Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第61章 「Bloody Spirits」 投稿者:YOSSYFLAME




「……“一話一殺”のOLH……」
  ………それが“来栖川警備保障の子煩悩”として周囲に浸透していた奴の、もう一つの――



「綾香っ!おい!大丈夫か!?」
「綾香さあんっ!」
「ク……ウウッ……!」
  右腕を庇い、来栖川綾香は苦痛に面差しを歪めただ蹲る。
  応援していた梓や葵も、心配げな声を漏らし様子を伺うのみ。
「………」
  そんな中、あらゆる感情を奥に隠しただ見据える悠朔。



「……右肩、右肘、右手首。ことごとくイカレちゃってるね……」
「………」
「殺人球といわれるツインビーム……そこまでの威力があったなんてね……」
  スタンドの選手専用席で様子を見るEDGEの頬にも冷たい汗が一筋流れ。
「でも、ハイドくん。………“一話一殺”って、さっき言ったよね。あれって……」

「……奴は、言霊で敵を屠る。故に“一話一殺”」

  ツインビームの撃ち際にOLHが叫んだミスリアクション。あれが元々の罠だった。
  あれで綾香も、悠でさえも勝ちを確信。
  ツインビームが直線軌道だけだと思い込んでいた二人にとって、あそこでの急降下は
いくらなんでも予想の範疇外であっただろう。
  しかしさすが百戦錬磨の綾香と悠、その“ツインドライブ”の存在を寸前にして認識。
  だが、それこそがまさにOLHの狙いそのものだったのである。
  最初のツインビームを軽々と打ち返した綾香は、当然跳ね返す気で反射的に手を出す。
  しかし、全くシチュエーションの違う球を、しかも不意をつかれた刹那の中で完璧に
打ち返すには、綾香の合気はあまりに未熟だったと言わざるをえない。
  むしろなまじ合気に精通していただけに、失敗した時のダメージは従来のそれとは比
較にならず。
  最初のツインビームを打ち返させたのも、全てこのための伏線。
  圧倒的に打ちのめされていた今までの展開さえもが――意図的に張ったものではなく、
結果論としても――このための、綾香の腕を、チームの腕をもぎとるための伏線。
  いや、それを言うならさらに前――

「まさかOLH様が策略を用いてくるとは………さしもの悠様にも想像はつかなかった
かと」
  観客席のギャラまでもが冷汗を流す。
「でも、OLH先輩って今まで見てもどうしても策士タイプには見えなかったし、まさ
かこんな……」
「策士タイプではございません」
  昂河の疑問に滞りなくギャラが答える。
「別にOLH様は自身の策謀能力を隠していたわけでなく、実際策略云々というタイプ
というわけではないと存じます。それで言えば悠様にはとてもとても……」
「でも通用した。それは何故?」
「あの諸葛孔明でも子供の置いた小石に躓く事もある、ということです。先程も申し上
げたように策謀能力で言えば比較になりません。ですが……」
「……!  それ故に無警戒……!」
「左様でございます。もっとも、警戒されなければ何をやっても通用するというような
お話というわけではございませんが、今までの試合の進行がいい具合に布石になったよ
うで」



「OLH君……」
「ま……とりあえず成功といったところかな」
  薄く笑みを漏らす、そんなOLHを斎藤勇希は複雑な表情で見守っているのみ。

「右腕の関節、全て破損か……」
  別に怒りも落胆もあるわけでなく、淡々と悠がそれを綴る。
「まるで………腕の中で爆発が起こったような感じ……ゥッ!」
  右腕を押さえ苦痛に顔を歪めながら、それでも苦笑混じりで答える綾香。
「どうする?」
  悠が問う。続行か否かを。
「やるに……決まってるでしょ……」
  綾香が答える。逡巡一つせずに。
「綾香さん!?」
「わかった。……行くぞ」
「ち、ちょっと待ってください!」
  躊躇いなくコートに戻る悠に葵が立ち塞がり食って掛かる。
「あ……綾香さんは完全に腕が折れてるんですよ!?」
「だから?」
「だ、だから……って……」
「綾香がやると言った。やるしかないだろう」
  葵の制止を悠は一言の元に取り下げコートに戻る。そして。
「葵」
「あ、綾香さん……」
  右腕を押さえながらも曇りなき笑みを浮かべ、綾香は闘いの場に戻る。
「決勝トーナメントでの勝負………楽しみにしてるわよ?」



「それではゲームポイント0−5、30−40よりゲーム再開!!」



『行ったああ!  必殺“ツインドライブ”ぅ!  それがまたしても綾香選手を襲うぅ!!』
  OLHと勇希の、常人では理解不能なほどの息の合ったコンビネーションから繰り出
されるがために、破壊力が乗計算クラスにまで増幅するコンボショット、ツインビーム。
その息の合いようでツインビームにさらに応用を加えての、すなわち二人の力の入れ具
合の調整によって生み出されるスーパードライブコンボショット“ツインドライブ”。
  それが再び手負いの綾香に向かって牙を剥く。
「……ナメンじゃないわよ。こんなもの、右腕が使えなくとも左腕で――」

  ッバアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアンッ!!



