Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第76章 「決戦! 風紀委員会vs暗躍生徒会!」 投稿者:YOSSYFLAME




「さて、と」
 激戦さめやらぬ会場を一旦あとにし、ロビーに足を運ぶひとりの生徒。
 広瀬ゆかり。
 現役の女優であり、試立Leaf学園風紀委員長でもある彼女の顔は、知らぬ者
のほうが少ないほどであり、今さっきもすれ違った男子生徒に振り向かれたり
もするほどのものなのである。
 そんな彼女も今は制服姿。
 つまりは――今まさに盛り上がっている学内男女混合テニス大会に――先週
既に敗れたということであるが。
 しかし、彼女の戦いはまだ終わっていない。
 いや、むしろ今の“勝たせる”戦いこそが、彼女にとっての今回の本義。
 風紀委員会代表チーム――とーる&宮内レミィ組を。

「ん?」
 そんなことを思いながら、ひとまず一息つこうと自販機コーナーについたゆ
かりの目に入ったのは、少々違和感のある光景だった。
 人がいる。この状況でそれは当たり前のこと。
 その人間が、次に風紀委代表チームと対戦する暗躍生徒会チーム、その暗躍
生徒会のひとり、太田香奈子であることも、別段気にすることでもないだろう。
 ただ、ゆかりの目に入った光景。
 その香奈子が、今の状況でジュース缶を一本しか持っていないこと。
 横を通り過ぎる香奈子。彼女の口元の締まりが、声をかけるのを躊躇わせた。



「ということで、かねての手筈どおり行きたいと思いますが……
 委員長、何か意見はありますか?」
 試合前の最終ミーティング。密偵・貞本夏樹の情報を参考に、暗躍生徒会の
対策の最終確認のさなか、ゆかりが重い口を開く。
「この試合、月島拓也はいないみたいね」
「え?」
 ゆかりから振られた突然の話題に思わずとーるは聞き返す。
 とーるに対し、先ほどの自販機コーナーでの一件を語るゆかり。
「太田香奈子の性格から考えて、普通は挑発のひとつも入れてくるかと思った
んだけれどもね」
「しかし、それで月島さんが欠席というのはちょっと早急な考えでは?」
「うん。確かに早急だと思う。
 でも、あの太田さんの態度は、明らかに何か切羽詰ってるような印象を感じ
た。
 月島拓也っていう後ろ盾がいないからこその今回の焦燥だと思うのよ」
「とりあえずは、会場で月島さんがいるかどうかの確認ですか」
「いいや、それは意味がないと思う。
 顔を出してようと出してなかろうと、助言云々とはまた別問題だから」
「しかし、月島さんが顔を出していたらいざというときに助言が可能です。
 会場に来てもいない状況なら、その助言さえもできないですから」
「いや、会場にはいなくても監視カメラを配置すれば助言は……」
「しかしそれは大会主催者として公正さを欠く行為では……」
「あの暗躍生徒会に公正さなど期待するほうが……」

「というかさ、要するに委員長は何を言いたい訳?」
 他の委員も話に混じり収拾がつかなくなりかけたときの鶴の一声。
「月島拓也がどうこうなんてたいした問題じゃないんでしょ?
 問題は、月島拓也がいないことでどうなるか、じゃないの?」
「隼くん……たまにはいいこと言うわね。ごくたまには」
「ひどいこと言いますねぇ。要は受け手側の問題だと思うんですけど。
 で、時間ないんで早く結論を」
「そうね。つまり……」
 一息おいて、ゆかりは檄を飛ばす。
「この試合、月島先輩がいないということであれば、向こうはおそらく、背水
の陣のつもりで来るはず。
 月島先輩がいないから安心とかじゃない。
 月島先輩がいないからこそ、向こうは死に物狂いでかかってくるはず。
 ――それを重々、心に留めておきなさい!」
「はい!」
「OK!」
 ゆかりの檄に、とーるもレミィも、強く頷いた。



