Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第63章 「縺れたネットのノーサイド」 投稿者:YOSSYFLAME




 学園男女混合テニス大会。
 第6ブロック代表決定戦――OLH、斎藤勇希組vs悠朔、来栖川綾香組。
 序盤から、実力差を見せつけるかのような猛攻で、一気にOLH組を追いつめる悠組。
 しかし、0−5の劣勢から満を持して放った、OLHの“一話一殺”。
 勇希との必殺“ツインビーム”の改良版“ツインドライブ”により、綾香の右腕は、
肩から肘から手首に至るまで、ズタズタに破壊しつくされてしまう。
 それでも屈せぬ綾香を抑え、悠の孤軍奮闘が始まる。
 同点の代償にOLH等の体力をほぼ奪い去った悠ではあったが、OLHの秘密兵器、
“ダーク・トルネード”の前に、逆に吹き飛ばされ倒れてしまう。
 しかし、この一撃で終わりだと誰もが思ったその矢先。悠が立ち上がる。
 まるで、何かに突き動かされているかのように。
 
 傷だらけの悠と綾香に襲いかかる、勇希の冷徹なショットの数々。
 そんな中、綾香が変わってゆく。
 ただひたすらボールを追い、ただ勝つために、我武者羅に綾香が駆ける。
 そんな綾香の目覚めがついに、斎藤勇希を圧倒する。
 タイブレークポイント、1−6。しかし、勢いでは完全に勝っている。
 これから綾香と、そして悠の反撃が始まろうとしていた、まさにそのとき――



(コイツ……)
 悠が睨む。その先は、不可解に微笑む斎藤勇希。
 戸惑う悠。それもそのはず。彼女の笑みには、まるで裏が感じられないのだ。
 その笑みの中からは、心の底から綾香の“目覚め“を待ち焦がれ、そしてその“目覚
め”を、心の底から喜んでいる。そうとしか、悠には見えないのだ。
(まさか……この教諭……)
 悠の眼が、ひときわ鋭く光った。それと同時に。

「審判っ……OLH、斎藤組。治療のためタイムをいただきます」
 さらっと勇希が手をあげ、審判の合図と共に自陣のベンチに下がってゆく。
 確かにOLHの憔悴具合も、悠や綾香に比べ見劣りしないほどに酷い。
 そういう意味では確かに、最終決戦を前にしての休憩時間の使用は、審判にも異はな
いだろう。
 しかし……
 そんな悠の思考は、ベンチに戻ろうとする綾香に肩がぶつかった、その時に停止した。
(そうだ……そんなことは、今はどうでもいい)
 よろめく綾香に肩を貸し、悠はベンチに下がっていく。 



「綾香さん、水です!」
「いい! いいから喋るな! ゆっくり寝てろ!」
 葵や梓、その後ろの格闘部の面々が、バックアップに動きまくる。
 冷たいタオルを顔に当て、ベンチで横になる綾香の息は荒く、されど、決して弱くな
い。 
 敵はおそらく治療時間をフルに10分使うだろう。
 綾香はその10分、何も考えず、ほんの少しでも多く、瞳を閉じる。
 ほんの少しでも体力を回復させるために。ほんの少しでも、相手を上回るために。

 綾香の右腕には、冷やされたタオルが巻かれている。
 冷たさを保つために、葵がこまめににタオルを交換し続けている。
 悠は、その反対側。つまり、綾香の左腕側の地べたに腰を下ろしていた。
 自身も決して軽い怪我ではないのだが、悠もまた綾香を案じていた。
 女子の寝顔を覗くのは沽券に関わると思っているのか、彼女の顔を見ずに、空を見る。
 晴れ渡った、青い空を。

「………ぁ…」
「!」
 額から目元をタオルで覆っている綾香の、唇が何事かを紡ぐ。
 そして僅かに左手が、ベンチから離れ上げられる。
 まるで……誰かに握ってほしい……そう言っているかのように。
 逡巡する悠。綾香の、何かを求めているような左手に。

 トスン。

 悠が意を決した、そのとき、静かに、その手は下ろされた。
 目元が隠れた綾香の顔。その唇が僅かに微笑む。
 素直な微笑みではない。
 まるで、欲しい物を我慢した子供が親に向けるような、“聞き分けのいい顔”。
 
 悠は、再び青く高い空を見上げる。
 軽く拳を握り、軽い胸の痛みを自覚しながら。



「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
 OLHが戻ってくると同時に、駆け寄ってくる笛音とティーナ。
 息を切らせて駆け寄る二人の目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。
 何も言わずに、憔悴しきったなりの笑顔を投げかけて、OLHは、この二人の幼子た
ちをそっと、胸に抱きいれ、そっと抱きしめた。
 抱きまわしている腕に伝わってくる、幼子たちの震え。
 目をつむっているから、より澄んで聞こえる、幼子たちの泣き声。