「イン!  デュース!」
  超殺人ドライブショット・ツインドライブ。
  綾香はそれを打ち返すその寸前、悠によって庇われていた。
「……なんで邪魔すんのよ。私なら左手でもアレくらい!」
「冷静になれ、綾香」
「私は冷静よ!  私の合気なら――」
  ぱちんっ。
「――!」
  軽く頬を悠にはたかれ、驚きの表情を向ける綾香。
「ポイントではまだまだ絶対有利だ。最終的に勝っていればそれでいい。だが、その前
にお前が使い物にならなくなっては元も子もない」
「………」
「今はまだ賭けに出る時じゃない」
  綾香はただ悠を見ていた。そして彼の言葉を聞いていた。
「まあ、ここは俺に任せておけ」



  ッバアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアンッ!!
「くっ……!」

「ゲーム!  OLH、斎藤組、4−5!」
  綾香を宥めていた悠であったが、ここぞとばかりに畳み込むOLH組の攻撃に手も足
も出ない。
  元々運動能力で言えばOLHと勇希の両者をも軽く凌駕する悠であるが、いかんせん
1対2というのはテニスにおいて結構なハンデに成り得る。
  しかしOLH組はこの状況に至ってもなお、焦り走らない。
  というかポイントでは絶対的劣勢である以上、下手な深追いをしたが最後待っている
のは敗北への路。
  試合の流れとしては優勢ではあるが、ツインビーム系以外に悠相手に決められる決め
球がない――ブラインドショットは悠の洞察力で見破られる可能性が高かった――ため
に、ポイントを取ってはいるが流れ自体はスローペース。
  それでも要所要所でツインビームを放ちポイントを着実に取り返すOLH組。
  悠一人では止められないそれを放つたびに、彼我のポイント差は徐々に縮まり、そし
て――



「ゲーム!  OLH、斎藤組、5−5!」



  わああああああああああああああああああっ!!!
「追いついたあ!!」
「来栖川が怪我しているとはいえ、あそこから追いつけるものなのか?」
「すごい!すごいよお前ら!」
  来栖川警備保障をはじめとするOLH組応援団が、よもやの同点劇に湧き騒ぐ。
「OLHさん……あなたって人は……」
「ったく……なんていう人なんだか……」
  姫川琴音の傍らの東西と神凪遼刃も苦笑混じりの感嘆を口に出し。
「お兄ちゃんすごい!」
「このまま押し切っちゃえ、お兄ちゃん!」
  大興奮の笛音とティーナを抱え、信じられない展開に、琴音の瞳は潤んでいた。



「……お兄ちゃん?」
  不意に笛音が気づいた。
  間を空ける事なくティーナもそれに。
  二人の様子に気づいた琴音もまた、それに気づき。
  警備保障の面々が、全員それに気づいた時には、観客席は異様なざわめきに満ちていた。
「まいった。……もう腕があがらなくなっちゃったな」
「……まったく、後先考えないんだから……君は」
  冷汗混じりで苦笑しあう、満身創痍のOLHと勇希に。



「恐るべきは、悠朔といったところでございましょうか……」
  二人の異変に気づいた昂河に、ギャラが淡々と説明する。
「悠様はこれを狙っていたのです、OLH様方のスタミナが底を尽くのを。ツインビームを封じ
る、まさにその為に」
「スタミナを尽く吸い取る為に……」
「しかも更に驚愕すべき事実は……」
「ただの一度も悠君がツインビームを止めようともしなかった、という事実ですか?」
  昂河の言葉にギャラが頷く。
「OLH様は尚も罠を仕掛けていたのです。綾香様を狙った時も、ポイントを奪うべく放った時
も。全ては、ツインビームの衝撃でもって悠様の体力と運動能力を削り取る為に。しかし……」
「悠君はそれに引っかからなかった。それどころかその罠をまんまと逆用した」
「その通りでございます。むしろ……」



