Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第71章 「雨夜の視線、雨夜の拍手」 投稿者:YOSSYFLAME




 高く、高く舞い上がるボール。
 その間に築き上げられる、巨大なる筋肉の壁。
 来る球全てを跳ね返す、秋山登の前衛壁。
 第8ブロック代表決定戦・TaS&電芹組vs秋山登&日吉かおり組。
 これで決着してしまうのか――







「そんな訳ないデスねー」
 秋山の放った大飛球サーブ。
 その意図と脅威を知っているのかいないのか、TaS、平然と落下点にて鼻歌を
歌いながらラケットを弄んで待っている。
(フン……)
 その意図がわからぬまでも、なお余裕を崩さない秋山。
 それもそのはず。風見戦での木っ端微塵により何かのタガが外れたような今の彼
の運動能力をもってすれば、そんじょそこらの奇策など、物の数ではない。
「さあ!来るなら来い!TaS! 何が来ようとも俺の筋肉で跳ね返してくれる!」
「Ha……」
 不敵に笑う秋山と、平然と返すTaS。
 やがてボールが、射程距離に落ちてきた、その刹那。

「HaaaA!!」
 裂帛の気合をこめ、TaSが一気に打ち放つ!
「そうくると思ったあああああ!!」
 TaSの狙いはある意味盲点秋山の顔面。
 しかし、これはあまりにも稚拙といえば稚拙。忍者秋山登に顔面攻撃など――
「愚の骨頂!!」
 壮絶な打撃音とともに秋山、打球を思い切り、地面に叩きつける!
 そのとき!
「何ぃい!?」
 打ち返した打球がそのまま、秋山の顔面に戻ってきた!
「ぐおお!」 
 TaSの必殺スライディングボレーが、的確に秋山のボレーを捉えたのだ。
 雄叫びとともに再びボレーで弾き返す秋山だが。
「ムダデスネェ!」
 ヤケに小気味のいい音とともに、再び飛び来るは秋山の肩。
「ぬううううう!!……っなああ!?」
 唸りを上げ弾き返さんとする秋山が、一瞬敵に目をやったそこには――

「HAHHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA
HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAAAッッッッッ!!!!!」
 ――そこには、一人のブラジリアンカポエラ・アフロが存在た。 

 空気を切り裂き旋を描く一本のラケット。
 そのすぐ下には、目にも止まらぬ速さで繰り出され続ける両足。 
 腕があるところに脚があり、脚があるところに腕がある、つまり逆立ち。
 ブラジルの黒人奴隷階級が、自由を勝ち取るために編み出した。両腕が拘束され
ていようと十分に、否、それ以上に闘えるよう編み出された格闘技、カポエラ―― 

 それを目の前のラテンアフロが、堂々とやってのけているのだ。
 しかも足でラケットを操るという、これ以上もないおまけつきで。 
「へ……」
 観客の誰ともなくがあまりといえばあまりなアレに、叫ばずにはいられなかった。
「変態かお前はあああああああああああああああああああああっ!」
「Oh、ブラジリアンレボリューションを馬鹿にしてはイケマセーン」
「そう言う問題じゃないわあっ!これはテニスだっつってんだああああああ!!」
「Ohォ、足でテニスしてはいけないなどとはァア、どこにも書いてマセーン」
 オー、と肩をすくめて客の罵倒に応対するTaS。
 もちろん肩すくめている間は手を離しているので頭でバランスをとっている。
 もちろんその間もゲームは続いているので、秋山との熾烈なボレー合戦も続いて
いる。
「ぐ……この……バケモンがああああああああああああああああ!!」
「ォーオ、人のこと言えませんネェ、秋山サン♪」
 凄まじい音の応酬、凄まじい打球の応酬。
 詳細など説明したくもないがとにかく互角の攻防を両者とも演じている。が……
「まさか……」
「どうしました? ひなたさん」
「秋山さんが……秋山さんのほうが先にバテてきてるだって……?」
 信じられない事実。
 あんな変則的で無駄な動きありまくりのTaSより、筋肉男秋山が先にバテるな
ど……
「HAHHAHAHAッ、HAーーーーーーーーーHAHHAッッッ!!!」 
 息を切らせ始めてきた秋山に対し、余裕の肘枕のTaS。
 もちろん肘を支点とし回転は続いていて、一層白熱したラリー合戦を繰り広げて
いる中、その彼が軽い口を開く。
「それはですねェ、風見サン……」
「があああぁああ!!」
 バチィ、という炸裂音とともに、後方によろめく秋山登。
「足の力はナント、腕の力の3倍ッッッッッ!!!」
 どこから手に入れたかも知らん知識をひけらかしながら、よりいっそう図に乗っ
たような回転をしながらそれが、みるみるうちに加速している。
「そして、るーるもナニモないコートの上ではァ……」
 ヴォン、と唸りが鳴ったその瞬間、
「がぁ…っ!!」
 秋山のラケットが弾き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
「ラケットを持ったアフロの足は……まさに凶器ッッッッッ!!!」

