風紀委員会L「理想と現実」 前半 投稿者:koseki
 …昔から憧れていた。
 絶対の力を持った英雄、勇者達。
 人類の敵を、平和を乱す悪を打ち倒すの正義の戦士達。
 彼らの活躍を見ては感動し、いつかはぼくも強くなりたいと思っていた。
 ……そうだ、ぼくは正義の味方になりたかったんだ。
 
 力を貰ったとき、どんなに嬉しかった事か。
 鍛えて、強くなって、たくさんの人を守りたい。
 強制的に入れられた風紀委員会だけど、望むところだ。
 学園最大の司法組織、「正義」の警官になれるのが、とても嬉しかった。


 だから……


「納得できません!!」

 風紀委員二年、とーるの監査部設立発言にゆれる定例会終了後、なおも騒ぎつづける会
場で、kosekiが叫んだ。

「先の『嵐の中の戦争』のような騒ぎが起きるこの学園で、これ以上我々風紀委員会を分
裂させてどうするんですかっ、今、この風紀委に必要なのは外部からの協力者ではなく、
我々風紀委員会の統一じゃないんですかっ」
「そうだそうだ」
 少しながら、賛同者が声を上げる。
 
 風紀委員会は決して一枚岩の組織ではない。
 だが、風紀委員会という組織に対する愛着が強いものは多く、風紀委員会という身内を
守るために極力よそ者を拒む連中も、確かに存在する。
『部外者の手を借りなくても自分達で何とかできる』
 そんな思いが、風紀委員…特に一般の委員には強い。
 ようやく広瀬委員長の代になって『ジャッジ』の手を借りずとも治安維持活動を展開で
きるようになった今、昔のように外部の協力など要らない。

「学園の法は、秩序はぼく達の手で守るべきですっ、法の元に秩序と正義を守る、そのた
めの風紀委員会じゃないんですかっ!!」

 ふと、とーるは荒れる会場を見まわしてみる。
 kosekiは興奮して気が付いていない様だが、彼に賛同し、とーるを敵意のこもった目で
見る輩は、決して少なくは無い。
 とーるは、思わずため息をついた。
「まず一つ貴方は思い違いをしています、さっきも言いましたね、正義はエルクゥ同盟や
ジャッジに任せておけばいい、風紀委員会の仕事と言うのは秩序を守るためだけに限定し
なければなりません、正義を守るため、悪を倒すため、そんな事を言っていたらこの組織
は際限無く大きくならなければならない、役割の一極集中化は忌避すべき事なのです」
「そんなっ、それとこれとは話しが」
「違いませんよ、あなた方が自分なりの正義を持って活動する、それは良い事だと思いま
す。ですが、組織が一つの正義を振りかざすとどうしても他の組織との対立が生まれます
、第二次世界大戦を御覧なさい、あの大戦で正義を名乗らなかった国がありましたか?」

 kosekiが絶句するのを見て、とーるは言葉を続けた。

「正義は人の数だけ存在します、生徒指導部の、ジャッジの、暗躍生徒会の正義、その中
で対立が、破局が起きないように監視する、それが我々監査部の設立理由です……以上、
他に意見が無いのなら失礼させてもらいます」

 あからさまにとーるを敵視する目は少なくなった、元より今、ここに残っている委員の
大半は中立、あるいは広瀬派の委員だ。わざわざ事を大きくするような委員はいない。
 その中で、kosekiはただ一人呆然と立ち尽くしていた。

「とーる……さん……」

 壇上から降りてきたとーるが、kosekiの前で立ち止まった。

「ディルクセン先輩が内部をまとめ上げ、私は外部からの力を募った、ですが、結果とし
て広瀬委員長ら風紀委員会は健在です。…さてkoseki君、君はこれからどうしますか?」

