Lメモ自伝 prologue 「前夜」 投稿者:YF−19

「さて、それじゃ約束通り、希望を聞こうか?」
薄暗い部屋の中、深海魚の入っている水槽からは微かなモーター音だけが聞こえる。
その音しか聞こえない静寂の中で、男は唐突にそう言った。
そして、その質問は目の前に立つ一人の少年に向けられていた。
「いえ、ほんの数年。お休みを頂ければそれだけで…」
少年はこともなげに答えた。…いや、少年と言うには少し年をとりすぎたかもしれない。
その面立ちは既に青年と呼ばれたとしても何の違和感もない。
「…何が望みなんだね?」
男はさっきと変わらない、同じ質問を続けた。
どうやら男には彼の回答は意味をなさないようだ。
「…ふぅ。ホントにそれだけでいいんですって。それ以外、特に要望はないです」
彼は少し困ったような感じで男に言った。
男は、かなり大きめの机と、とびきり座り心地の良さそうな椅子に座っていた。
両腕を、机の上に乗せて組んでいる。
「この任務達成の暁には何でも望みを叶えると言った。その言葉に偽りはないのだが?」
彼からは男の背後にある水槽の光が逆光になって、男の表情を窺い知ることはできない。
「…ホントにそれだけでいいんだけどなぁ…」
彼は再び困っているように言った。本当にそれ以外のことは特に望んでいないようだ。
「…」
男は彼の回答を待っているらしかった。
他に何かあったかと思案を巡らせていると、彼はふと新しい要望を思いついた。
しかしこれはさすがに無理だろうと頭では考えながらも一応、男に要望を言ってみた。
「じゃあ、今まで使ってた―YFシリーズ―と―ソウル・ハッカーズ―をください。
…それが、望みです」
彼は言い終わってみて、やはり無茶な要望だったかなと思っていた。
しかし、男の返答は思ったよりも早く返ってきた。
「…わかった。それらを君の管轄下に委ねよう」
あっさりと言えばあまりにもあっさりしすぎていた。
男の回答にかえって彼の方が慌ててしまった。
「い、いいんですか?どっちもかなりの機密事項だと思うんですけど…?」
彼の意外とも焦りとも感じられる質問に対し、男は少し笑って答えたように思えた。
「望みは叶えると言ったはずだ」
「い、いや。確かにそうなんですけど…」
「何か問題でもあるのかね?」
「い、いえ…私としては大感謝ってところですが…」
「ならば問題はないだろう?」
自分の考えていた受け答えと余りにも違ったこともあり、彼は少し混乱していた。
「あ、あの…そういう問題でもないような気がするんですけど…?」
「当人も私も問題ない。他にどんな問題があると言うのかね?」
男に改めて言われてみて、彼もそうなのかな?と言う気がなんとなくしてきた。
「…確かにそうなんですけど…」
「私も忙しい身なんでね。それ以上特に何も無いようなら、そろそろ失礼するよ」
男はそう言って机上の書類をまとめ上げ、手にした。
「そうそう、機体関係の手続きは明日までには済ませておこう。それまでは私の権限を
使ってくれて構わない。存分にバカンスを楽しんでくれたまえ」
男は最後に彼の方を振り返ってそう言うと、扉を開けて出ていってしまった。
後にはあっけに取られた彼だけが取り残された。彼にとってはそこまで驚くことではない
事だった。が、想像が彼の範疇を超えると言うこともまた、滅多にないことであった。
彼は状況の先読みに関しては特に、徹底的に鍛えられていた。…敵より先手を取るために。

「意外…過ぎたなぁ。まさかくれるとは…」
彼はそうつぶやいて、先ほどまで男が座っていた椅子に腰を下ろした。
『でも、これでまだ私達一緒に居られますね!』
この部屋には彼がしゃべらない限り、水槽からのモーター音しかしない。
しかし、彼の頭には活発そうな、かわいらしい女の娘の声が響いていた。
「ん…そうだな」
彼は一人つぶやいた。が、この部屋にはそれに答える相手は、居ない。
『はいっ!とってもうれしいですっ』
意外なことに、それに対する答えは頭の中から返ってきた。
どうやら、女の娘の声は彼にしか聞こえないらしい。
「おまえとも長いからな…。もうお別れかと思うと、実際少し淋しかったよ」
彼の偽らざる気持ちだった。
『…え?…はい…うっ…うれしいです…』
彼女はそう言った彼の気持ちに思わず感動してしまった。
(私のことを本当に一人の女の娘として扱ってくれるのはやっぱりこの人だけだ…)
そう、彼女は再び心に刻んだ。
彼はそんな彼女の様子に微笑みながら椅子の背に体を預けた。
部屋の中にはいつまでも水槽からのモーター音だけが低い唸り声を上げていた。
 


