Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第32章 「裏目という名の優しさ」 投稿者:YOSSYFLAME



「…ろしたくん、城下君…」
闇の中。
誰かが自分を呼ぶ声がする。
「城下君…」
「(この声は…)」
眠っている脳を無理矢理起こし検索を始める。
検索が終わり、答えが出る。
「(――新城さん?)」

「よかったぁ…、目、覚めたんだ…」
見上げてみると、ほっとした顔の沙織がいる。
「もう…心配したんだからっ…」
よく見ると、半分泣きそうにも見える彼女の顔。
そんな彼女を見上げながら、唐突にあることを思い出した城下。
「そうだ、試合は!?  試合はあれから…!?」
「うん、試合は負けちゃった…」
優しい瞳を向けながら答える沙織。
「そっか…」
あきらめの表情をしながら呟く城下。
「ごめんね…、俺がだらしなく倒れたばかりに、新城さんにまで迷惑を…」
「ううん。」
その笑顔のまま首を振る沙織。
「城下君、守ってくれたから。
琴音ちゃんの必殺技が私に当たりそうになったのを…私をかばってくれて…
謝らなくちゃいけないのは、私の方なのに…」
「え、え、そうだっけ?」
にわかにうろたえる城下。
実は彼、反射的に沙織をかばったため、自分では何をしたのかいまいち覚えていなかったりする。
が、
「(まあ、新城さんにケガがなくてよかったから、まあ、いいか。」)」

「城下君…」
ぎゅっ、と、沙織の手が城下の手に添えられ握られる。
「ありがとう…」
その笑顔のまま涙が零れゆく沙織。
そんな彼女を見て、いつもの軽口も叩けず、ただ沙織を見ている城下。





――Cコート、第5ブロック2回戦第2試合、セリス、マルチ組vsT-star-reverse、松原葵組。

「ゲーム!  ティー、松原組、3−3!」

審判の声が響く。
予想外の双方譲らぬ接戦が繰り広げられていた。
セリスに前衛を任され、徐々にボレーを学習、習得しつつあるマルチの守りに、
彼女をカバーすべく前衛後衛かかわらず縦横無尽に動き回るセリス。
基本的にボレーは思っているほど腕力は要らない。
うまくやれば、飛んできたボールにスイートスポットを当てるだけで事足りるのがボレーである。
下手な癖がない上に、指導力のあるセリスに習ったマルチのボレーは、徐々に敵に威圧感を与えつつあった。
が、
「えええぇぇぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
どばきゃっ!
対戦相手の葵のボレーは、まさに打撃のボレー。
彼女も下手に経験がないだけに、その格闘の技をそのままテニスに流用するようティーに仕込まれたのであろう。
そして当のティー自身も、後衛で地味ながら堅実にボールを返す。
さすが器用ながらたいていのボールは返せるほど。
とまあ、こういうわけで、かなり緊迫したムードでの、いわゆる相手のミスでの得点が両者に積み重ねられていったのである。

しかし、その均衡が破られるときが来た。



「SS不敗流庭球術奥義、虎牙弾撃翔!」

バチィッ!
「キャッ!」
葵のラケットが弾き飛ばされる。
完璧にスイートスポットで捕らえたボールに弾き飛ばされたのである。
SS不敗流の技の根源、気の力。
今、セリスは普段以上に、自分の気を爆発させている。
それを支えるのが愛する人の存在。
前衛で息を切らしながら一生懸命動いているマルチの存在が、セリスを突き動かしていた。



「ふむ、やるな、セリスの奴め。」
「セリスさんすごいです〜〜」
そんな彼を観客席で観戦しているのは、彼とは因縁深い西山英志と、断っておくがマルチではない、水野響である。
「SS不敗流の根源は、愛。愛とはつまり互いを慈しみあう心。
互いの想いが重なるとき、不敗流の力も増幅される。
…水野よ。覚えておくがよいぞ。」
「はぅ…、そうなんですか、すごいです〜」
うんうんと頷きながら観戦している西山と、わかっているのかいないのかよくわからない水野。
そんな彼らをよそに、試合はまたも急展開を迎える。



「ええ〜〜いっ!」
ばくっ。
「あうっ!」
「くっ!」
葵とティーの間を無情に転がるボール。
「ゲーム!  セリス、マルチ組、4−3!」
審判が高らかに告げる。
ここにきてマルチのボレーの精度がかなり増してきた。
もはや葵の生半可なボレーでは通用しなくなってきたのである。

「喰らえ!  虎牙弾撃翔!」
それに加え、セリスの必殺技、虎牙弾撃翔もいよいよ手がつけられなくなってきた。
セリスとマルチ。攻撃と防御にそれぞれ秀でた二人が、いよいよその本領を発揮しつつある。
今やただただ翻弄されつつあるティーと葵。
「ゲーム!  セリス、マルチ組、5−3!」
そして、セリス組圧倒的優勢のまま、勝利まであと一歩というところにまで迫った。



「ティーせんぱい…」
「何ですか?」
「このまま負けちゃうんでしょうか、私たち…」
心細そうな葵。
元々精神的にあまり強くない彼女、このピンチに、もう一つのピンチが重なってきた。

