Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第77章 「退屈な時間の終わり」 投稿者:YOSSYFLAME




「……!」
 完全に放った。完全に決まった。
 そう思っていた自身必殺のショット“ファントム”が、跳ね返された――



「さ……30−40!」
 主審のコールが響くとともに、口の端をニヤリと歪めるHi-wait。
 まさに“してやったり”の表情を、対戦相手に向けて浮かべる。
「……へぇ」
 対し、破られた側であるとーるには、さほどのショックは見られない。
 どちらかというと、パートナーのレミィのほうが心配そうに見てるくらいだ。
「ま、さすがとしかいいようがないですが……」
 呟きながら、ボールを高く投げ上げる。そして。

 すぱんっ! がしゃっ!
 綺麗な音と濁った音が立て続けにコートに響く。
“ファントム”が、綺麗に放たれた音と、それを瑠香が打ち損なった音。 
「40−40、デュース!」
「とーる……」
「思った通りです宮内さん。
 私のファントムは、相応の技術がないと返すことができない。
 今の月島さんの反応で、それが一つ確認できました。
 そして、もう一つ。
 彼、Hi-wait君が本当に、ファントムを打ち返せているのかどうか」
 ふわりとボールを投げ上げる。そして、澄んだ音立ててそれを放つ。
(これはファントムじゃない。似ているが別種のフラットサーブ。
 ファントムだと思い込んでスイングすると、早振りになってしまうのみ――
 ――!?)

 とーるの予想した“もう一つ”
 彼が見たのは、それを見事に裏切る、Hi-waitの正確な反応だった。
 ぱぁん!
“偽ファントム”を完璧に打ち返したその球は、とーるの真正面に叩き込まれ
る。 
「イン! アドバンテージレシーバー!」
(まいりましたね……完璧にファントムを理解されてますか……)

 ファントム。
 超高速スイングでボールを放つことで、打球の行方を判別困難にするショッ
ト。
 しかし、それが“もう一つの副産物”を生み出していたのである。
 それが、まさにファントムと呼ばれる所以、“加速サーブ”と呼ばれるもの。
 とーるが全力でボールを投げ上げ、全力で飛び上がり、全力でドライブサー
ブを放つ。そうするとどういう現象が起こるか。
 打点の高さと尋常ならざるドライブ回転とが合わさったそのサーブは、限り
なく空気抵抗による減速を押さえ、限りなく初速と変わらないスピードで相手
コートに叩き込まれるという、驚愕の幻想魔球が出来上がってしまっていたの
である。
 秋山登のジャンプサーブと格好は似ているが、実際は全くの別物。
 秋山のそれがまんま高さと跳ね上がりを武器にしてるのに対し、こちらのそ
れはまさに、過剰ともいえるドライブ回転が織り成す、加速度の幻術。
 対戦相手にしてみれば、普通のサーブのつもりで打ち返そうとすれば、その
幻術にとらわれてしまう。
 普通のサーブのつもりで対応してしまったが最後。
 打ち返した、と思った時には既に遅し、ボールは既にはるか後方。

「そういうことだよな。なぁとーる先輩よぉ!」
「……よく研究されましたね。見上げたものです」
「ふっ。正義に不可能はないのだ」
「予選会場のそこら中に監視カメラを仕込んでおく正義もあったものですねぇ」
「な、貴様何故それをっ!?」
「ハーイ! ワタシがゼンブ喋りマシタ!」
「レミィ……、……貴様ってヤツは……」
「ところで一点気になることがあるのですが」
 いつも通り天真爛漫なレミィにあっちゃーバレちゃいましたねぇな瑠香を横
目に頭かかえてうずくまるHi-waitに心底不思議そうな顔で尋ねるとーる。
「超がつくほど貧乏なあなたがたが監視カメラなんてよく仕込めましたね」
「……第二購買部につけてもらったんだよ」
「はぁ。あの第二購買部がよく無償でサービスしてくれたものですね」
「……無償なわけねーだろがよ」
「ほぉ。どうやって料金を支払ったんですか? 運用資金の横流しですか?」
「……………………だよ」
「はい? よく聞こえませんでしたが」

「出世払いだって言ってんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「えーと、と、いいますと」
「つまりネ、とーる」 
 なんか絶望の淵に頭めり込ませたみたいに絶叫した後コートに頭をこすりつ
けてるHi-waitのかわりに何故か、敵側であるレミィがとーるに説明する。
「ハイウェイとルカが優勝した場合、温泉旅行を横流しシテ代金を支払うとい
う、そんな契約になっているのよネ」
「ちょっと待つルリコぉおおあああああああああああああああああ!!!!!」
 どっかああああああああああああああああん!!!!!

