Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第39章 「卑怯者の逡巡」 投稿者:YOSSYFLAME




「……おい、広瀬!?」

第2ブロック2回戦第2試合、川越たける、長瀬祐介組  vs  YOSSYFLAME、広瀬ゆかり組。
ゲームポイント5−4とリーチをかけていたYOSSY組であったが、
最後の最後で崩された広瀬ゆかりの支配の牙城
今まさに、たける組の反撃の開始と思われたその時、更にそれを暗示するかのように――



「っく………うぐっ………」
「おい、しっかりしろ!」
傍目で見てもわかるくらい蒼ざめた表情を苦悶に歪めているゆかり。
苦しそうに息を切らして、胸をぎゅっと握り締めているその仕草は、とても尋常なものではない。
「おい!!  誰か診てく――」
「どいて!!」
誰か医療の心得のある者を呼びかけようとするYOSSYを突き飛ばすように、夏樹が乱入してくる。
「ゆかり、大丈夫?  胸、どんな感じ?」
「…………く…………ぅぅ………」
夏樹が呼びかけるも、答えられないくらい苦しんでいるゆかり。
「とにかく治療する!  時間もらうぞ!」
吐き捨てるように審判にぶつけ、ゆかりと夏樹の様子を伺うYOSSY。
「(………くっ………)」
いろいろな感情がいっぺんに頭をよぎり、悔しげに歯ぎしりすることしかできない。



「広瀬さん、とにかく、息をゆっくり吸って、吐いてください………」
「…………う……ん……」
夏樹に次いで、ほどなくコートに降りてきたとーるが、懸命にゆかりの介護をしている。
彼の指示通りゆっくりと息を吸って、そして吐く。その呼吸を続けるゆかり。
「なあ、とーる。広瀬の症状が何で医者でもないお前にわかるんだ?」
「女性の身体のことを根掘り葉掘り問い詰めるのは、マナーに反しますよ、よっしーさん。」
「…………あ、そ。」
今一つ置いてきぼりになった気がして、症状を問うYOSSY。
しかし、何故か意味ありげな表情で、彼らしくもない揶揄をするとーる。
その態度が気になり、なおもつっこもうとした矢先に目に入るゆかりの表情。
未だ苦悶に顔を歪め、脂汗が額に浮かんでいながらも、イタズラっぽく舌を出すゆかり。
「……………ふう。」
ため息をついて、YOSSYはゆかりから視線を外した。

YOSSYが睨み据える先は、コート中央の二人、祐介とたける。
その眼から放たれる尋常ならぬ殺気に祐介もたけるも十分に気づいて、負けじと睨み返している。
今現在ゲームポイント5−4、40−30。
つまり、あと1ポイント奪えばYOSSY組の勝ちが決まる。
その最後の1ポイントを自分一人で奪うという覚悟を、YOSSYは決めた。
気丈に振る舞ってはいるものの、ゆかりの具合はかなり悪い。
もしこれでポイントを奪えず、デュースに持ち込まれたとしたら、もう試合続行は不可能だろう。
だから、その前にポイントを奪う。例えどんなことをしてでも。
それがYOSSYのゆかりに対する、せめてもの――

「YOSSY、広瀬組、治療時間リミットまであと1分です!」
主審の声が無情に響く。
振り返るYOSSYの視線には、足取りがおぼつかないながらもコートに足を踏み入れるゆかりの姿が。
その肩をポンと叩き、
「虚弱体質は大人しく観戦でもしてろ、別にお前になんざ期待してねえから。」
「なんですって…ぇ!」
悔しげにYOSSYを睨むゆかり。
好きでこんな状況になったわけじゃないのに。何もこんな時にまで。
理不尽な悔しさに胸が締め付けられる。
「俺が決めてやる。」
「え……?」
ゆかりの声にも振り返らず、ただ、ラケットを高く掲げ上げた。





「うおおああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
凄まじい気迫でコート内を超機動で縦横無尽に駆け回るYOSSY。
祐介の電波で力を増強されたたけるのパワーさえ、そのスピードで機先を制す。
「くっ………」
既に体力は尽きており、精神力だけで体を動かしている今のたけるでは、今のYOSSYの相手すら困難。
おまけに超機動の軌道を、円を描くようにして駆け回っている為、無駄なブレーキや急カーブは一切ない。
まさに止まることなき疾風が、祐介とたけるに立ちはだかる。



「……やっと、その気になりましたね。」
「ああ、そうだな。」
冷や汗すら浮かべながらYOSSYを見入っているティーと佐藤昌斗。
「え、え?  よっしー先輩、最初から本気じゃなかったんですか?」
こういうことには比較的鈍い松原葵が疑問の表情を浮かべる。
「いえ、確かに最初から彼は本気でした、しかし……」
「広瀬さんが倒れてから、いよいよ凄まじくなってきた、ってとこかな……」



「せやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「………ええええいっ!」
なおも続くYOSSYとたけるのラリーの応酬。
しかし、徐々に押されているのはたけるの方。
残り少ないパワーさえ、YOSSYの超機動からなる連続攻撃に吸い取られるかのよう。



「終わったな。」
月島拓也の非情な呟き。
「今のYOSSYと川越さんとの勢いの差は明白。勝負など最初から見えている。
長瀬君にしろ、その状況で助けにも行かずただ見てるだけなのだからな。どうしようもない。」
無感動な眼差しで試合を眺める拓也。
「……もう少し見所のある男だと思っていたんだがな。」

「そんなことはないです!」
不意に響いた声に振り返る拓也。
「祐クンは、絶対このままじゃ終わらない!  絶対にっ!」
「長瀬さんは、長瀬さんはあれでも、頼りなさそうに見えたって、やってくれる人ですっ!」
拓也の耳に突き刺さる、新城沙織と藍原瑞穂の叫び。
「何を考えているのかいまいちわからない男だが、だからこそ彼は侮れない。
それは君が一番よくわかっているはずだろ、月島?」
瑞穂の側の岩下信も言葉を紡ぐ。

「お兄ちゃん、長瀬ちゃんは勝つよ。」
「瑠璃子……」
「長瀬ちゃんは、きっとみんなを幸せにしてくれる。」
「……………そうだな。」
瑠璃子の曇り無き確信に苦笑しながらも諾する拓也。
「(……さて、ここまでの期待を裏切るのか。それとも。……見せてみろ、長瀬祐介。)」



「くう!」
YOSSYの勢いに耐え切れず、ロブで逃げようとするたける。
ラインギリギリめがけて落ちて行くたけるのロブ。
しかしYOSSYの超機動ならば、これくらい追いつくのはわけはない。
「逃がすか!!」
シュパァァンッ!
落ちる前にロブを迎撃するYOSSY。
その弾道はたけるの真正面に。
――ミスショット!
たけるの腕に力が入る。
がらあきの前衛。ここでボレーを叩き込めば、こちらの――



「そうは問屋が卸さんぜ、たけるさん!!」



「……ええっ!?」
驚愕に瞳を見開くたける。
一瞬。
ロブを打ち返したその一瞬に、その一瞬にYOSSYは、一気に間合いを詰めていたのである。
「(……あ、あの一瞬で……!?)」
まさに驚愕のたける。
がら空きの前衛にボールを叩き込もうとしたその腕は、そのまま止まることなく振り下ろされる。
YOSSYのカウンターショットを食らうことがわかりきっているそんな状況で。

「たけるっ!」
「たけるさんっ!」
同時に叫ぶ梓と電芹。
絶体絶命の窮地のたける。
「こんなところで、こんなところで負けるのかよ、たけるっ!!」
梓の悲痛な絶叫がコートに響くと同時に――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
敗北への恐怖を植え付けられたままたけるは、最後のボレーを打たされてしまった
「勝たせてもらうぜたけるさんっ!!」
刹那、YOSSYのカウンターボレーが炸裂した。
全く反応することすらできないたける。
一瞬で弾道はたけるの横を抜けていき、コートに強烈に叩き付けられて――





