格闘部合宿編外伝「月夜の舞姫・前編」 投稿者:YOSSYFLAME





「くふふふふ♪」
既に日が沈んだ夜半。YOSSYFLAMEは、なんとも言えぬ含み笑いを浮かべていた。



ここは、試立リーフ学園より車で2,3時間の位置に点在する『九鬼(くかみ)神社』。
YOSSYの所属している格闘部は、夏季強化合宿のために、ここの神社に寝泊まりさせてもらい、
自らの弱点の改善、更なる力の上昇など、各自の目標を目指して、
早朝日が昇るかそうでないかの時間から行われる朝練から日が暮れるまで、
みっちりと鍛練漬けの日々を送っていた。

しかし、所詮高校生である。
悟りを開きに来たんじゃあるまいし、そんなそんな真面目になってられるものではない。
そんな連中の中でも、最も不真面目な男達が、これから大騒動を起こそうとしていた。







格闘部合宿編外伝「月夜の舞姫・前編」







「をいをいよっしー、それ酒やないかいっ。」
口笛を吹きながらバックの中から一本の大ビンを取り出したYOSSYに寄ってくる夢幻来夢。
「こんなもんもってきたのかお前?」
「すっげえな…」
彼の声に合わせて、数人の男子が側によってくる。
「まだまだあるが、ほれ。」
ごそごそとバックの中身を取り出すYOSSY。
みるみるうちに十本近くの酒ビンが彼の目の前に並んだ。
『清酒”九鬼”』
どうやら、地元の日本酒らしい。
「…貴方、お酒しか持ってこなかったんですか?」
「んな馬鹿な。」
呆れ口調のT-star-reverseの質問に、近くを指差すことで返事の代わりとする。
そこには、着替えやMDなど、YOSSYの私有物が無造作に置かれていた。
「じゃあ、この酒はどこから…
はっ…まさか社務所から盗んできたんじゃないでしょうね!?」
「んなわけあるかぁっ!」
あまりといえばあまりのディアルトの言いように、思わず絶叫YOSSY。
「買ってきたんだよ、コンビニでな。…真夜中に抜け出して。」
「おい、この辺にコンビニなんて全然なかったような気がするんだが。…あ!」
疑問符を浮かべていた佐藤昌斗であるが、思い出したように頷いた。
「そ。”疾ってきた”」

YOSSYFLAMEの持ちうる特殊能力、”超機動”。
ある事件がもとで、運動をつかさどる小脳を若干コントロールできるようになった彼の身につけた能力が、これである。
周知の通り、人間の脳は生涯3%ほどしか使われないらしいが、
彼の場合は、走力に限定されて、ある程度人間のリミッターを越えることができるようになったのである。
具体的にどれだけの走力かというと、通常時で時速80kmから150kmくらいの速度を
己の足で生み出すことができるのである。

「じゃあ、これからよっしーに買い物パシらせよやないか。」
「嫌だ。」
からかうかのような来夢の口調に、あっさりと否定の姿勢を表わす。
「真夜中通して買い物いく俺の身にもなってみやがれよ。死ぬかと思ったよマジで。」
「ん?  確か貴方、乗用車と同等に疾れましたよね。何故そんなにかかるんです?」
「よくぞ聞いてくださった。」

どんな能力にも短所というものが存在する。
この男の能力の弱点というのは、”30分以上連続して疾ることが出来ない”ことなのである。
そもそも何故脳が人間の運動能力にリミッターをかけるのかというと、
リミッターをかけておかないと、人間の”身体”のほうがもたなくなり、壊れてしまうからである。
YOSSYの能力は、本来出せるはずのない人間の潜在能力の一部を無理矢理引っ張り出しているのである。
当然、体のほうに掛かる負担は、普通に走る時とは比較にならない。
だから、30分を経過してしまうと、さすがに脳も強制ブレーキをかけてしまい、
爆発的な機動力は発動しなくなる。というわけである。
しかも、その30分というのは、”ただ疾ってるだけ”の時間であり、
それに格闘やスポーツなどを並行して行った場合、タイムリミットが激減する。
数値にして15分、10分、場合によってはそれ以下にもなりうる。
(無論YOSSYも、自分の能力の特性には気がついていて、
できるだけリミットを伸ばそうと、足腰の鍛練は欠かさないのであるが)

よって今回の場合、40kmくらい離れてるコンビニに疾って行ったのはよいのだが、
帰りの途中で見事にリミットが切れてしまい、泣く泣くガタガタの体で歩いて帰って来て、
着いたときには、間もなく起床時間だったという悲惨な状況だったのである。

