「ゲーム! Hi-wait、月島組、2−0!」 『これはこれは、予想を裏切る展開か? 好勝負になると思われた第7試合、ゆき&柏木初音組vsHi-wait&月島瑠香組。 なんとなんと、Hi-wait組、暗躍チームの一方的な展開になりつつあるかぁ!?』 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 肩で息を切らすゆき。 翻弄。その一言につきる試合展開を受けて、まだ2ゲームだというのにそのペース は、もはや崩れかかってしまっている。 側で見守るパートナーの初音も、声もなく見守るのみ。 「おらおらどしたぁ! お前ら本気でここで終わるつもりかい!?」 「まだまだ諦めるのは早いよ! ファイト!」 夢幻来夢や柏木梓の声援が飛ぶも、いまいちノリきれない2人。 「ほらほら貴様ら、さっさと次、いくぞ!」 「あ、うん……」 Hi-waitに促され、試合を再開するゆきと初音。 「まずい展開だねぇ」 「暗躍側にとってはしてやったり、ですがね」 偵察に来ているハイドラントとEDGEの二人も、試合の流れを掴んでいる。 「……まず、ゆき組がやらねばならんことは、何を差し置いても一呼吸置くことだ」 「そ。その通り。悠先輩よくわかってるじゃないですか」 偶然近くにいた悠の呟きに、EDGEが合いの手を入れる。 楽しそうなEDGEを今度は意識しながら、悠は呟き続ける。 「それならば、奴等が成すべき行動はわかるな? EDGE」 「とにかく嘘でもなんでもいいからタイムをとること。でしょ?」 「だが、ゆきと、柏木初音の二人にはそれができない」 「まぁ。でしょうね」 Hi-wait組のペースが変わらぬコートを見つめながら、悠とEDGEは呟きあう。 基本的にテニスという競技では、野球やソフトボールなどとは違い、作戦タイムを 取ることはできない。 ただ今回の大会に限っては、ケガ等の理由があれば、制限時間10分という期限つ きでなら、タイムを取ることが――制限時間は1回で10分ではなく、全部で10分。 つまり、制限時間内であれば、理由さえあれば2度3度のタイムも認められている― ―できる。 ケガの認定も実に甘く、半ば作戦タイムは黙認されているといっていい。 ただし、いくら黙認されていようが建前は建前。 たとえその目的が、あからさまな作戦タイムであろうとも、やはりケガ等の“建前” は、外すことはできない。 何もないのにタイムを取ることは、さすがにこの大会でもできないのだ。 今大会でも幾組もが、ケガと称しての作戦タイムを――もっとも、大方は本当にケ ガをして、それと並行しての作戦タイムというわけだが――取っている。 しかし、ゆきと初音にはそれができない。 性格的に生真面目な二人には、たとえ作戦といえども、そういう嘘をつくことはで きないのだ。 たとえ、自らの敗北が口をあけて待っていたとしても。 「ゲーム! ゆき、柏木組、1−2!」 ゲームは、確かに取れた。 これで1−2。スコアだけで見ればまだまだ予断を許さぬ展開。 しかし、実際のところはHi-waitと瑠香、暗躍生徒会の掌で踊らされているだけ。 つまりは簡単なこと。 ゆきと初音に危機感を与えないため。言い換えれば中途半端に微温湯の希望を持た せ続けさせるため。 それが暗躍生徒会・月島拓也の作戦であり、そして、その作戦を実行できる腕前を 持つのが、コートに立つ、Hi-waitと瑠香の二人。 ゆきの変調を、それほど深刻なものとは感じさせずにゲームをコントロールする。 圧勝の必要はない。相手を圧倒する必要も、恐怖させる必要もない。 無難に勝つ事ができたなら、それに越したことはないのだから。 「はああぁあ!」 「っせえいっ!」 コート内では、そのゆきとHi-waitの打ち合いが続いている。 しかしやはり、どこかゆきの調子がおかしい。 気合が入っていない、というわけではない。むしろ気合は十分入っている。 問題は、その気合がどこか無駄に気化してしまっているところ。 つまり、燃料は十分にあるのに完全燃焼していない。