Lメモ他伝風紀動乱編その1 「Holded Spiders」 投稿者:YOSSYFLAME




「……で、今月の上納金は払えない、と……」
  校内某所。
  生徒指導部長ディルクセンと、その後ろに取り巻きが数人。
  そして彼の前には、いかにもそれとわかる不良高生が跪いていた。
「んなこと言われても仕方ねえだろう――」
  ジロリ。
「っ!」
  震えながらもタメ口を叩く不良。しかし彼もディルクセンの一瞥で恐れ噤む。
「だ、だってよ、アンタらで取り締まっといて……おかげで――」
「永井」
  不良の弁解を聞く気もなく囁くディルクセン。刹那、不良の背後に一つの影が。
「……更正させてやれ」
「へへっ、しょうがねぇな。……うぉら、ちょっとツラ貸せや」
「ヒッ!  ちょ、ちょっとまって――」
  永井と言う名の構成員らしき男に首根っこ掴まれた不良の声が、みるみる遠ざかってゆく。

「……これで10組目だな」
「そうね。しかも誰も彼もが“アンタらで取り締まっといて”という言い訳……」
  ディルクセンの声に、実妹・松原美也が答える。
「考えられるのは2つ。一つはとーる君胆煎の監査部」
  横で控えていた真藤誠二が口を開く。
  監査部――各組織の平衡を保つ為結成され、構成員は各有名所属団体からの選抜。
  緒方英二を顧問に据え、保科智子を委員長に擁し、前述の通り、風紀委員・とーるの胆煎
で発足した組織である。
「でも、僕が思うに彼らじゃありません。
10組が10組、全員監査部内風紀委に取り締まられたなんて、そんなことはちょっと…
…」
「すると?」
「そうです。残る一つの風紀派閥・風紀委主流派の仕業ですね」






――数週間程前。

「さーてと、帰ったらなにして遊ぶかなぁ……」
  相も変わらず何考えてるのかというような面持ちで歩いてたYOSSYFLAME。
  どんっ!
「っ……!」
  遊ぶことばかり考えてたせいで、人とぶつかってしまう。
「すみません。あの、大丈夫ですか?」
「あたたた……っ」
  その彼は、YOSSYの目の前で尻餅をついて痛がっている。
「っ痛えなあ。気をつけろよな」
「あ、ああ、悪かった……」
  素直に頭を下げるYOSSYを一瞥し、向こうにいってしまう彼。
  そんな彼の後ろ姿が、YOSSYは妙に気になっていた。
(なんかあいつ、誰かに似てたような気がしたなあ…………気のせいかな?)



「見た見た夏樹?  あいつの反応!」
「さすが女優ですね……恐れ入りました」
  そんなYOSSYの反応を、教室の陰で含み笑いしながら見ていた一組の男女。
  いや、“一組の男女”というのはこの場合、適切ではないだろう。何故なら――
「ま、あの女探知器のスケベよっしーを騙せたんなら、他もなんとかなるよね、うん!」
  “彼”が、本来の澄んだトーンで自信たっぷりに口にする。
「それにしてもさすが芳賀さんといったところかも。こんなに格好いいメイクをしてくれ
るんだもん」
「……癖にならないでくださいね、“委員長”」
  鏡を見ながら自身でも驚きを隠せないその様子に、苦笑混じりに夏樹が言う。