「…というわけだから、もう行かんぞ俺は。」
「ちえっ。」
来夢の悔しそうな声をよそに、
「で、やっぱり飲むんだろよっしー?」
「そーだよなー、やっぱりキツイ練習後には、こういう潤いがほしいよな〜」
そう言って男子部員が酒にがっつくが、

ごんごんっ。

「ってえ…」
「何しやがるっ!」
文句を言う男子部員を半眼で睨むYOSSY。
「なんで俺が死ぬ思いで買ってきた酒を、野郎だけに飲ませなあかんのだ。」



その言葉に、道場にいた男子全員が凍り付いた。



「…おい、もしかして社務所に忍び込む気か?」
ついつい小声で話してしまう昌斗。
無理もない。社務所は女子部員の就寝所でもあり、午後10時以降は男子の入所を固く禁じられているのである。
さっきから聞いていたんだか聞いていなかったんだかわからなかった悠朔が、俄かに彼らを牽制する。
無論ここの責任者でもある彼にしてみれば、そんなことは許されざる状況である。
しかも、社務所には今、彼の姉、悠はじめや、来栖川綾香をはじめとする格闘部女子部員がいる。
だからこそYOSSYらは行きたいのであるが、彼がそんなことを許すはずがない。
何時の間にか道場入り口前の壁に寄りかかって、こちらを睨んでいる始末。
「…いや、そんな顔しなくたって、社務所には忍び寄らないぞ、俺は。」
悠の形相に、ちょっとビビリ入ってるYOSSY。
「じゃあ結局無理なんやないかい。」
つまらなさそうに愚痴る来夢。
「いーや?」
「ん?」

「行けなくたって、向こうから来てもらえば問題はない。ここは女子禁制でも何でもないしな。」

ををっ!
沸き立つ男共。
「で、どうやって連絡するんだ?」

しーん。
途端に沈み込む男共。感情の起伏がわかりやすくて面白い。
「なに、ケータイ使えばいいじゃないの。」
「YOSSYさん、言っていいですか。」
「何?  神海さん。」
「ここ、携帯電話使えないんですが。」

「悠。」
「なんだ?」
「アンテナくらい招致してもらえ。」
「無茶をいう。」

「んー、じゃあ、どうやって連絡しようか…」
「その前に、女性とこんな時間にお酒を飲む不良行為は見過ごせませんね。私たちは修行に来てるんですよ?」
「またおカタイんだからアンタは。」
水を差すティーに、渋面を向けるYOSSY。
「そうだな。」
「ええ、こんな時間に女性の方を呼び付けるのは、失礼に当たりますからね。」
悠やディアルトも追い討ちをかけてくる。
「お前らなあ…」
完全に渋面YOSSY。



「反対な人、手ぇーあげてー」



「ハイドラント!」
思わず身構える悠(何故だか知らんが)。
さっきまで寝てたようなハイドラントの突如の多数決提案。
「ほれほれ、てーあげんさいな。」
ハイドの催促に仕方なく手を挙げるティー達。
「ほい、4人と…」
悠、ティー、ディアルト、それにそーしゅの4人。
「じゃあ、賛成の人ーっ」
はーい。
「ふむふむ…19と…」
YOSSYをはじめ、来夢に昌斗、ガンマルに神海、ハイド自身を含めての19人。
「以上をもちまして、賛成多数で決定いたしましたー!」
わーい。
「多数決の問題じゃないだろうが!」
ハイドの決定に悠が猛反発するが、所詮決定が覆る訳もなく。
このあたり、さすが百数名ものダーク13使徒構成員を率いる男のカリスマというべきなのか。

「さて、どうやって呼びましょうかね。」
神海が口火を切る。
ちなみに反対派の4人も内心はまんざらではないらしく、渋々ながら輪の中に入っていたり。
「悠、貴様が呼んでこい。」
「宮司の立場でそんなことが出来るかぁ!」
「ティーさん、自動人形使ったら?」
「なんでそんなことにマリオノールを使わなきゃならんのです。」
「夢幻さんが女装して呼びに行くって方法も…」
「断る!」
数分の議論の末、やはり白羽の矢は、収まるところに収まった。

「じゃ、頼むわ、”ガンマル”」
「あーちくしょう!  どうせ俺は背景だよっ!」



数分後…



「やっほー♪」
グッドタイミング!いやー、実は退屈してたのよー♪  的な表情で綾香が現れた。
彼女に率いられるかのように、10人程度の女子部員もにこやかに登場。
当然その中には、恥ずかしそうにぺこんと一礼している松原葵の姿も見える。
「をー、来たかマイハニー綾香。」
「ハイド…あんた、もう酔ってんの?」

