私的Lメモ第二話 「学び舎に響け恋の詩」 投稿者:山浦


――――わたしの胸の中に刺さる棘――――
 それは、
時に針となり、
時に杭となり
私を責めさいなむ。

―――あの人の微笑み―――
 それだけが、
この棘を溶かすことが出来る魔法
この苦しみを喜びに変える魔法

「…………ふぅ……」
 書きかけのポエム帳を閉じつつ、溜め息をつく。
…………これが、年頃の女の子だったら、可愛らしいとかなんとか表現できようものなの
だが、厳つい面の大男がやってるんだからそりゃあもう…………。
 件の大男……山浦だが……がいつから始めたのか本人も忘れたが、心の整理がつかない
とき、自然とこれを開いてポエムを書いている。だが、その量もここ2,3日で急激に増
加した。
 それに反比例するように睡眠時間は減っている。目を瞑るだけで、”あのこと”があり
ありと浮かび上がってくるから…………。
 全てはあの日、あの時から始まった。


私的Lメモ第二話 「学び舎に響け恋の詩」


「来栖川……さん……だよな」
 日に映える翠の黒髪を呼び止める……その時既に彼は魅入られていたのかも知れない…
…しかしともあれ、来栖川芹香は呼び止められ、「それ」はここから始まった。
「…………」
 振り向く。ふわり、と艶やかな髪が舞う。一瞬遅れて、黒いベールの向こう側から優し
げな表情が覗く。
――――綺麗だな――――
 ごくごく当たり前の感想しか彼の頭には湧いてこなかった。それ以外の感覚が入り込む
余地がない、とも言えた。
「…………」
「んあ………ああ、なんですかって? ああ、いや……来栖川さんでいいんだよな?」
 彼の反応はやや遅れた。おろおろとした風情で再び問う。彼の無骨な外見に似合わぬそ
の仕草は、滑稽であった。
 こくん。
 来栖川芹香の返事は簡潔だった。ただ肯いて、じっと相手を見上げる。
 芹香を遙かに睥睨する巨体は縦にも横にも大きい。顔は、天然の岩を荒く切り出したか
のように厳めしく、作りが大きい。
 何となく、執事のセバスチャンに似ているところがあると、芹香は思った。
 その男が、落ち着かなげに視線を逸らす。顔は紅潮させ、手を無意味に握ったり開いた
りしている。明らかに、何かを言いたげである。
「…………ああ、いや、本人なら良いんだ。しかし……なんか、イメージが……まあいい。
ちっと話しておきたい事があんだけどもよ。いいか?」
 慌てたように、やや棒読みがかった口調で……まるで用意していた言葉を思い出しなが
ら話しているように……彼は言う。いや、実際その通りなんだが。
「…………」
「いいんだな。でだ、話しってのは……お前さんが今やってることでなんだがな。お嬢様
のお遊びってんなら早い内に止めてくれねえかな?」
 『話し』の内容に芹香は眉をひそめる。
 オカルトの話だとすれば、彼女が中途半端な気持ちで儀式を行った事など一度もない。
芹香は、一瞬考えてから、相手を正面から見据えて断言した。
「…………」
「お遊びじゃない? 部活も一生懸命やってるし、卒業後も続ける? …………来栖川の
家は関係ないって? そうか……いや、真面目に考えてるなら構わねえ」
 そう言って大男が照れたように笑った。見ているだけでこの男の単純さがよく分かる笑
みだ。しかも、その顔には、『慣れない事をして緊張した』と、拡大強調文字で書いてある。
「…………」
「ん? なんでそんなこと聞くかって? ああ、中途半端に才能ある人間が遊び半分でう
ろちょろすると周りが迷惑するからな。そんだけだわ」
「…………」
 遊び半分ではありません。
 それも、芹香には断言できる。彼女の視線はいつものごとく優しげであったが、その奥
には強い意志が見て取れた。
「ああ、そいつは良く分かった。これなら松原が目標にしてもいいわな。……しっかし、
なよっちい体だよなー。よくこれで格闘技なんてできるもんだ…………」
「…………?」
 芹香はもちろん格闘などしたことはない。妹とは違い、彼女は根本的に運動は苦手であ
る。
…………それとも、オカルトと格闘技とは何か密接な関わりがあるのかも…………
 芹香が、そんなことを考えていると、またもや背後から彼女を呼ぶ者があった。
「あれ、姉さん。どうしたのその人?」
 今度の相手は顔を見なくても間違えることはないだろう。妹の綾香だ。
「…………」
「ふぅん。呼び止められて。オカルトを真面目にやってるか聞かれたんだ。へー、なんで
そんなこと聞かれるわけ? ……しらないって姉さん……大体この人だれ?」
 少し首を傾げて当てて芹香は考える。そう言えば自己紹介をした覚えがない。
「あのねえ。『どなたでしたでしょうか?』じゃないでしょうが、姉さん。……ふぅ、ま
ったく抜けてるんだから……それで、アンタ何者? 姉さんに何の用?」
 大男から姉を守るように綾香は立つ。姉に向かっているときとは目つきからして違って
いた。事あらばいつでも攻撃に出る、と全身で語っている。猫科の獣を思わせる瞳が針の
先のように細く絞り上がる。
「…………へ? ああ? あ、俺は山浦。こないだ転入してきたモンだが……」
 綾香の警戒にも気づくことなく山浦は答える。返事の声が裏返ってたりするのは急に話
を振られたせいだろうか?
「あ〜。葵のとこに押し掛けてきたとか言う」
 話しだけは綾香も知っている。格闘部に来たらどの程度の格闘家か見よう。その程度の
認識はあった。それ以上の興味はなかったが。
「……えっと、それでそちらは……」
 山浦がやっと、と言った様子で聞いてくる。まだ、混乱から立ち直っていないらしい。
ただ話を振られただけでここまで動揺する奴もいまい。たとえそれが今時珍しい体育会系
馬鹿でもだ…………つまりこいつも薄々気付いてはいるのだ……今の状況……というか、
自分のやらかした事を。
「アタシ? アタシは来栖川綾香。葵から聞いてない?」
――――ぐぉ――――
 綾香の応えに山浦は声無きうめき声を上げる。
「……それで、そちらは…………」
「…………」
 綾香の姉で来栖川芹香と言います。
「…………」
 沈黙。
「…………」
 綾香も沈黙(←山浦が何か言うものと思っている)。
「…………」
 芹香も同様(←これはいつものこと)。