 そう言い残すととーるは会場を出て行った。

「とーるさんの……ディルクセンさんの……ぼくの……正義……」

 広瀬委員長が解散を宣言しても、kosekiはその場に立ち尽くすだけだった。




    風紀委員会L「理想と現実」




  放課後、リーフ学園校門前風紀委員会第三警邏小隊詰所

「今日は……って、何だ、誰も居ないのか?」
 ブレザーの上から茶褐色のコートを着込んだ、少し着太りした青年がずかずかと詰所に
入ってきた。
 真藤誠二、最近転校してきた風紀委員の二年生だ。
「無用心だなぁ……おや?」
 殺風景な詰所の中を見まわすと、書類の山の中から二門のキャノン砲が突き出ていた。
 kosekiだ、書類の中に埋もれて、気持ち良く寝ていた。
「おいっ!」
「はっはいっ!!」
 キャノン砲が真藤の方を向く、砲撃体制に入る前に真藤のストレートパンチがkosekiの
顔面に決まった。
「寝・ぼ・け・る・な、一体どうしたんだ? 小隊長や他の先輩達は?」
「あぅぅ、ちょっと待ってくださいね」
 殴られた顔面をさすりながら、kosekiは端末を立ち上げて出員簿を読む。
「え〜と、小隊長は胃炎で三時間目に入院、で、三年生の先輩達の大半と二年生の一部は
生徒指導部の集会に行って留守、残っている先輩達も巡回に出ていたり非番だったり病院
のベットの上に居たりと、バラバラですね〜」
「いい加減だな、じゃあ今日は俺とお前だけか?」
「他にも何人か巡回に出てますよ」
「詰所で待機する人間が…だよ」
「ああ、そう言えばそうですねぇ〜」
 適当に相槌を打ちながら、kosekiは枕にしていた書類を見て愕然とする。
 …よだれが垂れている、書類の大半は書き直しが必要だった。
「大体おかしいと思わないか? 本来待機任務につくのは三年生や二年生の中でも緊急時
用に戦闘力に長けた連中じゃないのか?」
「そうでしたっけ?」
 初めこそ一枚一枚確認しながら書類をシュレッターにかけていたkosekiだが、いい加減
面倒になったのだろう、全てごみ箱に放り込んだ。
「そうだよ、それをなんだい、各小隊の腕利き達は殆ど生徒指導部が引き抜いちまったか
ら雑用から前線まで、全部しわ寄せが俺達に押しかかるんじゃないか」
「あ……ちょっと失礼します」
 そう言うと、kosekiは背伸びして真藤の頭から風紀委員の特徴とも言える鉢がねを無理
やり奪った。
 鉢がねとは、ディルクセンが実用を提唱した機械式念話装置の一種だ。
 これを介する事で思った事、命令などをいっせいに多数の人間に伝える事が出きる。
「おい、一体……」
「駄目ですよ〜鉢がね付けてそんな事言ったら、何で小隊長が入院したか知ってます?」
「胃炎だろ」
「ええ、それも神経の疲れから来る胃炎だそうです、誠二さんみたいに不平不満が溜まっ
た人達の思考を鉢がねで受けてしまったみたいで……」
 鉢がねは装備者の思考を全て電気信号に変え、上官や同士に送る。
 それゆえに良く起きる弊害だった。
「……大変なんだな、管理職って言うのも」
「一週間は入院が必要だそうです、で、その間は生徒指導部から代わりの小隊長が来るそ
うですよ」
「おい、待て」
 真藤と一緒にkosekiも鉢がねを外し、控え室にある棚の上に置いた。
「はい? なんでしょう?」
「何で其処で生徒指導部が出てこないと駄目なんだ?」
「何でって………他に人が居ないからじゃないんですか? 実際他の小隊の上層部もかな
りの人数が生徒指導部の人間に代わったみたいですし」
「誰が人手を足りなくしたんだと思っているんだろうな、ディルクセン先輩がやりたい事
は解るけど、ああいう身勝手なところが嫌いだよ、俺は」
「…そうですか? ぼくは理解できません、ディルクセンさんがやっている事は結局弾圧
じゃないですか」
「そうは言うけどな、生徒指導部って……何かしたか?」
「何かって……この前情報特捜部の人達を強制逮捕してたじゃないですか!!」
「あれは……情報特捜部が悪かったと思うぞ、ディルクセン先輩がヅラだなんてデマを流
してたんだし」
「生徒指導部が使用するゴム弾おかげで怪我人が増えました!」
「怪我人なんて何時もの事だろ、それにジン先輩やエルクゥユウヤが出てきた時よりは被
害は少ないぞ」
「う〜毎朝の遅刻取締りが強化されて逮捕者が異常に増加しましたが……」
「遅刻するほうが悪いだろ、それにお前、自分の私怨も入ってないか?」
「……あぅぅ」
「こう考えてみると……結構まともな組織なのかね、生徒指導部って」
 真藤のつぶやきに、kosekiは沈黙した。
 そして、彼の目は段々と輝いてきた。
「……調べて見ます?」
「何を?」
「生徒指導部をですよ、表の顔がきれいな組織って必ず裏があるもんですっ!!」
 コブシを力一杯握りしめて力説するkoseki。
「…お前…昔何かあったのか?」
「ぼくの事なんてほっといて下さい、さぁ行きましょう!!」
「ちょっと待てぇ、どこに連れて行くつもりだっ! それに詰所を留守にするわけにはい
かないだろうがっ!」
「大丈夫ですっ!! どうせぼく達がいても対処できる事件は少ないですから!!」
 がっしりと襟をつかみ、無理やり真藤を外へ引っ張っていく。
「情けないセリフを大声で……まぁいいけどさ、いったいどこに行くんだ?」
「調べ事するには便利なものがあるんですよ、さぁこっちです」