 何時の間にか、二人の幼子たちは、泣きつかれて胸の中で寝ついてしまっていた。
 小さいなりに、一生懸命応援してくれていたのだろう。
 普段見せることのない、いろいろな自分の顔。
 小さい胸が、張り裂けそうになっていたのかもしれない。
 それでも、笛音もティーナも。
 泣きわめくこともなく、しっかりと応援していてくれた。
 
「一つ、頼みがあるんだ……」
 寝息を立ててる笛音とティーナを預かりにきた姫川琴音と赤十字美加香に、彼らしく
もない穏やかな声で、OLHは頼み込んだ。
「試合が終わるまで、寝かせといてやってほしいんだ……」
「OLHさん……」
 琴音の呟きにOLHは、苦笑い気味の照れ笑いを、ただ、浮かべている。
 
「――ダメ」
 そんなOLHに、勇希はキッパリと反対した。
「勇希……」
「OLH君」
 顔を近づけて、目を見つめて。唇が、言葉を紡ぎだす。
「今までの君。そして、これからの君。
 全部見ないと、笛音ちゃんも、ティーナちゃんも、きっと納得しない」
「納得……」
「笛音ちゃんも、ティーナちゃんも、君を信じて、一生懸命応援してくれた。
 そしてこれからも、応援してくれる。……だったら、見せなきゃダメ」

「……勇希」
 今度は、OLHが真っ直ぐ勇希を、その瞳を見つめて言う。
「俺は……何をしてでも勝つぞ」
 拳を握って、強く宣言する。
「俺は、笛音とティーナに約束したんだ。……3人で温泉旅行に行こう。ってな」
 勇希はとうに気づいている。
 OLHの目。
 彼の心を表しているような、黒い、ただ純粋に黒い、彼の瞳。
 どこまでもまっすぐで、どこまでも融通が利かなくて。
「……あいつらとした約束、俺は必ず守る。例えその結果、何がどうなろうとな」
 
「じゃあ、やっぱり見てもらわなきゃダメ」
 だから……と言おうとしたOLHの機先を制し、勇希がハッキリそう言う。
「笛音ちゃんと、ティーナちゃんの目から逃げちゃダメ。
 あの子たちだって、そんなこと望んでない。
 それも含めて、君たち三人の約束。……私は、そう思う」

「勇希……」
「ホォラ、情けない顔しないの! まだ試合中よ!」
 いつもの気ままな笑顔で勇希は、OLHの背を、景気よくすぱんと叩き喝入れる。
「勝つわよ、OLH君! 君がした約束は、笛音ちゃん達とだけじゃないでしょう?」
「え……?」
「もう、世話が焼けるんだから」
 両手を腰に組んで、しょうがないなぁという笑みを、勇希は漏らす。
「ちょ、ちょっと待て勇希。お前、まだ勝とうと思ってたのか?」
「え? あったり前じゃない。どうして?」
「だってお前、さっきまでの試合……」
 そう。
 悠が勘づいていたそれを、OLHもやはり勘づいていた。勇希の行動からなる疑問。
 しかし勇希の浮かべる笑みは、あっけらかんのいつもの笑顔。
「勝ちを諦めたなんて、言った覚えなんかないけど? ――私は――」
 OLHがはっとする。
 あっけらとした笑顔の中で、確かに勇希が、燃えていたのを。



『両チーム、入場してください!』
 緒方理奈のアナウンスと共に、二人と二人は入ってくる。

「綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香!」
「アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ!」
 入場と同時に歓声が轟く。
 会場の大部分から発せられる、絶叫に近い綾香コールが。
 そのなかで当の綾香は、満身創痍の中、より一層の闘志を燃やす。
「綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香! 綾香!」
「アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ! アヤカ!」

「まぁ、この試合展開だったらしょうがないか」
「っていうか、やっぱり人望があるのよ、綾香さん。君と違ってね」
「うるせえやい」
 空間が震えんばかりの綾香コールの中、OLHと勇希は、堂々としていた。
 引け目を感ずることなど何一つない。首飾りを撫でながら彼は思う。
 琴音の腕に抱かれながら、目をぱっちり見開いて、笛音とティーナが見てくれている。
 声に出さずとも、自分達を見てくれている奴等がいる。
 そして。
 自分の隣で“共犯者”が、いつもの笑みを浮かべているから。



「それではOLH&勇希組対悠&綾香組! ――試合再開!!」



 どんっ!
「イン! 悠、来栖川組、2−6!」

 観客席から大歓声が沸きあがる。
 最終決戦。
 まず先手を取ったのは綾香のストローク。
 OLHと勇希の間を切り裂くような、まさに一閃。

『綾香選手のすさまじい一撃が、OLH組のコートに突き刺さりました!
 たった左腕一本で、この球威! この気迫! 
 なんというか……強い! ただ、強い! 来栖川綾香選手!!』

