「長瀬……先輩……」 完全に負けたと思っていた状況からの巻き返し、およそ信じられない祐介のリターン。 「ごめん、なさい…………」 緊張の糸が切れたのか、その場に崩れ落ちるたける。 限界などとうに越えていたその身体が、静かにコートに崩れ落ちる。 「くっ……!」 祐介の弱々しいリターンが返ってくる。 相手コートに倒れているたけるの身体。 そのたけるに、仮に打球をぶつけることができたならば、その時点でYOSSY組の勝利が決定する。 傷つき倒れた女の子にボールをぶつけて勝って、そこまでして勝って嬉しいのか おそらくそう言われることだろう。 別にそれ自体はどうでもいい。自分と広瀬、どうせ悪役同士のペアなのだ。 卑怯と呼ぶなら呼ぶがいい。とうにそんなの言われ慣れている。 蚊帳の外の雀共に何を囀られようが痛くも痒くも無い。 しかもこれは反則でもなんでもない、ルール的には胸を張って正当性を主張できる行為。 YOSSYの右手に力が篭る。 「(悪いなたけるさん、こんな土壇場で倒れたアンタが悪いんだ。)」 何の躊躇も無く、YOSSYのラケットが振りかぶられ、そして―― 勝つんだぁっ! 1回戦、たけるはそう言って咆えていた。 明白な実力差と、絶望的なまでのキャパシティの差。 強豪・ルミラ、神凪組を向こうに回し、 自分の限界以上まで力を振り絞って、魂までも振り絞り、勝利をもぎとった試合を、YOSSYは見てしまった。 そしてそれは2回戦とて同じ。 並外れた洞察力と支配力で敵を圧倒する広瀬ゆかりと、超機動という俊足武器を駆使する自分との闘いにおいても。 それでさえ、まるで魂を削るかのように立ち向かってき、勝利への執念を剥き出しにし、 そして、倒れた。 そんな娘に対し、そんな勝ち方でいいのか? ホントは出る予定なんかなかったんだから、私は…… YOSSY自身の我が侭それだけで、無理矢理大会に引きずりこまれたゆかり。 風紀委員からとーる、宮内レミィの精鋭代表チームを送り込み、自分自身は出場を見合わせていた彼女。 そんな彼女を無理矢理試合に引っ張り込んだ。 全く遠慮の無い関係だったから、それに関しては別にどうとも思わなかった。 自分が出たかった。だからゆかりを付き合わせた。ただそれだけだ。 しかし、 今にして思えば、ゆかりは、自分の体調が悪いことを、うすうす自分でも自覚していたのではないか? そして。出場すれば、おそらく倒れるであろうことを、それほどのものであったことを、予想できていたのではないか? だからこそ、選抜チームを送り込んだ一方、自分は高みの見物を決め込んだのではないか? そのゆかりが、紆余曲折はあれど出場を受託してくれ、そして全力で闘ってくれた。 おそらく彼女自身、倒れるであろうことを覚悟した上で。 本来、自分とゆかりとの関係は、まごうことなき敵同士。 だから、ゆかりがどう思おうと、その結果どうなろうと、自分には関係のないこと、かもしれない。 ゆかりにしても、何か企みがあって自分と組んだ可能性も少なからずあるのだから。 しかし、 ゆかりが何を企んでようが、結果的には全力で戦ってくれたことには変わりない。 ならば、それに応えるのが自分が通すべき筋ではないか? 例え宿敵でも、いや、宿敵だからこそ。 そのためには、ゆかりの今までの頑張りを無駄にするわけには、絶対にいかないのではないか? 勝ち方になど拘っている場合ではないのではないか? そう、自分は確かに誓ったはず。 例えどんなことをしてでも勝つと。 それが傷つき倒れたゆかりに対する、せめてもの筋。 YOSSYにとって、まさに絶好球ともいえる祐介のリターンが、今、射程に入った。 そんな彼の心理を読んだのか、祐介がダッシュをかけ前に出た! 「(………………)」 無駄なことだ。 いくら祐介がネットダッシュをしてこようとも、軽くボールにラケットを合わせ、 たけるに当ててしまえば、その時点で勝ちなのだから。 YOSSYは腹を決めた。 それを知ってか知らずか突っ込んでくる祐介。 だから無駄だといっているだろう。 祐介の、たけるの、全ての想いを撃ち砕くショートショットが、たけるの身体めがけ撃ち放たれ―― 「かかったな、バーーーーーカッ!!」 しゅぱぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーん…… 軽く当てるまさにその瞬間、腕を引き絞り、たけるの身体など飛び越えて、コート隅めがけて、 YOSSYのラストストロークが放たれた。 彼自身、祐介の行動を読んでいた。 おそらく卑怯者の自分のこと、たけるにボールを当てて安易な勝ちを拾うものと踏んだに違いない。 だが、YOSSYはあえてそうしなかった。 倒れたたけるには見向きもせず、ただ純粋にポイントを、勝ちをもぎ取りに。 絶対にそれが祐介の裏をかくと確信して。 「勝った!!」 絶対の確信のもと、ウィニングボールを見届け―― 「――なにぃっ!?」 祐介は、追いついていた。 絶対の勝利を確信して放ったYOSSYのラストストロークに。 「嘘だろ!?」 驚愕のYOSSY。 確かに祐介はたけるのカバーに前衛に走って来たはず。 YOSSYのような超機動も無い祐介が、追いつくことなど不可能なはず。 「(……まさか……!)」 ラストショットを放つ瞬間、YOSSYの意識はボールに向いていた。 ショットの寸前、まさにその時まで。 その間に。 