「ということだから、みんな、いい?」
  あらかじめ教室に待機していた、XY−MENや宮内レミィをはじめとする風紀委主流派
メンバーに向かって、“彼”=風紀委員長・広瀬ゆかりが口を開く。
「生徒指導部が幅を利かせるようになってから結構経つけど、校内の治安は私が風紀委員
長として矢面に立っていた頃よりは、良くなってきてると思う」
  先程の陽気な口調は陰を潜め、真剣味を増した言葉が口から出る。
「遅刻者や校則違反者も減り、校内での乱闘も少なくなったと思う」
「おいおい広瀬、いきなり何言い出すんだお前?」
「指導部のやり方に終始問題提起していたのは委員長自身じゃないですか」
  予想外のゆかりの言い分に、XY−MENやたくたくが疑問符を投げかける。
  しかし次のゆかりの台詞を前に、疑問符は氷解する。
「――表向きは、ね」
  深く染み透るようなゆかりの言葉。
「表に出ることのなくなった諸問題はどうなると思う?」
「それは……おそらく裏で……」
「その通り。
生徒指導部の圧政に耐えられない不良達は、裏で悪さを依然として続けている。
――しかも以前より、ずっと陰湿な形でもってね」
「あの、お言葉ですが委員長は、指導部の不良鎮圧に反対なんですか?」
「それ自体は反対じゃないわ」
  たくたくの発した疑問に、ゆかりはゆっくりと答える。
「問題は、それをしている指導部が、奴ら不良の裏にまで全然目を向けていない、そのこ
となのよ。目に付くところ、目立つところのみに目を傾けてね。
だからこそ、裏の掃除を私達風紀委主流派がやってあげようってわけ」
  因みに、ゆかりの考えには一つ間違いがある。
  指導部は不良達の裏のことなど先刻承知済みである。
  それどころか、不良達が裏にこもっての悪さの原因を作っているのが、実は他ならぬ生徒
指導部そのものなのであるから。
  不良達は、悪さを見逃してもらう見返りとして、指導部に上納金を支払っている。
  その上納金を払う為の稼ぎ――稼ぎの内容たるや想像に難くないだろう――が、今裏で行
われているのであるのだから。

「で、なんで私がこんな格好をしているのかと言うと……」
  ゆかり自身が提案した作戦は何かと言うと“囮作戦”。
  そんな不良達が狙うのは、気弱な一般学生と相場が決まっている。
  そんな気弱な生徒をゆかり自ら演じ、彼女自身絡まれたところで発信機のスイッチを押し
、駆けつけた風紀委員が取り押さえる、といった寸法である。
「私は危険ですって言ったんですが……」
  夏樹が軽く額に手をやる。
「でも夏樹、これしかないと思う。
  私達が大挙して見回る場所では、奴らは絶対シッポなんか出すわけないし」
「しかし、委員長」
  間を縫ってたくたくが口を挟む。
「そのやり方は紛れもなく騙し討ちです。指導部や監査部が何というか……」
  ゆかりのその提案を、しかしながらたくたくは額面通り受け取りはしなかった。
  今、風紀委の実質的指揮権は彼女にはない。
  彼女の政敵、生徒指導部長ディルクセンに、その統括権は握られている。
  その統括権を一刻も早く奪り返したい気持ちはわかる。
  たくたくが読むところのゆかりの考えはこうだ。
  生徒指導部に実権を握られたからといって、それは風紀委員会内部だけの話。
  全校生徒にまでそれが浸透しているわけでは決してない。
  そこでゆかりは、生徒指導部のアラをあからさまにすると共に、自分達への生徒達の支持
を確保しようと、そういう腹積もりなのだろうと。
  しかし、そのゆかりのやり方では指導部を黙らせることはできない。
  逆にそれが、向こうに格好の攻撃材料を与えてしまうことになることも、彼は読んでいた。
  だからこそゆかりを試す意味も込めて、たくたくは口を挟んだのだが……

「なんで私が指導部や監査部の顔色伺って動かなきゃいけないのよ」
  そんな彼に、ゆかりはきっぱり言い放った。
「騙し討ち大いに結構。叩きたい奴には叩かせとけば?
正直今はそんなこと気にかけてる場合じゃないのよ。
以前同じような暴政を敷いていた私だからわかる。
実権が帰ってくるまで待ってたら、この学園が中から腐りきっちゃうもの」
一点の澱みもないゆかりの決意。
「というわけで、みんなにこれ渡しとくわ」
  皆がゆかりから手渡されたものは、小型の受信機。
「まあ、私一人でも大丈夫だとは思うけどっ。みんな――お願いね!」
  風紀委詰所に、不安と心配と、そして闘志の入り交じった咆哮が響きわたった。



(何考えてるんだあの人は……)
  広瀬ゆかりという少女のことを、たくたくは考え耽っていた。
(それとも単に、ただ考え無しなだけか……?)
  ゆかりの口ぶりからすると、おそらくわかってはいないだろう。
  指導部が、上納金と称して不良達から集金をしている事実を。
  一般生徒の一部が苦しんでるという事実が、その上納金の捻出にあるということを。
  そして――自分が生徒指導部のスパイとして、彼女ら主流派に潜んでいるという現実も。
(ま、彼女が馬鹿なんでしょうね。スパイの存在も考慮に入れずに……)