「そうですか?  私はそうは思いませんけど。」

「え…」
あっさりと、いつもの涼しい顔で答えるティーに困惑する葵。
そんなことを言われたところで、事実自分達の圧倒的劣勢には違いはないのに。
そんな気休めを言われても…、と、葵が口に出そうとした時、
「私が見た限りにおいては、松原さん、思ってたよりもずっと動きがいいですよ。
てっきり緊張して全然動けなくなるのではとも思ってたんですけど、
この分だと、逆転も十分可能ですよ。」
「せんぱい…」
そういえば、思い当たる節がある。
試合開始直前までティーにあちこち引っ張りまわされていたのを。
偵察だ応援だといって、危うく不戦敗になるところだったのを。
今にして思えばすべて、あがりやすい自分のために、そんな暇さえ与えまいと
気を配ってくれたティーのおかげではないかと。
そして、今、心配するなと言ってくれている。
だったら、この人がそう言うんだったら、信じてみる意味は十分にある。
「落ち着きましたか?  松原さん。」
「は、はいっ!」
「大丈夫です、きっと逆転できますよ。練習した通りにいきましょう。」
穏やかなティーに包まれながら、葵ははっきりと気合を込めた。
「――はいっ!」

そして、本当に逆転してしまったのだから、テニスというのはわからない。



「ゲーム!  ティー、松原組、6−5!」
まさに怒涛の猛反撃。
ティーの指示により、極めてボレーが上手くなったマルチは完全無視。
標的をセリス一本に定めた葵組の作戦は見事に功を奏した。
セリスの必殺技、虎牙弾撃翔。
その必殺技をなんと、葵とティーのラケットを一つにし、そして跳ね返す、
その名も二重壁
さすがの虎牙弾撃翔も、二人の守備力には及ばず、へろへろながらも弾き飛ばされる。
そのボールを、セリスが見事なボールコントロールでライン際をつくストロークを放てば、
ティーの体をバネにして飛び放った葵の三角飛びレシーブに、ギリギリながらも追いつかれ、
なかなかペースがつかめなくなり、ポイントを奪われてゆく。
そもそもが虎牙弾撃翔という技は、そうそう連発できるものではない。
だから、かなりの割合で通常のショットを打たなければならない。
そこを付け込まれる。
しかも、マルチがセリスの危機を察し、自ら後衛に下がって来て、懸命にボールを打ち返そうとする。
しかしながら、そんなマルチの優しさは、今回ばかりは完全に裏目に出た。
学習型メイドロボであるマルチ。
短期間で強豪と張り合えるような力をつけさせるために、ボレー一本に絞ってマルチにそれを教えたセリス。
しかしながらそれは、ボレーしかできないという裏もあった。
そうしてゆくうちに、マルチ自身のプレースタイルも破綻してゆく。
混乱と困惑の中、崩れて行くセリス組。
やがて、ポイントでも逆王手をかけられてしまった。



「はぅぅ…、セリスさん、ごめんなさいぃ…」
「いいんだよマルチ、ありがとう。」
風前の灯火の中、自分のせいだと思い込むマルチの頭を撫でで、優しく慰めるセリス。
「マルチには本当に助けられたよ、今回は。
君がいなかったら、1回戦、多分勝てなかっただろうからね。
それに今回も、こんなに素晴らしい試合をすることができたのも、マルチのおかげだよ。
本当に、ありがとう。」
「ううっ…はうっ…」
まだ泣きじゃくってるマルチの頭を撫でながら、セリスは思う。
マルチが自分の意志に反して後衛に下がって来て、それが原因で確かにゲームのプランは崩壊した。
しかしながら、いや、当然と言うべきか、セリスには微塵もそれを責める気はなかった。
マルチは、ただ人の言うことを聞くだけではない。
例えその行為が裏目に出たとしても、大好きな人を守るためには一点の迷いもなく突き進む。
例え、それがその人の意に反したものであろうとも。
損することが割と多い、そんな心。
だからセリスは思うのである。
この大会、出場してよかったと。
マルチの本当の優しさを、自分にそそいでくれているのが、改めてわかったから。
「さ、マルチ、まだ負けたわけじゃないよ。
最後の最後まで、一生懸命に試合をする。それが一番大事なことなんだから。」
「ぐすっ……セリスさん……」
それでもいまだに泣きじゃくっていたマルチだが、
「…ね?」
頭をぽんとやさしく叩かれ、優しい笑みを浮かべるセリスの顔が、彼女の瞳に映ったとき、
「――はいっ!」
高い空、マルチの返事が飛び立つように響き渡った。





      T-star-reverse×松原葵組…3回戦進出!
      セリス×マルチ組…2回戦敗退。




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どおもお、YOSSYです。

ゆかり:こんにちは、広瀬ゆかりです!
よっし:さて、この試合で久々なのでしたが、どうでしたでしょうか?
ゆかり:はい、今作のコンセプトは?
よっし:マルチですね、やっぱ。
        わかってるとは思うんですが、彼女の優しさって、ただ人の言う通りに動くだけじゃないってこと。
        ああ見えて、ちゃんと自分の意志で人を愛することができる。僕はそう思ってます。
ゆかり:セリス先輩らには釈迦に説法だろうけどね。
よっし:ま、そうだな。
        さて、次はと、
        第4ブロック、ジン、千鶴組vs八塚、マナ組、か、
        第6ブロック、悠朔、綾香組vsセバスゥ、貴之組の試合になりそうです!
ゆかり:私たちの試合…(ののじののじ)



T-star-reverseさん、今大会への参加、誠にありがとうございました。