「予想以上ね……これは、考えを大幅に修正しなきゃいけないわね……」
 観客席に陣取るEDGE。顎に手をやり、ぼそりと呟く。
 それほどの、復活・来栖川綾香の一撃。
「それにしても……」
 EDGEが向こうのコートを見やり、顔つきを綻ばせる。
「あれだけの一撃を食らわされて、まるでこたえる様子がないなんて、ね」

 EDGEの言う通り。
 OLHも勇希も、全然こたえる様子を見せない。
 特に斎藤勇希。
 なお一層、飄々というかあっけらとした中の闘志に、炎が吹き上がる。



 パァン!
 スパンッ!
 ドン!ドンッ!
 パシィィィィン!
 ドンッ!パァンッ!
 シュパァァァアン!

「イン! 悠組3−6!」

「ふっ…ふっ…ふっ……ふぅっ!」
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!……はぁっ!」
 ネットを挟んで睨みあう、綾香と勇希。
 二人とも、息を切らせながら、闘志剥き出しで。
 四者四様、激しいラリーの応酬。
 特に復活・綾香と、それにくらいつく勇希との勝負は、まさに鬼気迫るよう。
(勇希……)
 OLHもまた肩で息をしながら、隣の勇希を見やる。
 あのあっけらマイペース勇希が、これほど気迫を剥き出しにしたことなど、少し思い
出すのが難しい。
 それほどあの勇希がムキに、そして真剣になっている。――ただ、勝つために。



「はっ!はっ!はっ!はぁっ!……はっ!はっ!はっ!はっ!……はあぁっ!」
 勇希が走る、振る。そして撃つ。
 さっきにも増して凄まじい、ラリーの応酬。
 ただでさえ綾香よりも数段――それでも一般的には十分以上だが――運動能力が劣る
勇希。
 まして今、なりふり構わず我武者羅に勝ちにきている今の綾香についていくのは、は
っきり言って――綾香の負傷を考慮しても――至難の業、どころではない。
 それでも、それでも勇希は食い下がる。
 
 OLHは、今確信する。
 今の綾香を、全ての飾りを捨ててかかってくる綾香を。
 来栖川の令嬢という肩書きも、エクストリームチャンピオンとしてのプライドも何も、
すべてかなぐり捨てて、牙を剥き出しに襲いかかる綾香を呼び起こしたのは――
 ――まぎれもない、勇希自身だと。
 
 OLHは、知っている。
 勇希の、どうしようもない人の良さを。
 勇希はいつも、あっけらかんと笑顔を振り撒き、ふよふよと、自由気ままに飛び回る。
 けれど、どうしようもなく優しくて、どうしようもなく、人がいいことを。
 今回だって、目の前の綾香。彼女の成長のために、躊躇いなく憎まれ役に徹する。
 その目論見は見事成功し……結果、最強の敵としての綾香を呼び起こす。
 しかし、勇希はそれで満足しない。
 笛音とティーナを喜ばせるために。
 そのために交わしたOLHとの“約束”のために。
 勇希は、無我夢中で食い下がる。

“綾香により強く成長してもらう。その上でその綾香を倒し、OLHと一緒に優勝する”
 
 こんな冗談みたいなこと、けれども勇希は、本気で考えているだろう。
 思えば勇希は、1回戦からそうだった。
 昂河晶、吉田由紀の二人にも、2回戦のきたみち靜、雛山良太の二人にも、なにがし
かの贈り物を、闘いのさなかに贈っていた。
 さりげなく、そうとわからぬ――勘のいい昂河あたりには気づかれていたが――様に。
 だから、あえて困難な道を選ぶ勇希。
 より多くの笑顔を、より明るい笑顔を――なにより勇希自身が、それを見たいから。
 だから。

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!……はぁっ!」
 だから、勇希は腕を脚を震わせ、歯を食いしばり、とことんまで食い下がる。
 汗にまみれ、上気した勇希の必死な、懸命な横顔。
 
 それが目に入った瞬間――OLHは動いていた。

 OLHのネット際のスイングが、
 そのボレーが。ダイピングボレーが。綾香陣営コート隅に……土煙を立てさせた。



「アウト! 悠組4−6!」

 僅か。ほんの僅か、ボールはラインを割っていた。
 会場中が溜息に包まれる。
 よもやのOLHの奇襲に、万事休すと思った一瞬。
 


「……っがあああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁああ!!」



 一瞬静まり返った会場に、轟き渡る咆哮。
 
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 
 
 息を切らせるOLHの、痛恨の、そして、執念の咆哮。
 
「はぁ………はぁ………はぁ………はぁ………」



「……がんばれ……」

 不意に聞こえた、一生懸命な、言葉。

「……がんばれ………がんばれ………、………がんばれぇっ!!」



「琴音、ちゃん……」
 OLHも、そして勇希もまた、声の主を、ただ、呆然と見つめていた……が。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんがんばれぇっ!」
「お兄ちゃん……ふぁいとっ!」

