Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第66章 「鶴来屋vs暗躍生徒会――覚悟」 投稿者:YOSSYFLAME

 第7ブロック代表決定戦・ゆき、柏木初音組vsHi-wait、月島瑠香組。
 戦前の予想を覆し、圧倒的な暗躍ペースで進んでいったこの試合。しかし。

 自分の戦う理由。
 ゆきにとってそれは、すぐ隣で一緒に頑張ってくれる、守るべき姫・初音。 

 先程とはまるで別人。
 否、これがゆき。エルクゥ同盟・リネット=エースの真の実力。
 
 ――優しき狼が今、潜めし牙を剥き出しにする。 



「今のダッシュ、もしかして貴様より速かったんじゃないんですか?」
「……うるせーな、おめーはよ」
 盟友の完調にすっかり気をよくした風見。隣のYOSSYに茶々を入れる。
「しかしまぁ、これでようやく、面白くなってきましたね」
「なぁにを呑気な」
 そんな風見にYOSSYがジト目を向けながら言葉を返す。
「これで正直、全く試合はわからなくなったわけだ。
 いかに今リードしてるとはいえ、ゆきがあーまで完調した日にゃなぁ……」
 YOSSYが微妙な表情で呟く。
「ほう。なら貴様は十分に認識してる訳ですね」
「ったりめーだよ。ジン先輩と闘り合ったときに、そのくらい研究済みだよ。
 エルクゥ同盟・リネット=エース……
 普段とその気になった時のギャップが、これほど激しい奴はいない。ってな」

「イン! 40−0!」
 YOSSYの述懐の間にも、ゆきの反撃は尚も続く。
 その動きはまさに狼の如し。完全に敵方を圧倒する。
「ちぃっ!」 
 たまりかねたHi-waitが飛び出し、ネット際で立ちふさがる。
(テクニックなら僕のほうが上。ボレーの打ち合いでケリつけてやる!) 
 そんなHi-waitにゆきは、

 にこっと微笑んでみせたのだ。



 次の瞬間、ゆきから強烈なボレーが放たれる。
 しかしここが経験の差。弾道も威力も、Hi-waitの計算の内。
 打球を読みきった長いリーチが、ゆきの球を捉える。
 そして打ち返す。それは迎撃の痛烈なスマッシュボレー。

 そのボレーは次瞬、激しい爆発音を立て。

 砂塵を舞わせながらその球は、暗躍コート側に叩きつけられていた。 



「な、なんだありゃあ!?」
 驚くYOSSYの横で、風見がニヤリと微笑んでいる。
 ジンや秋山、梓の歓声に応えるように。そして、初音の瞳に応えるように。
 ゆきは、あの気弱な少年にしては珍しく。高く高く、己の右手を掲げ上げる。



「White fang(ホワイト・ファング)……」

 悠が驚きの表情を隠さぬまま、ポツリと呟く。
「……へぇ、意外と詩人なんですね、悠先輩」
「貴様こそ、な。柄にも無い」
 傍らのEDGEが茶々を入れるも、その面差しは、悠の指摘通り紅潮している。
 彼女をしてそこまで動揺させる。それほどまでのゆきの技。
「あれは……」
 悠は述懐する。

 第6ブロック2回戦第2試合。悠朔、来栖川綾香組対、ギャラ、阿部貴之組戦。
 その試合でのクライマックス、悠vsギャラのラリー合戦にて繰り広げられた、
あまりに類似した攻防。そして、あまりに類似した一撃。
 ギャラが放つ“スマッシュ返し”を、驚愕の反射神経で打ち返した、彼の一撃に。
 
「ただし、あの時は……」
「ギャラ先輩が打ち返してくるのを読みきっていたからですよね」
「違う。
 あれは、俺がギャラに打たせるよう仕向けたんだ。最初からな」
「……なるほど……」
 納得したように頷くEDGE。
 彼女が納得したのは、そういう前置きがあるのならば、あのスマッシュ返しカウ
ンターも、やってやれないことではない。そう思ったから。
 しかし次の瞬間、その考えが間違いであったことに気づく。
 ゆきの最初のボレーには、初めからそんな意図はなかったであろうことに。

「だから、俺も驚いている」
 自分の考え以上のことをやってのけたコートを見つめ、驚きを隠すことなく悠は
言う。
「だからこそ、思わず不覚を取ってしまった」
 他人に魅せられた、その一瞬。
「まさに……“狼の牙”ね……」
 一度思い切り振り切ったその腕で、敵のカウンターをも弾き返す。
 さながら狼の顎が敵を喰い千切る如し。そんな印象のリターンボレーカウンター。

「全く……恐ろしい奴を育ててくれたもんだ……」
 誰に向けるでもなく、ボソリと悠は呟いた。



「はあああっ!」
 ビシィッ!

