Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第64章 「鶴来屋vs暗躍生徒会――前哨」 投稿者:YOSSYFLAME




「……最後はやっぱり、落ち着くところに落ち着いたみたいですね」
「そうだな」
 実行委員席の中央に悠然と腰を置く男子生徒と、傍らに立つ女子生徒。
 今更言うまでもないだろう。
 暗躍生徒会会長・月島拓也と、その参謀・太田香奈子。
「来栖川綾香に悠朔……この試合で、また一段と強さを増しましたね」
「それに足る試合ぶりだったからね。そしてそれは、彼等だけの話じゃない」 
「はい。
 同じく一試合ごとに力を増してる、松原葵。そしてT-star-reverse。
 自らも優勝候補なのに加え、最右翼を破り勢いづく柏木梓、菅生誠治。
 あの柳川裕也を、真正面から叩き伏せた……神威のSS・EDGE&ハイドラント。
 まだまだ手の内は残ってるであろう、とーる&宮内レミィ。
 そして、XY−MENに、篠塚弥生……レディ・Yの、ベスト8進出6チーム……」

「太田君」
 その細目を僅かに開き、拓也が呟く。
「瑠香の様子はどうだい?」
「今のところは平常です。ただ、次の試合しだいでは……」
「そうか……」
 珍しく拓也と、そして香奈子の表情が曇る。
 表向き“月島拓也の従兄妹”で通っている“未来人”月島瑠香。
 彼女の母親と目されている少女への特別な思いなのからか、はたまた純粋に、彼女
自身への気遣いなのであろうか。
 拓也も香奈子も、ただ、彼女の戦舞台のテニスコートを見つめていた。



 悠朔は、当てもなくブラブラしていた。
 決勝トーナメント進出を決めた直後に、彼のパートナーの綾香は来栖川系列の病院
に運ばれていた。
 頭部打撲に右腕全骨折に加え全身衰弱。2,3回戦での傷は想像以上に重かった。
 というかこれはエクストリーム格闘大会ではなくテニス大会のはずなのだが。
 まぁそれはともかくも、綾香にとって、そして悠にとって幸いだったのは、彼らの
本日の試合は、もう予定されていないということ。
 しかし、決勝トーナメントは僅か一週間後。
  正直、完治するには絶望的な期間だ。
 が、こうなれば信ずるしかないだろう。綾香の、勝利に対する不屈の闘志を。

 とりあえずさし当たり、彼の今するべきことは、綾香についていることではない。
 これから当たるかもしれない対戦相手を、偵察し、研究すること。
 とまあそんなわけで、悠は今、試合の空き時間、何をするでもなく歩いていた。
 喧騒も遠い静かな廊下、様々なことに思いを馳せながら。

 とんっ。

「ぁ……」
 胸への軽い感触と、か細い声と共に、悠の意識は現実に戻される。
「……す、すみませんっ……」
 軽くぺこりと頭を下げ、向こうに歩いてゆく水色髪の少女。
 そして悠は、その彼女の詫びに何も返さなかった。
 彼の傲岸不遜さは今に始まったことではないが、今回は少し事情が違った。
 少女とぶつかった際に僅かに触れた手の甲の、異常なまでの冷たさに。
 そして、彼は知っていたから。
 現代医学上例のないこの症状が、どういう人間に起こりうるのかを。



「おっ、どこいってた、瑠香?」
「えへへ……ちょっと」
「まぁいいけどよ。そろそろ試合だぞ?」
「あ、はいっ。今準備します!」
 いそいそと準備にかかるパートナーの背に、Hi-waitは声をかける。
「瑠香」
「はい」
「大丈夫か?」
「……あ、はいっ。大丈夫です!」
 正義と使命に燃える、熱気溢れる瑠香の面差し。
「そっか……」
 一瞬見せる、やさぐれた彼からは滅多に見られない、柔らかく、そして、弱い笑顔。
 その顔が一転、強く、鋭いものへと変わりゆく。
「相手は因縁の鶴来屋だ! 瑠香! 絶対勝つぞ! ――僕達の正義のために!」
「――はいっ!」



「いよいよ出番だね! 初音! ゆき! 頑張れよ!」
 柏木梓の激励が響く片やここ、ゆき&柏木初音チームの控室。
 Hi-wait組とは対照的に、この控室には大勢の応援者でごったがえしていた。
「おう! 負けんなよ! 熱血だ熱血!」
 ジン・ジャザムが熱い激励を送れば、
「苦痛こそ最大の快楽っ! これさえ叩っこんどけば大丈夫だ!」
 激励だかなんだかさっぱりわからん秋山登からのそれも送られ、
「俺らの仇取ってくれや! なぁ! 負けんやないでぇ!」
 夢幻来夢が肩をビシバシ叩きながら声をかけてくれたり、
「あ……」
 自分の目標だった、きたみちもどるも、この正念場に来てくれていた。
「ゆき君。はっきり言おう。暗躍生徒会の二人は……間違いなく、強い」
 唐突なきたみちの一言に、一瞬ざわめく控室。
「が」