でえええええええええええええええええええええええええ!!

 山浦は心の中で叫んだ。ぐにゃりと風景が歪み、畏れるように自らの顔を覆う……ムン
クの「叫び」そのまんまの心象風景が頭の中を駆けめぐる。本当は絶叫したい所だったが、
驚きのあまり声が出ないのだから仕方ない。
「…………す、すんませんでした!」
 とりあえず平伏挺身。ほとんど土下座しかねない勢いで謝り出す山浦。
「…………もしかして、姉さんとアタシ間違えたとか?」
「…………」
 そうなのでしょうか?
「その通りッス! 失礼しましたぁ!」
 山浦、頭下げっぱなし。既に土下座を開始してたりする。うすらでかい体を必死で丸め
る姿が妙に笑いを誘う。
「ああもう。セバスじゃないんだからそんな大げさに謝らないでよまったく……。それで
アタシに何の用?」
「…………」
 オカルトを真面目にやっているかとこの方は言われていました。と、芹香が替わって答
えた。
「オカルト? アタシやってないわよ。やっぱ、姉さんに用なんじゃない?」
「あ、いや、そうじゃなく。格闘技をどれほど真剣ににやっているかって聞きたかったん
だが……」
「当たり前じゃない。遊び半分でで勝てるほどエクストリームは甘くはないわよ。……そ
れがどうかしたの?」
 当たり前のように答える綾香。いかに彼女といえど日々の努力と勝利への情熱抜きにし
て「格闘技の天才」としてLeaf学園に君臨出来るはずもない。
「いや、それなら問題ないんだが……」
「なに? お嬢様のお遊びだったら許さないとかそんなつもりだったとか〜?」
 にへら、と綾香は人の悪い笑みをこぼしながら山浦に詰め寄る。もちろん、図星である。
隠したつもりの内心を読まれて焦る山浦。いや、思いっきりバレバレでも本人は隠してい
るつもりだったのだから仕方ない。
「うえ……と、その。えー…………」
 実際、お遊び半分の気配が僅かでも入っていたら、相手が女だろうとその場でぶん殴っ
てでも止めさせるつもりが山浦にはあった。
(…………お遊び半分の人間のケツを松原に追わせるわけにはいかねえ)
 それは、こいつなりの使命感の現れだった。だが、現実はこの体たらく。現実は上手く
いかないものである。
「と、とにかく。申し訳ありませんでしたぁ!!」
 とにかく、平謝りを決め込む山浦。それを見下ろしつつ、綾香は笑う。ちょっと人の悪
い笑みだ。
(まあ、もう少し虐めても罰は当たらないわよね〜。向こうが悪いんだし)
 そんなことを考えてたりする。彼女も結構な悪人だ。いつも着いて回る男の性分が伝染
ったのかもしれない。
 それはともかく、綾香が何をしてやろうと考えているその間に、芹香が一歩前に出た。

