Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第80章 「常識」 投稿者:YOSSYFLAME




「プレイッ!」
 合図と共に、ハイドラントの強烈なサーブがTaSを襲う。
 しかしTaSはそれを難なく返す。
 が、驚異的なスピードで割り込んできたEDGEのボレーが見事に決まる。
「イン! 15−0!」
 再びハイドラントからのサーブを電芹が返す。
 EDGEの逆を突いたはずなのに、またもやものすごいスピードで追いつき
ボレーを叩き込むEDGE。
「イン! 30−0!」
 ハイドラントのサーブをまたもやTaSが返す。
 今度はボレーが出来ないような高さまで返したはずなのだが……
「しゃあっ!」
 何故かそれにも飛びつくEDGE。まるで敬遠球をヒットにするどこかの誰 
かのようだ。
「イン! 40−0!」
 ならば。
 ハイドラントのサーブを、今度は電芹が、全力で打ち返す。
 普段から電柱を持ち歩いている彼女のパワーはもはや実証ずみ。が。
「かあああっ!」
 それすらも気合と共にボレーに行くが、さすがに球威は殺しきれず。 
「アウト! 40−15!」
 今度のサーブを、TaSはロブで打ち上げる。
 さしものEDGEも空を飛ぶことはできない。
 観念してストロークを放つ。が、それが功を奏したのか、EDGEのお株を
奪おうと前に出てきた電芹の脇を抜け、後衛のTaSの逆側に突き刺さる。
「ゲーム! EDGE組、1−0!」
 とにもかくにもこの試合、まずはEDGE組が先制した。

 第2ゲーム。
 TaSのサーブをハイドラントが返す。
 それを電芹が拾おうとするが、ちょうど右利きの彼女の逆を突く格好となる
……が、バックハンドでうまくボールをネットの向こうへ落とす。
 元々ボレーの基本は当てること。
 ハイドラントの返し球は確かに強烈だが、電芹のパワーなら力負けしない。
 のだが、なんとボールが地に付く前にEDGEの猛ダッシュでボールを拾い
上げる。
 が、これはさずがにEDGEの勇み足。
 彼女が出てきたおかげでガラ空きになったスペースを、後衛のTaSが強烈
に叩き込む。
「ハイドくん!」
 しかしながら、その開いたスペースには既にハイドラントが待ち構えていた。
 電芹は戻りきれない。TaSの開いたスペースに剛球が叩き込まれる。
「イン! 0−15」
 今度はTaSのサーブをEDGEが返す。
 電芹が例によってボレーに行くが、ハイドラントが一足早くその前に立ちふ
さがる。
 そびえるハイドラントと言う名の壁。
 打つところがなくなった電芹の脳裏に、師・秋山登の声が響く。
 壁があるならぶち壊せ。
 かくして電芹の一打は見事ハイドラントに命中……と思いきや、
「それくらいは読めるぞ、電芹」
 マトリックス避けさながらにボレーをかわすハイドラント。
 しかしここにハイドラントの誤算があった。
 電芹は、ボレーを“叩きつけるつもりで”打っていたこと。

 見事マトリックス避けさながらのハイドラントの顔面にボールがぶち当たっ
た。
 しかしハイドラントが何もしなければ、男の急所に直撃したことを思うと、
彼の判断はそう悪いものではないとも思われる。
「普通に避ければいいだけだと思うのですが」
 レディ・Yの一言は実に重い。

 とにもかくにも、EDGEに冷や水をぶっかけられハイドラントなんとか復活。

 もともと、電芹はボレーがあまり得意ではない。
 もっと言えばあまり器用なタイプでもない。
 技術的にも、性格でも。いやこの場合性格はあまり関係ないが。
 結局、TaS後衛、電芹前衛という組み合わせはあまり向いていないのかも
しれない。
 なんだかんだで再びゲームはEDGE組へ。
 2−0。たいしたことのない点差だが、テニスにとってこの差は意外と大き
い。たとえまだ序盤だとしても。

