格闘部合宿編外伝 「月夜の舞姫・後編」 投稿者:YOSSYFLAME





ふらふら…
頼りない足取りで道場に戻って行く”綾香”。
「ぐすっ…えぐっ…、…来栖川さん?」
まだ泣き上戸モードの神海の目の前を、音もなく通りすぎる”綾香”。

「綾香さん?」
道場入り口前にいたディアルトが”綾香”に気がつく。
「だいぶ酔ってらして…、大丈夫ですか?」
ディアルトが、”彼女”の肩に手をやる。

「ふふふふふ…」



ドカッ!
バキッ!
グシャァァァァァァァァァァッ!



肩に手をやった姿勢のまま、その長身が枯れ木のように、ばたり、と倒れた。







格闘部合宿編外伝 「月夜の舞姫・後編」







「綾香さん!?」
「先輩!?」
ディアルトを急襲し、苦もなく昏倒させた”綾香”に、ただならぬものを感じた部員一同。
「綾香さん…?」
「おい、ティーさん、一体どうなってるんだ!?」
何が起こったか理解できず、ただうろたえる葵と、ティーに原因を問いただす昌斗。
「これは…、綾香さんは…」
「綾香さんは!?」



「…”憑かれて”ます。」



「え…っ?」
「なっ!?」
驚愕する葵と昌斗。
「原因はわかりません。…しかし、今の彼女は普通じゃないです…」
眼鏡の奥の細目が鋭いものと変わる。
「松原さん、悠さんとはじめさんを呼んで来てください!  彼らならあるいは…!」
「は、はいっ!」
一瞬戸惑うものの、次の瞬間、弾かれたように社務所へ向かう葵。
「そして…
昌斗さん!ガンマルさん!夢幻さん!  4人掛かりでいきますよ!
部員を傷つけさせる訳にはいきませんっ!  …綾香さんのためにもっ!」

「へっ、やなこった!」
心ここにあらずかのように、ただ立っている”綾香”に対し、無造作に歩み寄る来夢。
「要するに今の綾香は、手加減抜きなんやないか。こんなチャンス、滅多にあるもんやないでっ!!」
「危険だ夢幻くん!!」
「じゃかましいわ!  いくで綾香!  神威のSS、”黒破雷神槍”っ!」



ちゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん………



「やったか…?」
「来夢!  やりすぎだお前!」
突如”裏神威”を何のためらいもなく放った来夢に昌斗が抗議する。
「大丈夫やろ、まだ未完成技やしな。…なっ!?」



ドボォッ!



「かはっ! ……む……無傷、やと…?」
爆煙の中から弾丸の如く突っ込んで来て、来夢の鳩尾に強烈な正拳を叩き込む”綾香”。
ドオッ!
そのまま昏倒する来夢。

そして、逡巡なくティーに向かって突進する”綾香”!
どうやら、ます”一軍の頭”を潰す作戦に出ているところ、彼女の闘争本能がそうさせるのだろう。
「ふふっ…」
ガシイッ!
強烈なハイキックを、あえてノーガードでマトモに食らうティー!
「(重いですねえ……、しかし、私を立ち技で倒すことは不可能!)」
ノーガードで受けきったおかげで、両手が自由に使える!
そのまま綾香ごと倒れて、グラウンドで、締め技で気絶させれば…!
「(何っ!?)」
”綾香”が一足早く、ティーの両襟を交差させ、十字締めに入った。
完璧に決まっている。
「(十字締めを解くツボは………ここ…)」
しかし紙一重。
そのツボを突く前に、ティーが”綾香”によってオトされるほうが早かった。

「うぉぉ…背景化ぁ!」
ガンマル必殺の完全気配霧散技”背景化”!
たとえ一流の格闘家であろうとも、気配を感知するのは至難のこの技!
苦もなく”綾香”の背後につける!
「(悪いが綾香…少しばかり眠っていてくれ!)」
そのまま”綾香”の首筋に手刀を叩き込む!

ガシィィッ!
「ば……馬鹿なあっ…!」
なんと、その一瞬前に”綾香”のローリングソバットが、ガンマルの側頭部にマトモにクリーンヒット!

「(あ……、でも、認識してもらってちょっと嬉しい…)」
ガンマル墜つ。



「くっ………!」
歯噛みする昌斗。
さっきまで格闘部きっての精鋭5人が集っていたこの道場。
しかし、連絡に行った葵を残し全滅。
YOSSYもハイドラントも、この分では既に殺られている公算が高い。

「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「…そーしゅ君!?」
さっきまでシステムを落として熟睡していたそーしゅが、突如甦り、”綾香”の死角から攻撃!
「(このタイミングなら、入る!)」
昌斗も、いや、これを見ていた人間ならば、誰もが同じ感想を抱いただろう。
しかし!

