Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第58章 「人の夢を潰す勇気」 投稿者:YOSSYFLAME




「ゲーム!  koseki、雛山組、3−3!」

  ついに試合が振り出しに戻った。
  全てにおいて全く付け入る隙を見せない理緒とkosekiの前に。
  そして、同点にされたそのこと以上に、葵の心を諦めという感情が覆い尽くし始めていた。

(……苦しくなりましたね……)
  第7ゲームに入っても、一向に隙のない理緒のディフェンス。
  そんな中でも必死に食い下がるティーであるが、何を打っても返されるのみ。
「はいっ!」
  耐久力勝負が完全に裏目に出、ガクガク震える足を鼓舞し放つティーのストロークを、理緒
はそれでもあっさり返す。
「……っ……はあっ!」
  どこか集中力が抜けていて、それでも打ち返す葵であるが――
  パサッ。
「ネット!  0−15!」
  案の定ネットに引っかけ、ポイントを許してしまう。



「……………」
  そんな不調の葵を、YOSSYは苦い顔で見つめるのみ。
  本心は、今すぐにでも彼女らにハッパをかけてやりたい気分で一杯の彼。
  いや、YOSSYの性格ならば、憎からず想う後輩の危機に、一も二もなく飛び出すはず。
  単純な彼の性格上、誰憚ることなく葵に声援を送るはずだった。
  ――その相手が、雛山理緒でなかったら。



「ゲーム!  koseki、雛山組、4−3!」
  ついに許してしまった逆転。
  何も言葉を出すこともなく、下を向き俯く葵。
  そんな彼女の心の中に、致命傷を負わせる罪なき言葉が、意図せず耳に飛び込んできた。
「この調子で温泉旅行、お母さんにプレゼントしてあげましょう!」
「うんっ!」



  ガクッ……
「松原さん?」
  葵の膝が地に落ちる。もう、立ちあがれないかのように。
「松原さん、どうしたんですか?  松原さん!」
  ティーが懸命に励ますも、葵は起き上がる素振りすら見せない。
  そしてその唇から、彼女には最も似つかわしくない言葉が、彼の耳にのみ運ばれてくる。

「勝てない…………勝てるわけないですよ、雛山先輩には………」


  雛山理緒の参加動機。
  病弱の母と幼い弟妹に温泉旅行にプレゼントしたい。それが揺るがぬ彼女の動機。
  葵の耳にも、理緒の家庭環境の厳しさは風の噂で聞こえている。
“お母さんや家族のみんなの笑顔をいつも見ていたい”
  そんな想いの元毎日毎晩必死に働き、そしてこの大会にもエントリーしてきた。
  葵には、この試合で負けたとて、特に失うものはない。
  葵には、理緒ほどこの大会に賭ける思いがない。
  今の劣勢、そんな状況もまた、彼女の脳裏にネガティブな考えを湧き起こらせる。
  勝てない――
  心あってこその身体という葵にとって、この考えは、もう、致命傷と言ってよかった。



「ゲーム!  koseki、雛山組、5−3!」



  もはや葵とティーには、理緒とkosekiに歯向かえる力など残っているはずがなかった。
  あまりにもあっさりと取られたゲームを前に、ティーの頭もガクンと俯く。
(相手が悪かった………松原さんの優しさが、完全に裏目に出た試合だった……)
  やるせない思いを背負いながら、コートチェンジをするべく重い足を引き摺り歩く。



  パンッ!



「え?」
  コートに響いた乾いた音。
  ティーが驚き見た先に、葵ともう一人、彼のよく知った顔が何時の間にか降りてきていた。

「なんなの一体この試合。答えてみなさいよ、葵」
「あやか……さん……」
  平手をかましたそのままで、葵の憧れる先輩・来栖川綾香が彼女をじっと見据えていた。
「く、来栖川選手……試合中に乱入は……」
「うるさいわね。部外者は黙ってなさい」
  乱入を注意した主審ですらも、綾香の眼光に及び腰に。
「すみません……ティー、松原組、タイムを取らせてください」
「は、はあ……」
  ティーの機転の利くフォローで、なんとか主審も納得し。

