「それでは」 「それでは」 「よーい」 「よーい」 ちびせり達がゆっくりとスタートの合図を始める。 「「すたーと」」 最後に声をはもらせると、同時か一部それよりも速く、生徒達は飛び出した。 私は、現実から逃避するように棒引き…もとい棒運びのルールを思い出していた。競技場の真ん中に五本 の棒があり、それを引っ張っていって自陣に入れる。それで、多く取った方のチームが勝ちだったはずだ。 ただ、さっきM・Kちゃんが言ってみたいに、ある一部に人をたくさん行かせると、何本か相手がいなくて 運ぶ…みたいな状況になることもある。そういうところの駆け引きも重要なのかも知れない。──私にはよ くわからないけど、今回の得点の計算は獲得した棒の数×10らしいから。 「…初音、すごいことになってるわよ」 私が必死に現実から逃げているのに、千鶴お姉ちゃんは楽しそうに言う。でも、お姉ちゃんは純粋に言っ ているわけで、だから私は首をゆるゆるとあげた。 そして、すぐに目を閉じた。 一瞬。ほんの一瞬の筈なのに、私には競技の様子が手に取るように分かった。 まず目に入ったのは、『幽霊がなんぼのもんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!』み たいなことを叫びながらスパイクを放っている新城先輩だった。次に、眼鏡を外して破壊光線を放っている 藍原先輩、あ、次のターンはお休みだよ、念のため。その次は、半泣きなのに藤井先生を盾にして宮内先輩 の矢から逃れている観月先輩。XY−MEN先輩と英志お兄ちゃんを振り回しながら棒に向かって走ってい く楓お姉ちゃん。何だかぽへっとしてる恋さんと綾香先輩は、でもさり気なく一本ずつ棒を持っていってい る。お化けさん達が辺りを飛び交い、みんな棒よりもそっちに気が回っていた。 ──どうなってるの…? 確か、中学校の時まではこんなのじゃなかったような気がする。 「………わぁっ、すごいわよ初音っ!理緒ちゃんがエッフェル塔を出したわっ!!」 お姉ちゃんには本当に悪いけれど、私は固く目を閉じたまま競技が終わるのを待つことにした。 「え……?そこで何でカタツムリなのよ瑠璃子さんっ!!」 お姉ちゃんは本当に楽しそうだが、私には何が何だかわからない。と言うより、わかりたくない…。 「そうなのね芹香さんっ、さっきのゴボウはこのための伏線だったのねっ」 徐々に揺らいでくる精神の中、私は何とか自分のまま、競技終了の合図を聞くことができた。 どんがらがっしゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!! よくわからないけれど、今のがお終いの合図なのだ。 はじめの勝負は、四対一で二年生の勝ちだった。 『さあ、いきなりのお化け&グレイの襲来により風雲急を告げた三年対二年ですが、辛くも二年が逃げ切り ましたっ、続いて二年対一年ですが、さて、エキストラの空っ、何とか言いなさいよっ!!』 『アキガキテ、アアアキガキテ、アキガキテ』 『いー加減にしなさいっ!!』 『(びしっ)アマ、ボク二ソゲソ二モ斗り夕イ…(言語中枢にエラーあり)』 どうやらお化けさん達は帰ってくれたようで、何とか場内は静かになったけれど…。でも、今度は私たち の番なのだ。──その上……。 「行くぞ皆の衆ぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 これは私の声ではない。マルチちゃんの声なのだ。 「ぼ、ぼくのマルチが……」 セリス先輩が、横の方で泣いている。 「それでは」 「それでは」 「位置について」 「位置について」 「「どん」」 私は、取り敢えず何もかも投げ出す感じで走り出した。そう、棒だけ引っ張ってきて、あとは逃げてしま えばいいのだから。 けれど、運が悪かった。 私の選んだ一番端の方の棒には、先輩達の殆どが集結していた。勿論、私たちの人数も沢山いるから負け はしないのだけど、でも殆ど動かないような状況だった。 「うらうらうらうらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 あとの四本は、どうやらマルチちゃんが一人で回収している…。 「初音ぇ〜〜、もう、どうしてそんなに暗いのよーー」 ちょうど目の前にいる楓お姉ちゃんが、本気で楽しんでいる顔のまま言った。XY−MEN先輩と英志お 兄ちゃんは、マルチちゃんに潰されてどこかへ行ってしまったけれど、でも元気みたいだ。 「ううっ、だって…」 私はそういいながら俯く。