私的Lメモ そのいち 『葵の思いと押し掛け師匠』 投稿者:山浦
『強くなりたい』
 始まりはそんな些細な気持ちだった。そして、それが全ての始まりだった。
 空手との出会い。綾香、好恵……目標となる人達との出会い。Leaf学園との出会い。
エクストリームとの出会い。格闘部のみんなとの出会い……。
 強くなりたい気持ちが多くの出会いを彼女にくれた。
 そして今、総合格闘技であるエクストリームでやってゆくため柔道を始めた。

(今度は、どんなものに出会えるのだろう? どんな人に出会えるのだろう?)

 彼女の心は躍る。……だが、彼女はまだ知らない。「出会い」が運ぶモノにも好ましい
ものばかりではないことを。


私的Lメモ そのいち
『葵の思いと押し掛け師匠』

「松原ぁ! 俺の所に来い!」
 一年の教室にそんな大声がこだまする。その一言で、昼休みの喧噪がこのやりとりに集
中した。
 声を発したのは先日転校してきた山浦と言う名の男である。縦にも横にもでかい体躯と
坊主頭が嫌でも目に付く。
「……あ、あのその……こ、困ります……」
 山浦の正面には松原葵がいる。狼狽したような、困ったような表情で言葉を継ごうと躍
起になっている。
(……これは……血の雨が降るわねぇ…………)
 見物……もとい、情報特捜部副部長の責務を果たすべく事を探りにやってきた志保は内
心呟いた。
 山浦と言う男については、柔道をやっているということ以外に特徴はない、と断ぜられ
ていた。事実、転校生の常としてジンVSD芹に巻き込まれたり、千鶴校長の奇行に愕然
とさせられたり、道に迷ったり、最初の登校日に校門の前で「……ここがLeaf学園か
……」と言ったりとまあ、ここまでは普通にLeaf学園入学時の”お約束”をかまして
たわけだし。
 普通の……そう普通の転校生だと皆が思っていた。
(……しかし、まさかこんな暴挙をぶちかますとはね……海のリハ……もとい、この志保
ちゃんアイ’Sを持ってしても見抜くことはできなかったわ!)
 まあ、それはともかく。志保は後ろに控える手下二人(失礼)に問う。
「デコイ、シッポ、首尾はどう?」
「ああ、六人全員に声を掛けておいたぜ」
「いいんのか? これじゃ事件の捏造と言われても……」
「いいのよ! 大衆は刺激に飢えてるわ! ふっふっふ。そう、久しくなかった新しい刺
激! これでニュースソースに当分困らないわぁ!」
 志保は高らかに笑う。最近いろいろとあったらしく色々とストレスが溜まってたり溜ま
ってなかったりしていたりいなかったり………まあ、ここでは関係のない話だが。
「でもよ。転校生が入ったからって六人衆が一人増えるってだけじゃねえのか?」
「ふっふっふ、だからアンタは甘いのよ。バタフライ効果って知ってる? まあ、細かい
説明は(アタシがよく知らないから)省くけど、つまりは竜巻が蝶の羽ばたきで起こった
りするのよっ!」
「……それ、はしょりすぎ……」
 シッポのツッコミにも志保は止まる気配はない。びしぃ! とあらぬ方向を指差して高
らかに告げる。
「とにかく! あんな馬の骨自身の行動なんかどーでもいいのよ! それで六人がどう動
くか、それがニュースになるのよっ! わかった!?」
「……わかったけどさ……」
「何よデコイ? 文句ある?」
「そーゆー話しはもっと静かにやるべきだと思うなぁ……俺……」
……周りの視線が痛かったり痛くなかったり……。

 まあ、外野のことはともかく、山浦はまだ諦めた様子もなく葵に向かって叫び続けてい
る。視界にないものには気付かないのかもしれない。
「俺は! お前を一目見たその時からだなぁ!」
「すとっぷ」
 それを、止める者があった。両者に割り込むようにYOSSYFLAMEが、葵の傍ら
には彼女を守るようにT−star−reverseが、さらに、山浦の左右を挟むよう
にディアルトと佐藤昌斗が、背後にはRuneが、そしてTaSが踊る。
…………いや、踊っているのはTaSさん一人だけど。