「別に私は、あなたが雛山さんに勝てないから怒ってるんじゃないの。――葵」
  そう言いながら、葵の両肩をガッチリ掴む。その瞳は何より真摯に。



「――私達格闘家の誇りを忘れたの?」



「綾香さん……」
「たとえ相手がどんな境遇にあっても、あなたには関係ないでしょう?
私達は、どんな相手だろうと踏み越え先に進まなければいけない、そういう覚悟を、身につ
けなければいけないのよ。
雛山さんに同情するあなたの気持ちはわかる。
けれどもこの場合の同情は、侮辱となんら変わりない。
本当に彼女のことを案ずるんなら、全力で叩き潰しなさい。
それが私達格闘家の、そしてスポーツをやるものの最低限の礼儀。
何より、あなたは自分自身を磨くための一つの手段として、この大会に参加したんでしょ?
だったら勝ち上がりなさい!  誰のためでもない、あなた自身のために!」
  綾香のあくまで熱い瞳。その瞳に葵の心揺らぐ。
「でも……雛山先輩には崩拳さえ……」
「大丈夫だ!」
  バンッ!
「……あんた、どこから出てきたのよ?」
  思わず、いきなり現れ葵の背中を思い切り叩いた乱入者・山浦にツッコむ綾香だが。
「いいか松原!技は根性だ!根性で繰り出せば効かぬ技などない!」
  いきなり現れ得意の体育会系根性論を放つ山浦に、しかしながら瞳潤ませる葵。



「お前は絶対に勝てる!勝てるんだ!俺が言うんだ間違いない!お前は勝てる!」



「山浦先輩……」
  朽ち果てかけていた葵の四肢に、見る見るその力が篭る。
  肌の色冴え、精気満ち、そして、眩しき光甦るその瞳。
  ガシッ!!
  葵の両肩をガッチリ掴み、一気苛性に山浦が咆える!
「お前は強い!お前は強い!お前に勝てる奴などいやしねえ!!」
「わたしは強い………わたしは………」
「松原ぁ!!」
「はいっ!」
「行ってこい!そして――」
  尽きかけていた松原葵の、根性という名のガソリンが、今、綾香と山浦によって――
「勝ってこい!!!」
「はいっ!!!」

  ――今、完全に補給された。



  観衆は驚きに湧いた。
  先程まで完全ワンサイドゲームだった試合が、見る見るうちに活気付いてきたのだから。
「はあっ!!」
「……くうっ!」
  まるで何かが乗り移ったような、先程とは別人のような葵のプレイに、僅かながら理緒でさ
えもが徐々に押され始めてくる。
(今回ばかりは、彼にいいとこもってかれましたね)
  苦笑いしつつも、そんな葵の復調を心から喜ぶティー。
  そんな中、理緒の返したチャンスボールがネット際に――
「決めます!」
  なんの躊躇なく飛び出す葵。なんの躊躇なく構える崩拳。
「私は強い。私は強い。私はもう迷わない。私は絶対に――」
  そして、ルーズボールが葵の目の前に――

「私は絶対に……勝つんだああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」






  ドンッツッッッツッ!!!  バシィィイィィィッ!!!!!
「く………く………くうううう………っ……!」

  葵復活渾身の崩拳が、理緒を屠るべく猛然と喰らいつく!
  鍛えに鍛えた尋常ならざる足腰で、それでも懸命に踏ん張る理緒!
(負けない………私だって、負けるわけにはいかないんだ!)
「勝あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああつ!!」
  小さな身体に大きな想い抱え耐える理緒。だが葵の絶対の咆哮が――



  バシイイイイイッ!!!



『勝ったああああ!!!
松原選手のまさに必殺崩拳が!!  食い下がる雛山選手を吹っ飛ばしたあぁぁぁ!!!』

「やったあああああああああああああああああああああっ!!」
  葵の怒涛気勢の一撃に、葵陣営湧きに湧く!
「いや、まだだ!」
  佐藤昌斗が声をあげた、その先には――
「koseki!」

「悪いですけど…………理緒さんの道の前に立ち塞がる人は……どいてもらいます!」
  吹き飛ばされながらもボールだけは真上に上げた理緒。そこに入るは“大砲”koseki!
  全身を引き絞り、再び放つ必殺技!
「行っけえええええええええええ!  “バズーカーキャノン”!!!!!!!」
  グワッシャアアアァアアッッ!!!
  ジンにも匹敵するかのようなパワフルショットが、ガードガラ空きの葵に襲いかかる!
「葵ちゃんっ!」




「ケエエエエェェエッ!!!」
  パンッッッッッッッッッッ!!!