なれる物ならなりたいのだけど…。 私は哀しくなりながら、必死に棒を引っ張った。 暫く、膠着状態が続き── 徐々に、また私の心が揺らいでくる。 今度は、抑えきれなかった。私はそのまま気絶する…。 『おおおおおっっと、やっとでましたぁぁっ!!反転初音ちゃんだぁぁぁぁっっ!!』 志保が叫んでいる間に、初音は全員を投げ飛ばし、優々と棒を運んだ。 二年対一年は、五対0で一年生の圧勝に終わる。 三年の陣地では、再び作戦会議が開かれていた。先の騒ぎにより、幽霊召喚はこの競技中使ってはいけな いことになってしまったからだ。 「と、言うわけで──新たな助っ人」 芹香が言いながら指さしたその相手は… 「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっ っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ っーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!!!!!!!???????????????????????」 マジックナイトなジンだった。 『さあ、いよいよラストねっ!三年生は助っ人にマジックナイト・ジンを投入っ、ていうか、ますますあれ てくるわよこの調子じゃ。まあ、ともかく頑張ってねっ!!…何となく三年生応援しちゃうけどぉーー』 「準備完了」 「準備完了」 「後始末終了」 「後始末終了」 「「よ──い、すた──とっ」」 『各生徒一斉に出発したわねっ、おおっと、いきなりジン【ちゃん】がロケットパンチを乱れ打ちっ、って どうやってんのよ、あれ。……ともかくっ、その勢いで来栖川先輩と柏木先輩がダッシュっ!──をををっ っっ、今度は潜水艦の登場だぁっ、一本とって三年生の陣地へともっていくっ!ああっ、マルチがぼかすか と一般生徒殴っていくっ!ここでひづき、EDGE、M・Kの三人が棒を一本、三年生ごと運んで来たぁっ !とっ、三年生も来栖川先輩達がもって来るっ!!と思ったら琴音ちゃんがさり気なく棒を獲得っ!!さあ、 これであとは最後の一本を残すのみとなりましたっ!!そして、その棒の所には、期待の二人、初音ちゃん とジンちゃんがっ!!』 つくづく私はついていない、うん。さっきの競技が終わったら元に戻ってしまったし。こう言うときは、 記憶がない方が嬉しいと思う。その上、また混戦状態の所に…。私は本当に泣きたくなりながら、でも棒を 引っ張っていた。──私は先頭の所にいるので、出るに出られないのだ。 「うう、どうして私がこんなことを…」 「うう、何で俺がこんなことを…」 と、私の呟きと似たような感じの科白が聞こえた。何となく嬉しくなって顔を上げると、見覚えのない人 が居る。私は──それでも引っ張っていたけど──キョトンとして、その人のことを見ていた。 「────ってぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ、初音ちゃんっ!!」 暫く見ていると、彼女は溜息つきつつ顔を上げ──そして、私と目が合うなり叫んだ。 「う、こ、これは違うんだその決して好きでやっているわけじゃなくて────」 ──誰だろうか…?と考えていると、彼女がさっきロケットパンチを放っていたことを何となく思い出し て、漸く気が付いた。──ジンお兄ちゃんだ。 「だ、だから頼むから誤解しないでくれぇぇぇぇぇぇ」 それを聞いて、私は何だか久しぶりに優しくなれたような気がした。そして、できるだけ笑みを作りなが ら、元気を出してもらえるように、ゆっくりとはっきり喋る。 「うん、わかってるよ。だから、お互いに頑張ろうね──」 「あ、有り難う初音ちゃ──」 「──ジン【お姉ちゃん】」 ・ ・ ・ 私は、言ってから口許をおさえた、が、結局間に合わず── 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」 ジンお姉ちゃん…もといお兄ちゃんは、校舎に向かって走り出してしまった。 ──誰も信じてくれないだろうけど、私は決してワザと言ったわけじゃない…。 三年対一年、三対二で一年の勝利。 その痕のこと 「…あれ?棒運びはどうなったの…?」 「もう終わっちまったよ」 正気を取り戻した連中の問いに、あたいは憂鬱に答えるのだった。 体育祭Lメモ『棒倒し&棒引き』〜反転ネタへの報復編〜 … お し ま い … 得点 一年:八十点 二年:四十点 三年:三十点