Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第67章 「鶴来屋vs暗躍生徒会――双痍」 投稿者:YOSSYFLAME




「「踊れ正義の盆踊り!  絶対正義・デレンガイヤー………見参っ!!」」



 Hi-waitの、瑠香の叫びがコートに轟く。
 第7ブロック代表決定戦・ゆき&柏木初音組vsHi-wait&月島瑠香組戦。
 この試合のターニングポイントにてついに炸裂した、暗躍組の切り札。
“絶対正義・デレンガイヤー”

 月島瑠香の変調の中、敢えて繰り出すジョーカーアタック。
 幸と出るか不幸と出るか。
 この試合、これがまさしく最大の分かれ目。




(まさか……っ!?)
 わかる人間はわかっていた。
 この局面でデレンガイヤーを放つことが、いかに無謀なことであるのかを。
 そしてそれは、ゆきにとってみても例外足りえなかった。
 最後の奇襲か最後のあがきか。
 
 そして同時に。
 ゆきの脳裏に、雷が走った。

(まずいっ!)
 彼等の切り札・デレンガイヤーは尋常ならぬ体力と、特に精神力を消耗するはず。
 でなければ、あれほどの――天翔鬼閃を凌げるほどの――パワーを持ち合わせる
あの技を、ここまで温存できる余裕などない接戦に、使わないはずなどないから。
 しかも、これがこの試合最後のポイントなわけでは全然ない。今のゲームを入れ
なくとも、最低1ゲームはまるまる戦わなければならない状況下。
 瑠香の変調を考慮すればなおさらわかるこの状況下。
 それでもなお、それを放つ狙いが、もしあるとするならば――



 ――殺人球――



 そして狙いは、喰らった傷を癒してもらえる、ゆきであるはずは勿論無い。
 狙いは一つ。ゆきの体力供給源。この試合の生命線――



(初音ちゃん!!)



“白い牙”を解き放ち、完全に腕を振り切ってしまっているゆき。
 過酷な必殺技のツケで、この一瞬、腕が思うに動かない。

(……だからどおしたあっ!)

 ミシミシミシッ……
 腕の筋が嫌な音を奏でる。
 肘に、肩に、筋肉に流れる激痛。
 しかし、その腕は、その心は止まらない。
 エルクゥ同盟・リネット=エースとして、大切な姫を護るため。
 ゆきとして、大切な人を守るため。
 彼は今、もう一度、その牙を振りかざす。
 悪意を宿す魔球から、ただ一人、初音を守るためだけに――






(……――なにぃっ!?)






 その球は、悪意こもりし筈のその球は。
(くうぅっ!)
 ゆきの思惑など構いもせずに。
 初音のことなど構いもせずに。
 何事もなかったかのように方向を変化させ、外側に向かって疾り去る。
「…………っ!」
 歯噛みするゆき。
 目の前を横切るスライダーに、指一本動かすこともできない。
 確かに、敵はテニス経験者。ならばこれくらいの変化球は放てて然るべき。
 しかしそれよりも、自分が読み負けた――ただ単に深読みしすぎだとかいう可能
性もないではないが、わざわざスライダーを放ってきたという点から考えるに、向
こうは向こうでそれなりに殺人球構想も頭にあったと思われる――ことに対して、
ゆきはただ、呆然としたまま、その球を見送ることしかできなかった。



「イン! デュース!」

 審判のコールと共に、鈍い唸り音がコートに伝わる。
 そして同時に、ドサリという軽い、だが質量のこもる音がネットを挟んで聞こえ
てくる。
 それに気づいたゆきの目に入ったものは、うつ伏せに倒れた瑠香の姿。

「審判、タイムを取らせてもらう。構わないな」
 そんな凄まずともタイムくらい取らせてもらえるのだが、やや恫喝気味に審判に
タイムを要求するHi-wait。
 それはいつもの癖なのか。それとも焦り故なのか。
 いずれにしろ了承を得るや否や、瑠香に肩を貸し、自陣のベンチに下がってゆく。
 肩を貸してもらいながら、自らの足でベンチに戻る瑠香。
 立っているのがやっと。
 彼女の様子は誰の目にも、そうとしか映らなかった。



「何故、決めなかったの」

 ベンチではなく、地べたに座るHi-waitを、太田香奈子が見下ろして問う。
 詰問といって差し支えないほど厳しい口調で。
「……………」
 しかし、そんな香奈子に目線すら合わせず悪びれるHi-wait。