 閑話休題。

「葵ちゃん、嫌がってますよね? それぐらいわかりませんかね?」
 YOSSYFLAME丁寧な口調で……しかし敵意のこもった声で……山浦を制止する。
見上げる目は殺意に近い敵意が込められているようでもある。
 他の者たちの間にも緊張した空気が流れ始める。『血の雨が降る』志保のそんな表現す
ら冗談にならないかもしれない……そんな空気だ。
……Leaf学園じゃ血の雨は珍しくもないって話しもあるけどそれは置いておくとしよう。
「争いごとは本意ではありません。話し合う余地は……ありますよね?」
 その上で、T−star−reverseが落とし所をつくる。事実、彼らとしても争
いは本意ではない。同じ女性に惹かれた人間ならば分かり合うこともできるはず……そう
信じていた。現に彼らがそうであるから。
 沈黙。
 たっぷり二呼吸分間が空いた。そして、山浦が返答する。
「俺と来い、まつば……」
 ごしゃ!
「シカトかい!」
 すかさず入るYOSSYFLAMEのツッコミ……でも喧嘩刀をモロ頭にはまずいと思
う……。いや、それがLeaf学園では普通であってもね。
 つつーと山浦の坊主頭を伝って血が流れ落ちる。そして……山浦は白目をむいて崩れ落
ちた。
 佐藤昌斗が慌てて叫ぶ。
「よっしーさん! いきなりそれはまずいでしょう!?」
「……え!? で、でも……」
 いきなりのことに思わず狼狽するYOSSYFLAME。手元の喧嘩刀と足下の山浦を
代わる代わる見たりしている。
「山浦先輩!?」
 さすがに他の連中は山浦に駆け寄る……正確には山浦に駆け寄った葵に駆け寄る、だが。
「……とりあえず保健室に運ばないと……」
「いいんじゃねえの? こんな礼儀知らず」
「そう言うわけにも行かないでしょう? ……しかし、あの一撃で伸びますかねえ。普通」
……まあ、あなたほど頑丈では無いですから。