「今更そんなこと考えたって仕方ないじゃない」

(え!?)
  さすがのたくたくも度肝を抜かれたゆかりの声。
「でもゆかり。
さっきも言ったけど、あの中に指導部のスパイがいる可能性だって十分考えられるのよ?
いえ、おそらく間違いなくいると思う」
  そんなゆかりを窘めるかのような夏樹の声も続いて聞こえる。
(なんだ……びっくりした……)
  自分に投げかけられた言葉かと思い吃驚したたくたくであるが、気を取り直し扉に耳をや
る。
「あの中でも特に信用のおけるメンバーだけに打ち明けたほうがよかったんじゃ……」
  当然だろう。夏樹の言葉にたくたくは内心大きく頷いた。しかし。
「信用のおけるメンバーって、誰のことを言ってるの?」
「え?」
  思いもかけぬゆかりの言葉に、さすがに戸惑う夏樹。
「いや、ほら、例えば――」
「――私ね」
  夏樹の言葉を緩やかに遮り、一言一言言葉を紡ぎ出す。
「私ね、実権がなくなって、委員の多くが指導部なり監査部に行っちゃったじゃない。
けれどそんな中で、たった十数人だけど、私についてきてくれた。
そのことを私、すごく嬉しく思ってるんだ」
「ゆかり……」
「もちろん、出ていったメンバーを恨んでるわけじゃない。
彼らは彼らなりに考えがあって出ていったんだろうし、また彼らが戻ってくるように頑張
ればいいことだと思うし。
けれども、その中で残ってくれたみんなのことは、本当に有り難く思ってる。
そんなみんなを、つきあいの浅い深いでさらに区別はしたくないんだ」
  夕陽に照らされながらのゆかりの笑顔に、夏樹もしばし呑まれてしまう。
「もちろん全く計算が頭にないわけじゃないけど。
それにしたって、一人か二人の内通者のために他のみんなを変に疑って、みんなの士気を
殺いじゃうのは、全体的に考えてもプラスじゃないと思うでしょう?
それに……」
  真っ直ぐに、夏樹の瞳を見つめながら。
「もし何かあっても、あなたやみんながいるじゃない」

「ふう……」
  黙って、ただ聞いていた夏樹だが、諦めたようにため息をつく。
「まったく、世話の焼ける御館様をもったと思うわ、私も」
  はにかみながら夏樹も、ゆかりにはっきりそれを伝える。
「でも、だからこそ、みんな貴女について来てると思う。――無論、私もね」

(………本当に、馬鹿な女性ですね。まったく)
  無言で。
  静かに、たくたくはその場を立ち去った。



  そして、風紀委主流派による“囮作戦”が、ついに決行された。
  ゆかり扮する囮の少年は、実にそのテの連中が寄ってきそうな雰囲気を漂わせ歩く。
  もともと華奢なゆかりのこと、ほんの僅かなテイストで、嗜虐心をそそる少年を演ずるの
は、本職が本職の彼女にとって、赤子の手を捻るよりも容易いことだった。
  そして、面白いように罠にかかる不良達。
  所詮格好だけの連中など、ゆかり一人で十分間を持たせられる。
  そうこうしてるうちに発信機で呼び出した、XY−MENやレミィ、たくたくといった風
紀委員の連中のお縄に、次から次へと獲物はかかっていった。
  そしてそれは同時に不良達にとっては、上納金を稼ぐどころの騒ぎではない。
  周りから聞こえる風評、“絡んだが最後、風紀委員が飛んでくる”
  ゆかりを“生餌”にした風紀委員主流派の“狩り”の凄まじさはまさに圧巻。
  僅か数週間で、学園内の恐喝の被害は激減していき、またそれは、一般生徒に大きな安心
感を与える事となり、泣き寝入りなどの数もそれに伴って激減。
  そんな一般生徒の態度を前に、学園外で狙っていた不良達も完全に当てが外れ、また、本
来は学園内だけにしか出没しないと思われたXY−MEN、レミィらの活躍によって、見
る見るうちに恐喝不良の脅威は、その勢いを衰えさせていった。
  そしてそれは、生徒指導部に上納金を収められないことを当然意味する。
  使えぬ不良に用はない。
  指導部長ディルクセンの容赦ない粛正によって、指導部傘下の不良は殆ど絶えかけた――