その間に祐介はバックし、ストロークに備えていた。 それ以外に考えられない。 しかし、何故祐介はそんなことを―― 「僕は、負けるわけにはいかないんだ……!」 シュパァァァン! 考える暇もあろうか、祐介のリターンが逆サイドに放たれる。 「ち! さっさとくたばりやがれ!」 超機動で瞬時に移動し、ボレーの体勢に入るYOSSY。 「引導渡してやらあ!!」 YOSSYのボレーがこれまた逆サイドに―― 「何ぃっ!?」 それにもキッチリ反応している祐介! 刹那、彼のロブが、高く高く、YOSSYの頭すら越えて飛んでゆく。 ネット際に出たものの再び引き戻されるYOSSY。 「(こいつ、偶然でも破れかぶれでもなんでもねえ…… こいつ……、……俺の動きを、俺のパターンを……!)」 「そう、読んでいるんだよ。」 「お兄ちゃん……」 口元を嬉しそうに歪める拓也。 「先程のYOSSY君と川越君のラリー、あれが結果的に勝因になったな。」 「……!……なるほど…!」 「なになに? あたしにはさっぱりわからないよ!」 拓也の確信めいた口調。その言葉の真意に気づく瑞穂に今だ困惑気味の沙織。 「つまりこういうことさ。 このゲーム後半、広瀬君が完全に長瀬君らの動きを読みきって、試合を支配していたのはわかるね。 それと全く同じこと。 一見蚊帳の外に置かれていたかのような長瀬君だが、その実……」 「よっしーさんの動き、パターン、癖を読み取っていた。ですね。」 「そう。しかもYOSSY君は広瀬君が倒れたことで、確かに発奮したかもしれない。 しかし、その代わり――」 「(――攻撃が単調になっているんだ、今の君は。)」 ロブを放った後も落ち着いてYOSSYの行動を読みにかかる祐介。 「(だから――)」 刹那、祐介が動いた! 「(――だから、今の君には負ける気がしない……!)」 「――だからどうした…… 例え、俺の攻撃を読んでいたとしても、それが直接勝ちにつながるか!!」 シュパァァァン!! YOSSYの強烈なリターンが放たれ、向こう側に叩き込まれようとするが、祐介のボレーが待ち構える! 「(かかりやがったな!)」 内心ほくそ笑むYOSSY。 そう、先程たけるを完璧に圧倒した超機動からのカウンターボレー! 仮に祐介がどんな小細工を働かせようと、これだけは防ぐことは不可能! 「(いくぜ! 今度こそ終わりだ!)」 全身全霊の力を込めて、ネット際に猛進するYOSSY! 「(YOSSY君……)」 祐介は冷静だった。 この極限の場面にきてすら、いや、ここにきて信じられないほど、祐介は冷静になっていた。 「(確かに君のカウンターボレーはすごい。でも……)」 冷静な祐介。 しかし、冷めているわけでもなければ、投げやりになっているわけでも無論ない。 「(でも、何故だろう……)」 静かな闘志。凄まじい集中。 頭は冷静でいながら、胸のうちは煮えたぎっている。 「(何故だろう……、きっと……)」 浩之のようなストレートな炎でもなく、耕一のように圧倒的な存在感を持ってもいない祐介。 しかし、この土壇場にきての冷静さと、静かな、氷のような闘志。 「(きっと、なんとかなるような気がするんだ。)」 その曖昧な言葉とは裏腹な確固たる自信。 「(そして、川越さんのためにも……応援してくれたみんなのためにも……)」 自信と仲間から受け取った希望、それを為す力。それこそ―― 「だから、負けるわけにはいかないんだ!!」 シュパァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン…… 今までで最大の集中力と気迫で放たれた祐介のショットは―― 「くああああっ!!!」 ネット際寸前のYOSSYの頭上を越える、ループショット 目一杯ラケットを伸ばすが届かず。 しかも、超機動で加速中のため、後ろに回ることなど絶対不可能! 「く……くそぉぉぁっ!!」 完璧な祐介の勝利。 YOSSYの超機動≠フ弱点をついた、見事な。 彼の超機動は、確かに瞬時に間合いに入ることができ直ちに放てる優れもの。 しかし、超機動とて慣性には逆らうことはできない。 むしろ超機動の最大の弱点こそが慣性≠セということに。 車のようなスピード£エ機動の謳い文句。 しかしながらそれは皮肉にも車は急に止まれない YOSSYのパターン、癖をこの状況で読み切り、そしてこの土壇場でこれほど柔らかいループを放てた祐介。 「(……負けた……っ……)」 YOSSYには、既にどうしようもない。 まごうことなき完全勝利。 一対一の闘いを、祐介は見事に制したのだ。 この崖っぷちの闘いを―― 「――やっぱ、最後に決めるのは……女優って感じ!?」 「え……っ!?」 「広瀬!?」 信じられない光景。 今の今まで満身創痍そのものだった広瀬ゆかりが、祐介のループに反応している! 荒く息をつきながら、それでも渾身の力を引き絞り、ラケットを振りかぶるゆかり。 「しまっ……!」 YOSSYとの闘いに全集中力を使い果たした祐介に、ゆかりのショットに反応できる余裕など既に―― 「おい、無茶だ広瀬!」 「ゆかりっ!」 XY−MENや夏樹の声が響くも、ゆかりのスイングは止まらない。 「広瀬っ!!」 「(あなたなんかに心配されるほど、私は落ちぶれた覚えはないけど……?)」 ゆかりのスイングが、綺麗な軌跡を描き、そして―― 「(だって……)」 そして、振り下ろされた。 「(だって私、女優だもの……)」