 そもそも今回のデレンガイヤーの変身すら、実は緊急避難的なものだった。
 このゲームは絶対に落としてはならない。そうHi-waitは思い定めた。
 そしてそれは彼だけではない。瑠香も考えは一緒だった。朦朧となりながらも。
 だからこそ、あそこで変身を敢行した。
“白い牙”の球威に負け、こぼれたボールを拾うため、彼等は集中した。
 デレンガイヤーの変身先であるボールの目の前に、変身同期を合わせたのだ。
 ……しかし。

「……試合よく見て物言えよ、アンタ。できるわけないだろ、そんなこと」
「嘘」
 尚も悪びれるHi-waitに、香奈子は断ずる。
「あれほどのスライダーを放っておいて、出来ないとは言わせない」
 香奈子の瞳が厳しさを増す。取れる勝負を取らなかった同志に対して。
 確かに彼女の言う通り、あそこでスライダーを放ち、ゆきの逆をつけたのならば、
逆もまた然り。すなわち外に外すと見せかけて中央の初音を狙うことも、十分可能
だったはず。
 しかし、Hi-waitは狙わなかった。
 前述の通り、狙って狙えないことはなかったにもかかわらず、それでも。

「納得のいく説明をしてもらうわ。何故、あなたは柏木さんを狙わなかったのか。
 ……何故、ここで決着をつけなかったのかをね」

 別に香奈子には、敵が苦痛でのた打ち回るのを見て楽しむような趣味は無い。
 ただ、決められるところで決めなかった、その甘さを糾弾しているのだ。
 特に、瑠香がこのような状況になっている今ならなおさらのこと。
 せっかくの切り札を、ほんのわずか1ポイントを取るためにしか使わなかった、
その憤りが、香奈子の脳裏を渦巻いていた。



「……僕は、テニスプレイヤーだからな」



「え……?」
 唐突に口にしたHi-waitの一言に、香奈子の憤りの潮流が途絶える。
「僕は格闘家や暗殺者とは違う。僕は、テニスプレイヤーだ。
 テニスプレイヤーにはテニスプレイヤーの勝ち方がある。
 そして、テニスプレイヤーの勝ち方には、KO勝ちなんてものは、ない」
「あなた……」
 絶対に譲れない。Hi-waitの信念。
「この大会、普段はどうあれ今日の僕はテニスプレイヤーとして出場した。
 別にKO勝ちが卑怯だとは言っていない。それはそれで一つの勝ち方だろう。
 しかし僕はそれを選ばない。あくまで1セット奪って勝つ。それだけの話だ」

「……はっ!」
 一瞬呆気にとられていた香奈子の表情が、皮肉を交えた嘲りに変わる。
「綺麗事もいい加減にしてほしいわね。じゃあ、デレンガイヤーは何なのよ。
 それに何より2回戦。あなた達はその忌み嫌う、KOで勝ってるんじゃないの!?」

「……それが、どうした?」
「……なんですって……?」

「そんな下らん口論に付き合えるほど、今の僕には余裕が無い。
 戯言なら、終わった後に適当に付き合ってやる」
「あなたねえ……!
 今の状況わかってるの!? そんな綺麗事を言っていられる状況なの!?
 瑠香が苦しんでいるその時に、勝ち方なんか選んでる場合なの!?」 



「僕の気持ちは瑠香の気持ちだ。僕達は、僕達の選んだ道を進む」



 これ以上なく、ハッキリと。
 香奈子の瞳をしかと見据えて、Hi-waitは言い切った。

 香奈子の目線が、ベンチで横たわる瑠香に移る。
 話を聞いていたのだろう。何も言わず、香奈子に微笑みかける。
“はい、大丈夫です!”
 身体の不調とは裏腹の、強い意志を込めて。

「……ふぅ」
 思わず漏れる、香奈子の溜息。
 強面で知られる太田香奈子も、何故か瑠香にはどうしても厳しくなれない。
「……わかった。現場の意見として受け取っておくから」
「そうしてもらえると助かる」
「……それよりも! 今は瑠香よね……」
「……今日はかなりハードだったからな」
 吐息自体は、健康に運動している者と比べ、なんら変わるものはない。
 熱を測っても至って平熱。脈拍、心臓等臓器にも異常は見られない。
 ただ、何故か身体全体に強烈な倦怠感と、寒気を生じ、本来運動で紅潮している
はずの顔色が、何故か蒼白になっているという、まったく解明がつかない症状。
 月島瑠香のこの症状は、実は、昨日今日発覚したものではない。
 いわゆる、持病と呼ばれるもの。
 暗躍生徒会の活動が、割とハードだったときにひそかに起こっていた症状。
 いつもはだいたい、安静にしていればそのまま良好になるにはなる。のだが……
(正直今回は時間が無い。どこまで回復してくれるか……)