「なっ!?」
  葵に食らいつくかのバズーカーキャノン!その時!
「あなたの相手は、私が引き受けますよ!」
「せんぱい!」
  間一髪葵を庇い、真正面に立ち障壁と化したT-star-reverse!
「中国武術の要・気功ならお手の物!  それに壁役ならば、私が本家本元ですからね!」
  気功でガットを硬質化させ、kosekiのショットを見事防ぐティー!
  そのこぼれ球は、kosekiの逆サイドに飛んで行く!
「くっ!」

「雛山さん、右手前隅ッス!」
「らじゃーっ!!」
  とその時、間一髪理緒が飛び込み返す!
「ありがと、軍畑くん!」
「雛山さんのためならお安い御用ッスよ!」
  ボールボーイの軍畑鋼の助言に救われ追いついた理緒。
  そして、先程のダメージなど何処吹く風とばかりに構える!

「理緒さん大丈夫ですか?」
「うん!ちょっと脚ガクガクするけど平気!  それより頑張ろね!」
「はいっ!」
  戦線復帰した理緒とkoseki、技の余韻から立ち直った葵とティー。
  四者四様構え合い、徹底抗戦の気構えで挑む!


「葵のあの崩拳食らってピンピンしてるなんて、どういう足腰してるのよあの娘?」
「ピンピンなんかしてないよ。葵と同じ。理緒も精神で身体を騙してる」
「じゃあ、この勝負に決着がつく時は……」
  綾香の呟きに好恵が応える。
  自分にとって縁決して浅からぬ、葵と理緒を見つめたまま。
「どちらかの精神力が完全に尽き果てた時……だろうね」


「アオイ!  アオイ!  アオイ!  アオイ!」
「ヒナヤマ!  ヒナヤマ!  ヒナヤマ!  ヒナヤマ!」
  最終局面を迎え沸き立つ観衆、ついにこの勝負も大詰めに。
  そんな中での凄まじいまでのティー&葵の猛攻撃。
  それを、kosekiの威圧を後盾にしてとはいえ、たった一人で防ぎにかかる理緒。
  バシイッ!
「くうっ!」
  スパアアンッ!
「あう……っ!」
  ダブルスにはあまりに広いコートを、必死に、懸命に駆け回り、理緒はボールを拾い続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
  今まで駆け回ってきた疲労感、2度に渡り食らった崩拳のダメージ。
  重ね重なり、ついに息切れ、小さな肩で呼吸せざるをえなくなるほどの理緒の消耗。

「あの雛山さんのスタミナにも、ようやく底が見えてきましたね……」
「せんぱい……」
  恐るべきスタミナを誇るティーでさえ息を切らせながら、葵に成果を呼びかける。
「雛山さんとて人間なんです。今がチャンスです、松原さん」
  そのティーの言葉に、葵の胸の内が揺らぐ。

「――っしゃ!」
  先程までとは比べるべくもないバテバテの理緒。
  肩で息をし、脚にも震えが見受けられ。
  しかしそれでも。
  それでも理緒は勝つために、葵達の球を受け続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
  理緒をここまで掻き立てるもの。それは言うまでもなく――



  ――どんな相手だろうと踏み越え先に進まなければいけない。
  そういう覚悟を、身につけなければいけないのよ。


(綾香さん……)


  ――だったら勝ち上がりなさい!  誰のためでもない、あなた自身のために!


