『さあ! みんなお待たせしたわね〜! 試立Leaf学園、男女混合テニス大会、決勝トーナメント、いざ、開幕よぉ〜っ!』 長岡志保の絶叫とともに、会場が、観客たちが一気に沸き立ちのぼった。 一週間前、繰り広げられた数々の死闘。 名勝負。迷勝負。そして冥勝負。 その中で繰り広げられた、数々の錯綜とそして結びつき。 結果、本日の決勝トーナメントまで生き残れたのは、53組のうちじつに8組。 優勝候補と呼ばれた選手が、次々と敗れる大波瀾の中で、生き残ったその8組。 今日。その中の。そして、この大会に挑んだ多くのものたちの頂点が――決まる。 「XY−MEN選手。篠塚……じゃない、レディ選手。時間です」 「うっしゃいくぜぇ!」 「……………」 係員の生徒(桂木美和子)に呼び出され、立ち上がるXY−MENと、仮面をつ けて素顔を秘する、謎のテニス美女、レディー・Y。 不必要なまでに燃えて立ち上がるXY−MENに、氷の如き冷徹さを持つレディ。 そんな二人の立ち上がりは、決勝トーナメントに入っても変わらない。 「T-star-reverse選手、松原選手。時間です」 「はいっ!」 「はい」 時同じく、係員の生徒(吉田由紀)に呼び出され、立ち上がるT-star-reverseと そのパートナー、松原葵。 「武者震いですか?」 「えっ? そ、そんなっ、ただ、私、そのっ……」 穏やかにパートナーに微笑まれ、しどろもどろになる葵。 高揚感。自分でもそれはわかってる。それだけに、パートナーに、先輩に、それ を知られるのは気恥ずかしい。 その原因が、隠すまでもなくバレバレなら、なおさらのこと。 顔を真っ赤に染める葵の肩に、ティーが大きめの掌を乗せる。 軽く。優しく。そしてしっかりと。 「まずはこの一戦。頑張りましょう。一緒に」 「……はいっ」 掌と共に言葉に乗せる。 葵もまたしっかりと受け止める。小さく、されどしっかりとした返事とともに。 『いくわよ〜! 試立Leaf学園、男女混合テニス大会決勝トーナメント! その栄えある第一試合、それじゃ、選手入場ぉっ! まずは――』 志保のポーズとともに、満場の観衆のテンションが一気に上がる。 彼女の熱狂的な実況もあろうが、それよりもなによりもこのテンションの上がり ようは言うまでもなく、控えから入場してきた、まずは一組の男女の登場によって。 『猛獣使いとその手下! 現代に甦る美女と野獣! 仮面の女王様とM奴隷Xッ! その名もずばり――XY−MEN&レディー・Y組いっ!』 「てめええええええええええええええええええええええええええっ!」 登場するやいなや猛然と駆け寄り志保の胸ぐらを掴み吠えるXY−MEN。 『ちょっとちょっと、実況に暴力ふるったら失格よ〜』 「なぁにが実況だっ! 誰が手下だ誰が野獣だ、誰がM奴隷Xだあああっ!」 『あんた』 「あんたじゃねえええええええええええええっ!」 『いーじゃない。この志保ちゃんの実況で、みんな盛り上がってんだから』 「盛り上がってんじゃねえっ! 笑ってやがるんだよっ! どいつもこいつもっ!」 『笑いは世界のエンターティメントよ。この志保ちゃんに感謝しなさい』 「これから死闘に赴く選手を笑いネタに使うなあああああああああああああっ!」 ごんっ。 「その威勢は試合で発揮していただけると助かるのですが」 昏倒させたXY−MENを、ずるずるとコート中央にひきずるレディ。 (やっぱ女王様だよな) 誰もがそう思った言葉を、誰一人口に出させぬ冷気を纏って。 「大丈夫、でしょうか……」 「まぁなんとかなりますよ。あれでいて案外、いいコンビだと思いますよ」 自分たちを倒したチームの惨状を不安そうに見つめる姫川琴音。 そんな彼女の隣にいる、のほほんとした東西は、お気楽な調子で口にする。 『さあっ! それに対するはぁっ!』 志保が指さす反対の控えに、全衆目が注がれる。 さらに盛り上がりに盛り上がる。