 暗躍生徒会控え室。太田香奈子はその口を未だ閉じたままだった。

「準々決勝は太田君。君に任せる」
「え……? それはどういう……?」
 組み合わせ抽選が決まったその翌日の晩、月島拓也は太田香奈子を一人呼び
出し、そのように命じたのだ。
「準決勝はRune君に任せてある。決勝は僕が主に引き受けよう。
 そのかわり準々決勝は、君に一任させてもらう。それでいいかな?」
「は、はい。ご命令とあらば。しかし、お言葉ですがまたどうして……」
 香奈子には疑問が拭えない。
 準々決勝だろうが準決勝だろうが決勝だろうが、皆で選手のサポートをして
いけばいいだけの話ではないのか、と。
「ん、まあ概ね君の疑問もわかる。けどね。個人的には見てみたいんだよ」
「何をですか?」
「風紀委員長広瀬ゆかりと君、太田香奈子の勝負を。
 ――そして、彼女を君が打ち破るところを」

(それは……確かに一度は、彼女と真っ向から勝負してみたいとは思っていた)
 月島拓也は、広瀬ゆかりとなにやら浅からぬ関係にあるのを、香奈子は知っ
ていた。
 それがゆえに歯がゆく感じていたのも事実。
 同じ年のゆかりが、こちら――つまり暗躍生徒会――に相対す時、彼女の目
に映っているのが、常に月島拓也、そして同じく彼女と因縁深いらしき、Ru
neであることに。
 ゆかりの目に、自分は映っていないということに。
 拓也の側近を自認している香奈子としては、前から歯がゆく思っていたこと。
 そんな矢先の、緒戦の相手が風紀委であるということと、先程の拓也の通達。
 ――面白い。やってやろう。
 拓也去った後の暗躍生徒会生徒会室で、香奈子は強く、拳を握った。

(それから一週間……)
 控室。自分とHi-wait、月島瑠香の三人だけの空間。
 肝心要の選手二人にも、その意向は伝わっている。
「そんなに心配するな、太田委員」
 一学年下の彼に呼び捨てされるというのもぴくりと来るものではあるが。 
「要するに僕達が勝てば何の問題もないことだ」
「香奈子さんの秘策、――私達がかならず花咲かせてみせますから!」
「ふっ……」
 そうだ。自分は何を気張っていたのだろうか。
 三人でやってきたこと、その全てをこの試合にぶつける。それだけだ。
「時間です」
 係員が呼びに来る。
 Hi-waitと瑠香が勢いよく立ち上がる。
 そんな二人に、香奈子は声を張り上げ投げかける。
「それじゃ行くよ! 私達の実力を、存分に見せ付けてやりなさい!!」
「はい!」
「おう!」



『さぁさぁさぁさぁ、いよいよ準々決勝も後半戦! 第3試合に突入よ〜!
 いろんな意味で型破りだった第2試合とは打って変わって、今回は!緻密な
技術戦が予想されるところよね!
 はたして、暗躍生徒会vs風紀委員会の因縁の対決はどう決着がつくのか!
 選手入場! 風紀委員会代表チーム! とーる&宮内レミィ組ぃ!!』

 志保のやかましい実況とともに入場してくるとーるとレミィの二人。
 二人とも至っていつもどおり。若干レミィに昂りが見られるが、それもいつ
ものこと。
 体調万全、オールグリーンといったところか。



「やっぱり月島先輩はいないみたいね……」
「そうですね……隠れて観戦する意味もなし、何かあったんでしょうか……?」
「わからない。……だけど」
 ゆかりはきっ、と、反対側の入場口を睨みながら、小さく呟く。
「目の前にいる相手を倒す。今考えるべきことは、それだけよ」



『さぁ続きましては今大会の主催者チーム!
 さすがホストだけあって見事ベスト8まで勝ち上がってきたこの二人!
 暗躍生徒会代表チーム! Hi-wait&月島瑠香! いざ入場ぉ!!』



