『どよめけ! ミス・Leaf学園コンテスト!』 第二十六話 〜 Sniper's Sight 〜 投稿者:シッポ

「冬月君……ちょっといいか?」
「ん……? これ以上まだ何か?」
 シッポは最早何もかも諦めきったというような倦怠の表情を浮かべる冬月を、とりあえず
ブリッジから通路へと引っ張り出した。
「いやな。……ちょっと下へ降りようかと思ってるんだが……」
「……はぁ?」
「うむ。君がそう言う反応を示すことは分かっていた。イヤ、でなければおかしい」
「当たり前だ……上空放送施設にするとか言っていきなり侵攻してくるわ、艦の施設は勝手に
弄くり回すわ、挙げ句の果てには勝手に大会参加艦船に登録された上に真っ白いペンキで船体を
べたべたと塗りたくられて……今更降りるだぁ? 気でも狂ったとしか思えんぞ」
「いや君の言い分は全てごもっとも。私もできればこんな事をしたくはなかった。それに関しては
済まないと思っている」
 恨みがましいと言うより実際恨んで居るであろう冬月の視線を受けながら、それでももう一度
彼に説明を繰り返した。
「……理由は?」
「……聞いてくれるか?」
「……納得のいかねー理由だったら即座に却下するからな」
 そうか助かるよと冬月の両肩をぽんぽんと叩くと、俯いていた顔をゆっくりと上げながら、言った。
「……より、混沌を。こんなのは理由にならないだろうか?」
 そう言って口の端を歪めたシッポに、冬月は良く見知っている仇敵の姿を少し思い浮かべて、
思わず頷いてしまった。



               『どよめけ! ミス・Leaf学園コンテスト!』 
                       第二十六話
                     〜 Sniper's Sight 〜



「とかたまには格好良いことも言ってみたいよなー」
「何だ嘘だったのか」
 シッポが脱力したように肩を落すと、冬月も毒気を抜かれたような気分になってしまった。
「いやまー、なぁ……。結局はまた穴埋めよ」
「穴埋めって……何の?」
 俯いたまま左右に首を振るシッポ。
「例によって例の如くあの女のだよ……」
「あぁ……またやったんだ……彼女」
 冬月は多少哀れみを込めた目でシッポと背後のブリッジの方向を見やる。
「いい加減どうにかならんかね……」
「ならんだろうなぁ……」
「だよなぁ……」
 そう言って二人でまた何となくげんなりしてしまう。
 何故冬月までそうなってしまうのかは、場の雰囲気に当てられたとかなのだろう。きっと。
「とにかくまぁ……行ってきます……後は宜しく」
「……頑張れよぅ」
 シッポは背中越しに力無く片手を上げて、デッキ上に着艦させてあるYF-19へと向かった。
 


「どーしてアンタはそーやっていきなり単独行動で突っ走るのよっ!?」
「いや、普段のお前にだけは絶対言われたくない台詞だな。それ」
 ディスプレイに映る志保は、カメラに近づきすぎた所為で殆ど顔だけになっている。
 それをYF-19のシートにもたれ掛かって悠然と聞き流すシッポ。
「アンタが居なくなっちゃったらこっちはどーすんのよっ!?」
 ちょっと皮肉を込めて言ったつもりの突っ込みをさらりと無視されてシッポはふんと鼻を鳴らした。
 ちなみに現在上空からの降下中である。降りるだけなら別にすることもないので暇なのだ。
「……ほぉ? やっとお前も私の重要性が理解できたよーだな。今更遅いという感もあるが」
「誰もそんなこと言ってないわよっ! ・・・アンタが居なくなったら誰が雑務一般を引き受けるって
言うのよっ! 入ってきた情報をまとめるのもアンタの役目だったでしょっ!」
 割と図星だったのだが、それを認めてしまうと自分の優位性が失われてしまうような気がして、
志保は必要以上の声量でそれを否定しつつ別の理由を持ち出す。
「あぁ、そんなことか」
「そんな事って何よ!? 何時も自分の仕事は最も重要なんだとか言ってるクセにッ」
「もちろん重要だ。だがな、そこは何処だ? 戦艦の艦橋だろうが。だったら私でなくても情報処理に
長けた人物はいるだろう? 今だってお前はどうやって私とこうやって会話をして居るんだ?」
「あ……、そう言えば」
「わかったか。わかったら後は綾波ちゃんにやって貰え。・・・私には片づけなきゃならん事がある」
「……? この私の補佐する以外に重要な事ってあったっけ?」
「……お前は一遍泣いてみないと自分の立場という物が理解できないようだな……」
「?? どういう事よ! ちゃんと分かるように説明しなさいよっ」
「…………」
「……?」
 それは、突然黙り込んでしまったシッポをいぶかしんだ志保が丁度スピーカーに耳を近づけた、
その瞬間だった。
「テメェの後始末だよッ!! 来栖川から表裏同時に抗議が来てるんだバカヤロウッ!!」
「――――ッ!?」
 スピーカー側に傾けていた右耳がきーんとなる。
 この分ではしばらく右の聴力は回復しそうにない。
「仕方ねぇからちょっとだけ来栖川を助けてついでに下をかき混ぜてくるんだよッ! 分かったら
大人しくそこに座ってモニターでも眺めてろ!!」
 そんな志保の動向を知ってか知らずか――十中八九故意なのであろうが――、シッポはそのまま
無線機のスイッチを乱暴に切った。
「はぁ……実際気が滅入る仕事だ……」
 シッポはそう言うと、大会参加者の証である白い鉢巻きを自らの額に押し当てた。