現れた一組の男女によって。 『これも希代の名コンビ! 真面目な後輩と優しい先輩! 同じクラブの恋の花! 現在恋愛進行形っ! T-star-reverse&松原葵組いっ!』 「ひゅーひゅー」 「お熱いねご両人っ!」 盛り上がりには盛り上がった。ただし本題とは違う意味で。 真っ赤になって俯く葵の手を、さらにこれみよがしに握るティー。 しかしそう堂々と見せつけられると冷やかしがいがなくなるのが野次馬心理。 『あー熱い熱い。好きなだけやっててちょうだい。試合が終わった後でぞんぶん』 志保さえも馬鹿馬鹿しくなる状況の中、さりげなく守られたことに気づき、そっ とティーにたいして微笑む葵。 いたずらっぽく微笑み返すティーの視線を、嬉しそうに受け止めながら。 「それにしても……」 「どーやらお前も気づいたようだな、昌斗」 この騒ぎの中、真剣に二人を見つめる佐藤昌斗とYOSSYFLAME。 「葵ちゃんの気の高ぶり方がすごい……ちょっと興奮しすぎじゃないか……?」 「うん。おそらく準決勝で当たるだろう綾香を意識してるんだろうな。強烈に」 昌斗達なら知らぬ訳がない。葵にとって、来栖川綾香の存在がどれほど大きいか。 その綾香と準決勝で当たれるかもとあっては、葵が高ぶらないわけがない。 「それにしても……ちょっと心配だな」 「ま、大丈夫だろ。葵ちゃんの隣にはあいつがいるしな」 「……まあな」 YOSSYの楽観視に昌斗も頷く。 それほどまでに、この二人がコート上の男に注ぐ信頼感は高かった。 「ま、それはそうとアレは後でブッ殺すけどな」 「ああ。必ず殺すと書いて必殺な」 ひそかに鞘の中の運命の刀身が、意味もなく湿っていたのは余談。 「それでは準々決勝第1試合! T-star-reverse、松原葵組 vs XY−MEN、レディー・Y組! プレイッ!」 「ふっ!」 ティーの重量級サーブが弥生を襲う。 しかしながらそれを無難に返し、すぐさま反撃の体勢を取る。 T-star-reverse&松原葵組といえば、今大会1,2を争う程の守備型チーム。 それにとどまらずスタミナさえも今大会屈指の二人に、長期戦は絶対禁物。 (……ならば) パンッ。 軽い音とともに、放たれるストローク。 絶妙にコースをついた今の一撃でさえ、十分葵の守備範囲内。 俊足・葵が追いついたそのとき、レディの口元が僅かに緩んだ。 「ぁぅ……」 葵の腹に直撃するテニスボール。その結末が、見えていたから。 「ああっ! 松原さんっ!」 雛山理緒が悲鳴をあげる。うずくまる葵の姿を見て。 「大丈夫ですよ」 「え……?」 「篠塚先生の撃ったアレは、相手をリタイアさせるためのショットじゃありません。 相手の体に当てることでポイントをとるためのショットです。ですから、ほら」 beakerの指した先には、元気に立ち上がる葵の姿が。ホッと息をつく理緒。 「大丈夫です。あなたを乗り越えた松原さんです。きっと頑張ってくれますよ」 「beakerくん……、うんっ!」 (とはいえ……) 理緒を安心させたときとは違う色が、beakerの顔にあらわれる。 (テニスにおいて体を狙われるショットが対処しづらいのは事実。 さて、この状況をどうされますか? 軍師・T-star-reverseさん?) 「格闘しましょう」 「え?」 レディの巧みなボールコントロールによる葵狙いの連発でゲーム先取された二人。 動揺する葵に対してティーはのほほんと提案する。 「体を狙ってくるショット。すなわち是格闘と同義。 ならば格闘はこちらの土俵。存分に受けて立ちましょう」 「え? でも……」 「ああ、リタイアさせる必要はこれっぽっちもありません。 ただ一点。篠塚先生に向かって、思い切り打ち返すだけでいいのです。 体にこようが、体から離れようが、ですね。 それを、篠塚先生がミスをするまでずっと続けましょう」 「でも……」 「大丈夫です」 逡巡する葵。