そんなところだろうか。 「くっ!」 そんなゆきに襲いかかる、Hi-waitのスローボール。 ストレートの打ち合いを続けていたゆきには、急な対処は困難。 追いつくこと叶わずに、ボールはネット際にポトリと落ちる。 「ゲーム! Hi-wait、月島組、3−1!」 再度リードを広げる暗躍チーム。 Hi-waitの放つ、ストレートとスローの緩急をこめたショット。 ゆきも初音も、この緩急の差に翻弄され続けていた。 「あーもお、ゆきにーちゃん何やってんだかもぉ」 じれったそうに観戦しているてぃーくんがぼやく。しかし彼の焦れももっともな話。 実際のところ、今大会において、“緩急”を武器に戦ったチームは、ほとんど存在 しない。 が、幸運にもゆき組は、その数少ない“緩急を操るチーム”てぃーくん&姫川笛音 組と2回戦で対戦済み。つまり緩急に対し貴重な経験を持っているということ。 なのにこのありさまなのだから、てぃーくんが焦れるのもわからなくもない。 (でも、ね……) 松原葵と共に観戦偵察しているT-star-reverseが、彼に聞こえぬよう反論する。 「え?」 「つまりはこういうことですよ、松原さん」 呟きを聞いていた葵に、ティーは笑顔のまま丁寧に説明する。 「実際のところ、変化の度合い。つまりフレームショット及び逆回転フレームショッ トを使いこなすてぃーのほうが、確かにそっちの面では上手です。 しかしながら、緩急の差をつけるときのフォームの見分けにくさにかけては、あっ ちの方が遥かに上。 ほとんど変わらぬフォームから、絶妙なコントロールでネット際に落としてくるん ですからねえ……」 「ゲーム! Hi-wait、月島組、4−1!」 4ゲーム目を取りハイタッチを交わす二人を見、ティーが口元に笑みを浮かべる。 (さすが本職。そう言うべきでしょうね) 「ゲーム! ゆき、柏木組、2−4!」 しかしすぐさまゆきも追いつく。あくまで、ポイントの面だけでいえば。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」 全く自分のペースを握らせてもらえない状況に、ゆきの息も荒く切れている。 「ああくそ! 気合だ気合! もっともっと燃えろぉ!」 「そやそや! 思いっきし行ったれや! お前らの力見せたれや!」 シビレを切らせたジンや来夢からも檄が飛ぶ。 そもそもなんでゆきの調子が悪いのか。 それは、彼の中の、慣れない感情に戸惑っている為でもある。 立ちふさがる対戦相手、Hi-wait&月島瑠香は、彼にとっては“仇”の一語。 1回戦では、ブロック決勝で会おうと誓い合った夢幻来夢。 そしてその来夢とも組んでいた、パートナー初音をも下した相手。 そしてそれにとどまらず。自らが目標としていた、そして、もう一度戦いたい、校 内エクストリーム大会で味わった、あの感覚をもう一度味わいたい。 そう思っていた相手、きたみちもどるをも、2回戦でHi-wait組は下してきたのだ。 さらに加え、柏木千鶴と暗躍生徒会との“賭け” エルクゥ同盟のゆきにとって、無関係であるはずがない。 そしてそういう意味でも、この試合は互いの直接対決。 ましてや当事者の千鶴が敗退している状況では、絶対に負ける訳にはいかない。 だが、それでもなお、ゆきには戸惑いがあった。 それは対戦相手のHi-waitと瑠香が、あくまでクリーンに戦っているということ。 元来気が弱く大人しく穏やかなゆきにとって、闘いは好むところではない。 ゆきが燃えるとしたらおそらくその状況は、引くに引けないそんなとき。 “敵”の“悪”を見逃せないとき。 そしてなにより“大切なものを守るため”に、ゆきという男は立ち上がり、戦う。 それに照らし合わせて考えるなら、今回の状況はどうだろうか。 行為自体はクリーンな彼等に、正義の怒りがわくわけでもない。 そんなことだがら、大切なもの云々といっても実感もわかない。 きたみちもどるに感じたような、思いっきりぶつかり合いたいという感情さえ、今 の肩透かし戦略をとり続けている暗躍チーム相手に、そんなものが湧くはずもない。 