「部長」

  ――絶えかけたかに思えたそのとき、方策を練るディルクセンに投げかけられる声一つ。
「……たくたくか、何だ?」
「主流派の活躍の秘密のことで少々……」

「……本当か、それは?」
「ええ。委員長広瀬ゆかり自らが囮となり、寄ってきた不良共を仲間達に狩らせる。
それが、不良達の上納金枯渇の直接の原因になっているのは間違いありません」
「広瀬……小癪な真似を……
………まさか、上納金のことは奴には漏れてないだろうな?」
「その点は問題ありません。
まさか不良達の搾取人が我々だとは、さすがの彼女も思っていないでしょうね」
  苦々しく報告を聞くディルクセンに、一字一句説明するたくたく。
「背後の存在に関しても探りを入れているようですが、さすがに彼らも口を割らないよう
で」
「当たり前だ」
  口を割ればどんな目に合うかぐらいは指導している、といわんばかりに言い放つ。
「しかしながらこれは、正式な手続きを踏んでいない騙し討ち。
これは今度の会議辺りで誰憚ることなく、広瀬を糾弾できるかと――」
「無理だな」
  たくたくの提案を、しかしながらディルクセンはあっさり斬り捨てる。
「騙し討ちだという証拠が何処にある?
既に解っているとは思うが、事ここに至って、テープ類の証拠はなんら説得力をもたん。
それに、広瀬が男装して誰だかわからないという認識がある以上、傍から見れば
“恐喝を働いていた現場にたまたま居合わせた風紀委員が取り押さえた”
と言う風にしか取ってはもらえん。
単純に手柄は主流派委員のもの、ひいてはトップの広瀬の功績にも繋がる。
我々にしてみれば資金は減るは評判は移るは、踏んだり蹴ったりだ……チッ」
  苦々しく舌打つ彼。
  事実、ゆかりたちの反撃に対処する手段はない。
  なにしろ彼女たちがやったことは、権力・派閥争いでもなんでもなく、ただ単純に
“風紀委員としての職務を遂行している”だけなのだから。
  それだけに指導部にしてみれば、なんら有効な対抗策は得られない。

「――正当な対抗策は、ですけどね」
  ピクリ。
  不意に言い放ったたくたくの言葉に、ディルクセンの眉が上がる。
  そしてそのまま顎をしゃくる。続けろ、という無言の合図。
「広瀬ゆかりが男装している以上、傍から見ればその生徒は“風紀委員でもなんでもない
ただのいち男子生徒”と言う風にしか取られませんよね」
「それで?」
  ディルクセンの促しに、一瞬続きを言い澱む。
  彼の脳裏に、数日前の広瀬との会話が鮮明によぎる。
  別に他愛のない挨拶。そう、不良掃討に汗を流したその時に二、三会話を交わしただけ。
  “お疲れさま。無理させて悪いと思うけど、頑張ってね”
  それだけの会話と、それとともに投げかけられた労りの笑顔。
  ただ、それだけ。

  たくたくの眼の光が、暗く鈍いそれを放つ。

「いち生徒が少々な目に遭ったとて、世間は然程に騒ぎませんよ。
風紀委員長にして女優の広瀬ゆかりではなく、ただの気弱ないち男子生徒、ならね」






「さて、不良完全鎮圧まであと一歩。あと数日の辛抱だから、みんな頑張ってね!」
  男装済みの、何処から見ても少年そのもののゆかりの声に、気合の篭った咆哮を返す。
「と、その前に……」
  カチッ。
  ピピピピピ……
「うんっ、発信機も受信機も感度良好!  じゃ、行ってくる!」
『オウッ!!!』
  待機のメンバーに一声かけて、ゆかりは颯爽と部室を出る。
  彼女から呼び出しがかかるまでの間、思い思いに過ごす主流派の面々。
  そんな中たくたくは、何食わぬ顔で他のメンバーと談笑していた。
  ゆかりが指導部の罠に、完全にはまったのを見届けて。