 さて、所変わって保健室。山浦を相田響子に任せて五人が車座になっていた。もちろん
葵萌えの六人−1だ。
 山浦の”説得”のためにも葵には席を外して貰っている。また、今この場にいないもう
一人、Runeは山浦に関する細々とした情報を調べると言って席を外している。彼自身、
裏があるとは思ってはいないようだったが。
「遅いですねぇ。るーんさん」
「なにか裏があるような面には見えないけどなぁ。こいつ」
「それよか葵ちゃんの態度も結構気になっんだけど、僕」
「相手が先輩だからと言うことで遠慮していただけでは?」
「押されると弱そうだしね。葵ちゃん……」
 何気なく佐藤昌斗は言ったつもりだった。まるっきり他意はない。しかし、言葉が発せ
られると共に皆の口から言葉が止まった。
…………松原葵は押しに弱い……だとすれば……
 互いに目を合わせる。確認の為に。お互いが同じ事を考えたことの、そしてお互いの信
頼の……。
 疑念と信頼。友情と我欲。そして、自分の想い。相反するいくつもの感情が交錯した。
いつか、疑念が実現する日が来る。それを誰がやるかは分からない。誰がやるのか……い
や、きっかけさえあればそれを行うのは自分かもしれない。
…………もしかすると、「これ」がきっかけかも知れない…………
「遅れたな」
 その時、Runeが戻ってきた。空気が弛緩する。均衡がもどると言った方が正確か。
ふぅ、と誰か……もしかすると全員……が溜め息をついた。
「遅かったようですがどうしたんです?」
 すくなくとも外見はすっかり元通りになったT−star−reverseが問う。
「ああ、まるっきり裏が無いんで逆に手間取ったぜ。名前、住所、出自ともに学園に提出
されているものもののまま。戸籍やらの個人情報も変造、偽造はされてねえ。ふつーの家
に生まれて、ふつーに育って、ふつーの学生になった、そんなとこだ。唯一普通と異なる
とすれば、前いた学校の柔道部……金鷲旗で優勝したこともある名門だが……で一年の頃
からレギュラーだった。そんなところか」
「そんな奴がなんでLeaf学園に転校して来るんだろう?」
「青いのと同じ道場に通っているらしい……部活の後でまで道場に行くってんだから青い
の並の柔道馬鹿だな」
「……そこで松原さんに惚れてここにやってきた。ってところですね……ってゆーか、さ
りげに青いってゆーな」
「やなこった……まあ、そんな所だろうな。まあ、こいつに関しては礼儀を叩き込んでや
れば事は済む」
「……『こいつに関しては』……?」
 Runeの言葉に一同は訝しげな顔をする。
「ああ、こいつのラブコールがうるさいらしくってな。青いのの調子がおかしいって綾香
がな。こっちの方が重傷だろ?」
「……そう言えばここんところ格闘部も上の空だったし……でも、それはこいつに控える
ように言えば済むんじゃないか?」
「うるさいのが急にいなくなったからはい、元通りですってタマかよ、あいつが」
「…………たしかに……それでRuneさんには策がある、と?」
 Runeを睨むようにしてT−star−reverseが問う。さっきから「青いの」
と連呼されているのが相当腹に据えかねているようだ。
「ああ、こいつを使う」
 Runeは懐から金属片をつけた細長い布きれ……『鉢がね』と呼ばれる精神感応装置
だ……を引っぱり出す。
「どうやってこんなモノを?」
 『鉢がね』は生徒指導部の所有物である。生徒指導部の長、ディルクセンの性格を考え
ると、その管理体制は執拗なものであろうと予想がつく。SS使いの中でも屈指の実力を
誇るRuneといえど、その管理体制を易々と破れるとは思えなかった。
「暗躍生徒会をあまり舐めるなよな。この程度なら第二購買部でも出来ることだぜ。で、
どうするんだ? 乗らない奴はつけなくていいがな」
「乗ります。当たり前じゃないですか」
「葵ちゃんのためだしな。俺も乗る」
「信じますよ、Runeさん」
 T−star−reverse、YOSSYFLAME、ディアルトは即答する。
「「HAHAHAHAHAHAHAHA!! Runeサンを信じるのはどうかと思い
マース」
 そんなことを言いつつアフロの上から『鉢がね』を付けるTaS。変な風にひしゃげた
アフロが非常に怪しい。
「でも、他にいい方法もない、か。僕も乗る」
 最後に、佐藤昌斗も同意する。もっとも、乗るか乗らないかなどこの五人に対しては愚
問だったのかもしれない。
「それで、具体的な策は?」
「『鉢がね』を付ければ直に思念を受けられるぜ。さっさとつけろ」
 Runeの言葉に従って全員が『鉢がね』を頭に巻く。
(……あ…………り……………)
「お、なんか聞こえてきた……」
「当たり前でしょうが。えーっとなんて言ってるのでしょうか…………」
 妙にまとまりのない思念を感じ、T−star−reverseは眉をひそめる。少な
くも、この思念が理知的なRuneのものとは思えなかった。
「……変ですねぇ。これ、混線とかしてませんか? 妙な思念が入ってくるんで…………」
(HAHAHAHAHAHAHAHA〜!!)
「TaSさん、いきなり笑い出さないで下さいよ。びっくりするじゃないですか」
「イーえ。ワタシは笑ってナンかいませン〜!」
(HAHAHAHAHAHAHAHA〜!! アフロ被りまショ〜ウ!)
「 「 「 「 「…………」 」 」 」 」
 ある特定の人物を除く全員が、微妙な顔で視線を合わせた。その間にも、精神汚染は進
行してくる。
(そうデ〜ス! ア・フ・ロ。アフロは世界を救いマ〜ス! アフロを被りまショウ! 
いッショに踊りまショウ! レェエエエエエッッッッッッ・タマダンス!!)
「TaSさん! 変な思念送らないで下さい!」
「うう、『アフロが被りたい』なんて僕の思念じゃない! けっして違うー!!」
「どうシタんデスか〜! 皆サン。HAHAHAHAHA〜!」
…………作戦失敗(始める前から)。