ウワアアアアアアアアアアアッ!!
「ゲーム!  悠、来栖川組、6−5!」



「むしろ悠様の手に、OLH様方が最初からハマッていた、ということでございましょう」
「え……?」
  OLH組押せ押せで迎えた第11ゲーム。
  しかしこのゲーム、今までなりを潜めていた悠の猛攻が、逆転勝利への希望を断ち切
るかのような一方的な展開となり果てたのである。
  ふたたびの逆転劇に湧く中、ギャラの話は続く。
「つまり、悠様の絶対的な自信」
「絶対的な、自信……?」
「ツインビームさえ使えなくしてしまえば、それさえ濫用させてしまえば、例え同点に
追いつかれても、例え1対2だろうと、自分は負けることはない。そんな絶対的自信を
背景に、悠様は闘ってきたのです」
  ギャラの目に緊張が増す。
  事実その通り。
  これは綾香を止められた悠の、短時間で考えた周到な罠に他ならなかった。
  ツインビーム以外で自分からポイントを取ることはできない。ならば話は単純。



「ツインビームを撃たせなくしてやればいいだけのこと」
  特に感情を見せるでもなく、悠が呟く。
  そのための同点劇の代償すら、悠はなんとも思っていない。
  当然のこと。最後に勝ってさえいればいいのだから。



「イン!  15−0!」
  6−5で迎えた第12ゲーム、牙を剥き出しにした悠の攻撃が、容赦なくOLH組に
引導を渡しに繰り出される。
  既に満身創痍のOLHと勇希には、今の悠を止められない。
「イン!  30−0!」
  そこに一切の情けもない。
  無感情に、機械的に、ただ勝利という目的のために、悠の腕は放たれる。
「イン!  40−0!」
  あまりにもあっけなく、あまりにも単調に。
  観客の「あと1球」コールもない。
  それほど静まり返り。
  それほど、悠のゲームメイクに、皆言葉を無くしていた。



「その単調さが命取りよ!」
「……!」
  悠の眉が僅かに動く。
  最後の渾身の力を振り絞った、OLH・勇希のツインドライブが。
  最後の一縷の望みを託し、後衛の綾香に襲いかかる!
「綾香、逃げろ!」
「心配御無用!  たっぷり見せてもらったから!」
  そういって綾香はピタリと構える。左腕たった一本で!
「私の力、あまり甘く見ないでよね!!」



  しゅぱあああぁぁあーーーーーーーーーーーーーーーんっ!



『う、打ち返したぁ!  たかぁくたかぁく……左腕一本で打ち返したぁ!』
「こ……これが私の合気の力よ!」
  超殺人球ツインドライブの球の流れに決して逆らわず、流れるように上に流す。
  合気云々というよりむしろ、綾香の天才的格闘センスから成される技。
  そして、綾香が打ち上げた超飛球の落下点……ネット際にOLHが詰める。
  既に精も根も尽きた、フラフラの状態でなお。
  そして悠もネットに詰める。
  長かった死闘に、強敵に、今度こそ引導を渡すために。

  ボールが射程にかかったそのとき、OLHの腕が動いた。






  ――ガコォンッ!!






  鈍い音が会場に響いた。
  お互いラケットを振りきっていた。
  攻撃と迎撃、同時に振り切られたラケットと腕。
  ドサッという無機質な音とともに、悠の長身が、自軍のコートに倒れた。

「……俺の全魔力を注ぎ込んだ隠し技だ。ここで決まらな報われないぜ」



「ゆ、ゆーさく……ゆーさくっ!」
  仰向けに倒れた悠に、綾香が駆け寄ろうとするが、足がもつれてつまづいてしまう。
  やっとのこと態勢を整えて駆け寄るも、呻きをあげたまま起き上がれず。
  ビクリビクリと痙攣を起こし。気絶こそはしてないものの。
  そのネットの向かいでは、立っているのもやっとといったOLHが、勇希に肩を貸し
てもらい、荒い息を切らせながら二人を見ている。
  その体は細かく震え、その右腕は痙攣を起こし。



「……ダーク・トルネード……」
「なに……?」
  榊の呟きに霜月が反応する。同僚のしでかしたとんでもない事象に震えながら。
「一度だけ見せてもらった技だよ。OLHの秘密兵器………対接近戦用のな。
自分の右腕に闇の竜巻を巻き付かせ、尋常ならぬ破壊力をその右腕に宿す。
おそらくは、その破壊力が生み出す一撃が、悠にカウンターも許すことなく強烈無比の
一撃を叩き込めたんだと思う……」
「強烈無比の一撃……」
「まったく……そんな技があるんなら、最初から使えばよかったろうによ!」
  呆気にとられるへーのきと、苦笑いする霜月に、榊が補足を入れてくる。
「アレはあくまで実験段階。成功するかもわからない上に、魔力の消費が尋常じゃない。
現段階では、あいつの最大魔力容量を注ぎ込んで、ようやく一発打てる程度……」