 なでなで

「へ?」
「…………」
 怒っていませんよ。
 そう言って、芹香は土下座する山浦の頭を撫でる。どこまでも優しく、いかなる罪をも
許す聖母のように。
「…………え……あう……あ、ありがとうございます! そ、それではジブンはこれで!」
 顔を赤くして山浦は立ち上がり、逃げるように駆け出す……と言うか逃げた。なぜか、
彼女を直視することができない。だが、幸福な感覚が胸を満たす。こんな感情を抱いたこ
とは今まで無い。
 がむしゃらに走りながら彼女の姿を思い出す。それだけで、いてもたってもいられない。
自分のなかから破裂しそうなくらいに膨れ上がってくる「何か」が抑えきれない。
「これは……まさか……こ、こここここ、こ……」
 「い」と言おうとしたときである。

…………足下に階段。しかも下り…………

――どんがらがっしゃーん――!
「いいいいいいいいいいいいいいい!?」
 前方不注意事故の元、である。


 山浦が眠れぬ夜を過ごしたこととは何の関わりもなく、Leaf学園には今日も朝が来
る。
 ともなれば、勿論遅刻者と風紀委員との血で血を洗う壮絶な戦いが展開されるのだが、
ここでは触れないでおこう。ってゆーか、ネタもないし。
 とりあえず、遅刻争いとは(今日のところは)関わり合いのない佐藤昌斗はいつものご
とく、愛刀の運命を携えての登校であった。
「いい朝だねぇ。運命」
<全くです、主>
 年寄りのような会話をしながら教室へと急ぐ。たとえ遅刻がなくなったとしても、時間
は少々遅い。急ぐフリぐらいはしておかないといけない時間帯だ。
――と、そのとき――
 ちゅどどどどどどどどどどどどどど〜〜〜〜〜〜!!
「た〜まや〜」
 と、言いたくなるような”仕掛け”が校門のあたりで発動した。イメージとしてはそう、
仕掛け花火の「ナイアガラ」の爆薬バージョンと思ってくれればいいかもしれない。校門
や外壁をよじ登ろうとした遅刻者達がまとめて吹っ飛ばされる。
<真藤さまの仕掛けですね>
 運命が昌斗にのみ聞こえる”声”で言う。
「ああ、風紀委員も物騒になったなぁ。おちおち遅刻もできないよ」
<主! 遅刻などは進んでするものでは…………おや? あれは………>
 いつものように愚痴ろうとする運命が珍しく止まる。
「どうしたんだ? 運命」
<……主……気をしっかり持って下さいね>
 深刻な口調で運命は言う。まるで親類の訃報を聞かされたような口調だ。
「なんだい?いったい。……親戚の誰かに不幸があったとか?」
<刀の私に親類縁者はおりません! ……まったく……ぶつぶつ……>
「まあまあ。それで、なにがあったのさ?」
<…………主、あちらを……>
 運命が示す方向をみる昌斗。
……そこには、少女がいた。小柄な体つきに青い髪。頬には今日もバンドエイドが張られ
ている……松原葵。昌斗の想い人である。
「あ、葵ちゃんだ」
<……主……ボケも大概にしてください……>
 運命が怒るのも無理はない。松原葵の前には彼女の押し掛け師匠を自称する山浦もいる。
大概の人間なら、体積の分こちらに先に気づくものである。それに、奴が今やっているこ
とを見たなならなおさらに…………。
「気づいてたって。まったく運命はおばさん臭いんだから……」
<……でしたら! 彼が今、なにをしているか、主はわかっているのですか!?>
「なにって……手紙渡してるんだろう? ハートマークの封がしてある便せんの…………
って、ああ!!」
 ようやく事の重大性に気づいたらしい昌斗。慌てて教室の方へ駆け出す。
<まったく、主がのんびりしているからこんな事に…………>
「よっしー! ティーさん! ディアルトさん! 大変だよ! 葵ちゃんが、葵ちゃん
が!」
 校舎をダッシュで駆け抜け、教室に入るなり昌斗は仲間……同じ女性に惹かれる仲間た
ち……を呼ぶ。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
 おっとり刀でティーがたしなめる。この辺のまとめ役は年長者としての彼の役所だ。
「うん。さっきそこで葵ちゃん見かけて……えーっと、なんだっけ?」
「俺に聞くなよ」
 昌斗はYOSSYFLAMEにではなく、運命に聞いたつもりだったのだが。
<……まったく……葵様に山浦というものが恋文を送っていたのでしょうが>
「え? そうだったの? 俺はてっきり……」
「……おい昌斗……なんで独り言を言ってるんだ?」
 気味悪げにYOSSYが昌斗を見る。見回せば、昌斗の周りばかりではなく、教室中が
同じような顔をしていたりする。友達をやめたくなる瞬間ってのは確かにあるもので……
まあ、この場では関係のない話だろうが。
「うん。さっき葵ちゃんを見かけたんだけど、山浦さんが葵ちゃんにラブレターを渡して
…………って、ええ!!」
 自分の発言に驚く昌斗。本当にさっきまで状況がわかっていなかったらしい。
<……主……今回はボケ倒しもいいところですね…………>
 さめざめと泣きを入れる運命は放っておくとして、(YOSSY、ティー、ディアルト、
昌斗の)四人は机を中心に頭を突きつけ合う。
「そうですか。……考えてみれば当然ですか。彼は葵さんのためにここに来たのですから」
「RuneさんとTaSさんには休み時間にでも知らせるとして…………」
「どうするか。ってことだよなぁ。俺達が……」
「どうするの?」
「…………さあ?」
 まあ、誰が誰に惚れようともそれ自体についてはどうすることもできないのだが……。
「……まあ、とりあえず。どうするかはあとで、みんなが揃ったときにでも決めるとしま
しょう」
 そう、ティーがまとめてその場はお開きとなった…………で、結局集まることは無いん
だけど、それは後の話。
 だが、その時、教室の隅で密やかに牙を研ぐものがいたことを、彼らは知らない……。
「ふっふっふ、これはいいことを聞いたわ!」
「何やってんだ、志保?」
「ヒロ! ここで名前を出すんじゃ無いわよ!」
…………まあ、周囲にはバレバレみたいだけど……。