 かくて、入場してくる暗躍生徒会代表のHi-waitと瑠香。
 二人の目にも、ただならぬ気迫が満ち溢れているのがわかる。
 


「Hey! ハイウェイ、ルカ! 今日はお互い全力でファイトネ!」
「どうでもいいけど、そのハイウェイつーのやめろ。僕はどこぞの高速道路か」
「ふふ……
 はい! どっちが勝っても恨みっこなしでお互い頑張りましょう!」
「何笑ってんだ瑠香ー!」
「わーっ、ごめんなさーい!」 
「どーどー、夫婦ゲンカは犬も食わナイ。コレ愛のコトワザネ」
「誰が夫婦だ誰がーっ! この裏切り者がーっ!」
「Oh! 文句があるならタクヤに言うネ」
「ふふっ」
「だからその忍び笑いやめろっつーんじゃーっ!」
 めったに見られない試合前の朗らかなやりとり。
 敵味方に分かれたとはいえ、レミィの屈託さはかわらない。
 そんなレミィが照れくさいのか悪びれるHi-waitに、彼のそんな態度が可笑
しいのだろう、くすくす笑いながら爛漫に応じる瑠香。
 観客席からも、漫才やってんじゃねーんだぞーだの、よっご両人だの、おめ
ーら敵味方の自覚あるんだろーなーだとか笑い混じりの野次が飛ぶ。



(太田、香奈子……)
 しかし、そんな雰囲気の中、ゆかりの瞳に厳しさが増す。
 暗躍側のベンチに一人座り、セコンドを気取る香奈子。
 その香奈子が不意に見やる、風紀委員席のゆかりの顔を。
(へぇ……どうやら本当に、月島先輩はいないみたいね。
 で、この試合……あなたが私とやりあってくれるわけか……)
 ぎんっ、と、あからさまな挑発の視線を香奈子に向ける。
(面白い。やってみなさいな。……やれるものならね……!) 

(広瀬ゆかり……)
 ゆかりの挑発の視線を受けてさえ、一瞬たりともたじろかない。
 しっかりと挑発を受けとって、ふん、と彼女から視線をはずす。 



「それでは!
 準々決勝第三試合! とーる&宮内組対Hi-wait&月島組――プレィイッ!」

(見てなさい……もうすぐ、度肝抜かせてあげるから)
 試合開始の合図と共に、香奈子は右手を高々と掲げ上げた。



 こくん。
 香奈子の合図に、暗躍の二人が頷く。
 レミィからサーブが放たれ、激闘の幕が切って落とされた。

(何かしてくるか……?)
 ゆかりも、貞本も、無論選手であるとーるも、香奈子の合図を警戒した。
 しかし、特にこれといった策略らしきものもないまま試合は進行していき、
かえってそれに気を取られすぎたのか、1ゲーム相手にやる結果となった。

(まさか、この肩透かしが策略とか言わないでしょうね……)
「Hey! とーる! 勝負はこれからネ! ファイトファイト!」
 首をかしげるとーるに、レミィが元気に声をかける。
 今日の日の太陽のようにほがらかなレミィの笑顔を見てるうちに、とーるも
気を取り直す。
「そうですね。まだ試合は始まったばかりです。頑張りましょう、宮内さん」
「ウン! でもとーる、ワタシを呼ぶときはレミィって呼ぶコト」

 瑠香のサーブで、第2ゲームの幕が切られる。
 レミィに元気付けられたのが効いたのか、とーるのプレイが冴え渡る。
 結果見事なとーるのプレイが功を奏し、1−1とスコアをタイに戻す。

「さすがネとーる!」
「いえ、私のところに球が集中してくれたので、そのおかげですよ」



『さぁさぁさぁさぁ、いい感じで試合が進行してってるわね〜!
 第1ゲームの迷いを吹き飛ばすようなとーる選手の大活躍で、1−1のタイ!
 さて、そんな好調とーる選手を前に、暗躍生徒会、どう対処していくか!?』



 しかし、そんな志保のアナウンスなど柳に風といった感じで第3ゲーム、と
ーるのサーブで幕が切られる。
 暗躍生徒会の連携攻撃を、見事に捌ききるとーる。
 志保の実況どおり、確かに今日のとーるは好調のようだ。
 しかし、暗躍生徒会の二人も、そんなとーるに負けじと巧みな連携で、試合
の主導権を握るべく、コート上で展開する。
 風紀委員会代表チームと、暗躍生徒会代表チーム。
 堅実でバランスの良いテニス技術を下地にする二組の鬩ぎあいの均衡。
 このゲーム、予想以上に長くもつれる展開となっていた。