「…………ほんっとに頭に来るわねー……」
 ガコン!
 なめらかな生足が、その辺に転がっていた空き缶を蹴飛ばす。
 綾香は苛立っていた。
「完全にしてやられたわ……」
「アレは生物部で実験調教していた服脱がし虫、通称『脱げるンです』君でした……」
「……生物部もえげつない物つくってるなぁ……」
 今は芹香である、綾香のやや後ろに付いて歩くりーずがそう言って下唇を噛む。
 背後からぼそっと呟くトリプルGの呟きは、何を今更という全体の雰囲気に黙殺された。
「それはともかくあや……芹香さん。今は余り激しい行動するとバレますよ?」
「……そうだったわね。忘れてたわ……」
 りーずは斜め前方に転がっていった空き缶を目で示しつつ、綾香に注意を促した。
 今は些細なことでも全てが癪に障る。綾香のイライラ度は更に増したようだった。
「…………」
「落ち着いてくださいって姉さんねぇ……これが落ち着いていられる!?」
 最早芹香の窘めもあまり効果がない。
「変なセクハラ虫に服脱がされそうになるわ、その隙を狙ってYOSSYFLAMEに
攻められてあわやってピンチに陥るわ、その上更に綾芽まで行方不明!
これで一体どうやって落ち着けって言うの!?」
 普段絶対見ることのない”芹香”の癇癪という実に摩訶不思議な光景に、今度は別な
意味で全員が綾香に見とれてしまう。
 しかし、本人はそんな視線もお構いなしに相変わらず頭から蒸気を吹き出さんばかりに
怒り続けている。
 この調子では次に誰かと遭遇すれば、一発でからくりが見破られてしまいかねない。
 いよいよ見かねてハイドラントが口を挟もうとした時、彼は新たなる気配を感知した。
「……黙れ。誰か来る」
「敵ですかっ!?」
 すぐさま智波が”芹香”である綾香の前に庇うようにして立つ。
「……さぁな」
 が、次の瞬間ハイドの興味はその対象からは消失していた。
「とりあえず攻撃の意志は無いみたい……だなぁ」
 早くもその頑丈そうなビームライフルを構えつつ、トリプルGが続ける。
「……あれ、シッポじゃないの?」
 続けて綾香が目を細めながら、彼方に見える人影の名を呼んだ。



