体育祭Lメモ「棒倒し&棒引き(前)」 投稿者:ゆき
「次の競技は……、棒倒しね…」
 何処か疲れたような表情でプログラムを見ながら、香奈子は呟いた。
「でも、決して普通の競技じゃないんだよね……」
 こちらはかなり諦めたような感じで、健やか。
「普通なら、トラックの中、直線にして百メートルちょっとくらいの範囲内でやる競技なのに……」
「…いや、そう言いだしたい気もするけど、現実は直視しなければいけないと思うんだ…」
「………。私に言わせるんですか?」
 それはゴメンだとばかりに香奈子が言うと、健やかは仕方なく溜息のような声を出した。
「……『普通なら百メートルくらいの筈なのに、何故か陣地と陣地の間が四キロほど、更にそこはジャング
ルやら砂漠やら障害物コースやら戦場やらになっている』『作者が面倒くさいなどと宣って一回で三チーム
全部行い、旗をとられたチームの生徒は自動的に行動不能となる』『特別ルールとして、相手チームの人間
をリタイアさせれば特典として一人につき1点、自分の組に加点される』。『相手チームの旗を審判の元ま
で運んできた生徒、一人も落とされずに旗を守り切れた防御の生徒には、学校側に一つだけ願いを聞いても
らえる』……以上」
 手には、『放送部台本』と書かれた紙。二人が居るところは本部近くの放送席で、座っている後ろには
撃墜された放送部員が香ばしい臭いを放っている。
『──以上、放送席を乗っ取っての愚痴でした』
 最後の香奈子の挨拶がスピーカーから流れ出た瞬間、参加予定の生徒達から悲喜こもごもたる声が漏れだ
した。





「お師様…?」
 コース内、自陣の前で待機を開始した智波が、Runeに言う。
「ここ、本当に学園のグラウンドですか……?」
「ああ、多分な」
 智波は冷や汗を流しているが、Runeはあまり気にする風もなく言った。
 棒あたりまでは普通のグラウンドの地面なのに、そこから一歩踏み込むと唐突に茂みになり、そして目の
前には日の光も通らない深い森林になっている。そこからもう少し先に行くといくつかに道が分かれ、その
うちの二つの先に二年と三年の陣地があるのだろう。…多分。
「でも、物理的に無理なような気がするんですが」
「まあ、魔法とか鬼とか魔王とかロボットとか化け猫とか青い人とか居るような学園だからな。普通だろ」
「それにしたって──」
 最後のは少し違うようなと思いつつ、智波は校舎の方を見た。巨大なスクリーンに、一、二、三年の陣地
の様子が映されている。どうやら、中での様子をカメラに写しているらしい。今は陣地の様子しか映してい
ないが、競技が始まればいろいろな場所が移されるのだろう。
「──カメラ使わなきゃ把握できないくらいまで広くする必要はないような…」
「それくらいしねえと、ハードでディープな観客達は納得しねえのさ」
 その上、闘争心掻き立てるようなルールが付けられてるしな、とRuneは続けた。
『そろそろ競技開始で〜〜す』
 おそらく落とされた放送委員の代わりだろう、隆雨ひづきの声が森──もとい競技場内のスピーカーから
流れ出る。Runeは、溜息つきつつスタート位置の方へ歩き出した。

『位置について──────────』
『位置について──────────』
 ちびせりの声がスピーカーから聞こえてくると、葛田はふっとほくそ笑んだ。
──…当然、こう言うときは…。
 そう考えながら、状態を低くしていく。足に力が込められ始めた。
『──よーーーーーい────』
『──よーーーーーい────』
 その声と共に、スクリーンにちびせりの姿が映し出された。
 それはともかく、葛田はその声から一呼吸おいて足に込めた力を解放する──瞬間。
ずっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 葛田の隣にいたレッドテイルが、すさまじい爆音と共に炎に包まれた。音のした方向を見ると、標的を間
違えたことを悔やんでいるのか、それとも表示された射撃得点が悔しいのか──口許を皮肉っぽく歪ませ、
肩に大きなバズーカ砲を乗せているヤンキー初音がいた。
 暫しの沈黙後、どっからか出てきた耕一が説明する。
『えーー、筆者がパッパラ隊の愛読者であることから、フライングした選手などは初音ちゃん他いろいろな
方からの狙撃を受けることになりました。因みに、この時に発表される狙撃点は本体育祭には一切関係しな
いので悪しからず』
『初音選手、三点』
 続けて初音の得点が発表されるが、誰も何も言わなかった。
 ただ、漸く炎から逃れられたレッドテイルがゆきをタコ殴りにしただけだ。

ズドンッ!!!
 ちびせりたちが引き金を引くのと同時──或いはやや遅れて、ぱらぱらと生徒が走りだした。一年生は深く蒼い森
の中へ、二年生は光無き洞窟の中へ、三年生は入り組んだ迷路の中へ────────。