「君達はそれよりも強い! 強い! 大丈夫! 勝つのは――――君達だ!」

 わあっ!
 周りから湧き上がる歓声。
 何よりも心強い激励に、ゆきの心も震え立つ。
 そんなゆきを、初音は心底嬉しそうに見つめていたが、唐突にその肩を、何者かが
とんとんと叩いているのに気づき振り返り、そしてにわかに驚きを見せる。

「……なによ。アタシが激励に来るのがそんなにおかしい?」
「い、いえ、そんなんじゃなくて、その、ちょっと驚いたから……」
「まぁいいよ。正直アタシですら自分が何やってんだろうって思うもん」
 少し照れながら悪びれるその少女。
「東雲さん……」
 そう。初音達に緒戦でよもやの番狂わせ負けを演じさせられた、東雲恋。
 その傍らには宇治丁の、そして、笛音、てぃーくんの姿もあった。
「まぁ、つーことでホントはア・タ・シが優勝する予定だったんだけど何の間違いか
こーゆーことになっちゃったわけなんだろうけど……って、そこのガキンチョ笑うな
っ!」
 思い切りそっぽ向きながら喋る恋。
 そりゃあ笛音だっててぃーくんだって宇治だって笑いを堪えるのが大変というもの。
「こほんっ! だ、だからぁ……」
 笛音達のくすくす笑い――宇治は頭に大きなコブをこさえながら――の中、
「まぁ、とにかく、てきとーにがんばってよねっ!」
 結局最後まで悪びれたままの恋に、初音はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。私……がんばります」
 少しだけ照れながら、初音ははっきり頷いた。



『さぁ、いよいよ7戦目!
 学園男女混合テニス大会もいよいよ大詰め! 第7ブロック代表決定戦!
 ゆき、柏木初音組 vs Hi-wait、月島瑠香組の一戦ぇーーーーーーーーーんっ!』
 
 お馴染み実況、緒方理奈の声が会場に高らかと響く。
 それとともにお約束のように湧き上がる会場、そして観衆。
 
 そんな中、なんともいえぬ複雑な表情でコートを見つめている二人がいた。
 風見ひなたと、赤十字美加香。
 特に風見の場合、その心中は複雑そのものだった。
 エルクゥ同盟の一員として、今回千鶴と対立――つまり、賭け――している暗躍生
徒会は、風見にとっても今回、倒さねばならない敵であることは間違いはなかった。
 個人的にもゆきとは仲間同士。激励するのに何の差し障りもないはずだった。
 ただ、その対戦相手が旧知の親友、Hi-waitでなかったなら。
 風見は柄にもなく、組織間の対立と個人の友誼に揺さぶられていた。
 いや、元々“学園一の外道”などと呼ばれながらも妙なところで義理堅い彼にして
みれば、今回の迷いも確かに、もっともなものなのかもしれない。
「だからって、そんなに仏頂面で見てることもなかろうに。もちっと楽に見ようぜ、
楽に」
「……YOSSYFLAME」
「へへぇ、久しぶりぃ。おっ、美加香ちゃんこんちわー」
「あ、こんにちは……」
 TPOまるで無視でちょっかい出してくるこの男には風見も美加香も呆気にとられ。
「貴様、一体何の用ですか」
「まーまー、せっかくだからこの試合をじっくりと見ようと思ってな。
 まぁそこで両方と親しいお前の側で見たほうが、面白いんじゃないのか、と……」
「殺しますか貴様」
「まーまーまー、それよりもほら見てみろよ。そうそうたる顔ぶれじゃない」
 YOSSYが会場を見回し、感心したように呟く。
 確かに綾香&悠戦、そしてこの後控えているイロモノ決戦の谷間の試合だけあり、
客の入りは前の試合に比べては若干少なくなっている。
「が、しかし」
 会場をよくよく見回すと、ある一つの事実に気づく。
 決勝トーナメント進出選手はもちろんのこと、そうでない人間たちも、ギッシリと
この試合を観戦に足を運んでいる。
 観戦というよりむしろ偵察といっていいような、そんな面々。
 それはきっと、この試合の偵察ももちろんあるだろうが、暗躍生徒会の大詰めの試
合に大会主催者、つまり月島拓也がどのような動きを見せるのか。
 学園に名だたる彼の行動は、見る人間にしてみればやはり興味がある。

 そんな中、情報特捜部の面々も観客席に陣取り観戦している。
 もちろん試合の取材ということもあるが、やはり前述の動機もある。
 その中で悠朔は、一人の少女に目をやっていた。
 水色の髪をポニーテールに纏めた、月島拓也の“従兄妹”月島瑠香に。
 拓也の妹・月島瑠璃子の面影を宿すその少女に、何事かを感じて。