「恐るべきはTaS、と認めるしかあるまい。
 確かに足の力は腕の幾倍とはいえど、操るのは腕の幾十倍至難。されど。
 さながら己の腕のように足を使いこなす。さすがは棍術の熟練者といえような」
「いや……そういう問題じゃないと思うんだけどよ、アレは」

(んもぅ、これだから男って肝心なときにっ……)
 またも火花を散らすカポエラアフロvs筋肉マゾ忍者の壮絶な打ち合い。
 その隙をかおりは、息を潜めて待っていた。
 二人の隙を突き割り込んでポイントを奪取する小悪魔戦法を。
(見てなさいよっ……あともうちょっと……)
 根気強く待ち続けるかおり。
 1対1の打ち合いからいきなり横槍を入れられたときの切り替えなど、なかなか
できるものではない。
 それがあの、ビッグアフロであろうとも、それは……
(例外じゃないっ!)
 流れは読みきった! 一気に踏み出し叩きつけ――
「はろぉ、えぶりわんッ」
「っぎゃあぁぁぁぁぁぁぁあ!」
 ――ようとした目の前にアフロが生えてきた日にはかおりとてひとたまりもない。
 腰を抜かしたその足元に、ボールがポンポンと弾み、止まる。
「な、な、な、な……」
 唖然呆然、日吉かおり。
 
「これならどうよ!」
 今度はかおり、ループ上に球を打ち上げる!周囲に電芹もいない。これなら!
「うい、まだむッ」
「なっっっっっ!!!」
 その地点にアフロがいた。お茶を嗜むおまけつきで。

「サァ! 今度はワタシのサーブをお見舞いしてさしあげまショウッッッ!!」
 やけに気合のこもった構えから、思い切り振りかぶり――
「ぁ」
 見事に空振りしてのける、お茶目なアフロ。
 脱力のあまり、今までの緊張が一瞬途切れる秋山。
 やれやれとばかりに前を向き直した瞬間、その目が驚愕に見開いた。
「なにぃっ!?」
 なんで空振りしたはずのボールが飛んでくる!?
(まさか……あの有名な背面打ち!?)
「HAHAHA、惜しいですネェ」
「ケツでサーブを打つなああああああああああああああああああああ!!!」

「これが……TaSの恐ろしさだ」
「てーか、お前んときにもあんなことやってたんかい」
「……………………」
「……だがな、XY−MEN。真に恐ろしいのは……そんなことではない」
「なにぃ?」



「ゲーム! TaS&電芹組…………5−3!」



「……なんなのよ」
 日吉かおりが、呟いた。
「なんなのよ……いったい……」
 観客席でさえも、ざわめきが収まる気配はいっこうに見られない。
 ゲームポイント3−1の際に、打ったかおりの策。
 絶対有利のサービスゲームを確実に奪い、2ゲーム差で逃げ切る策。
 秋山登の巨体は前衛に立つ時、壁というのも甘っちょろい、聳え立つ山脈となる。
 そんな秋山の特性を最大限に生かした、かおりの完璧な防御策。
 しかし、誰が想像しえたであろうか。
 この策が、一切の苦悩も苦難もなく、こうまであっさり破綻するなどとは。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」

(かおり……)
 知らず知らず両手を握る。心配そうな面持ちで後輩を見守る梓。
 しかし梓の心配ももっとも。かおりの表情は、まるで土色に成り果てていたから。

「日吉」
「……逆転よ」
「あ?」
「逆転するって言ってんのよ!!
 秋山! ジャンプサーブを打ちなさい! あのアフロに目に物みせてやる!!」
(そうよ! 私は梓先輩との愛の日々を取り戻すために、参加したんだもの……
 それを……こんなところで……こんなヤツらなんかに負けてたまるかっ!!)

