Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第70章 「For victory for Azusa」 投稿者:YOSSYFLAME




「さぁて……」
 無造作に自分の頭上に、ボールを投げ上げる秋山。
 そして響く破裂音。
『いったぁ! 秋山選手の得意技、ジャンプサーブ炸裂っ!』
 5メートルにも届かんばかりの高さから一気に打ち落としてくる、秋山にしかで
きない、超高層ジャンプサーブ。
『さぁ! TaS選手どうする――?』
 次の瞬間、観衆が皆目を見開いた。なんと――







 宙に舞う、一本のラケット。
 なんとTaS、無造作に自分のラケットを中空に放り投げてみせる。
「Ha!」
 間髪いれず地を蹴って、ラケットに飛びつくTaS。
 おそらく狙っていたのだろう。そのラケットはジャンプサーブの軌道にピッタリ
と合致している。
 強烈な角度でもって跳ね上がるテニスボール。
 ボールがラケットに衝突する、まさにその瞬間――
「HAっ!」
 ――さながらボレーシュートのように、ラケットに蹴りを叩き込んだのだ。

「イン! 0−15!」

 勢いを完全に殺されたボールは、秋山側のネット際にふらふらと落ちた。
 あまりといえばあまりにもアレな光景に、観客も誰も開いた口が塞がらない。
 TaSという男をある程度知っている臨時審判の柏木耕一だからこそ、今の光景
を前にしても、なんとか職務を実行することができたのだろう。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
 やはりというか当然というか、日吉かおりが猛然と抗議に出る。
「なんでアレがポイントになるのよっ! 反則じゃないのよっ!」
「あー、それなんだけどなー」
「反則じゃないのよ、日吉さん」
 どう説明すべきか困ってるふうの耕一の横から、太田香奈子が割り込んでくる。
「ルールでは、ボールにラケット以外の部分が触れた時点で反則になるんだけど、
今のはボールに足が当たった訳じゃない。つまりボールを直接蹴っ飛ばしたわけじ
ゃないから、反則にはならないのよ」
 私としても甚だ不本意なんだけど、と最後に付け足す香奈子の横でTaSがHa
Ha〜Nと踊っていたりしているのを、腸が煮えくり返る思いで見つめながらも抗
議を諦め、引き返すかおり。

「うまいな、アイツ」
「え?」
 シッポが感心したように呟く。
「うまいって、TaSさんがですか?」
「ああ。感心するほどの超高等技術だぜ、アレは」
「そうだね」
 隣の河島はるかもが頷くのを見て、彼と同じ特捜部の姫川琴音もが驚きつつも僅
かに納得したような表情を浮かべる。
「俺の言葉だけじゃ信用できんのか、お前は」
「い、いいえ。そういうわけじゃ……すみません……」
「いいよ。ところで話を戻すけど」
 視線をコートに向けながら、琴音に向かって説明するシッポ。
「つまりだな。アレで秋山のジャンプサーブは完全に封じられたことになるのさ。
打ち下ろされたボールを見て、その落下地点と反射地点を瞬時に分析する。そして
その地点にラケットを投げ込み、同時に蹴りの体勢に移る。あとはボールに直接当
たらないよう注意しながら、ラケットを蹴り飛ばしてボールを向こうに入れるだけ。
 当の秋山はジャンプしちまってるから、ボールに食い下がるのは不可能。あとは
日吉の動きだけを見て、ボールを自在に叩き込めばいいだけの話なのさ」
「でも……それならわざわざあんなことしなくても、直接手で打てばいいんじゃ…
…」
「そこなのさ」
「え?」
「なにせ直接蹴る訳にいかんから、必然的にボールはスイートスポットを外れる。
スイートスポットに当たらない球というのは極端に威力が殺される。だからこそT
aSは、わざわざ足で蹴っ飛ばしてボールの勢いを殺したのさ。
「いえ、だからそれをどうして足で蹴って……」
「スイートスポットを外れたボールというものは得てしてえらく重い。だからこそ
アイツは、腕より数段力が強い足で蹴っ飛ばして、力の調整をしたんだろうさ」
「なるほど……すごいですね」
「まぁな」
「……彼なら普通にしてても、それくらいできると思うけど」
「はるか先生……」
 せっかく琴音を説き伏せたと思った矢先に茶々を入れられ、げんなりのシッポ。
「じゃあ、どうしてアイツはわざわざそんな不毛なことをしたとお考えで?」
「おそらく、おちょくってるんだろうね」
 それだけかい、とシッポも思ったが、TaSの性格からそれもあるかと納得する。