三年
「……おい、セリス」
「…まあ、言いたいことはわかるよ」
 三年のジンとセリスの二人が迷路を進んでいくと、目の前に階段が現れ、更にその先には無意味に、無造
作に扉があった。 
「やっぱここは、……『何だぁ、この階段はぁ』(棒読み)」
「それで…ぼく…じゃない、『折角だから俺はあの赤い扉を選ぶぜぇ』(棒読み)」
 二人は鳥肌が立つのを感じながら、強制スクロールに押されるように階段を進み始めた。そして、その先
にある特に赤くない扉を開ける。そこには、まるで砂場の中に砂があるような感じで、例の成長式銃がご丁
寧に二丁おいてあった。セリスとジンは血涙流し流しその銃を取り、そして、デスクリの世界へと旅立って
いった。
「「おーーのーー」」

二年
 浩之は駆けていた。岩でできた闇の中を。もう五分ほど走っていたが、一向に出口は見あたらない。代わり
に、十個以上の横道と、三十回以上の転倒を体験した。が、浩之は駆けていた。それは既に主役の意地を越
えた、主役のための意地だ。
──そうだ、あかりも、マルチも、志保も、レミィも、委員長も、セリオも琴音ちゃんも葵ちゃんも理緒ち
ゃんも芹香先輩も綾香もオレのもんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 坂下が入っていないような気がする。あと、セバスと雅史も…(オヒ)。
「うるせぇぇぇぇ!!!!」
 浩之は吼えた。──瞬間。
 浩之の周りの壁、天井がぼろぼろと崩れ落ちてくる!
「うっ、わぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!っていうか、こんなに脆くて良いのかぁぁぁぁぁ!!!!」」
 浩之は慌てて背を低くし、頭を抱え込んだが──────しかし無駄な足掻きだった。情け容赦なく、辺
りの岩達が浩之を襲う──。
とんっとんっとんっ
 頭に岩石が当たったが、不思議と痛みは感じられなかった。
──あれ────?
 休み無く降っては来るのだが、どれも痛くない。そのうち、辺りが光に包まれ始めた。
──ああ、まさか……オレ、死んじまった────────?
 何だか無性に泣けてきて、浩之は顔を上げた。涙で目が潤んでいるのか、それとも本当にそんな光景なの
か、辺りは酷く惚けている。ぐちゃぐちゃと、光とよく解らないが緑色をした物が入り交じっている。
 浩之はフラフラと立ち上がり──違和感を感じた。どうも、いつもと同じなのだ。自分が死んだという実
感が湧かない、実感が、実感が────────?
「────って、オレまだ生きてるじゃねえかっ!!??」
 浩之は漸く気付くと、何だか照れくさく感じながら目をごしごしと擦り、冷静に辺りを見回した。辺りは
どうやらジャングルの中の一角のようで、浩之の正面に長い直線の獣道が続いている。後ろを振り向くと、
「……なんじゃこりゃぁぁぁ」
 張りぼてでできた岩石の山と、一応は本物らしい洞窟の口。
──オレ、こんなものに死を恐れていたのか?
 ダラダラと汗が流れた。
──とはいえ、オレは生きてる。そう、生きてるんだっ!!
 浩之は感動に打ち震えた。後光を背にガッツポーズを取り、感動の涙を流す。
「よぉぉぉぉしっ、やぁぁぁぁぁぁぁってやるぜ!!!!」
「そうですぞ、浩之殿!!」
「──────────────へ?」
 浩之は、漸く気が付いた。
 周りの茂みの中に、セバス、貴之、エルクゥユウヤ、セバスゥナガセが潜んでいることに……。
 浩之は、目と耳と鼻と口から同時に、紅い、恐いほど紅い血を流した。
 そこで、スクリーンの映像は一時途切れることとなる。
『暫くお待ち下さい…………』

一年
 浩之が襲われているのと同じ頃、結城もまたコースの中間地点といえる、ジャングルの中にやってきた。
実際にこんなジャングルなんてもう存在しないだろうと言うほどに不可解で、さっきから薔薇だとか薔薇だ
とか薔薇だとかが飛んできている。
 彼は、追いつめられていた。
 時々落とし穴や異世界への扉が開くコースも、唐突に地雷が爆発する砂地も、セイベツハンテンダケの料
理を食べさせようとする休憩所の千鶴にも。
 そして、新たな恐怖が結城を襲った。
──………!
 自分の正面の茂みの中が、ごそごそと動いているのだ。
──こ、これはまさか……──また薔薇?
 結城は思わず身体を強ばらせた。と、同時に茂みから一人の男が飛び出してくる!結城は追いつめられた
精神を振り絞り、思いっきり叫んだ。
「ば…薔薇はいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 その声は、ドラえもんとかはじめ人間とかに出てきそうな魔法となり、男にぶち当たって、消えた。当然、
結城はその隙をついてその場から脱出する。ものすごいスピードで、カメラの範囲外へと消えていった。
 あとには、
「……オレは…薔薇じゃねえ……」
 ひくひくと痙攣しながら譫言のように呟く、橋本の姿だけが残った。