「だーかーらーっ! なんべんゆったらわかるんだっ!」
「貴方こそいい加減人の話を聞いたらどうですっ!?」
「じゃあそう言うことでお二人さんに宜しく」
「「誰がそう言うことで、だッ!」」
 三人は相変わらずスタート当初の位置から一歩たりとも動いていなかった。
「誰がも何も、OLHさんと神凪さん以外に居ないじゃないですか?」
 東西はいい加減何十回繰り返したか最早覚えていない問答を繰り返していた。
「そう言うことを聞いてるんじゃないっ!」
「そうですそうです。何で東西さんが一人で抜け駆け護衛なんて美味し……げふげふ。
とにかくそんな責任重大な役目を貴方に任せるわけには行きません。やはりここは私が」
 神凪はどうあってもこの琴音チーム偵察隊決めから引くつもりはなかった。もし偵察任務などに
就かされてしまったら、先ず間違いなく残った奴が何をするか分かったモノではないからだ。
「それはこっちの台詞ですっ! 貴方一人にしたらそれこそ何があるか分かったもんじゃない」
「そうだそうだっ! だからここは私に一任してだな、君達は偵察にだ……」
 抜け駆けされては困る。おそらくは全員がそう思って居るであろう。それは当然OLHもである。
「「貴方に任せたら一番危険じゃないですかっ!!」」
 二人の声が、ハモった。
「……あはは、皆さんいつも通りですね」
「うーん、どうにかならないのかなぁ……お兄ちゃんは動かせないし……」
 葵と郁美はいつも通りの主導権争いを見るともなく眺めつつ、ぼやき合った。
「……しかし、内部の情報が漏れた以上、どうしても外周警備に人員を割く必要がある」
 雄蔵は未だに入り口で突っ立ったままである。
「でもお兄ちゃん達もこう言い出したら終わりがないし……」
「そうそう。ほっといたらずっとやってるよねー」
 笛音とティーナは二人でうんうんと頷き合っている。
「でもそれじゃ駄目なんですよね……」
 琴音が困った様子で足下に転がっていたクレヨンを拾い上げた。

 霜月達がやってきてからと言うもの、美術室内は何処か落ち着かなくなってしまった。
 まず最初にお絵かき大会などしている場合でないと言うことに全員が気付いた。
 今は大会開催中。いつ敵が襲ってきてもおかしくないのだ。
 多少の防御策は施してあるが、だからと言ってこのまま何もせずに居て良いはずがない。
 移動はしないまでも、少なくとも現状外の様子は知る必要があった。
 必要最低限のこと-失格情報や各種委員会告知-は放送で伝えられるから問題はない。
 でも、彼らが知りたいのはもっと早急且つ切実なことであった。
 各ヒロインの勢力図。
 これこそが琴音一派が生き残るために必要な情報だった。
 いつの間にか参加資格ヒロインが自分とその他少数になっていて、残りの大会参加者に
 総力戦で攻め込まれでもしたら笑い話にもならないし恐らく防ぎきることは出来ないだろう。
 自衛のための情報が必要だった。

「だからさっきから何度も言ってるじゃないですか! こうしていても駄目なんですってば!」
 東西が遂に苛立ってバンと側の壁を叩く。
 お子様が何人かビクッとしたようだったが、最早彼らにそれは目に入っていない。
「だったら君が行けばいいんじゃないのか?」
「そうですよ。東西さん行ってきてくださいよ」
 OLHと神凪はここぞとばかりに東西に偵察を押しつけようとする。
「ぐっ、でもそれとこれとは話が違うし……」
「全然違わないと思うけど? 私達は潔く身を引くし」
「ええ全くその通りです。どうぞどうぞ行ってきてください」
 いい加減そろそろどうしようもなくなってきた様子の三人。
 それを見かねた雄蔵が彼らに活を入れるべく、部屋に足を一歩踏み入れた瞬間だった。
「……もうっ! 皆さんいい加減にしてくださいっ!!」
 琴音が、遂に切れた。

 ぶわっ!!

 と言う風が美術室内を荒らしまくる。
 ついさっきまでお絵かきに使われていた画用紙は言うまでもなく、壁に立てかけてあった描き
かけのキャンバス、内部情報の漏洩を考慮してかけられた窓の暗幕、及びカーテンなどは見事に
レールから外れて部屋の片隅へすっ飛んでいった。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「……落ち着いたか?」
 荒く肩で呼吸する琴音を落ち着かせたのは、いち早く琴音の側へ駆け寄った雄蔵だった。
「あっ!?」
「ああっ!?」
「何してるんだ貴様っ!!」
 それに気付いて抗議の声を上げる三人衆。
「……介抱してるんだが?」
 雄蔵の一言で何も言えずに黙り込んでしまうのもアレだが。