「ゲーム! TaS&電芹組、1−0!」

「そして、その効果はてきめん、か……」
 まさにシッポの呟き通り。人をおちょくってるとしか思えないTaSのプレイに
完全に頭に血を上らせたかおり。電芹にはジャンプサーブが通用し、ことごとくポ
イントを奪っていられたものの、TaSにはことごとくおちょくられる始末。
 電芹相手に取ったポイントと取られたポイントが相殺し合い、第1ゲームからデ
ュースの連続が続く傍迷惑な試合展開になっていったが、最後に秋山のダブルフォ
ールトでなんとか決着。この世紀の人外決戦、まずTaS組が先制した。

「あ〜もう! 絶対反則に決まってるじゃないのよあんなの!」
「それでカッカしてゲーム取られてりゃ世話ねぇだろが、バーカ」
「なんですって!? もともとはあんたがサーブ全部入れないから悪いんじゃない
のよ!」
「全部決められた分際で何言ってんだコノヤロウ!!」
「あーそこの二人。喧嘩は試合が終わってからにしてくれな」
 お互いのほっぺをむにゅむにゅ引っ張り合ってた秋山とかおりを耕一が制する。
 つくづくこの試合、臨時審判を起用してよかったと思う今日この頃である。

 失笑まじりの第8試合。
 しかし、次のゲームに突入し、その雰囲気が一変した。

『な……なんと、電芹選手のラケットが弾き飛ばされた……、恐るべきパワー!』
 秋山登の剛腕が火を噴いた。
 その巨体から腰を入れ繰り出されるショットはまさに、スイートスポットで受け
とめない限り、その威力をそのまま腕に受け吹き飛ばされてしまうほどのもの。
「どうした電芹? まだまだこんなもんじゃないぞ?」
「ええ……さすがですね秋山さん……でも……」
 お返しとばかりに電芹の剛球がコート隅目掛けて放たれる。
「私だって力じゃ負けません! セリオ@電柱の名は、伊達じゃありませんから!」
 叫びに違わぬ、唸りをあげ迫る電芹の剛球。しかし……
「そいやあ!」
「え……?」
 秋山が、今度はバックハンド、つまり返し手で電芹の剛球を弾き返す。
「Ha!」
 しかし、何時の間にか出てきたTaSのボレーが、空いたところに打ち込まれる。
 これで万事休すかと思われた、その時。
「チェストおぉお!!」
 なんと秋山、バック転しながらそれに追いつき、ボールを打ち返してみせたのだ。
 しかも、そのボールはなんと、綺麗なループを描きながらアフロ頭を柔らかく越
え……
「くぅっ!」
 電芹が飛びつくも叶わずボールは、オープンスペースに運び込まれた。
「うっしゃあ!」
 吼える秋山。その姿に観衆唖然。
 それもそのはず、秋山登といえばまず出てくるのが“マゾ忍者”。
 とても人間とは思えない超絶耐久力と超絶回復力と超絶被虐力。これが彼を知る
ものたちの、能力における秋山評であろう。
 では、能動的な能力は如何に? と聞かれると、皆最初に思い浮かべるのは、そ
の2メートル、115キロもの巨体から生み出されるパワー。と考えるだろう。
「ところが、そうではないと来たものですからね」
「秋山登の能動的な本質。それは決して、ただのパワーバカなどではありません」
 一組の男と女。神海と篠塚弥生が、コートを見ながら言葉を紡ぐ。

「はあっ!」
 かおりの逆をつく形で打ち込まれる電芹のストローク。
 それをまるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで追いつき打ち返す。
 そして、火花を散らすTaSとの打ち合い。
 あのTaSの奸智織り交ぜた技術にさえ、まったく引けを取ることのない秋山。
 終始秋山ペアが押し気味の展開、そんな試合展開を見ながら、彼女が口を開く。
「秋山登のスキルは忍者。そう、むしろ秋山は……」

「ゲーム! 秋山、日吉組、1−1!」

「いよっしゃあああ!」
 先程の借りを返したとばかりに、吼える秋山。
 そして、観衆がどよめく、そして、喝采を思い切り投げかけた。
 彼得意のパフォーマンス、バック宙三回転を目の当たりにして。

「あの巨体にしてあの身の軽さ……
2メートル115キロで宙返りができるのなんて、あの人しかいないですよまったく」
「秋山登。彼の本質は紛れもなく……忍者。
 あの驚愕の怪力までもが、テクニックとスピード、つまりその身のこなしにより
一層の威力を加えられ作りあげられた、忍者としての力なのだから」
 神海が半ば呆れながら、そして弥生は先を見据えるように、呟いた。