   部室長屋別棟、科学部部室前

「はい、つきました☆」
「帰るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
 泣きながら逃げようとする真籐をしっかり掴むkoseki。
 まぁ無理もないだろう、最近はおとなしいとはいえ一昔前は実験用のモルモットを探し
て人狩りを行っていたり、実験機材の暴走で部室棟を破壊していた部活である。
 そのような悪行、いや、輝かしい栄光の活動の果てに手に入れたのがこの科学部専用の
別棟であった。
 ……一般には科学部隔離棟とも言われているらしいが……
「お前、生徒指導部を調査するなんて言っておいて本当はおれを解剖するつもりだったん
だろうっ!」
「え? ああ、そういえば誠二さんは魚人の血を受け継いでる半魚人でしたっけ……」
 ウフフと無気味に笑うkoseki、目は血走り顔は喜びに震えている。
「……お前、だんだん柳川先生に似てきたんじゃないか?」
「まぁ、その話は後でにしましょう」
「後でするのか?」
「目的の物はこの奥にあるんですよ」
 聞こえない振りをしてkosekiは部室の中を探る、物音はしない、柳川は留守のようだ。
 ジェスチャーで真藤に合図を送り、静かに部室に入る。
 大きな部屋だ、実験用の工作台や作業機械が建ち並んでいる。
 kosekiが必要とするものはこの奥にあるはずだ。
 ホルマリン漬けの蛇やトカゲの標本を抜け、作りかけの機械の脇を通る、その時。

う〜〜ぉおおおおおおおお〜ん

 突然、奥の方から奇妙な声が聞こえた。
「…何だ?」
「解りません、最近は人体実験もあまりしていないはずなんですけどねぇ…」
「泥棒か?」
「…ドクターの事だから妙な実験動物を飼ってても不思議じゃないんですけど…」

うぉぉぉぉおお〜ん

「……とりあえず……行ってみるか? おい、俺の前に立て」
「うぅ……解りましたぁ〜」
 kosekiは残骸の陰に隠れながら、声のする方向にゆっくりと近づく。
 両肩のキャノン砲に弾丸を込め、大きく深呼吸する。