「……今更、情報特捜部さんが一体何の御用で?」
「うわ、開口一番皮肉」
 綾香が腰に手を当てて、体をやや斜に構えて言う。
 シッポは綾香達来栖川一行にやや取り囲まれるような形で合流していた。
「そりゃ皮肉の一つも言いたくなるわよねぇ。……何よあれは! こっちの目論み丸潰れじゃない!」
「あー、アレは一方的にこちらが悪い。スマン。と言うか志保が全面的且つ個人的に悪いんだが」
 綾香の指は遙か上空にぽつんと黙視できる戦艦冬月を指している。
 シッポはそれについてはすぐさま謝っておく。悪いのはあくまでこっちなのだ。
「そんなのこっちは知らないわよ! だったら何で貴方が止めなかったのよ!」
「……まぁ、それももっとも。止められなかった私にも責任があるのは明白なんだよな」
 今度はこっちに指先を向けてくる綾香。
「……ふーん。随分と物わかりが良いじゃない? だったらその先も当然考えてあるんでしょうね?」
「イヤ、ない」
 シッポはあっさりとキッパリと言い放った。
「……は?」
「イヤだから、ないんだってば。何も、全然」
 その余りの即答に綾香は思わず半ゴケしてしまった。
 ついでに軽く顔の辺りで手をひらひらさせるシッポ。
「……貴方まさか私をおちょくってたりしないでしょうね……? だったら容赦しないわよ?」
 今の綾香はストレスによって理性のタガが外れかかっている。相手が誰であれ、今の状態の
綾香を相手にしたら無傷では到底帰して貰えないだろう。
「まぁまぁ……、そう慌てない慌てない。実はちょっとした事後策なら考えてあるんだが」
「……ふぅん? だったらそのちょっとした事後策とやらを聞かせて貰おうじゃないの?」
 思わず出しかけていた握り拳を引っ込めながら、言葉の続きを表情で促す。
「襲う」
「……は?」
 またしてもシッポの一言返答に綾香は戸惑った。
「襲うんだよ。他のチームをな」
「……他のチームって、どよコン参加者の、よね?」
「……他に何のチームがあるってんだ? そーだよ、余所のチームを掻き回してくるってゆってんの」
 言ってることがイマイチ理解できないとでも言うように、確認の意味で問いかける綾香。
 シッポはさも当たり前のようにさらりと言ってのける。
「……ふーん。そんなこと、できるんだ?」
「ただし、襲いはするけど脱落者は出さない」
 ぴっと人差し指を一本立てて、そうキッパリと宣言するシッポ。
「え? どういうことよ?」
「だから、私がしてやれるのは相手の隙をついて奇襲をかけるところまでだってゆーことだ。
その後は一切関知しない。馬尻に乗ってその相手を襲うも良し、そのチームが恐慌状態に
陥って自滅もしくは他のチームに淘汰されるのを影から期待するも良し」
「……なんかちょっと卑怯者っぽく聞こえるのって私だけ?」
 ややジト目で突っ込みを入れる綾香。
「エントリーヒロインを脱落させようとしたらそれなりのリスクを伴うんだよ。そこまでの手助けは
現状単独行動の私には無理だ。ああそうそう、言い忘れたけど、襲えるのは一チームにつき一回
のみな。二回目からは警戒されて通用しなくなる可能性が高いし、逆襲でもされて私が捕まったら
イロイロ不味いことになるかもしれんしな」
 シッポはむぅ、という表情でそれを弁護する。
「不味い事って?」
「例えば、私が来栖川のために動いたことがバレるとか。そうなったらとりあえず攻撃目標の
ないチームはまずお前を狙いに来るだろーな。もっとも、私はそう言う訓練を受けてるから自前じゃ
まずゲロったりはしないと思うが……ここは何があるか分らんからな。魔法やら柳川の怪しげな
機械でも使われたら私でも正直どうなるかは分らん」
「なるほど……確かに、それは憂慮すべき状況ですね。いくら我々が戦力を持っていたとしても、
複数のチームに連携を取られて波状攻撃でもされたらひとたまりもありません」
 それまで黙って話を聞いて居たりーずがそこで口を挟む。
「なるほど……。余所のチームに対する切り札的存在として捕えればいいわけね」
 綾香はそう言うとうんうんと自分の考えを肯定した。
「ああ……スマンが、一旦別れたらもう私とは連絡取れないと思ってくれ。作戦実行時は
私の判断で動くし、私は自前のバースト通信しか使わない。傍受されるからな」
「でも、それだったら上のシャロンと連絡取ったら貴方とも連絡取れるんじゃないの?」
 綾香のその発言に、ふと上を見上げる一同。
「その場に居合わせてる全員にも知れ渡るけどな、その情報。それでもいいなら構わんが」
 バースト通信とは軍事用にも使用されている通信技術で、暗号機密性の高さがウリの傍受の
難しい通信形態である。
「……あんまり迂闊なことも言えないわね。となるとやっぱ、伝えることは今伝えなきゃ駄目なのね」