「笛音……ティーナ……」
 琴音に続いて、笛音、ティーナと、二人の幼子もまた、声援を送ってくれる。
 ありったけの、勇気をふりしぼって。
「ほらほら、まだ勝負は終わってないだろ! 気合を入れろぉ!」
「つーかお前ら、あと1点で勝ちだろ!? あとちょっとじゃねえか!」
「最後まで頑張れ! あと1点、あと1点だ!」
 警備保障の面々、そして、クラスメート達から投げかけられる声援の数々。
 その流れが徐々に広がり、そして……

「OLH! OLH! OLH! OLH! OLH! OLH! OLH! OLH!」
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーーーきっ!」

 大声援の奔流が堰を切り、洪水のように会場を満たした。



「おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち!」
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーーーきっ!」

「は、ははっ……」
「な、なんか照れるね、こういうの……」
 今まで沈黙が続いていた分もまとめてと言わんばかりの大歓声。
 いまや会場はほとんど、OLH、勇希コール一色に変わり果て……

「そうはいくかぁ!! お前らぁ! 気合入れていくぞぉ! そぉれ!!」
「あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!
   あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!」
 そうはいかんとばかりに、梓の号令で一気に再燃する綾香コール。

「おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち!」
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーーーきっ!」
「あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!
          あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!」

 会場を真っ二つに分ける、凄まじいばかりの応援合戦。
 両チームの闘志と気迫が乗り移ったかのように、両軍の応援団が声を枯らし絶叫する。
 勇希の背筋が、何かが走ったかのように震える。
 心の奥底にあったしこりが、完全に取れたかのように。
 ラケットを握る手に力がこもり、いよいよ顔つきに、気迫が漲ってきた。
(琴音ちゃん)
 そんな勇希を見てOLHは、琴音に合図を送る。……“ありがとう”と。

「よっしゃ勇希ぃ! 勝つぞおっ!」
「もちろんっ! この応援のためにもね!」 
「生憎だけど、こっちも負けない! 負けらんないのよ! ね、ゆーさく!」
 こっちも負けない。綾香の気炎に悠が頷く。

 ――そして、最後の最後の最終決戦の、火蓋がきって落とされた。



「おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち! おーえるえぃち!」
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーーーきっ!」
「あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!
          あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か! あ・や・か!」
 ものすごい応援の渦の中、繰り広げられるラリーの応酬。
 綾香のストロークが気を裂き進む。
 勇希が飛びつき、必死のレシーブ。
 悠の長身から繰り出される高角度ボレー。
 それを身体ごと止め弾くOLH。
 四者四様のプレイスタイルが真っ向からぶつかり合う大激戦。
 しかも驚きは、ここにきてOLHと勇希のコンビネーション、ポジショニングが抜群
によくなってきていること。
 おそらくというか当然ながら、もうツインビームは撃てないだろう。
 だがしかし、それを上回るようなコンビネーションを、二人とも見せ始めた。
「けれど……」
 それをもってしても、食い止めるのが精一杯。
 いよいよ気迫剥き出しになってきた綾香と、冷静にバックアップを努める悠。
 特に綾香の躍動は、まさに驚愕の一言。
 バックには悠がいる。その安心感か、前のめりになって勇希組に襲いかかる。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」
 心臓が張り裂けそうな苦しみの中、血が出るほど唇噛み締め勇希が跳ねる。
 心臓が張り裂けそうな苦しみの中、それでも勇希は諦めない。
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!……はぁあっ!」
「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!……はぁあ!」
 しかし、そんな勇希をもってしても、綾香の気迫は止められない。

「イン! 悠組5−6!」

「ゲホッ! カハ! ア…ゲホァッ……!」
 胸を掻き抱き苦しみ悶える勇希。
「おい、勇希!」
「大丈夫!」
 顔を紫色に染めながら、それでも勇希は立ち上がる。
「それより……ゲホッ!……やるよ…っ…」
「…………ああ…………」
 笑顔を消さぬまま、有無を言わせぬ調子の勇希。
 OLHにしても、勇希の調子と、その気持ち。
 それを知ってしまったからには、断ることなどできるはずない。

“ブラインドショット”の最上級版“スルーショットYuuki”



「……次で、決まるな」
「ハイドくん……」
「OLH等が奪れば当然。悠等が奪っても」
「……そう、だね」
 ハイドラントの呟きにEDGEも頷く。
 もし、次も悠組のポイントになれば、スコアは6−6、振り出しに戻る。
 そうなれば、勝つためには2ポイントの差をつけなければならなくなる。
 今の綾香達からポイントを連取することなど……まず、不可能といっていい。
 OLHも勇希も、悠も綾香もわかっている。