「う、動かないで下さいっ、科学部の部員の者ですぅ」

う……

 声が……止まった。

じたばたじたばた

 kosekiの目の前には一台の作業台、そして、その上で暴れる芋虫が一匹。

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ柳川先生の実験台になんかなりたくねぇぇぇぇぇぇ俺は、俺は主役
だぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 男は半狂乱になって叫んでいる。
「あ、あれ浩之さん? 何でこんな所に」
 芋虫の動きがぴたりと止まる。
 そしてうねうねと悶えながらこちらの方を向いた。
「koseki……か? それに真藤も」
 真藤もkosekiも、一応この男とは面識があった。
 藤田浩之、真藤にとってはクラスメートであり、kosekiにとっては一方的とはいえ恋敵
に当たる。
「……置いていきましょうか?」
「そうだな」
「待てぇぇぇぇぇ!!」
 無視して先に進もうとする二人を、藤田は泣き叫びながら呼びとめる。
「お前ら風紀委員だろっ、こんな風に不当な拘束を受けている人間を救出するのも仕事の
内じゃないのか!?」
「でも……ドクターの実験の邪魔をすると怒られますし……」
「風紀委員っていっても自分の身の安全は大事だし……」
「薄情ものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 二人とも、完全に無視。
「あ、そこの扉の先にあるはずですよ」
「おう……って、ここ、鍵がかかってるぞ」
「あれ? 珍しいですねぇ」
 柳川はいつもなら扉に鍵などかけない、自分が作ったセキュリティに絶対の自信を持っ
ている所もあるが、怖がって誰も科学部などには近づかないと言う理由もある。
(二人の場合、科学部員でもあるkosekiが持ってるIDカードでセキュリティを解除した)
 だが……
「南京錠……だな、これはIDカードじゃどうしようもない」
「困りましたね、吹き飛ばすわけにもいきませんし……」
 いくらなんでもキャノン砲で吹き飛ばしたりしたら、すぐに柳川にばれる。
「南京錠? そのくらいなら俺が開けれる、だから助けてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「本当か? 藤田」
「ああ、大丈夫だ、だから早くこの縄を!!」
「でっでも浩之さんの縄を解いたのがぼく達だってばれたら……」
 火あぶり、水攻め、人体実験……
 どちらにしろ、ろくな目にはあわないだろう。
 と、真藤が声をひそめてkosekiに耳打ちする。
(大丈夫だって、目的が済んだらまた縛り上げておけばいいんだし)
(まぁ…それなら…)
「お〜い、何ひそひそ話してるんだ? 早いところ助けてくれよ」
「…本当に開けれるんだな、おい、koseki」
 真藤に促されて、しぶしぶ縄と拘束具を外す。
「まぁ任せて置けって……この位の鍵なら…ほれ、開いたぜ」
 浩之はその辺に落ちていた針金を鍵穴に挿し込み、器用に動かして物の数秒で開けてし
まった。
「手馴れたもんだな〜」
「ん? ああ、サラ先生の物まねだよ、あの人、昔は盗賊だったらしいからな」
「……そういえばこの前、職員室のテストの解答を入れてる金庫が破られたって大騒ぎに
なった事がありましたよね」
「ああ、その次の日、二年生の某クラスの男子の大半が小テストで満点を取るという大事
件が起きたんだよな」
「ほっほら、せっかく開いたんだ、さっさといこーぜ」
「……後で取り調べる必要がありますねぇ」
 冷や汗を流しながらも、藤田は扉を開けた。
「なんだ? これ」
 そこには黒光りする直方体の巨大な物体があった。
 そして、その物体の下からコードが伸びており、そのコードはそばにある四つの椅子に
繋がっている。
 その椅子には、パーマに使うような帽子のようなものがついている。
「ドクターが作った擬似電脳空間侵入装置……だそうです」
 kosekiは、右手に説明書を持って色々と何かを接続している。
「……つまり?」
「要するに人間が直接ネット空間に侵入できる装置だそうです、これを使えば特別な知識
がなくてもハッキング出来ると言うので……」
「なるほど、これで生徒指導部のデーターベースに侵入するのか」
「何? 生徒指導部?」
「……しまった」
「誠二さ〜ん」
(どうします? 気絶させて忘れてもらいますか?)
(そうだな、おい)
(はいはい……結局手を下すのはぼくなんだよなぁ)
「…丁度いい、なぁ、おれも行っていいか?」
「はっはい??」
「おれも気になる事があるんだ、な、邪魔はしねーからよ」
「まぁ……いいか、邪魔するなよ」
「ああ、解ってる」
「で、いいですか? 話が決まったところでそろそろ準備をして欲しいんですけど……」
「ああ済まん、で、何をやればいいんだ?」
「え〜と、そこの椅子に座ってください、それから椅子についてる帽子をかぶれば準備完
了です」
「え〜と……こうか?」
 全員、帽子を下ろす。
 端から見てるとまるで電気椅子に座っている死刑囚だ。
「…大丈夫だろーな」
「多分……」
「多分って、おい」
「じゃ、いっきま〜す」
 kosekiが椅子に付いてる赤いボタンを押す。
 すると巨大な物体が唸りを上げ…三人が座った椅子に電撃が走った。