「そうしてくれ。後、もう余り時間がない。誰かに接触しているところを見られたら全ては無駄になる」
 そう言って軽く辺りを見回すシッポ。
 幸いこの辺は建物と周りの木々に邪魔されて見通しは余り良くない。
 もっとも、そう言う場所を選んで接触しているのだから、それも当たり前だったりする。
「ちょ、ちょっと! いきなりそんなこと言われても……私達だって余所の動向は知らないし……」
 突然今すぐ決めろと言われても、来栖川陣営に情報が少ないのは事実である。
「やはりここは最弱なチームから襲うべきです。伏兵は少なければ少ない方がいい」
 綾香がどうしようか決めかねているところに、りーずが見かねて助言を申し出る。
「でも、その伏兵にちょっかい出してるところを見られたら他の有力チームは防御固めちゃうわよ。
やっぱここは、一番強いチームに揺さぶりをかけて貰うのがいいんじゃない?」
 綾香はそれには迎合せず、今、自分が最良と思える案を言ってみた。
「でも、最弱チームはそれを自覚してると思うし、最強チームは多少の揺さぶりには動じないかも
しれませんよ? だったらここは確実に効果のある中堅のチームなんてどうです?」
 そう言ったのはトリプルG。中間意見としては実に満点な答えである。
「しかし、ここは安全策を取っている場合ではないでしょう。一刻も早くチーム数の減少を……」
「強いチームは少なくなればなるほど後が楽よ。やっぱここは大手を潰すべき……」
「うーん、私としては確実に消せるところから行った方がいいと……」
 喧々愕々。どれも一長一短なだけになかなか決められない。
「……意見が定まらないようだったら、私の判断でやるが?」
 いつまで経っても意見がまとまりそうにない綾香達に、シッポは軽くしびれを切らした。
「……それでいい。貴様の思ったとおりやればいい」
 と、今までそっぽを向いていたハイドラントが鶴の一声を発した。
「ちょっとハイド!」
「こう言うのは自前でやらせた方が成功率が高くなるのは当然だろうが。だったらそれでいい」
 ハイドラントの視線が一瞬シッポの方に向けられる。
「……正直、私としてもその方が助かるけどね」
 シッポはつつぃっと視線を逸らす。
「……じゃあ、それでいいわよ。なるべく有効な方法でお願いね」
「了解。じゃあそれで志保の件は相殺な。成功の是非は問わないでくれよ」
 責任の相殺も忘れない。
「ま、期待してるわ」
 シッポは軽く頷くと、くるっと背中を向けて歩き出した。
「じゃ、お前らも何時襲われても良いように警戒怠るなよ。お前らを襲うときはなるべく大がかりに
してやるから、慌てて他のチームに狩られるなよ」
「ええ、わかったわ……って!? ちょっと今なんてゆったのよ!?」
「んお? イヤ、だから私に襲われてもうろたえるなよってゆったんだが」
 立ち去ろうとしていたシッポの肩をがしっと掴んで思いっきり引き留める。
 シッポは首だけななめ後ろを振り返りながら答える。
「だから! 何でアンタが私達を襲うのよ!?」
「はぁ? 当然だろ。お前らだけ襲われなかったら、あからさまに誰が差し向けたのかが丸バレ
になるだろ。アレだアレ、偽装工作」
「偽装工作で私達がやられちゃったら意味無いじゃない!!」
「……いやあの、それくらい自分で何とかしてください……」
 ヒステリックに叫ぶ綾香に、やや苦笑気味に答えるシッポ。
「仮にも一度はこの大会にエントリーした身よ。そりゃ自分のことくらい自分で面倒見る自信は
あるわよ。でもね、今は一人じゃないの。私より何より、今は姉さんが最優先なのよ。だから……」
 そんなシッポの様子に気付いて説明し出す綾香。
「あー、もう、だから偽装工作だってゆってんだけどなぁ。実際に襲うわけないだろ。フリだよ、フリ。
それっぽくやるから自爆すんなよって言いたいだけだ」
 シッポは綾香の手を左手で外しながら答える。
「……ホントでしょうね?」
「嘘ついてどーするよ? そりゃ計画持ちかけてきたのはこっちだから、疑い出せばキリがないが」
「……信じても良いのね?」
「信じていいモノなんかこの世にねーと思うけど。特に今はそう言う時じゃないだろ」
「って事はやっぱり罠って事なんですか!?」
 それを聞いて即座に銃口を突きつけるトリプルG。
「……いいえ、違うわ。……じゃあ、頼んだわよ?」
 綾香はその銃口を手で押し下げると、シッポの後ろ姿をじっと見つめた。
 ガンマルはそんな綾香を見て、喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「……ああ。悪いようには多分ならねーと思うよ。んじゃな」
 シッポはそのまま片手をひらひらとさせながら綾香達の視界から消えた。