「しかし!YFシリーズは最重要機密に匹敵するテストタイプですぞ!?」
「そうです。あれ自体は量産機より高い性能と言うだけであっても、それ以外は私達技術
部による極秘技術の塊です!!」
「それをわれわれの管理下から切り離した上、他国のスパイ共の下に晒すなどと!」
その会議は異様な興奮状態に包まれていた。ある者は席を立ち、ある者は両拳をテーブル
に叩きつけ、ある者は怒号とも言える声量で自らの意見を主張していた。
そして、それらは全て、その決定を告げた人物に注がれていた。
「…皆さんの意見、至極もっとも。だが、我々は彼に対し『成功の暁には、望む物全てを
与える』と言う約束をしていたはず。それが例え機密に属するものであっても、だ。
それを今更…これは重要機密だから…などと言う理由で却下、とは言えないだろう」
男―マージと言う―は落ち着いた口調で、いきり立っている一部の出席者に向けて言った。
この場に出席している者は、この国連裏組織である―eden―に属する部門最高幹部。
これだけ最高幹部達が集まる会議はそうない。よほどの緊急時か重要な会議の時のみだ。
今回はその両方。先ほどの彼―コードネーム「YF−19」という―の作戦成功に対する
報酬を決定する会議が第一級セキュリティ会議室にて行われていた。
「ですが…!!」
一人の技術者風の男―名を ヤン・ノイマンと言う―がなおも食い下がる。
「彼がいなかったら今の状況はなかった。我々が一人勝ちする、などという状況は。
その功労者に対しての報酬だ。この位安いものだろう?」
マージはじっくりと、ヤンを諭すように言った。
「機密機密と言うが、実際奪われでもしない限り分からない物ばかり。それこそ彼がすん
なりと敵に機密を渡すと思うかね?」
マージが、今度は逆に尋ねるようにして言った。
「いえ…それは…考えられません」
ヤンはそれだけはあり得ないと気づいたらしく、最後の方は消えかかった答えになった。
「それに、彼が必要としているもの以外は全て外してくれて構わない。君達の言う機密は
それでほとんど無くなるだろう?」
納得はしたものの今一釈然としていないヤンにマージは言った。
「はい。それでしたらこちらとしてもほぼ問題ないかと…」
それでやっと納得したようだった。席に座って安堵の溜息を漏らしている所からも分かる。
いつの間にか、一番異議を唱えていた彼がいつのまにか反対主張の代表になっていたらし
く、この決定になおも食い下がる者はなかった。
「さて、YFシリーズの方はこれで決定するとして、後もう一つ、ソウル・ハッカーズの
方もなのだが…。反対意見は?」
ソウル・ハッカーズは表向き、通常兵器としか知られていない。
その実態はこの場にいる幹部達にさえ知らされていないのだ。
そんな事もあり、彼らは特に反対するほどの物ではないと判断した。
「…ふむ。特に反対意見もないようなんでこれも決定でいいだろう」
だが、この場で唯一真相を知るヤンの目が光ったのをマージは見逃さなかった。
それを目で止めておき、マージは出席者の同意を確認した。
「以上だ。特に質問事項があれば受け付けるが?」
前もって細かい部分で打ち合わせをしておいたため、この場での疑問は出なかった。
「では会議を終了する」
そう言ってマージは席を立った。そして退出間際、ヤンに一言告げた。
「あ、技術部。後で私のところへ来てくれ。引渡しに関しての最終打ち合わせをする」
「はい」
マージはヤンのうなずきながらの返事を聞くと、会議室を出て行った。