 しかし。
「イン! 0−15!」
 TaSの蹴り技ボレーに対応しようと、ジャンプサーブの直後にネット際にダッ
シュして構えたかおり。だが、今回は違った。
 一気に落下点に詰め寄り、切り払うように打ち返したのだ。
 前衛のかおりをはるか超えて、ボールは後方ライン際に突き刺さった。
「あぁ…ぁ…」
 かおりの視界の、世界がぐらついた。
 脳裏にチラつきはじめた“絶望”の重力の前に。
「……秋山!」
「なんだ」
「あのメイドロボには通用するでしょ! もう一発ぶちこみなさい!」
(そうよ! いくらなんでもあのメイドロボになら通用する。
 あとはあのアフロのミスを待てば……、……勝てる!!)

 かおりの思惑をよそに、秋山から放たれる超高層サーブ。
 これまでの対電芹のサーブ成功率は、自分のミスを除けば100%。
 電芹はライン際から一歩も動けない。
 今度こそ。逆転の妄執に囚われたかおりがラケットを強く握りこむ。
 ……しかし。

 電芹のラケットが、高く上げられる。
 そして。
「いやああっ!!」
 澄んだ気合とともに、TaSがしたのと同じように軌道の球を切り払ったのだ。
 ズダンという鈍い音。
 それは、コートに入り跳ね返って壁に当たった、電芹の強烈な一打だった。

「秋山くんのジャンプサーブは、これで完全に死にましたね」
「え……?」
「今のレシーブ、電芹さんは“狙ってライン際で待機していた”のです。
 つまり、先程までの、どこに飛んでくるかわからないままオロオロしてライン際
で立ち尽くしていたのとは違い、今度はしっかりと、そこで狙っていた」
「ということは、グレースさんはヤマを張ったということでしょうか」
「違います」
 神海の予測を、弥生はすっぱり斬り捨てた。
「電芹さんは、ライン際に来たサーブだけを狙って切り払えばよかったのです。
 他の箇所に関しては、あんな難しい狙い方をしなくともいいのです。何故なら」
「前方で弾んだボールは、彼女がバックすればただの山なりボールと化す……!」
「正解です。無理をする必要など何もなく、下がればただの凡球と化します。
 テニスのサーブというのは、レシーバーはワンバウンド後、返すルール。
 高く角度のある彼のサーブは、サーブライン前方で弾んだ場合、知ってさえいれ
ば、まったくの無用の長物と化す。あとはライン際に来たボールのみを狙えば、そ
れで全ての決着がつく。ジャンプサーブ殺しというのは、これだけのことなのです。
そして、これさえも実はTaSの計算内」
「え?」
「第一ゲームをもたつかせたのは、電芹さんに慣れさせようとした為なのですから」

 ガシャン!
「……かおり」
 乾いた音がコートにこだまする。
 かおりが、身を震わせながら自らが叩きつけたラケットを睨みつけている。
「……なんでなのよ」
 肩を震わせながら、誰ともなしにかおりが呟く。
「なんで私がこんなとこで負けなきゃならないのよ」
「――かおり!」
「あんたたちのせいよ…っ…!!」
 駆けつける梓の静止の言葉などまるで耳に入っていない。
 目の前の、TaSと電芹を親の仇のように睨みつける。涙の溜まった瞳で。
 がばっ。
「あ……」
「なんであんたたちがここにいんのよ!!
 私はただ、梓先輩を取り戻したかっただけなのに!!
 なんで邪魔すんのよ!! なんで私と先輩の邪魔すんのよおっ!!!」
 ウェアが破れそうな位に電芹の胸倉を掴み、体裁もなにもなくかおりは泣き叫ぶ。
「なんでなのよ!! 答えなさいよおおおおおおおおっ!!!」 



 バキッ……



 その絶叫は、唐突に止んだ。
 絶叫の発信源・日吉かおりが、コートに倒れ伏したから。
 目の周りを赤く泣き腫らさせ、そして左頬を真っ赤に腫らせながら。
「……秋山」
 梓が見守るその男が、口を開いた。

