吉岡博己:転校手続き終了後、初登校の日 投稿者:吉岡

吉岡博己:転校初日

1
彼は、頭の中で誠立Leaf学園の学校紹介を復唱しながら、目の前で起きた爆発を半ば放
心状態で見つめていた。
(来栖川グループと鶴来屋グループの共同出資による、新しい教育の形を模索すること
を目的としたテストケースの教育機構で、小等部から大学までのエスカレーター方式、
特徴としては『三人の校長制度』、名無高等学校から数えると今年で創立63年になっ
て・・・)
そして結局、それが意味の無いことに気付いたのは、学校紹介を復唱、確認し終えて2
秒後のこと。
「おはようございますー」
「あっ、おはようございま・・・!」
 そう挨拶され、挨拶を返しながら後ろを振り返ると、耳の部分が機械になっている女
の子、マルチが、軽く会釈をしながら彼の横を通り過ぎていった。実は彼、メイドロボ
を今まで見たことがなかった。
(えっ、えぇえ〜?)
うろたえながら、彼は通り過ぎようとするその女の子に、先程の爆発の事について聞い
てみた。
「あ、あの、今そこで爆発が・・・」
「あぁ、あれですね? 『いつものこと』ですから、気にしない方がいいですよ?」
屈託の無い笑顔を添えて、その女の子はとんでもないことを彼に言い放つ。
「じゃあ、私はこれで」
「あ・・・あっ、はい、ありがとうございました・・・」
挨拶を交わし、耳が機械の女の子、マルチの後ろ姿を見ながら、彼は再び爆発が起きた
と思われる場所を見て、暫く考えた。なんとなく、手に持った転校案内に目を落とす。
『転校終了後、初めての登校の際はそのまま自己の教室へ向かって下さい』
それだけ書かれてある、ごくシンプルなものだった。あとは校内の地図や施設の案内等
が書かれたパンフレットがはさんであった。
(恐いなぁ・・・、でも、転校の手続きも終わっちゃってるし、行くしか無いかぁ・・・)
そう思い、一歩進むと、先ほどの爆発で怯えている猫が、頭頂の髪がピンと立った少女
に抱きかかえられているのを見つけた。
その少女は、とても、とても優しい顔だった。
(あの子・・・こんな環境でも頑張ってるんだなぁ・・・僕は、あの子だけでも守れる
ように頑張ろう・・・)
そう思うと、吉岡は胸をはって前を向いて歩き、誠立Leaf学園の校門をくぐった。
彼の学園生活のはじまりだった。

『本日休校』

間違い無く、校舎の入り口にはそう書かれたはり紙があった。
理由は、校内の著しい崩壊ということだったが、彼には知る由も無い。
「や、休みって・・・」
彼は白い髪をさらに白くしたような雰囲気を纏い、肩を落としてそのはり紙の前に立ち
尽くしていた。再び手に持った転校案内を見て、何をすべきか考えようとしたが、脱力
感が彼を襲いマトモな思考は出来なかった。
(ぶ、部活はやってるのかなぁ・・・)
ふとそんな考えが彼の頭の中に浮かぶ。そう、休日でも部活動はあるはずだ。
「手続きは終わってるって事は、もう僕はここの学生って事で・・・なら、入部くらい
はしとこうかなぁ・・・」
そう考えた彼はやっぱり肩を落とて寂しそうな雰囲気を纏い、校内の地図を見ながら彼
の希望していた格闘部の道場へと、足を運ぶことにした。

2
格闘部の道場に近付くにつれ、数十人もの人間による、地響きのような踏み込みの音と
気合いを入れるためのかけ声が、少しずつ大きくなってくるのが、地面と空気を通して
伝わってくる。
道場の入り口には、筆で「格闘部道場」と大きく書かれた看板が掲げられていた。
「こ、ここが格闘部の道場・・・」
呟き、口を空けたまま看板を見上げる吉岡の耳に、ある人物のかけ声が聞こえ、続けざ
まに入り口から人が飛んでくる。
「旋ッ!」
「ぐッ・・・!」
「わぁあっ!」
紙一重で飛んで来た一般生徒を避け、その飛んで来た方向を見やると、髪を逆立てた長
身の男子生徒がこちらを見ていた。
「あっ、あの・・・」
飛んで来た生徒と長身の男子生徒を代わる代わる見て、うろたえる吉岡。
「なにか御用ですか?」
「へっ?」
吉岡は驚いて、素頓狂な声を出しながら質問に質問で返す。
「いや、ですから、何か格闘部に御用ですか?」
「あっ、はい、あの入部をしたいんですが・・・」
声を小さくしてぼそぼそと吉岡が言うと、その男子生徒はすこし笑って、奥へ吉岡を促
した。
「ああ、そうですか。どうぞ?」
「あ、それじゃ、失礼します・・・」

靴を脱ぎ、道場へ一歩足を踏み入れると、改めて吉岡は道場内の気合いという名の熱気
に圧倒された。
確かに普通の生徒もいたが、彼が見たことも無い技を使う生徒や、恐ろしいくらいの素
早さで相手を翻弄するなどして戦う生徒等、特種な能力を持った生徒が異彩を放ち、圧
倒的な力の差を見せつけていた。
「うわぁ・・・すごいですねぇ!」
「でしょう? この学園で最も盛んな部活動の一つなんです」
「へぇ〜、そうなんですかぁ・・・」
「私はディアルト。二年生で、ここの他に茶道部にも所属してます」
そう言い、ディアルトは片手を差し出す。慌てて吉岡は手を拭き、同じように手を差し
出し、握手をした。
「あ、えっと、僕は吉岡博己です。一年生で、さっき転校して来ました。よろしくお願
いします!」
「ええ、こちらこそ」
微笑をそえて、ディアルトが返した。間もなく、道場の奥に到着する。
「綾香さん、入部希望者の人ですよ」
「へ? あぁ、はいはいっ、と」
タオルを肩にかけた、黒い髪の女生徒が吉岡の方を振り向く。
「あなた? 入部希望者って」
「あっ、はい、1年の吉岡博己です」
「私は二年の来栖川綾香で、この部の部長。よろしくね?」
「あっ、はい、よろしくお願いします!」
吉岡は勢い良く、かつ深々と頭を下げた。
「それじゃ、えーっと、実力でもみましょうか?」
「へ!?」
「へ!?」
ディアルトと吉岡は同時に驚き、奇声をあげた。だがそれを無視し、綾香は続ける。
「おーい、君! ちょっとこっち来てー」
そう言うと綾香はそこらで休憩をしていた男子生徒をひとり呼ぶと、事情を説明して半
ば強制的に吉岡を組み手に参加させた。
「よろしくお願いしますッ!」
と男子生徒(名無し)。
「えと、あの、よろしくおねがいします」
と吉岡。
「始めッ!」
と綾香。
こうして、組み手が始まった。
結局、学校には入れなかったが、ちゃんとした学園生活がはじまったような気がした吉
岡だった。



 登場人物
吉岡博己 1年
マルチ 1年
柏木初音 1年
ディアルト 2年
来栖川綾香 2年