四季は、ただ黙っていた。 この静寂を破ることは、彼女にはできなかった。 向かいに座りし一人の男、その男から漂う恐るべき殺意。そして――歓喜。 「一度はやってみたいと思っていた……」 静寂を破る男の声。 「SS使い――と、およそ呼ばれる奴等の中でも、な――」 男は震えていた。 恐怖ではなく、歓喜の為に。 「……その為に、阿部先生をけしかけたんですか? 彼≠本気にさせるその為――――ぐっ!」 ダンッ!! 四季が最後まで言い終わる間もなく、その爪は彼女の喉を掴み、壁に叩き付ける。 四季の顔が恐怖に彩られる。 恐怖の暴走強化人間≠スる、彼女が。 「――済まない」 間を置き、男の手が彼女の喉から離される。 「……すみません。先生のお気持ちも考えずに……」 「……いや」 四季の謝罪を、男は制す。 「結果的には、君の言う通りになったからな。そして――」 男――柳川裕也の口が歪む。 「そうなることを。あの男の本気を期待していた自分を――」 押さえることはもう、出来ない。 「行こう、四季君」 控室から出て行く柳川。その後を静かに追う四季。 「ハイドくん」 静寂漂うもう一つの控室。 EDGEの声が、それを破る。 「勝とうね」 自分に言い聞かせるようにも聞こえる響きで、彼女は呟く。 いつになく真剣な表情のEDGE。しかしながらそれももっともな話。 普段こそ「エルクゥユウヤ☆」だの「科学部メカニックの尻敷かれ」だの言われているが、 次の対戦相手は、まさしく最凶最悪、柳川裕也とそのパートナー四季。 勝利しか考えずに闘う彼女のビジョンにも、暗い影が射しかねない相手。 「師匠……」 そんな彼女に響く声。 「俺の闘いは、勝つ為の闘いではないです」 「ハイドくん……」 その言葉の意味は、彼女には十二分に理解できていた。 そしてそれを裏付けるかのようなハイドラントの佇まい。 殺気、いや、気すら感じられない。 まったくの、――無。 「行きましょう」 そして彼≠轤ヘ舞台に向かう―― 『さあ! いよいよ始まります! 第1ブロック代表決定戦!!』 ブロック代表決定戦だけあって、観客の入りは相当なもの。 それに加え、この組み合わせ。 大歓声が飛び交うのも当然のこと。 「何が起こっても何の不思議もない! 厳重に警備を頼む!!」 そして、あちらこちらで厳戒態勢をとる、ジャッジ、来栖川警備保障、校内巡回班の面々。 「いい!? 常に緊張感を保っていて!」 風紀委員長・広瀬ゆかりも体調不良を押して指示を出す。 『出てきました! 四季、柳川裕也両選手の入場です!!』 緒方理奈のアナウンスと共に湧き上がる観衆。 だが次の瞬間、水を打ったように静まり返る。 それほどに凄まじい殺気を漲らせ入場してくる柳川と四季。 「さて、どんな試合を見せてくれるかな、柳川先生……」 興味津々とした表情で、榊宗一がコートを眺めている。 「皇さん……」 「ん?」 皇日輪が声に気がつき振り向いた先には、不安な表情のエリアの姿。 「私、なんだが嫌な予感がするんです。 この試合、無事に終わるでしょうか……?」 エリアの不安の声に、皇は何も言えなかった。 彼自身感じてる不吉の予兆。 彼らに出来ることは、ただこの試合を見守ることしか出来ないのであるから。 『そしてぇ! 対するはEDGE、ハイドラント両選手!! 今、入場です!!』 柳川組の入場で静まり返った観衆は、さらに場内の温度が下がったかのような錯覚に襲われる。 淡々と歩を進めるハイドラントとEDGEの二人。 会場には、この2人の足音が響くのみ。 「(師匠……師兄……)」 固唾を飲み込み二人を見つめる夢幻来夢。 彼にしてこれほどの二人、いや、これほどのハイドラントは見たことがあるかどうか。 無≠ゥら漂う凄まじい威圧感。 これから起こるだろう出来事に、彼は震えを禁じ得なかった。 ついに同じコートに立つ4人。 ネット際に来ても、開始の握手すらせず、ただ互いを睨み据えるのみ。 「両選手! 開始前の握手をするように!!」 臨時審判の柏木耕一の指示すら無視し、互いを無言で睨む柳川とハイドラント。 「両者、試合開始!! サーバー・EDGE組!!」 どこからか聞こえた声に、散らばる選手達。 