「おにーさん。ちょっといーかな?」
「ささ、ちょっと付き合ってくれない?」
  毎度と言えば毎度の如くのワンパターンの台詞にいい加減ゆかりもウンザリしてきた。
  と、思っていたのだが、どうやら今回の相手はちょっといつもとは違うよう。
  自分一人では酷と踏み、躊躇いなく発信機のスイッチを押すゆかり。
「ちょっとさ、お小遣い貸して欲しいんだけど、いいかな?」
「絶対返すからさ、頼むよぉ」
  などと言いながらその腕はガッチリとゆかりの肩を掴んで離さない。
  返す気もない癖に浮くような台詞を吐きながら、ジロジロと男装した彼女をねめまわす。
「い……いえ……困ります……」
  などと気弱な演技を織り交ぜながら、ゆかりは援軍を待ち続ける。



(……ちょっと悪い気もしますけど、これも我等が部長のため……)
  依然として、主流派の仲間たちと談笑に興じるたくたく。
「なあ、委員長からの合図、まだか?」
「まだだろう?」
「まあ、ここまでやってなあ……」
「いい加減、奴等も大人しくなってるだろうよ」
  思い思いのセリフを吐く主流派の面子。
(確かに不良たちはあなたたちの言う通り、腰が引けて大人しくなってますよ。
不良たちは………ね)
  主流派の呑気な台詞に吹き出しそうになるのを必死に堪え、思いを馳せるたくたく。
(今頃貴方たちのリーダーが、ジャミング(=妨害電波)と言う名の蜘蛛の糸に絡め取ら
れているのも知らないで、全く呑気なものですね……)
  ゆかりの前に現れた今度の不良は、指導部選りすぐりの凄腕5人。
  しかも彼ら全員、ジャミング用の発信機を携帯済み。
  それはすなわち、ゆかりがいくら発信機のスイッチを押したところで、その信号がメンバ
ーに届くことはないということ。
  隠密護衛の貞本夏樹には、指導部の永井が押えにかかる。
  今やゆかりは孤立無援、蜘蛛の糸に絡め取られた蝶も同然。
(自分の甘さを身体で悔いなさい、広瀬さん)
  そんな彼の眼の陰さを、主流派の誰も気づかなかった。



(ちょっと……なにやってるのよ、みんな……)
  呼べど押せども仲間は来ない。
  当然のこと。ゆかり狙いの指導部の罠により、全ての連絡手段が遮断されているのだから。
  しかも相手は結構な凄腕、ゆかりの顔にも焦りの色が。
「なーきーてんのー?  貸してくれるの、くれないのー……っとっ」
  さわっ。
(っ!?)
  ゾクッ……
  身の毛のよだつような寒気が背筋を走りぬけ、肌に立つ無数の鳥肌。
(この……っ!)
  ガッ!
「おご…っ!」
  急所目掛けて放つ膝蹴りがモロに決まりよろめく男。
(しょうがない!  ここは逃げるが勝ちってことで……!)
  男達からきびすを返し逃げ出そうとするゆかり。
「くっ!?」
  その彼女の腕が強い力で掴まれる。周りを残りに取り囲まれる。
「なに逃げてんだよ」
「なんかコイツ、調子ん乗ってねぇ?」
「ちょっとシメるか、なぁ?」
  ニヤツキながらいやらしく舌なめずりし近づく不良。そして。
「ちょっ……なに、やめ……!」






「たくたく……か」
  少し遡った記憶を思い出し、ディルクセンから漏れる含み笑い。
  主流派内で間諜の役割を、これ以上もなく果たしてくれた男。
「この分だと、特捜部を侵すのもなんとか上手くやれるか……クク……」
  誰もいない自室で想いをよぎらせるディルクセン。
  おそらくこれで、ゆかりと主流派の間に見えぬ亀裂ができる筈。
  資金源を断たれ評判を取られた落とし前を、見事にキッチリつけてくれた。
  そんな有能な幹部を得られた喜びと、これからの展望の明るさに。






「おぉら!」
  ドボォッ!
「えぅ!……か…は……はぁ……はぁ……!」
  男装しているゆかりの腹に、容赦なく男の拳が入る。
  羽交い締めにされ、腕を後ろに回され、両脚をも押さえつけられ。
  磔にされた状態でのまま、ゆかりは殴られ蹴られ続ける。
  それでも、瞳だけは決して屈せぬ怒りのまま。
「オイ。そろそろ出す気になった?」
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
  ――ペッ!
  ヘラヘラ笑いながら覗き込む男の面に、唾をゆかりは吐きかける。
「このクソアマぁ!!」
  ガキッ!
  逆上した男の拳がゆかりの頬を激しく揺らす。
「馬鹿野郎!  顔はやめとけって言われたろう!」
「しまっ……」
  羽交い締めにしていた男に怒鳴られ、はっと我にかえる男。