 ……そして、世界が白くなり……


 目が覚めると、そこは奇妙な空間だった。
 本が空を飛び、地面は七色に輝いている。
 あちらこちらに真四角の建物が乱立し、その全ての壁に名前が彫ってあった。
 科学部の部室ではない、それどころか物理法則そのものが間違っている、そんな世界だ
った。
「……無茶苦茶だな」
「常識を疑うぜ、まるでマンガの世界だ」
「科学なんてそんなものですよ」
「まぁいいさ、とりあえず風紀委員会のデータから探そうぜ、その中に生徒指導部のデー
タもあるだろ」
「「おう!!」」


  風紀委員会本部、生徒指導部室

「失礼します」
 相手の返答も待って、とーると保科が入室する。
 …すぐさま、生徒指導部部員の敵意のこもった目が二人に集中した。
『嫌われたものですね』
 仕方がないだろう、結局とーるのしようとしている事は生徒指導部のような強力な組織
を押さえる事だ。
 それでもさすがに暴行を受けるわけでもなく、奥の会議室に通された。
「なんか…落ち着かんわ、とーるくん…」
「お任せ下さい、交渉の方は私が全て受け持ちますので」
(もっとも、交渉になればの話ですけどね)
 生徒指導部部長、ディルクセンが会議室に入ってきた。
 これから、生徒指導部の権限縮小に関する会議が始まる。


