ゆきの独り言(独りよがりとも言う)後編 投稿者:ゆき
──何だ?何だ?何だ?
 吹っ飛ばされた僕は、地に膝を付けながら漸く振り向くと、そう自問した。鬼達
は一歩もこちらに近づいてきていない。──それなのに、それなのに!
 だが答えはいつもすぐに出る。鬼達は一歩も動かないまま手を挙げ、そして
それを目に見えなくなるほどの勢いで振り下ろす。それも一斉に。その結果ど
うなるか──?襲ってくるのだ、沢山の衝撃波が──
ズドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
「っっっっっ!!!!!」
 僕は、呻き声を上げることすらできずに更に後ろに飛ばされる。派手に仰け
反りながら空を舞い、木の幹に激突して漸く止まった。頭を強かに打った上に、
着地の時に足を、さっきの衝撃の時に腕を──何だか厭な音がしたから──
折った──少なくともヒビ──らしい。例えようのない、ただただ痛いのが体中
から神経を伝って僕の脳へと流れ込んでくる。
 僕は、ぐぅうう。と呻きながら地に伏した。そして、このフィールドには防御効
果がなかったことを、改めて思いだしていた。妙に麻痺した頭の中で。

 僕は、動かなくなった手足を藻掻くイメージを頭で描きながら、顔だけを前方
に向けた。見えるのは──倒れている初音ちゃんと疑似鬼達。僕の創造した
鬼達は、倒れている初音ちゃんをじっと見据えている。
──なにをするきだなにをするきだ?
 混乱し、崩壊寸前の僕の脳はそんなことを考える、考える。そうして、不意に
ある情景が頭に浮かんできていた。それは──倒れている弐号機とそれを破
壊(喰う?)しようと飛翔する量産機…エヴァだ。……エヴァ?
 待つんだ、ちょっとだけ待ってくれ!これは僕の創造だ、少なくともあの鬼達
は僕の創造だ。だとすればアレは、僕が思ったとおりに──?
 僕は、全身の鳥肌が立ち、そして涙が流れるのを感じた。刹那、鬼達は形状
を変化させ、背に羽のような物を生やし始めた。何と、何と僕らしい御都合主
義な展開なのだ!どうして、どうしてこういうのばかり……!!
 そして、彼等は宙に舞い始めた。

「や…めろ………やめ……ろぉぉぉぉ」
 僕は呻いていた。動かない手足を必死になって動かそうとして、どうにかアイ
ツ等を止めようとして、呻いて、藻掻いて、泣いて………どうしようもない気持ち
に駆られながら、それでもどうにかアイツ等を止めようと必死になっていた。
 できるものなら、今すぐ立ち上がって駆けつけたかった。手足が再起不能に
なっても、まして自分の命などくれてやるから初音ちゃんを守りたかった。
 奇跡でも何でも良いから起こって、どうにかしたかった。そう、どうにかしたか
った。それがかりに実にならなくとも、それでもこうやって指をくわえるようにして
見ているよりはずっといい気がしていた。だけど体は動かない。腕が千切れて
飛んでいってくれれば、何らかの飛び道具があれば、どんなに良いことかと思
った。でも、そんなことは起こらず、ただただ…。
 ──鬼達は、ゆっくりと初音ちゃんに向かって降りてきていた。
 エヴァなんだから暴走してくれたって良いはずなのに。僕の作った世界なの
だから都合良くハッピーエンドで良いはずなのに、何で、何で…!!!僕は、
狂った頭でそう考えていた。
 …………そして、鬼達は初音ちゃんに降りた──
 ──瞬間、僕は光に包まれた。

 暫くして目が慣れてから、僕は薄く目を開いた。いったい何が起こったのか、
そもそも初音ちゃんは──?どうやら僕は木漏れ日の真下にいるらしく、逆行
になって情景が見えない。ただ、耳にはかすかながら、清水寺の喧噪が聞こえ
てきていた。
──もとの世界へ──?
 僕はそんなことを考えながら、躰を何とか這わせて少しだけ前に出る。少し目
が楽になり、更に目を開くと──
 そこに、真っ白いマントの如きコートを纏った、一人の──男性がいた。彼は
その場に倒れている初音ちゃんにも、呻いている僕もに全く気にした様子を見
せずにただ呟く。
「珍しく『言』の具象が一般の世界に有ったから来てみたが…たいしたことは
ないか」
 顔はよく見えないが、背格好から見ると僕と同年代らしかった。そして、彼の
余裕とも皮肉とも取れる発言とは裏腹に、彼は少し疲れたような感じをしていた。
──消えたのか?…消したのか。彼が…僕の創造を。
 彼は溜息を吐くと、ふらっと歩き出した。やはり僕たちは完全に無視をして。僕
は暫し彼の目で追ったが、そのうちに首も回らなくなり、躰の筋肉が弛緩し、そし
て気絶した。

