『どよめけ! ミスLeaf学園コンテスト』 第二十二話(前編) 〜Female cat's〜 投稿者:YOSSYFLAME




「それにしても……めっきり平和だな」
「はい……」
  悠然と、何事もないような風情で歩いているのが、ジャッジリーダー・岩下信と、同
構成員・SOSを擁する藍原瑞穂チーム。
  先程岩下が「めっきり平和だな」と半ば退屈そうにも言っていたのも当然のこと。
  いくら“なんでもあり"のルールとはいえ、“あの”岩下信を敵に回そうとするほど
の勇敢な襲撃者は、少なくともまだ彼らの前には現れていないようだ。
  ちなみに今ここには、もう一人の守護者たるSOSの姿はない。
  彼は今、瑞穂に伝言を頼まれて、彼女の親友の太田香奈子のところに行っている。
  故にこの場では二人。瑞穂と岩下の二人きり。

「藍原君……」
  全く意識していなかった。
  ごくごく自然に、瑞穂をそっと自分に寄せて。
  瑞穂もまた、そんな岩下の腕の中に、そっと入っていって。
「守るよ」
「え……」
「君だけは何があっても、絶対に守ってみせる」
  そう投げかける岩下の言葉についに瑞穂は耐えられず、メガネの奥の瞳を濡らす。



「へえ……見せつけてくれるじゃない」



  一瞬。
  何時の間にか入ってきたその女生徒の声が聞こえるか否か。
  穏やかな空気が一変。背筋も凍るような殺気に豹変する。
「……何者だ」
  瑞穂を己の背に庇い、低い声で誰何する。

「リーフ学園2年………死乃森阿修羅(しのもりあしゅら)」
「……十三使徒か」
「くびり殺すわよ」

  シャキンッ。
  阿修羅と名乗る、僅かに茶に染まったロングを青いリボンで可愛らしく纏めた彼女は
その澄んだ瞳から放たれる尋常ならぬ殺気を、押さえようともせずに岩下にぶつける。
「なんで名前を名乗っただけで、十三使徒だの悪の使いだの言われなきゃいけないの
よ!  私が何か悪いことでもしたというの!?」
「名前もそうかもしれんがな、その両手の銃剣が更に拍車をかけてるが」
「うるさいわね!  あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ!」
「はいはいわかったわかった。で、用件はなんだい?」
  すっかり殺気を削がれた岩下に、口元を歪めて阿修羅は言った。
「あなたには用はないわ。……藍原さん」
「は、はい?」
  唐突に呼びかけられて慌てる瑞穂。そして岩下も瑞穂絡みで気勢を取り戻す。
「一緒に来てほしいの、あなた一人で」
「え……?」
「SOS君が呼んでるの。あなたと一対一でお話がしたいって」
「SOSさんが、ですか……?」

「信用できんな」
  阿修羅の言葉を岩下が止める。
「仮に君の言っていることが真実だとしても、僕としては承諾しかねる。
SOS君に伝えておいてくれ。今の状況をわきまえて行動するように、とな」
「へえ……」
「もういいだろう。僕らも忙しい。帰ってくれないか」

「随分な言い草ね。仲間に向かって」
  瑞穂の、岩下の目が僅かに驚きに染まる。
  目の前の、ピンクのワンピースが自然に似合う少女から放たれる感情に。
「自分達さえよければ他はどうだっていいっていうの。
これが学園最強の自警団・ジャッジの内情というわけなんだ……」
  そう、驚いたのは言葉にではなく、阿修羅から放たれる怒りの感情。
「私も一時期はジャッジに憧れて、正義の為に入隊を熱望したことも――諸都合があっ
て入隊は叶わなかったけど――あったんだけどね……」
  偽りのない、真正直な感情を阿修羅はぶつける。
「――幻滅したわ、ハッキリ言って。
仲間の気持ちもわかってあげられないなんてね。入隊できなかったのは正解かもね」
「死乃森さん……」
「言いたいことはそれだけか」
  阿修羅の怒りにほだされかかる瑞穂を制止するかのように、岩下が突き放す。
「僕らの内情に他人にどうこう口を挟まれたくないな。組織として稼動している以上、
それなりのしがらみは避けられまい。こっちこそ君など願い下げだ。我々は――」
  強張る阿修羅に岩下は言い放つ。至極はっきりと。



「――我々は学園の正義を守る組織だ。友情ゴッコ、恋愛ゴッコの組織じゃない」



「なる、ほど……」
「わかったら帰ってくれ。これ以上無駄な時間は過ごしたくはない」
  断固言い放つ岩下に、阿修羅はため息ひとつつき。
「――どう思う?  SOS君。
あなたのリーダーは、こういう意見みたいだけど?」
「えっ……?」
「……………」
  そこには。
  神妙な面持ちで、SOSが立っていた。