 その“忍者”秋山とかおりvsTaS&電芹の試合はなおも、秋山組ペースで進
んでいった。
 力、技、そして素早さ。全てを兼ね備えた秋山の猛攻は尚も続く。
「……計算外だ」
「デコイさん?」
 既に太陽が沈みかけている時間帯、黄昏時で何もかもが紅く染まりゆく中、Yi
nの目には、心なしか青ざめたデコイの表情が映っていた。
「俺との試合では、そこまでのあの人は見られなかった。温存してたのか、単純に
テニスという競技、その実戦に慣れたのか、それとも他の理由なのか。
 いずれにしても、これほどまでとは思わなかった。……秋山、登……」
「……デコイさん」
「まずい……、……このままではますたぁは……」
「大丈夫だって!」 
 唇を震わせ呟くデコイを、Yinが励ます。
「見ろ! ますたぁも電芹ちゃんも、必死に……かどうかは知らんが食い下がって
るだろ! いかに秋山さんの運動能力がすごかろうと、テニスは2対2でやる競技!
秋山さん一人がいくらすごくたって、物の数じゃないって!」
「……だからだよ」
「はぁ?」
 不可解な表情を浮かべるYin。
 しかし、デコイの視線のその先の、一人の少女を見た瞬間、それが氷解する。
「……まさか」
「そのまさかだよ。秋山組は間違っても、あの人一人のワンマンチームじゃない。
いるんだよ、秋山組には。しれっとぶっときながら、とんでもない曲者がな……」

「ゲーム! 秋山&日吉組、2−1!」

「よっしゃあああ!」
 今度はひねり技を加えながら宙返って着地する秋山……
 ……の足をかおりが思い切り払いのける。
「ぐぎゃあああああ!」
 なにか変な音をさせながら墜落した秋山。全身をピクピクさせのたうちまわる。
「あ〜らごめんなさい。ちょっと足にハエが止まってたもんで」
「止まるかんなもなあああああああああっ!!」
「だからお前ら、試合やろうぜ……」
 つくづくこの試合、臨時審判を起用して以下略。

「なぁにをやってんだか、まったく」
「でも、調子いいじゃないですか」
「まあね。もっともあの筋肉馬鹿は一生絶好調って感じだけど」
「ふふ。秋山さんもそうですけれど、日吉さんのことですよ」
「……まぁね」
 昂河の言葉に、少し困ったような顔で、柏木梓が頷いた。

「ハイっ!」
「あぅっ!」
“またも”かおりのラッキーショットが、電芹の横のコートに決まる。
「ん〜……」
 釈然としない面持ちの電芹。秋山との打撃戦が白熱味を帯びてくると、かおりの
横槍が入ってくる。こんなことがここしばらく続いているというありさま。
「日吉さんの運のよさが、そのまま試合の流れに繋がっている感じですね」
「……篠塚先生も人が悪い」
「とりあえず、及第点ですね」
 苦笑いの神海。
「基本的に、どんなプレイヤーであれ、洞察力というものは誰もが持っています。
 ですがその中で、洞察力を主体として勝負に臨んだプレイヤーが二人います。
 一人は既に敗れましたが、対戦相手の演技をするつもりでそれを見極め、その中
から、敵の癖と弱点を探り当てたプレイヤー、広瀬ゆかり。
 もう一人は、それよりも広い視点で相手そのものを見、相手の体調等を大雑把に
見抜く洞察力の持ち主、月島瑠香……彼女達二人」
「そして、戦略的戦術的視点から物を見て、弱点を見抜く三人目。レディー・Yが」
 してやったりと悪戯っぽく弥生に微笑みかける神海。
「……しかしどうやら、三人目がいたようですね」
(四人目だっていうのに)
 憮然とした弥生の表情を楽しげに見ながら、神海は振りに答える。
「日吉かおり……ですか。でも彼女、なんとなく先生に似てる気がしますね」
「……………」
 黙りこむ弥生。しかしその表情は、神海の言葉が的を得ていることを示していた。

「ハイっ!」
「……くっ!」
 またも。またもかおりの横槍が、いい調子に進んでいった乱打線を阻む。
 さながらそれは、他人を不愉快にしてその様を喜ぶ小悪魔のよう。
 言葉には出さずとも明らかにイラつきはじめた電芹。
 そのパートナー・TaSは、ただ、それを眺めているのみ。