「あの……」
「あ?」



「貴様等……何しに来た?」
 驚きと警戒心をないまぜにし、訪問者を睨みつけるHi-wait。
 それも無理はないこと。訪れた四人の訪問者。
 そのうち二人は説明不要の風見ひなたと赤十字美加香だからいいとして、もう二
人が明らかに、今の状況、問題のある面子。
 よりによって、今まさにの対戦相手、ゆきと初音がいるのだから。
「そんな凄まなくてもいいじゃないですか」
「で? 何しに来たんだ?」
 Hi-waitにしてみれば、親友風見の来訪だ。若干、寛容にはなる。
 対戦相手の訪問という、多少非常識ともとれる行動を窘めようとした香奈子も、
Hi-waitの様子を見て、少し待っておくことにしたようだ。

「単純な話ですよ。瑠香の治療に来たんですよ。
 今まで戦ってきて、もうわかるでしょう? 彼女の持つ“力”のことを」

 しれっと言ってのける風見の後ろで、ゆきを傍らに初音がぺこりと頭を下げる。
 風見も当然、瑠香の持病は知っている。
 しかし、それにしても……

「……どういうつもりだ? 僕達は敵だぞ? しかも今回、宿敵といっていい、な」
 当然の話である。
 元々このテニス大会自体、暗躍生徒会と柏木千鶴、拡大解釈すると鶴来屋との賭
けを餌として、開催したようなものである。
 いわば今回、鶴来屋と暗躍は、他の何を差し置いてでも倒さなくてはいけないも
の同士。
 その相手の窮地を望みこそすれ、何で治療になど。
「うーん……」
 そんなHi-waitの問いに、ゆきが少し考えた後、

「別に、君たちの為だけじゃないんだよ。
 初音ちゃんが、やっぱりこのままだと、試合しづらいっていうから、ね」

 少し照れくさそうにゆきが言う。
 その傍らで、まだなにか申し訳なさそうにしている初音。
「わたしに、任せてくれるかな……?」
 自分が、治してあげる、という立場にいながら、この低姿勢。
 さすがのHi-waitといえども、こういう態度に出られると弱い。
(本来、敵の助けはいらん、というべきなんだろうが……)
 悩むHi-wait。
 これが自分のことならば、一も二も無くそう言って断っただろう。
 しかし、瑠香の話になると、プライドがどうの言っていられる状況じゃないこと
くらい、彼にも判別がつく。
 彼の中で考えがかなり結論づけられたその時、後ろから声が発せられた。



「ありがとうございます、初音ちゃん。……でも……ごめんなさい」



「瑠香……」
「初音ちゃんとゆきさんの気持ちは……本当に嬉しく思ってます。
 ですけど……私は大丈夫です。だから……そんなに気にしないでください」
 全然大丈夫そうに見えないその声音で、申し訳なさそうに頭を下げながら、申し
出を瑠香は丁重に断る。
「で、でも……」
「ここは、引き下がりましょう」
 なお食い下がる初音を、風見が静止する。
「素直に、はいお願いしますといえない状況もあるものです。
 体力面だけではない、メンタルな部分だっていろいろあるわけですからね」 
「ごめんなさい……ご迷惑をおかけします」
 風見の言葉と瑠香の謝罪。
 初音も、そんな二人の気持ちを汲み始めていた。
 何と言おうとも、二人はこの試合は敵同士。
 負い目を作ることで、結果的に、悔いのない試合ができなくなるかもしれない。
 それは瑠香にしても、初音にしても、決していいことではない。
 たとえ、身体が悪くても、それを承知で納得のいく試合ができたなら……

「うん。わかった。でも……」
 納得したように初音が頷く。吹っ切れたような笑顔を浮かべて。
「なにかあったら言ってね。わたし、いつでもお手伝いするから」
「はい。……初音ちゃん」
「はい?」
「あと少し……頑張りましょう」
「うんっ!」
 開始前と同じ誓いを、今、ここでもう一度。