「では改めまして、今から今後の対応策を練る会議を始めます」
 荒れた美術室は全員で片づけた。ついでに隣の準備室から大机を運び込んで、簡易的な
会議室っぽくしてみた。
「現状でわかっていることは、今は少ないです。でも、ゼロじゃありません。これを見てください」
 議長代理である郁美は手元のノートパソコンに配信されてきたMLを表示させる。
 MLには各派閥の構成から戦力予想まで事細かに書かれている。
「なるほど確かに詳細だ。でも、これが信用に値するかどうかは定かじゃない」
 神凪があくまで慎重な見解を示す。
「そうそう、第一にその都合の悪いことは書かなくて良いというのもな、嘘書かれても情報の少ない
我々では判断のしようがない」
「しかし、何もないよりはマシです。少なくとも参考にするぐらいならokな筈ですよ」
 OLHは大志主催だというMLが胡散臭いモノに見えて仕方ないらしい。
 唯一東西だけがその情報の有用性を指摘する。

 そのMLには正に琴音陣営が望む情報そのままが全て記載されていた。
 魅力的すぎる情報媒体が突然舞い込んできた場合、素人はまず鵜呑みにしてしまう。
 これこそ自分が望んでいた情報なのだ、と。
 しかし、出来すぎている。そう考える者も中には居る。
 この中に書かれている内容、一体何割までが正確な情報なのか。書いた本人以外誰も知らない。

「ではいいでしょう。この内容を参考程度には認めます。全て否定していては話がサッパリ進み
ませんからね」
「じゃあ、次はこの情報を元にこれから先どうやって動くか、だな……」
 OLHは自前のノートPCにそのメールをフロッピー経由でコピーすると、そのファイルを開いた。
「とにかくまずはこの情報の精度を確かめることが先決でしょう。一からの情報収集が不要に
なったとは言え、さっきも言ったように丸飲みは出来ません。やはり偵察が妥当なところだと」
「やはりそうなると、我々の内で誰か一人ないしは二人はここを出て動く必要があるのですが……」
 神凪はOLHから回されたノートPCでMLに目を通していた。
 東西が更に神凪から受け取ったノートPCの内容を確認しながら言う。
「それについて何だけど、やっぱりお兄ちゃんにはここにいて貰って、皆さんの内一人……
そうですね、東西さん辺りが……と、ちょっと待ってくださいね」
 そう言いつつ自分のPCで何処かへメールを送っていた郁美だったが、新たなメールの着信を
確認するとその手が止まった。
「……すみません、前言は撤回します。これは……行けるかも知れません」
 郁美はそのノートPCを持って立ち上がった。
 郁美に送られてきたメールのsubject名は、『“Brother Two” Presents』と読めた。