「月島君っ……!」 「どのみち試合進行が遅れるだけですよ。 それに、下手にガチガチに制約しない方針ですから。今大会は」 月島の話に、ふぅとため息をつく耕一。 「それでは、第1ブロック代表決定戦・四季、柳川組 対 EDGE、ハイドラント組―― ――始めぇっ!!」 「(本当は緒戦から使うつもりだったが………好都合だ!!)」 ドキュッ!! 試合開始の号令と共に放たれたハイドラントのサーブ! 「なっ!?」 絶句する四季。それも当然。 ハイドラントのサーブは、レシーバーの四季など見向きもせずに―― ガシイィッ!! ――ハイドラントの真正面、前衛の柳川の顔面に炸裂した。 「貴様………」 ハイドラントの口から漏れる呟き。 明らかに柳川を狙ったブラッシングボール。 それを柳川は首一つ捻ることすらせず、マトモにボールを受け弾いた。 しかも今の一撃、確実に柳川の片目を狙った……はずだった。 それが前頭部横に当たるにとどまったという事実。 ハイドラントの実力からして、外すはずはない。……だとすれば。 「(気圧された………この俺が?)」 「……つまらんな」 ボソリと呟く柳川。 「何を気取っている。 そんな程度の炎で俺を焼き尽くせると、本気で思っているのか?」 「何……?」 「本気で、来い」 顔色一つ変えることなく言ってのける柳川に、ハイドラントの口元が歪む。 「……後悔、するぞ」 「……そろそろ、ハイドの試合じゃない?」 医務室。 2回戦のダメージのためにベットに横になっていた来栖川綾香が、ふと呟く。 「……そうだな」 そんな彼女にずっと付き添っていた悠朔が、合槌を打つ。 「見に行こうか、ゆーさく?」 「……ダメだ」 観戦に意気込む綾香を制する悠。 「お前の2回戦のダメージは、お前が思っているよりずっと深い。まだ安静にしているんだ」 「なんともないわよこれくら………ったたっ…!」 「言わんこっちゃない。 せめて3回戦に出場したいのならば、ここで安静にしているんだな」 「だったらゆーさく行ってきてよ」 「私が?」 「せめて結果だけは教えて欲しいのよ。ね、お願いっ」 両手を合わせておどけながら頼み込む綾香に、ため息をつく悠。 「……わかった、見に行って来てやる。 だからそこで大人しく寝てること。わかったな」 「はーいっ♪」 「(……やれやれ)」 手間のかかる妹を看病しているような錯覚に頭を抱えながら、悠は医務室を出た。 「(ハイドラントの試合か……確か次は柳川との一戦だったはず……)」 会場に向かいながら、考えを巡らせる悠。 柳川の強さは悠とて十分に認識している。 しかしながら、ハイドラントが負けるほどの相手とまでは思えない。 「(そうさ……アイツが負けるなど……)」 自分が終生の宿敵とまで定めたその相手が、自分以外の人間に負けるなど―― 「YOSSYFLAME?」 コートについた悠が見つけた人影は、彼がよく知る男のものだった。 「おい、YOSSYFLAME。ハイドラントの試合は――」 「は、ははは、ははははっ……」 YOSSYの笑い声に生気がない。 右腕で前髪をしゃくりあげながら、蒼白の表情を笑いに歪める。 「どうしたんだ!? YOSSYFLAME!!」 YOSSYの肩を後ろから強く掴みながら咆える悠。 「見てみろよ、悠。 信じられるか? あの強さが……」 「!!………ハイドラント…っ………!…?」 悠は、自分の眼前の光景が信じられなかった。 自分の眼前にある光景を、ビジョンしたことすら彼にはなかった。 地に膝をつけ、ボロボロにされている満身創痍のハイドラントの姿など。 「どうした、これで終いか?」 それに対してコートの向こうで、顔色一つ変える様子すらない柳川裕也。 その佇まいは、なんら普段と変わるものではなかった。 「く……っ! ナメるなよ、俺を………!!」 満身創痍のいでたちで、なおも立ち上がるハイドラント。 「喰らえぇぇ!!! 黒破雷神槍ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」 唸りをあげて柳川に襲いかかる、神威のSS・黒破雷神槍! 「ほう、さっきより激しいな……………だが!!」 