「兄さんにも演説好きにも困ったものね」
 美也はあきれながら紅茶を飲む。
 もとより生徒指導部は権限の縮小など受け入れるつもりはない。
 今日の会談はどちらかというとディルクセンの趣味が優先されてセッティングされたよ
うなものだ。
「まぁ、兄さんの数少ない趣味だし、別にいいんじゃない?」
 陽平はそう言うが、美也としては気が気ではない。
 万が一生徒指導部が崩壊したらディルクセンはともかく美也や陽平もただでは済まされ
ないであろう。
 それだけの事を、彼らはしているのだ。
「兄さんに任せておけば大丈夫だよ、昔っからそうだったじゃない」
「そうも言ってられないわよ、いくら兄さんでもここのデータが露見したら生徒指導部の
崩壊は防ぎようがないんだから」
 そう言って美也はパソコンを見つめる。
 生徒指導部のさまざまなデータがつまったパソコンだ、生徒指導部用の鉢がねのサーバ
ーにもなっている大切なものである。
「そのために姉さんがいるんじゃないか、わざわざつきっきりでパソコンを監視している
のはそのためだろ」
「まぁ、柳川先生に頼んだガードプログラムが完成するまでの間だけどね」
「ふ〜ん……なぁ、姉さん」
「なに?」
「このパソコンに出てる言葉って、なんか意味があるの?」
「ん〜なんて書いてるの?」
「『今夜は月が細い、注意されたし』だって」
ブッ
 侵入者発見の報告、パソコンからの緊急信号である。
「汚いなぁ、いきなり噴出さないでよ、姉さん」
「ちょっと陽平、退きなさいッ!!」
「何にさ、一体」
「侵入者よ、兄さんに連絡とって!!」
「お、おう……回線は切断しなくてもいいの?」
「ここの回線は生徒指導部用の鉢がねに繋がってるからあまり手荒な事はしないで、それ
は最後の手段よ」
「りょーかい、行ってくるね」
「お願いね」
 慌てて陽平は走りだした。
 それをきっかけに生徒指導部全体が動き出す。
「ふふっ、さぁ子猫ちゃん達、大人の世界に入ってきたらどんな目に会うか……思い知ら
せてあげるわよ……」


  風紀委員会データベース内

「「「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
 泣きながら、三人は風紀委員会のデータベースの中を走り回る。
 その後ろからは留学生の風紀委員、レミィがショットライフル片手に追って来ていた。
 ……ただし、身長は普通の三倍あったが……
「レミィに殺されるのなら本望だぁぁぁぁ」
「ま、まて、真藤!!」
「そうです、いまこの世界で死んじゃうと元の世界には戻れませんよ!!」
「「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」」
 二人の声が唱和する、kosekiは自慢げに懐から先ほどの説明書を取り出した。
「これによると、この世界から抜け出すときは、ぼくが持ってるこの脱出装置のボタンを
押すか、外の椅子に付いていた帽子を取るしか脱出手段はない…と、書いてます」
「それ以外は?」
「ありません〜」
「じゃあ早く脱出装置を!」
「まだ生徒指導部の事、何も調べておりませんが?」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ、何もしないまま黙って死ねるかッ、おい、そこの部屋に
逃げ込むぞ」
「おう!!」
「はっ、はいぃ……うわっ!?」
 足でももつれたか、kosekiはいきなり何もないところで転んだ。
 後ろからはレミィがせまっている。
「koseki、お前の死は無駄にしないぞっ」
「葬式の時は香典の一つでも出してやる、安心して死んでくれ!」
「あぅ〜助けてくださいぃ〜」
 kosekiを捨てて、ようやく部屋の前までたどり着く。
 しかし……
「鍵がかかってるぞ、藤田!」
「ま、まて、今開ける……って、針金忘れてきた!?」
「どじっ」
「まじーぜ……蹴り破れないか?」
「無理ですね、見た所この扉は鋼鉄製だし…それにこの扉は個人用データベースの入り口
だ、誰の部屋かは知らないけどなかなか見事な罠の配置だよ」
「罠!?」
「ああ、パッと見た所だと無理に扉を破れば、この扉に仕掛けてある爆弾が炸裂する見た
いだね、そして天井にへばりついている紐が引かれてそこにある鐘が鳴らされるんだ、多
分あれはアラームじゃないかな? 鳴ればさっきのレミィのようなガードマンが飛んでく
るようになっているんだね、ああ、鍵穴も覗かない方がいいよ、俺だったら絶対そこには
覗いたら酸が出てくるような仕掛けをつける」
「あのなぁ、そんなに嬉しそうに言うなよ、これを突破できないと俺達はレミィにやられ
て……あ、そういえばkosekiは?」
「退いてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「「なにっ」」
 kosekiだ、二本のキャノン砲を装備したサイボーグが、バーニアを全開蒸かしてにして
空を飛んでくる。
「おい、とまれ、とまれっ!!」
「止まらないんですぅぅ」
 そのまま、kosekiは弾丸となって扉に突っ込んで。