(ふふっ……ジャッジは真正面からの武力抗争には際限ない強さを発揮するけど……こ
うして心理的に揺さぶられれば、その強さは乗根ペースで急落する。そして、藍原瑞穂
を巡る岩下信とSOSの確執。……私だって、伊達にジャッジ入隊を目指していたわけ
じゃないのよ)
  修羅場さながらの三人を横目に、阿修羅は笑みを噛み殺す。
  怒っていたのは演技じゃない。だからこそここまでもってこれた。
(それにしても平坂隊長も無茶言ってくれるわね。“ちゅるぺたを生け捕りにして連れ
てこい”だなんて。まあ、結果オーライだからいいけどね。

……さあ、手筈通りに頼むわよ、凶治君。ヘマしたらくびり殺すからね)






「い、嫌ぁっ!  何よコレぇ!!」
「なにこれ、なんなのぉ!?」

  同時刻。
  猪名川由宇と葛田玖逗夜から放たれた生物部の蟲達が、来栖川芹香、悠綾芽連合軍の
頭上に急襲。訓練された蟲達は瞬く間に“芹香”(=実は入れ替わり変装した綾香)
と綾芽の二人の服の中に侵入し、縦横無尽に暴れまわる。
「な、なんなのよコレ!  きっ、気持ち悪いっ!」
「ママァ!  ママァ!  助けてぇ!!」
  服の中で蠢く淫らな蟲達に、身体をくねらせて振り払おうとする綾香とショックで泣
き出してしまう綾芽。
  護衛の男達の一部にも降り注いだ蟲の攻撃に、たまらず慌てふためいていて。
  被害を逃れた男達も、そのあまりに艶めかしい光景に、助けるのも忘れてしばし見入
ってしまっていた。
「ちょっとっ!  見てないでなんとかしなさいよぉ!!」



「……あれ、なんですか?」
「え?」
  そこに通りがかったのが、先刻柏木楓チームを騙し抜き、服をひん剥き去った一派。
  牧村南、河島はるかと合流せんと歩いていた、風見鈴香とYOSSYFLAME。
「蟲……一体誰が……」
  遠くの惨状を鈴香は見つめ。YOSSYも大方の様子は把握し。
「鈴香さん」
「はい?」
「隠れていてください。俺一人で行ってきます。万一見つかったらヤバイですから」
「え?  まさか……」
  鈴香の言葉も耳から耳へ。
  護衛と共に悶え苦しんでいるのは紛れもなく優勝候補の一角・来栖川芹香。
  そして何よりYOSSYの闘争煩悩。
「――先輩の肌が拝める千載一遇の大好機。誰が逃すもんですかい!!」



「何よコレぇ!  全然取れないじゃない!!」
「ッワアァァァン!  ママァ!  ママァ!」
  一向に取れない蟲に悶え苦しむ“芹香”と綾芽。
  それもそのはず。
  本来、対女性兵器として育てられ、生物部により訓練されてきたこの蟲達。
  身体をよじって振りたくるくらいで取れるような、そんなヤワな代物ではない。
「とにかく、早めにシャワーを――」
  そう提案する神無月りーずの口が止まる。
「――来たか」
  ハイドラントの無感情な一言で、皆“それ”を認識できた。



「蟲が取れねえんだったら俺が根こそぎ取ってやるよ!!」



「クッ……YOSSYFLAME!?」
  無党派層かと思いきや、全く交友のなかった風見鈴香に肩入れした男。
  そのあまりの意外性で、柏木楓が退場せしめられたことを、既に皆は知っている。
  だが、今論ずべきところはそんなところではなく――
「クッソオオオ!」
「よりによってこんなときに来やがるか!」
  オカ研から放たれる放射光線を、独自のリズムで躱すYOSSY。
  広瀬ゆかりのコピー物とはやはり違う、“本家・パラノイアマックス”が、ありあま
る煩悩と共に、不意をつかれた芹香軍を急襲する!
「チッ!当たりません!」
「大丈夫です!  中距離なら!」
  中距離なら封殺できる。オカ研連合の連携魔術が敵を切り刻む!

「悪いけど何もさせねえよ!オカ研の弱点喰らってみるか!?」
「やれるものならやってみなさい!」
「いい度胸してんじゃねえの――――お前らの弱点はな!」
  YOSSYが懐に手を入れる。それを屠らんと照準を合わせる!