「はい、松原さんいらっしゃい」
 放課後、部活に向かう途中。葵は中庭で屋台に立つディアルトに呼び止められた。
(ディアルト! 上手くやれよ!)
(失敗したら許しませんよ)
(HAHAHAHAHAHA〜!)
 ディアルトの頭にそんな声が直接響いてくる。「鉢がね」の効果だが、はっきり言って
うるさい。
「あ、ディアルトさん。……ごめんなさい、これから部活…………」
(ここで『はいそうですか』なんて言うなよ、ディアルト)
(分かってます、よっしーさん。えーっと……)
「ちょっと試食して欲しいものがあるんです。少量ですしラーメンはすぐ消化されるから
大丈夫ですよ」
 いつになく強く勧めるディアルト。その背後にはきっと、見る人が見れば四人の背後霊
が見えたかもしれない……そう言えば一人はホントに幽霊だし……だが、やはりと言うか、
勿論と言うか、葵は気付かなかった。
「でも……試食ならもっと料理のうまい人の方が……梓さんとか、あかりさんとか……」
(……う、たしかに……)
(ディアルト! お前が納得してどーする? なんとかして葵ちゃんを引き留めろ!)
(……だけど……どうやって……)
(何でもあるだろ。「君に是非とも食べて貰いたい」とか「最初のお客は葵ちゃんじゃな
きゃいやだ」とか)
(……よくそんな台詞がぽんぽん出てくるな。よっしー)
(HAHAHAHAHAHA〜! ホントデ〜ス)
 Runeが持ってきたこれは確かに役立つ。リアルタイムで助言も指示もできる上、外
から怪しまれることはない……問題点はうるさくて仕方ないことと、時折聞こえてくる
Tasの声意識的に遮断しなければいけない事ぐらいだ。
 これを用いて葵を励ます。まあ、”策”を簡単に言えば、そんな様なものだ。
「……その……えー…………葵さん……に食べて…………欲しいんです……その、一番に
……」
 耳まで真っ赤にしてディアルトが言葉を継ぐ。ややあって、葵も同様に赤くなって屋台
の前に座った。同時に、嫉妬混じりの非難の声が上がる……どうしたいんだ君たちは。
(と、言うよりディアルトさんだけ役得っぽくって腹立たしいですね)
(そーそー……と、役得言えば山浦って奴。葵ちゃんと同じ道場に行ってるんだよな……)
(そうだって言ってましたけどね)
(……ってことは……葵ちゃんと寝技の練習なんかしちゃったりなんかして……あんなこ
とやこんなことや……ましてやあんなことなど……<もんもんもんもんもんもん>……)
(わーわー! よっしー、すとっぷ! ティーさんが倒れちゃいますよ!)
(……ひくひく……)
(……ああ……遅かったか……)
(HAHAHAHAHAHA〜! よっしーさんHデ〜ス)
「……ディアルトさん。どうかしたんですか? よっしーさんみたいですよ」
(ぐご!)
(どうしたんですかよっしーさん)
(……自分のキャラは分かってたけど正面切って言われるとダメージでかい……)
(それより、どう答えるべきでしょうか。YOSSYさん……)
(……ちょっと今、何も考えたくない…………)                                  
(しばらく役立たないみたいですねぇ)
(HAHAHAHAHAHA〜! 自業自得と言うものデ〜ス)
 ちなみに、現時点でまともでいるのはディアルトと佐藤昌斗それにTaS……は役に立
ってるとは言い難いか……T−star−reverseは気絶、YOSSYFLAME
はいじけている。残りの一人、Runeは先程からリンクがない。何か策があってのこと
だろうとみんなは思っているが、それ以上の詮索はしなかった。相手は”塔”のエリート
の一人であり、暗躍生徒会の参謀、Runeなのだから。
「? どうかしました?」
 訝しげに葵が覗き込んでくる。焦るディアルト。焦ると当然、思考は妙な方向へと行く
わけで……。
(ああ、葵さんが私のことを見上げていて首筋がくちびるが肩口がうなじがちょっと開い
た胸元がぁ!)
……ちょっと暴走しすぎかもしれない……(すいませんディアルトさん)。
(ディ、ディアルトさん……葵さんに失礼な妄想は……ばふ!!)
 復活しかかったT−star−reverseが再び倒れた。
(ディアルトさん!!)
「ディアルトさん?」
(HAHAHAHAHAHA〜! どうしましタカ〜? でぃあるとサン)
 昌斗と葵の声がハモった……まあ、ディアルトの頭の中でだが……それでようやく冷静
に帰るディアルト。
「ディアルトさん大丈夫ですか? 顔色が悪いような……」
「あ、いやなんでもないですよ……ちょっと上手くできたか不安でしてね」
 曖昧に笑って誤魔化しつつ、先頃仕込んだ特製麺を取り出す。
「あ、すごく細いんですねー」
「はい、ティーさんに教えて貰った本場の麺なんです。なんでも、向こうのプロともなる
と髪の毛よりも細い麺を打てるらしいんですよ。まあ、私にはこれが精一杯ですね」
「それでもすごいですよ!」
 尊敬のまなざしで見上げる葵と照れるディアルト。実はこのラーメン、特別メニューに
とディアルトが暖めていたものである。和・洋・中・世界中の料理から厳選された技術を
惜しみなく投入し、最高の味わいを与える逸品である。このような好機に日の目を見れる
幸運に結構ディアルト自身内心感激していた。
(……役得ですね……ディアルトさん)
(HAHAHAHAHAHA〜! マったくデス)
 もちろん、仲間にはだだ流れだ。
「はい、のびない内に食べて下さい」
「いただきます……おいしい! 本当においしいですよ!」
 感動しながら麺をすする葵。だが、その手は二口目には行かなかった。
 それどころか、無理に笑った瞳から一滴、二滴、雫が落ちる。
「……あれ?」
 自分でも分からない。そんな顔をしながら葵はそっと涙が通った後を指でなぞる。その
指が、僅かに震える。いや、指だけではない。小さな肩も愛らしい唇も……全身が何かに
怯えるように震えている。
「葵ちゃん!?」
(てめえ、ディアルト! 葵ちゃんに何しやがった)
 いつの間にやら復活したYOSSYFLAMEがつっかかる。が、ディアルト自身、な
にが起きたのか分からない。どうして良いのか分からないまま狼狽するのみ。
「あ、葵ちゃん? どうしたんですか? 一体……」
「すごいですね、ディアルトさんは。……圓明流も、倭刀術も、気功法もできるのに……
こんな、こんなおいしいラーメンが作れるんですから……私なんか…………私なんかただ、
拳を握ることしか出来ないのに……それなのに…………それなのに!」
 どん! どん! どん!
 葵が屋台を叩く音が妙に大きく中庭に響いた。
「……葵ちゃん……」
 ディアルトには返す言葉はなかった。彼の送ってきた人生とて並大抵のものではない。
しかし、目の前で涙を流す少女を救う助けにはならなかった。ただ、その前で立ちつくす
ことしか出来なかった。
「くっ!」
「ああもう!」
 YOSSYFLAMEと昌斗は走り出した、中庭に向かって。策とかそう言ったもの
は忘れた。そんなことより葵に駆け寄ってやりたかった。何が出来る訳でもない。多分、
隣で突っ立てることぐらいしか出来ないだろう。それでも、隠れていることなんて出来な
かった。一緒に、いたかった。
「自分をヒゲしてハ、ダメデ〜ス」
「……え?……」
「TaSさん?」
 が、突如として巨大なアフロが葵の隣に出現した。……ディアルトにも、そして他のシ
ンクロしているものにもまったく気付かせることなく……ってゆーか、完全に出し抜かれ
た。
 驚愕するディアルト(と、シンクロしている佐藤昌斗&YOSSYFLAME)を無視
してTaSは葵の拳を掌で覆い、真っ白な歯を見せて笑う。
「葵サンの拳ハ、葵サンノ全部ヲ伝えてくれマ〜ス。葵サンが生きてきた道ヲ、修練シた
時ヲ、格闘技ヲ愛する心ヲ。そシて、何よリ葵サンの拳は、ワタシたちヲ……好恵サン、
綾香サン、格闘部の皆サン……Leaf学園のみんなト葵サンを繋げたくれたのハ〜、
この拳デ〜ス」
(………TaSさんが………まともな事言ってる…………)
 誰だかが、やっとと言ったように思念を飛ばす。
「葵サン。教えて下サ〜イ。ナニがあったのデ〜ス?」
「……あう……はい?」
 あまりのことに思考が止まっている葵。その横ではやはりディアルトも止まっている。
「そうだよ葵ちゃん! 最近元気無いぜ。どうしたんだよ?」
 ようやく駆けつけたYOSSYFLAMEが叫ぶ。直に見ていない分、ダメージは浅か
ったのかもしれない。
「僕たちじゃなんの力になれないかも知れないけど、話してみるだけでも気が楽になるよ」
 遅れて昌斗も到着した。ぜいぜいと肩で息をしているところを見ると、かなり無理をし
てやってきたらしいことが伺える。
「教えて下さい、あなたを苦しめる事を。私たちは……友達じゃないですか」
 いつの間にやらT−star−reverseも復活している。
「……はは、みなさんには隠し事は出来ませんね。…………はい、あれは柔道の道場に行
った時の事です…………」
 そして、葵は話し出した。