再び三年
 奇跡とも言えるスピードで、鈴木静は二年生陣地のすぐ近くにまでやって来ていた。──が、道が二つに
分かれている。真っ暗でじめじめとした洞窟と、向こう側に綺麗であたたかそうな花畑。
 当然、彼は花畑の方を選んだ。間違いだが、仮にそちらが間違いであるとしても彼はそっちを進んだよう
な気がする。
 ともかく、彼が花畑に着くと──そこに、dyeがいた。
「やあ……静さん、──待っていましたよ」
 ほえほえ〜な雰囲気でdyeが言うと、静は、
「……珍しいですね、正面からですか?」
 上品な仕草で、そんなことを言う。
「…あなたには抗えないであろう技を、私は持っていますから」
「それはそれは。試してみたいですね」
 相変わらず上品に挑発をすると──dyeはふぅっと息を吸って、唱えた。
「『風がくれたおやすみ』……」
 瞬間、やわらかいそよ風と辺りの優しさが静を包み込み──ぽふっと、静は花畑の中に倒れ、そのまま眠
り始めた。
 dyeはそれを見ると少し息を吐いて、
「…この競技が終わったら起こしますよ…。──それじゃ…私も」
 そういって自分も花畑の中に寝っころがり、そのまま優しい眠りの中へと落ちていった。

再度二年
 このころになると、生徒達の大半がジャングル内に入ってきていた。ジャングルは莫迦みたいに広いわけ
だが、しかし茂みの開けた広場にはかなりの人数が集まっていた。
 そうなると、俄然有利になるのは電波使いである。
「壊れろっ!!」
 珍しくまともな祐介は、もう既に十点以上かせいでいた。
「……!」
 一方の月島兄も必死だったが、しかし彼は他の三年を守るので精一杯になっていた。それほどまでに、今
日の祐介は調子がいい。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
 他の生徒にしてみればいい迷惑だが(特に一年)。
「……仕方ない……。いけっ、人間奴隷一号っ!!」
 もう既に五分ほど、その均衡のままだったのだが…いい加減月島兄も疲れたようで、とうとう最後の手段
を使用した。彼の後ろから人間奴隷──こと、来栖川空が顔を出した。しかし──
がすっっっ!!
 まず、リミッターのはずれた拳で攻撃されたのは、当の月島兄だった。その場にいる生徒全員が──祐介
を含めて──唖然とし、攻撃の手を止める。
「フッ、フフフフフフフ副笑い」
 空は奇妙な科白と共に、イっちゃった目で祐介を睨んだ。祐介はびくっと震え、あとじさる。だが、そん
なものでイっちゃった空から逃れられるはずもなかった。
「ハっ、ハハハハハハハハクション大王」
 いいながら空は、祐介を思いっきり殴りあげ、そしてそれから更に、その場にいたその他大勢やら草のメ
ンバーやらを次々と血祭りに上げていった。

二回目の一年
 奇跡だ、と風見は思った。
 ジャングルをぬけると、よく解らないがいつの間にか迷路に入り込んでいた彼だったが……勘と運を頼り
に先を進んでいくと、巧いこと迷路から抜け出られた上に、正面には三年の陣地と、彼と同じように迷路か
ら抜け出てきた他の一年生達が来ていたのだ。
──これならいけそうですね…。
 風見がニヤリ、と笑ったそのとき。
 いつの間にかUMAに手懐けられていたメタオ軍団が、空から地下から正面から横から後ろから斜めから
大気圏外から一年生達に襲いかかってきた。

二年
 八塚はと言うと──逃げていた。目指すのでなく、逃げていた。
 数分前、偶然浩之の屍体…基、成れの果てを見つけてしまったことから彼の不幸は始まる。
「逃がしませんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「私を見てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「さあ、貴方もご一緒にいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 例の薔薇集団に追いかけ回されているのだ。
「遠慮しますっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ」
 叫びつつやる鬼ごっこは、その後延々十分ほど続き(なんて長い競技だ)……。
 何とか、八塚は生きていた。が、息は絶え絶え、咽はカラカラで──と、
「やあ、八塚さん──」
 後ろから、紅茶の香りと共にまさたの声がした。
「──お疲れのようですね。どうです、お茶などは?」
 振り返ると、まさたが紅茶の入ったカップをこちらに向けている。八塚は、できるだけ丁寧にお辞儀して
から、その紅茶を受け取り、口に含み────
──ああ、やっぱり…。
 ──そのまま全身麻痺に陥った。
                           … 中の上に続いちゃう …