Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第65章 「鶴来屋vs暗躍生徒会――姫狼」 投稿者:YOSSYFLAME




「ゲーム! Hi-wait、月島組、2−0!」
『これはこれは、予想を裏切る展開か?
 好勝負になると思われた第7試合、ゆき&柏木初音組vsHi-wait&月島瑠香組。
 なんとなんと、Hi-wait組、暗躍チームの一方的な展開になりつつあるかぁ!?』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 肩で息を切らすゆき。
 翻弄。その一言につきる試合展開を受けて、まだ2ゲームだというのにそのペース
は、もはや崩れかかってしまっている。
 側で見守るパートナーの初音も、声もなく見守るのみ。
「おらおらどしたぁ! お前ら本気でここで終わるつもりかい!?」
「まだまだ諦めるのは早いよ! ファイト!」
 夢幻来夢や柏木梓の声援が飛ぶも、いまいちノリきれない2人。

「ほらほら貴様ら、さっさと次、いくぞ!」
「あ、うん……」
 Hi-waitに促され、試合を再開するゆきと初音。



「まずい展開だねぇ」
「暗躍側にとってはしてやったり、ですがね」
 偵察に来ているハイドラントとEDGEの二人も、試合の流れを掴んでいる。

「……まず、ゆき組がやらねばならんことは、何を差し置いても一呼吸置くことだ」 
「そ。その通り。悠先輩よくわかってるじゃないですか」
 偶然近くにいた悠の呟きに、EDGEが合いの手を入れる。
 楽しそうなEDGEを今度は意識しながら、悠は呟き続ける。 
「それならば、奴等が成すべき行動はわかるな? EDGE」
「とにかく嘘でもなんでもいいからタイムをとること。でしょ?」
「だが、ゆきと、柏木初音の二人にはそれができない」
「まぁ。でしょうね」
 Hi-wait組のペースが変わらぬコートを見つめながら、悠とEDGEは呟きあう。
 基本的にテニスという競技では、野球やソフトボールなどとは違い、作戦タイムを
取ることはできない。
 ただ今回の大会に限っては、ケガ等の理由があれば、制限時間10分という期限つ
きでなら、タイムを取ることが――制限時間は1回で10分ではなく、全部で10分。
つまり、制限時間内であれば、理由さえあれば2度3度のタイムも認められている―
―できる。
 ケガの認定も実に甘く、半ば作戦タイムは黙認されているといっていい。

 ただし、いくら黙認されていようが建前は建前。
 たとえその目的が、あからさまな作戦タイムであろうとも、やはりケガ等の“建前” 
は、外すことはできない。
 何もないのにタイムを取ることは、さすがにこの大会でもできないのだ。

 今大会でも幾組もが、ケガと称しての作戦タイムを――もっとも、大方は本当にケ
ガをして、それと並行しての作戦タイムというわけだが――取っている。
 しかし、ゆきと初音にはそれができない。
 性格的に生真面目な二人には、たとえ作戦といえども、そういう嘘をつくことはで
きないのだ。
 たとえ、自らの敗北が口をあけて待っていたとしても。



「ゲーム! ゆき、柏木組、1−2!」



 ゲームは、確かに取れた。
 これで1−2。スコアだけで見ればまだまだ予断を許さぬ展開。
 しかし、実際のところはHi-waitと瑠香、暗躍生徒会の掌で踊らされているだけ。
 つまりは簡単なこと。
 ゆきと初音に危機感を与えないため。言い換えれば中途半端に微温湯の希望を持た
せ続けさせるため。
 それが暗躍生徒会・月島拓也の作戦であり、そして、その作戦を実行できる腕前を
持つのが、コートに立つ、Hi-waitと瑠香の二人。
 ゆきの変調を、それほど深刻なものとは感じさせずにゲームをコントロールする。
 圧勝の必要はない。相手を圧倒する必要も、恐怖させる必要もない。
 無難に勝つ事ができたなら、それに越したことはないのだから。



「はああぁあ!」
「っせえいっ!」
 コート内では、そのゆきとHi-waitの打ち合いが続いている。
 しかしやはり、どこかゆきの調子がおかしい。
 気合が入っていない、というわけではない。むしろ気合は十分入っている。
 問題は、その気合がどこか無駄に気化してしまっているところ。
 つまり、燃料は十分にあるのに完全燃焼していない。そんなところだろうか。
 