 その日の稽古も充実したものだった。柔道を始めてまだ日が浅かったが、それでも回を
重ねるごとに新しい技術が見に焼き付いて来るのが分かった。
 だが、打撃の動きに慣れた体に組み技を定着させるのは、週一回では少なすぎるのも事
実だ。
(時間が欲しい。でも、これ以上打撃の時間を削ることも出来ない……)
 まだ発展途上の打撃を放っておいて組み技に終始することもできない。袋小路に詰まっ
たというのはこういうことを言う。
「出来ることは一つ。精一杯やるだけ!」
 確かに、短時間で効果を出したいなら、その分密度の濃い練習をする必要がある。こん
な時には結局、まともな回答しか出ないものだ。
「おい! そこの小さいの」
 その時、後ろから呼び止められた。
「見慣れない顔だな。どこの中学だ?」
 柔道着がやけに似合う坊主頭の大男がそこにいた。名前は確か山浦とか言った。
「え? あ、あの……私はLeaf学園の……」
「ん? なんだ、女か。まあいい。……っかしなるほど。Leaf学園な。噂通りとんで
もねえ所だな。中坊でこれか……」
「え? あの……私、高等部なんですけど…………」
 山浦は意外そうな顔をする。てっきり中学生とばかり持っていたのだ。ついでに言うと
女とも思っていなかったらしい。
「お、わりぃな。しかしLeaf学園か……柔道部無いだろ、たしか」
「あ、はい。格闘部に在籍してます」
「……もったいねえ…………なあ、本格的に柔道をやる気はないか? ……才能あるよ、
お前」
「…………ええ!!」
 『才能がある』正面切ってそう言われたのは初めてかもしてない。確かに彼女は充分な
格闘センスを持っている。努力を苦にしない性格でもある。これは、才能と言ってもいい
だろう。しかし、彼女の隣には常に来栖川綾香がいた。葵に賞賛を向けるものは皆、先に
綾香を賞賛した。葵にとってもそれは当然だった。才能は遙かに綾香が勝っているのだか
ら……そう、思っていた。
「お前なら世界が獲れる。いや、『伝説』になれる。山下やヘーシング、田村みたいな、
伝説的な選手にだ」
「……冗談……ですよね?」
 さもなくば夢だ。自分なんかが「伝説」だなんて……葵には信じられなかった。
「冗談でこんな事を言うか。今からでもちゃんとした指導者について柔道に専念すれば……」
 慣れない賞賛にのぼせていた頭が急に冷やされる。「柔道に専念」と言うことはつまり
「エクストリームを止める」と言うことに他ならない。そんなわけには行かない。
「格闘部を止めなくっちゃだめなんですか?」
「中途半端で勝てるほど甘くはねえよ。……しばらくは俺が面倒みる事になるだろうけど
近い内にいいコーチとかもついてくれるはずだから……」
 勝手に話を進めながら山浦は微笑んだ。裏を感じさせない好意的な笑顔だ。
「……その……折角ですが…………エクストリームを止めることは……」
「なんでだ?」
「目標の人がいるんです。その人は、すごく強くて、その……私の目標なんですっ!」
「ふーん。誰だかはしらねえが、そいつのケツ追っかけてってもそいつは越えらんねえか
らやめとけ。大体、そう言う生き方は才能がある人間がしちゃいけねえよ。お前は、誰か
の目標になる人間だ」
「で、ですからエクストリームで……」
「別にエクストリームにこだわる必要はないだろう? お前が柔道でそいつ以上の名を残
せばそいつに勝った事になるだろ? それに、柔道の世界クラスには『天才』なんてゴロ
ゴロしてるぜ。柔道の競技人口はエクストリームの比じゃねえからな。どっちがいいかよ
く考えろ。……ああ、そうだ後で世界戦のビデオをやるから見とけよ」
 そう言って山浦は去っていった。