――昼休み――
 松原葵から突っ返された手紙を眺めながら山浦は深くため息をついた。
「まあ、考えてみりゃ当たり前だよな」
 『来栖川先輩に渡してくれ』などと葵に言った所で、芹香と大して仲良くもない彼女が
承知するはずもない。いや、仲が良くても承知しないかもしれない。
「……手前のことだ。手前でやるしかないか……」
 悩むのは、昨夜一生分やった。その上で自分の気持ちを伝える事を選んだのだ。後は、
行動する以外に選択肢はない…………と、自分を追い込んでやる。この辺の集中の仕方は
柔道の大会などでなれたものだ。慣れていないのは『女の子に告白する』という行為その
ものだ。
「…………気合い入れろ、気合い入れろ、気合い入れろ、気合い入れろ…………」
 ぶつぶつと口の中で呟いてから大きく息を吸い込む。そして……
「俺ってストロングだぜー!!」
 気合い一閃。
 周囲の窓がびりびりと震えた。遠巻きにする付近の奇異の視線などものともせず、山浦
は三年校舎への道を急ぐ。
 その時である。
『ハーイ、Leaf学園の諸君! 元気してるかな? 恒例の志保ちゃんニュースの時間
がやってきたわよー!』
 発辣とした女性の声がスピーカーから流れて来た。
『……恒例なのか?』
 放送は二人の掛け合いで行われるらしい。どうやら全校放送らしく、一年校舎や、三年
校舎からの反響が少し遅れて響いてくる。
「昼の放送か」
 と、その時は気にも留めなかったのだが…………
『うっさいわねデコイ、あんたは黙ってなさい! …………とと、それじゃトップニュー
ス行ってみましょうかぁ! 山浦ってのがいるでしょ? こないだ松原さんに惚れてる連
中にボコされたでかいのね。あいつが今朝方、な、な、なんと! 松原さんに告白してい
たのを発見されましたぁー! で、気になる松原さん周辺の反応なんだけどー……』
「ふ、ふざけるなー! おい、この放送どこから流れてるんだ!?」
 山浦は激昂した。何に対してかはこの際置いておくとして、近くにいた男子生徒K.H
君(仮名)を締め上げて志保の居場所を吐かせる。
「ぐええええええ、なんで俺がこんな役割を〜! つーか仮名にすんなぁ〜!」
 で、そのまま去る。
「大丈夫? 浩之ちゃん?」
「…………げほっ、げほっ、げほっ……くっそ志保の奴なにしてやがんだ〜?」