「くっ!」
 そんなゆきに襲いかかる、Hi-waitのスローボール。
 ストレートの打ち合いを続けていたゆきには、急な対処は困難。
 追いつくこと叶わずに、ボールはネット際にポトリと落ちる。



「ゲーム! Hi-wait、月島組、3−1!」

 再度リードを広げる暗躍チーム。
 Hi-waitの放つ、ストレートとスローの緩急をこめたショット。
 ゆきも初音も、この緩急の差に翻弄され続けていた。

「あーもお、ゆきにーちゃん何やってんだかもぉ」
 じれったそうに観戦しているてぃーくんがぼやく。しかし彼の焦れももっともな話。
 実際のところ、今大会において、“緩急”を武器に戦ったチームは、ほとんど存在
しない。
 が、幸運にもゆき組は、その数少ない“緩急を操るチーム”てぃーくん&姫川笛音
組と2回戦で対戦済み。つまり緩急に対し貴重な経験を持っているということ。
 なのにこのありさまなのだから、てぃーくんが焦れるのもわからなくもない。
(でも、ね……)
 松原葵と共に観戦偵察しているT-star-reverseが、彼に聞こえぬよう反論する。
「え?」
「つまりはこういうことですよ、松原さん」 
 呟きを聞いていた葵に、ティーは笑顔のまま丁寧に説明する。
「実際のところ、変化の度合い。つまりフレームショット及び逆回転フレームショッ
トを使いこなすてぃーのほうが、確かにそっちの面では上手です。
 しかしながら、緩急の差をつけるときのフォームの見分けにくさにかけては、あっ
ちの方が遥かに上。
 ほとんど変わらぬフォームから、絶妙なコントロールでネット際に落としてくるん
ですからねえ……」

「ゲーム! Hi-wait、月島組、4−1!」
 4ゲーム目を取りハイタッチを交わす二人を見、ティーが口元に笑みを浮かべる。

(さすが本職。そう言うべきでしょうね)



「ゲーム! ゆき、柏木組、2−4!」

 しかしすぐさまゆきも追いつく。あくまで、ポイントの面だけでいえば。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
 全く自分のペースを握らせてもらえない状況に、ゆきの息も荒く切れている。
「ああくそ! 気合だ気合! もっともっと燃えろぉ!」
「そやそや! 思いっきし行ったれや! お前らの力見せたれや!」 
 シビレを切らせたジンや来夢からも檄が飛ぶ。

 そもそもなんでゆきの調子が悪いのか。
 それは、彼の中の、慣れない感情に戸惑っている為でもある。

 立ちふさがる対戦相手、Hi-wait&月島瑠香は、彼にとっては“仇”の一語。
 1回戦では、ブロック決勝で会おうと誓い合った夢幻来夢。
 そしてその来夢とも組んでいた、パートナー初音をも下した相手。
 そしてそれにとどまらず。自らが目標としていた、そして、もう一度戦いたい、校
内エクストリーム大会で味わった、あの感覚をもう一度味わいたい。
 そう思っていた相手、きたみちもどるをも、2回戦でHi-wait組は下してきたのだ。
 さらに加え、柏木千鶴と暗躍生徒会との“賭け”
 エルクゥ同盟のゆきにとって、無関係であるはずがない。
 そしてそういう意味でも、この試合は互いの直接対決。
 ましてや当事者の千鶴が敗退している状況では、絶対に負ける訳にはいかない。

 だが、それでもなお、ゆきには戸惑いがあった。
 それは対戦相手のHi-waitと瑠香が、あくまでクリーンに戦っているということ。

 元来気が弱く大人しく穏やかなゆきにとって、闘いは好むところではない。
 ゆきが燃えるとしたらおそらくその状況は、引くに引けないそんなとき。
“敵”の“悪”を見逃せないとき。
 そしてなにより“大切なものを守るため”に、ゆきという男は立ち上がり、戦う。

 それに照らし合わせて考えるなら、今回の状況はどうだろうか。
 行為自体はクリーンな彼等に、正義の怒りがわくわけでもない。
 そんなことだがら、大切なもの云々といっても実感もわかない。
 きたみちもどるに感じたような、思いっきりぶつかり合いたいという感情さえ、今
の肩透かし戦略をとり続けている暗躍チーム相手に、そんなものが湧くはずもない。
 もちろん、仇を討ちたいという気持ちはある。
 が、それゆえに闘争心が不完全になり、中途半端に気化してしまう。