「……わたし、その後ちゃんと答えを出してないんです……出せないんです。その……エ
クストリームは止められません。止めるつまりはありません。……でも、柔道のトップク
ラスに綾香さんに匹敵する人がいるなら…………戦ってみたい、です。その機会を捨てた
くはないんです…………ホントに……ホントに中途半端な、身勝手な……」
「そんなことないよ! 強いひとと戦えるチャンスを逃す事なんてできないよ。僕も、そ
う思う」
 佐藤昌斗がフォローに行く。グラップラーの時感じた充実感は、今でも忘れることは出
来ない。自分が同じ立場に立ったときはやはり同じように苦悩するだろう。
「ああ、そうだ。強い人と戦える機会をすてる事はないって。『強くなりたい』ってのが
葵ちゃんの願いなんだからさ。なにか……なんとかする方法を考えよう」
 YOSSYFLAMEも同意する。彼は元より他の連中も全力を持って葵の為になりた
いと願っていた。
「とりあえず、山浦さんの説得をお手伝います。それからですね」
「……ティーさん、よっしーさん、昌斗さん……」
 ほろり、と葵の頬を涙が流れる。……先程とは違う……喜びの涙が。
「もし、山浦さんがダメでも大丈夫ですよ。柔道のコーチだったら私もある程度は出来ま
すから」
「……ディアルトさん……」
「HAHAHAHAHA〜! エンジョイ・ユア・ライフ。デ〜ス!」
「TaSさん……みんな……ありがとうございます……ありがとうございます!」
  葵は、涙を流しながら礼を言っていた。いつまでも、いつまでも。