「お前は何か? 泣きわめくためにこの大会に参加したのか」
 かおりは答えない。
 秋山は真っ直ぐ、魂が抜けたように俯きコートに這うパートナーを見据える。

「勝つために参加したんじゃなかったのか。……――違うのか!!!!!」

 薄暮の雷鳴。
 そう形容して何も差し支えない秋山の怒号が会場に響き、かおりを突き刺した。
「秋山……かおり……」
 胸を締め付けるようにしながら、梓はただ、二人を見つめている。
「耕一先生、悪い。始めようか」
「って、いいのか? 少しくらいだったら休憩して落ち着いても」
「構わねぇ」
 ヨロヨロと立ち上がるかおりに近づき、秋山は一言、投げ捨てた。
「勝つ気ねぇ奴ぁ勝手にしてろ。俺はたった一人ででも勝つ」

「秋山さん……」
 ぽんっ。
 悲痛な顔の電芹の肩を、TaSは優しく叩き、そっと耳元で囁いた。
「ワタシタチが出来るコトは、最後マデ、全力で戦うコトだけデス」
「…………はい」



 いつしか、雨が降りだしていた。
 夕雨の中、それでも誰も帰らない。
 TaSと電芹、秋山登。二人と一人のせめぎ合いに、誰もが足を離せない。
「おおおおおおおああああああああああああああああああ!!!」
 爆発の如き秋山の一撃が、アフロサイドを襲えば、
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAAAAA!!!」
 TaSの旋風脚がそうはさせじと阻む。
「えやああああぁぁぁああっ!!」
「ぬうううううううううう!!!」
 電芹の根性のスマッシュが炸裂すれば、秋山も闘志でこれを堪える。
 しかしいかんせん2対1。
 いかな運動能力、技術力の持ち主だろうと、ダブルスにおいてひとりでふたりを
敵に回した結末は、今までの試合が雄弁に語ってくれている。
 むしろこの状態でこれまで互角に戦えている秋山登に、瞠目するくらいである。
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」
 その秋山の息も切れる。
 ただでさえ致命的に不利な2対1に加え、その相手がTaSと電芹なのだから。
「ゼッ!ゼッ!ゼッ!ゼッ!……っぐあ…っ!!」
「イン! 0−40! マッチポイント!」
 疲れなのか足場の悪さなのか、足を取られて転ぶ秋山。
 そこをすかさず叩き込むところがTaSの非情さであり、そして。

 かおりは、ただ立ち尽くしていた。
 マッチポイントのさなか、ただ立ち尽くしていた。
 しかし、試合は進む。
 かおりの心中などお構いなしで、試合は進んでゆく。

「があああああああああああ!!!!!」
 秋山登の爆撃スマッシュ。
「ゼッ! ハッ! ゼッ! ハッ!」

「あっきー……」
 川越たけるが、胸に手を当て祈るように見守っている。 
 そこには普段の天真爛漫な彼女の姿は、どこにも見られない。
 しかし、それももっともなこと。彼女は今まで、見たことなどなかったのだから。
 あの秋山登が、表情を青紫に染めて苦しげに表情を歪ませている姿など。
 あの秋山登が、これほどまでに苦しんでいる姿など。 

(辛ぇな……)
 マゾ忍者と呼ばれ親しまれてきた秋山。
 彼にとって苦痛とはそれ即ち快楽と同義。故に苦痛を苦痛と思ったことなど、た
だの一度だってなかった。
 しかし、今という今。
(……これが……そうなのかもな……)
 底知れぬ未知数・TaS。愛すべき愛弟子・電芹。
 マッチポイント。あと一球で全ての幕が閉じる状況。
 想像を絶した重圧の中、秋山登は“苦痛”をはっきり自覚して。
(辛ぇじゃねぇか……へへ……)

 そして、笑っていた。
 
 心臓が引き裂かれそうに痛い。 
 四肢が千切れ飛びそうに痛い。
 だが、秋山は笑っていた。
 その巨体のあちらこちらに滲み流れる己の血液。
 激痛と苦難と重圧にとめどなく流れる汗。
 それでも、秋山は笑っている。
 目の前の底知れぬ強敵を倒す。何一つ疑うことなく信じている。
 絶対に勝利する。何一つその気持ちは揺らいでいない。
「イィン! 15−40!」
 そんな秋山の、信念の一撃がついに、TaSと電芹のコートを割った。
「………………!」
 雨の中、秋山登は天に両腕を掲げ上げながら、血を吐く勢いでぶちまけた。