ガシャアッ!
紙一重で見切り、蹴り一発でそーしゅを沈黙させる”綾香”。
そのまま、”この場で現時点唯一闘えそうな人間”、佐藤昌斗を見据える。
一歩一歩昌斗に向かって歩み寄る”綾香”。
「(くっ………、どうすれば……)」



「昌兄ぃっ!」

「(ひづき!?)」
多分葵から話は聞いているのだろう。
悲痛な顔で従兄の自分を、そして”綾香”を交互に見つめるひづき。
「(なっ!?)」
”綾香”がひづきに振り返り、そして――



「りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



ドンッッッ!!

「か…はっ………!」
間一髪。
ひづきめがけて放たれた、強烈無比のボディーブローを、身を挺してくらった昌斗。
「なんとか…間に合った…な…。」
どさっ…

「ま…さにい…?」
昏倒した従兄と、無機質な”綾香”。
ひづきの心に、押さえ切れないものが沸き上がってくるのを、彼女自身一番感じていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
”綾香”目掛けてわけもわからず破れかぶれに向かっていくひづき!

「駄目だぁ!!」
「…っ!?」
今まさに”綾香”に、殴り掛かろうとしたのを、羽交い締めにして止めた一人の影。
「…神海…さんっ…?」
「落ち着きなさい!  貴女が行ってもどうにもならない!
ここは、”彼”に任せるんです!」
神海が彼女を止めながら叫んだ一刹那。
「…感謝する。」
多分神海に対し言ったのだろう。
長身痩身の男・悠朔が、今まさに満を持して道場に躍り出ていった。



「綾香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガシイッ!
ダァァァン!



強烈な打撃音が響く。
”綾香”が初めて壁に叩き付けられる。
悠の打撃ではない。こんな重い打撃を放てる人間は、ここには彼女をおいて他にはいない。
「いい加減正気に戻りなさい、綾香っ!」
そう、坂下好恵、その人である。
「あああああああああああああああああああ!!」
バキイッ!
肉体の方にバテが来たのか、坂下がそれほど強いのか、それとも何か別の理由なのか、
ここにきてはじめて”綾香”が押されはじめた。

「せいいっ!」
ドンッ!
幾度の攻防の中、ついに”綾香”の動きが止まった!
「今よ悠!  祓うなら今しか!」
「承知!」



綾香――
――今、縛、解いてやる――



「封神流武闘術!  秘閃八光(ひせんはっこう)っ!」



ドンッッッッッ!!!
悠の持つ浄化呪文がマトモに”綾香”に決まった!
「やった…?」
坂下も遠目から成功を期待している。
「朔…。」
「綾香さん…。」
はじめと葵も成り行きを見守っている。



ドボッッッッッ!

「…何!?  ……あ、綾香ぁ……っ!」
ドッ…
倒れる悠。
”綾香”の強烈なボディーブローを受けて、無念のうめきを残しながら。



ゆらあっ…
「くっ……!」
気圧される坂下。
打つ手は全て打った。
なのにダメなのか!?  綾香を、最強の、そして最高の好敵手を、救うことすらできないのか!?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
”綾香”に向かい、破れかぶれに突っ込んで行く坂下!



すぱぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!



どしゃ…っ。
「よ…好恵さん…っ!」
閃光のようなハイキックをもろこめかみに食らい、葵の目の前で、坂下好恵は崩れ落ちた。

「…えぇっ!?  そ、そんな…?」
崩れ落ちる一瞬。
坂下が葵に向かって、何かを呟いた。



「…松原さん。」
「…は、はいっ!」
自分を呼ぶ声に振り返る葵。
そこには、弱々しげながらも凛とした瞳で”綾香”を見つめる悠はじめの姿があった。
「お願いします。綾香さんの動きを止めてください…」
「あ…、あ…」
にわかにうろたえる葵。
ただでさえ自分が尊敬する相手、しかも今は全く手加減が出来ない状態である。

「お願いします、松原さん。
…大丈夫です、貴女なら、きっと、できますから…」

「はじめさん…」
葵の目を優しく、しかしながら意志のこもった目でしっかと見つめるはじめ。
「…わ、わかりました。とにかく、やってみます!」
その瞳に後押しされるように、その瞳に優しく送り出されるかのように、葵が一歩を踏み出す。

”今の綾香は確かに手加減無しの強さ。でも、いつもの綾香に比べれば決して勝てない相手じゃない。
葵、アイツを目指して練習してきたアンタなら、きっと…!”

「(…好恵さん。)」
坂下の言葉が頭によぎる。
”綾香”の連攻を次々と捌きながら。
「(…綾香さん。)」
目の前の虚ろな瞳の”綾香”を、なんともいえない想いで見つめる葵。
”綾香”の繰り出す攻め手が、打ち合わせたかのごとく読めている。
そう、何千回も何万回も繰り返し繰り返しイメージしていた攻め手なのであるから。



『打倒・来栖川綾香』のために。



「…綾香さんっ…!」
連続攻撃の終わりを告げるかのような強烈なハイキックが、虚ろな瞳のままで繰り出された。
しかし、本来の綾香、彼女の強固かつ柔軟な意志と発想、魂が伴わないそれなど、葵にとって何程のことでもない。
一瞬で懐に飛び込み、そして――



…ドンッッッ!