「イン! ゲーム! ゆき、柏木組、4−5!」

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……、……よしっ!」
 小さくガッツポーズを上げるゆき。
 先程までの不調が嘘のように、否、それをも取り返すかのように猛攻に猛攻を重
ねるゆき。
 そんな彼についていくように、非力な身体で走り回り頑張る初音。
 完全にペースがひっくり返った今、ゲーム差など、もはや無いも同然だった。

「ゲーム! ゆき、柏木組、5−5!」

「よっしゃああああっ!」
「いけええええええええええっ! 初音ぇ! ゆきぃ!」
 来夢や梓のエールが飛び交う。会場が逆転勝利への期待へ沸きに沸く。



「よくやるわね、ゆき君も……」
 EDGEが感心したような呆れたような声音で呟く。
「復活してからというもの、彼のペースはほとんど全力のはず」
「だからこそ、技術では上の暗躍相手にあそこまで巻き返せた」
「そう。だけど、なんで……?」
(そう。そこだ)
 EDGEの呟きに呼応して、悠も沈思する。
(実際、奴はスタミナにかけてはさほどでもないはず。
 精神力で支えているとしても……それなら合間の今、もう少し憔悴していてもい
いはずだ。
 それが、ゲームが重なるごとに、何か益々生き生きしているような、そんな感じ
さえ伺える。
 もし、他に考えられるとしたら……)
 
「柏木初音だ」

「……ハイドラント」
 今まで会話に参加してこなかったハイドラントが、ここにきて口を挟む。
「柏木初音は、既にエルクゥ化している。女性型だから見た目わからんがな。
 シャーマティックな奴の能力を持ってすれば、ゆきの体調も説明がつく」
「…………」
「柏木初音は、他の柏木の人間とは違い、その能力が巫術的なものとなっている。
 しかしそれは、むしろ奴等にとって幸いなことなのであろうな」
「物理的な能力は足りている。むしろ……」
 体力気力充実しているゆきを見て。
 そして、その傍らで優しい表情を見せ語りかける初音を見て、悠も思う。
「……あれこそが、奴等が待ち望んでいる姿なのかもしれん……な……?」
 ここまで思っておいて、ふと悠の思考が止まる。
 なにか、魚の骨が喉に引っかかったような、そんな感覚。
 曰く、この事象に関連して引っかかっている、そんな何か。

「プレイ!」
 しかしながら、プレイの再開により、その思考が閉ざされる。
 そして、その思考は、今度は別の方向に流れてゆく。
 気力体力充実しているゆきとは対照的な、その姿に。
 激しく動き本来熱気で紅潮する筈の表情が、蒼白になっている、月島瑠香の姿に。
(あの女……)



 そんな瑠香の体調を慮っているのか、ここにきてHi-waitの動きも復活。
 キレ味が増してきた緩急を用いて、このゲーム、ポイントを先取する。
 ゲームを重ねるごとに勢いを増すゆき。
 経験者としての技術をもって、その勢いを止めんとするHi-wait。
 エルクゥとしての能力が巫術に集約されているがため、実際のテニスの力として
は、なんら能力が向上している訳ではない、初音。
 この土壇場にきて、見るからに体調を悪化させキャパシティが落ちている、瑠香。
 状況的に女子二人は戦力外と考えると……この勝負、男と男の一騎打ち。
 
 

「いけぇゆき! 勝つんや! 負けたら承知せえへんで!」
「気迫だ気迫! 燃えろ燃えろぉ!」
「ゆき行けっ! 根性見せろぉっ!」
 夢幻来夢やジン・ジャザム、柏木梓のエールが背に響く。
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! 
 ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき!」 
 いつからとなく湧き上がる、ゆきコール。
 その声援に押され。
 そして、初音の眼差しに支えられ、今、ゆきは駆ける。