「ということで、まずは頭上のアレを何とかしないと話が進まないようですね」
「何とかするって言っても……第一、俺達はあんな上空まで行けないぞ」
 魔樹がぴっと指指すのは上空の戦艦冬月。
「大丈夫です! 何事も気合いがあれば何とかなります!」
「イヤならないし」
 山浦はすかさず最早条件反射にまで昇華してしまった突っ込みを入れる。
「……つまらないですねー。山浦は、もっと夢や希望を持たねばなりません。そう、明日を夢見る
ことこそが、明日を生き抜く活力へと繋がるのですよ? そうでしょう? 玲子」
「にゃはは〜。そんな難しい事ってあんまり考えないけど、それでいんじゃないかな〜?」
 突然魔樹に話を振られても一行に動じることのない玲子。
「何にしても、あそこまでの高空へ攻撃を仕掛けるとなると、並大抵な手では無理ですねぇ」
 マイペースな神海。
「はぁぁぁぁぁ……。一体何時になったら俺の話聞いてくれるようになるんだろうな。お前ら」
 その中で一人苦労する山浦。

 常識人はこんな時に苦労すると言うことをいい加減彼も学んだ方が良かろうと思えるほど、
彼の消耗は激しかった。
 だからと言うわけではない。
 彼一人を攻めることはこの場合間違っている。
 だがしかし、彼は無理にでもこの選択肢を潰すべきだったのかも知れない。
 山浦は五分後にそう後悔する事になる。

「では、幸いここにまだ五体のじぇりーずがありますし、これに乗って上まで飛びましょう」
「あれ? 隼君のじぇりーずってもっと数が多くなかったですか?」
 魔樹がそう言って五体のじぇりーずを手元に引き寄せる。
 神海がぷよぷよとじぇりーずの表面を突っつきながら聞く。
「ああ、今は学園中に偵察として飛ばしてるんです。ですから手元にいるのはこの子達だけです」
「この子って……」
 魔樹は手元の一匹を引き寄せてなでなでしている。
 山浦が何かとてもショックを受けている。
「? この子達の名前ですか? ええと、右からなっちゃん、はっちゃん、みっちゃん、よっちゃん、
たけし君です」
 山浦の呟きを問いかけと判断した魔樹が五体のじぇりーずを紹介する。
 一体一体じぇりーずが片手を上げて挨拶するのがどことなく可愛いと言えば言えなくもない。
「……イヤネーミングセンスはこの際置いておくとして、何で最後だけ相性じゃなくて名前なんだ?」
 かろうじて山浦が口に出来たのは、この一言だけだった。
「じゃあ皆さんこの子達の背中に乗ってくださーい」
「背中と言うより頭ですかね? この場合」
「あはは〜。おっきな頭だよねぇ〜」
 神海が珍しそうに、玲子がみっちゃんの頭をぺしぺし叩きながらいそいそと乗り込む。
「だから話を聞けよ話をッ!!」
「それではしゅっぱーつ〜」
 絶叫する山浦を裏目に、ふよふよふよとじぇりーず達は上空の戦艦冬月を目指して浮上する。
 思ったよりも軽快に浮上するじぇりーず達。



 だがしかし、校舎の屋上からそれを見上げる一人の影があった。
「……今それされちゃ不味いんだよなぁ」
 シッポは手にしたグレネードランチャーの砲身をフェンスに乗せ、狙いを付ける。

 ジャキッ!

 次に、特殊弾頭を装填する。
「まぁ……まずは覗き野郎からってのが無言の御指名なんでね……っと」
 正確に魔樹達の頭上へと狙いを付け、シッポはトリガーを引いた。

 バズンッ!!