松原葵の必殺技・崩拳が炸裂した。





「綾香さん、綾香さんっ!」
崩れ落ちて既に動かない綾香に駆け寄り、泣きながら懸命に呼びかける葵。
「…綾香さぁん!」
ほとんど絶叫しながら綾香の名を呼び続ける葵。
そっ…
そんな葵の肩に、悠はじめがそっと手をおいた。
「…大丈夫です。」
「え…」
目に涙を一杯溜めたまま振り向く葵を優しく見つめたまま、はじめはその可憐な口を開いた。
「綾香さんは、…大丈夫です。」



「すぅ…、すぅ…」



「…綾香、さん?」
静かな寝息を立てながら、まるで何事もなかったかのように深い眠りについている綾香。
「朔の”秘閃八光”が効かないのを見て、思ったんです…、彼女は、憑かれてなんかいないって。」
静かな笑みを絶やさぬまま言葉を続けるはじめ。
「それで、松原さんにお願いして、綾香さんに休んで頂いたのです…」
「じゃあ、綾香さんがこんなになったのは、どういうことなんですか?」
未だ状況を掴めていない葵に、やや苦笑気味の笑みを投げかけながら、はじめが口を開く。



「多分…、酔っ払っちゃったあげくに暴れちゃったのだと…」



「…はい?」
さすがに呆然とする葵。
そんな彼女にそっと笑いかけながら、
「若いんですから無茶をするのはわかりますけど、あまりやりすぎないようにしてくださいね…」



「酔っ払っちゃったあげく、か…」
毛布をかけられ、今尚気持ちよさそうに寝付いてる綾香の寝顔を見つめている葵。
なんの邪気も感じられない綾香の寝顔を見て、ついくすりと笑いが漏れる。

「綾香さん、いつか私もあなたに追いついて、そして…」
言葉の最後を言わぬまま、葵も眠りに落ちていった。










――そして、翌日。

「さーーーっ、今日も絶好の練習日和ね!」
輝く朝陽に照らされた黒髪が眩しく輝く。
「ほらほら、朝練始めるわよ、いつまで寝てるの、早く起きなさーいっ!」
男女関係なく雑魚寝のような形で寝ている部員達に大声で呼びかける綾香。
「しっかしなんなのこのありさまは、人様の宿を借りてるという自覚が全くないわね…」
転がってる無数の酒ビンや菓子、てんでバラバラの雑魚寝。
そして社務所に寝ているはずの葵や好恵ら女子部員が、今なお寝付いてる状況。
おまけにここにいる何人かが、殴られたような痕が見受けられるありさま。
「…変ね、昨日なにかあったのかしら?」
朝っぱらから脳を回転させるが、一向に思い出せない。
「アタッ!  ハタタタ…」
朝から脳を働かせてるうちに、偏頭痛が彼女を襲う。

「でも、ま、いいか!  さぁ、今日も張り切って練習するわよっ!」
思い当たらぬ偏頭痛に少しばかり悩まされながらも、来栖川綾香の合宿は、今日も始まる。








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おひさしぶりです。YOSSYFLAMEです。

で、今回は、悠朔さんと夢幻来夢さんのお二方が計画された、「格闘部合宿L」に
便乗させて頂きました。
悠さん、夢幻さん、面白い展開を出していただき、どうもありがとうございました。

あと、格闘部のガンマルさん、神海さん、そーしゅさん、出演どうもありがとうございました。



ちなみに本作の補足を4つばかり、

1、この”綾香”は、酔ってるため手加減はしてませんが、それゆえ闘いにおけるアレンジは0です。
    故に、葵ちゃんが全ての攻撃を読み切って退けることが出来たというわけです。
    ただ、それはある程度の彼女の実力と、綾香に憧れる気持ちの強さの賜物だと思います。

2、別に”飲みすぎたら暴れる綾香”というイメージを植え込まなくても構いません。当たり前ですが。
    僕だって、”たまたまこの時はそうなった”という風に書いています。
    笑い上戸になるかもしれませんし、泣き上戸かもしれませんしね。

3、別にYOSSYもハイドラントさんも死んでません。いえ、わかってるとは思いますが(笑)

4、綾香に与えたダメージ、疲労はちゃんと蓄積されています。
    それで最後に止めを刺したのが葵ちゃんだったというだけの話です。
    みなさまの闘いは、決して無駄ではありません。


とまあそんなところです。
久々に書いてみたんで、どうかなとも思うのですが、とりあえず読んでくれると幸いです。
さて、次回は、伸ばし伸ばしの「vsジン」完結編を早く完成させたいと思います。



では今日はこのへんで。YOSSYFLAMEでした。