 これが最後の、分水嶺になることを。



「ハアアアァァァァアアアアッ!」
「クゥゥ……ッ!」
 開始直後からの凄まじい綾香の猛攻が、OLHと勇希に襲いかかる。
「さすが……綾香」 
 坂下好恵が、厳しい表情を崩さぬまま一人ごちる。
 ここ一本の詰めにかけては、綾香の徹底ぶりは周知の事実。
 ここで、決める。
 そう決意した以上。綾香は何があっても決めにくる。
「けれど……」
 隣のbeakerが、グラサンの奥の眼を僅かに細め、コートを見やる。
「相手は勇希先生ですからね。生憎、四天王にそんな簡単に折れる人材はいない……」
 まさしくbeakerの推察通り。勇希の粘りも負けず劣らず凄まじい。
 あの綾香を前にして、あと1ポイントで実質負けというところにまで追い込まれ、そ
れでも、心が弱気に走らない。ただひたすら、勝利に向かって前を見続ける。
「うおおっしゃあぁあ!」
 それに加え、OLHのかけるプレッシャーもどんどん重くなってくる。
 土壇場まで縺れに縺れたこんな時、シロウトというものは得てしてタチが悪い。
 勇希に気をとられていると、突然横からとんでもないタイミングで打ち込んでくる。
 そして彼もまた勇希と同様、心折れず。
 敗北の恐怖という名の、そんな闇に飲み込まれない、強さ、というか不貞不貞しさを
 持っている。
(闇使いが……闇に飲み込まれでもした日にゃ、笑い話にもなんねえよっ!) 
 そんな妙なプライドもまた、OLHの図太さを支えていたりも。
「はぁあ! はぁ! はぁあ! はぁっ! はぁあ! はぁ! はぁあ! はぁあぁ!」
 そしてここにきて、綾香の呼吸が目に見えて荒くなってきた。
 勇希の壮絶な粘りに加え、OLHのプレッシャー。
 加えて、背水の陣という状況が織りなすプレッシャー。
 なにしろなんの比喩もなしに、1ポイント落とせば即敗北。
 猛反撃中の綾香の立場は、しかしながら、実は何も好転していないのだ。
「ちぇやさあ!」
「くっ!」
 OLHの強烈なスマッシュにかろうじて反応し、打ち返す綾香。



(マズイ! 今の見送ればアウトだよ! 綾香さん、圧されてきてる!)
 椅子から立ち上がり絶句するEDGE。
 彼女の予感は、次の瞬間、最悪の形で的中する。






「――っぅぅうぅうぅぁぁぁあああああああぁぁぁあああああああああ!!!」






 綾香のレシーブの弾道上に、ピタリと照準が合わせられるラケット。

「!!」 

 綾香の瞳に映ったもの。紛うことなき、斎藤勇希。
 
(……決める。これで決める。絶対に決める!) 

 まるで時間が止まったかのような、渾身のジャンピングスマッシュが。

(勝つんだ! 私達は――)

 今、その腕から。今……解き放たれた。

(――勝つんだ!)






 ッッパアアアァァ……………ンンッ……






 男は、そこにいた。
 息を潜め、そこに待っていた。
 この時を、待っていたとばかりに。
 確実に勝利できるこの時を、待っていたといわんばかりに。 

  

 ……“スルーショットYuuki”。
 敵のショットを、ミリ単位の一瞬で勇希が見切り避け、真後ろのOLHにスルーする。
 そのスルーボールを、ほとんど時差なしでOLHが“勇希めがけて”打ち返す。
 そのショットを勇希はまたしても、ミリ単位で見切り避ける。
“背後から来る、その球”を。
 
 決まれば紛れもなく、必殺の一撃。
 なにしろ、相手からしてみればまさに、自分の打球が勇希の身体をすり抜けたように
見え。と思った次の瞬間、その球がまたしても勇希の身体をすり抜け襲いかかってくる
のだから。
 瞬間の高速球のやりとりが特徴のテニスでは、そのような幻想が見えるほどの、それ
ほどの、超一瞬の出来事。
 そんな幻想を見せられてなお、球を打ち返せる人間など、まず皆無。

 しかし、尋常でなくタイミングを要する球故に、失敗する確率も相当高い。
 勇希が最初に避けた後で、OLHが的確にショットできなければならないのだ。
 かわすタイミング――コンマゼロ云秒の世界――の時間に、正確にボールを打ち返さ
なければならない。僅かでもタイミングがずれると、スルーの意味を成さなくなり、先
程破られたブラインドショットの二の舞になってしまう。
 勇希がどう身をかわすか、OLHが撃ちこんだ後のかわし方も。相当のタイミングと
OLHとの息がそれこそまさに、絶妙に合って――まぁここは、心配はいらないが――
いなければならないのだ。
 そして、もう一つ。
 放たれ飛んでくる相手のショットを、勇希がかわせなければならないこと。