 そして一発の特殊弾頭がグレネードランチャーから発射された。



「なんかこう、この浮遊感も慣れるとクセになりますねぇ」
「……がくがくがくがくがくがくがく……」
 初めて乗るじぇりーずの感覚を神海は気に入ったようで、よっちゃんをプニプニ突っついている。
 一方さりげに高所恐怖症だったのかもしれない山浦は、さっきから一言も言葉を発せずにいた。
「落ちたら死んじゃうよねぇ。みんな気をつけてねぇ〜」
「イヤ玲子。それは彼にとっては逆効果でしかないと思うのですが……」
 そう玲子に突っ込んだついでにふと下を見てみる魔樹。
 見慣れた景色。全てがミニチュアのように見えるこの景色。素晴らしい。
「うーん、いつ見ても良い景色ですねぇ。ここまで来ると」
「どどどどどっどこがだっ!? おおおおお降ろせぇぇぇっ!!」
 山浦の顔面は正に蒼白。血の気は全くない。
 ついでに言うと、両手はコミカルにあわわと奮わせている。
「……まったく。イヤなら何で乗ったんですか? だったら最初から断わればいいのに」
「おおおおおお前ッ!! 普通こんな高さまで来たら誰だって怖がるわっ!?」
 せっかくの良い景色を台無しにされたような気がして、魔樹はむっと答えた。
 よく考えれば戦艦冬月まで乗っていくと言えば普通わかりそうな物なのだが、ついつい
突っ込みに気を取られてなし崩し的に乗ってしまった。山浦最大の失策。
「いやいや爽快な眺めですねぇ」
「このまま滑空してったらママハハのコスが出来るねぇ〜」
「……そうでもないようですが?」
「お前ら全員異常だッ!!」
 何を今更。

 と、その時、神海は頭上に何かが飛んできたのに気付いた。
「あれ? 何か下から飛んできたようですけど?」
「え? どこどこ?」
「何かって……ここは上空100Mですよ? 下からじゃまず届きませんけど?」
「あわあわあわあわ」
 それどころではない山浦を後目に、神海の発言に三人は頭上にあるであろう何かを探す。
 しかし探すと言っても空は青一色。雲もないような空から何かを探すのは酷く困難なことである。
 だがしかし、彼らは見つけてしまった。見てしまった。何が飛んできたのかを。

「……と、投擲弾!?」
「ほぇ〜?」
「じぇりーず緊急急降下っ!!」

 弾道は弧を描くように魔樹達の頭上を越え――、

 カッ!!

 そして、弾けた。


「うひゃあああああああああっ!?」
「なんですかこれはっ!?」
「投網だねぇ〜。暴れると絡まるよ〜」
「くっ!! 駄目ですっ! じぇりーず五体ではこの重量を支え切れないっ!」
 目を瞑っていたが故にマトモに顔面に投網がひっかかった山浦を除いては、全員一応じぇりーず
にしがみつく。
 必死で上昇をしようとしているじぇりーず達ではあるが、キャパシティ不足は否めないようで、
そのうち限界が来るのはもう目に見えていると行っても良い状況である。

 特殊弾頭の中身は投網。それも普通の投網ではない。
 繊維の中に対魔術コーティングを施し、更にネットの端にはバラストを仕込んである。
 バラストの総重量自体はそう大した物ではないが、重量配分を考慮して全体的に負荷が
かかるように設計されている。
 更に振動装置内蔵で力点があらゆるポイントへ移動するため、体勢を立て直すのは極めて
困難となっている。
 そしてその対空捕縛用投網は、その性能を遺憾なく発揮していた。

「敵かっ!? 捕まったのかっ!? だっ、脱出をッ!!」
「山浦っ! この状況で暴れないでください! ただでさえギリギリの……」
「……あれー? この子、ぷるぷるしなくなったよ?」
「……どなたか空飛べましたっけ? 無理ですよねぇ……」
 そして訪れる一瞬の間。
 景色はおろか、風や時間までもが停止する一瞬。
「「「「おっ……落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」」」」
 そして、一瞬が終わる時、これはもー見事と言う他表現のしようがないという感じで、全員絡まって
落下してゆく魔樹グループご一行様。
 恐怖と混乱と破壊と恥辱にまみれた地上へようこそ。




ヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノヽ( ´ー`)ノ

 や、どーも。最近企画物でしか書いていないシッポで御座いまする。
 どよコン、これでまた一掻き回しが出来れば良いのですが、はてさてどーなることやら。
 まだまだまだまだ先は見えませんしね。
 そこで、なかなか停滞していて剥きチャンスが少なかったりする場合は、どーぞ御都合の良い
よーにお使いくださいませ。
 確実にピンチ到来まで荒らせると思いますので(笑)

 さて、今回魔樹チームがとりあえず生け贄になったわけですが(笑)
 23話で夜に生存が確認されているので、とりあえずなんとか逃がしてあげてください(^^; 
 それ以外は多分どんな状況でもアリだと思いますので(笑)
 これについては仕上げの段階で気付いたもので、もう手遅れでした。はう。

 それでは剥き担当の皆様、剥き剥き頑張っちゃってください(笑)