「――苦痛こそ最高の快楽っっっっっ!!!!!」



「……秋山」
 誰でもない、観客の一人がその姿にポツリと呟いた。
「秋山……」「秋山……」
 それは、さながら雪山での雪崩のように。
「秋山……」「あきやま……」「秋山……」「アキヤマ……」
 根性と信念の咆哮が、観客という名の雪山を、ついに揺り動かしてみせたのだ。
「あっきやま! あっきやま! あっきやま! あっきやま! あっきやま!
あっきやま! あっきやま! あっきやま! あっきやま! あっきやま!」
 その秋山コール、会場を埋め尽くさんとばかりに響き渡る。
「へへ……、……おおおおおおおおおああああああああああああああ!!!!!」
 過剰運動により張り裂けそうな心臓箇所を鷲づかみにしながら、秋山は吼えた。
「秋山さん……嬉しそうですね」
「アナタもそんな顔してますヨ」
「えっ……あ、ご、ごめんなさい……」
「フフ、イイんデスよ」
 今は敵味方に分かれていようと、秋山と電芹の間は何も揺るがない。
「勝負ハ勝負、ですケドね」
「……はい!」

 幾十度になるだろう爆撃スマッシュ。
 咆哮の際、口からも血を吹き出させ。
 それでも身体が動かなくなるまで戦い続けられるのは、忍者という性なのか。
 それとも、秋山登自身の、決して屈せぬ不屈の闘志からなのか。
 秋山はただ、戦い続ける。何かを目指し、死に物狂いで戦い続ける。  

(フン……、何よ、カッコつけて)
 その時、この場にいる人間で一番秋山を冷ややかに見ていたのが、日吉かおり。
(勝てるわけないじゃないの。口じゃ偉そうな事言って、人気でも取ろうっての?)
 懸命に目をそらしながら、心中吐き捨てるかおり。
 そう。懸命に。
 懸命に逸らさなければならないほど、かおりはその姿に魅せられていた。
(うるさい!!)
 会場の秋山コールが。迎え撃つべく動くTaSと電芹が。そして、秋山が。
(どうせ……どうせ私なんて、誰からも相手にされないっ……)
 誰も自分など見てくれない。そんな現実を前にかおりは閉じこもる。
 否。
 誰も自分など見てくれない、と言うことにして、自ら逃げようとしていただけ。
 
 自分に注がれる視線を感じる。並々ならぬ強い意志の視線を。
 それは、ネット際の向こうからの視線。
 よりによって対戦相手、TaSと電芹からの視線。
 彼等は自分に対する警戒など、ただの一度も解いていなかったのだ。
(あんたたち……、……まだ私を、敵として見てるわけ?)
 会場からもつたわる。叱咤激励の視線が。
 お前何やってるんだよ、まだ動けるだろ、動け、そして勝ちに向かい足掻け、と。 
(なんなのみんな、なんなの、こんな私を……)
 初めての感情。戸惑うかおり。
 その感情を爆発させたのは、やっぱり、その視線だった。
 強く、確たる意志を持ち、そして暖かいその視線。
(梓先輩……)

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 ビクリと現実に戻される。
 パートナー・秋山登の決死の咆哮。
 かおりは、ただ立ち尽くしていた。
 今に至っても、それは変わらない。
 ただ、何かが違う。そう。何かが。
(ビクッ!)
 不意に流れる強い視線。
 ――ヤバい!

「HAHHAHHAHHAッッッッッ!!!! これで終わりでスッッッ!!!
 アフロ必殺ゥゥゥ――――嗚瑞山野咆――ォォォッッッッッ!!!!!!!!」

 原爆級の大爆音が会場を――Leaf学園の全てを覆い尽くした。
 それは四頭の聖龍が、敵を喰らいつくさんと咆哮を上げ降臨いかかる如し。
 その前に立ちはだかるは――秋山登。
 これさえ破れば、破ることが出来れば――勝てる!!!

「梓ああああぁぁぁぁああああああああ! ジィィィィイイイイインッ! 
 ぐふぁああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」

 夜天に突き刺す勢いで伸びた金色の柱。
 エルクゥ同盟員が愛と勇気に満ち溢れたとき発動されるハイパーモード。
 ここに至るまでわずか一瞬。
 今――四頭の聖龍が金色の聖柱に喰らいついた!!!

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 ハイパーモードになってさえ、聖龍の勢いは止まらない。
 このままだと肉体もろとも、弾き飛ばされてしまう。つまり――負ける――
(負けるか……勝つんだ……)
 最後の最後の最終決戦、
 秋山は、天に向かい、全てに向かい全身全霊で吼え放った!!!