「ゲーム! Hi-wait、月島組、5−2!」

 そのゆきの気持ちの揺らぎをうまく利用した暗躍。
 目の前のこのスコアは、当然の成り行きといえるのだろう。



 しかし。
 この予定調和が、木っ端微塵に吹き飛ばされることになる。
 一人の少女が流した、一筋の涙によって。



「初音、ちゃん……」
 ふと振り向いた、ゆきの心に、尋常ならぬ負荷がかかる。
 初音の瞳から、不意にこぼれた雫が、それを物語っているから。



「ごめんね……ゆき、ちゃん……、……ちからに、なれなくて……」



 ゆきの右手から、ポロリとラケットが落ちる。
 乾いた音を立て、それは地に横たわる。
 同時に、ゆきの心に、何者かが呼びかけ始める。
 そう。
 苦しんでいたのは、ゆきだけではない。
 パートナー初音もゆきと同じく。いや、それ以上に悩み、苦しんでいた。

 千鶴、梓、楓と違い、初音にはエルクゥになることによる直接的な身体向上はない。
 試合中の4人の中で、目に見えて能力が見劣りするのが、他ならぬ初音。
 向こうの瑠香が、Hi-waitをサポートして頑張っていると言うのに、自分はただ、
流されるまま。
 迷えるゆきをサポートもしてあげられない――実際は違うのだが――そんな現状。
 
 意識して流れた、涙ではない。
 ゆきを想い、苦しみ抜いて、流れた一筋の雫。
 それがなんの巡り合わせか、今、ゆきを射つ。
 その涙が、初音の想いこめられし雫が、眠れる狼を揺り起こす。



「自分の戦う理由を、見つけ出したようですね」



「ひなたちゃん……」
 エルクゥ同盟の盟友。風見ひなたがそこにいた。
 迷いのない、吹っ切れた笑顔で。
「目の前の女の子のために全力で戦う。理由はそれだけで十分じゃないですか?
“姫護の任”としても、そして、ゆきさんと初音ちゃんの二人の理由としても……
 そう言いたいんですよね、ひなたさん?」
「ええい、そんな恥ずかしいことを僕に振るなっ!」
 美加香の口から発せられる“理由”。

 そうだ。
 僕は何を迷っていたんだ。
 仇のことも、賭けのことも、それは後からついてくるもの。
 僕は、燃えなければならない。
 ……いや。
 燃えられる。何も考えずとも、燃えあがることができる。

 目の前の、一生懸命戦ってくれる……たった一人の、女の子のために。





「せやああああああああぁぁぁあああああ!」

 先ほどのようにラリーの応酬が続いている。
 しかしながら、内実はこれまでのものとは全然違う。
 ゆきの目。目の色が、さっきまでとは全然違うのだ。
「……くっ……」
 テニス経験者のHi-waitも、卓越した運動神経の持ち主の瑠香も圧されている。
 そんな中、緩急をつけたスローボールが放たれる。
 しかしそれは、勢いに圧された“逃げ”のスローボール。“逃げ”の緩急。

「はああぁぁあああっ!」

 ――次の一瞬。
 たったその一瞬でネット際に移ったゆきの、スマッシュボレーがコートを裂いた。



「いよっしゃああああああああああああああああっ!!」
 梓が、来夢が、てぃーくんが、皆が拳を上に突き上げる。
 裂帛のごときゆきのショット。
 たしかに、全体から見たら、たったの1ポイントにしかならないかもしれない。
 しかし、まぎれもなくこれは、流れを変える分岐点。



「あーあ、いいんかい? これでHi-wait、相当苦労するぜ?」
「いいんですよ」
 YOSSYFLAMEの冷やかしにも、迷いが消えた風見はさばさばしたもの。
「さっきまでのままじゃ、結局どっちのためにもならないんです。
 さて、ここからがお楽しみ。ここからが、本当の勝負ですよ」
「へっ……」
 YOSSYが苦笑いを浮かべる。
 それほどまでに風見の表情は、生き生きとした笑顔を浮かべていた。
 親友と盟友。二人の掛け値なしの“勝負”を待ち焦がれて。 



 ――いま目覚めし“白き狼”
 姫と狼。時と想いで結ばれし二人の反撃が、いまはじまる。










                         To Be Continued……