(かおりってさ……一途なヤツなんだよね。……良くも悪くも)
 口にすることなく、ただかおりを見ている梓。
 梓の所属する陸上部に、マネージャーとして入部したかおり。
 今や梓専属といった感じで日々、梓のためのみに尽くすかおり。
(アイツはホントに一途なヤツなんだ。……それ以外が視野に入らないまでに)
“その人が喜んでくれるためにのみ”かおりは尽くし続ける。 
 そんなことだから、“それ以外”からの評判など、よくなるわけがない。
 かおりにしても、他者からの評判など歯牙にもかけていないのだからなおさら。
(わかるヤツはわかってるんだよ。アイツが、すごく気が利くヤツってこと)
 そう。
 一度気に入った対象に対しては、なんでそこまで気が回せるのというくらい徹底
して気を配れるのが、日吉かおりという少女。
 少なくとも、かおりが陸上部に入ってから後、梓が――一途なまでの求愛行為を
除いて――部活動において苦労したことなど、なにひとつないという事実。
 スパイクも用具もなにもかも、綺麗に整えられている。
 栄養補給。水分補給。すべき時にできなかったことなど、ただの一度もない。
 実際の話、コンディション不良でトラックに立ったことなど、かおりが入ってか
らこのかた一度たりとてなかったのだから。
(そう。この試合だって)
 縦横無尽に駆け回り跳ね回り打ち込み打ち返す、絶好調の秋山登。
 そのシューズ、ラケットのグリップ、そしてガット。
 あれほどの激戦をへていながら、これほどにキチンとされている事実。
 無論これは秋山のためではなく梓のため。
 かおりには、梓のため――梓本人はどう思っているかは知らないが――勝ち残る
必要がある。
 秋山の身の回りの整理をしているのは、それだけのため。
 そのためにかおりは、パートナー秋山登を利用し続ける。
 ――もっともそれは、お互い様ではあるのだが。

「チェストォおおお!!」
「HA! なかなかマッシブルデスねェ!」
 片やバック宙一回転レシーブ。片やアフロダンスストローク。しかも足で。
 これほどの人外合戦を繰り広げられるのも、かおりのサポートあってのもの。
 それによって創り上げた決戦を、持ち前の“気のきき”で読み取る。
 なにをどうすれば、最も敵が嫌がるのか。
 なにをどうすれば、最も味方が楽になるのか。
 L学の小悪魔と呼ばれ続けてきた少女・日吉かおり。
 しかしそれは、好きな人に喜んでもらいたいがためのもの。

「ゲーム! 秋山&日吉組、3−1!」

 篠塚弥生が、神海の言葉に黙り込んだのは、図星だったからだけではないだろう。
 マネージャー。
 その本質が、その結果の生き様が。
 目の前の少女が、どこか自分と似偏ってる。それゆえの沈黙なのかもしれない。

 大好きな人に尽くすことに喜びを感じる小悪魔。
 そして。
 大好きな人に感謝され、微笑まれたそのときに、無上の喜びを感じる小悪魔。


 
 そのとき会場は、これまでで一番のざわめきに満ちた。
 ゲームポイント3−1、秋山登のサーブ。
 ここで秋山は、得意技ジャンプサーブを封印。高く高く、サーブを打ち上げた。
 会場がざわめいたのは、まさにそのとき。
 秋山が両腕を大きく左右に広げ、ネット際ど真ん中に仁王立ちで構えたのだから。 

「完璧だね」
「完璧ですね」
 それぞれ別の場所にいる、はるかと弥生が、同時に呟いた。

「テニスってな、基本的に2ゲーム開けば、ひとまずセーフティリードなんだよ」
「そうなんですか?」
「2ゲーム先にとれば、あとは自分のサービスゲームを守り抜くだけでいい。
 でもってだな、相手にしてみりゃその気になって守られたら、サービスゲームを
取ることなんて、はっきり言って至難の業。
 そして、秋山日吉ペアは、完全に守りに入った。
 あれほどの巨漢がボレーをカバーすれば、そうは決められるもんじゃない。
 この勝負……もしかするとこれで決まったかもな」
「Hi-waitさん」
「何だ? 瑠香」
「それだけ知っていながら、どうしてあれだけ苦戦したんでしょうか、私達」
 ぽかっ。
「……ぅぅ、痛いですっ」

(……かおり、秋山)
 両手を組みながら、梓はそれを見守っていた。手の平に汗がたまるほどに。
(あんたたち……そこまでしてあたしに……) 
 中空を舞うサーブのボールに目もくれず、梓は思いに暮れていた。



『……フフッ』



 ほんの小さなミスアナウンス。
 ほんの小さく零れた声音に、気づいた者はいただろうか。
 小さく舌を出しながら、Talkボタンを離す女性。
(……くだらない心配ね)
 その女性・緒方理奈が、アナウンス席で微笑を浮かべる。
(謎の中でも誰もがおおかた、その正体をおぼろげながら見せているLeaf学園。
 にもかかわらず、謎が未だ取れず、そしてそれを、誰もが許さざるを得ない……)

 怜悧な唇が、妖しく紡ぐ。

(……あの子の未知数に、せいぜい恐怖しなさいな)











                           




                          ……To Be Continued.