Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第68章 「勝利よりも大事なもの」 投稿者:YOSSYFLAME




(この試合……勝ったな)

 観客席のRuneの口元が、不敵に歪む。
 男女混合テニス大会。
 第7ブロック代表決定戦、ゆき&柏木初音vsHi-wait&月島瑠香の一戦。
 序盤の不利を覆すかのような勢いで、一気に攻め落とそうとしたゆき。
 しかし、彼は気づかなかった。
 その陰で、パートナーの初音がどれほどの負担を背負っていたのかを。

 自分への怒りとやるせなさに、ゆきは一人、コートに立ち尽くす――






「おい、貴様」
 そんなゆきに、Hi-waitが声をかける。
「辛気臭い面で目の前に立つな。鬱陶しい。さっさと引っ込んでろ」
「え……?」
 うつろな顔で、それでもその目を彼に向けるゆき。
「休ませなきゃならんだろうが。とっとと向こうに行って来い」

(な……何考えてやがんだあいつ)
 さすがのRuneも、こればかりは予想がつかなかった。というかあまりといえ
ばあまりの行為に、開いた口がふさがらない。
 なんでわざわざ瀕死の敵に、塩を送るような真似をするのか……

「う、うん。わかった。……審判、タイムもらいます……」
 なんとかタイムをもらい、地に足がついていないような状態ながら、ゆきはベン
チに戻ってゆく。
 パートナーの初音もまた、足がもつれた状態ながらベンチにもどる。



「なに考えてんのよあんたはっ!」
 ベンチに戻ってきた暗躍チームに、太田香奈子の激しい叱責が飛ぶ。
「放っておけば楽に勝てたでしょうが! 一体なんのつもりなわけよっ!」
「そりゃあ、決まってるよな」
 悪びれる様子も無く、傍らの瑠香に目をやるHi-wait。
 瑠香もまた、ニコッと笑いながら、Hi-waitと香奈子の両方に視線をやる。 
「別に僕達は、アレを狙ってやったわけじゃないからな。
 まぁ僕はあのまんまのほうが楽に勝てるからよかったんだけど、なぁ?」
 なぁ、の意味は、隣の瑠香に帰結する。
 自分等が不利になるにも関わらず、瑠香の治療を申し出てくれた初音。
 しかも初音はその時、もう既にフラフラだった状態で、である。
 そこまでやってもらっておきながら、騙し討ちのような形で勝利をもぎ取るには、
「そりゃあ、正義の名が廃るってヤツだろうぜ」
(正義の為なら親でも殺すなんて言ってる男が何いってんのよ)
「それに」
 憮然とした香奈子に、Hi-waitは笑いながら続ける。
 瑠香のパートナーの彼だからこそわかること。未来から流れ流されたった一人で
ここに流れ着いた瑠香にとって、友達というものは、特別な意味を持っていた。
 そして、そんな“ここの世界の友達”と交わした、“誓い”というものも。
 
「あぁもおいい。わかったわよもお」
 もうお手上げといった感じの香奈子の仕草。そこにこめられた、いい意味での諦
めの感情。
「ただし……負けたらただじゃおかないからね」
「負けたら、な」
 そんな香奈子に、Hi-waitは、ニヤリと笑って見せたのだ。



「初音、大丈夫!?」
「う、うん……」
 梓が懸命に初音の世話をしている横で、ゆきはただ、呆然としていた。
 実際、ゆきに非があるわけではない。
 初音の体力の限界。それをずっと意識的に隠していたのは、他ならぬ彼女自身な
のだから。
 ゆきに心配をかけまいとする、そんな彼女の思いやり。
 それと、ゆき自身の尋常ならぬ集中力もまた、その原因の一つだった。
 エルクゥ同盟、リネット・エースとしての持ち味、その類まれな集中力をもって
したからこそ、試合開始当初の劣勢を、見事にひっくり返してのけられたのだ。
 それにたまたま対戦相手の月島瑠香が、母譲りの洞察力をもっていただけの話。
 決して今回、ゆきが責められるべきことは何一つない。
 しかし、ゆきは項垂れているのみ。
 ジンや秋山などの叱咤にも、反応する様子が無い。



「やれやれ……世話がやける奴っちゃなぁ……」



 声と共に、打撃音が響いた。
 放たれたそのボールは……唸りをあげて初音に襲いかかる。
 突然のことに、梓もジンも、誰も反応が出来ない。
 ……否。一人だけ、その球に食らいつく男がいた。

