皆がささやき始まる。すると…
………。
「……アー…………」
 反応があった。
「気がついたか?」
「大丈夫か? おい!!」
「帰ってこ〜い、お前はこっちの人間だ!」
 皆が口々に呼びかけ、そして山浦の体を揺さぶる。それが功を奏したのだろうか、再
び、山浦の視線に意志が戻り…………。
「……あ…………あばぁ!!」
「む、蟲ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいっ!?」
「顔からも、うわ! 目から出てるよおい!?」
「なんだ!? 蟲使いだったのかこいつ!?」
「うひゃああああああああっ!!」
 山浦の全身を突き破って出てきた蟲共は、その後永らく、男子寮に生息することにな
るのだが…………それはまた別の話である。

                                   おしまい