 山浦が目が醒めると保健室だった。頭には白い包帯、木刀でぶん殴られた怪我を治療し
たあとだ。
「……っっっっつ、痛え……全く無茶苦茶しやがる」
「お前もな」
 声の向こう側に一人の男がいた。先程、山浦を囲んだ六人の一人、Runeだ。
「……他の連中は?」
「今に帰ってくるだろうな。それより、話がある」
「……松原のことならあいつと俺の問題だ。お前らが口出し……」
 身構えるように睨み付ける山浦。その目の向こう側に僅かな困惑を見て取ってRune
は嘲笑する。……困惑が恐怖に変わるように。
「それについてはどうでもいい。つーか、騒ぎが起きるのは望むところだ。ただ、俺はお
前のことを思っていってるのさ。お前には家族もいるんだろ?」
「お前! ウチの家族を……」
 明らかに狼狽する山浦。普通の高校生の常として脅迫を受けた経験などない。必要以上
な反応をするのもやむを得なかった。
「だから俺は何もする気は無いさ。ただ、ウチの学園は荒っぽい連中が多い。気を付ける
ことだ」
 それを見て取ってRuneはわざとらしく肩をすくめて見せる。もちろん、脅迫などす
る気もない。そこまでの価値も無いだろうことを知っている。
「……分をわきまえろってことかよ…………」
「いいや、『和を持って尊しと為す』さ……さて、青いのがそろそろ来る。いい返事を聞
かせてやれよ」
 そうRuneが言ったと同時に保健室のドアが開いた。
「山浦先輩!」
 葵が試合前のような顔をして入ってきた。その後ろには五人の男達が騎士のように付き
従う。
「山浦先輩! わたしは強くなりたいです、強い人と戦いたいです。柔道でも、エクスト
リームでも。強い人と戦える機会があるなら逃すことは出来ません! ですから、柔道も、
エクストリームもやります。両方中途半端にはしません!」
 真っ直ぐに葵は見上げる。後ろの男達も同じ視線を山浦にむける。一点の迷いもないた
だ、可能性だけを見据える視線を、晴れやかなその顔を。
 綺麗な顔だ、とその場の皆が感じていた。
(葵ちゃん、可愛いぜ!)
(輝いてますよ! 葵さん!)
(……いいよなぁ。可愛いよなあ)
(はああああ、ぎゅーって抱きしめたしまいたい……)
(なかなかいい顔だな、青い人)
(HAHAHAHAHA〜!)
 などと六人衆が惚れ直しているとき、山浦は難しい顔をして葵を見ていた。
「…………分かった。俺のできる限りお前を鍛える」
「はい!」
 おお、とどよめきが走った。ここまで丸く収まるとは全員が……Runeですら……
思ってはいなかった。思ったよりもいい奴かも知れないとすら思い始めていた。
「……で、格闘部は止めるんだな?」