「喰らえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーッ!!  
ファイナルガァァァァァァァァァァァァァァァァァールッ・すごいぜ芹香さんっ!!」



  この間までわずか一瞬。
  放射寸前の魔術の僅か一瞬、流れ出た鼻血が集中力を乱し。
「倒せ言われりゃできんけど、気を逸らすぐらいならなあ!」
  刹那の映像に縛られたオカ研メンバーの横を間一髪駆け抜ける。元凶の写真を後にして。
「うっしゃ、あとは芹香先輩の服を――――げっ!?」
  YOSSYの驚き。
  悶え苦しむ“芹香”の前には、キッチリハイドラントがついている。
  しかも対ファイナルガール用なのか、目を閉じ気配で敵を討たんと。

(ヤバイ!)
  寒気が背中を走り、危険を伝えてくれる。
  このハイドラントの壁を破るのは至難。しかも傍らには“綾香”もいる。
  さらにオカ研連合も復活するのは秒の問題。
  前門の虎、後門の狼。
(仕方ねえ!  だがせめてなぁ!)
  きびすを返し逃げるYOSSY。だが視線はある一人に。

「ひ……っ!」
  一人悶え苦しんでいた悠綾芽。
(行きがけの駄賃だ!  これくらいはもらってくぜ!)
  獲物を定め、YOSSYの毒牙が綾芽を襲う!

「ママァ!  パパァ!  助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「綾芽ぇっ!!」
  その悲鳴に駆ける“芹香”。しかし既に手遅れ!
「もらったあああっ!!」






  ゴオオォキィィンッ!!






「ガ……!」
  ズダアンッ!

  間一髪。
  まさに間一髪、YOSSYの腕が綾芽の襟にかかるまさに寸前、何者かの横からの体
当たりを食らわされ、無様に地面に跳ね飛ばされて。
「綾芽!  行きますよ!」
「き、希亜さん………キャッ!」
  綾芽に何を言わせることなく、希亜はその自慢の箒で速攻離脱を決め込んだ。

「よっしーさん!」
  ヴォンッ!
  こちらもすかさず、跳ね飛ばされたYOSSYの首根っこを掴んで回収し。
  鈴香の英断。
  あと一秒遅れていたら、YOSSYは魔術の雨に砕け散っていただろうから。

「綾芽……」
  希亜に連れられ何処かへと飛んでいった“娘”の空を、“芹香”はなんともいえぬ思
いで見つめ。



(なるほど、ね……)
“芹香”と綾芽の悶えぶりを、つぶさにカメラに撮っていた男。
  今までの現象を、一部始終見据えていた男。
  そして、YOSSYも鈴香も見落としていたところに、気づいた男。

  本来ならば綾香を守るはずのハイドラントが、何故に芹香を守っていたのか。
  確かに今守るべきは綾香ではなく芹香。だからこその配置かと思っていた。
  しかし、それを覆したのが、“芹香”の綾芽に対する反応。
(さて、“仲間”に報告に行くかな……)

「うきゅー」
  どさっ。
「な、何すんだ水野くんっ、離れろ、離れろっ」
「ことりさんのすのようでここちいいのですー」
「黙らんかい小鳥を喰らう猫の分際でっ」
「わたしは人間ですー、しかもお子様ですよー」
「あーはいはいわかったわかった」
  なんだか仲がいいのか悪いのかという感じだがともかく。
「さ、帰るぞ。君の大好きな人のところへ」
「小梅ちゃんをおみやげに買ってかえりたいのですー」
「わかった。自分の金でな」
「いやですー」






「申し訳ないです……」
  鈴香のハーレーに乗せられながら、YOSSYは頭を垂れるのみ。
  それも当然の話。
  攻撃に失敗したどころか、事もあろうに護衛対象の鈴香を危険に晒すという大失態。
  希亜の存在が計算外だったなど、そんなことは理由にならない。
  対象に助けてもらったという情けなさと申し訳なさで、とても頭を上げられない。
「気をつけてくださいね、本当に」
「はい……」
「それと、頭を上げてください」
「………」
「私、ウジウジした男の人は嫌いですから」
「………う………」
「よっしーさん」
  有無を言わせぬ鈴香の口調が、ハーレーの轟音の中、はっきり聞こえ。

「わかりましたわかりました!  俺とていつまでもウジウジしてんのも何ですしねっ」
「そうですよ、そうこなくっちゃ――」
  笑って励ましてくれた鈴香の前に、十何人かの男子生徒の軍団が。
  全員が全員、見事にハチマキしているところから見て、これはもう――
「よっ……と!」
  ズシャッ!
  時速40kmからのバイクから平然と飛び降りるYOSSY。既に超機動モードに入っ
ている、それが証明。
「さて、と。逃げ切りましょうか」
「よろしく、お願いします」
  木刀で肩を叩きながら鈴香の笑顔に視線が合う。
  ハーレーの轟音と共に、何度目かのチェイスが始まった。