「ゆきちゃん!」

 初音の叫びと共に、ビシィという捕球音が周囲に響く。
 先程まで項垂れていたゆきが、初音を庇い、テニスボールを掴んでいたのだ。

「なんや、やればできるやないか。なぁ、ゆき」

「夢幻、くん……」
 そう。打球の軌道上の先にいたのは、誰あろう、夢幻来夢。
「それだけの働きが出来て、自分に何の不満があるんや?
 みてみいや、ちゃんと柏木を助けられたんやないか」
「夢幻くん……」
「人間、100パーセント何かを成し得るなんて所詮不可能に決まってるやん。
 けどな、肝心要を締められるんなら、それでええんと違うかい? ゆき。
 お前は見ての通り、ちゃんと柏木を助けることが出来た。
 本当に危ないときに自分の力を発揮させられる。お前はそれで、ええと思うで」

 ごんっ。
 何か鉄拳が下されたような音がして、来夢が崩れ落ちた。
 
「彼の言うとおりよ、ゆきくん。あなたには、何の問題もないわ」
「千鶴さん……」
 そこに立っていたのは、柏木千鶴、楓の柏木四姉妹の残り二人。
 初音とゆきの様子を見かね、足を運んだ矢先、ちょうど出来事に遭遇したのだ。
「いつまでも落ち込んでたら、かえって初音が気にするわよ。ね、初音?」
 顔を赤くして俯く初音と、目の色が戻ってきたゆきを前に、千鶴は言う。
「でも……
「でもじゃないわよ。まったく。モタモタしないであっさり勝ってきなさいよ!」
「そうそう。君たちはいつも通りでいいと思うよ」
 宇治丁と東雲恋。かつての強敵が、声をかけてくれる。
「あ、うん……」
 ゆきの光が、よみがえる。徐々に徐々に。力強く。

「さぁ、あともう少し。初音、ゆき君。――がんばっていってらっしゃい!」

「うんっ!」
「はいっ!」
 ゆきと初音。
 二人の間の光を戻して。否、さらにその光を輝かせて。
 
「夢幻くん」
 頭を押さえてのた打ち回っている来夢に、千鶴が優しく声をかける。
「二人のこと……ありがとうね」
「おおきに。……ってか、ならなんでいきなりどつくんですかアンタは」
「あら。それはそれこれはこれ。大事な妹を危ない目にあわせてくれたお礼よ」
「ああ、さいですか……」
 


『さぁ、いよいよ最終局面に突入してきたぁ! スコアは6−5!
 果たしてこのまま、暗躍チームが逃げ切り勝利を収めるか!?
 はたまたゆき、柏木初音組が意地をみせ、逆転勝利を果たせるか!?』

「目の色が戻ったようだな。だが……」
 Hi-waitが振りかぶる。その長い腕を全力で引き絞り。そして……放つ!
「勝つのは僕達だあ!!」
 ビシィ!
 ゆきのカウンターボレーが爆発、暗躍チームのコートを裂く!
「おおぉ! すげぇぞゆき!」
「いけぇっ! そのまま勝っちまえぇ!」

(くっ……目の色が戻ったどころじゃない! ずっと手に負えなくなって……!)
 その目から生み出されるゆきの気迫に、怯え、圧されるHi-wait。
「ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき!
 ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき! ゆーき!」 
 ここぞとばかりに、ゆきコールの大合唱。
 初音と瑠香が思うに動けない。つまり実質、男と男の一騎打ち。
 その一騎打ち、ゆきが押す! 押す! 押しまくる!
 テニス経験者としての肩書きなど、この気迫の前には紙屑ほどの役にも立たない。
 攻めるゆき、押すゆき。どこまでもどこまでも、攻めて攻めて攻めまくる!

(正直、ナメてたかもしれん。ギャップがあるのはわかってたが、これほどとは!
 これがゆき。これがエルクゥ同盟リネット・エース……ゆきという男の実力か!)