その理由がわかっているからこそ、ティーは確信をもって保証する。 「確かにテニスにおけるテクニックでは篠塚先生の方が二枚も三枚も上手です。 だからこそ、拾いましょう。ただ、愚直なまでに。 篠塚先生が10本返せば11本。100本返せば101本。 松原さんならできます。誰よりも粘り強くて。誰よりも一生懸命な貴女なら」 「せんぱい……」 「私もサポートします。二人で力を合わせて、この試合勝ちましょう」 「……はいっ」 「そして準決勝。来栖川さんたちと精一杯、力の限り戦いましょう!」 「――はいっ!」 もともとテクニシャンのレディにとって、愚直な葵は格好の標的。 当然、小器用なティーよりも、葵を狙った方がポイントを取りやすいことには間 違いはない。 対して葵のほうもティーの助言により、そして、格闘部で慣れた一対一の状況に 戦いの場を置くために、狙いをレディに絞り応戦する。 必然的に構築されるレディvs葵の構図。 絶対不利との思惑の中、葵は予想以上に奮闘した。 確かにティーの助言通り、レディから放たれる打球の一本一本を敵の攻撃と想定 すると、返せなかったボールさえも嘘のようにスムーズに対処することができた。 苦戦を予想したbeakerもが舌を巻いたほどの変身ぶりである。 そして葵のもう一つの特徴。愚直なまでの努力が生んだ足腰と粘りからなる驚愕 の持久力とレシーブ力。 それをもって、レディから放たれるボールをこれでもかこれでもかと打ち返す。 しつこい。この場にいる誰もが断言できるほどのしつこさで、粘って粘って粘り まくる葵。 対してレディのほうも、これでもかこれでもかと葵に打ち込む。 葵とレディ。女と女の真剣勝負。 そんな白熱の激戦だが、ここにきて明確な差が現れてきたのである。 「ゲーム! XY−MEN、レディ組…………3−0!」 そう。確かに葵は予想を覆す大善戦を見せた。 あのレディを前にして、一歩も引かぬその運動能力、その熱意は誰もが驚嘆した。 しかし、そんな葵の大善戦をも覆す大誤算がこの場に生じていたのだ。 そう。 よりにもよって、葵のここまでの大奮闘の立役者、T-star-reverse。 その彼の、“選手としての”大ブレーキを誰が想像できたであろうか。 なにしろここまでの失点の実に9割が彼によるもの。 レディはおろかXY−MENの直線球さえも正確に返すことができない。 なんていうか、なんでここまで乱れるのというくらいの大不調。 「大丈夫です! ドンマイですっ!」 「申し訳ありません。もうなんとお詫びしたらよいか」 それでもパートナーに対する信頼を微塵も揺るがせない葵。 その葵の健気さに、ティーもただただ頭を下げるのみ。 (……………) そんな二人をレディはただ、冷を纏った瞳で見つめるのみだった。 「ゲーム! XY−MEN、レディ組…………5−0!」 流石は冷徹なる軍師、レディー・Y。ティーの不調を悟るや直ちに目標を変更。 自らの技術のすべてを駆使して、弱いところから潰していく。 非情なまでに徹底したレディの戦略に対し、ティーのとった手段は原点回帰。 奇しくも先ほど葵が実行していた、レシーバー返しを基本に忠実に敢行。 勝負は見えたと誰もが思ったティーvsレディの局面だが、基本に忠実に打ち手に 返すという仕草を守りつづけるうちに、徐々にティー本来の打ち筋に戻っていった。 実際わずか2ゲームでスランプから脱する技術力、精神力には驚嘆の一言だろう。 しかしながらゲーム自体は戦前の予想を大きく覆す一方的な展開。 しかも次のサーバーは、テクニシャン・レディー・Y。 もはや絶体絶命。 そんな絶望的な状況の中、T-star-reverseは一瞬笑った。 レディがサーブを打ち込む瞬間、その一瞬だけ笑みを浮かべた。 その笑みは、いつもの笑顔。彼らしい、愛想のいい穏和な笑顔。 その笑みを浮かべながら彼は見届ける。レディー・Y。彼女が壊れるその様を。 ……To Be Continued.