「彼…YF−19にシャロンを任せるおつもりですか?」
ヤンはマージの待つ部屋に入ると、開口一番にそう言った。
―シャロン―先ほどYF−19と話していたのは彼女だった。
彼女は現実世界の女性ではない。
バーチャルアイドルの製作過程で出来た人格プログラム。
人々に夢を与えるべく、人の手で創られた『夢の カタチ』。
YF−19の持つ―ソウル・ハッカーズ―には彼女が、いる。
いる、と言う表現は適切ではないかもしれない。
通常彼女は基地内のメインPCにいる。が、彼女は軍専用通信ネットワークを使い、
『ソウル・ハッカーズ』に常にアクセスしている。
そして、YF−19の目を通じて、耳を通じて外の世界を知る。
シャロンにとって、YF−19は創造者以上の存在になろうとしているのである。
「…そうだ。彼女もそれを望んでいるのではないかね?」
先ほどYF−19とマージが話した部屋とはまた違った部屋で、二人は話していた。
とりあえずヤンを向かいのソファーに座らせてからマージは言った。
「…はい。確かにそんな素振りを見せることもあります」
ヤンはマージの指摘を素直に認めた。
「ですが、それはマスターと従事者と言う間柄だからこそ…」
「本当に、それだけだと思うかね?」
続けてヤンが言おうとしたのを、マージが遮るようにして言った。
「…」
ヤンは言葉に詰まった。否定も肯定もしない。
「…このまま彼女がデータベースの中に埋もれるのは惜しい。ここまで育てたんだ。
…君だってそう思っているのだろう?」
うつむきながら顔の前で手を組んでいたヤンは、そう言われてはっと顔を上げた。
「もちろんですっ。…だからじゃないですか。彼女こそ他には絶対に渡したくない、
最重要機密なんです」
ヤンは言った。彼の瞳には本心が宿っていた。
「シャロンの事は私と、君だけが知っている。…我々が黙っていれば彼女は幸せになれる。
…そうは思わないか?」
マージはじっくりと、そして何度も考えて出した答えを言うように、静かにヤンに言った。
「…もう五年にもなるんですね。シャロンが帰ってきてから。
YF−19…彼が彼女を発見して、私に話を持ってた時…正直小躍りしました」
ヤンはマージの斜め上の天井を、なんとなく眺めながら言った。
「私もな。…あの事件以来…もう十余年になるか」
マージは昔を懐かしむように言った。
「そうですね…あの時私はまだ新米もいいとこでした…」
ヤンもそれにつられて懐かしんでいる。
「…」
「…」
「…彼がいれば大丈夫だ。一つ…任せてみないか?」
しばらく懐かしんだ後、ぽつりとマージが言った。
「…」
ヤンは無答をもって肯定とした。
外から夕焼けの赤い光が、二人の顔を赤く染めていた。



「しかし…長かったな…。今回の任務は」
先ほどの部屋を出たところで彼―YF−19―は誰に言うともなくつぶやいた。
彼女―シャロン―に言ったのかもしれないが。
『そうですね…。実際足掛け5年ですよね。こんなに長い任務は他になかったです』
彼以外誰も居ない、ひたすら長い廊下を歩きながら彼はつぶやいていた。
「んー。その間にも他の任務をちょこちょこ…か。人使い荒いな」
彼は背伸びをしながら、そう言って苦笑した。今度は彼女に言ったのだろう。
「そうですね…でも、それだけ有能って事でもあるじゃないですか!」
彼女はどうもプラス思考の持ち主らしい。言われて悪い気がするわけでもない。
「そうかもな」
彼はそう言うと、あくびをしながらうんざりするほど長い廊下を歩き出した。
カッカッカッカッカッ…しんと静まり返った廊下には彼の靴音だけが響く。
これだけの規模の建物にこんなに人がいないわけないだろう?と思う程誰とも会わない。
ま、ここは特別なとこだしな。彼はそう思いながら自室の前で足を止めた。
すっ。手のひらを備え付けのスキャニング装置の上に置く。そして視線を扉の斜め上にあ
る監視カメラ兼用網膜スキャニング装置の方に送る。
―ぴぴっ。電子音が響くと同時に、いつもの機械音を伴いながら扉が開く。
手を置いた装置の上。ちょうど目の高さにあるモニターには全身緑の人型が映っている。
スキャニング対象の健康状態を映しているのだ。自覚症状のない病気などを検出するのが
主な目的。彼はそれを横目でちらりと見て今日も健康なことを確認すると部屋に入った。
そしてそのまま部屋の隅に置いてあるテーブルへと足を進める。
彼の後ろで扉が音を立てながら閉まった。
テーブルに到着した彼は一緒に置いてある椅子に腰掛けた。
テーブルの上にはいろいろな学校の入学案内やら転入案内が乱雑に置かれていた。
彼はそれの一つを手にとって、PR文の一つを見ながらつぶやいた。
「自由な校風。飽きない毎日を約束します!…か。やっぱり、ここに決めた」
そのパンフレットの最上段には、私立Leaf学園転入案内と書かれていた。

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…ふぅ。やっと一息ついた。っと、はじめましてー。Lメモ新人のYF−19です。
いやぁ、文章を書くって本当に難しいですねー。はじめのうちなんて設定も同時に
作らなくちゃいけないから大変大変。書き始めてから結構経っちゃいました。
でもこれでかなり設定が出来てきたんで、次からはもっと速く書けると思います…
書けるといいな。

さて、今回の話ですが、…学園の名前が最後の最後に出てきただけでした。(汗)
ま、今回はプレリュードって言う事でまとめましたんで、次からは学校が舞台になります。
っていうか、出ないとヤバイ。(笑)

次回のお話では転入初日から数日後を予定しております。出演予定者としては…
悠朔さん・風見ひなたさん・赤十字美香香さん・beakerさん
…を予定しております。これ以上増えるかもしれませんが、この方々は決定です。
この他の方々にも次回以降、キャラが掴めたら出演要請を出させて頂くかもしれません。
その時は、よろしくお願いします。(ぺこり)

では、…今回はシリアスばっかだったなぁ…とか思ったYF−19でした。
次回。Lメモ自伝 シリーズ第一話 「木漏れ日」 でまたお会いしましょう!