「何してる、って聞かれてもねぇ」
 全校放送が流れる少し前、志保とデコイは放送機材を前にしていた。
「ニュースソースがあるならそれをより早く、迅速に視聴者に伝える。ってのがジャーナ
リストの使命なのよ」
 志保がすっとぼけて言う。ちなみに「早く」も「迅速」も同じ意味だ。
「すっとぼけんなって。誰が誰に惚れたなんて放送乗っ取って伝えるこっちゃないだろ?
 大体、最近転入してきたばっかの奴の行動なんてニュースソースになるかよ!?」
「あ〜らデコイ。転入してきたばかりだからニュースソースになるんじゃない。と・に・
か・く、今日はこいつで決まりよ!」
 志保は静かに……十分うるさいという話もあるが……復讐に燃えていた。そう、前の一
件(私的Lメモ そのいち『葵の思いと押し掛け師匠』)でかかされた恥は忘れていない
……そう、動機は立派な逆恨みである。
「……はぁ、わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
 まるで聞くつもりのない志保にデコイは諦めたように従う。この辺は惚れた弱みという
奴だ。
「…………ま、志保って肝心な所が抜けてるからなぁ」
「なんか言った?」
「何にも言ってない…………と、用意できたぞ」
「待ってました! ハーイ、Leaf学園の諸君! 元気してるかな? 恒例の志保ちゃ
んニュースの時間がやってきたわよー!」
 淀みなく志保が話し始める。立て板に水と言うか、こんな時の志保は太陽のように輝い
ている。デコイにとっては、この輝きを絶やさぬ事こそが使命であり、望みであった。
「恒例なのか?」
「うっさいわねデコイ、あんたは黙ってなさい! …………とと、それじゃトップニュー
ス行ってみましょうかぁ! 山浦ってのがいるでしょ? こないだ松原さんに惚れてる連
中にボコされたでかいのね。あいつが今朝方、な、な、なんと! 松原さんに告白してい
たのを発見されましたぁー! で、気になる松原さん周辺の反応なんだけどー。とりあえ
ず、暗躍生徒会の方からRuneさんの談話を頂いてるんで、どうぞぉ……デコイ、テー
プ流して」
「やってるよ。……さて、どーなることかなぁ」
 何らかの報復行為が待っている事は予想できる。その時、(今回ばかりは)志保を守る
者は自分以外にいないこともわかっている。
「……こんどは……ちゃんと守る……」
「ん? なんか言った?」
「なんにも言ってねえよ。それより、そろそろテープ終わるぞ」
 デコイは再び機材に向かう。あんな事を言った後では、例え相手が聞いていないにしろ
かなり気恥かしいものである。
「はいはいは〜い…………とまあ、かなり余裕のRuneの談話だったわ。しかし! 我
々情報特捜部はそれに満足することなく、更に追求の手を深めたわ!」
「追求って……Runeに話聞いただけじゃん」
「デコイ、あんたは黙ってなさい! ……ええっと、そうそう。追及の手を更に深めた私
は、更にとんでもない情報を手にしたのよ! なんとそれは……」
「長岡志保ってのは居るか!?」
 『志保ちゃんトーク』に熱が入ってきたその時である。大音響を伴って一人の男が乱入
してきた。言わずとしれた山浦である。怒り肩に真っ赤な顔、坊主頭には血管が浮き出て
いる。かなり頭に来ているご様子だ。
「ええ!? なんでここに!?」
「そこにいた目つきの悪いのに聞いた」
「ヒロの奴…………裏切ったわねぇ!」
 裏切ったとかそういうレベルではない気もするが、志保が歯ぎしりをしている間にも山
浦は迫ってくる。
「お前! どういうつもりだいったい!?」
「……ジャ、ジャーナリストが真実の報道をしていけないかしら?
 冷や汗をたらたら流しながら志保は虚勢をはる。その顔の裏側では高速で状況を打破す
る手段を考えている。ちなみに、その中に『頭を下げる』という項目はない。
(もしもの時にはデコイがいるんだから……逃げる時間ぐらいは…………っていないし!)
 そう、いつの間にやらデコイの姿はない。どこかに隠れているのかもしれないが、志保
にデコイの隠行術の看破できるはずもない。
「人の惚れたはれたがそんなに楽しいか。お前!?」
「何言ってんのよ。アタシはアンタに協力したようなもんじゃない!? 全校ネットで流
れるのよ? 他の連中に対する牽制にもなるじゃない」
(逃げたわね〜、デコイ! ゆるさないんだから!)
 苦しい屁理屈をこねつつ志保はじりじりと下がる。腕力で来られたら彼女に勝ち目はな
い事ぐらいは誰の目にも明らかだ。
「そういう問題じゃねえだろ!」
「……けどよ、お前が松原さんが好きなのは事実なんだろ?」
(デコイ、何やってたのよ!?)
 怒り狂う山浦の背後に、突如としてアフロ頭が出現した。同時に、山浦には見えない位
置から志保に指で何かを押すゼスチャーを見せる。
(……押せ? 何を? …………ああ!)
 志保が悩んだのは一瞬だった。すぐにデコイの意図を読みとる。それとほぼ同時に、山
浦がデコイの言葉に応えて叫ぶ。
「違う! 俺が好きなのは来栖川芹香先輩だ!!」
――――間一髪、間に合った――――
『俺が好きなのは来栖川芹香先輩だ!!』
 一瞬遅れて、スピーカーから山浦の声が響く。一瞬にして山浦の動きが止まった。
――好きなのは来栖川芹香先輩だ――
――来栖川芹香先輩だ――
――芹香先輩だ――
――先輩だ――
 山彦のように幾度となく続く反響が、状況を物語っている。