「ここからですね……」
「そうだな……」
 楓のつぶやきにXY−MENが頷く。
 XY−MENにとって、TaS組はある意味目標を潰してくれた怨敵。
 できることなら決勝で打ち砕きたい相手ではある。
 一方、彼のパートナー、レディ・Yが、妙にEDGE組を気にしているのは、
いくら鈍い彼でもある程度は感じられる。
 いずれにしろ、勝者、強者と対戦しなければいけないことは確か。
 そんな思いのXY−MENの横で、西山英志が気難しい顔で観戦していた。

「TaS組の試合を分析してみました」
「予選3試合中、2試合が逆転勝ち……ということですか?」
「それもあるんですけど……」
「その2試合に共通することは、序盤での失点が多いこと。
 彼らの予選一回戦が全く参考にならないことを考えると……」
「嫌な人ですね、あなた」
 自分の仕事、データ分析のお株を奪われ、貞本夏樹は少々頬を膨らませる。
 まあ、とーるにしても、この試合の勝者と準決勝でぶつかるわけで、貞本一
人に情報収集をさせるのもなんだとも思ったろうし、自分で調べた情報も加え
て悪いことはないし、なんとなく実感できる。
 そんなとーるの考えがある程度わかるからこそ、まあ仕方ないかと貞本は思
いつつも、やはりちょっと頬を膨らませていたりする。

 そして、第3ゲームが始まる。
 EDGEのハイドラントに勝るとも劣らないサーブでTaSの足を止める。
 ボレーを打たせまいとハイドラントの逆、EDGE狙いで返したはずなのだ
が……
 これもEDGEに勝るとも劣らないハイドラントのダッシュからのボレーが
繰り出される。
 しかし、これは完全にTaSの計算内。
 EDGE狙いでラインすれすれに放った返し球に追いつけたハイドラントの
予測と運動能力はさすがとしかいいようがないが、そこからボレーに行った所
で、たいていのボールは、後方で待ち構えている電芹の守備範囲内に収まって
しまうわけで、案の定電芹のパワーショットが、ガラ空きのコートに突き刺さ
る。
「イン! 0−15」
 続いてEDGEから電芹へのサーブ。
 ハイドラント組の予選は1回戦シードのため、2試合で2勝を奪り本選に進
出してきたわけだが、たった2試合と言えども、その相手は決して楽な相手で
はなかった。
 2回戦は、今大会に異様な闘志を燃やしていた工作部プロジェクトのメンバ
ー、橋本・来栖川芹香組。工作部から支給されていたサングラス状の軌道解析
ツールとパワーアシストグラブは、ほぼ全ての剛球を無効化できるとんでもな
い代物だった。
 そして3回戦の相手、柳川裕也と四季の二人については説明は不要だろう。
 というわけで、結局EDGE達は“運悪く”自分達の持ち味が通用しづらい、
又は通用しない相手と当たっている為、実際今まで目立たなかったのであるが、
EDGE、ハイドラントの二人ともが、かなりの豪球打ちであることは、知る
者ぞ知る明確な事実。
 しかし、またもや彼女らは、そういう意味で運の悪いチームと当たる。
 両手で、いやさ片手で電柱をブンブン振り回すセリオ@電柱、通称電芹の、
もう上の一行だけで説明できるパワーの前では、彼女達の豪球はまたもや霞む
こととなる。
 案の定、本来は凄まじい威力のはずのEDGEのサーブが、何事もなく返さ
れる。
「…ぐっ…!」
 そして、カバーリングに入りボレーの体制に入ろうとしたハイドラントのラ
ケットさえも弾くそのパワー。
 遠距離砲弾の威力で言えば、電芹のそれは大会屈指と言ってもいいだろう。
 それでもなんとかTaS側のコートにボールを送り込んだハイドラントであ
ったが、彼の不幸はまだ終わらない。
「YAー、ぐっどもうにんッ」
 彼の真ん前に魔性のアフロが大きな影を作っていた。
 彼の一撃は、電芹の返しを受けたダメージが残っていたハイドラントのすぐ
側に叩き込まれた。
「イン! 0−30!」