「Hi-wait、月島組、残り時間1分です」
 主審の忠告の中、Hi-waitと瑠香は試合再開の準備を始める。
 9分横になっていただけではやはり、瑠香に回復の兆しは見られなかった。
 おそらく、残り2ゲーム、立っているのがやっとだろう。
「瑠香……」
「……Hi-waitさん」
 何を言いたいのかわかる。そんな口調で。
 青ざめたままの表情で、息を荒く吐きながら、瑠香は話し始める。
「私が初音ちゃんの申し出を断ったのは、私の矜持だけじゃないんです……」
「……何?」 
 僅かに驚くHi-wait。
 確かに言われてみれば、いつもの瑠香なら、初音の顔を立てて治療してもらって
いただろう。例えそれが、不本意なことであろうとも。
 それならば、他に理由があるのか。
 そう問おうとしたHi-waitに、瑠香が言葉を締める。
「初音ちゃんこそ……今、立っているのがやっとなんです……」



(……なにぃ……っ?)






 ゲームが、再開された。
 ゲーム5−5、デュースからの再開。
 試合展開は変わらず。ゆきとHi-waitの一騎打ちが続いている。
 その中で、Hi-waitの脳裏には、瑠香の言葉が渦巻いていた。

(おそらく……回復魔法の使いすぎです。
 ゆきさんを回復させようとして……頑張りすぎちゃったみたいなんです。
 誰も気づいてないみたいですけど……相当……)

 Hi-waitが見た感じでも、初音に別段それ程の負荷がかかっているとは思えない。
 しかし、瑠香の目がそれを見抜いたのだろう。
 元気に振舞っている初音の、既に罅割れた限界を。

(だから……だから、私……)

(くっ!)
 Hi-waitのロブが高く上がる。
 ゆきを避けて放たれたそれは、初音の真正面に向かい飛んでいる。
 なんでもない平凡なストローク。初音でも難なく返せるような……



 ポォン……



「は……初音……?」
 梓が、信じられないものを見るかのように呟く。
 反応すら、しなかった。
“しなかった”のではなく“できなかった”といったほうが正しいかもしれない。

「初音……ちゃん……」
「あはは……ごめんね、ゆきちゃん……」

 愕然とする、ゆき。
 そして再び、初音を見る。
 今度こそ、はっきりとわかる。初音の身体の、その変調が。
 全身が細かく震え、唇がかすかに青白くなっている。
 そして、なによりも。
 今の初音からは“異種族エルクゥ”としての波動が、一切感じられない。

 力を使い果たした、女の子。
 そうとしか言いようのない初音が、ゆきの目の前に、立っている。

 

(――僕は一体、何をやっているんだ)

 ゆきの脳裏に渦巻く感情。
 
(――考えてみれば、すぐにわかることなのに。
 自分に触れもせず、何も準備が無いままで、体力を供給してくれた、初音ちゃん。
 それがどれだけ大変なことなのか。少し考えれば、わかりそうなものなのに!)






「ゲーム! Hi-wait、月島組、6−5!」



(げに恐ろしきは、月島の系譜、ってか……)
 観客席の隅に一人、コートを見下ろしている男、Rune。
 誰も――ゆきや梓など近しい人間ですら――気づかなかった、初音の限界。
 それを――対戦相手ということもあったろうが――ひと目で見抜いた瑠香。
 おそらく、月島拓也ですらこのことには、気づいていなかったであろう。
 瑠香以外に気づいていた人間が、もしいたとすれば、それは――
(あんた、しかいねぇよな)

 猫をじゃらしながら、会場を、澄んだ瞳で見つめている水色髪のショートの少女。
 Runeの横で、何を思うのか。月島瑠香の未来の実母――月島瑠璃子。  

(いずれにしても、これでウチ等は圧倒的優位に立った訳だ)
 裂きイカを齧りながら、Runeは確信する。
 知らないうちに自分の姫を、大事な人を酷使させていたという罪悪感。
 それにすら、こうなるまで気づかなかったという自己嫌悪。
 そして。
“姫護”の自分ですら気づかなかったことを、全くの他人に見抜かれた敗北感。
 残りあと1ゲームまで追いつめられた上に、さらに課せられた、あまりに重い枷。


(さぁ、どうするよ、ゆき。この窮地を、ウチの奴等を、そして自分の枷を。
 どう打開するよ。なぁ……エルクゥ同盟・リネット=エース……)












                           ――To Be Continued!