「松原さん、お休みにならなくて大丈夫なんですか?」
「ティーせんぱい…。はい、私は大丈夫です…」
「そうですか、無理はしないでくださいね。」
「はい…」
こういう状況だからだろうか。ますます赤くなって俯いてしまう葵を温かい目で見つめるティー。

「さ、先を越された…、さすが格闘部きってのムッツリ…」
「誰がですか?」
ぞく。
にこやかに振り返り微笑むティーの後ろに死神の影が見えたとは、YOSSYの後述。



かくて、男女入り交じっての酒宴が行われることになった。
仲のいいグループ同士でお酒を飲んだり飲まれたり。
飲んだら乗るな。乗るなら飲むな。終わりよければ三度笠。
なんだかよくわからない話になってきたが、とにもかくにも酒宴は盛り上がってきた。
全体的には、男女比が2:1なだけであって、
やはり女子のほうが飲まされる確率は高い。
酔った女の子の姿を見たいと言うのは、やはり男の性なのであろうか。

「ぐ〜、が〜…」
その中でも、道場の真ん前で大の字になって寝込んでいるのはそーしゅ。
何故か酒を受け付けやすいメイドロボらしく、豪快ないびきをたてて寝込んでいる。

「…ぐすっ…篠塚先生…えぐっ…」
泣き上戸の気でもあるのだろうか。
道場の外、晴れ渡った星空を眺めながら、篠塚弥生の名を呼びながら男泣きにむせび泣く神海。

「すぅ…、すぅ…」
佐藤昌斗の膝の上で安らかな寝息を立てて寝込んでいる葵。
酔っているのも手伝って、昌斗の顔はすでに蒼白である。

にこにこにこにこ。
こちらも酒が入ってるのだろう。
ティーが小春日和の笑顔で、昌斗と、彼の膝を枕にして心地よい眠りについてる葵を見守っている。
後に佐藤昌斗はこう述懐する。
「あれほど脅えた経験は後にも先にも、かのSGY大戦以来でしたよ、はい。」

「っしゃあ!  革命!」
ここで猛烈に盛り上がっているのは、綾香を中心とする男女8人ばかりのグループ。
その中にはYOSSYとハイドラントまでいる恐ろしいグループだったりするのだが、
彼ら以外の一般部員は、酔いつぶれて寝付いてしまっている。
「くっくっく、さあ綾香、また一杯飲んでもらおうか?」
「うるさいわねー、わーってるわよっ。」
と言いながらも、一息で日本酒を飲み干す綾香。
格闘部大貧民のルールで、大貧民は1ゲームごとに一杯日本酒を飲まなくてはならない地獄の掟があったりする。
これまでYOSSYは12杯、策謀や心理戦に通じてるハイドラントですらも、8杯飲んでいたり。
そして、綾香に至ってはなんとこれで30杯目。
男というのは、生まれ育ちの過程は違っても、ある一部の思想においては考えることが同じらしく、
共通の目的を持ったYOSSYとハイド、男二人掛かりで綾香を潰しにかかってる構図が出来あがっていたりする。
しかし、それ以上に驚嘆に値するのは、綾香の恐るべきうわばみ振りであったりする。
確かに今はろれつも徐々に回らなくなってはきているのだが、
YOSSYやハイドの3,4倍以上飲んでおきながら、酔い加減はほぼ互角。
恐るべき酒豪ぶりである。
もし、男二人が組まなかったとすれば、逆に酔い潰されていたことは間違いなかっただろう。

しかし、物には例外なく限界と言うのがありまして、ようやく綾香を酔い潰すことに成功した二人。
実に45杯!
YOSSY20杯、ハイド13杯に比べると、彼女の凄さがいっそうわかるもの。
ともあれ、
「さあ綾香、俺が介抱してやろう。さあさあ風に当たらせないと。」
いそいそと綾香を担ぎ上げて出て行こうとするハイドラント。
「ちょっと待てやぁぁぁぁぁ!  俺の立場はどうなるっ!」
別に綾香萌えではないはずなのだが、一人だけ酔った彼女の介抱をさせてなるかと
ハイドラントの後を追い、神社裏に駆けてゆくYOSSY。
「野郎ハイドラント!  てめえ一人だけいい目を見ようった……って…」








「ふふ、うふふふふ…」



どさっ。
怒鳴り込むYOSSYの足元に転がったモノは、既にボロ雑巾にされたハイドラントその人だったりした。
「…な…っ?」
愕然とするYOSSY。



「ふふ、ふふふふっ…」



ザギャアァァァッ!
次の瞬間、YOSSYFLAMEは紅の肉塊となって、音もなく倒れ伏した。