「負けてたまるか!!! 優勝するのは俺達だ!!!!!!!」



「ったく頼りにならないんだからっ!!!」 
 地響きを立てながら倒れた男に、女は背を向け投げかけた。
「馬鹿の割には正解ね!! そう! 梓先輩と逢うのは私達!!!!」
 女――日吉かおりは渾身の力で振りかぶった。
「勝たせてもらうわ!! 日吉かおり・最強最後の奥義!!
 梓先輩らぶらぶアターーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!!!」
 かおりの右腕が炸裂した。最後の決着をつけるべく。



 ポォン……ポン、ポン……
  
 それは、完璧な球だった。
 TaSが倒れ、一人残った電芹には、反応することさえできなかった。
 日吉かおりの、これまでで最高のフェイク・スローボールショットだった。
 たとえ電芹とTaS、二人がかりであろうとも、返すことは叶わなかったほどの。
 
 ただ一点、足りないものがあったとしたならば
 それはほんの少しだけ、先のラリーのエネルギーを計算しそこねたこと。
 
 日吉かおり最高のフェイクショットは、ネットを越えることなく、
 疲れ果てた子供のように、ネットにもたれかかり、眠るように横たわっていた。






「ゲーーーーーーーーーーム! 
 アンドマッチウォンバイ、TaS&電芹組! ゲームポイント、6−3!」






 いつの間にやら、照明灯が煌々とテニスコートを照らしていた。
 そこでは、誰も歓声を上げなかった。 
 傷だらけのまま倒れて今なお起き上がれない、TaSと秋山。
 軽く溜息をつきながら、泥だらけのウェアのまま立ち尽くす電芹。
 そしてまた、コートに突っ伏して嗚咽をもらす、日吉かおりの姿。
 勝った者も、負けた者も、あまりの痛々しさに皆、声すら出せなかった。



 パチパチパチ、パチパチパチパチ……
 
 
 
 そんな沈黙は、一人の少女の手によってやぶられた。
「梓……」
 隣にいた菅生誠治が、一言だけ呟く。
 当の柏木梓は、何一つ口を開くことはなかった。
 ただ彼女は、コートにいる四人の男女に、ただ一心に、拍手を贈っていた。
 
 パチ……
 パチパチパチ……
 パチパチパチ、パチパチパチパチ……
 やがてそれは、ほどなく会場全体に伝染していった。
 そしてそれが、会場を埋め尽くすのにさほど、時間はかからなかった。

 コートで最後に握手をする四人。
 泣きじゃくりながらもかおりは、強く、しっかりと、TaSと電芹と手を握り合
っていた。
 そして一人、静かに引き返す、日吉かおり。
「秋山サン……」
 促すTaSの一言に苦笑しながら、秋山は彼女の後を追った。

「イイ、試合デシタネ……」
「はい……」
 二人の視線の先には、頭を小突こうとして手を振り払うかおりのと、振り払われ
る秋山の、二人の姿が映っている。
 秋山登は、二人に何を言うこともなく、コートを去った。
 ただ一度だけ、振り返らないそのままで、右腕を高く掲げ揚げて。 
(言葉は要らない。そういうことですよね……秋山さん)
 胸に手をやり、電芹はそっと心で呟いた。

「電芹〜〜〜〜っ!!」
「た、たけるさん?」
 そんな電芹の胸の中に、ちぃちゃな小動物・たけるが飛び込んでくる。
「ど、どうしたんですか? たけるさん?」 
「いやね、なんかめちゃくちゃ感動したのと悲しかったのと寂しかったのと嬉しか
ったのとつまりまあいろいろな感情がないまぜになっちゃったらしくて、パニック
に陥っちゃってさ。……なんとかできるのって、電芹ちゃんしかいないだろ?」
「親親ッッ、ぷれいぼーいの名が廃りマスネエッッッ」 
「やかましいわっ、いちいち強調文で話すなアフロっ」
「うわぁ〜〜〜〜っ、電芹〜〜〜〜〜っ!」
 胸の中のたけるを見つめる、電芹の暖かい視線。
 そんな二人をアフロヘアーをセットしながら見つめ、TaSは心でクスクス笑う。

(ワタシもまた、もうチョットだけ頑張ってみますネ。Haha)
 











 TaS&電芹(セリオ@電柱)組……決勝トーナメント第8ブロック代表決定!