 そして、だからこそだろうか。
 幸か不幸か、その違和感に皆、ちらほらと気づき始めていた。

「さっきからとーるばっかりボール打ってないか、あれ」
「ああ、なんかしらんけど、ありゃ絶対わざとだな」
「何考えてんだ、暗躍の連中……」

「何故暗躍生徒会の二人は、とーる先輩を狙ってるんでしょうか」
「わからん。
 とーるのスタミナに不安があるなんて情報は聞いたこともないしな」
 取材の情報特捜部のシッポと姫川琴音の二人も、この現象に首をかしげる。
「まさか……」
「心当たりがあるのか? 姫川」
「30分たったら体から煙が出てオーバーヒートするとか……」
「……どこのファイティングコンピューターだよ、それ。
 しかし、だ」
「え?」
 シッポの確信めいた口調に琴音が振り向く。
「考えてみろ、姫川。
 一見とーる狙いに見えるこの展開、しかし見方を変えてみると、どうなる?」
「え……」

「あ……!」

「気づきましたか、XY−MENさん。
 おそらくこれは、とーるさん狙いの戦術ではなく……」
「そう、宮内さん敬遠策。そう考えて間違いなさそうですね」
 XY−MEN&レディー・Y組と神海の三人も、同様の結論に達したようだ。
「なるほどね……」
「あら、暗躍の狙いがわかられたんですか?」 
「なんかかなり俺を馬鹿にしてねーか……?」
 冷や汗たらたらこぼしながら、XY−MENはつぶやく。
「つまりだな……」

「レミィって、球に触れば触るほどどんどん調子あげてくるんだ。
 でもって、あいつらの調子って、だいたいレミィの調子に比例してる」

「つまり、ムードメーカーのレミィさんの調子をあげさせないための敬遠策。
 よっしーさんはそうお考えなのですね」
「そういうことかな」
 格闘部が陣取る席で、YOSSYFLAMEがT-star-reverseらに説明している。
 肝心なところはティーの結論が入りつつも。
「月島先輩か香奈ちゃんか瑠香ちゃんたちか、誰の作戦かは知らねえけど、な
かなかいい作戦だと思うよ。俺は」
「不完全燃焼の風紀委になら勝てる、と。暗躍の計算が現れてますね」
「そういうことらしいねぇ」
 さあて、と呟きながら格闘部席でポップコーンを食べながらYOSSYはコ
ートを見下ろす。
(さて広瀬、暗躍の策にどう応じる……?)



「……!」
 30−30。
 ラリーが長く続きすぎる感のあるこのゲーム。
 さすがに息を切らせはじめたとーるに、ゆかりからのサインが飛んだ。
(決めなさい)
 ゆかりの即殺指令に、とーるは少し間をおいて頷いた。
 サーブ位置に立ちながら、軽く息を整える。
 さすがにこの長丁場ラリー、全てといっていいくらいとーるにボールが飛ん
でくる有様。
“レミィ敬遠策”
 風紀委、ゆかりもとーるもレミィ自身も、暗躍の狙いは既に読みきっている。
 特にとーるはなおさらのこと。
 横で煮え切らない表情を浮かべてコートの向こうにハイウェイルカワタシに
打ってくるネーって叫んでるレミィと申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げる瑠
香とだから僕は高速道路じゃないって何度言えばわかるんだと叫ぶHi-waitを
見れば、そんなのは一目瞭然。
 だからこそ、ここはひとまず体制を整えなおす。
 息を整え終わったとーる。
 音もなく地を蹴り飛ぶ。
 球を高く掲げ上げる。

「――出ますね」
 来栖川警備保障・会場警備のDマルチがひとことだけ呟いた。
 まさに名前のとおりの、幻影のようなあの――

 次の瞬間、とーるの腕が掻き消える。
 時同じく、ボールの軌道も掻き消える。
 突然消え、突然現れる……まさに、亡霊。

 とーる必殺のサーブ。“ファントム”――






 その“亡霊”が、打ち砕かれた。
 やけに乾いた衝撃音を、晴れ渡るコートに響かせて。











                          To Be Continued……