ズドォォォォォォォォン

 爆音と共に扉をぶち破った。
「ああっ、折角の見事な罠をぉぉぉぉ」
「馬鹿、そんな事言ってる場合かっ早く入るぞ、ここならあのデカレミィじゃ入れねー」
「貴様、レミィを侮辱するかっ、あの人は決して太ってはいない!!」
「ええぃ黙らんかぁぁぁぁぁぁぁ」
 藤田のパンチが真籐のみぞおちに決まり、真藤は気絶した。
「手間かけさせんなよ、じゃーな、レミィ」
 真藤を背中に背負い、藤田も部屋の中に入っていく。
 …案の定、レミィは部屋の中には入れなかった。


 kosekiが目を覚ますと、そこは真っ暗だった。 
「んん〜……皆様おはよーございます〜」
「馬鹿、とっとと目を覚ませ」
「はい?……うわっ!?」
 周りを見まわすと、壁のあちこちに髑髏が描いてあったり、残酷な殺人シーンが描いて
あったりする。
「何ですか、これはっ!!」
「絵、壁紙なんだろうな、窓達で言うと……」
 窓達と言うのは、この学園で使われているOSの中の一つである。
 操作が簡単と言う事もあって、愛用者は結構多い。
「……いい趣味してるじゃねーか、風紀委員」
「こんな奴と一緒にしないでくれ、俺等はまともだよ」
「一体誰なんでしょう、ここの管理者は…」
「生徒指導部の幹部だろうけど……どっちにしろまともな神経の持ち主じゃないな、これ
は」
「調べるんだったらもう少しまともな場所に行きませんか?」
「ああ、どうせならディルクセン先輩のデータベースを覗きたいな」
「ここがディルクセン先輩のデータベースじゃないっつー保証は?」
 風紀委員二人、顔を見合わせる。
「多分…それはないと思います」
「何で?」
「ディルクセン先輩はあれでまともな神経の持ち主だよ、少なくとも殺戮や虐殺の趣味な
んてないはずだ」
「そーかね、とてもそうは思えねーけどな」
「……やけに絡むな、どうした? 藤田?」
「なんでもねーよ、ほら、早くいこーぜ」
(浩之さん……ディルクセンさんの名前が出るたびに不機嫌になるけど…何かあったのか
な?)
 鈍感なkosekiでも不思議に思うほど、藤田のディルクセンに対する反応は厳しかった。
 そして、偽レミィを巻いた三人組みは再びデータベースの奥へと消えていく。
 ディルクセンのデータベースを発見したのはそれから数分後の事だった。


  生徒指導部会議室

「…どうやらお忙しいようですね」
「少し野暮用が入ってな、すまんが今日はこれで終わりにしたいが…かまわんか?」
「ええ、お話も平行線でしたし、一息つけるには丁度良いですね…今度はゆっくりお話し
たいものです」
 とーるが立ちあがる、それを見て保科も立った。
 …幾分疲れたのか、顔は少し青ざめているが…
「では、また後日……」
「ええ、それまでディルクセン先輩が暴走しない事を祈ってますよ」
「ふん、我々は義に基づいて行動しているのだ、暴走などありえんよ」
 そう言い捨て、ディルクセンは会議室を出ていった。
「…なぁ、監査部の仕事っていつもこうなんか?」
「そうですね、基本的に話し合いですから」
 騙し合いとも言うが。
「なんかうち……挫けそうやわ」
「頑張りましょう、我々が居なくなったらこの学園は昔のように混乱してしまいます」
「そうやな、いっちょ気張ろうか」
「…今度は、何か細工をしてから来たいですね…」
 とーるはディルクセンが出ていった扉を見つめた。
 薄壁一枚隔てた向こう側は混乱の渦の中にあった。