――――俺が好きなのは来栖川芹香先輩だ!!――――

 続いて、一年校舎からの反響が届く。硬直する山浦が錆が入った人形のようにぎこちな
い動きで後ろを振り返る。指先でつついたらそのまま崩れ落ちそうな勢いだ。

――――俺が好きなのは来栖川芹香先輩だ!!――――

 さらに、三年校舎方面からも同様に反響。
…………トドメ……である。
「だ、だぁぁああああああああああああああああああああああああああ!」
 奇声を上げて山浦は逃げる。もしかしたら、このまま穴でも掘って逃げる気かも
しれない。
「えー、以上。情報特捜局、長岡とデコイがお伝えしました」
 志保が最大に上げたマイクの出力を通常に下げつつ、デコイはアナウンスした。
「うまく行って良かったな志保……どうした、し……」
「アンタ! アタシを置いて逃げたわねぇ!」
「ち、違うって! 助けに来たろ?」
「黙んなさい! アタシの機転で今回はうまく行ったかもしれないけど、いつもこうとは
限らないのよ!」
「……いや、だから…………」
「ホント……しっかり守ってよね!!」
 ぷい、と志保は向こうを向いてしまう。助けてもらってほっとしている顔なんか、彼に
見せたくはないから。
 もちろん、デコイもそれはよくわかっている。
「…………ああ、しっかり守るさ!」
 二度と、彼女の輝きを曇らせないために…………デコイはそう誓ったのだった。


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★★★余談★★★   (来栖川芹香の日記より抜粋)

 今日、新しいお友達ができました。

 山浦さんという大きい方です。どうやら、『先日の事』を気になさっているようでした。

 綾香と私を間違えた事をそこまで気になさってる事はないと思います。

 私が、気にすることはありませんと言うと、山浦さんは真っ赤になって頭を下げました。

 ですので、なでなでをしてあげました。

 山浦さんの頭を撫でると、短い髪がジョリジョリしてちょっと新鮮な感じです。

 それから、山浦さんは

「それで、こんな事を言うのはなんですが! お友達から、始めて下さい!」

 と、言いました。何を始めるのかはわかりませんが、お友達が増えるのはうれしいこと
です。ですので、お友達になりました。

 オカルト研究会のみんなとも早く仲良くなって欲しいです。
せりか

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