もちろん、仇を討ちたいという気持ちはある。 が、それゆえに闘争心が不完全になり、中途半端に気化してしまう。 「ゲーム! Hi-wait、月島組、5−2!」 そのゆきの気持ちの揺らぎをうまく利用した暗躍。 目の前のこのスコアは、当然の成り行きといえるのだろう。 しかし。 この予定調和が、木っ端微塵に吹き飛ばされることになる。 一人の少女が流した、一筋の涙によって。 「初音、ちゃん……」 ふと振り向いた、ゆきの心に、尋常ならぬ負荷がかかる。 初音の瞳から、不意にこぼれた雫が、それを物語っているから。 「ごめんね……ゆき、ちゃん……、……ちからに、なれなくて……」 ゆきの右手から、ポロリとラケットが落ちる。 乾いた音を立て、それは地に横たわる。 同時に、ゆきの心に、何者かが呼びかけ始める。 そう。 苦しんでいたのは、ゆきだけではない。 パートナー初音もゆきと同じく。いや、それ以上に悩み、苦しんでいた。 千鶴、梓、楓と違い、初音にはエルクゥになることによる直接的な身体向上はない。 試合中の4人の中で、目に見えて能力が見劣りするのが、他ならぬ初音。 向こうの瑠香が、Hi-waitをサポートして頑張っていると言うのに、自分はただ、 流されるまま。 迷えるゆきをサポートもしてあげられない――実際は違うのだが――そんな現状。 意識して流れた、涙ではない。 ゆきを想い、苦しみ抜いて、流れた一筋の雫。 それがなんの巡り合わせか、今、ゆきを射つ。 その涙が、初音の想いこめられし雫が、眠れる狼を揺り起こす。 「自分の戦う理由を、見つけ出したようですね」 「ひなたちゃん……」 エルクゥ同盟の盟友。風見ひなたがそこにいた。 迷いのない、吹っ切れた笑顔で。 「目の前の女の子のために全力で戦う。理由はそれだけで十分じゃないですか? “姫護の任”としても、そして、ゆきさんと初音ちゃんの二人の理由としても…… そう言いたいんですよね、ひなたさん?」 「ええい、そんな恥ずかしいことを僕に振るなっ!」 美加香の口から発せられる“理由”。 そうだ。 僕は何を迷っていたんだ。 仇のことも、賭けのことも、それは後からついてくるもの。 僕は、燃えなければならない。 ……いや。 燃えられる。何も考えずとも、燃えあがることができる。 目の前の、一生懸命戦ってくれる……たった一人の、女の子のために。 「せやああああああああぁぁぁあああああ!」 先ほどのようにラリーの応酬が続いている。 しかしながら、内実はこれまでのものとは全然違う。 ゆきの目。目の色が、さっきまでとは全然違うのだ。 「……くっ……」 テニス経験者のHi-waitも、卓越した運動神経の持ち主の瑠香も圧されている。 そんな中、緩急をつけたスローボールが放たれる。 しかしそれは、勢いに圧された“逃げ”のスローボール。“逃げ”の緩急。 「はああぁぁあああっ!」 ――次の一瞬。 たったその一瞬でネット際に移ったゆきの、スマッシュボレーがコートを裂いた。 「いよっしゃああああああああああああああああっ!!」 梓が、来夢が、てぃーくんが、皆が拳を上に突き上げる。 裂帛のごときゆきのショット。 たしかに、全体から見たら、たったの1ポイントにしかならないかもしれない。 しかし、まぎれもなくこれは、流れを変える分岐点。 「あーあ、いいんかい? これでHi-wait、相当苦労するぜ?」 「いいんですよ」 YOSSYFLAMEの冷やかしにも、迷いが消えた風見はさばさばしたもの。 「さっきまでのままじゃ、結局どっちのためにもならないんです。 さて、ここからがお楽しみ。ここからが、本当の勝負ですよ」 「へっ……」 YOSSYが苦笑いを浮かべる。 それほどまでに風見の表情は、生き生きとした笑顔を浮かべていた。 親友と盟友。二人の掛け値なしの“勝負”を待ち焦がれて。 ――いま目覚めし“白き狼” 姫と狼。時と想いで結ばれし二人の反撃が、いまはじまる。 To Be Continued……