「川越さんは負けさせない!!」
信じられない祐介の咆哮。
コートに響くほどの確たる気迫と同時に、鈍い打撃音が木霊した。





「長瀬……先輩……」
完全に負けたと思っていた状況からの巻き返し、およそ信じられない祐介のリターン。
「ごめん、なさい…………」
緊張の糸が切れたのか、その場に崩れ落ちるたける。
限界などとうに越えていたその身体が、静かにコートに崩れ落ちる。



「くっ……!」
祐介の弱々しいリターンが返ってくる。
相手コートに倒れているたけるの身体。
そのたけるに、仮に打球をぶつけることができたならば、その時点でYOSSY組の勝利が決定する。

傷つき倒れた女の子にボールをぶつけて勝って、そこまでして勝って嬉しいのか

おそらくそう言われることだろう。
別にそれ自体はどうでもいい。自分と広瀬、どうせ悪役同士のペアなのだ。
卑怯と呼ぶなら呼ぶがいい。とうにそんなの言われ慣れている。
蚊帳の外の雀共に何を囀られようが痛くも痒くも無い。
しかもこれは反則でもなんでもない、ルール的には胸を張って正当性を主張できる行為。
YOSSYの右手に力が篭る。
「(悪いなたけるさん、こんな土壇場で倒れたアンタが悪いんだ。)」
何の躊躇も無く、YOSSYのラケットが振りかぶられ、そして――





勝つんだぁっ!




1回戦、たけるはそう言って咆えていた。
明白な実力差と、絶望的なまでのキャパシティの差。
強豪・ルミラ、神凪組を向こうに回し、
自分の限界以上まで力を振り絞って、魂までも振り絞り、勝利をもぎとった試合を、YOSSYは見てしまった。
そしてそれは2回戦とて同じ。
並外れた洞察力と支配力で敵を圧倒する広瀬ゆかりと、超機動という俊足武器を駆使する自分との闘いにおいても。
それでさえ、まるで魂を削るかのように立ち向かってき、勝利への執念を剥き出しにし、
そして、倒れた。
そんな娘に対し、そんな勝ち方でいいのか?





ホントは出る予定なんかなかったんだから、私は……





YOSSY自身の我が侭それだけで、無理矢理大会に引きずりこまれたゆかり。
風紀委員からとーる、宮内レミィの精鋭代表チームを送り込み、自分自身は出場を見合わせていた彼女。
そんな彼女を無理矢理試合に引っ張り込んだ。
全く遠慮の無い関係だったから、それに関しては別にどうとも思わなかった。
自分が出たかった。だからゆかりを付き合わせた。ただそれだけだ。
しかし、
今にして思えば、ゆかりは、自分の体調が悪いことを、うすうす自分でも自覚していたのではないか?
そして。出場すれば、おそらく倒れるであろうことを、それほどのものであったことを、予想できていたのではないか?
だからこそ、選抜チームを送り込んだ一方、自分は高みの見物を決め込んだのではないか?

そのゆかりが、紆余曲折はあれど出場を受託してくれ、そして全力で闘ってくれた。
おそらく彼女自身、倒れるであろうことを覚悟した上で。

本来、自分とゆかりとの関係は、まごうことなき敵同士。
だから、ゆかりがどう思おうと、その結果どうなろうと、自分には関係のないこと、かもしれない。
ゆかりにしても、何か企みがあって自分と組んだ可能性も少なからずあるのだから。
しかし、
ゆかりが何を企んでようが、結果的には全力で戦ってくれたことには変わりない。
ならば、それに応えるのが自分が通すべき筋ではないか?
例え宿敵でも、いや、宿敵だからこそ。
そのためには、ゆかりの今までの頑張りを無駄にするわけには、絶対にいかないのではないか?
勝ち方になど拘っている場合ではないのではないか?
そう、自分は確かに誓ったはず。
例えどんなことをしてでも勝つと。
それが傷つき倒れたゆかりに対する、せめてもの筋。





YOSSYにとって、まさに絶好球ともいえる祐介のリターンが、今、射程に入った。










                                                                            …To Be Continued!