 その“かわせない一打”。
 悠朔が放ったその一打が、唸りをあげて襲い掛かってきた。

 ――勇希の、顔面めがけ。 
 


 ジャンピングスマッシュを放った後の勇希の足の先は、未だ地面についていない。
 これでは勇希が身をかわすことは、極端に難しくなってしまう。
 しかし、それよりもなによりも絶望的なのは――

 悠の放つ球が、あまりに速すぎたこと。
 そして、それを放つ瞬間、悠からまったく殺気が感じ取れなかったこと。

 普通、殺人球を放つ瞬間というのは、なんらかの殺気が漏れて然るべきもの。
 しかし今回のラリーにおいて、悠からはまったくそれを感じ取り得なかったのだ。
 けれども、それも当然のこと。
 悠の頭の中には“勝つこと”。それだけしか、なかったのだから。

 ここにきてついに訪れた、綾香の変調。しかし。
 いくら勇希の粘りが凄まじかろうと、いくらOLHのプレッシャーが重かろうと。
 来栖川綾香は、そんな執念、重圧をすべて制して、そして、勝ち続けてきた。
 この最終局面。
 この最後の勝負の分岐点で、容易に気迫に圧されるなど、まず考えられない。
 
 悠は、気づいてしまった。
 この試合によるものだけではない。2回戦に負った傷も含め、綾香の傷だらけの身体
は、もはや精神力だけで誤魔化しきれるレベルのものでは、なくなってきていることに。
 既に綾香の爆弾は、いつ爆発してもおかしくないところまで来ていることに。

 悠は、決意する。“ここで決める”と。
 勇希に対して、ひとかけらの害意さえ、悠は湧かなかった。
 あるのはただ一つ。勝つことだけ。
“どうすれば勝てるのか”
 悠の脳裏をそれだけが巡り、そのために導き出された、解答。
 
 ――“ココニウテバ、カテル”。
 
 最も効率的な手段で勝利を……目的を達成する。
 悠朔が、物心ついたころから叩き込まれてきた、悲しき習性。
 
 勇希には感じ取ることができなかった。悠のこの一撃の気配を。
 殺意も害意も熱意も何も、悠からは感じ取れなかった。
 そして悠もまた、それによって起こる惨劇も、綾香の心中も、何も考えられなかった。
 悠が抱いていたものは、ただ一つ。
 それ以外、悠には考えられなかった。
 ただ、勝つこと。……綾香のために。
 
“タダ、カツコト。……――アヤカノタメニ”






 その瞬間。――勇希でもその瞼を、開けることは叶わなかった。
 





 しかしながらその球が、鮮血を迸らせ、惨劇を起こすことは、なかった。
 弾道は、勇希の顔面を僅かに逸れ。
 遠くに、どこまでも遠くに、飛び去っていった。

 誰かの膝が、静かに地に落ちた。
 誰かの拳が、力強く握られた。
 誰かが頭を、静かに垂れた。
 誰かが掌を、思わず唇に当てていた。

 永き一瞬。
 審判の腕が、高く、高く。凛とした響きと共に、晴れ渡った青い空に掲げあがった。






「OLH、斎藤勇希組、特異能力反則行為!
 ペナルティーゲーム!  悠、来栖川組1ゲーム!

 ゲームポイント、7−6! アンド、マッチウォンバイ――悠朔、来栖川綾香組!」






「……え?」
 誰かが疑問の呟きを口にする。その声すら響くほど、コートは静まりかえっていた。
 
『只今の判定について、説明いたします』
 暗躍生徒会・太田香奈子の声が、コートの、会場の隅々まで行き渡る。
『悠選手のスマッシュが逸れ、アウトになった経緯ですが、当方の魔力感知装置の分析
により、OLH選手が故意に魔力を行使し、弾道を逸らしていたことが判明しました。
 よって大会規則よりこれを“著しく試合進行に影響を及ぼす行為”とし――』

 ダーク・ウィンド。
 OLHの代名詞とも言うべき、彼自身も特に馴染んでいた、黒き風を起こす魔術。
 幾度となく使い続けていたこの技。
 いついかなる状況にでも使えるまでに、磨きあがってしまっていた技。
 一瞬の突風を生み出すだけなら、詠唱など要らないまでに。
 小さな突風を生み出すだけなら、魔力など殆ど要らないまでに。

 ほとんど、反射的だった。
 反射的に、それを発動させていた。
 この大会にとっては不要、それどころか害にさえなるこの技を。

「OLH、くん……」
 勇希が声音を震わせながら、後ろのパートナーを振り返る。
 その瞬間。目と目が合った瞬間。

 ラケットが乾いた音を立て、コートに叩きつけられていた。



「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 慟哭。
 そう呼ぶことしかできない絶叫が、血が噴き出さんばかりに迸っていた。
「あああああああああああああああああああ!!!」
 叫びと共に、拳がコートに叩きつけられる。
 二発。
 三発。
 四発。五発。