『いったあああぁぁあ!! 必殺、ホワイトファーーーーーーーーングッッ!!
 強い! 強すぎるゆき選手! タイブレークに持ち込んでなお、この猛攻! 
 まさに驚愕! まさに圧倒!! まさに鬼の強さだああああっ!!!』
 まさに、エルクゥ=鬼の如し強さ。
 サーブ、レシーブ、ストローク、そしてスマッシュ。
 全てにおいて、今までとは桁の違う、何かが乗り移ったとしか思えない猛攻。

「それにしても、なんでここまでゆきの奴、強くなったんだ?」
「自分の存在に、自信がもてたから。……じゃ、ないのかしらね」
「自信?」
「ええ」
 梓が口にする疑問に、柔らかい笑顔を浮かべながら、千鶴は語る。
「初音の限界に気づけなくて、それでゆき君は落ち込んでいたんだけど、でも、彼
には友達がいた。
 初音には彼が必要だと、ちゃんと教えてくれた友達がね。
 その思いと、あなたも含むたくさんの人たちが応援してくれている思い。
 そして、初音の気持ち。
 これだけの気持ちに気づけたなら、もう怖いものなし、って感じじゃない?」



「イン! ゆき組、6−3!」

「いよっしゃぁあ! ゆきぃぃ!」
「あと一球ぅぅ! そぉれ!!」
「あと一球! あと一球! あと一球! あと一球! あと一球! あと一球!
 あぁと一球! あぁと一球! あぁと一球! あぁと一球! あぁと一球!」

(くっ……)
 あと一球というところまで追いつめられて、気息奄奄のHi-wait。
(どこか弱点はないのかコイツには!? どこか弱点っ……)
 3ポイント差。しかもマッチポイント。しかも勢いは完全に向こう。
 この劣勢をひっくりかえす、決定的な穴、流れを変えられる穴は……

(――あったぁ!)



「そこだぁあ!!」
『いったあぁあああ! Hi-wait選手、起死回生のストローーーーーークっ!!
 しかし、しかし、この狙いはあぁ!?』



「初音えぇっ!!」
 梓が悲鳴をあげる。
 そう、Hi-waitの見つけた唯一にして決定的な穴。
 そう、この試合、残る勝機はノックアウト、のみ。
 そう――柏木初音を戦闘不能にするほどの、渾身のストローク殺人ショット――



「そんなわけぁ、ないぃぃっ!!」
「……何ぃいっ!?」



 ゆきが、強烈に踏み込んでいる!
 初音のほうなど、構いもせずに、自分と初音の中心、ちょうどネットの中心線。
 その中心線のネット際。ネットと中心線でT字が描かれたその地点に!

 そして、ボールは曲がってゆく。
 初音のほうなど構いもせずに、先程までゆきがいた、その位置に。
 そう、これは。
 初音を狙うと見せかけて、完全に心理の盲点をついた、Hi-waitの“穴”狙い。
 しかし、そのショットさえも読まれていた――

「違う!」
 ゆきが強烈に踏み込みながら、そして吼える。
 盲点をつくショットを読んだのではない。
(これは……この戦略は……)
 宇治丁&東雲恋。
 ゆき達を散々苦しめた二人の、そのベースとなった戦術。――囮作戦。
(追いつめられたHi-wait君は必ず、初音ちゃんを狙ったかのようなショットを放
ってくる。
 僕の精神的動揺を起こし、一気に逆転する腹積もりで。
 それならば。そのショットを、あえて打たせて、そこを――討つ!!) 
 これが、ゆきと初音。二人のコンビネーション。
 二人が今まで勝ち続けていた要因、チームワークをフルに生かした、マリーシア。
(いくよ!!!)



「ひっさぁつ!! 
 はつね、こいぬ、けえええええぇぇぇーーーーーーーぇええええん!!!!!」



 渾身のショット。初音子犬拳。
 全身全霊を振り絞った、決勝トーナメントを決めるその一撃は、Hi-waitの脇を
完全に抜け――
(瑠香ぁっ!)

 擦れるような音を立て、砂煙を立てながら。
 一歩も動けない月島瑠香の、足元を、風のように抜いていった。






「ゲーム! アンドマッチウォンバイ! ゆき、柏木初音組!
 ゲームポイント7−6! タイブレークポイント、7−3!!」



「いやったああぁぁあ! 初音ぇぇ! ゆきぃっ!」
「やったなぁ、やったやないかぁ!」
「よし! よくやった!」
「やるじゃねぇか、お前等もよぉ!」 
 柏木梓、夢幻来夢、秋山登、ジン・ジャザムらの歓声が降り注ぐ。
「ゆきちゃぁん、初音ちゃぁん、おめでとー!」
 宇治丁の感激をこめられた声が響く。
 その横で、東雲恋の、照れくさそうに勝利を祝福するような苦笑いも見えた。
 一方、悔しそうに足元を見やるHi-wait。
 一瞬何かを言いたそうにしたが、首を2、3、ふるふると振る月島瑠香。