「負けるんじゃないネ!」
 そんなゆきコールを切り裂くように、高く澄んだ声がコートに投げかけられる。
「自分が怖い時は相手も怖いネ! let's fight!」
「そうですよ! 取らぬ狸の皮算用っていうじゃないですか!」
「……全然違うネ」
「とにかく、がんばってください!」
 暗躍生徒会のレミィや城下からも応援が飛ぶ。
「瑠香ちゃん、ガンバ!」
「瑠香ちゃん、Hi-waitさん、がんばってくださいっ!」
 そしてまた、新城沙織や藍原瑞穂からも、エールが投げかけられる。

「いけぇゆき! エルクゥ同盟の実力見せてやれ!」
「暗躍の意地見せろ! Hi-wait!」
 双方に応援が飛び交う中、ゆきとHi-waitの死闘は続く。

「イン! 15−15!」
「アウト! 15−30!」
「イン! 30−30!」
「イン! 40−30!」
「アウト! アンドデュース!」
「イン! アドバンテージサーバー、Hi-wait組!」
「イン! デュース!」
「アウト! アドバンテージレシーバー、ゆき組!」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」
「ゼッ、ゼッ、ゼッ、ゼッ……!」
 息を切らし打ち合う両者。しかし……

「長期戦に縺れ込めば、ゆきが有利。奴には柏木初音がいるからな」
「だからこそ、暗躍は止めなければならない。もし次決められたなら……」
 ハイドラントおよび悠の指摘はまさにその通り。
 初音がいる限り、長引けば長引くほど、ゆき組に勝利の天秤が傾いてくる。
 そして、このゲームを奪られてしまうと、ゆき組に6ゲーム渡すことになる。
 それはつまり、暗躍チームが勝利すると仮定しても、最低でもタイブレークまで
縺れこむことを意味するのだ。
 瑠香の体調も考えるに、このゲームを譲ることだけは決してできない。
(しかし)
 暗躍組の最終兵器、デレンガイヤーが、果たしてこの瑠香の体調で出せるのか。
 そして仮に出したとして、最後まで持たせることができるのか。 
(無理だ)
 そう、悠は読む。
(デレンガイヤーで殺人球を放ったとて、今のゆきには通用しない。つまり。
 …………出したが最後、暗躍は敗れる)

 そんな悠の思惑の中、ついに最終局面、ネット際での打ち合いに入ってきた。
 勢いと体力に勝るゆきが、技術に勝るHi-waitを、徐々に徐々に、追いつめる。
(いける。……今なら)
 エルクゥ同盟の一員として、いやむしろ、一人の戦士として、勘を漲らせたその
結論。
 今ならいける。
 そう、ゆきは確信し。



(行けえっ!)

 獲物を引き裂くような、狼爪のボレーが、暗躍陣内を切り裂かんと放たれる。

(……くっ!)

 これは、おそらく布石。
 リターンボレーカウンター・“白い狼牙”ホワイトファングへの布石。
 だが、来た以上は打ち返すしかない。
 ただ、ロブで逃げることはしない。
 ゆきからは、この白い狼からは、逃げることはできない。
 ならば。

 Hi-waitのラケットが、右腕が。狼爪ボレーを捉え、掴み、そして返す。



(もらった!)

 既にゆきは、振りかぶっていた。
 狼の爪と言って差し支えないボレーを全力で放ち、なお、その腕を戻せる。
 剣士としての稀有の才と尋常ならぬ修練によってなされる捌き。
 そして、そこから放たれる。
 狼の顎。
 暗躍を、Hi-waitを喰いちぎる、渾身のリターンボレーカウンター。

 ――ホワイト・ファング。



 ビキィッ!

 左腕から、妙な軋みが聞こえた。
 あの一瞬で、ラケットを右腕から左腕に持ち替えたHi-wait。
 テニス経験者だからこそ成し得る、両ききを生かした左腕ボレー。

 しかし、ホワイトファングには及ばない。
 左腕のみで、しかも不安定な体制で受けたラケットを、ゆきの剛球が押し切る。
(ぐっ!)
 左肘に酷い激痛が走るとともに、彼のラケットから、ボールがこぼれる。

 こぼれ、宙を舞う一個のテニスボール。

 Hi-waitの目は、ただ一点を見つめていた。
 そしてその口が、ただ一言だけを発するため、動いた。












「「踊れ正義の盆踊り!  絶対正義・デレンガイヤー………見参っ!!」」



















                          ――To Be Continued!