「OLHくんっ!」
 自虐剥き出しにコートを殴り続けるOLHを、勇希が抱きつき必死で押さえる。
「なんでだ! なんでだ、なんでだ……なんでだなんでだ……なんでだぁ!」
 勇希に腕をつかまれながら、OLHは暴れ続ける。
「なんでなんだっ! なんであんなことしちまったんだっ!」
 両の拳は血に染まり、その面差しは、誰が見てもわかるほどに青ざめている。
「お兄ちゃん、やめてぇっ」
「お兄ちゃんっ!」
「OLHさんっ……!」
 まるで何かに憑かれたように自らを虐するOLH。
 泣き出しそうな声をあげて、笛音、ティーナ、琴音が駆け寄る。
 琴音の傍らにいた東西、美加香に風見、警備保障の面々も駆けつけるも、OLHの攪
乱は、まるで収まる気配すら見せない。
「畜生、畜生…………なんでなんだぁあああああああああっ!!」
「OLHくんっ!!」 
 ほとんど悲鳴のような声を上げ、勇希はOLHを抱きしめる。
「OLHくんの気持ちはわかってる! 誰も君を責めたりしない! だから!」
「う、ううぅう…………!」
「だから……だからっ……」
 あらんかぎりの力で、震えながら、OLHを抱きしめる勇希。
 OLHの行為の奥の真意など、勇希どころか誰が見てもわかるほど明々白々。
 それだけに彼女の心中は、胸が張り裂けるほど、辛い。
「だから……っ……」 
 きつくきつくOLHを抱きしめる勇希。その声音には、涙が滲み始めている。
「……違うんだ」

「……え?」
 思わず勇希は聞き返す。
 後悔の絶叫をあげ続けていたOLHから漏れる、僅かな、重い呟き。
「勇希は悪くない。……そうさ、勇希のせいなんかじゃない」
「OLH、くん?」
 勇希に、というより、独り言のように呟くOLH。
 生気のない独白から紡ぎだされるその内容は、驚愕すべき、真実だった。



「何故ならアレは、あの球は…………最初から、当たるはずなんか、なかったんだから」






(……え?)



「だから……、……どうせあの球は、当たらなかった。って、言ってるんだよ」
 勇希は、抱きついたその格好から、一言も、言葉を紡がない。
 笛音も、ティーナも、琴音も、誰一人口を開けない。
 
(ゆーさく?)
 なんともいえない表情で見つめていた綾香もまた、驚きを浮かべ悠を見やる。
 そしておそらく、彼女が一番早かったろう。OLHの呟きを、真実だと認識したのは。
 何故なら、出ていたから。当事者である悠の、これも表現に困難な面差しから。

「……ほとんど反射だよ。何考えてあんなことしたんだか俺にもわからん。
 けれどな、これだけははっきりと言える。
 あの球は、当たらないって。
 それに気づいたのは、もう、ダークウィンドをぶっ放した、後だったよ」

 独白の最後のほうになって、誰かが気づいた。
 OLHの口元に、自嘲の笑みが浮かんでいたのを。
「まったく、笑えるよな」
 その口から、嘲笑が漏れ始める。少しずつ、じわりじわりと。
「絶対優勝するなんていっといて。2回も勝ち上がっておいて。
 あげくあそこまでやらかしておきながら……くく……なんのこたぁない」
 自分のみに向けられる嘲け笑いが、どんどん大きくなってゆく。
「結局自分で、ぜーんぶパァにしちまったんだからな。まったく……笑っちゃわぁ!」

 誰も口を開かない会場で、OLHの、乾ききった哄笑だけが響く。
 どのくらい、それが続いていたのかは、誰もわからない。



 その哄笑が。自虐の嘲け笑いが、不意に止まる。
 それを静かに塞き止めたのは、柔らかく暖かい、勇希の胸。
 離れようとしたその頭を、そっと、掌で覆い、優しく、その髪を撫でる。

 勇希は、わかってる。
 自分の胸の中の、こんな子供っぽい少年の気持ちが。
 あそこまで勝ちたいと願った、あそこまでして勝ちたいと願い続けたOLH。
 その彼が、最後の最後の本当の最後に、選んでくれた選択肢。 

 それが、勇み足だったとしても。
 その行為が、何の意味もなさなかったとしても。
 勇希には、そんなことはどうでもよかった。

 ぎゅっ。

 OLHの眼に。
 黒に輝きしその眼に、戸惑いの色が走る。
 静かに、OLHに伝わってゆく、勇希の抱擁の優しき波動。
 気持ちを全部こめるような、包み込むような、穏やかな笑顔を浮かべながら。
 