「 「 「 「 「 「 「 分かってないんかい!! 」 」 」 」 」 」
 六人全員のツッコミはさすがにキツかった。


 人の出会いは常に好ましいものばかりではない。しかし、それを好ましいものに変える
ことは出来る。……その者たちの努力次第で。
 さて、この「出会い」は果たして彼女に、そしてLeaf学園に好ましいものとなるか。
それは、まだわからない……。

――翌日――
「松原! 背負いの投げ方には数パターンがあってなー!」
「今日は打撃の練習をー!」
「打撃などいらん! 柔道はそんな中途半端で極められるほど甘くはない!」
「誰か助けて下さいいいいいいいい!!」
「邪魔するなら出てけえええええええ!!」
…………まあ、格闘部に新しい風景が生まれたと言っておこう。


****************************************
余談:
「………かわいいよなぁ……松原さん」
「あ、やっぱお前もそう思う?」
「うわ、やべ。俺、前に松原さんスタンバトンでぶん殴っちゃったよ!」
「てめえ! なんてことを!」
「仕方ないだろ。上からの命令だったんだし……」
 生徒指導部の連中が青い人六人衆の影響を受けてたり。

****************************************
余談:2
「と、まあこんな所ですか。サブリミナル程度と思っていましたが、効果は予想以上でし
たね」
 Runeは暗躍生徒会の首領月島拓也に報告を行っていた。報告書には『生徒指導部の
葵萌え比率』と書かれている。
「ほう、なかなかの効果だ。しかしむしろ、私が注目したいのはTaSが着用したときの
周りの人間の行動だな。SS使いですら浸食するアフロの精神汚染…………。
 なあ、Rune。生徒指導部全員が一斉にタマダンスを始めたら……瑠璃子は笑ってく
れるだろうか?」
 くっくっくっくと、月島拓也の笑い声が低く、どこまでも低く響いた…………。