(私………私、わたし、は………)





「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
  ――バシイッ!
「イン!  15−0!」

『決まったああぁぁ!
裂帛の気合と共に放った松原選手のスマッシュが、ついに、ついに、
鉄壁の守備と呼ばれた雛山選手の守るコートに、風穴を開けてしまいましたああぁぁあ!』
  葵復活から長く続いたラリーがようやく、葵組のポイントという形で終わる。
「理緒さん、ドンマイです!……理緒さん?」
「……松原さん……」
  励ましに駆け寄ったkosekiの前で、理緒が何事かを見つめていた。
  それは……



「ウッ………ック………ヒック………ク……!」



  葵は、泣いていた。
  場内がしんと静まってゆく。
「……クッ………グ…………さあ………つづき、を、はじめ…ましょう!」
  涙を拭って主審に訴える葵。
「え、ええ……それでは、ゲーム再開!」

「あああっ!あああああああああああああああああああ!!」
  シュパアァアンッ!
「えやあああっ!」
  パシイッ!
  再び始まる熱きラリー。
  しかし観客達は、ただ、ただ静かにこの試合を見つめていた。
  涙を拭いながら、半泣きのような気合をあげ、それでも剛球を叩き込む葵。
  その葵の涙の剛球を、それでも今度は通さない理緒。
  観客のほとんどが、葵の涙の意味をわからぬまま、ただ呆然と、試合を見つめていた。



「まったく………甘いんだから、葵は……」
  苦笑混じりに呟く綾香。けれどその顔は決して悪からぬもの。



(松原さん)
  T-star-reverse。この男も葵の涙の意味を解ってる一人。
(辛いでしょうね。お気持ちは解ってあげられるつもりです)
  それでも淡々と、自分のポジションを堅守し、自分の仕事をこなす彼。
(願わくは悔いの残らぬ闘いを。私に手伝えることは、それしかないのですから)



(松原さん……)
  理緒は、胸を押しつけられる思いだった。
  一言、たった一言。
“私のことは気にしないで。お互い恨みっこ無しで頑張ろ?”
  と言えたなら、どんなにか楽だっただろうか。
  しかし、当事者である彼女が何を言おうと、葵が額面通りに受け取るはずはない。
  だから、理緒は闘うしかなかった。
  もちろん勝つため。家族のため。そして、自分のために泣いてくれる、葵のためにも。

(松原さんの、ため?)
  理緒の身体に、電気が走った。

  自分の境遇が人と比べて金銭面では乏しいことを、理緒は誰よりも分かっている。
  しかしだからといって同情などされるいわれはない。理緒はそう思ってきた。
  他の人と比べてウチはお金は確かにない。だけどそれが何程のことだろうか。
  優しい母がいる。うるさいけど本当に可愛い弟妹がいる。
  そして、たくさんのいい友人達が自分の周りにいる。
  それに比べれば、貧乏なんか何程のことじゃない。
  お金がないなら稼げばいいだけ。働いて稼げばいいだけなのだから。
  だから同情なんかいらない。される理由がそもそもない。
  そう思ってずっと生きてきた理緒。

  しかし、目の前にいる少女は自分のために泣いている。
  これは何?  同情なの?  だったら――

  ――違う。同情なんかじゃない。
  葵が泣いてるのは、理緒の目的を阻まざるをえない、そういう立場に追い込まれた自分に。
  違う。
  そういう立場の理緒を絶対に叩き潰す、そう思わなければならないことに。

  葵も理緒も、それぞれ勝ち上がってこの代表決定戦で顔を合わせた。
  今まで倒してきた相手の思いをも、みんな背負って。
  今まで倒してきた相手の目標を、夢を、野望を、全部叩き潰して。

  今までそれほど深く意識したことはなかった。これは本当に唐突なこと。
  しかし葵は、今までになく強く意識してしまった。
  自分の夢を叶えることは、相手の夢を潰すことだと。

  涙を溢れさせながら、それでも歯を食いしばり、強烈な球を放ってくる葵。
  そんな彼女を見て、理緒は思う。
  この子は、掛け値なしに優しい子なのだと。
  噂で聞いてる格闘技をやる子にしては、あまりに不向きなくらいに。
  理緒の目標=家族を温泉旅行にの目的を、心から潰したくない。そう思ってくれていること。
  そんな葵の、本心から溢れる優しい気持ちが、理緒自身に痛いほど伝わってきた。

  しかし。
  理緒は気づいてしまった。
  それでも葵は、彼女自身の夢を叶えるために、自分を潰さなくてはいけないことを。
  そして、理緒は気づいてしまった。
  自分が夢を叶えるためには、葵の夢を潰さなければならないことに。






「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
  葵の涙混じりのスマッシュがコートを割らんと突き進む。
  その瞬間。



  ――ガクッ!