『な、な、な……』

「なんなんだその話はっ! そんな契約が結ばれていたなんて聞いてないぞ僕
はっ!
 温泉旅行は……温泉旅行は……」
 トレードマークの細目から血涙どくどく流しながら力説する我等が月島拓也。 
「僕と瑠璃子の二人っきりのアバンチュールのはずルリコおおおおおおおおお
おおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」






 ごんっ。
「公私混同だ。バーカ」





 一言毒を吐き、シ○コン色キ○ガイの残骸一匹を引きずり去るRune。
「ふんっ。いい気味よ」 
 そんな残骸を横目で睨みながら頬を膨らませる言わずと知れた太田香奈子。
 無論件の契約は、彼女が独断で結んだものであることは言うまでもない。

(……大変ね…………彼女も……)
 少なからぬ憐憫の情をこめて、ゆかりはコートの香奈子を見つめていた。



「まー、つまりそういうわけであるからしてだな。
 そこまでして対戦相手を研究しまくった僕達に、もはや敗北はない!
 覚悟を決めて、正義の供物になるがいい! 風紀委員会代表ティーム!」
「ところでつかぬことをお聞きしますが」
「なんだよ」
「優勝できなかったらみなさんどうなるんですか?」

「……言うな……」
 もう傍目にもガクガクブルブルの瑠香となんか今回ワタシ無関係ヨみたいな
顔してウンウン頷くレミィを背景にとーるの両肩を掴んで血涙どくどくのHi-
waitがそこにいた。

(どっちが優勢なんだかわかりゃしない)
 観客席のゆかりもまた、自分がいかに無謀で愚かな契約を結んだかというこ
とをあらためて認識させられてガクガクブルブルの香奈子を先程より2割増し
の憐憫の情で見つめながら、そんなことを思ってたりしていた。



「ゲーム! Hi-wait、月島組、2−1!」



 そんなわけのわからない中断もあったりしたが、ゲーム自体はあっさりと暗
躍チームがデュースゲームを取り、相手のサーブ時にポイントを取るという、
確実に勝利への一歩を踏み出したのである。
「ちょっと……まさか本気でアイツらに同情したわけじゃないでしょ……?」
 ゆかりがそう不安がるのも無理なからぬあっさりぶりなのである。
 とーるのサーブにしても、まるで決める気のない棒球サーブだったのである
から。
 そして、当のとーるはてんで涼しい顔でコートチェンジを済ませていた。
 不安げな、レミィの表情をよそに。

「ゲーム! Hi-wait、月島組、3−1!」

 そして次のゲーム。暗躍チーム、順当にサービスゲームを取る。
 そして……彼らにはセーフティリードとも言える2ゲーム差。
 過去彼らは、2ゲーム以上のリードから敗れた試合はない。
 いや、トーナメントなんだから当たり前といえば当たり前だが、それでも。
 肝心なのは、そういうイメージ。
 そのイメージを糧に彼らは、自身を鼓舞し、敵に重圧を与える。

「宮内さん、萎縮しないでください。相手の思うツボですから」
“レミィ敬遠策” 
 それにより全然自分のテニスをさせてもらえない苛立ち。
 ジワジワと敗北へと迫られているような焦燥感。
 顔見知りであるはずの暗躍チームから感じる、得体の知れない重圧。
 それらによるものが、普段陽気なレミィでさえも縮こまらせる。
 しかし、そんなレミィの肩を軽くぽんととーるは叩く。
「とーる……?」
「安心してください。今までは私達にとってもほんの布石。
 これからは……」
 レミィの耳元にとーるは呟く。
 勇気付けるその言葉と、ほんの僅かな希望を込めて。



『な、なんと? 宮内選手、何を思ったか?
 サーブだというのに、放ったボールは高い高い、ロブボール!』

「はぁ?」
 無論この単なる山なりサーブにHi-waitも気の抜けた声を上げるが、
(……なるほどなぁ)
 サーブを打ったレミィがダッシュで前衛に飛び出してくるのを見て、Hi-wait
は、彼女の意図を把握した。
 つまり、サーブの打ち返しをレミィに打たせる策略であろうと。
(その手に乗るか!)
 すぱぁあんっ!
 そのサーブをHi-waitは返す。高く、遠く。レミィの最遠方にまで。
 ――その瞬間。

(ニッ)
 してやったり、の表情を、レミィは満面に浮かべ、次の刹那。
 ものすごい勢いで落下地点に猛ダッシュで走り後ずさった。
(しまったぁ!)
 Hi-waitが悔やむも時既に遅し。
 彼が遠く高く放ったロブの落下地点に、すでにレミィは到達していた。
 ぽぉんと妙なバウンドをするテニスボール。
 それも、Hi-waitがボールに微妙な回転をかけていると考えると、当然の話。
(それくらい、折り込み済みネ!)
 冷静にバウンドを見届けて、そして、思い切り振り切る。
 今までの鬱憤をすべて、この一撃にこめるかのごとく。
「デストローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!」

 狂気的な気合から放たれたそのボールは、唸りを上げて。
 Hi-waitのラケットを弾き返し、コート後方壁に叩きつけられた。



「イン! 15−0!」
「オッケェェエエエエエエエエエエエエッ!!!」 
 審判のコールとともに、高らかに響くレミィの咆哮。
 久しぶりの、本当に久しぶりの、快活少女の快心ショット。
 その爽快感に、観客さえも呑まれて騒ぐ。

「どうです? 我がエースの渾身のショットは」
「ぐっ……」
 ラケットを弾かれ、痺れる右手を抑えるHi-waitに声をかけるとーる。
「貴様ぁ……」
「もう退屈な時間は終わりです」
 これは、あるいはとーるの必勝宣言だったのかもしれない。
 何者にも曇らせられない不敵な笑みを浮かべて言い放った、この言葉こそが。



「これからは……彼女と私のショータイムと洒落込ませていただきます」











                          To Be Continued……