「よろしくお願いします!」
「うん。瑠香ちゃん、こちらこそよろしくね」
 その瑠香は、柏木初音と試合前の握手を交わしていた。
 瑠香と初音。お互い柔らかく、暖かく、しっかりと。

「悪いが手加減はせん。正義のために、貴様等にはここで終わってもらう!」
「………………」
 対照的に敵意満々に握手を交わすのはHi-wait。
 しかし、ここにきて負けずに気迫を返すべきであるはずのゆきが、妙に大人しい。
 Hi-waitに呑まれているようには見えない。しかしそれにしても……
(ゆきちゃん……?)
 しかしそれは、本当に僅かな気の揺らぎ。
 それに気づけたのは、同じく今迷い抱いている、風見だけだったのかもしれない。



『それでは第7ブロック代表決定戦! ゆき、柏木組 vs Hi-wait、月島組――』

 そして、風見の気づいたゆきの変調にやがて誰もが気づく。
 理奈の合図の、その、後に。

『――試合開始っ!!』



「喰らえ! 正義の砲弾!」
 ドキュッ!
 178cmの長身から繰り出されるHi-waitの高角度サーブが、ゆきを襲う。
「くっ!」 
 それをかろうじて、向こう側のコートに返すゆき。が。
「……なっ!」
 僅かワンプレイのうちにネット際に詰めている月島瑠香。そして背後には絶妙なポ
ジション取りを演じる、Hi-waitの姿が、ゆきの一瞬の視界に入る。
「やあぁあっ!」
 気合のこもった瑠香のボレー。虚を突かれたゆきに、これを返すことはできない。
「イン! 15−0!」
 審判のコールが響く中、自分の頭をラケットで小突くゆき。ドンマイドンマイと声
をかける梓の声に、そのラケットを挙げ応える。

 しかし、大方の人間が気づいていないゆきの不調。
 それを僅かワンプレイで見破ったのはやはり、暗躍生徒会・月島拓也だった。

“ゆき君を集中して狙いなさい”
 拓也から言い含められた香奈子のサインが、Hi-wait、瑠香に送られる。
 頷きながら、再びサーブを打ち込むHi-wait。
 初音がそれを、確実に返す。しかしそれは、十分前衛の瑠香の守備範囲――

「あ……」
「えっ?」

『あっとお! 月島選手何を思ったか絶好球をスルー!? そ、そしてぇ――』

 何時の間にか、後衛の位置を変えていたHi-waitが、強烈なストロークを放つ。
 狙いはもちろん、指示通り――
「……あうっ!」
 バランスを崩したゆきの一打は、遥かゾーンを外れた横に。
「アウト! 30−0!」



『あっと! 今度は前後衛交代! Hi-wait選手の奇襲スマッシュ!
 ゆき選手返すもまたアウト!
 暗躍チームの変幻自在のコンビネーションの前に、ゆき、柏木組、完全に空転!』

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 ファーストゲームにして、早くも息を切らすゆき。
 自らの調子もあるのだろうが、それを見抜いたかのように徹底的にゆさぶってくる
暗躍チームの猛攻の前に、今のところ、全く歯が立たない状態。

『おっとぉ! 今度は正統派ストロークだぁ! 決まったぁ!
 これで暗躍チーム、まずは1ゲーム先制! 
 それにしてもさすがはテニス経験者、Hi-wait選手!
 まずはガッチリと、自分達のペースをつかみます!』

 ゆきの不調を見破り、そこにつけこんだ暗躍チームがまず先制。 
 しかし実際のところ、それを見破った張本人・月島拓也に、さほどのテニス経験は
ない。 
 されど、彼の恐ろしいところは、ジャンル関係なく、相手の綻びを見つける力。
 実際彼は、ゆきと初音の1,2回戦を、たっぷり研究しつくしている。
 そこから求められるほんの僅かな違和感さえも、その目から逃れることは至難の業。
 仮に研究が不十分であっても、僅かな動作、そしてそこから出づる心理。
 彼の目は、それを決して逃がさない。
 そして更に、暗躍チームが恐ろしいのは、その彼の指示を皆、それぞれのやり方で
こなしきれるというところ。
 いわばある意味、プロフェッショナルの集団であること。
 これがHi-wait&瑠香でなくとも、例えば健やか&香奈子であっても、それなりのや
り方で、目的をこなしきれるに違いない。
 指示の本質を、臨機応変にこなすメンバー達。

 すなわち、ゆきと初音の相手は、目の前にいるHi-waitと瑠香だけではない。
 暗躍生徒会――
 力の片鱗見せつける、その彼等が今。二人の前に、立ちふさがる。














                           ――To Be Continued