 しかし、そんな周囲の思惑とは別に、初音の顔は優れなかった。
 ゆきの顔を、確認する。
 ゆきも納得しているのだろう。こくんと一回、初音に向かって優しく頷く。
 ごめんね、ゆきちゃん。
 初音の唇が、そう紡がれる。
 そして――






「ブロック優勝、おめでとう。僕達の分まで、頑張ってね」
「けっ、何言ってんだか、全くよ」
 さばさばとした顔で握手をするゆきに、バツ悪そうに握り返すHi-wait。

「初音ちゃん、ごめんね。……本当にごめんなさい」
「ううん、いい試合が出来たと思うよ。
 これもゆきちゃんとHi-waitさんと、瑠香ちゃんのおかげだと思うから」
 申し訳なさそうな、泣きそうにも見える瑠香と、一点の曇りも無い笑顔の初音。



「――審判さん。今のは……タッチネット、です」

 あの時、勝負はついたと誰もが思ったその時、初音が口に出した言葉。
 ゆきの必殺技・初音子犬拳は、強烈過ぎるほどの踏み込みを利用する技。
 ゆきの身長の低さを補う踏み込みと、体のバネでもって繰り出す技。
 それゆえに威力は驚愕の一言。
 おそらく球に追いつけたとしても、Hi-waitには、瑠香には返せなかったろう。
 それほどの一撃ゆえに、相当の踏み込みを利用するゆえに、ラケットがネットに
かすってしまった、皮肉な結末。

“いい試合をしよう”
 そう、瑠香と誓い合った初音。
 その言葉を違えることは、結局初音にはできなかった。
 いや。おそらく敵さえ納得しただろうことさえも、初音には、ゆきには納得でき
 なかった。だからこそ。
 ゆきと初音。
 どこまでも、馬鹿正直で。どこまでも、純白な二人。

 結局そこから勝負の綾は変わっていった。
 そして、タイブレークは短期決戦。
 ゆきの気迫をもってしても、変わった綾を引き戻すことはできなかった。
 終わってみれば、ゲームポイント7−6、タイブレークポイント9−7の逆転劇。
 しかし……
 しかし。



「なぁ……瑠香」
「はい」
「俺達は、試合にゃ勝ったかもしれんけど、勝負には……、……完全に負けたな」
「……はい」
 瑠香には、わかっていた。
 この目の前の男が、自ら負けを認めるというのが、どういうことであるのかを。
「瑠香」
「はい」
 コートの向こうのゆきと初音に、聞こえるように口を開く。
「こうなったら、絶対優勝するぞ。暗躍の……俺達の意地にかけてもな!」
「はいっ!」
 満身創痍ながらも瑠香は、元気よく頷き、Hi-waitの肩を借り、コートを去って
ゆく。
(初音ちゃん、ありがとう……)
 コートに散った友達に、一言だけの、心からの言葉を残して。



「ごめんなさい、みんな……」
 戻ってきたゆきと初音を迎えたのは、桜のような、暖かい拍手の花びらだった。
「いいんだよ、初音。ゆき。あんたたちは、紛れもなく勝ったんだ」
「試合に負けて勝負に勝つ。よくやったぞ、二人とも」

「なぁに言ってんのや。負けは負け。事実は事実として受けとめんかい」
「そうそう。結果は結果。結局勝てなかったことには違いはないんだからね」
 来夢が、恋が、立て続けに辛辣な言葉をあびせかける。
 苦笑いを浮かべるゆきと初音。しかし隣の梓が、血相を変えて怒声を浴びせる。
「お前らなぁ! いっていいことと悪いことがあるだろ!!」
「せやけど」
 その梓の怒声は、来夢の一言によって遮られる。
「ええ負け方だったで、お前ら。ほんま、ようやったわ。なぁ?」
「そうそう。こんなに清々しい負けっぷりだったんだもの。言うことなしよ」
「二人とも、本当に最高だよ」
 
「あ……ありがとう……」
 来夢や恋、宇治の言葉を受け、ゆきも初音も、照れくさげに笑みを浮かべている。
 そんな二人を、千鶴は見つめながら、そして思う。
 確かに、彼らのテニス大会は、ここで幕を閉じてしまった。
 しかし、勝敗よりも、もっと大事なことがある。
 初音とゆきは、この試合、まさしくそれを体現してくれたのではないか、と。

「ありがとう……」
 そう一言だけ、千鶴は零し、そして、輪の中に入っていく。
 何者にも代えられない大切な妹と、頼もしい姫護を、ねぎらうために。









   Hi-wait×月島瑠香組……決勝トーナメント第7ブロック代表決定!