 次に僕が目覚めたとき、そこは病院の一室だった。
 真っ白いシーツと部屋がとても眩しくて、僕は目を細めた。そしてそのまま上半
身を上げる。腰と肩がぼきぼきとなった。
──此処は…病院、だよな。僕は、どれくらい…。
 腕と、そして布団に隠れた足を見るが、別段以上はない。足に義足はおろか、ど
うやらギプスや包帯すら無いらしい。勿論、腕も五体満足健康に付いている。本
当に、どれくらい治療されたのだろうか。どう考えたって、僕の手足はあのときに折
れたはずなのに。
──では、アレはやはり僕の夢か。
 それが相応だろうと思う。アレが夢落ちならばまた、これだって夢落ち──
 僕が自嘲気味に笑ってそう思ったとき、病院のドアが静かに開いた。思わず目が
そっちに行く。するとそこにいたのは──
「!!!」
「──初音ちゃん?」
 ──驚いた顔をしている初音ちゃんだった。彼女は暫し沈黙した後、大急ぎで駆け
寄ってきて言った。
「ゆきちゃん!目を覚ましたんだね!?大丈夫、どこも痛くない?」
 それを聞いて、僕は混乱した。
──え?え?え?アレは夢──。
「い、いや、大丈夫だけど。それより、アレは夢じゃないの?僕の夢じゃ──」
 我ながらおかしな科白だと思う。でも、だとすれば何故僕は完治している?いや、
あれからどうなったのだ?初音ちゃんは無事のようだけど……。
「ああ、それは事実だよ」
 僕が訳が分からなくて叫び出しそうになった直前、聞き慣れた暖かい声がやはり
ドアの方から響いてきた。──その人は、耕一さんだった。耕一さんは思わず安心
してしまうような笑みを浮かべながら、僕のベッドの前まで来る。そして、
「ありがとう。初音ちゃんを守ってくれて」
 と、優しすぎるほどの声で、そういった。僕は、アレが事実か夢かはひとまず置い
ておいて、取り敢えず恐縮した。
「そ、んな…。僕は何もしていません、いや、寧ろ原因は僕が作ったような物…」
 あのときの後悔が津波のように押し寄せ、僕は悶えそうになった。
「でも、こうして初音ちゃんは無事でいるわけだし、やっぱりそれは君のおかげだよ」
 それでも、耕一さんは優しくそういってくれる。僕はそれなのにぐずぐずと言おう
としたが、初音ちゃんも耕一さんに会わせてコクコクと頷いているので、結局言う
のをやめた。そのかわり、あの後のことを問う。
「あの…それであの後どうなったんですか?それと、あれからどれくらい経ったん
ですか?」
「あの後──」
 耕一さんはそういいながら腕を組み、そして話し出した。
「──二人の帰りが遅いから、班長君が迎えに来たんだ。そして、倒れている初音
ちゃんとゆき君、君を見つけ、先生達の方に連絡をしたんだ。初音ちゃんの方は何
もなかったけど、君は四肢を骨折していた──」
 な──?じゃあ、僕は本当に骨折していたのか!?それなら何故──?
「──勿論すぐさま病院に運び、すぐに治療を開始。そのときは、君の腕は完全に
再起不能だった、けれど──」
 耕一さんはそういい、言葉を区切った。しかし、僕の腕はここにある。ちゃんと動くし。
「──君は人間の回復力を遙かに上回る勢いで、どんどんと再生──まさに再生
だ──していったんだ。まるで、俺達鬼のように──」
 僕は、耳を疑っていた。だが彼は続ける。
「──いったい、君は何なんだ?何故エルクゥが…」
 僕はそれを聞くと、不意にあのときの光景の一部が蘇ってきた。それは……。
「僕らを襲ったのは──僕の創造した擬似的な鬼の亡霊だったと思います。それを、
それを僕は、咽の渇きを癒すために──……半ば喰うみたく、地を啜りました。だか
ら──」
 そこまで聞いた耕一さんは、手を僕の前に出してそこから先を制した。
「そうか…まあ、そういうことも有るんだろうな。まあそんなわけでだ…君は神懸か
りな回復力で五体満足に復活したわけだ。たったの一週間で」
 そしてそう言う。──って、え?
「い、一週間で、ですか?」
 僕が、何だか場違いに驚いてそう言うと、二人は頷きながら笑った。
 僕も何となく頭を掻きながら、つられるように笑った。その後、入ってきたM・Kに
「心配させないでよ!!!」と、しこたま殴られたのはいうまでもない。それは──
・・・
 ──今では何となく日常な、過去の話。
 果たしてあのときの男の人が、本当にRuneさんだったのかどうか、僕には解る
はずもなく、確認しようともあまり思わないし、もし仮にRuneさんだったとしても、
特に何もないだろうと思う。ただ、憧れと羨望がはっきりするだけで。
 因みに、あの後僕は暫く初音ちゃんから一定の距離をとっていた。そしてそのま
まこの学園に入学し、そして会ったマルチに…うーん、惚れたんだよなあ。
 ただ、それは日を追う毎に『愛情』から『信仰』に近くなったような気がしなくもない。
まあ何にせよ、暫くそんな状態が続いていたんだけど、休学の際にいろいろと考え
てみていた。僕にとってマルチって、初音ちゃんて?
 それは僕の独りよがりだったんだろうけど、それでも僕は考えてた。その際に出た
答えは、今更書くこともないだろうと思う。でも、少なくともこれは、乗り換えとかそう
言うのじゃなくて…まあ良いか。ようは僕のことだし。
「ゆきちゃん…あのときは本当に──」
 初音ちゃんが、僕の隣でそんなことを言い始めたけど、僕はそれを首を振って制した。
「──僕はまだ、初音ちゃんを守れていない…んだよな。だから、いいよ」
 別に聞かれたわけでもなくそう言うと、僕はあのときのように笑った。
「おーい、遅刻するぞー」
 そのとき、後ろからルカに声をかけられた。メグちゃんも勿論一緒で。
「あ、本当だ」
 隣にいる初音ちゃんも、時計を確認しつつ言う。
「……そうだね、修学旅行前に罰くらっちゃ仕方ないから、早く行こうか──」
 僕はそう言いながらゆっくりと歩き出した。そう言えば、今はすごく幸せだ──とか考え
ながら。次の修学旅行は平和に終わるといいな…とか思いながら。

 ──ただ、それはもろく壊れることになる。その日の授業中を皮切りに──
                   … お し ま い …