  ザシュッ!
「イン!  30−0!」
  主審のコールが静かに響く。
  そんな中、観衆は皆、決定的な違和感に囚われていた。
  そう。あまりにもあっさりと決められた守護神・理緒――

「イン!  40−0!」
  静かだった観客がざわめき始めた。
  今度はたった1往復のラリーで決められる。

「イン!  アンドゲーム!  ティー、松原組、4−5!」
  観客のざわめきが最高潮となる。
  あっさりと。
  なんと一本も返せず、本当にあっさりとゲーム奪取されてしまったのであるから。
「理緒さん、どうしたんですか……………理緒さんっ!」
  kosekiの表情に焦りが走る。
  今までとは桁違いの汗が理緒の全身から迸り、腕といわず脚といわずガクガクと震えている
彼女の身体。
「理緒さんっ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、だから………それより、ごめんね………」
  汗まみれの表情を蒼ざめさせながら、それでもkosekiに申し訳ないと侘びを入れる。
「そんなことはいいんです!  それより――」
「大丈夫……本当にダメだと思ったら、引っ込むから………それより………」
  kosekiにもたれかかるように、それでも続行を懇願する理緒。
「……わかりました」
  けれども、本当にやばくなったら棄権しますからね、そう言ってkosekiも承諾。
  そして、依然5−4、理緒組のマッチゲームのまま、ゲームは再開された。

  ――しかし。




「ゲーム!  ティー、松原組、5−5!」
『追いついた、追いついた!  ティー組、ついに同点!
バテなのか力尽きたのか、突然の雛山選手の大ブレーキ!』

「雛山さんの唯一の弱点が、ついに発露してしまいましたか……」
  諦めたように目を閉じポツリと呟くbeaker。
「理緒ちゃんの弱点?」
「簡単です。雛山さんに足りなかったもの。それは――人の夢を潰す勇気」
「人の夢を潰す勇気?」
  サングラスをかけ直し、表情を、眼を隠して紡ぐbeaker。
「人は何かを得るためには、時として人を踏み台にしても進まなければいけない時もあります。
特に、例えば格闘家などは、それが当たり前のこと。
自分の夢を叶えるために、人の夢を潰すことなど日常茶飯事。
しかし雛山さんは、まだそういう免疫はない。
彼女の仕事は人に喜ばれ、人を楽しませ力づけたりはすれど、人の希望を奪う仕事はない。
彼女の性格柄、例え金銭的に貧窮してても、人を押しのける発想など浮かんでこない。
その点、松原さんは違う。
本質的には雛山さんと同じ、奪うものとしては不向きなくらい優しい人です。
しかし彼女は、その覚悟ができる人。人の夢を潰す勇気が持てる人です。
どちらが正しいとはいいません。しかし、勝負事に置いていえば明らかに有利なのは後者。
人の夢を潰す勇気。覚悟。そして重圧。
雛山さんはその重圧に潰されて、松原さんはその重圧に潰されなかった。
――それがこの試合の結末だった、というわけです」



「うあ……あああああああああああああっ!!」
  既に結果は見えていた。
  葵の繰り出す涙のショットが、ことごとく理緒のコートに決まる。
  そして。
「あと1球!  あと1球!  あと1球!  あと1球!」
  観衆のラストコールの中、撃ち放たれた鳴咽のショット。そして。



  パシイイイィィ………ン………



  理緒にはもう、これを返す力など残されていなかった。










「ゲーーーーーム!  
アンド・マッチウォンバイ、T-star-reverse、松原組!  ゲームポイント、7−5!」









「ウウッ!!………ック………ヒック………エグ……!」
  勝利が宣告された瞬間、蹲って泣き出す葵。
  しかしながら無理もなきこと。
  彼女にしてもこれほど痛烈に“勝つことの辛さ”を味わった試合は始めてなのだろうから。
「エゥ、ック、ヒック……ヒック……!」
  両手で顔を覆い隠し、蹲りながら尚も泣き続ける葵。
  そんな彼女の目の前に、小さな手が差し出される。