柳川の右腕が、消える…… 「グオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!!!!!」 ドキャオンッ!! 「か………っ!!」 ハイドラントの鳩尾に、煙を噴いたボールがめり込む。 しかし今度は膝をつかずに耐える。 「ちっ……!」 それでも眼だけは死なず、殺気を帯びた視線をぶつける。 「ゲーム! 四季、柳川組! ゲームポイント3−3!」 耕一の宣告がコートに響く。 確かにスコアでは3−3と、タイスコアのいい勝負。 しかし、実情は…… 「……いいようにされてるんだよ。四季と…そしてあの柳川にな………」 「なんだと……? あのハイドラントが………遊ばれてるだとぉっ!!!」 YOSSYの胸倉を強く掴み、語調荒げる悠。 そんな悠にYOSSYは、力なく答えた。 「ハイドラントに限った話じゃない………おそらく誰がやっても同じ結果だよ」 「信さん……」 呆然と、傍らの岩下信を見つめる藍原瑞穂。 岩下は震えていた。 いや、震えているのはジャッジリーダー岩下信≠ナはなく、その彼に内在する魔王オロチ=B 破壊と殺戮の魔王が脅え震えている。 鬼*川裕也の全身から放たれる圧倒的な恐怖≠ノ。 「これがセンセの……本当の実力だよ」 「はー……、それにしてもつくづくすごいですねっ」 周囲が驚愕と恐怖に包まれる中、平然としている二人。 エルクゥ同盟、ジン・ジャザムに、柳川の科学部での弟子・ひめろく。 「だいたいどいつもこいつも、センセをナメすぎよ。 ちょっと本気になれば、あのハイドラントを相手にしてさえあの通りよ」 柳川の本当の姿を知るジンだからこそ言える台詞。 「でもでもっ」 「なんだ? ひめろく」 「どうして師匠はハイドラントさんに限って、そのベールを脱いだんでしょうかぁ……」 ひめろくの問いにぶっきらぼうに答えるジン。 「俺が知るかよ、そんな事」 ――ドシャッ…… 執念で対抗していたハイドラントも、ついに崩れ落ちる。 「ハイドくんっ!!」 彼の惨状にたまらず駆け寄るEDGE。 「ハイドくん、大丈夫――」 「………触るな」 「え……?」 師匠の手をも拒絶し、独力で再び立ち上がる。 「すみません、師匠。ですが……」 それ以上は何も言わず、全く衰えない殺意の視線で柳川を睨み据える。 鬼が何だ。 柳川裕也がどうした。 俺の前に立ち塞がる奴は皆…………永久の安息を呉れてやる。 「――まだだ」 地に這いつくばり、かつ起き上がるハイドラントを見据える柳川。 「こんなものが貴様の炎か? いいや――」 柳川の口が狂喜に歪む。 楽しませてくれよ、――ハイドラント。 ============================================== どおもお、YOSSYです。 ゆかり:こんにちは、広瀬ゆかりです! よっし:さて、3回戦です! 先陣を切るは、四季、柳川組 vs EDGE、ハイドラント組! ゆかり:で、今作のコンセプトはなんでしょう? よっし:『悪鬼・柳川裕也』です! ゆかり:それはわかるけど、強すぎない? よっし:強すぎない。 むしろ今までのみなさまのイメージの柳川先生が弱すぎたという話も。 ゆかり:まあ、「痕」のラスボスだしねえ…… よっし:やっぱり柳川先生は強くて怖くてナンボだと思うのですが、みなさまはどうでしょうか? ゆかり:ところでさ。 よっし:なに? ゆかり:反則じゃないの? 黒破雷神槍。 よっし:えっとな。サッカーと同じで反則を流すことがあるんだよ。 つまり、ハイドさんの雷神槍で柳川先生、特に制限受けなかったろ? ゆかり:ふむふむ。 よっし:そーゆーこと。 その反則によってプレイの流れを妨げられないと判断した場合、 審判の裁量で反則流すこともあるんだよ。 ……でないと試合進行しないだろ、なかなか。 ゆかり:なるほどねえ…… よっし:と、暗躍のルールブックに書いてあった。 ゆかり:で、次回はもちろん? よっし:決着編っ!! ゆかり:4者4様の思惑が絡み…… よっし:EDGEさんも四季さんも大活躍予定! ゆかり:そういうことなので、次回も楽しみにしていただければ嬉しいですっ!