「くっ……!」
 EDGEが渾身の力を込めてサーブを放つ。
 EDGEのサーブである。日頃から電柱振り回すような変態には通用しなく
とも、工作部の技術の前に流されても、強化人間という人外に打ち返されても
たいていの相手には通用する。
 が、またしても訪れた彼女の不幸は、電柱振り回すメイドロボのパートナー
が、この常識外れが常識化されているL学においてすら、誰もが理解すること
叶わない超非常識アフロであったことに他ならなかったことだろう。
 EDGE渾身の豪球を、何事もなかったように踊るように返すTaS。
 そして今度は打った瞬間猛ダッシュで前面に飛び出してくる。
 普通有り得ない。
 サーブを打った人間、または受けた人間が後衛につき、それ以外のプレイヤ
ーは前衛につくのがテニスの基本。前後衛交代もあるが、それはラリーが進ん
でいる間に行われようこと。
 どこの世界にサーブを返した途端前衛に乗り出す人間がいようか。
 
 しかし、EDGE達に幸いだったのは、彼女達とてロクにテニスに精通して
いなかったというところだった。
 非常識には非常識。
 なんと、EDGE、ハイドラント、二人ともが前衛に飛び出してきた。
 前衛におけるTaSの脅威は予選2、3回戦において既に証明済み。
 だからこそここでTaSを潰す、ボレー勝負で勝つことにより彼の精神の糸
を断ち切る。その決意をもって二人前衛に出てきた。
 ハイドラントがものすごい勢いのボレーでボールを叩き落す。
 EDGE、ハイドラント、二人ともTaSの動きに注目している。
 彼がどんな動きをしようと、絶対対応してみせる。
 たとえガラ空きの後衛にボールを入れられようが、自分たち二人の機動能力
ならば、必ず追いつけると。
 しかし、EDGE達はここでまたもや有り得ない光景を見る。
 ボレーを放たれたTaSが、あっさりと後方の電芹にボールをパスしたのだ。
「!?」
 一瞬戸惑うEDGEとハイドラント。
 しかし、ガラ空きの後方にボールが送られることなど、二人にとっては想定
内。
 俊敏と言うのも憚られるほどの速さで後衛に戻ろうとしたハイドラント。
 しかし。
 それ以上のスピードで、電芹の剛速球が、またしてもハイドラントの顔面に
それはもう見事にぶち当たったのだ。
 EDGEとてカバーしきれなかった今のプレイ。
 なんであの状況で後方にボール打つのにロブじゃなくストロークなのよと。
 しかもハイドラントの顔面に当たるように打つか、というかお前もしかした
らわざと狙ってるんじゃないかという、ハイドラントさえかわせたならば、ア
ウトになっていただろう剛速球。
 なにより速さを重要視――電芹はあれで結構単純なので、こうと決めたら他
のことは全て頭からスコーンと抜け落ちることがまま多くある――した、意外
すぎる電芹のストロークは、前衛にいたEDGEも、後衛に戻りつつあった―
―実はこの戻りつつあったという中途半端さが不覚を取った要因のひとつでも
あった――ハイドラントも反応できず、見事にポイントを奪われる結果となっ
てしまった。
「ゲーム! TaS、電芹組、1−2!」
 結局この1ポイントが心理的に響いて、本来守れるはずのサービスゲームを
落としてしまったEDGE、ハイドラント組。

「そろそろ始まりますね。彼らの反撃が……。
 宮内さん、どちらが勝っても準決勝で対戦する相手。
 ここからの展開をよく見ておいてください」
「レミィって呼んでって言ってるノニ……」
「そうですね。
 死のブロックと呼ばれた第8ブロックを勝ち進んできたその実力は、やはり
 伊達ではなかったということでしょうね……」
「………」
 これからの展開をある程度想定した上で観戦するとーる。
 適当に、ただ感性のまま試合を眺めるレミィ。
 冷静に、ただ事実だけを分析する貞本。
 そして、ただ一人、黒色のテニスウェアを着た男を見据える広瀬ゆかり。

 この試合の勝者と準決勝で対戦する、風紀委員会代表チーム。
 各々が各々の思惑を持って、今にも荒れそうなこの試合を見下ろしていた。












                         ――To be continued!