「……“アマ”ってどういうことよ。普通どこをどう見たら俺が女に見えんのよ?」
  しかし、もはや完全に手遅れ。
  男そのものの口調で、ゆかりが啖呵を切り始める。
「……はぁん?………そーゆーことか」
  ゆかりの視線が侮蔑のそれに変わる。それとともに、口調も本来の彼女のものに。
「どうせディルクセンか誰かの差し金でしょう、あなたたち……
随分陰険なこと……してくれるわね……
私が指導部仕切ってた時だって……ここまではやらなかったケド……?」
  おそらくは、いち不良として痛めつけてこいと、連中は指示を受けていたはず。
  無論、ゆかりの男装を完全に見破った上で。
  その日ごとに変わるゆかりのメイクを見破れたのは、たくたくの功績ともう一人。
  不自然に思われないように主流派と行動を共にしなくてはいけないたくたくの代わりに、
ゆかりのメイク役の芳賀玲子と、特に親しくしている男が。
  そう。生徒指導部・隼魔樹。
  事情を何も知らない玲子からそれとなく聞き出し、それを上に伝達。
  だからこそ確実に、変装していたゆかりを罠に誘い込めたという訳である。
  しかしそれが仇となった。
  男の不用意な一言で、全てが無駄となってしまった。
  顔を殴るなとの指示も、TVにも顔を出すゆかりを見て、皆が不審に思わぬように。
「……発信機を押しても誰も来ないのも……夏樹が助けに来ないのも……
あなたたちが仕組んだことだってことなら、全部納得がいく。
おそらく私と主流派に亀裂を作ろうとしたんだろうけど、お生憎様。
それどころかあなたたち、致命的な弱みを私に教えてくれて、本当に感謝するわ。
――今までの不良達とあなたたち指導部、まさか繋がりがあるとは思わなかったから!」
「……くっ!」
  うろたえる男達。完全に形勢逆転。
「さぁて、教えてもらいましょうか。指導部と恐喝犯の繋がりを!!」

「……バカですか、広瀬委員長?」
  男の一人が小馬鹿にしたような口調でゆかりを罵倒する。
  彼女を羽交い締めにしていた、リーダー格のあの男。
「この状況で何言ってるの。囚われてるのはあくまでも貴女なんだよ」
  そう。
  形勢逆転したのは、あくまでも精神面において。
  依然ゆかりが屈強な男に捕らわれてるという状況には、何も違いはない。
  だがその状況を認識させられた今でも、ゆかりの唇は自信に歪んでいる。
「フン。確かにそうだ。
ことここに至っては俺達の取る手段は、貴女の口を封じることしかないしね」
「どうするよ“ファルコン”。まさか殺すわけにもいかないだろうし……」
「簡単だよ」
  ファルコンと呼ばれた男が羽交い締めの役を他に譲り、ゆかりの真ん前に立ちはだかる。
「要は、この女委員長が黙っていてくれれば、話はみんな丸く収まるんだろ?
ならさ………おい、カメラ持って来てるよな?」
「あ、ああ」
  連れの一人がカメラを取り出す。
  その一連の会話を聞いて、ゆかりの表情が俄かに強張る。
「さすが芸能人。このテの話にゃ敏感だ。
そう。女優にして風紀委員長の、とても人に見せられない写真と引き換えなら?」
  殺さんばかりの眼光で、気丈にもゆかりは睨み付ける。
  しかしながらその面差しは蒼ざめ。
  押さえつけられてる四肢も細かく震え。
  こんな奴等に屈するものかと紡がれた、唇の奥歯がカチカチと細かく鳴り続け。
「この期に及んでもそんな態度をとれるとは、さすが風紀委員長ってところかな?」
  男の指が、ゆかりのYシャツの胸倉を捕える。
「卑怯者……!」
「この後にも同じ台詞が吐けたなら――心から尊敬するよ!」



  ビリビリビリビリィッ!!
「うううう………っく!!」






「いい加減にしやがれぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
  ズダアアンッ!!