「決まったよ……イチかバチかの賭けだったんだけどな……」
「見せちゃったね。まあ、仕方ないか」
  しょうがないなと微笑む勇希に、苦笑いを浮かべOLHが返す。
「出し惜しみしてられる相手じゃないしな……魔力を温存しといてよかったよ……」
「ていうか君の技でテニスに使える技、あれ以外ないでしょうが」



「しかし面妖な」
「は?」
  観客席、ギャラの疑問が彼の口から出る。
「悠様ほどの実力者なら、OLH様のただならぬ雰囲気に気づきそうなものですが。
そして、気づいたからには悠様なら、回避できそうなものだと存じますが」
「確かにな。OLH先輩の疲弊具合なら、かわしちまえばおしまいだったろうにな」
「仮にポイントを取られても、まだ40−15。それにもかかわらず、何故悠様はわざ
わざ危険を冒してまで、得体の知れない球を打ち返そうとしたのでございましょう?」
「……かわせない理由があったんだよ」
「なに?」
  ギャラとYOSSYFLAMEの疑問の声を遮るように、昂河晶が口を開く。
「OLH先輩の狙った先には綾香さんがいた。だから悠君は、どんな危険球が飛んでこ
ようと、かわすわけにはいかなかったんだよ」
「でも綾香だったらかわせるだろ。威力はともかくただの速球なんざ」
「おそらく無理だったと思う」
  YOSSYの推論をも、あっさり昂河は否定する。
「OLH先輩の豪球の前の、あのツインドライブ。あれが伏線なんだ。
いくら綾香さんがタイミングを掴んでいたとはいえ、あれほどの球を左腕一本で、しか
も右腕をズタズタにされた状態で返すには、あまりにも身体に負担がかかりすぎる。
……おそらく綾香さんの足は、いや身体は、ロクに動かなかったと見て間違いない」
「言われてみれば……」
  確かに思い返してみれば、駆け寄る時ももつれて転び、もたついていたが。
「そして……満身創痍のフリをしていたこともね」
「フリぃ!?  ってゆーかあれはどこをどう見てもバテバテだったろ」
「その通り。悠君の策に見事にかかってね。でも、完全に陥る前に気づいたのさ。あと
1発分くらいはツインビームを、そして秘密兵器を打てるほどの体力を残しておこうと
ね。……それがOLH先輩と勇希先生、どちらの考えかはわからないけれどね」



「策にはまったその中で必死に打開策を見つける。最後の一撃の体力を残しておく。最
後の1球で、ツインビームを綾香に放ち、返されることをも計算に入れて、それで綾香
の足を止める。お膳立てができたところで悠に秘密兵器を叩き込む」
  表情を一片も変えることなく、淡々とハイドラントは綴る。
「綾香が動けない。悠の気性から避けるはずがない。そこまで読みきって放った一撃。
明らかに悠を潰す一撃、見事に功を奏したというべきか」
「でも、悠先輩、試合続行できるかな……」
「策にはめてOLH達を疲れさせた悠ですが、奴自身にも疲れはある。そこに顎に強烈
な一撃をくらったんです。……元来奴は打たれ強い訳ではない。下手をすると」
「このまま……終わっちゃう……綾香さんが、負ける……?」
「ふざけんなっ!」
  ハイドラントの言葉に蒼ざめる葵を、梓が大声で一喝する。
「綾香が負けるわけないんだ!  あいつは、あいつはアタシとの決着をつけるんだよ。
だから…………だから……こんなところで負けるわけがないんだよ!!」
「その通りだ」

「お前……情報特捜部の……」
「部長が負けるわけがない。部長がこのまま終わるはずがない。
あの時だってそうだった。今もそれは変わらない。否、以前より遥かに強くなっている」
「お前……」
「ほら、見てみな。あれが情報特捜部部長………あれが、悠朔だ」



  会場が俄かにざわめいた。
  立てるはずがないと、ほとんどの人間がそう思っていた。
  その男が立ち上がろうとしている。
  とうに限界は超えている、倒れて余りあるダメージを被ったその男が。
「そうだよ、あんたはそういう男だよ。
ハイドラントが見てる前で。
そして……来栖川綾香が見てる前で、屈する男じゃ断じてない」

「ゆーさく……」
  パートナーの声を無言の背に受け、そして、男は立ちあがった。
  勝利すること。ただそれだけを目指して。








                                                           ――To Be Continued