「松原さん。試合………本当に楽しかったねっ」
  自身もしゃがみながら葵の前に手を差し出し、一点の曇りもない笑顔を投げかける理緒。
  しかしながら本心から申し訳ないと思っているのだろう。
  顔を覆い隠しながら首を振って応えようとしない葵。
  そんな葵にちょっと困った顔をしながら、理緒はそれでも優しく投げかけ。
「松原さん、本当に強かった。私なんかより、ずっと。
だから私は全然後悔してないよ。結果は負けちゃったけど」
  負け、という言葉にビクリと震える葵に、理緒は尚も言葉を紡ぐ。
「むしろ松原さんに本当に感謝してるの、私。
泣きながら、こんなにも私のことを思ってくれて。
……そしてなにより、最後まで手抜き無しで戦ってくれて」
「……雛山、せんぱい……」
「ありがとう。松原さん」
  今日の青空のように晴れ渡った理緒の笑顔。そんな笑顔に導かれ。
「……先輩……っ」
「ん?」
「絶対に、絶対に優勝します………先輩の想いの分まで、ぜったい………っ!」
「うんっ!  応援してるからねっ!」

  晴れ渡った空の下、理緒と葵の小さな手が、優しく暖かく、そして強く結ばれた。




「まったく、どっちが勝ったんだかな……」
  苦笑混じりのその面差し、それでも妙に心地よく。
「人の夢を潰す勇気、か……」
  葵と理緒。
  二人とも優しく、されど全く異なる道を選んだ二人。
「わかんねえよな、こんな。どっちがアレか、なんてな」
  難しいこと考えるのは自分の性じゃない。
  それよりも、暖かい陽射しに包まれて、居眠りのほうが気持ちいい。
  二人の悔いなき笑顔を思いながら、YOSSYは少しだけ、意識を空に溶け込ませた。






      T-star-reverse×松原葵組――決勝トーナメント第5ブロック代表決定!






















=========================================

こんにちは、YOSSYです。

ゆかり:こんにちは、広瀬ゆかりです!
よっし:さて、どうでしたでしょうか?  第5ブロック代表決定戦!
ゆかり:楽しんでいただけたなら、本当に嬉しいです!
        ……で、よっしー、ちょっと。
よっし:なんだよ。
ゆかり:松原さんと雛山さん、どっちが好きなの?
よっし:お前、なんつーこと聞くかな。
ゆかり:この試合、かなり迷ったんじゃない?  どっちを勝たせようかって?
よっし:なんかお前の話し振りだと何か?
        俺が好き嫌いで勝敗決めてるような言い方に聞こえるんだが?
ゆかり:違ったの?
よっし:違うわっ!
ゆかり:…………………なあんだ、残念。
よっし:なんだその、あからさまに疑いの眼差しは。

ゆかり:さて次回は?
よっし:異色対決第3弾! OLH、斎藤勇希組vs悠朔、来栖川綾香組っ!
        果たして何が飛び出すか、鬼が出るか蛇が出るか、よろしければご期待っ!
ゆかり:あ、でもよっしー。
よっし:……なんだよ。
ゆかり:この試合、あながち異色対決でもないかもよ。だって……(ぼそぼそ)
よっし:ふんふん………くっ……くくっ……はっははははははっ!  こりゃいいや!
ゆかり:あははははははっ!  ね?  傑作でしょう?
よっし:まったくだ!  “素直になれない恋人未満決戦”って……わーっはははははっ!
ゆかり:ば、バカっ!  口に出してどうすんのよっ!
よっし:だーいじょうぶだって!  聞いてるわけねー――

OLH(特別出演):それがちゃっかり聞いてたりするんだよなあ……
悠朔(上記に同じ):既に敗退しているペアに、遠慮する必要は全くないよな?

よっし:や、やだなあ、冗談だって、じょう・だ・ん♪
ゆかり:ほらほら、私のサインあげるから、落ちつい――



(大変お見苦しいところをお見せしました――リーフ学園放送部)



斎藤勇希(特別出演):それでは次回からの私達の対決!
来栖川綾香(同じく):楽しみにしておいてよね♪