 ディルクセンが生徒指導部の部室に戻ったとたん、永井が傍にやってきた。
「いつまであいつらをほおって置くつもりだ?」
「…監査部か?」
「ああ、面倒な事してないで一気にやっちまえばいいんだ、どうせ急増の組織、頭を始末
すればケリはすぐつく」
「やめんかッ!!」
 ディルクセンの思い人を殺すと聞いて、思わず声が荒くなる。
 だが、巧みに感情を制御して永井を諭した。
「…すまん、だが今は止めておけ、監査部は他所の組織から人を集めている以上どうして
も人目につく、そんな組織のトップがいきなり変死したなんて事になったら、いくら我々
でも世論を押さえられん……何、心配するな、所詮実働能力の無い口喧しいだけの連中さ」
「それならいいけどよ……」
(…結局、この生徒指導部も私一人か)
 永井の言う通りだ、所詮は急増組織、生徒指導部もディルクセンを失ったら崩壊するし
かない。
(もっとも、とーるに私を暗殺するだけの度胸は無いだろう、気を付けるべきは広瀬……
いや、暗躍生徒会か?)
 どちらにしろ、敵だ。
(生徒指導部は負けるわけには行かないのだ、この学園を誰もが安全に、幸せに過ごせる
楽園に作りかえるその日までっ!!)
「兄さん、追い込んだわよ」
 美也が報告してきた。
 ディルクセンは我に返る。
「場所は?」
「兄さんのデータベースの中…随分妙なプログラムみたいね、今退去プログラムを打ち込
んでいるけどしぶとくて中々消えてくれないのよ」
「かまわん、データベースごと消し去ってやれ」
「良いの? 兄さん」
「あそこのデータが外の流出したら何かと面倒な事になるからな」
「わかった」
 美也はまたパソコンと向き合って作業を再開した。
「ここに進入しようとするような不届き者にはキツイお仕置きを与えてやれ!!」


  風紀委員会ディルクセンのデータベース内

ドンドンッ、ドンドンッ、ドンドンッ!!
 表の扉が激しく叩かれる。
 扉の前に本棚や箱を積み重ねているとはいえ、いつ破れてもおかしくは無い、そんな状
況だ。
「どどどどうします!? だんだん外の警備員が増えているんですけどっ!」
「気にするなっ、逃げるときはお前が持ってるそのボタンを押せば良いんだろ?」
「それはそうですけどぉ〜」
「それより見てみろ、ここのファイルはかなりやばい事が書いてるぜ……良くもまぁこれ
だけ……」
 藤田が呆れてつぶやいた。
 何十冊とあるファイルのうち、一冊を真藤が手に取る。
「生徒の脅迫、罰則金と言う名目での恐喝、強姦…これは未遂か、生徒指導部め、随分ハ
デにやっていたんだな」
「こっちには有力生徒のデータが揃えてありますよ、身長、攻撃方法から弱点、それに友
好関係まで……良く調べ上げたものですねぇ〜」
「……なぁ、雅史について何かねーか?」
「はい? …ああ、これですね… 何です、これ、襲撃計画なんて書いてますけど?」
「気にするな、コピーするにはどうしたらいいんだ?」
「ええと、ファイルを右手で二回叩いてください、そうすればメニューが開くと書いてま
す、そこからコピーを選べばファイルの複製ができるはずです」
 ノックするようにファイルを叩いてみる、すると四角形のメニューが現れた。
 コピーのボタンを押すと、藤田の手の上でファイルが分裂した。
「おう、サンキュー」
「おい、こっちを見てみろ、ディルクセン先輩の日記だぜ」
 そう言って真藤は一冊のファイルを取り出した。
 飾り気も何も無い質素なファイルだ。
「…人の日記を盗み見るのはどうかと思いますが…」
「ハッカーがそんな事気にしてるんじゃねーよ、真藤、読めるか?」
「ちょっと待って……一応扉の前の壁、補強しておこう、破られたら一巻の終わりだから
な」