「ファルコンっ!!」
  突然響いた咆哮と共に、男はもんどりうって倒される。
「うああああああああ!!」
  ガコンッ!
  驚く間もなく次の一閃が、羽交い締めにしていた男を昏倒させる。
「逃げろ!早く!」
「は、はい!」
  凄絶な気合で呼びかけられたゆかり、返事と共に安全な場所へ。
「ヤベエ!  逃がすか!」
  逃げるゆかりを追う指導部員達、しかしその先を男が塞ぐ。
「何なんだテメェ!」
「この野郎!誰だよテメェ!」
  彼らの罵倒に悪びれもせず、剣士風の男は答える。

「L学2年佐藤昌斗!  義によって貴様等を成敗する!!」
「いけぇ!  ジェリーズ!!」
  主夫剣士・佐藤昌斗が名乗りをあげた瞬間、青い物体が彼を襲う!
「逃げろ!  ここでつかまりゃ全てが終わるぞ!!」
  と同時に、ファルコンの一喝が辺りに響き、それからほどなく奴等は逃げた。
  昌斗の実力を瞬時に見切り、この場は不利と見て撤退の指示。
  幸いにして全員、玲子の手によって人相を変えられている。
  顔を見られたとてこれならば、決定的な証拠にはなり得ない。
「一人でも捕まえれば万万歳だったのに………」
  さっきまでの表情はどこへやら、悔しそうな表情で、ゆかりは向こうを見つめていた。



「あの、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。……ありがとう」
  心配そうに駆け寄る昌斗に、弱々しい笑みを向けながら礼を言うゆかり。
  男装で胸を押さえつけるサラシのせいで、胸は見られなかったが、それでもやはり気恥ず
かしさがあるのか、両腕で胸元を覆い隠す。
  そんなゆかりに痛々しさを感じたか、自分の上着を羽織らせる昌斗。
「ありがとう。優しいんですね」
「いや、別にこれくらい………って、広瀬?  広瀬ゆかり?」
  それほど付き合いのないせいか、不意にわかった彼女の素性に慌てる昌斗。
  そんな彼の反応が面白かったのか、クスクスと笑い出すゆかり。
「おっ……と?」
  と、そんなゆかりが昌斗の元にゆっくりと倒れ込む。
「ごめんなさい……もう少しで仲間が来るから、それまで……」
「ちょ、ちょっと………広瀬さん?」
  その言葉を一つ残して、昌斗の胸で気を失う。



  自らの膝に頭を乗せて、横に寝かせてあげる昌斗。
  所々の殴打の痕が、本当に痛々しく昌斗には映る。
  殴られ蹴られ、辱められる寸前の恐怖を嫌というほど味わったゆかり。
  難を逃れてホッとして、気が抜けても無理はない。
  彼女と付き合いの浅い昌斗にはよくわからないところばかりだが、彼女の仕事のおかげで
おそらくはこんな目に遭ってしまっている、そう彼は考える。
  学園の風紀委員長を務め、海千山千の芸能界で女優までこなす彼女も、まだ高校生の女の子。
  華奢なその身体に、一体どれほどのものを背負い込んでいるのか。
  彼女の寝顔を見ているうちに、彼の中に憤りが浮かぶ。
  日頃彼女を好敵手扱いして憚らない、彼にとっても悪友の、一人の悪童に。
「自分のダチくらいちゃんと気遣ってやれよ、あの馬鹿……!」
  やるせない憤りを吐き捨てた彼と未だ眠る彼女を、夕陽が癒すように優しく照らしていた。














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こんにちは、YOSSYFLAMEです。

まず一つ、これは『風紀動乱』のお話です。
二つ目、このLメモの取り捨て選択は、全面的にみなさまに委ねます。
意見、質問、反論など、もちろん受けつけさせていただきます。


ということで、「なんもしない主流派」のイメージを払拭すべく(笑)
広瀬ゆかり主役で書かせていただきましたが………うわぁ。
えらく重いLメモになってしまったかもと思っています。

これは僕のまた一つの探求です。自分自身の話の書き方についての。
本当に、YOSSYFLAMEの新たな一つの方向性ですので
指摘事項などありましたら、遠慮なくおっしゃっていただければ幸いです。


では、失礼いたします。