「ってな。いい加減に離れろっ」
「くすっ。もう、からかいがいがあるんだから」
 
  



  
「はれ?」
「え……?」

 二人、一瞬固まりあい。
 そして二人、全く同時に、弾けるように笑い出した。
 
 いつもの掛け合い。いつものやりとり。
 固まる二人を融かしたものは、やっぱり、いつもの二人。
 顔を赤くしながら突き放すOLHを、肘でうりうり小突く勇希。
 そんなOLHにじゃれるように、駆け寄る幼子、笛音とティーナ。
 二人を抱きしめ、勇希を押しのけながら彼が視線を向けるは、想い人琴音。
 文字通りの“お姫さま”の微笑みから起こる、いつもながらの不毛な争い。
 やっかみとヤジとからかいと、笑顔が笑顔を呼び合う仲間。
 固まるみんなを融かしたものは、やっぱり、いつものみんな。
 
 
 
「ゆーさく……」
「……ああ」 
 ネットの向こう側の暖かみに背を向けて、綾香と悠は歩き出す。
 勝利したことへの満足感よりも、なんだか結局、最後までいいところをもって行かれ
たような、微妙な寂しさを胸に宿して。
 しかしながら胸に残った、僅かな温もりを感じながら。
 
 
 
「ちょーーーーっと待った!」 
 
 ふたつの背中にかけられる、エネルギッシュな呼びかけ声。
「勇希、先生……?」 
「へっへっへ、そう簡単にシリアスで帰れると思ったら大間違いなんだからね。
 それに、最後の挨拶も済んでないしっ。――待ってなさいっ!」 
 呆気にとられ、そして戸惑う綾香と悠に駆け出す勇希。
 間に隔てる深緑のネットを、彼女のいつもの調子でふわっと――
 
 
 
 
 
 
 ――飛び越えること叶わず。無様にネットに、頭からその身をめりこませた。
 
 
 
 
 
 
 「ぷっ。……くくくっ……、……――あっははははははははははっ!」
 
 綾香が、弾けるように笑いはじめた。
 大股開きでネットに絡まる、教師の威厳まるでゼロのなんともいえず情けない姿に、
綾香の何かが吹っ切れた。
 と思ったその時既に綾香は、ネットに絡まるドジ教師に、ダイビングをかましていた。
 勇希と綾香。文字通りの死闘を戦い尽くした二人が、満身創痍の体でそれでもネット
でジャレている。 
 試合中の厳しい表情など、とても伺えない楽しそうな、満面の笑顔で。
「なにやってんだかっ。あたしらも混ぜろっ!」 
「あ、梓先輩……うわわっ!」 
 梓と葵が、つづけとばかりにダイビングをぶちかます。
 綾香ばかりでなく、敵だった勇希にも梓も葵も、楽しそうに揉み合って。
「そおら俺達も続くぞっ! うりゃあああああっ!」
「どわあああああああっ」
 こんな場面を、霜月祐依が見逃すはずはない。OLHを巻き込み、下心全開ダイブ。
「きゃあっ! エッチ!」 
「うわわごめんごめんっ……って勇希っ、だ、誰がお前のそのアレなんてっ」 
「ほーんと、君ってからかいがいがあるわね〜」 
「あはははっ、こりゃ一生尻に敷かれるわねぇ先輩?」 
「どやかましい来栖川っ、ってうわ笛音ティーナ危ないっ、だああ、琴音ちゃんっ」 
「やっほー、あらうみの中で二人の恋はもえあがるんだよ」
「ちがうもん、わたしとだもんっ」
「あははっ、やっぱこういうのは飛び込まないとね。ってコラよっしー! またっ!」 
「よっしーあんたっ、人が動けないのをいいことに〜!」 
「へっへっへ〜、文句なら人を巻き込んだ昂河に言ってくれや。やっほ〜」 
「あ……きゃっ!」 
「よっしーさん、姫川さんに手を出すのは、この僕が許し――」 
「俺じゃねえ俺じゃねえっ! 俺は今姫川ちゃんの、ってやっぱり俺かああ!」 
「琴音ちゃんは俺んだあああああ! だぁくうぃんっ!」
「どわあああああああああああああああああああああああああああああっ!」 
 
 
 
 そんな大喧噪の中、不意に勇希と綾香、視線の先が一致する。
 その先は、当事者で一人騒ぎに加わらず、会場を後にする、悠朔。
 少し寂しげに彼を見る綾香に、勇希は笑いかける。大丈夫だといわんばかりに。
 頷き微笑む綾香。が次瞬、またも騒ぎに巻き込まれる。
 満ち足りた表情をあっけら顔に浮かべ、勇希もまた、大歓声の海に飲み込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      悠朔×来栖川綾香組――第6ブロック代表決定!